蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第4話「通商破壊戦」

 

 

 

 

 

 

 

 それは正に、「海の覇者」と称すべき、威風堂々たる姿だった。

 

 天を突くが如くそびえ立つ艦橋は、これまでの日本戦艦とは違い、すっきりとした塔型をしており、いかにも機能的に纏められた印象がある。

 

 緩やかに反った船体は優美そのものであり、見る者すべてを魅了してる。

 

 しかし、何よりも目を引くのは、巨大な主砲だった。

 

 およそ、人類が到達し得る一個の終末をその身で体現した主砲は、世界中の如何なる存在であっても敵し得ないであろう力強さを誇っている。

 

 その主砲は3連装3基に纏められ、前部甲板に2基、後部甲板に1基配備されており、僅かに俯角を掛ける事で、存在感をアピールしている。

 

 まさに、極限まで追い求められた「美」が、その艦には存在していた。

 

「まさか、これ程とはな・・・・・・・・・・・・」

 

 宇垣護少将は、徐々に近づいてくる巨艦を目にしながら、そんな事を呟く。

 

 見れば見る程、巨大な船である。あまりに巨大すぎて、周囲の風景との間に目の錯覚を起こしてしまいそうだった。

 

 今の世界に、何処を探してもこれほど巨大な戦艦は存在しない。

 

 正に海の覇者、否、女王と称すべき威容と優美さを兼ね備えている。

 

 やがて、短艇が艦の舷側につけられ、宇垣は降ろされたラッタルを駆け上がる。

 

 その姿に、危なげな様子は無い。

 

 将官になってからも、体を鍛える事に余念はない。やろうと思えば、水兵に混じって柔道や剣道をやる事もできた。

 

 甲板へと上がる宇垣。

 

 その目の前に、1人の少女が立っていた。

 

 スラリとした体に、均整の取れたプロポーションが健康的な魅惑を醸し出している。

 

 背中まである長い髪をポニーテールに纏め、柔和そうな顔つきが優しげな印象がある少女である。

 

 とてもではないが、世界最大の戦艦とは思えない可憐さである。

 

 しかし同時に、先ほど宇垣自身が感じた、この艦に対する優美さを、余すところなく体現しているように感じられる。

 

 その少女を前にして、宇垣は踵を揃え敬礼する。

 

「連合艦隊参謀長、海軍少将 宇垣護だ。乗艦の許可をしていただきたい」

「ようこそ、本艦へ。乗艦を許可します」

 

 対して、少女も微笑みながら敬礼を返す。

 

「本艦は、大和型戦艦1番艦『大和』です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海上を飛ぶような勢い、とは正にこういう感じであろう。

 

 吹き付ける瀑布のような波を鋭い艦首で斬り裂きながら、巡洋戦艦「姫神」は、獲物を追いかけて疾走している。

 

「敵輸送船、回頭。逃走に転じつつあります!!」

「逃がすな、機関最大。両舷全速!!」

 

 見張り要員からの報告を聞き、彰人の鋭い命令が「姫神」の艦橋に木霊する。

 

 同時に「姫神」のエンジンは唸りを上げ、基準排水量3万1000トンの巨体を走らせる。

 

 鋭い艦首が波を斬り裂き、「姫神」はスピードを上げる。

 

 最高速度35ノットが齎す疾走感は、普通に立っているだけでも身体がよろけそうになるくらいである。

 

 その姫神の艦橋に立ち、彰人は手にした双眼鏡を構える。

 

 彼方では、数隻の輸送船が、接近してくる日章旗を掲げた巡戦の存在に気付き、大慌てで退避しようとしているのが見える。

 

 だが、もう遅い。

 

 輸送船の速力はせいぜい10数ノット。速くても20ノットそこそこである。

 

 世界最速の巡洋戦艦に、足で勝てる道理は無かった。

 

 轟音が、前部甲板で鳴り響き、無形の衝撃が艦内を貫いていく。

 

 「姫神」の前部甲板に集中配備された4連装2基の50口径30センチ主砲が、輸送船目がけて火を噴いたのだ。

 

 唸りを上げて空中を飛翔する、4発の砲弾。

 

 全門斉射では無く、4門ずつの交互射撃を採用している為、一度に放たれる砲弾は4発になる。

 

 当初は3隻いた輸送船の内、既に1隻は「姫神」の砲撃を浴び、炎を上げて海面下に沈みつつある。

 

