蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第45話「連鎖の切っ先」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衝撃と共に、強烈な振動が襲い来る。

 

 震災時のような揺れの前に、「姫神」内部で立っていられた者は、誰もいなかったほどである。

 

 戦艦の主砲が直撃した時の威力とは、それ程までに凄まじい物があった。

 

 そして、それは艦橋の中も例外ではなかった。

 

 艦橋要員は、全員が衝撃に吹き飛ばされるようになぎ倒されている。

 

 呻き声が折り重なるように聞こえてくる中、

 

 小さな人影が、ゆっくりと動き出した。

 

 姫神である。

 

 もぞもぞと身体を動かし、どうにか身体を起こす。

 

 四肢の節々に痛みがあり、意識も朦朧としている。

 

 そして、左腕は思うように動かなかった。

 

 衝撃でばらけた髪をかき分けて頭に手をやると、軽く振って意識を戻すと、周囲を見回した。

 

 その間にも、折り重なるように衝撃が続く。

 

 「メリーランド」の砲撃は、尚も「姫神」を襲っているのだ。

 

 見れば、姫神の覚醒に合わせるように、幾人かの幕僚が起き上がるのが見える。

 

「無事か姫神?」

「何とか」

 

 航海士をしている少尉の問いかけに答えながら、姫神は更に視線を巡らせる。

 

 どうやら、先の砲撃は、艦橋の基部付近に命中したらしい事は判る。衝撃が大きかったのはそのためだ。

 

 戦艦の艦橋基部は、主砲塔を除けば最も強固な装甲で覆われている。その為、至近距離から放たれた40センチ砲弾の直撃に、辛うじて耐える事が出来たのだ。

 

 見回せば、幕僚達が次々と身を起こすのが見える。

 

 中には重傷を負って動けないでいる者もいるようだが、命を落とした者はいない様子である。そこら辺は、不幸中の幸いである。

 

 しかし、

 

「彰人・・・・・・・・・・・・」

 

 肝心の、提督の姿が見えない。

 

 尚も続く命中弾や至近弾の衝撃の中、姫神は焦る気持ちを抑えきれずに探し回る。

 

 目指す人物はどこか?

 

 果たして、

 

「ッ!?」

 

 見つけた姫神は、思わず息を飲んだ。

 

 彰人は、そこにいた。

 

 ただし、艦橋の壁に寄り掛かるようにして座り込み、ピクリとも動こうとしない。

 

 先程の衝撃で吹き飛ばされたのは明白だった。

 

 その姿を見た瞬間、

 

「彰人ッ!!」

 

 姫神は、これまでに無い程の感情の乱れを自覚する。

 

 思わず、座り込んだまま動く気配の無い青年提督へと駆け寄った。

 

 

 

 

 

 彼方の敵艦の動きが鈍った事は、「メリーランド」からも確認できた。

 

「敵戦艦に命中弾、砲撃を停止した模様!!」

「速力は?」

「低下していません。依然、航行中!!」

 

 見張り員からの報告を受け、艦長は思案する。

 

「艦は動いているが、砲撃は停止している、か」

「どうやら、指揮系統に支障が出たみたいですね」

 

 メリーランドは、鋭い視線を光らせて「姫神」を見る。

 

 チャンスだった。

 

 砲撃を受けて指揮官が負傷したのか、それとも砲撃・照準システムに異常が生じたか。

 

 いずれにしても今なら、連続斉射で仕留める事もできる筈。

 

「コロラド姉様の仇だッ 覚悟しろ ヒメカミィィィ!!」

 

 主砲を旋回させる「メリーランド」

 

 これで、恨み連なる姉の仇を打つ事ができる。

 

 そう思った時だった。

 

 照準を、尚も沈黙し続ける「姫神」に向ける「メリーランド」。

 

 しかし、

 

「敵水雷戦隊、前方より急速接近!!」

 

 見張り員の報告によって、現実に引き戻された。

 

 

 

 

 

 敵戦艦と撃ち合っていた「姫神」が、直撃を受けて以降、沈黙してしまっている事は「阿賀野」からも確認する事が出来た。

 

「ヒメちゃんの様子はどうですか!?」

「依然、不明だ。司令部とも連絡が取れていない」

 

