蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第47話「伝説との邂逅」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソロモン撤退作戦は、つつがなく進んでいるようだな」

「ハッ 順調との報告が成されています。多少の犠牲は出ておりますが、無視しても差し支えは無いようです」

 

 「殿下」からの問いかけに対し、永野修軍令部総長はそう答えて頭を下げる。

 

 自身の「主君」に対し絶対の忠誠を誓い、その理想実現の為に邁進する忠臣の態度と言えば多少は聞こえが良いかもしれない。

 

 もっとも、前線での犠牲を軽視しているのは、話を聞けば分かる事であろう。

 

 その永野の報告に対し、「殿下」は頷きを返す。

 

「撤退作戦の成功は、ひとまず慶賀すべき事態だろう。しかし永野よ。我らの目的を忘れてはならぬぞ」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 眼光鋭く指摘され、永野は声を詰まらせる。

 

 ただそれだけの仕草で、永野は首を絞められたような感覚に陥っていた。

 

「我らの目的は、我が帝国の武威を世界に示し、もってこのアジアに帝国を中心とした王道楽土を築き上げる事にある。その理想から行けば、此度の撤退は、むしろ遠ざかっていると言えるだろう」

「誠に、遺憾の極み。この永野も、前線部隊の不甲斐なさに嘆かぬ日々はございませぬ」

 

 要するに、自分は何も悪くない。悪いのは前線で負け続ける連中だ、と言う事だ。

 

 後方にいる人間は、いくらでも好き勝手に言葉をつくろう事ができる。

 

 連日のように出撃して敵の砲火に身を晒し、命を落とす危険性と隣り合わせの艦娘・将兵たちが、今の永野の言葉を聞けば何と思う事であろうか?

 

「それはそれとして殿下。我らの戦略が間違っていなかったにもかかわらず、こうも負けが込んで来た理由の一つに、やはり実戦的な人間が同志に不足している事も考えられます」

「ほう?」

 

 多少、まともな意見が出た事で興味が引かれたのだろう。「殿下」は永野の言葉に釣られるように身を乗り出した。

 

「続けよ」

「ハッ そこで、これまで実戦を経験し、多くの作戦立案にも携わった者を、我らの『同志』に引き入れては如何かと思った次第です」

 

 永野の言葉に「殿下」は考え込む。

 

 確かに、一理ある話である。「殿下」の派閥メンバーは、軍令部や海軍省には多く存在しているものの、連合艦隊に所属している者は少ない。ようするに「実戦経験者」が殆どいないのだ。

 

 省庁や軍令部で陰謀を巡らせる分には充分だが、やはり戦略に関与するとなると、それなりの経験者が必要になる。

 

 この際、そちらの方でもメンバーを増やし、実戦部隊の掌握に努めるのも良いかと思った。

 

「お前の事だ。既に人選は済ませているのであろう?」

「ハッ こちらに」

 

 そう言って永野は、手にした2通の書類を差し出す。

 

 殿下は書類を受け取って目を通すと、重々しく頷いた。

 

「良かろう。この通りに計らえ」

「ははッ ありがとうございます」

 

 頭を下げながら、永野はニヤリとほくそ笑む。

 

 これで失地回復の目途は立った。あとはあの者達を「殿下」に引き合わせるだけだ。

 

 確かにソロモンからの撤退は痛かったが、帝国はまだ負けたわけではない。

 

 誰でもない、自分達がまだ、負けを認めていないのだから。

 

 そしていつか、「殿下」の主導の下に王道楽土を築く日が必ず来るのだ。

 

 永野は、そう信じて、微塵も疑っていなかった。

 

 

 

 

 

 机を前にして、彰人は紙の山との格闘を余儀なくされていた。

 

 山積みされた書類は全て、特信班に命じて集めさせた情報と報告書である。

 

 ここは横須賀にある彰人の下宿先である。

 

 南太平洋の島々を巡る戦いにおいて「姫神」と「黒姫」が損傷した第7艦隊は、第13戦隊の護衛の下、本土へと帰還していた。

 

 主力2隻が動けない以上、前線に留まっていても意味は無いと言う事だ。

 

 そんなわけで彰人達は、久方ぶりに本土の土を踏んでいる訳だが。

 

 しかし、休暇中とはいえ、やるべき事は山積である。

 

 姫神型巡洋戦艦2隻には、修理に合わせて改装を施される予定である。

 

 姫神型巡戦の弱点は、戦艦としては最弱と言って良い砲撃力の低さである。その為、これまでの戦いの多くにおいて苦戦を強いられ続けてきた。

 

