蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第55話「天祐、我にあり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

 姫神は寝付く事ができず床を抜け出す。

 

 彼女の艦体はまだ改装の最終段階が残っている為、ドックから出ていない。

 

 その為、姫神は工事の音がうるさい艦の方では無く、横須賀鎮守府の寮に部屋を借りて、そこで黒姫と一緒に寝起きしていた。

 

 一緒のベッドで寝ている黒姫を起こさないようにそっと抜け出すと、パジャマのまま外へと出る。

 

 艦娘とは言え、おかしな恰好で出歩く事は許されない。もし、パジャマ姿で鎮守府内を歩き回っている所を見咎められでもしたら、最悪の場合、罰則を受ける可能性すらあった。

 

 だが、姫神はここ数日、よく夜に抜け出して鎮守府内を歩き回っていたので、巡回の頻度や時間帯など、大まかな所は把握してしまっていた。

 

 迷う事無く寮を抜け出し、息を顰めながらゆっくりと進んで行く。

 

 時折やってくる巡回の兵士は、物陰に隠れてやり過ごす。

 

 何だか、スパイごっこをやっているみたいで、ちょっと楽しかった。

 

 やがて、

 

 潮騒と共に、桟橋へと出る。

 

 夜の海は暗く、見ているだけでも絶望を誘うようだ。

 

 しかし、

 

 姫神は迷う事無く桟橋へと歩いて行く。

 

 やがて端まで来ると、そこで足を止めた。

 

 吹き付ける風に長い髪をなびかせながら、

 

 姫神はただ、只管に暗い海を眺めつづける。

 

 この海の先、

 

 遥か北の彼方で今、彼女の提督が戦っている。

 

「彰人・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと、青年の名を呟く姫神。

 

 それだけで、心の奥から、何かが湧き上がってくるような、そんな温もりが感じられる。

 

 いつからだろう。自分が、あの人の事ばかり見るようになってしまったのは?

 

 あの人と一緒にいれば安心する。

 

 あの人と一緒に戦えれば勇気が湧いてくる。

 

 あの人が頭を撫でてくれれば気持ちが良い。

 

 あの人が笑いかけてくれれば、それだけで嬉しくなる。

 

 日々の生活の中で姫神は、彰人と一緒にいる事が半ば、当たり前になろうとしていた。

 

 だから今、一時とは言え離れ離れになってしまった事で、姫神の心にはぽっかりと穴が開いたような感覚になっていた。

 

「彰人・・・・・・早く、帰ってきてください」

 

 少女の小さな呟きは、今まさに、遥か北の海で戦っているであろう青年提督の元へと羽ばたいて行った。

 

 

 

 

 

 明けて翌日。

 

 幌筵基地を進発した第1水雷戦隊、第7艦隊から成るキスカ島守備隊救出艦隊は、出航後、一路、進路を南東に取り、巡航速度で航行していた。

 

 これは、進路欺瞞の為である。

 

 現在、アリューシャン列島近辺には、合衆国軍が放った潜水艦による哨戒網が張り巡らされている。この哨戒網を回避するための進路偽装だった。

 

 もし敵に発見されたら、その時点で作戦は失敗である。キスカ島守備隊を救う事は絶望的になる。

 

 こうして息をひそめるように、艦隊はゆっくりとアリューシャン列島へと近づいて行く。

 

 そして、幌筵出航から3日後。

 

 艦隊へキスカ島南方海上の変進予定地点へと集結。最終補給を受けつつ、突入タイミングを計っていた。

 

 彰人も、旗艦「島風」の艦橋にありながら、ジリジリと過ぎる時間を過ごしていた。

 

「『阿武隈』からの信号は?」

「はい。まだ、ありません!!」

 

 問いかける彰人に、見張り員が首を振るのが見える。

 

 指揮権が木村にある以上、作戦の発動も木村が決める事になる。

 

 彰人としては「阿武隈」からの信号を待つ以外に、する事が無かった。

 