 第13戦隊司令の言葉に、普段は陽気な阿賀野も険しい表情を見せる。

 

 姫神や彰人の事が気がかりではあるが、第7艦隊司令部との連絡が途絶している以上、阿賀野は第13戦隊旗艦として、指揮を代行しなくてはならなかった。

 

「司令、ご指示を」

 

 神妙な顔つきの阿賀野に対し、司令官も重々しく頷きを返す。

 

 第13戦隊の任務は、「姫神」の火力支援の下、敵戦艦に必殺の雷撃を敢行する事にあった。

 

 しかし今、「姫神」が沈黙してしまった以上、阿賀野達は圧倒的な火力を有する敵戦艦に、盾無しで動かなくてはならなかった。

 

 しかし、これまで身を挺して火力を引き付けてくれた旗艦の危機である。躊躇っている理由は、何処にもなかった。

 

「我々がやるしかない。何とか『姫神』が体勢を立て直すまでの時間を稼ぐぞ、阿賀野」

「りょーかいです」

 

 司令官の言葉に、敬礼で返す阿賀野。

 

 言葉に緊張感が欠けているが、だからこそいつも通りの彼女であると言える。

 

「第13戦隊突撃、統制雷撃戦用意!!」

「いっきまーす!!」

 

 阿賀野が拳を天井に突き上げると同時に、第13戦隊はまっしぐらに突撃を開始した。

 

 

 

 

 

 その阿賀野に後続する形で突撃を開始した「島風」の艦上で、ウサギリボンの少女は、心配そうな眼差しで「姫神」を見詰めていた。

 

「ヒメちゃん、大丈夫かな?」

 

 島風はポツリとつぶやく。

 

 「黒姫」が南太平洋海戦の損傷で後退した今、旧第11戦隊の顔ぶれは姫神と島風のみである。

 

 だからこそ、島風は姫神の事が心配でたまらなかった。

 

「ヒメちゃん、あれで結構頼りないしなー」

 

 先に竣工し(生まれ)たのは姫神だが、どうにも島風には、儚げな雰囲気を見せる姫神が、自分より年下の妹みたいな存在に思えて仕方がないのだった。

 

 姉妹艦のいない島風にとって、共に戦ってきた第11戦隊の2隻こそが、掛け替えのない家族と言えた。

 

「とにかく、ヒメちゃんに何かあったら許さないんだから!!」

 

 ちょうどその時、旗艦「阿賀野」から、《統制雷撃戦用意》の命令が下される。

 

 単縦陣を組んで突き進む第13戦隊。

 

 その周囲には、「メリーランド」が放つ砲撃の水柱が立ち上る。

 

 しかし、撃ってくるのは主砲では無く両用砲のみのようだ。立ち上る水柱も細く、第13戦隊の突撃を阻むほどではない。

 

 軽巡や駆逐艦相手に、主砲を使うまでも無いと思ったのだろう。

 

 あるいは、水雷戦隊相手に主砲を使う事はプライドが許さないと思ったのか。

 

 しかし、繰り返し「姫神」の砲撃を喰らった為、「メリーランド」は両用砲も大半が破壊されているらしい。撃ってくるのはせいぜい1基か2基程度だ。

 

 これなら、高速で疾駆する第13戦隊の敵ではない。

 

 やがて第13戦隊は、「メリーランド」の左舷90度という、雷撃時のベストポジションに陣取る。

 

 軽巡1隻と駆逐艦4隻はそれぞれ、魚雷発射管の旋回を終え、照準を定める。

 

 対して、「メリーランド」の方でも、第13戦隊の意図に気付き、退避に掛かろうとしているのが見える。

 

 ゆっくりと、波をかき分けながら旋回していく艦首。

 

 だが、その時には既に、「島風」達から発射された魚雷は、航跡を残すことなく海面下を疾走し始めた。

 

 

 

 

 

 一方、「メリーランド」の方でも、自身に向けて魚雷が放たれた事は察知していた。

 

取り舵一杯(ハードスターボード)!!」

 

 艦長の絶叫が鳴り響き、舵輪は左へと回される。

 

 舌打ちするメリーランド。

 

 「姫神」にトドメを刺そうとしていたその矢先に、横合いから奇襲を喰らってしまった形である。

 

