蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第48話「航空自滅戦」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 払暁を迎えようとする空に、連ねられた銀翼が鋭い音を響かせて舞い上がって行く。

 

 上り始める朝日の中、100機以上の機体が飛び行く様は、壮観の一言に尽きた。

 

 1943年4月7日。

 

 ソロモン諸島からの早期撤退を目指す帝国海軍だったが、予想を超えた合衆国軍の侵攻と妨害行動を前に、作戦の遅延を余儀なくされていた。

 

 事態を憂慮した山本伊佐雄以下、連合艦隊司令部はこの状況を打開すべく、軍令部の指示を待たずに撤退作戦を一時中断。限定的な攻勢に打って出る事になった。

 

 ラバウルに駐留する基地航空隊に合わせて、連合航空艦隊の艦載機とパイロットも一時的に陸揚げして航空兵力の数を確保すると、ポートモレスビー、ソロモン諸島ニュージョージア島、並びに北部ニューギニアにある合衆国軍の拠点に対し、航空撃滅戦を仕掛けたのだった。

 

 目的は合衆国軍の拠点、並びに港湾に在泊する艦艇を撃破し、一時的にソロモン諸島北部の制海権・制空権を奪取する事。

 

 当初はニューギニア方面のみの攻撃予定だったのだが、その後、合衆国軍が再びニュージョージア島の基地化を進めている事が判明し、これも同時に叩くと言う作戦方針に変更されていた。

 

 この作戦は、連航艦司令官の小沢治俊や、連合艦隊参謀長宇垣護を始め、多くの将官から反対の声が出された。

 

 何より、錬成が始まったばかりの母艦航空隊を前線に抽出される事について、連航艦司令部を始め、方々から大きな反発があった。

 

 だが結局、山本がこの作戦を強く支持し、そして山本自身が前線のラバウルで直接指揮を執ると言う鶴の一声で、作戦は可決された。

 

 その為、小沢は否応無く、配下の航空隊をラバウルへと供出せざるを得なくなったのだった。

 

「あの中で、果たして何機が帰ってこれるか・・・・・・・・・・・・」

 

 飛び立っていく航空隊を見送りながら、小沢は悔しげな呟きを漏らす。

 

 今回の作戦で、帝国海軍が用意した航空機は基地航空隊、母艦航空隊併せて450機。数だけは南太平洋海戦に参加した連航艦の航空隊を上回っている。

 

 しかし、その実情は6割以上が技量未熟なパイロット達ばかりであり、かつてのような精鋭部隊の印象はどこにもなかった。

 

「せめて・・・・・・・・・・・・」

 

 小沢の傍らで同じように攻撃隊を見送っている蒼龍が口を開いた。

 

 今回、空母の出番はないと言う事だったが、蒼龍は小沢に同行してこのラバウルまで来ていたのだった。

 

 自分に所属している技量未熟なパイロット達が前線に出ると言うのに、母艦である自分が安全な後方にいると言う事が我慢できなかったのだ。

 

 同様の理由で、連航艦に所属する他の空母艦娘達も何人かラバウルに顔を見せていた。

 

「せめて、もう少し作戦開始を待ってくれていたら・・・・・・・・・・・・」

「せやな。急いては事を仕損じる言うけど、今回ばっかりはそうなってほしゅうないわ」

 

 蒼龍の横に立った龍驤も、険しい顔つきで頷きを返した。

 

 今回の作戦、帝国海軍はこのラバウルを起点に4カ所に攻撃を仕掛ける事になっている。

 

 しかし、どの方面でも敵の激しい抵抗が予想される以上、油断はできなかった。

 

 そんな中、蒼龍はポートモレスビー方面攻撃隊に加わっている直哉の事を考えていた。

 

 数少ないベテラン戦闘機パイロットと言う事で、今回は直哉の作戦参加は早い段階で決まっていた。

 

 蒼穹の彼方に遠ざかって行く機影。

 

 もう、どれが直哉の機体だか判らない程である。

 

 空母艦娘のもどかしさ。

 

 一度攻撃隊を見送ると、後はもう、彼等の帰る場所を守る以外にする事が無くなってしまう。

 

 無事に帰ってきてほしい。

 

 焦慮が入り混じる祈りの下、蒼龍は彼方の攻撃隊を見守り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニュージョージア島方面に向かった部隊には、ある意味、楽観的な雰囲気が蔓延していた。

 

