蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第46話「無謀へ至る道筋」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 比較的大きな影が8つ。それに付随するように周囲を固めた影が、北に向かってゆっくりと航行していた。

 

 いずれもマストに日章旗を掲げており、帝国海軍所属の艦艇である事が伺える。

 

 後の世に第3次ソロモン海戦の名で呼ばれる事になる、日米両海軍による大規模夜間砲撃戦は、帝国海軍の勝利によって幕を下ろした。

 

 重巡洋艦「衣笠」「古鷹」、駆逐艦「夕立」「綾波」、輸送船1隻沈没。戦艦「大和」、巡洋戦艦「姫神」、重巡洋艦「妙高」、駆逐艦「五月雨」中破。

 

 対して合衆国軍に与えた損害は、戦艦4隻、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦8隻撃沈。重巡洋艦1隻、駆逐艦2隻撃破。輸送船6隻拿捕。

 

 また、主目標であったニュージョージア島合衆国軍橋頭堡撃破、及びガダルカナル島守備隊撤収にも成功している。

 

 戦略的にも戦術的にも、帝国海軍の勝利だった。

 

 これを機に始まった、帝国軍によるソロモン諸島撤収作戦。

 

 合衆国軍が体勢を立て直す前に、少しでも多くの戦力を後方に引き上げようとする動きが、ソロモン諸島各所、及び北部ニューギニアでも見られ始めた。

 

 合衆国軍から「東京急行(トーキョーエクスプレス)」の名で呼ばれるこの撤退行動は、合衆国艦隊の大半が行動不能な状態にある為、概ね、成功する事が多かった。

 

 だが、

 

 勿論の事、合衆国軍もただ手を拱いていた訳ではない。

 

 ポートモレスビーに展開した航空部隊を撤退阻止に為に繰り出すと同時に、ソロモン諸島に展開した潜水艦隊を駆使し、発見した艦船の撃沈に努めた。

 

 更に両軍ともに数少ない水上艦艇も繰り出した結果、大小無数の激突が、北部ニューギニアからソロモン諸島に掛けた海域で起こっていた。

 

 先の第3次ソロモン海戦においてニュージョージア島橋頭堡、並びに建設途上だった飛行場を戦艦「大和」の主砲で予め粉砕しておいたおかげで、帝国海軍の撤退作戦は比較的スムーズに行われている。

 

 しかしそれでも損害なしとはいかず、これまでの作戦においても多少の損害を出す結果となっていた。

 

 そしてこの日も、船団がニューブリテン島の南部、ビスマルク海に差し掛かったところで、異変は起こった。

 

「左30度、高角10度、敵機来襲!!」

 

 先頭を進む護衛部隊旗艦「白雪」の見張り員が、絶叫に近い叫びを発する。

 

 見れば、翼と胴体に星のマークを描いた双発の機体が、真っ直ぐにこちらへ向かってくるのが見える。

 

 だが、その動きは妙だった。

 

 海面を這うようにして飛行するのは雷撃を仕掛ける時の兆候である。

 

 だが、向かってくる機体が双発機と言う事は当然、敵は陸上機と言う事になるが、現時点までに、合衆国陸軍航空隊が雷撃能力の持つ機体を保有してはいないはず。

 

 かといって、爆撃を行える高度でない事も確かだ。

 

 その事が、帝国海軍側を大いに混乱させる。

 

「どっちなんだッ!? 雷撃かッ!? 爆撃かッ!?」

 

 護衛の駆逐隊司令は、自分達の行動を決めかねている。

 

 そうしているうちに、敵機の下部にある爆弾層が開き、中から爆弾が投下される。

 

 その動きに、帝国海軍の将兵や艦娘、誰もが唖然とした。

 

 やはり、敵の狙いは爆撃だった。

 

 だが、あんな何も無い海面にに爆弾を落として何になると言うのか?