「クッ よくも邪魔をッ」

 

 血走った目で、「阿賀野」達を睨みつけるメリーランド。

 

「見ていろっ ヒメカミを血祭りにあげたら、今度はお前達の番だ!!」

 

 自分の邪魔をする奴等は、1隻残らず海の藻屑にしてやる。

 

 その意志を迸らせるメリーランド。

 

 しかし、現実問題として、迫りくる魚雷への対応は急がなくてはならない。

 

 左に艦首を振るメリーランド。

 

 だが次の瞬間、艦後部に、巨大な水柱が2本立ち上った。

 

「がァァァァァァ!?」

 

 激痛に呻き声を上げるメリーランド。

 

 威力、射程、速度、隠密性。全てにおいた連合軍の魚雷を上回り、「青白い殺人鬼(ブルー・マーダー)」などと言う異名で恐れられる、帝国海軍の93式酸素魚雷がメリーランドに容赦なく襲い掛かったのだ。

 

 傾斜する艦体。

 

 速力も、目に見えて低下を来す。

 

「右舷注水、ダメージコントロール班急げ!!」

 

 艦長の怒号が、艦橋内に木霊する。

 

 その一方で、メリーランドは激痛に耐えながら顔を上げる。

 

「この、程度で・・・・・・・・・・・・」

 

 歯を食いしばって痛みを堪える。

 

 この程度で自分の復讐心は収まらない。

 

 この程度の痛みで、自分を押しとどめる事はできないのだ。

 

 更なる怒りを、己の内で滾らせるメリーランド。

 

 その時だった。

 

「艦長ッ 敵戦艦が!!」

 

 見張り員の報告に、皆は一斉に顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第13戦隊が決死の突撃で時間を稼いでいる頃、

 

 巡洋戦艦「姫神」では、必死に指揮系統の復旧に努めていた。

 

 ともかく、至近距離から喰らった「メリーランド」の砲撃によって、彰人以下艦の首脳陣が負傷しているのが痛かった。

 

 そんな中、姫神は倒れたままの彰人に寄り添うように縋りつく。

 

「彰人ッ しっかりしてください彰人!!」

 

 呼びかける姫神の声にも、彰人の目は閉じられたままだ。

 

 耳を澄ませば、呼吸の様子も怪しい。

 

 明らかに打ち所が悪かった事を伺わせた。

 

「彰人、お願いですから目を開けてください!!」

「落ち着け、姫神。すぐ、軍医を艦橋へ呼べ!!」

 

 急を聞いて駆けつけたらしい副長が、そう言って指示を出す。

 

 このまま彰人が戦線離脱するような事になれば、彼が代わって「姫神」を指揮する事になる。

 

 だが、今の姫神にはその事態を認識する事すらできなかった。

 

 強く揺さぶっても、彰人が目を開ける気配はない。

 

「彰人ッ 彰人!!」

 

 焦燥が、少女の中で募る。

 

 彰人、

 

 自分の艦長。

 

 開戦以来、共に戦ってきた、相棒とも言うべき青年提督の命が失われるかもしれない。

 

 その恐怖が、姫神に恐怖にも似た感情を与える。

 

 自分がこの人をどう思っているのか?

 

 自分は、この人にどう思ってもらいたいのか?

 

 それらの答えを、未だに姫神は出していない。

 

 しかし今、この人を失いたくない。

 

 その気持ちだけは、間違いの無い物だった。

 

「お願い・・・・・・彰人・・・・・・目を、開けて・・・・・・・・・・・・」

 

 少女の目から、涙が零れ落ちた。

 

 その時、

 

 

 

 

 

 姫神の髪が、優しく撫でられた。

 

 

 

 

 

 ハッとして、顔を上げる姫神。

 

 するとそこには、苦しげな表情ながら、顔には微笑を浮かべる彰人の姿があった。

 

「彰人ッ」

「僕は、大丈夫だよ。姫神」

 

 そう言って笑う彰人。

 

 居並ぶ一同は皆、安堵の表情を浮かべる。

 

 そんな中、彰人は周囲を見回して尋ねる。

 

「状況は?」

「艦長、そんな事より、まず医務室へ・・・・・・」

 

 副長が気遣うように言う。

 