 また、これからの戦いでは、より多くの敵機を相手に防空戦闘を行う事になるだろう。

 

 今回の改装は、そうした姫神型の弱点を補い、同時に状況の変化に対応する物となる筈だった。

 

 また、彰人は敵の動向についても、細心の注意を払っていた。

 

 現在、太平洋には合衆国軍の最高指揮官が2人存在する。

 

 奇妙な指揮系統だが、どうやらこの2つの司令部はどちらが上と言う訳でもなく、両者が並び立つ形で存在している事が判る。

 

 一つは、彰人達がこれまで主敵としてきた中部太平洋方面軍。レスター・ニミッツ大将を司令長官とした海軍主力の軍勢。根拠地はハワイにある。

 

 もう一つは、デイビス・マッカーサー大将率いる南太平洋方面軍。こちらは陸軍を主力とし、本拠地はオーストラリア最南端の都市ブリズベーンに置かれている。

 

 この両者を見比べると実に面白い事が判る。

 

 ニミッツは徹底した合理主義者だ。彼は自身の幕僚として不適格と断じた人間を閑職に追いやる一方、ハルゼー、スプルーアンスと言った実績や能力のある提督たちを重用し、太平洋艦隊と言う組織の合理化に見事に成功している。

 

 対してマッカーサーはヒーロー気質だ。彼は戦前からフィリピン軍の軍事顧問の地位にあり、同国軍の元帥にも叙せられていたのだが、開戦と同時に行われた帝国軍の快進撃の前に敗北を重ね、ついにはフィリピンを放棄せざるをえなくなった。その際に「私は必ず帰ってくる(アイ・シャル・リターン)」と言うセリフを言い放ったと言う。

 

 この2人の性格を鑑みると、両軍の作戦方針が見えてくる。

 

 合理主義者のニミッツは、中部太平洋から一気に艦隊で押し渡り、最短コースを通って一気に島々を攻略、最終的にはマリアナ諸島へ侵攻、そこを起点に帝国本土を攻める戦略を取ると考えられる。

 

 一方、ヒーローであるマッカーサーは、先の「公約」を守る為に、必ずフィリピン奪還を戦略に組み込みたいはずである。加えて陸戦主体で侵攻作戦を組むはずであるから、パプア・ニューギニアから陸伝いにフィリピンへと攻め上がってくる可能性が高い。

 

 この両者は、例えるなら車の両輪であろう。双方が回転を始めた時、それは誰にも留める事の出来ない驀進となる。

 

 因みに、ニミッツとマッカーサーは、かなり仲が悪いと言う情報がある。もっとも、これは合衆国軍のみに言い得る事ではない。帝国でも、海軍と陸軍は一部の例外を除いて反目している面が強かった。

 

 しかし、反目し合っているからこそ、この両者は同じ太平洋と言う舞台にあって、競い合うように帝国侵攻を目指してくるであろう事は疑いなかった。

 

 対して、防戦を展開する帝国軍は、この両軍に対応する戦略が必要になる。

 

 開戦初期、彰人が米豪遮断作戦に共鳴したのは、このうちのマッカーサー率いる南太平洋軍の侵攻ルートを潰せると判断したからである。それが成功していたら、帝国軍は不利な二正面作戦を強いられる事は無かったはずなのだ。

 

 もっとも、今となっては空しいだけの過去だが。

 

 これからの戦局は、これまで以上に厳しい物となる事だけは、想像に難くなかった。

 

 加えて、

 

 彰人は別の書類を探して手に取る。

 

 それは、遥かヨーロッパの近況について、中立国経由で集めた情報である。もっとも、こちらは流石に特信班の専門外なので、軍令部時代のコネを使ったのだが。

 

 今年の2月。欧州戦線でも大きな動きがあった。

 

 昨年の6月よりドイツ帝国軍とソビエト連邦軍との間で行われていたスターリングラード攻防戦が終結したのだ。

 

 元々この戦いは、ソビエト連邦軍の補給線と工業力を破壊すべく、ドイツ帝国軍がコーカサス地方占領を目指して大規模な軍事行動を起こした事に端を発している。

 

 当初は優勢な兵力に支えられて快進撃を続けていたドイツ軍だったが、やがてソ連軍が工業都市スターリングラードに防衛ラインを展開すると、その進撃は完全に停滞する事となる。

 

 スターリングラードと言う都市名は、ソ連の現書記長ヨーゼフ・スターリンから名付けられている。

 

 ドイツからすれば「敵国元首の名前が入った都市を陥落させる」と言う名目があり、ソ連からすれば「元首の名前が入った都市を是が非でも守り通す」と言う名目がある。

 