 残る2隻は必死の逃走を続けてはいるが、その運命は旦夕に迫りつつあった。

 

 更に1隻。30センチ砲弾を浴びて、輸送船が炎上する。

 

 たちまち傾き、視界の彼方で沈み始める輸送船。

 

 巡洋艦程度なら一撃で致命傷を与えられる砲弾を前に、装甲の薄い輸送船が耐えられる訳が無かった。

 

「撃沈を確認。次の目標へ移行します」

 

 姫神が淡々とした口調で告げる。

 

 頷きを返す彰人。

 

 同時に「姫神」の前部甲板に備えられた2基の主砲が旋回、砲身を上下させて照準を合わせる。

 

「測的完了、装填良し。砲撃準備完了」

 

 姫神の報告を聞き、彰人は帽子の廂から敵船の様子を眺める。

 

 その口から「撃て」と言う命令を発しようとした。

 

 次の瞬間、

 

「敵船より信号!!」

 

 見張り員の声が彰人を遮る。

 

 双眼鏡を取り出して、信号の内容を確認する。

 

「『我、降伏ス。願ワクバ寛大ナル措置ヲ望ム』と言っています!!」

 

 味方2隻が沈没した事で、逃げる事も敵わないと考えたのだろう。降伏する意思を発光信号で伝えて来ていた。

 

 降伏すると言うのであれば、受け入れることにやぶさかではない。

 

「敵船に返信。『直ちに停船せよ。然らさらば砲撃を続行す』」

 

 信号員に命じてから、彰人は姫神に目を向ける。

 

「敵船が完全に停止するまで油断しないで。主砲はいつでも発射できるように」

「了解しました」

 

 彰人の言葉に、低い声で頷きを返す姫神。

 

 指示通り、8門の主砲全てを敵艦に向けたまま、「姫神」はゆっくりと、敵の輸送船へと近付いて行った。

 

 

 

 

 

 真珠湾攻撃から2週間が経過し、日本軍と連合国軍各国は、本格的な武力衝突へと突入していた。

 

 結局、早期開戦を目指した山本伊佐雄大将の目論みは、その出端で頓挫した形である。

 

 彼は開戦一撃で米艦隊に深刻なダメージを与え、もってアメリカ人の戦意を喪失させ、講和に持っていく「一撃講和論」を説き、真珠湾攻撃を実行したのだ。

 

 しかし今や、事実は、完全にその真逆となろうとしている。

 

 作戦は半ばまで成功し、確かに太平洋艦隊は壊滅的な打撃を与える事には成功した。

 

 戦艦5隻、空母1隻を沈めた事は大きい。

 

 米海軍は当面、積極的な作戦行動を取れる状態に無く、西太平洋の制海権は、ほぼ日本軍の物となったのだ。

 

 だが、戦争を遂行すると言う目的の上で、真珠湾攻撃は失敗だった。

 

 真珠湾を壊滅させられたアメリカは、戦意を喪失するどころか、かえって怒り狂い、帝国に真っ向から戦争を挑んで来たのだ。

 

 原因は、宣戦布告の段階にあった。

 

 予定では宣戦布告は、攻撃開始の30分前に宣戦布告分を米国側に手交する手はずだったのだが、大使館職員が怠慢したおかげで翻訳作業が遅れ、結局、宣戦布告が行われたのは、攻撃開始から1時間が経過した後だった。

 

 その為、アメリカ政府は「真珠湾攻撃は日本の騙し討ちである」と国内外に高らかに宣言。自国の正当性をアピールすると同時に、日本の悪逆性を吹聴した。

 

 開戦一撃で敵の戦意を挫き、そのまま戦争終結に導くと言う山本の構想は、これで脆くも崩れ去った訳である。

 

 だが、初期の想定こそ崩れた物の、日本軍の侵攻スケジュールその物は順調といえた。

 

 特に真珠湾で太平洋艦隊を撃滅した事は大きく、南方進出を目指す部隊は、殆ど妨害を受ける事無く、目的地への上陸を果たしていた。

 

 更に開戦から2日後の12月10日。世界を震撼させる事態が起こった。

 

 日本軍の上陸阻止を目的にシンガポールを出航したイギリス艦隊。最新鋭戦艦「プリンスオブウェールズ」と巡洋戦艦「レパルス」を中心とした、英東洋艦隊Z部隊が、日本軍の攻撃によって壊滅したのだ。