 意識を取り戻したとは言え、どこを打っているか判らない。軍医の診断を受けた方が良いと判断したのだ。

 

 だが、彰人は首を振る。

 

「それよりも、状況の説明を。今、どうなっています?」

 

 彰人は、自分の体よりも、まずは戦況の事が気になっていた。

 

 自分がどれくらい気を失っていたかは判らないが、その間にどのように戦況が推移したのか、直ちに知る必要があった。

 

 副長はため息を吐く。どうやら、この艦長を押しとどめる事は不可能であるらしかった。

 

「本艦は現在、サボ島の北東海面を微速で航行中です。敵戦艦とは、第13戦隊と交戦中。『阿賀野』より、雷撃戦を仕掛ける旨、報告が上がってきていますが、以後の状況は不明です」

 

 13戦隊に期待したいところではあるが、軽巡と駆逐艦だけで戦艦を相手にするのは難しいだろう。

 

「それから本艦ですが、敵弾がこれまでのところ7発命中。機関は無事ですが、右舷側の高角砲を2基喪失、更に航海長が戦死し、現在は一等航海士が指揮を代行しています」

「・・・・・・・・・・・・そうですか」

 

 報告を聞き、彰人は瞑目する。

 

 戦争とは言え、共に戦う仲間が戦死するのは辛い事である。

 

「あと、先の着弾により、第2砲塔が旋回不能になっています」

「さっきの衝撃は、その時の物だったのか」

 

 「姫神」の第2砲塔は、艦橋の直前にある。その為、そこに着弾した衝撃がもろに艦橋に伝播し、彰人達を薙ぎ払ったのだ。

 

「復旧は?」

「無理です」

 

 答えたのは姫神だった。

 

「基部のターレットリングが歪んでいます。たぶん、『明石』を頼るか、そうでなければ工廠で修理が必要です」

 

 被害は予想以上に深刻だった。

 

 今の「姫神」は、火力の50パーセントを一気に奪われた形である。

 

 砲塔の集中配備によるデメリットが出てしまった。

 

 多砲身砲塔を採用した場合、防御力の強化や重量軽減等のメリットがある反面、万が一、砲塔に不具合が生じた場合、火力の大半を一気に失う事になる。

 

 姫神型巡洋戦艦はどちらかと言えば防御力を重視した艦であり、ある程度の距離を置いた状態なら、40センチ砲の直撃にも耐えられるようになっている。

 

 だが、流石に至近距離からの砲撃には耐えられなかったらしい。どうやら、当たり所が悪かったようだ。

 

「第2砲塔、弾薬庫に注水。搭載砲弾、及び装薬は放棄する」

 

 彰人は苦渋の決断をした。

 

 使えない砲塔の砲弾を後生大事に持っていても仕方がない。それより、万が一装甲が突破された場合、弾薬が誘爆して轟沈と言う事態もあり得る。そちらの方が深刻だった。

 

 やがて、彰人の指示に従い、第2砲塔の弾薬庫に水が入れられ、まだ使用可能な砲弾や装薬が浸されていく。

 

 これで、「姫神」の第2砲塔は完全に使用不能になった。

 

 だが、

 

「まだ、終わってない」

 

 彰人は、腕に力を入れて立ち上がる。

 

「艦長、まだ動かれては・・・・・・」

 

 言い募る副長を制し、彰人は立ち上がろうとする。

 

 途端に足元がふらつく。

 

 倒れそうになる彰人。

 

 だが、

 

 その前に駆け寄った姫神が、脇から青年の体を支えた。

 

「姫神・・・・・・・・・・・・」

 

 少女に笑い掛けながら、彰人は状況を整理する。

 

 敵戦艦が追撃を掛けて来ないと言う事は、今のところ第13戦隊の足止めは成功していると考えられる。

 

 うまく撃沈に追い込めていればいいが、難しい所だろう。

 

 ちょうどその時だった。

 

「『阿賀野』より入電。《我、敵戦艦を雷撃。魚雷2本命中を確認》!!」

 

 通信員から報告を聞き、皆が感嘆の声を上げる。

 

 彼女達は、自分達の務めを立派に果たしてくれたのだ。ならば、ここで一気にたたみかけるべきである。

 