 かの島に合衆国軍が拠点を築いているのは、帝国軍にとっても周知の事実であるが、その拠点は、昨年11月に起こった第3次ソロモン海戦で「大和」が艦砲射撃を仕掛け、壊滅に追い込んでいる。

 

 再び増援部隊を受けて基地化を再開したと言う情報はあるが、事前偵察で飛行場の再建はまだ半ばであるらしい。

 

 それならば、敵の抵抗もさほどではないだろう。

 

 誰もがそう思っていた。

 

 今回の作戦に参加した多くのパイロット達が、南太平洋海戦以後に配属された者達であり、中には今日が初陣だと言う者も多い。

 

 そのような状態である為、司令部の示した楽観論を信じ、気軽な遠征気分で作戦に参加している者も少なくは無かった。

 

 やがて部隊は、今だ帝国軍の支配下にあるブーゲンビル島の上空を飛び越え、間も無く目標となるニュージョージア島の海岸線付近に差しかかろうとしていた。

 

 ここまで来れば、合衆国軍の拠点は指呼の間である。

 

 攻撃開始に備え、誰もが緊張感を高めようとした。

 

 正に、その瞬間、

 

 突如、先頭を進んでいた零戦隊の隊長機が、炎に包まれて爆砕した。

 

 誰もが意表を突かれて唖然とする中、

 

 上空から猛禽の如く急降下してきた機体が、次々と帝国軍の攻撃隊に襲い掛かった。

 

「奇襲成功!! 一気に蹴散らすぞ!!」

 

 先制攻撃で指揮官機を仕留めたギャレット・ハミル大尉は、無線のマイクに向かって威勢良く叫ぶ。

 

 彼は愛機コルセアの操縦桿を引いて機体を急上昇させると、逃げ惑う零戦に狙いを定めて襲い掛かる。

 

 合衆国軍は暗号解析によって帝国海軍の動きを察知していた。

 

 そこでニューギア方面の防空力を強化すると同時に、ソロモン諸島のガダルカナル島近海に空母「エンタープライズ」を派遣。帝国軍の来襲に備えていたのだ。

 

 果たして、沿岸監視員の報告によって帝国軍が行動を開始したと判断した合衆国軍は、いち早く迎撃隊を発艦させて空中に待機、高空から一気に奇襲を掛けたのだ。

 

 照準器の中に零戦を収めるギャレット。

 

 対して狙いを定めた零戦は、機体を左右に振りながら必死になって逃れようとしているのが判る。

 

 しかし、その動きはあまりにもお粗末かつ緩慢で、ギャレットは容易に射点を確保してしまう。

 

 連射される12.7ミリ機銃。

 

 その一連射によって、零戦は砕け散る。

 

 突然の奇襲、それも第一撃で頼るべき指揮官機の撃墜。

 

 それらの要素により、帝国軍側の混乱は極致に達していた。

 

 技量未熟なパイロット達は、自分達の機位すら確認する事ができず、ただバラバラに逃げ惑う事しかできないでいる。

 

 僅かに存在するベテランたちは、そんな未熟なパイロット達のカバーに入らざるを得ず、結果的に護衛任務がおろそかになってしまう。

 

 そんな状況を巧みに突き、合衆国軍は陸攻隊へと襲い掛かる。

 

 1式陸攻が防御砲火を上げて合衆国軍の接近を阻もうとしているが、その程度では気休めにもならない。

 

 たちまち陸攻隊に取りついたコルセアやワイルドキャットが機銃を叩き込み、大型の1式陸攻を叩き落としていく。

 

「随分と歯ごたえが無いが、こいつらはアマチュアの集団か?」

 

 3機目の零戦に狙いを定めながら、ギャレットはぼやくように呟く。

 

 開戦以来、多くの帝国軍パイロットを相手にし、時には死の淵まで追い詰められた事があるギャレットからすれば、今、自分が相手にしている連中が、果たして同じ帝国軍のパイロットなのか、と疑いたくなるほどだった。

 

 まるで荒鷲とひよこほどに差があった。

 

 だが、

 

「まあ、どうでも良い事だ。ボーナスステージだと思って楽しませてもらうさ」

 

 そう嘯くと、ギャレットは目標の零戦に機銃を浴びせかけた。

 

 

 

 

 

 一方、ポートモレスビー方面に向かった部隊も、合衆国軍の激しい迎撃を受けていた。

 

 同方面に配備されている敵軍は、合衆国陸軍航空隊の中でも主力部隊であると目されている。

 

 その為、帝国軍もまた同方面に部隊の多くを割き、万全の態勢を敷いた。

 