「提督、このままでは時間ばかりが過ぎていきます。いっそ・・・・・・」

「待ちましょう」

 

 逸るように言う幕僚を、彰人は静かな声で制する。

 

 木村も待っているのだ。

 

 アリューシャン列島では既に、先行した潜水艦が気象観測に当たっている。

 

 問題なのは、キスカ島周辺が霧に覆われているかどうか、である。もし、島の周囲一帯だけ晴れていたりでもしたら、それもアウトである。

 

 欲しいのは確実な情報だった。

 

 誰もが焦慮と緊張によって、身を削られるような感覚に苛まれる。

 

 彰人は司令官席に腰を下ろし、じっと待ち続ける。

 

 島風も、張りつめた空気に落ち着かないのか、先程からそわそわしているのが見えた。ただ、それでも持ち場を離れようとしないのは、彼女なりの成長の証にも思えた。

 

 どれくらい、そうしていただろう。

 

 やがて、

 

「1水戦旗艦『阿武隈』より発光信号!!」

 

 見張り員からの報告が、齎される。

 

 幕僚一同が騒然として振り返る中、

 

 彰人はゆっくりと、目を開く。

 

「・・・・・・読んでください」

「ハッ」

 

 彰人に促され、見張り員は緊張の面持ちで口を開く。

 

 誰もが視線を集中させる中、

 

 見張り員ははっきりとした口調で言い放った。

 

「《本日の天佑、正しく之、我にありと確信す。適宜、行動を開始されたし》!!」

 

 それは紛う事無き、作戦開始を告げる合図だった。

 

 潜水艦からの報告によって霧の発生を確認し、天候条件が揃ったと判断した木村は、作戦開始を決断したのだ。

 

 一同の顔に、満面の笑顔が浮かぶ。中には、手を取り合う幕僚もいた。

 

 島風も飛び上がって喜び、参謀の1人が彼女の肩を優しく叩く。

 

 そんな中、

 

 彰人も口元に笑みを浮かべると、立ち上がって前方を真っ直ぐに見据える。

 

「取り舵一杯、進路0度!! 『阿賀野』に信号、《我に続け》!!」

 

 彰人は力強く言い放つ。

 

「我が艦隊はこれより、キスカ島守備隊撤収を行う、第1水雷戦隊支援任務を開始する!!」

 

 機関出力を上げながら、艦首を左へと向け、真北を目指して航行を開始する「島風」。

 

 そこへ、「阿賀野」以下、第13戦隊も続行する。

 

 ついに、キスカ島守備隊撤収作戦が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キスカ島守備隊は、尚も抵抗を続けていた。

 

 連日のようにやってくる合衆国軍の爆撃機は、日に日に数を増していくのが判る。

 

 当然、爆撃機の数に比例して味方の損害も増えていく。

 

 仲間の死体を集める度に、暗澹たる思いに駆られていたのは、もうとうに昔の話だ。

 

 今となっては、「呼吸をしていない存在」は、ただの物と変わらない。

 

 その処理も淡々とした物だった。

 

 誰もが、「絶望」と言う単語の綴りすら忘れてしまっていた。

 

 擦り切れた心は、もう何も感じない。

 

 ただ、黙々と作業を行う。

 

 かつて戦友だった「物」を並べ、木の枝を組んで火を投じる。

 

 その様を見ても、もう涙が流れる事は無かった。

 

 やがて、視界いっぱいに白い幕が降ろされていく。

 

「霧だ・・・・・・・・・・・・」

 

 誰かが呟いたが、それに帰る言葉は無い。誰も、反応するだけの心を残していないのだ。

 

 霧はそうとう濃いらしく、あっという間に離れた人間の顔すら判別できなくなる。

 

 見上げる空。

 

 そこもまた、白一色に染め上げられて見通す事ができない。

 

 ただ一つ、確実に言えることがある。

 

 それは、この霧が晴れた時。

 

 それが、自分達の最後の時になるだろう。と言う事。

 

 

 

 

 