 その為、両軍ともに、政治的効果を狙い大兵力を投入。ここにある意味、史上最大最悪とも言える、独裁者同士の意地の張り合いが始まった。

 

 両軍ともに出せるだけの予備兵力を、ありったけ投入し、街が廃墟と化して尚、砲火が絶える事は無かった。

 

 ドイツ軍は、「クリスマスまでには陥落させられる」と楽観視する傾向があったが、その甘い予想に反し、戦局は完全に泥沼化していった。

 

 一方ソ連軍は瓦礫を巧みに利用した徹底的な抗戦姿勢を示してドイツ主力軍を足止めする一方、密かに組織された大規模別働隊がドイツ軍の後方へと回り込み、補給線を切断する作戦を決行、これを見事に成功させる。

 

 ここに「街を包囲する軍が逆に包囲される」と言う、戦史上においても珍しい状況が発生したのだ。

 

 ドイツ軍も決死の侵攻軍救出を試み、末期には空輸に頼った補給作戦まで展開したが戦線維持敵わず、最後には総統命令で全軍玉砕を命じられたが、けっきょく主力軍35万がそっくり降伏する事態となった。

 

 この戦いで、欧州戦線の連合軍有利は、ほぼ確定したとさえ言われている。

 

 一方面の主力軍をそっくり失う形となったドイツ軍は、東部戦線の維持すら難しい状況にあると言う。

 

 由々しき事態だった。

 

 このスターリングラード攻防戦の結果は、帝国にとっても無関心と言う訳にはいかないだろう。

 

 このままでは、いずれドイツは敗れる。

 

 そうなった時、欧州戦線にある連合軍の戦力は、そっくりそのまま太平洋戦線に投入される事になるだろう。

 

「そうなる前に、決着を付けないといけないんだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 彰人は険しい表情で呟く。

 

 合衆国軍のみ、それも太平洋方面軍のみを相手にするだけでも苦戦している状況である。そこに大西洋からの増援が加われば、帝国軍の戦線が一気に押しつぶされる事は目に見えていた。

 

 帝国海軍には既に、昔日の力は無い。ミッドウェーと、それに続く南太平洋の戦いにおいて、大きく消耗してしまった。

 

 このままでは、防衛線の構築すらままならない状況である。

 

 幸い、ソロモン諸島やニューギニア方面からの撤退は順調に進んでいるらしい。これらの兵力を集中できれば、まだまだ充分に戦う事ができるだろう。

 

 と、

 

「うみゅぅ・・・・・・・・・・・・」

 

 窓際から、子猫のような鳴き声が聞こえてきた。

 

 クスッと笑い、彰人は振り返る。

 

 そこでは窓際で日向ぼっこする子猫が1匹、

 

 ではなく、巡洋戦艦が1匹、背中を丸めてお昼寝に興じていた。

 

 姫神である。

 

 本土に帰還して以来、姫神はちょくちょく、彰人の下宿に足を運ぶようになっていた。

 

 彼女の艦体は今、横須賀の工廠で修理と改修を受けているのだが、そちらは「工事の音がうるさくて眠れないから」との事らしい。

 

 彰人としても、姫神と一緒に居られるのは悪い気はしないのだが。

 

 彰人はそっと手を伸ばすと、姫神の肩を揺り動かす。

 

「姫神・・・・・・姫神、起きて」

「う・・・・・・みゅ?」

 

 先程同様、子猫の鳴き声のような呻きと共に、うっすらと瞼を開ける姫神。

 

「おあようごじゃいます・・・・・・あきと」

 

 ろれつが回らず、噛み噛みな挨拶をする姫神。どうやら、まだ寝ぼけている様子だった。

 

 こうして遊びに来ても、姫神は特に何かをするわけでもなく、ずっと彰人の部屋で昼寝をしているだけである。

 

 彰人としては、思索の邪魔になる訳でもないから別にかまわないのだが、姫神自身はそれで良いのだろうか? と思ってしまう。

 

 ちょうどその時、廊下を歩く音と共に、大家の女性が部屋へと入って来た。

 

「水上さん。今日はちょっと、夕ご飯が遅くなるかもしれないから、その間、ヒメちゃんを連れてどこかへ遊びに行って来たらどうです?」

 

 既に大家にとっても、姫神が遊びに来る事は日常化している様子である。彼女が来ると、当然のように食事も一食多く用意してくれた。

 

 時計を見れば、まだ昼を少し回った所である。確かに、出かける余裕は充分にある。

 

「そうだね・・・・・・どうかな姫神?」

「私は別にかまいません」

 