 

 Z部隊は旗艦「プリンスオブウェールズ」と「レパルス」を失い、事実上、戦闘力を喪失。以後、日本軍にとって脅威足りえなくなった。

 

 この時、日本軍はZ部隊に対し、陸上基地から発進した航空機のみを使用して攻撃を敢行。イギリスが世界に誇る最新鋭戦艦を撃沈したのだ。

 

 これはある意味、真珠湾以上の快挙である。

 

 洋上にて作戦行動中の戦艦を航空機のみで撃沈した例は未だかつて無く、史上初の大戦果に、日本軍の士気は否が応でも高まる結果となった。

 

 その後も日本軍は順調に快進撃を続けている。

 

 まずは南方を制圧し、資源を確保する。その上で長期自給体制を確立する。

 

 その為に、日本軍は快進撃を続けていた。

 

 そんな中、巡洋戦艦「姫神」「黒姫」を中心とした帝国海軍第11戦隊は、北太平洋に展開し、本来の任務である海上ゲリラ戦、通商破壊戦に従事していた。

 

 目的は、真珠湾に運び込まれる修復用の物資を拿捕、撃沈し、敵の復旧作業を遅延させる事。

 

 

 

 

 

「どうにもね・・・・・・・・・・・・」

 

 輸送船の武装解除を終えた彰人は、嘆息交じりに呟いた。

 

 拿捕した輸送船は、最寄りの海岸まで連行した後、乗組員をゴムボートに乗せ換えてから、砲撃を加えて撃沈した。

 

 撃沈した場所は、既に海岸線が見える場所だった為、乗組員は問題無く岸まで辿りつけることだろう。

 

 船を沈め、物資を焼き払っても、乗組員に関してはなるべく殺さないでおく。

 

 それが、通商破壊戦において、守るべき最低限のルールだった。もっとも、相手が逃走、抵抗を試みた場合は問答無用で撃沈するのだが。

 

「どうかしましたか、提督?」

 

 茫洋とした声で姫神に声を掛けられた彰人には、億劫そうな憂いの色が見て取れた。

 

 周りからは線の細いなどと言われ、どこか頼りなさげな印象で見られがちだが、開戦と同時に空母を水上砲戦で撃沈、更にその後も北太平洋に留まって通商破壊戦を展開するなど、積極的な軍事行動を展開する事で、「静かな内に闘志を秘めた提督」と言う印象が、戦隊内に広まっている。

 

 その彰人が今、何やら思い悩むような顔で、姫神に振り返っていた。

 

「思うんだけど、真珠湾攻撃は失敗だったかなって・・・・・・政略的にも、戦略的にも、突き詰めて言ってしまえば、戦術的にもね」

「なぜですか?」

 

 彰人の言葉に対し、姫神は抗議に近い言葉を発っしながら首をかしげる。

 

 真珠湾攻撃は成功だった。

 

 主役だった航空部隊は最高の技量を発揮し、米戦艦5隻を撃沈、3隻を損傷させた。

 

 かく言う第11戦隊も米空母「レキシントン」を撃沈している。

 

 大戦果と言って良い。

 

 だが、彰人は険しい表情を崩そうとはしなかった。

 

「何か不満でも?」

「そうだね・・・・・・」

 

 不審そうな顔つきで尋ねる姫神に対し、彰人は顔を上げて説明した。

 

「まず知っての通り、真珠湾攻撃の結果、アメリカは却って意気を上げ、本格的な戦争に突入して、早期講和の目が無くなった。これが政略的な失敗。次に、今回の一件で、敵も航空機の威力を知ったと思う。と言う事は、さほど日を置かずに大量生産に移行するだろうね。飛行機は船と違って簡単に大量生産できるから、物量戦になると、こちらが不利なのは明らかだ。これが戦略的な失敗。そして、戦艦を撃沈したって言うけど、結局のところは浅瀬に着底させただけだ。アメリカの技術力なら、すぐには無理でも、いずれは引き上げて修復される可能性がある。これが、戦術的な失敗だね」

 

 一息で言ってから、彰人は内心で溜息をつく。

 

 元々、無理がある作戦だったのだ。

 

 真珠湾攻撃は、やはりやるべきではなかった。いたずらに、アメリカを戦争に引きずり込んだだけではないか?