「・・・・・・・・・・・・ここで、奴を沈めよう」

 

 姫神が感情の薄い瞳でまじまじと見つめる中、彰人は力強く言った。

 

 「姫神」は火力の50パーセントを削られ危機的状況にあるにもかかわらず、未だに彰人は勝機を捨ててはいなかった。

 

「取り舵一杯、反転180度!!」

 

 姫神に支えられながら、彰人は鋭い声で命じる。

 

「反転後機関最大ッ 敵戦艦の至近距離まで斬り込む!!」

 

 

 

 

 

 自身に向けてまっしぐらに突撃してくる「姫神」の姿は、「メリーランド」からも確認する事が出来た。

 

 既に魚雷の命中によって受けた艦の傾斜は、反対舷に注水する事で回復している。速力は若干の低下を来しているが、「メリーランド」は充分に全力発揮可能な状態になっていた。

 

「生きていたか。まあけど、これでコロラド姉様の仇をきっちり取る事ができる」

 

 ニヤリとほくそ笑むメリーランド。

 

 自身のくらい復讐心を満たす事ができる事について、心の底から喜んでいる感じだ。

 

 旋回した主砲が、突撃してくる「姫神」へと向けられる。

 

「これで終わりだ!!」

 

 放たれる8門の40センチ砲。

 

 砲弾が唸りを上げて「姫神」へと向かう。

 

 だが、

 

「全弾遠弾ッ 命中弾無し!!」

 

 見張り員が悲鳴じみた報告をしてくる。

 

「クッ まだまだ!!」

 

 再装填を終えると、さらに主砲を放つ「メリーランド」。

 

 だが、やはり結果は同じだった。

 

 放つ砲弾は全て「姫神」を捉える事無く、空しく彼女の後方に水柱を立てただけに終わった。

 

 

 

 

 

 一方、それらの水柱を見ながら、彰人は口元に笑みを浮かべる。

 

「無駄だよ。もう、そっちの主砲じゃ『姫神』を捉える事はできない」

「どういう事ですか?」

 

 彰人を支えたまま、姫神が尋ねてくる。

 

 敵の斉射2回は、今のところ完全に外れている。

 

 だが彰人は、これが予想通りの展開であると言っているのだ。

 

 そんな姫神の頭を撫でてやりながら、彰人は説明する。

 

「戦艦の主砲や照準器って言うのは本来、遠くにある物を撃つようにできているんだけど、逆に近くにある物を狙い撃てるようにはできていないんだ。だから駆逐艦や巡洋艦を相手にするには、副砲や高角砲を使った方が効率が良い」

 

 説明している最中に、「メリーランド」が放った砲弾がさらに落下してくる。

 

 しかし、結果はやはり同じ。砲弾は全て「姫神」の後方へと落下した。

 

 もっとも、弾着は先程よりも、心なしか近いようにも思えるのだが。

 

「だからこそ、至近距離を35ノットものスピードで航行している物を捉える事は、かなり困難って訳だよ」

「なるほど」

 

 彰人はそこまで見越した上で、「メリーランド」の至近距離まで斬り込む選択をしたのだ。

 

「しかし、敵の照準も、徐々にですが正確になってきています」

 

 先の砲撃は、「姫神」のかなり至近に落下していた。このままでは恐らく、次か、その次くらいの砲撃で当てて来るだろう。

 

 両者の距離は、既に8000メートル近くにまで縮まっている。戦艦はおろか、巡洋艦の主砲でもダメージが入る距離である。

 

 至近距離から40センチ砲を喰らえば、当たり所によっては大ダメージを免れないであろう事は既に判っている。

 

「だから、こうするんだよ」

 

 言いながら、彰人が動く。

 

「機関減速、後進一杯!! 速力15ノットに制定!! 同時に面舵一杯、主砲、及び副砲、高角砲射撃準備、左反航戦用意!!」

 

 彰人の命令と共に、急減速を掛ける「姫神」。

 

 基準排水量3万1000トンを誇る艦体が、きしみを上げるように減速する。

 

 「姫神」と「メリーランド」の距離は、既に5000メートルを切ろうとしていた。

 

 

 

 

 

「馬鹿なッ」

 

 メリーランドは驚愕に目を見開く。

 