 

 そう思った時だった。

 

 驚愕すべき事態が、目の前で起こる。

 

 何と、海面に空しく投下されたはずの爆弾が、海面を飛び跳ねながら船団に向かって来たのだ。

 

 ちょうど、子供が平たい石を使って水面を跳ねさせる「水切り遊び」に似ている。

 

 誰もが、愕然と目を見開く。

 

 これまで常識だった、どの航空攻撃方法とも異なる、まったく異なる攻撃だ。

 

 反跳爆撃(スキップ・ボンビング)と呼ばれるこの爆撃方法は、航空機の直進速度と海面の反発力を利用して行う攻撃であり、爆撃でありながら、当たり所によっては魚雷と似た効果を発揮できる。

 

 何より、これまでのいかなる攻撃方法とも異なる為、攻撃を受ける側もどう対処していいのか判らなかった。

 

 たちまち、2隻の駆逐艦が直撃を受ける。

 

 1隻は船体の水線下に直撃を受けて大浸水を引き起こし、もう1隻は魚雷発射管に直撃されて大爆発を起こす。

 

 2隻の駆逐艦が撃破された事で、船団の左翼に大きな穴が開く。

 

 そこへ、第2波が突入してきた。

 

 遅ればせながら対空砲火を撃ち上げる帝国海軍。

 

 しかし元々防空力が低いうえ、数まで減った帝国海軍駆逐艦の火力では、殆ど敵の進行を阻止する事はできない。

 

 次々と爆弾は海面に投下され、無防備になった輸送船団へと向かって飛びはねていく。

 

 1発でも直撃を受けた輸送船は、その薄い装甲を一瞬にして突き破られ船内で爆弾がさく裂。あっという間に大浸水を引き起こして沈んで行く。

 

 敵機は輸送船だけでなく、護衛の駆逐艦にも襲い掛かる。

 

 たちまち、周囲の海面は阿鼻叫喚の地獄と化した。

 

 合衆国軍は、艦船のみならず、海面に投げ出された将兵にまで機銃弾を浴びせていく。

 

 海面に投げ出されて尚、辛うじて息のあった兵士達が、血飛沫と絶叫を上げて絶命していく。

 

 青かった海は、炎と鮮血によって赤く染め上げられる。

 

 その惨憺たる光景たるや、熟練の兵士ですら目を背けたくなる状況だった。

 

 やがて、

 

 全てに攻撃が終わり合衆国軍機が去って行った時、

 

 海面に残っていたのは、護衛にあたっていた駆逐艦4隻のみ。

 

 残る4隻の駆逐艦と、護衛対象だった8隻の輸送船は、悉く海の藻屑と成り果てたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その女性は、「美丈夫」と称して良い、精悍な姿をしていた。

 

 浅黒く焼けた肌に、豊満な胸にはサラシを撒き、その上から軍服を羽織っている。

 

 目に掛けたメガネが鋭く光り、それが精悍な印象を際立たせている。

 

 帝国海軍所属、大和型戦艦2番艦「武蔵」。

 

 その艦娘である。

 

 帝国海軍が待ち望んだ期待の最新鋭戦艦が、満を持してついに連合艦隊に配属されたのだった。

 

 武蔵は姉の大和とはだいぶ異なる外見ではあるが、発する威容は、大和よりもより武人のような印象が強い。

 

 「武蔵」は連合艦隊に着任すると同時に、第3次ソロモン海戦の損傷修理の為に後退した「大和」に代わり、連合艦隊旗艦に就任した。

 

 艦の外見上は殆ど「大和」と大差無い「武蔵」であるが、「大和」で見つかった不具合や、連合艦隊司令部から出された要望を基に司令部機能が拡張されている等、細部においては変更点が多かった。

 

「これ以上は限界だな」

 

 言葉を発したのは、山本伊佐雄連合艦隊司令長官である。

 

 その山本の背後に立つ武蔵の傍らには、撤収作戦において生じた艦艇の被害状況が記されていた。

 

 その数字は、月を追うごとに徐々に上がり始めているのが判る。

 

 特にひどいのが、先に行われた「ビスマルク海海戦」の結果だった。

 

 正確には北部ニューギニアと、ラバウルのあるニューブリテン島との間のダンピール海峡付近で行われた帝国海軍水上部隊と、合衆国陸軍航空隊との戦いである。

 

 この戦いで合衆国軍は反跳爆撃と言う、従来の常識を覆す攻撃方法を披露して見せた。

 

 海面を爆弾が飛び跳ねて迫って来ると言う奇妙な攻撃方法の前に戸惑った帝国海軍は、護衛駆逐艦4隻と、輸送船8隻を撃沈され、文字通り「全滅」したのだった。

 