 

 一見すると華やかな戦果に目がくらみ、その実を見誤ると、後々とんでもない事になりかねない。

 

 それが彰人の考えだった。

 

「だけど、敵はしばらく動けないはず。これは間違いないです」

「そう。だからこそ、その間に僕達が大暴れできると言う訳だね。」

 

 姫神の言葉を聞いて、彰人は笑みを浮かべながら頷きを返した。

 

 何はともあれ、戦艦5隻、空母1隻を撃沈したのは間違いない。いかにアメリカ海軍強大なりと言えど、これはすぐに回復できる損害ではない。

 

 アメリカ海軍の主力が動けない今のうちに、大いに暴れる必要があった。

 

 現在、「姫神」と「黒姫」は艦隊を解き、それぞれ単独で行動しつつ、通商破壊戦を行っている。

 

 既に「姫神」単独で8隻。「黒姫」の方も、7隻の敵輸送船を撃沈している。更に、同時展開した潜水艦隊の物と合わせると、更に戦果は増えるだろう。

 

 広い外洋で短期間に上げた戦果としては破格とも言えるが、真珠湾を破壊された事で、補給や救援を急ぎたいアメリカ軍は、多数の輸送船を繰り出している。それを見付けて狩っているのだ。

 

 水上艦による通商破壊戦は、今次大戦でもドイツ海軍が積極的に行っている。

 

 特にドイツは、ポケット戦艦と呼ばれる、巡洋艦の船体に戦艦並みの主砲を搭載した艦を多数建造している。それらの艦を通商破壊戦に投入する事で、強大なイギリス海軍に対抗しているのだ。

 

 このポケット戦艦と言うのがなかなか面白い物で、砲力では巡洋艦を上回り、速力では並みの戦艦を上回る為、弱敵相手なら砲力に物を言わせて撃退し、戦艦級の敵が相手なら、快足を活かして逃げ回ると言う戦い方でイギリス海軍を翻弄していた。

 

 姫神型巡洋戦艦の建造コンセプトもこれに準じているのだが、こちらはより徹底しており、「巡洋艦は愚か、いざとなれば駆逐艦ですらも振り切れるほどの速力」というのが、設計段階で盛り込まれていた。

 

「とにかくだね・・・・・・」

 

 彰人は姫神を見て言った。

 

「こちらとしては、敵が体勢を立て直すのは、遅ければ遅い程都合が良い。それを考えれば、もう少し、『狩り』を続けたいところだね」

 

 現在、アメリカ海軍は躍起になって、真珠湾に物資を運びこもうとしている。「姫神」と「黒姫」の戦果が上がっているのは、そのせいもあるのだろう。

 

 周辺海域には現在、潜水艦隊である第6艦隊から出向した伊号潜水艦数隻が活動し、敵の輸送船団を発見次第、通報してくれる手筈になっている。

 

 低速な潜水艦の索敵網なので完璧とはいかないが、それでも貴重な偵察ユニットとして戦果を上げていた。

 

「そろそろ、米軍もこっちの動きに気付くだろう。もしかしたら刺客を差し向けてくる可能性もあるからね。一応、特信班の方にも充分警戒するように伝えてあるから、その時は頼むよ」

「ん」

 

 彰人の言葉に、姫神は短く頷きを返す。

 

 特信班とは、「特別信号受信解析班」の略で、彰人が自ら選抜した通信専門の兵士や士官によって編成されていた。

 

 特信班は姫神型巡戦の持つ高い通信力を利用して、あらゆる信号を受信するとともに、その情報を解析する役割を担っている。

 

 任務上、単独行動をする事が多い「姫神」と「黒姫」にとって、情報を取得、解析し、敵の先手を打つ事は重要な事である。

 

 それ故、彰人は特信班を特に重宝していた。

 

 ここまで輸送船団への襲撃が成功しているのも、特信班の活躍によるところが大きい。因みに、「レキシントン」の行動を予測し、捕捉に成功した裏にも、特信班の活躍があったのは言うまでもない。

 

 いわば、特信班は第11戦隊における影の主力と言える。

 

 だが、彰人の言う通りでもある。米軍もそろそろ、北太平洋で通商破壊戦をやっている「姫神」「黒姫」の存在を察知していたとしてもおかしくはない。

 

 気を引き締めてかかる必要がありそうだった。

 

 

 

 

 

 だが

 

 この時、

 

 遥か遠方の海面下から、細長いレンズが突き出し、水平線上を航行する「姫神」に向けられている。

 

 そのレンズの中にある不気味な視線が光っている事に、

 