 今まさに、「姫神」に対して4度目の斉射を敢行した直後の事だった。

 

 敵の高速性能に幻惑されて照準を誤り、3度の空振りをしてしまったが、敵の速力を諸元入力して、今度こそとの想いと共に主砲を放った。

 

 しかしその直後に、「姫神」は急減速を掛け、速度をそれまでの半分以下に一気に下げて来た。

 

 その為、「メリーランド」の放った砲弾は全て、今度は「姫神」の前方に落下し水柱を突き上げる。

 

「おのれ、小癪なまねばかりして!!」

 

 怒りをたぎらせる「メリーランド」。

 

「減速したなら却って好都合よ。至近距離から私の主砲で叩き潰してあげるわ!!」

 

 闘志をたぎらせて叫ぶ。

 

 相手は愚かにも、わざわざ自分の懐に飛び込んできてくれたのだ。ならば今度こそ外す道理はない。

 

 今度こそ終わり。

 

 そう思った。

 

 だが、

 

 この時、

 

 既に彰人と「姫神」は、必勝の体勢を完全に作り上げていたのだ。

 

 

 

 

 

「今だ、左舷全火力使用自由(オール・ウェポンズ・フリー)!! 全火力を奴に叩き込め!!」

 

 煽るような彰人の命令が飛んだ瞬間、

 

 「姫神」の左舷にある全火力が、「メリーランド」に向けて放たれた。

 

 4門残った主砲は勿論、左舷側に指向可能な第2、第3副砲6門、高角砲8門。

 

 機銃以外のあらゆる火力が叩き付けられる。

 

 たちまち、「メリーランド」の甲板上に、大小の閃光が炸裂する様子が現出する。

 

 「姫神」の放った砲弾は、次々と「メリーランド」に突き刺さる。

 

 距離は5000。しかも、互いに20ノット以下に落とした状態での砲撃である。これでは外す方がむしろ難しいだろう。

 

 

 

 

 

 軍艦の装甲と言うのは、大きく分けて2種類ある。

 

 水平(甲板)装甲と、垂直(舷側)装甲だ。

 

 このうち、中・遠距離の砲戦を想定する場合、砲弾は山なりの軌道を描いて落下する為、水平装甲の方を強化するのに対し、近距離での砲戦を想定する場合は、逆に砲弾の軌道は低くなるため、垂直装甲を強化する事になる。

 

 また、砲撃と言うのは遠距離では口径や砲弾の重量が威力を発揮する荷に対し、近距離では砲の初速が物を言う。

 

 姫神型巡洋戦艦の主砲はその事を想定し、長砲身の30センチ砲を装備しているのだ。

 

 今回の場合、距離5000と言う、戦艦の砲戦距離にしてはあり得ない程の至近距離となった為、当然、砲弾はメリーランドの垂直装甲に命中する。

 

 しかも、長砲身法によって加速された高初速砲弾である。

 

 重量400キログラムの軽量砲弾であっても、この距離なら充分に威力を発揮できる。

 

 砲弾は次々と「メリーランド」の舷側を突き破って艦内に突入、区画や隔壁を吹き飛ばし、致命的なダメージを与えていく。

 

 更に、主砲に比べれば威力は劣るものの、副砲や高角砲もまた「メリーランド」の甲板に着弾し、照準器や煙突、艦橋、電路系、非装甲部分を破壊していく。

 

 もはや、「メリーランド」は反撃どころではなくなってしまった。

 

 次々と「姫神」の飛来する主砲弾によってヴァイタルパートすら破られ、ボイラーが破裂しタービンが爆砕される。

 

 機械室に飛び込んだ砲弾が、炸裂して主電源がダウン。主砲の旋回すらままならなくなる。

 

 一部の砲弾は水柱弾となり、水線下に命中して浸水も引き起こしていた。

 

 やがて、

 

 「姫神」が主砲の射角に「メリーランド」を捕えられなくなった頃、

 

 合衆国軍が誇るビッグ7は、左舷側に大きく傾斜した状態で、海上に停止していた。

 

 恐るべきは、至近距離から放たれた主砲弾の威力である。

 

 「メリーランド」の左舷側は完全に破壊し尽くされ、吹き飛ばされた艦内の区画まで露出している有様だった。

 