 北を目指して転進した艦隊だが、その進撃は必ずしも予定通りと言う訳にはいかなかった。

 

 原因は霧である。

 

 予想以上に霧が濃すぎたせいで、各艦は自分達の位置を把握するだけで精いっぱいであり、陣形維持が困難となってしまったのだ。

 

 それは第7艦隊についても同様だった。

 

 彰人は必死に艦隊維持に努めたが、夜半に「電」が行方不明になる騒ぎになった。

 

 ここは既に敵の勢力圏内。行方不明艦を探すためとはいえ、誘導電波や無線、電探を使う事はできない。そんな事をしたら、味方だけでなく敵まで引き寄せてしまう事になりかねないからだ。

 

 慌てて各艦が捜索に加わった結果、10分後に「雷」が、隊列からやや落伍していた「電」を発見。どうにか復帰させる事に成功した。

 

 かと思ったら、今度は捜索に出ていた「暁」の姿が見えなくなる始末である。

 

 仕方なく、速度を落とすように指示すると、横で島風が不満顔をする。

 

 そんな島風をなだめすかす事数分。どうにかこうにか、這う這うの体で「暁」が自力で合流してきた。

 

 その後は、何とか艦列を維持しつつ、航行を再開する事が出来たのだが、今度はなるべく慎重に進みつつ、数分おきに各艦の位置を確認するように心がけている。

 

 作戦成功の鍵を握り、艦隊の誰もが待ち望んだ霧だったが、それが思わぬところで艦隊の足を引っ張る事となったものである。

 

「各艦、落伍艦はありませんか?」

「大丈夫です。今のところ全艦、無事について来ています」

 

 先の騒ぎで、艦隊の進撃には若干の遅れを来している。分刻みのスケジュールが必要な以上、これ以上の遅延は許されない所である。

 

 彰人がさらに何かを言おうとした時だった。

 

 突如、金属同士がこすれ合う耳障りな異音が、霧の向こう側から響き渡って来た。

 

「何が起きたの!?」

「我が艦隊じゃありません。恐らく、1水戦のいる方角からです!!」

 

 とっさに尋ねる彰人に、反射的な返事が返ってきた。

 

 

 

 

 

 その頃、第7艦隊に後続する形で航行していた第1水雷戦隊の方でも、混乱が起こっていた。

 

 突如、鳴り響く強烈な金属音。

 

 同時に「阿武隈」の艦体が激しく揺れる。

 

「痛ァッ!?」

 

 悲鳴を上げてうずくまる阿武隈。

 

 木村たちがとっさに何かに掴まらなくてはならない程の揺れが襲う中、阿武隈は腹を強烈に殴られたような感覚に襲われた。

 

「阿武隈ッ」

 

 傾いた艦橋で、木村はバランスを取りながら近付くと、少女の体を支える。

 

「大丈夫か?」

「う、うん。けど、いったい何が・・・・・・」

 

 自分の身に起きた事が判らず、困惑する阿武隈。

 

 程無く、詳細な報告が上げられてきた。

 

「右舷中央に衝突艦あり!! 『若葉』です!!」

 

 見張り員が悲鳴交じりで報告してくる。

 

 この時、霧のせいで艦位を見失った駆逐艦「若葉」は迷走した挙句、よりによって旗艦「阿武隈」の舷側に艦首から突っ込んでしまったのだ。

 

 「若葉」艦長は、慌てて艦を引き離すべく、後進一杯を掛ける。

 

 だが、その判断は間違いだった。彼は焦るあまり、今が艦隊運動中だと言う事を失念していたのだ。

 

 ようやく「阿武隈」から引き離し、後退を開始する「若葉」。

 

 だが、その小さな艦体を、再び衝撃が襲った。

 

 今度は艦尾からの衝撃。

 

 後続する形で航行してきた「初霜」が、後退する「若葉」に気付かず、そのまま艦首から突っ込んでしまったのだった。

 

 

 

 

 

「それで、1水戦の様子はどうですか?」

 

 異音が鳴り響いてから30分近く。

 