 まだ、彰人も姫神も、気付いてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大気を斬り裂いて飛翔する銀翼の下に、小さな島が見えてくる。

 

 何の変哲もない、ごくごくありふれた、南洋の美しい風景である。

 

「あんな島の攻略に、一回失敗してるのかよ・・・・・・・・・・・・」

 

 相沢直哉少尉は、愛機のコックピットの中で緊張した面持ちで呟いた。

 

 ウェーキ島は、快進撃を続ける日本軍が唯一、攻略に失敗した島でもある。

 

 当初、圧倒的兵力でもって攻め寄せた日本軍が、苦も無く占領できるものと考えられていた。

 

 しかし、島を守る米兵は奮戦。数が少なくなった戦闘機を駆使して日本軍の上陸作戦を妨害。頓挫に追い込んだ。

 

 事態を重く見た日本軍上層部は、同島攻略を急ぐべく、帰還途上だった真珠湾攻撃部隊の中から、航空母艦「飛龍」「蒼龍」から成る、第2航空戦隊を中心とした部隊を増援を決定。

 

 その中に、「飛龍」戦闘機隊に所属する直哉の姿もあった。

 

「よしっ」

 

 徐々に近づいてくる島影を眺めながら、気合を入れるように直哉が呟く。

 

 既に真珠湾で実戦を経験し、実際に敵機も撃墜している直哉には、ある種の自信がついている。

 

 どんな敵であっても負ける気がしなかった。

 

 その時だった。

 

 雲の間に、僅かな陽光が煌めいたのを、直哉は見逃さなかった。

 

 その光景に、直哉は目を鋭くする。

 

 次の瞬間、直哉はスロットルを開いて機体を加速させる。

 

「敵機!!」

 

 直哉の叫びと共に、零戦は唸りを上げる。

 

 急上昇を掛ける愛機。

 

 同時に雲間から、グラマンF4Fワイルドキャットが飛び出してくる。

 

 だが、

 

「見えてるよ!!」

 

 上昇を掛けつつ、トリガーを絞る直哉。

 

 零戦の両翼に備えられたエリコン社製20ミリ機関砲が唸りを上げて、今にも味方の攻撃隊に襲い掛かろうとしていたワイルドキャットを捉える。

 

 戦闘機の固定機銃としては破格とも言える20ミリ機関砲を受けては、ひとたまりも無かった事だろう。

 

 一瞬にして炎に包まれるワイルドキャット。

 

 だが、直哉はそこで動きを止めない。

 

 更に捻る込むような機動で愛機を宙返りさせると、もう1機の敵へと向かう。

 

 ワイルドキャットの方でも、直哉の零戦が接近してくることに気付いたのだろう。慌てて逃げようとしているのが判る。

 

 速度を上げて、降下機動に入るワイルドキャット。

 

 だが、直哉は逃がすつもりはない。

 

 零戦のエンジンをフルスロットルまで上げて背後に追いつくと、同時に必殺距離まで接近し20ミリ機関砲の発射トリガーを絞る。

 

 逃げようと速度を上げかけていたワイルドキャットに弾丸は吸い込まれ、一撃の下に粉砕する。

 

 炎を上げて落下していくワイルドキャットの様子を見詰める直哉。

 

 その眼下では、高度を落とした2航戦の攻撃隊が、目標に取りついて次々と爆弾をウェーク島の米軍施設に投下していく様子が見て取れる。

 

 炎に包まれ、破壊されていく米軍基地。

 

 その様子を眺めながら、直哉は笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 制空任務を終えた直哉は、海上を航行する母艦「飛龍」へと帰投した。

 

 戦果は、敵戦闘機2機撃墜。

 

 真珠湾上空での戦果と合わせると、これで3機目となる。

 

 撃墜王と呼ばれるにはまだ遠いが、それでも戦果としては充分に立派な物である。

 

 愛機が「飛龍」の飛行甲板に降り立ち停止すると、風防を開いてコックピットから降りる。

 

 程無く、駆け寄ってきた整備員達が、愛機を運んでいくのが見える。

 

 これから機体を格納甲板へと運び、そこで入念に整備される事になる。

 

 直哉の戦いは終わったが、彼等の戦いはむしろこれからである。彼等が万全に整備してくれるからこそ、直哉たちは100パーセントの力を戦場で発揮できるのだ。

 