 そんな中、

 

 メリーランドは甲板に投げ出され、信じられないと言った面持ちで天を見上げていた。

 

「そんな・・・・・・・・・・・・私は・・・・・・コロラド姉様の、仇を・・・・・・・・・・・・何で、こ、こんな事に・・・・・・・・・・・・」

 

 激痛で、もはや指一本動かせなくなったメリーランド。

 

 その瞳から、一筋の涙が零れ陥ちる。

 

「お願い・・・・・・バージニア・・・・・・あとは・・・・・・・・・・・・」

 

 もはや、自分自身の呟きすら、メリーランドは認識する事ができなかった。

 

 やがて、彼女の意識はゆっくりと、沈んで行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに、ここまで来た。

 

 誰もが、そのように考える。

 

 勇敢な抵抗を示す敵を打ち倒し、あらゆる困難を踏み越えて、ようやくここまでたどり着いたのだ。

 

 合衆国海軍の抵抗を排除した「大和」以下第1特務艦隊は、ついにニュージョージア島の敵橋頭堡沖に突入する事に成功していた。

 

「参謀長、あれを」

 

 大和に促され、宇垣は視線を向ける。

 

 そこには、特務艦隊の接近を知って、退避に掛かろうとしている複数の輸送船の姿があった。

 

 どうやらニュージョージア島に物資を運んできた船が逃げ遅れた物らしかった。

 

「無益な殺生は、する必要は無いな」

 

 そう言って大和に頷きを返すと、マイクを取る。

 

「9戦隊、3水戦に通達。敵輸送船団を包囲し、これを拿捕せよ。攻撃された場合以外、反撃する事を禁じる」

 

 もっとも、敵船団も馬鹿ではないだろう。速力でも火力でも勝る水雷戦隊に無駄な抵抗はしないはずだった。

 

 これから帝国軍は、より多くの輸送船を必要とする事になるだろう。ここで撃沈では無く拿捕して置く事は、のちのち大きな意味を持つはずだった。

 

 第9戦隊と第3水雷戦隊が突撃する中、

 

 戦艦「大和」、重巡「妙高」「羽黒」の3隻は、海岸の橋頭堡目がけて主砲を旋回させる。

 

 3隻とも昨夜の夜戦によって損傷を受けているが、未だに戦闘力は衰えていない。無抵抗な橋頭堡を破壊するには、充分な戦力だった。

 

「参謀長。砲撃準備完了です」

 

 大和の報告を受け、宇垣は眦を上げる。

 

 やがて、世界最大の艦載砲が、轟音を上げて火を噴いた。

 

 

 

 

 

 姫神に支えられたまま、彰人は彼方で炎上する「メリーランド」の様子を、じっと眺めていた。

 

 既に「メリーランド」は左舷に横倒しになり、海中に惹き込まれつつある。沈没は時間の問題だった。

 

 しかし、

 

 苦しい戦いだった。

 

 「姫神」に提督兼艦長として乗って以来、ここまでの大苦戦は初めての事だったと思う。

 

 もし、あそこで彰人が目を覚まさなかったら、第7艦隊はその時点で壊滅していた可能性もあった。

 

「・・・・・・あの艦には」

 

 不意に、姫神が口を開いた。

 

 振り向く彰人に対し、姫神は「メリーランド」を眺めながら続ける。

 

「あの艦からは、何か執念のようなものを感じました」

「執念?」

 

 尋ねる彰人に対し、姫神は頷きを返す。

 

「何が何でも、私達を沈めようとする意志。その為なら、命さえかけても惜しくないと思える程の想い。それが、あの戦艦にはあったように思えます」

「執念、か」

 

 心当たりは、ある。ありすぎるくらいだ。

 

 あの戦艦はコロラド級戦艦の1隻。恐らく、真珠湾で叩き損ねた「メリーランド」の可能性が高い事は、彰人にも判っていた。

 

 ならば、彼女にとって自分達は姉の仇と言う事になる。

 

 憎まれて当然の立場にいるのだ。自分達は。

 

 「メリーランド」だけではない。

 

 これまで単独・共同問わず撃沈してきた艦を合わせると、間違いなく「姫神」は帝国海軍の中で撃沈記録のトップだ。輸送船も数に入れると、もはや世界1位かもしれない。

 