 1水戦が再編成を進める中、彰人は第6駆逐隊に命じて周辺の警戒を強めていた。

 

 万が一、先程の衝撃音を聞きつけて、敵がやって来ないとも限らない。

 

 幸いにしてそのような事は無かったが、その間、彰人の緊張はピークだったと言っても過言ではなかった。

 

「はい。旗艦『阿武隈』は小破しましたが、航行に支障はないとの事です。ただ、『初霜』と『若葉』は損傷が激しく、戦速維持は困難。この場で離脱するとの事です」

 

 報告を聞いて、彰人は嘆息する。

 

 取りあえず「阿武隈」は無事であり、木村が指揮続行できるのは幸いだったが、この時点での駆逐艦2隻脱落は聊か痛い。艦の数が足りなくなれば、必然的に1隻の収容人数が多くなり、作業に時間もかかる。

 

 1秒の時間はこの際、砂金の山よりも貴重だった。

 

 仕方なく、彰人は決断した。

 

「『雷』『電』に信号。《今より1水戦の指揮下に入れ》」

 

 離脱する「若葉」「初霜」の代わりに、彰人はこの2隻を収容作業に当たらせるつもりなのだ。

 

 彰人が、特にこの2隻を選んだのには理由があった。

 

 「雷」と「電」は、開戦初頭のスラバヤ沖海戦において、艦が沈没して海上に漂流中だったイギリス軍兵士達を、当時の「雷」艦長指揮の下、救助作業を行ったのだ。

 

 敵国の、それもつい先程まで戦っていた相手を、自らが撃沈される危険性があるにもかかわらず、わざわざ艦を海上に停止させて救助したエピソードは、「海の武士道」として、後世まで長く語り継がれる美談となった。

 

 そのような2人だからこそ、脱出してきた兵士達の収容には最適であると考えたのだ。

 

 程無く2隻から、

 

《はいなのです》

《信号了解。私に任せなさい》

 

 と言う返事が返ってくると同時に、霧の向こうで2隻が反転していくのが見えた。

 

 これで彰人の指揮下にある艦は事実上、「島風」「阿賀野」「暁」「響」の4隻のみとなってしまった。

 

 やがて、1水戦の再編成が完了したと言う信号が届けられる。

 

「進撃を再開します」

 

 彰人の指示の下、僅か4隻にまで減った第7艦隊は再び動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日もまた、ただ無為に過ぎ去ろうとしていた。

 

 キスカを閉ざす霧は未だに晴れる兆しを見せず、殆ど視界が効かない中を、兵士達は持ち場を死守していた。

 

 だが、

 

 誰もがもう、判っているのだ。

 

 自分達は助からない、と言う事を。

 

 救援の望みは無く。ただ死を待つばかりの自分達。あるいは本土の上層部も、それを望んでいるのかもしれない。

 

 勇戦敢闘して帝国軍人としての責務を全うし、最後には一兵残らず全滅する事を望んでいる。

 

 そうしておいて「キスカ島守備隊は一兵卒に至るまで勇敢に戦い、最後は誇りを持って全員が玉砕した」などと宣伝し、士気高揚に利用するのだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・上等だ」

 

 低い声で呟きを漏らす。

 

 敵が上陸してきた暁には、最後の最後まで勇敢に戦い抜いて、1人でも多くの敵を道連れにしてやる。

 

 先に散ったアッツ島守備隊がそうだったように。

 

 誰もが、勇敢に戦い、勇敢に散る事を望んでいた。

 

 その電報が齎されたのは、そのような日の昼前の事だった。

 

「大隊長殿!!」

 

 通信兵の1人が駆け込んでくるなり、敬礼もそこそこに、電文を手に駆け寄ってくる。

 

「こ、ここ、これをッ」

「落ち着け・・・・・・何事だ?」

 

 抑揚の欠いた声で、通信兵を窘める大隊長。

 

 今更、何を驚くような報告があると言うのだろうか?