 航空支援任務を終えた「飛龍」と「蒼龍」は、既にウェーキ島沖を離れ、帰路へと付いている。

 

 流石に真珠湾攻撃から、そのまま狩りだされた身としては、いいかげん休ませて欲しい、と言うのが、二航戦一同の偽らざる本音だった。

 

 その足で搭乗員滝所へと戻ろうとする直哉。

 

 と、

 

「おかえりー 直哉―!!」

 

 元気な呼び声に導かれ、振り返る直哉。

 

 そこには、橙色の和装姿に、膝丈上の袴を着た少女が手を振っている姿があった。

 

 頭の左側にあるくせっ毛が特徴の、溌剌とした雰囲気のある少女である。

 

 そんな少女の姿を見て、直哉も自然と笑みを浮かべる。

 

「飛龍!!」

 

 駆け寄ってきた飛龍に、手を上げて答える。

 

「おっかえりー 何か、今日も戦果上げたってねッ やるじゃん!!」

 

 駆け寄って来るなり、飛龍は直哉の肩を遠慮なくバンバンと叩く。

 

 正直、ちょっと痛かった。

 

 そんな飛龍の様子に、苦笑する直哉。

 

 当初は、初めての航空母艦と言う事で、緊張しきりだったが、すぐにそんな物は気にならなくなった。

 

 とにかく元気溌剌で、暇さえあれば話しかけてくる飛龍の存在は、飽きると言う事が無い。

 

 一緒にいると楽しい、同世代の女の子。

 

 それが、直哉の中での飛龍のイメージだった。

 

「ねね、この後、どうせ暇でしょ。一緒に食堂行こうよ」

「いやあの飛龍、僕だってやる事が・・・・・・」

「あるの?」

 

 問い詰めるような飛龍の言葉に、言葉を詰まらせる直哉。

 

 飛龍の言動に反発するように、つい言葉を返してしまったが、実のところ、艦長や飛行長の報告は隊長職の役割である為、直哉はこの後、特にする事がある訳ではない。ただ、自室に戻って眠るだけである。何とも芸の無い事だった。

 

「・・・・・・ないけど」

 

 それでも、素直に返事をするのが癪だったので、ややそっぽを向いたようにして返す。

 

 もっとも、飛龍の方でも、そんな直哉の子供っぽい意地の張り方は予想していたらしい。

 

 すぐに満面の笑顔を浮かべると、直哉の手を取った。

 

「じゃあ問題無いね、行こう」

「あ、ちょっと飛龍!!」

 

 殆ど引きずられるような勢いで、飛龍に手を引かれる直哉。

 

 だが、不思議と悪い気はしない。

 

 こういう強引な所も、飛龍の魅力の一つだと思った。

 

 と、その時、

 

「フフフ」

 

 軽やかな笑い声が聞こえ、直哉と飛龍は同時に振り返る。

 

 2人が向けた視線の先。

 

 そこには、1人の少女が立っていた。

 

 緑の着物に短いスカートを穿き、長い髪を頭の両脇でツインテールに纏めている。

 

 その姿を見て、飛龍は顔をほころばせた。

 

「あれー 蒼龍、どうしたのこんな所に?」

 

 少女の名は蒼龍。「飛龍」の準同型艦である、航空母艦「蒼龍」の艦娘である。

 

 飛龍は駆け寄ると、蒼龍の手を取る。

 

 この2人、準同型艦だけあって顔立ちは似ており、並んでみると、どこか姉妹のような雰囲気がある。

 

「こっちの着艦作業は終わったから。提督から、後は休んでいて良いって言われたから、飛龍に会いに来たの」

「そうだったんだ。さすが、多聞丸は太っ腹だね!!」

 

 そう言うと、飛龍は勢いを余さずに蒼龍へ抱き着く。

 

 そんな飛龍の頭を撫でてやりながら、蒼龍は視線を直哉へと向けた。

 

「相沢少尉ですよね。いつも飛龍から話を聞いてます。この子がお世話になっているみたいで」

「え、あ、いや、僕は別に・・・・・・」

 

 話を振られて、直哉は言い淀む。

 

 顔立ちは飛龍と似ているが、どちらかといえば蒼龍は落ち着いた雰囲気を出している。そのせいで一瞬、どう対応すればいいのか迷ってしまったのだ。

 

 それにしても、

 

 飛龍が自分の知らない所で、自分の事を話している。と言うのが、直哉には引っかかった。

 