 はずだった。

 

 だが、結局のところ部隊の大半が技量未熟者であると言う事実は、他の部隊と変わりがない。

 

 また、これあるを予期して待ち構えていた合衆国軍の迎撃態勢は万全であった。

 

 その為、帝国軍は合衆国軍の防衛ラインに真正面から突っ込む形となってしまったのだ。

 

「クッ 数が多いッ」

 

 零戦22型甲のスロットルを開きながら、直哉は舌打ち交じりに呟く。

 

 視界を埋める程の敵の大編隊。その数は、明らかに帝国軍の攻撃隊よりも多い。

 

 しかも、それが全て戦闘機だと考えると、空恐ろしい物があった。

 

 だが、考えるのもそこまでだった。

 

 突撃してくるP38。

 

 その攻撃を、直哉は軽やかな機動で回避する。

 

 退避しようとするP38の背後へと回り込むと、6丁の7.7ミリ機銃を連射する。

 

 集中された弾幕が、P38のコックピットを破砕して撃墜に追い込む。

 

 直哉は更に、操縦桿を引いて機体を上昇させると、戦場上空で機体を旋回させる。

 

 最近学んだことだが、敵機との戦闘に勝利するには、まず相手の隙を伺う必要がある。

 

 その為には、高空を旋回しつつ、俯瞰的に戦場を見るのが最適だと感じた。

 

 ちょうど猛禽類が空を旋回しながら、異常の獲物を見定める行動に似ている。

 

 その時、直哉の目が、新たな目標を見定めた。

 

 それは、味方の零戦を追い回しているP38だった。

 

 どうやら零戦の方は、パイロットが未熟らしく、敵の攻撃からどうのがれればいいのかすら判っていない様子だ。

 

 あの場合、零戦は旋回力を活かして離脱を図るのが得策である。速度と馬力はP38が勝っている為、直線で引き離そうとするのは、却って逆効果となる。

 

 そのP38に狙いを定める直哉。

 

 速度を慎重に維持しつつ、機体を急降下させる。

 

 実のところ零戦は、急速度での急降下が苦手とする側面がある為、操縦には慎重さが必要になる。

 

 降下と同時に、P38の背後へと回り込む直哉の零戦22型甲。

 

 その気配に気づいたP38も、とっさに標的への攻撃を諦めて逃げようとする。

 

 だが、

 

「もう遅いッ」

 

 直哉の鋭い叫び。

 

 既に零戦22型甲は充分な速力を得ている。今更、逃れる事は不可能だった。

 

 放たれた機銃の1連射が、再び哀れな獲物を刺し貫いた。

 

 これで2機目。

 

 エースパイロットに恥じない戦いぶりを見せる直哉。

 

 しかし、

 

 戦局全体を見れば、明らかに帝国海軍が押されていた。

 

 零戦のエアカバーを突破した合衆国軍は、次々と陸攻隊に取りつき、容赦ない銃撃を浴びせていく。

 

 対して、殆ど抵抗らしい抵抗も見せないまま、撃墜される機体が相次ぐ。

 

 中には目標に取りつき、攻撃に成功する機体もあるが、それは全体の半分にも満たなかった。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちする直哉。

 

 どう見ても、攻撃成功とは程遠い状況である。

 

 だが、諦める事は許されない。

 

 直哉はチラッと、操縦桿の手元に目をやる。

 

 そこにぶら下げられた人形。

 

 橙色の着物を着て、手には弓を持った少女。

 

「飛龍・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと、今は亡き想い人に囁きかける。

 

 直哉は再び操縦桿を握り直すと、次なる目標を見定めるべく、その鋭い眼光を光らせる。

 

 ともかく今は、自分にできる事をするしかない。

 

 心の中で直哉は、自分にそう言い聞かせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南の空から攻撃隊が帰還してくるのが見える。

 

 だが、その姿は出撃していった時と比べると、あまりにも落差があった。

 

 編隊も組まず、フラフラと飛行してきている。

 

 中には少数や、単独で戻ってくる機体も少なくなかった。

 

 空を見上げていた整備兵や帝国海軍の将兵たちは、そのあまりの惨憺たる有様に、誰もが言葉も出ない様子だった。

 

 中には無事に基地に戻って来れたと思ってパイロットが安心したのか、そのまま力尽きたようにジャングルへと墜落していく機体もあった。

 

「救護班、滑走路脇にて待機!!」

 

 呆然自失する将兵たちの中、いち早く行動を起こしたのは小沢だった。

 