 いつも通り、平坦な口調で同意の意を示す。

 

 そんな姫神の様子に、彰人は少し不思議な物を見るような面持ちになった。

 

 三度の飯より昼寝好きな姫神は、休日は殆ど外に出たがらない。にも拘らず、こちらの誘いに応じた事が意外だったのだ。

 

「楽しんできてくださいね。夕ご飯は美味しい物を用意しておきますから」

 

 大家の意味ありげな笑みに背中を押され、彰人と姫神は外へと足を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に3月のせいか、横須賀の気温は高く、外を歩いていても心地よい陽気に包まれていた。

 

 海辺の公園を歩く彰人と姫神も、着てきたコートを脱いで手に提げていた。

 

「やっぱり、海軍軍人の性なのかな」

 

 彰人は少し自嘲するように口を開いた。

 

「どこかに出かけるって言って、結局、海の近くに来ちゃった」

「彰人は、ここによく来るのですか?」

 

 周囲を見回しながら、姫神が尋ねてくる。

 

 周りには休日を満喫する家族連れや、親子で遊ぶ姿が見える。

 

「いや、1人じゃなかなか足が向かないからね。僕も、海軍の催し以外で来たのは初めてだよ」

 

 心地よい海風に身を委ねる。

 

 海軍士官なら慣れ親しんだ感触だが、それだけに安心感があるようだった。

 

「どちらかと言えば僕は、休みの日は部屋で本でも読んでいる方が性に合っているから」

 

 その言葉に、姫神は納得したように頷きを返す。

 

「そうですね、私も彰人は、部屋の中で六法全書や過去の戦術書を読みふけっているイメージがあります」

「いや、そこまでがり勉じゃないって、僕は」

 

 姫神の言葉に苦笑する彰人。

 

「小説とか、特に戦国時代や、中国の三国志とか水滸伝なんかが好きかな。日がな1日、本に埋もれて暮らせれば幸せだと思っているよ」

 

 姫神は、彰人の言葉を想像してみる。

 

 自分が本のたくさんある部屋に押し込められ、そこで暮らすように言われたら?

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 間違いなく、絶対の確証を持って、3秒で眠れる自信があった。

 

「さ、着いた」

 

 そんな他愛ない会話をしていると、彰人は目的地に着いた事を告げる。

 

 そこは、海岸のすぐ傍だった。

 

 と言っても港に隣接しており、海辺は砂浜では無く岸壁になっているのだが。

 

 その岸壁に、1隻の軍艦が存在していた。

 

 決して大きい船ではない。せいぜい重巡を少し大きくした程度の船である。スタイルも古びており、凌波性があまり考慮されていないような、ずんぐりした船体と、艦首には衝角(ラム)装備が見受けられ、水線下部分が突き出しているのが判る。

 

 帆船時代の名残なのか、マストが2本突き経っており、前部甲板と後部甲板に1基ずつ連装砲塔が乗っている。

 

 第1次世界大戦くらいまでなら、まだ通用しそうなシルエットである。

 

 しかし、艦全体からにじみ出るような神々しさは、既存の艦艇のを遥かに凌駕している。

 

 まるで1個の神が、目の前に降臨したかのようだった。

 

「戦艦『三笠』」

「え?」

 

 彰人の言葉に、姫神が振り返る。

 

 対して彰人は、どこか畏敬の念を抱くような眼差しで、目の前の戦艦を見詰めていた。

 

「日露戦争当時の連合艦隊旗艦だよ。当時、連合艦隊司令長官だった東郷平八郎元帥は、この艦の露天甲板で直立不動のまま指揮を執り、海戦史上の伝説に残る大勝利をもたらした」

 

 今のソ連は、海軍国としては完全に三流だが、当時のロシア帝国は世界第2位の海軍力を誇り、極東のウラジオストクとバルト海にそれぞれ大艦隊を保有していた。

 

 対して、帝国はようやく文明開化による成長を終えたばかりの時期であり、陸海軍共に、まだまだ世界列強と正面から戦える物ではなかった。

 

 しかも海軍は初戦で、当時6隻保有していた戦艦の内2隻を機雷で失う大損害を喰らってしまった。

 

 そんな中、ロシア海軍ははるかバルト海からバルチック艦隊を極東に回航し、連合艦隊を一気に叩き潰そうと言う作戦に打って出た。

 

 事態を憂慮した東郷長官は、まず目の前の敵であるロシア太平洋艦隊を陸軍との共同作戦で撃滅すると、次いで、はるばるヨーロッパからの長征で疲れ切ったバルチック艦隊を対馬沖にて迎え撃ち、これを完膚なきまでに撃破したのだった。