 開戦後、合衆国軍の航空隊によって、漂流者達への機銃掃射まで行われたこの惨劇は、「ダンピール海峡の悲劇」と呼ばれ、長く語り継がれていくことになる。

 

 これ以外の戦いにおいても、潜水艦や水上部隊の待ち伏せを喰らい、被害が生じるケースが増えている。

 

 結果的に帝国海軍が勝利した戦いでも、敵の反撃を受けて被害を生じる戦いが多かった。

 

「敵がある訳ですから、多少の損害は止む終えないと考えますが・・・・・・」

「いや、それでもここ最近の損害は大きすぎる」

 

 参謀の発言を制して宇垣護参謀長は言った。

 

 ソロモン諸島撤退作戦を支持し、その為の布石となるべき作戦だったニュージョージア島攻撃作戦を指揮した宇垣。

 

 その計画は半ばまで成功し、多くの味方を後方の拠点へ撤収させる事に成功していた。

 

 しかし、ここに来て敵の動きが活発化し、相対的に味方の損害が増えてきているのも確かだった。

 

 この兆候を宇垣は、敵にこちらの行動パターンが読まれているのでは? と疑っている。

 

 勿論、確証があってそのように考えている訳ではない。

 

 しかし開戦から1年が経過し、合衆国軍は大損害を出しつつも、徐々に体勢を立て直しつつある。同時に帝国海軍の作戦パターン研究がおこなわれているであろう事も、充分に予測できる事だった。

 

「ともかく、これ以上の損害拡大を防ぎ、同時に残る兵力を万難を排して引き上げる必要がある。その為には、一時的にでも我が方が航空優勢を確保し、ソロモン諸島周辺の制空権を奪取する必要があると考える」

 

 山本はそう言うと、黒鳥陽介作戦参謀に目配せをした。

 

 その様子を見て、幾人かの幕僚が眉を顰めるのが見えた。

 

 正直、「また、こいつか」と思っている人間も少なくない様子だ。

 

 黒鳥は初戦の真珠湾攻撃でこそ活躍を示したものの、その後のミッドウェー海戦や、米豪遮断作戦においては見るべき戦果を上げる事ができず、却って味方に大損害をもたらす結果となってしまった。

 

 宇垣達がソロモン撤退を強く主張しなければ、帝国海軍は今なおガダルカナル維持に固執し、無駄な損害を出し続けていた可能性が高い。

 

 無論、連合艦隊司令部として作戦を推進したのだから、黒鳥1人を責めるのは筋違いであろうが、それでも作戦推進に、黒鳥が大きくかかわったのは紛れもない事実である。そしてそれら全ての作戦に失敗したと言う事も。

 

 にも拘らず、山本が黒鳥を罷免せず、作戦立案に用い続けている事に、多くの人間が不満を覚えているのはある意味、当然の事だった。

 

 だが、そんな視線を気にした風も無く黒鳥は立ち上がると、一同に手元の資料を開くように言った。

 

「我が軍はこれより、ソロモン諸島撤退支援の為に、限定的な航空攻勢を仕掛けます。敵は現在、ポートモレスビーを基点にして、更に東部ニューギニアにもいくつかの航空拠点を設けており、それらが我が軍の撤退行動を妨げている事は判っています。そこで・・・・・・」

 

 黒鳥はページをめくりながら説明を続ける。

 

「我が軍は、敵軍に対して航空優勢を確保する為、空母機動部隊の艦載機を一時的にラバウルへ陸揚げし、敵軍の拠点に対して航空撃滅戦を仕掛けます。その為、連航艦に所属する空母各艦には、ラバウルまでの航空機輸送を担当、更に支援部隊として第2艦隊を派遣します」

 

 基地航空隊も連日の戦闘で消耗が激しい。その消耗分を、後方で錬成中だった機動部隊の兵力を転用する事で補おうと言うのが、この作戦の趣旨だった。

 

「攻撃目標は敵の飛行場、並びに港湾施設に在泊する艦艇。これらを撃滅するのが主目的です」

 

 ともかく、なりふり構わず制空権を確保。敵に大打撃を与え、その隙に兵力移送を済ませようと言う訳だ。

 

 説明を終えた黒鳥は、一同をもう一度見まわして言った。

 

「以後、本作戦を『い号作戦』と呼称します」

 

 そう言って、黒鳥は着席した。

 

 反論は、すぐになされる。

 