 恐らく帰還機の中にはパイロットが負傷している者も多い筈。彼等を1人でも多く救うための措置を行うのだ。

 

 やがて、どうにか滑走路へと滑り込んでくる機体。

 

 そのコックピットから、負傷したパイロットが数人がかりで引きずり出され、担架に乗せられると野戦応急所へと連れて行かれる。

 

 同じような光景が、あちこちで見られる。

 

 たちまち、ラバウル基地は負傷者の呻き声で満たされていった。

 

「作戦成功、とは程遠い状況のようだな」

「はい」

 

 小沢の言葉に、蒼龍も俯きながら頷きを返す。

 

 乾坤一擲。

 

 持てる航空兵力を総ざらいして、鳴り物入りで始まった「い号作戦」だったが、蓋を開けてみれば出端で大損害を喰らっている有様だった。

 

 だから言ったのだ。

 

 小沢は己の腹の中で毒づく。

 

 技量未熟なパイロットを前線に出したとしても、戦果など上がろうはずも無かったのだ。最初から分かり切っていた事だった。

 

 数を確保すれば勝てる。などと言うGF司令部の考え方は、あまりにも現実を無視した甘い考えだったと言わざるを得ない。

 

「これは・・・・・・作戦中止を進言した方が良いかもな」

 

 小沢は険しい表情で言った。

 

 元々、この作戦には最初から反対だった小沢にとって、この損害は無視し得ない物があった。

 

 取り返しのつくうちに、作戦中止を山本に進言した方が良いと思った。

 

 その時、

 

「中尉・・・・・・・・・・・・」

 

 蒼龍の言葉に釣られて振り返ると、滑走路に駐機した零戦から、見慣れた少年が降りてくるのが見えた。

 

 直哉だ。

 

 あれだけの激戦を潜り抜けたにもかかわらず、直哉自身も機体も、傷を負った様子はない。

 

 流石は、今作戦でも期待された撃墜王である。

 

 直哉は小沢の前まで来ると、踵を揃えて敬礼する。

 

「提督、相沢中尉、ただ今帰還いたしました」

「うむ、ご苦労」

 

 頷くと、小沢も答礼を返す。

 

「状況は? 攻撃目標はどうだった?」

「だめです。敵の激しい迎撃にあって、陸攻隊の半分近くが投弾開始前に撃墜されてしまいました。あれじゃあ、ダメージを与えられたかどうかも疑問です」

 

 直哉の脳裏には今なお、バタバタと撃墜されていく味方航空隊の姿が鮮明に映し出されていた。

 

 対して、敵の基地や港湾施設からがっていた炎は、殆ど小さかったように思える。

 

 直哉にとっては、目を覆いたくなるような事態だった。

 

 開戦初期、無敵の活躍を見せ、数々の偉業を成し遂げた帝国海軍航空隊が、殆どなんの戦果も挙げられないままに撃ち落とされていく様は、悪夢以外の何物でもなかった。

 

 その時、

 

「第2次攻撃隊、発進開始!!」

 

 声に釣られて振り返ると、再び攻撃隊が滑走路を蹴って上空へと舞い上がろうとしていた。

 

 だが、あれだけ激しい敵の抵抗を見た後である。今回も似たような結果になるだろうことは、既に予想できていた。

 

「とにかく、私は一度司令部に行き、今後の対応について協議する。相沢、お前は次の出撃に備えて体を休めておいてくれ」

「はい」

 

 そう言って踵を返す小沢を、直哉は敬礼で見送る。

 

 それを待っていたように、蒼龍が駆け寄ってきた。

 

「さあ、中尉。あっちの方で間宮さんの出張店が開店しています。皆さんも行ってるみたいだから、中尉も行きましょう」

「あ、いや、でも僕は部屋で休もうかなって・・・・・・」

 

 蒼龍の誘いを断ろうとする直哉。

 

 正直、激しい空中戦を戦ってきた後である。自分自身をクールダウンする為にも1人になりたいと思っていたのだが。

 

「なに甲斐性無い事言うてんねん」

 

 横合いからヒョイッと、小柄な体躯の少女が首を突き出す形で乗り出す。

 

「龍驤?」

 

 龍驤が、ちょっと怒ったような顔で、直哉を見上げて来ていた。

 

 その迫力に押され、ちょっとだけ後ずさる直哉。

 

「な、何?」

「あんなあ相沢。あんたもちょっとは空気読まなあかんで。良いから行ってき。部屋で休むんはいつでもできるやろ」

 