 

「これが、『三笠』・・・・・・・・・・・・」

 

 やはり艦娘として、大先輩には思うところがあるのか、姫神も目を見開いて「三笠」を見ている。

 

「一度、ゆっくり見たかったんだよね。けど、1人じゃなかなか気分が乗らなくてね」

 

 言いながら、彰人は姫神を見る。

 

「今日は姫神のおかげで来れた。ありがとう」

「・・・・・・いえ、どういたしまして」

 

 礼を言う彰人に対し、僅かに視線を逸らす姫神。

 

 その時だった。

 

「ふむ、観光の方かな?」

 

 背後から声を掛けられて、振り返る2人。

 

 そこには、1人の女性が佇んでいた。

 

 流れるような長い髪に、切れ長の瞳。

 

 海軍の第二種軍装を着込み、下はスラックスを穿いている。

 

 怜悧な出で立ちながら、同時にどこか包容力を感じさせる。そんな女性だ。

 

「良かったら、記念に1枚いかがかな? 黙っていると退屈でな。最近では、こうした趣味に凝っている」

 

 そう言って掲げて見せたのは、1台のカメラである。帝国でも、ある程度の普及が始まっている品である。

 

 しかも、女性が手にしているのは暗幕等の必要が無い、最新モデルだった。

 

 顔を見合わせる、彰人と姫神。

 

 突然現れた目の前の女性がいったい誰なのか、なぜ、こうも気さくに話しかけて来るのか。

 

 疑問は尽きない。

 

 しかし、折角の好意を無碍にするのもどうかと思われた。

 

「じゃあ、折角ですから、お願いしても良いですか?」

「了解した。では2人とも、艦を背に並んでくれないか?」

 

 彰人と姫神は「三笠」をバックに並んで立つと、女性が距離を置いてフレームを向けてくる。

 

「すまない、もう少し寄ってくれると助かるな。何しろ、プロの撮影家には程遠い腕前でね」

 

 リクエストを言われ、彰人と姫神は互いに身体を寄せる。

 

 ふと、姫神は彰人を見上げる。

 

 身体の小さい姫神は、彰人よりも頭一つ分以上背丈が違う。

 

 こうして並んでも多分、「仲が良い兄妹」程度にしか見えない事だろう。

 

 そんな事を考えていると、女性の方から声を掛けて来た。

 

「では撮るぞ。こちらを向いてくれ」

 

 促され、彰人と姫神は向き直る。

 

 そこで、シャッターが切られた。

 

 

 

 

 

 写真は出来上がったら後日、郵便で送ると言われたので、彰人は下宿の住所を女性に教え、「三笠」の前を後にした。

 

「変わった人だったね。カメラが趣味の女性って言うのも珍しいし」

「そうですね」

 

 先程の女性の事を想いだし、彰人は苦笑する。

 

 まあ、人の趣味は人それぞれだし。それに決して悪い趣味だとは思えないのだが。

 

「さて、そろそろ大家さんが食事の支度を整えてくれるだろうし、帰ろうか」

「はい」

 

 そう言って、2人は歩き出そうとした。

 

 その時、

 

 周囲の木々の陰から突然、複数の気配が現れるのを感じた。

 

 とっさに、身を固める彰人と姫神。

 

 見回せば、黒いスーツを来た男達が数人、2人を取り囲むようにして立っていた。

 

 その中の1人が、歩み寄ってきた。

 

「驚かせてしまい申し訳ありません。帝国海軍第7艦隊司令官、水上彰人大佐ですね?」

「・・・・・・あなたは?」

 

 姫神を庇うように背に隠しながら、彰人は警戒して尋ねる。

 

 休日中の海軍提督と艦娘を、このような大人数で待ち伏せるていたのだ。とても、友好的な集団だとは思えなかった。

 

 対して男は、彰人の質問に答える事無く続けた。

 

「我が主があなたとの会談を望んでおります。誠にご迷惑とは思いますが、ご足労願えませんでしょうか?」

 

 口調こそ丁寧だが、それが強制である事は考えるまでも無い事だろう。

 

 彰人達に、選択肢は無かった。

 

 

 

 

 

 男達に囲まれ、公園の外へと連れ出されていく彰人と姫神。

 

 平和な公園の光景に似つかわしくない、異様な風景である。

 

 そして、

 

「・・・・・・・・・・・・ふむ」

 

 その光景を、「三笠」の甲板に立った先程の女性が、険しい顔つきで眺めていた。

 

 

 

 

 

第47話「伝説との邂逅」      終わり

 

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