 挙手をして立ち上がったのは、第2航空戦隊司令官の小沢治俊中将だ。

 

 小沢は年明けより、それまで連合航空艦隊司令官であった南雲忠志の後を追い、連航艦司令官に就任している。ただし、古巣である第2航空戦隊司令官を兼務したままであり、将旗も「蒼龍」に掲げている。

 

「母艦航空隊は、先の南太平洋海戦における消耗から、ようやく再建が始まったばかり。パイロットも大半が、ようやく空母からの発着艦ができるようになったばかりの未熟者ばかり。そのような者達を前線に出し消耗したら、来たる決戦において我が軍は最悪、航空機無しで挑まなくてはならない事になりかねません。よって、連航艦司令官として、この作戦には反対です」

 

 それでなくても空母への発着技能と言うのは、それだけで特殊な技術である。それを陸上基地に転用されて消耗されたりしたら堪った物ではない。また一から母艦パイロットを養成しなくてはならなくなる。

 

「そうは言いますが提督。これ以外に、制海権を確保する手段はありません」

「いいや、そうは思わん」

 

 黒鳥の反論を、小沢は言下に否定した。

 

「制海権を確保すると言うなら、第3次ソロモン海戦の時のように、連合艦隊主力を繰り出すべきだろう。技量未熟なパイロットを投入するよりも、そちらのほうがよほど確実だろう」

 

 南太平洋海戦で損傷した艦艇も、少しずつだが復帰してきている。

 

 それに何より、期待の最新鋭戦艦の「武蔵」まであるのだ。消耗した合衆国軍が仮に迎撃に出て来たとしても鎧袖一触は間違いない。

 

 だが、

 

「残念ですが、その案は取れません」

 

 小沢の言葉に対し、黒鳥は最初から答えが決まっていると言った風に否定した。

 

「我が軍は現在、深刻な燃料不足に陥ってます。このトラックも例外では無く、とても大規模な艦隊行動はできません」

 

 黒鳥の返答に対し、小沢は黙り込む。

 

 正直なところ、燃料事情について小沢は、それほど明るいとは言い難い。

 

 しかし、連日のように輸送船や駆逐艦が出撃する中、後方のトラックにいる者達が「燃料が無い」などと言っても、何かの冗談にしか聞こえなかった。

 

 燃費の悪い駆逐艦10数隻を連日のように動かすのと、(バカ食いはするものの)、燃費に関しては比較的良好な「武蔵」を1回動かす事の、どちらが経済的かは言うまでも無い事である。

 

「それはそれとしても、母艦航空隊を陸上基地に投入する事に反対であるのは変わり無いぞ」

 

 話の議題を戻す小沢。

 

 仮に連合艦隊主力が出られないにしても、母艦航空隊の抽出に応じる理由にはならなかった。

 

「連航艦司令官の意見はもっともだが・・・・・・」

 

 口を開いたのは、それまで黙って議論を聞いていた山本だった。

 

「事この段になった以上、一時的にでも制空権を確保するにはこれしか手段が無いと信じている。君の気持は判るが、どうか、ここは了承してくれ」

 

 そう言って頭を下げる山本。

 

 実際の話、こんな作戦を了承した山本にも、言いたい事はたくさんある。

 

 何より、第3次ソロモン海戦後から前線に現れるようになった、合衆国軍の新型機。

 

 チャンスヴォートF4Uコルセアは、性能的に見ても零戦と互角以上であり、ベテランパイロットであってもしばしば不覚を取る事があるとか。

 

 初登場より2年余りが過ぎ、帝国海軍の快進撃を支えてきた「零戦無敵神話」が崩壊しつつあるのだ。

 

 敵は着々と反撃体勢を整えつつあると言うのに、こちらは零戦に続く新型機の開発すら進んでいない状況である。

 

 そのような状況で、技量未熟なパイロットを送り出すなど自殺行為でしかない。

 

 山本や黒鳥は、前線の実情を本当に把握しているのか疑いたくなるのだった。

 

 しかし、相手が連合艦隊司令長官とあっては、小沢としても強く言い出す事はできない。

 

 ただ黙って、頭を下げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テーブルの上にある湯気の立つ生地からは、ソースの香ばしさと相まって食欲のそそる匂いが漂ってくる。

 

 蒼龍は恐る恐ると言った感じに、手にした楊枝を突き刺すと、その内の一つを口へと運んでみた。

 