 いったい、どんな事を話していたのか気になる所である。

 

「そうだ、これから直哉と一緒にご飯食べるんだ。蒼龍も一緒に食べようよ!!」

「え、でも・・・・・・・・・・・・」

 

 飛龍の誘いに対し、蒼龍はチラッと直哉の方を見る。

 

 何となく、自分が来るタイミングを間違えてしまったのではないか、と言いたげな目である。

 

 それに対し、直哉が何か言おうと口を開く前に、2人の手は飛龍によってグイッと引かれた。

 

「ほら、早く行こうよ、二人とも!!」

「お、おい、飛龍!!」

「ちょ、ちょっとッ」

 

 思わず声を上げる二人に構わず、笑顔で走りだす飛龍。

 

 そんな少女の姿を見て、

 

 直哉と蒼龍は、思わず苦笑を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そろそろ、敵も本腰を上げて来るだろうな。

 

 彰人は漠然とだが、そう感じてる。

 

 第11戦隊は、ここ数週間で、既に多数の敵船を拿捕・撃沈している。アメリカ軍もいい加減、通商破壊部隊の存在に気付いている事だろう。

 

「問題は、敵がどこからくるか、だけど・・・・・・・・・・・・」

 

 一番可能性が高いのは、潜水艦による捕捉である。

 

 姫神型巡戦は色々な戦場に投入できる万能艦の側面があるが、対潜水艦戦闘だけは無力である。もし潜水艦に狙われたら、相手が浮上中でない限り逃げる以外の選択肢は無い。

 

 しかし、潜水艦は総じて速力が遅い。仮に狙われたとしても、姫神型の速力なら振り切る事は不可能ではない。

 

 次の可能性として考えられるのは航空機。それも空母艦載機による攻撃だ。

 

 マレー沖海戦の結果、航空機による戦艦撃沈は充分に可能である事は周知の事実である。いかに「姫神」が高速であったとしても、航空機に狙われたら不利は否めない。

 

 しかし、今はまだ、米軍も前線に兵力や航空機を送る事に躍起になっている筈。空母は当然、航空機輸送用に使われている事だろう。まして、「レキシントン」を撃沈した事で、米軍が太平洋で使用できる空母は「サラトガ」「エンタープライズ」の2隻のみ。大西洋から新たに空母を持ってくるにしても、もう少し時間がかかる筈。

 

 故に、警戒すべき要素ではあるが、必要以上に恐れる事は無い。

 

「残る可能性は、水上艦艇による追撃・・・・・・・・・・・・」

 

 米軍の戦艦は、全て21~22ノットと速力が遅い。仮に射程距離に捕捉されたとしても、全速力を出せば振り切れるだろう。巡洋艦以下の艦であるなら、たとえ複数に襲われたとしても、砲力に物を言わせて撃退できるはず。

 

 現状、「姫神」にとって直接的な脅威になり得る可能性の物はいない。

 

 そう考える事はできる。

 

 できるのだが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 彰人としては、楽観に浸る事はできないでいる。

 

 自分達は今、敵地で単独行動をしている。その状況下で生き残るには、臆病なくらい慎重に行動する事も必要だった。

 

 チラッと、背後に目をやる。

 

 そこには、司令官席にチョコンと腰掛ける形で、姫神が座っている。

 

 少女の首は力無く前に倒れ、目は閉じて静かな寝息を立てているのが見えた。

 

 姫神の無防備な姿を見て、クスッと彰人は笑う。

 

 司令官席は申し訳程度の背もたれしかない小さな腰掛けだが、そこに座って寝れると言うのは、随分と器用な物である。

 

 「姫神」は現在、別行動中の「黒姫」との合流をめざし、進路を西に向けて航行している。

 

 「黒姫」と合流したら、少しゆっくりと休ませてやろう。

 

 彰人がそう思った時だった。

 

「ッ・・・・・・」

 

 突然、姫神がその釣り気味の瞳を、パチッと開いた。

 

 可憐な瞳にはどこか緊張感が漂い、何かに警戒するような仕草を見せる。

 

「どうしたの、姫神?」

 

 問いかける彰人。

 

 対して、姫神も彰人を見上げると、低い声で告げる。

 

「何か、来る」

「え?」

 

 姫神が、そう告げた時だった。

 

「艦長ッ」

 

 通信長が駆け寄ってくるのが見えた。

 

「帰還途上の水偵から報告です」

「見せて」

 