 

 敵が上陸を開始したくらい、もはやどうでも良い事である。いっそその方が、こっちも覚悟が決まってありがたいくらいである。

 

 通信文を受けとり、目を通す。

 

 そこには、

 

《入港5時間繰り上げ》

 

 短く、それだけが書かれていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 大隊長は暫く、無言のまま電文を眺めている。

 

 書いている事の意味が分からない。

 

 たった1行の短い文面。文字にしても10文字に満たない日本語だと言うのに、それがまるで、聞いた事も無い異国の言葉であるようにさえ思える。

 

「・・・・・・・・・・・・馬鹿な」

 

 短い言葉が、口から洩れる。

 

 何かの間違いだと思った。そうでなければ、敵の欺瞞だと。

 

 だが、発信符牒は間違いなく友軍の物だった。

 

 続けて、別の兵士が駆け込んで来た。

 

「報告します。北岬監視所より有線による通信ッ 本文《我、味方艦隊と思しき艦影を海上に認む。数、10隻以上。岬の沖合を単縦陣にて逐次回頭しつつ、南下中》との事!!」

 

 もはや、疑うべき要素の、何物も存在しない。

 

 彼等は・・・・・・・・・・・・

 

 彼等は、来たのだ。

 

 この絶望に閉ざされた島へ、

 

 中央からも見放された自分達を救う為に、

 

 味方の艦隊が助けに来てくれたのだ。

 

 思わず大隊長は、人目もはばからず叫び出しそうになった。

 

 ついぞ忘れていた感情が、奔流となって飛び出そうとする。

 

 乾ききっていた筈の心に、融雪の水が流れ込んだかのようだ。

 

「大隊長殿ッ」

「隊長殿、しっかりなさってください!!」

 

 思わず、電文を持ったまま床に座り込んでしまった大隊長を、幕僚達が助け起こす。

 

 その皆の目が、涙で溢れそうになっていた。

 

 だが、呆けてばかりもいられない。

 

 今、この瞬間から全てが動き出したのだ。

 

「直ちに、全島守備隊へ通達!!」

 

 立ち上がった大隊長が、鋭い声で命じる。

 

 それは、先程までの絶望に沈んだ声ではない。

 

 希望に向けて再び歩き出した雄姿が、そこにはあった。

 

「直ちに撤退に向けた全行動を開始せよッ 艦隊の入港予定は、本1200時。艦隊は都合上、1時間しか湾内に停泊できない。全ての行動を神速に行う事。尚その際、食料、弾薬、そして小銃を含む全装備の廃棄が厳命されている。これは、全部隊が徹底するように。ただし、戦友の遺骨、及び遺品だけは、万難を排して持ち帰るように!! 以上、行動に掛かれ!!」

 

 大隊長の命令に、全幕僚が敬礼を返すと同時に、一斉に動き出した。

 

 艦隊の入港と、収容作業開始時刻まで、あと数時間しかない。それまでに全将兵をキスカ湾の海岸線に集合させるのだ。

 

 艦に持って行けるものは、戦友の遺骨と遺品のみ。装備の破棄は命じられていたが、それだけは携行が許可されている。

 

 たとえ死んでも、その想いだけは祖国へ連れて帰らねばならなかった。

 

 直ちにその旨、有線通信を使用して、全島に通達される。

 

 ただし、連日の爆撃で通信施設が破壊されている場所もあり、そう言った場所にはバイクや、騎兵の馬まで使って伝令が走る。

 

 急げ。

 

 何としても、艦隊入港に間に合わせるのだ。

 

 その間、いち早く通信によって通達を受けた部隊は、予定されていた行動を直ちに開始する。

 

 小銃以外の装備はその場で破棄。兵員達は身一つとなって集合すると、点呼の後、撤収の為にやってきたトラックへと乗り込む。

 

 小銃だけは万が一敵が襲来した時に備えて最後まで持っているが、これも乗船前に海中へ投棄する事が命じられている。

 

 そうした光景が、島のあちこちで見られる。

 