 龍驤の強引な論調に、呆れる直哉。

 

 だが、

 

 チラッと、直哉は蒼龍を見る。

 

 それに合わせるように、蒼龍もまた視線を直哉へと向けて来た。

 

「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ行こうかな。ねえ、蒼龍」

「そ、そうですね」

 

 ぎこちなく頷き合う、直哉と蒼龍。

 

 そのまま、2人は並んで出張「間宮」の方へと歩いて行く。

 

 その姿を、龍驤の小さな姿が、苦笑交じりに見送る。

 

「ちょいと強引だったかもしれへんな、今回は。まあ、当人同士があの調子やから、周りの奴が多少強引にでも背中押したらんとな」

 

 そう言うと、龍驤もまた2人を追って歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 公園で黒服の男達に包囲され、拉致同然で連れ出された彰人と姫神は、そのまま公園外にて待機していた車に乗せられ、何処とも知れない場所へと連れて来られていた。

 

 幸いにして目隠し等はされなかった為、風景から大凡の場所は推測できる。

 

 街中を抜け、更に今は人家も稀な山裾を走っている。

 

 姫神はと言えば、普段あまり内陸の方に来る事が無いせいか、窓の外に興味津々と言った感じに目を向けていた。

 

 そんな少女の様子を、彰人は微笑ましげに見つめる。

 

 殺伐とした状況であるが、姫神の存在だけが、彰人に癒やしを与えていた。

 

 と、その時、

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 外を見ていた姫神が、小さく声を上げた。

 

「どうかした、姫神?」

「彰人、あれを」

 

 姫神が指示した方向に目をやる直哉。

 

 そこには、森を切り開くように建てられた1軒の日本家屋が佇んでいた。

 

 奥行きは判別する事はできないが、全体的な雰囲気としてかなり大きい物である事が伺える。

 

「どうやら、あそこが目的地みたいだね」

 

 声に緊張を帯びる彰人。

 

 果たして、鬼が出るのか? 蛇が出るのか? といったところである。

 

 そうしているうちに、車は門の中へと入って行った。

 

 

 

 

 

 外見から想像していた通り、立派な作りの屋敷だった。

 

 木材をふんだんに使った高級感あふれる純和風家屋に、静寂さを旨とする日本庭園。

 

 住んでいる人間の趣味の良さをうかがわせる、美と静寂の調和が高いレベルで融合した建物である。

 

 促されるまま、玄関から中へと入る彰人と姫神。

 

 よく掃除された長い廊下を歩くと、奥まった場所にある応接間と思しき場所へ足を踏み入れた。

 

 部屋の造りは和風ながら、中央にはテーブルとソファーが設けられ、来客者の心情を和らげるような内装になっている。

 

「こちらでお待ちください。間も無く主が参りますので」

 

 執事と思われる人物はそう言って恭しく頭を下げると、部屋を後にして出て行った。

 

 顔を見合わせる彰人と姫神。

 

 どうにも、事態が急展開過ぎて着いていけない。いったい、これから何が起こると言うのだろうか?

 

 取りあえずソファーに腰掛ける彰人。

 

 その横で、姫神もまたチョコンと腰掛ける。

 

 待つこと暫し。

 

 やがて、奥の廊下に通じる障子が開き、1人の人物が中へと入って来た。

 

 年の頃は既に初老に差し掛かっているのか、髪には白い物が混じっている。

 

 しかし、細身ながら引き締まった体から発せられる雰囲気は、それだけで畏怖の念を抱かない訳にはいかない。

 

 と、

 

 急に、袖を引かれるような感触があり、彰人は振り返る。

 

 見れば、傍らの姫神が、手を伸ばして彰人のシャツの袖を掴んでいた。

 

 普段は無表情の少女が、どこか怯えたように顔を青褪めさせている。

 

「姫神?」

 

 声を掛けるが、恐怖に震えている風の姫神は、彰人の声にこたえる事も出来ないでいる。

 

 やがて、男性は2人の前へと腰を下ろす。

 

「さて、自己紹介は、いらんな?」

「・・・・・・ええ。海軍士官なら、殿下の顔を知らない者はいないでしょうから」

 

 姫神を気遣うように手を取りながら、彰人は男の視線を真っ向から受け止めて返す。

 

「帝国海軍元帥、富士宮康弘(ふじのみや やすひろ)殿下」

 

 今、彰人達の目の前に、海軍のトップが巌の如く立ちはだかっていた。

 

 

 

 

 

第48話「航空自滅戦」      終わり

 

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