 通信長から電文を受け取る彰人。

 

 その横から、姫神も首を伸ばして覗き込んでくる。

 

 常に情報を重視する彰人は、潜水艦だけでなく、「姫神」に搭載されている水上偵察機にも、時間を決めて索敵を行わせている。

 

 その偵察機が、何か情報を持ち帰ったようだ。

 

 だが、

 

 電文を読んだ彰人の目にも、緊張が走る。

 

《敵艦と思しき艦影、10隻前後、貴方に向かう。1230。尚、敵艦隊は、戦艦1を伴うものなり》

 

 危惧していた敵艦隊による追撃。それも、戦艦を含む10隻の艦隊を差し向けて来るとは。

 

「報告してきた機体の、方位は?」

「本艦からの現在位置から2―1―0の方角です」

 

 方位2―1―0。つまり南西の方向から、この艦隊は「姫神」に接近しつつあるわけだ。しかも航空機が帰還途上に見つけたと言う事は、敵はかなり近付いてきている事を意味している。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 状況は、聊かまずい物がある。

 

 現在「姫神」は「黒姫」との合流を目指して進路を西に取っているが、これは同時に、後方で待機している補給部隊との合流をも目的としている。

 

 つまり、接近中の敵艦隊は、故意にか偶然にかは知らないが、「姫神」の進路を遮る形を取っている訳だ。

 

 長期に渡る通商破壊戦を行うには、燃料、弾薬、食料等の消耗品を定期的に補給する事が不可欠となる。

 

 その補給時期が迫りつつあるのだ。

 

 「黒姫」との合流はともかく、補給艦との合流日時はずらす事はできない。予定日に補給を受けられないと、作戦遂行にも支障をきたす事になる。

 

 暫く考えてから、彰人は口を開いた。

 

「姫神、弾薬はどれくらい残ってる?」

「・・・・・・・・・・・・徹甲弾が6割、零式弾が3割、副砲弾が7割、高角砲と機銃は使ってないから、全部残っています」

 

 輸送船砲撃には焼夷弾である零式通常弾を主に使う為、艦船砲撃用の徹甲弾は、まだ充分な数が残っている。

 

 一回の戦闘を行う分には足りるだろうが、

 

 しかし、

 

 相手の戦艦が、どの種類であるか、という問題もある。

 

 今は昼。「姫神」が敵戦艦と水上戦闘を行うのは、極めて不利な状況である。

 

 何度か先述してある通り、姫神型巡洋戦艦は、本格的な対戦艦戦闘を想定していない。

 

 これが夜間戦闘であるなら、夜陰に乗じて敵艦に接近し、砲撃の初速が活かせる近距離から狙い撃つ、と言う手段も使えるのだが。

 

 昼間戦闘では、砲戦距離が開いた状態になる為、砲の口径が物を言ってくる。

 

 ここは、逃げるのが得策である。

 

 しかし、敵はこちらの進路を塞ぐように動いている。このままでは、逃げる事も敵わないだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 しばし、沈黙する彰人。

 

 状況を推理する要素は、全て出揃っている。

 

 後は、決断を下すだけだった。

 

「提督・・・・・・」

 

 低い声で呼ばれて振り返ると、姫神が真っ直ぐに、彰人を見上げるようにしていた。

 

 その済んだ瞳に、迷いの色は無い。

 

 全て、彰人の決断に従う。そう言っているようだった。

 

 眦を上げる。

 

「合戦準備、昼戦に備え」

 

 彰人が低い声で命令を飛ばす。

 

 敵艦隊を迎え撃ち、これを突破する。

 

 それ以外に「姫神」が生き残る道は無かった。

 

 命令は伝達され、ただちに全ての部署が、中間砲撃戦に備えて動き出す。

 

 艦橋頂上の射撃指揮所に砲術長以下のスタッフが入り、測的に備える。

 

 砲塔には弾薬が押し上げられ、砲身に装填される。

 

 「姫神」内部で、戦闘準備が着々と整えられつつあった。

 

 やがて全ての準備が整い、全乗組員が固唾を飲んで、運命の瞬間を待ち受ける中、

 

 だし抜けに、

 

 水平線上で、まばゆい光が躍った。

 

 

 

 

 

第4話「通商破壊戦」      終わり

 




て言うか、今のところ主人公たちの方が、やっている事が深海棲艦っぽい事に気付いた(爆
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