 当然、人間、艦娘問わず多くの者達から恨みを買っていると言う訳だ。

 

「姫神」

「はい」

 

 彰人の呼びかけに、姫神は振り返る。

 

「僕達は、これからもそうした恨みを背負って生きていかなくてはならない。たぶんそれが、提督として生きている僕と、艦娘として生まれた君の宿命なんだと思う」

 

 真っ直ぐに見つめ合う、彰人と姫神。

 

「それでも、僕と一緒に戦ってくれる?」

 

 その視線が、互いに絡み合う。

 

 やがて、

 

「・・・・・・・・・・・・はい」

 

 姫神は、静かに頷きを返す。

 

 その頬は、上る曙光に当てられたのか、

 

 ほんのり、赤く染まっているようだった。

 

 

 

 

 

第45話「連鎖の切っ先」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがこの時、

 

 戦いはまだ、終わっていなかった。

 

 払暁と同時に、それまで出番が無かった航空部隊が動き出したのだ。

 

 合衆国軍は、夜の間に交戦海域外に退避していた空母「エンタープライズ」を呼び寄せ、空中から第2特務艦隊に対する追撃を敢行した。

 

 対して、帝国海軍も「蒼龍」「龍驤」を急派、迎え撃つ体勢を整える。

 

 現在、第2特務艦隊が護衛する船団の上空には、約20機の零戦が張り付いている。

 

 その中に、相沢直哉中尉の零戦22型甲もあった。

 

「・・・・・・来た」

 

 短く呟く直哉。

 

 その視界の中で、蒼穹に黒々とした点が浮かぶのが見える。

 

 数はそれほど多くないが、間違いなく合衆国軍の攻撃隊だった。

 

「行くよ。何としても船団を守り抜く!!」

 

 直哉は部隊の先頭に立って突撃を開始する。

 

 両軍の距離が、一気に縮まって行く。

 

 どうやら合衆国軍は、攻撃速度を重視する為、部隊の攻勢を戦闘機と爆撃機のみとしたようだ。

 

 そんな中で、味方の零戦隊が突入していくのが見える。

 

 だが、

 

「あれはッ」

 

 コックピットの中で、直哉は目を剥いた。

 

 敵は、見た事も無いような機体である。

 

 細く長い機種を持ち、ワイルドキャットよりも明らかに大型の機体。何より特徴的なのは翼だ。

 

 胴体に取り付けられた翼は、いったん下方に下がるような形になり、更に中途から折れて今度は上向きに変わっている。

 

 ちょうど、カモメの飛行姿を逆にしたような形である。

 

 逆ガルと呼ばれる翼の構造は、機動性の高さと高速力の両立を実現している。

 

 いつも通り、小回りな旋回力を駆使して相手に取り付こうとする零戦隊。

 

 だが、今日は勝手が違った。

 

 敵機は零戦の攻撃をあっさりと回避して引き離すと、逆に背後を取って機銃を浴びせる。

 

 炎を上げて墜落していく仲間の零戦を見ながら、直哉は驚愕に目を見開く。

 

「新型ッ 速い!?」

 

 言いながら、スロットルを開く直哉。

 

 そのまま速度を上げると、仲間を助けるべく挑みかかって行った。

 

 

 

 

 

 一方、空母「エンタープライズ」航空隊所属のギャレット・ハミルは、操縦桿に握る手に確かな手ごたえを感じていた。

 

「速い・・・・・・良い機体だ」

 

 既にギャレットは零戦1機を撃墜し、次の目標を見定めている所である。

 

 これまで乗っていたグラマンF4Fワイルドキャットでは感じる事ができなかった爽快感と力強さが、この機体には溢れていた。

 

 チャンスヴォートF4Uコルセア

 

 合衆国海軍が対零戦用に開発した艦上戦闘機、その第1弾に相当する機体である。

 

 ビル・ハルゼー提督は約束を守ってくれた。

 

 こうして零戦に対抗可能な機体を用意してくれたのだ。

 

「お前達の天下は今日で終わりだッ これからここは、俺達の空だ!!」

 

 叫ぶと同時に、ギャレットは捉えた零戦に対し機銃弾を容赦なく浴びせた。

 

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