 途端に口の中に、好ましい触感と味が広がるのが判る。

 

「美味しいです」

「せやろ。自身作やで」

 

 期待通りの反応を示した蒼龍に、来客者は満足そうに笑う。

 

 小柄な体にやや長めの髪をツインテールにし、頭にはサンバイザーをしている。

 

 龍驤である。

 

 「蒼龍」と共に第2航空戦隊を形成し、第2次ソロモン海戦、南太平洋海戦を戦い抜いた歴戦の空母である。

 

 形こそ小さい物の、その戦歴は長く、この戦争が始まってからも常に最前線で活躍している。

 

 ここは「蒼龍」の艦内にある、彼女の私室である。

 

 今日は龍驤が持ち込んだたこ焼きで、お茶会を開いている所だった。

 

「しかし、うちらの周りも、めっきり寂しゅうなったなー」

 

 蒼龍が淹れたお茶に口を付けながら、龍驤はため息交じりに言った。

 

「開戦した頃はまだ、うちの航空隊もベテランさんが仰山おった言うに、今じゃ飛行隊長かてミッドウェー以降の配属や。このままじゃ早晩、飛べる人間がおらんなってまうんやないやろか?」

「そうですね。本当は、そうなる前に戦争が終わってくれるのが一番なんでしょうけど・・・・・・」

 

 龍驤の言葉に相槌を打ちながら、蒼龍も俯く。

 

 ベテランパイロットが少なくなり始めているのは、蒼龍航空隊にしても同じである。

 

 南太平洋海戦、第3次ソロモン海戦と参加して消耗を重ねた上、残ったパイロットの幾人かも、教官役として後方に引き抜かれたりした結果である。

 

 その代わりに宛がわれるのが技量未熟な新人とあっては、不安も募ろうと言う物だった。

 

「ま、そこら辺は小沢のおっさんが上手い事やってくれるのを期待するしかないんやけどな」

 

 龍驤の言葉に、蒼龍はクスッと笑う。

 

 確かに、小沢は「機動部隊の生みの親」と言われる程の、航空戦の専門家である。

 

 第2次ソロモン海戦、南太平洋海戦、第3次ソロモン海戦でも的確な指揮ぶりを示している。

 

 蒼龍たちにとっても、頼れる指揮官である事は間違いなかった。

 

 その時だった。

 

 扉が開き、誰かが部屋へと入ってくる気配があった。

 

「失礼しまーす。蒼龍、借りてた本返しに来たよ・・・・・・て何だ、龍驤も来てたんだ」

「何だ、とは失礼やな相沢」

 

 入って来た相沢直哉中尉に対し、ジロッと視線を向ける龍驤。

 

 そんなやり取りを放っておいて、蒼龍は立ち上がる。

 

「ああ中尉、わざわざすみません。言ってくれれば、私の方から取りに行ったのに」

「いいよ、借りたのは僕の方だし。ここ、置いとくよ。ところで・・・・・・」

 

 微妙に催促するような仕草で、彰人はテーブルの方へと目をやる。

 

 直哉は運んできた本を置くと、テーブルの方に振り返った。

 

「何か美味しそうな匂いが廊下にまでしていると思ったら、何これ?」

「龍驤さんが、たこ焼きを作って持ってきてくれたんですよ」

 

 さすが、食が娯楽の軍人さんである。アンテナはしっかり張っている様子だ。

 

 そんな直哉の様子に、蒼龍はクスッと笑う。

 

「座っていてください中尉。今、お茶淹れますから」

「ああ、悪いね」

 

 いそいそとお茶の準備を始める蒼龍。

 

 その間に直哉は、龍驤の対面の席に腰掛ける。

 

「たこ焼き作れたんだ、龍驤」

「勿論や。たこ焼き作りは大阪人の基本やで」

「いや、でも龍驤、出身は横須賀じゃ・・・・・・」

「細かい事は気にせんでええ。大物になれへんで自分」

 

 直哉の言葉をピシャリと遮る龍驤。

 

 そこへ、蒼龍がひょこっと首を出す。

 

「すみません中尉。緑茶とほうじ茶とコーヒーがありますけど、どれが良いですか?」

「ん~ じゃあ、今日はほうじ茶で」

 

 判りました、と言って首をひっこめる蒼龍。

 

 そんな2人の様子を、龍驤は少し訝るようにして眺めているのだった。

 

 

 

 

 

「まったくもって、馬鹿げた作戦を考え付いた物だ」

 

 愚痴が小沢の口から飛び出る。

 

 その体面に座った宇垣も、苦笑交じりで頷きを返す。

 

 ここは「武蔵」艦内にある参謀長室である。

 

 会議を終えた宇垣と小沢は、こうして集まって今後の対応策について話し合っていた。

 

 先の作戦会議は小沢にとっても宇垣にとっても、本意とは言い難い結果に終わってしまった。

 

「連航艦としては、再建途上の戦力をホイホイと抽出されたんじゃたまった物ではないぞ」

「同感です。このままでは我が軍は、ズルズルと消耗を重ねる結果となってしまうでしょう。いや、事実としてそうなりかけている」

 

 どう考えても清算が低そうな「い号作戦」に兵力を取られる小沢としては、今回の件は面白くない事この上ない話だった。

 

「制空権を取ると言う目的は理解している。だが、それで攻勢を仕掛けると言う判断は明らかに間違いだ。今は守りに徹し、戦力の回復を待つべき時だと言うのに」

「黒鳥個人からすれば、自身の失点を取り戻したいと言う考えはあるのでしょうが・・・・・・」

 

 黒鳥陽介は失敗続きの参謀である。

 

 ミッドウェーでもエスピリトゥサントでも、彼が立案した作戦は悉く失敗している。その為、失地回復を図りたいところなのだろうが。

 

「面子に付き合わされる将兵はたまった物ではない」

「そうですね」

 

 頷く宇垣を見ながら、小沢はふと思い出したように言った。

 

「そう言えば、あいつは本土か?」

「あいつ・・・・・・ああ、水上ですか?」

 

 2人の間に共通する知り合いと言えば何人かいるが、その中で今、話題に上りそうなのは彰人だけだった。

 

「主力艦2隻が損傷を負っている状態ですからね。第7艦隊は本土に戻って戦力を再建させている状態です」

 

 「姫神」と「黒姫」は損傷修理のついでに、改装も施す予定になっている為、彰人が前線に復帰してくるのは、もうしばらく先の事になると思われる。

 

 それが、2人にとっては残念で仕方が無かった。

 

 彰人がここにいれば、あるいはこの状況でも何らかの有効なアイデアを出してくれたかもしれないのだが。

 

 宇垣と小沢は、あのユニーク且つ堅実な発想力を持つ青年提督に想いを馳せずにはいられなかった。

 

 と、そこへ長身の女性が歩み寄り、お盆の上にある茶を2人の前に置いた。

 

「さあ、飲んでくれ。もっとも私は無骨者だからな。大和程、上手に淹れられた訳ではないが」

 

 武蔵である。

 

 連合艦隊旗艦に就任した彼女は、姉の大和から旗艦業務各種を引き継いでいる。今も、会議が終わった長官や参謀長に対し、こうしてお茶を淹れているが、これも大和がやっていた事だ。

 

「なに、軍人は常在戦場。食べられる物、飲める物に贅沢は言わんよ」

 

 そう言って小沢は笑い、武蔵の淹れた茶を口に運ぶ。

 

 宇垣もまた、小沢に倣うように茶を喉へと通す。

 

 確かに味は少し苦いし、少々熱過ぎる気もするが、しかし飲めない程ではない。これはこれでありだろう。

 

「武蔵は、大和と会ったんだったか?」

「ああ。着任した時に1度だけな」

 

 言ってから武蔵は、少し寂しそうに顔を俯かせる。

 

「正直言えば、大和と舳先を並べて共に戦いたかったんだがな。それが先送りになってしまったことは残念だ」

「そうだな」

 

 武蔵の言葉に、宇垣も同意するように頷く。

 

 正直、大和型戦艦2隻が共に並んで航行する様は、それだけでも圧巻だろう。その光景を見るのが後の事になってしまったのは、宇垣としても残念だった。

 

 それに、

 

 宇垣は脳裏に、大和の姿を思い浮かべる。

 

 離れてみると、彼女の大きさが判るような気がした。

 

 大和に会いたい。

 

 宇垣は自分でも柄にもない、と思いつつも、今この場にいない少女に想いを馳せずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

第46話「無謀へ至る道筋」      終わり

 

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