 なお、高射砲などの大型装備は、全て爆破処理を施す事になっている。

 

 拠点を放棄するにしても、敵に与える物は少なければ少ないほど好ましかった。

 

 その一方で、暗号文や命令書と言った機密書類の類も徹底的に廃棄する。これらは、万が一敵軍に奪われでもしたら、今後の作戦運用にも支障をきたす事になりかねなかった。

 

 とは言え量が膨大であり、全ての破棄を行うには時間が足りない。

 

 そこで手隙の幕僚が可能な限り書類の焼却に当たり、残った分は小屋に詰めて簡易式の時限発火装置を置き、自分達が去った後に全て燃やすように仕向けた。

 

 こうして、全てが撤退に向けて動き出す中。

 

 艦隊入港時刻が、徐々に迫りつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兵員を満載したトラックが、次々とキスカ湾の海岸へと集まってくる。

 

 その数は、あっという間に埋め尽くしていく。

 

 無理も無い。何しろ、全守備隊の兵員が今、この海岸に集まろうとしているのだから。

 

 中には負傷し、手足の一部を失っている者、起き上がる事ができず担架に横たわっている者もいる。

 

 だが、そんな皆が一様に、海の方角を見ている。

 

 咳一つしない、静かな海岸。

 

 潮騒の音だけが静寂を揺らす中、全員が目を凝らして待ち続ける。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たぞォッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かが、叫んだ。

 

 それをはじめとして、海岸のあちこちで歓声が沸き起こる。

 

 見れば、

 

 確かに、

 

 そこに、

 

 霧の中から湧き出すように1隻、また1隻と、軍艦が近付いて来るのが見えた。

 

 スマートで精悍な艦影の軽巡洋艦。

 

 小柄で俊敏な外見の駆逐艦。

 

 そのどれもが、マストに誇らしげに、日章旗を掲げているのが見える。

 

 期せずして起こる万歳の嵐。

 

 皆が涙を流しているせいで、折角の艦隊の雄姿が滲んで見える。

 

 だが、そんな事はどうでも良かった。

 

 来てくれた。

 

 本当に、海軍が助けに来てくれたのだ。

 

 戦友が、担架で横たわる傷病兵の状態を支えて起こし、その光景を見せてやっている。そんな彼等もまた、涙を隠せずにいた。

 

 やがて、艦隊は所定の位置へと投錨、大発の収容準備を整えて行った。

 

 

 

 

 

 とは言え、感動に打ち震えている守備隊将兵とは裏腹に、艦隊乗組員にとってはここからが正念場である。

 

 ここからは1つのミスも許されない。

 

 作業に割り当てられる時間は、僅か1時間。その間に全将兵の収容を終えるのだ。

 

 海岸を離れた大発が、停泊中の1水戦各艦に近付いてくる。

 

 各艦の舷側には一面にネットが降ろされ、兵士達は横付けした大発からネットを伝って甲板へと上がってくる。

 

 自力で上がれない傷病兵は仲間が背負ったり、担架の端に紐を括り付け、数人がかりで甲板へと引き上げる。

 

 勿論、各艦の艦娘達も作業を手伝ったり、あるいは収容された兵士達を介抱するなどして活躍している。

 

 1年以上に渡ってこの北の島にあり、いつ死ぬとも判らないプレッシャーに晒されてきた兵士達にとって、愛らしい艦娘達の存在は何よりの癒やしを与えていた。

 

 こうして、全乗員を移し終えた大発は、再び海岸に戻って次の班の乗船作業を行う。

 

 このピストン輸送により、兵員たちは効率よく艦へと乗り込んで行く。

 

 主隊による収容作業が迅速に行われる一方、第7艦隊の4隻、「島風」「阿賀野」「暁」「響」は、主隊よりもやや沖寄りの場所に停泊。逆探を作動させて警戒に当たっている。

 

 万が一、敵艦隊の兆候が現れた場合は、すぐに攻撃態勢に入る手筈になっていた。

 

 粛々と進められる収容作業。

 

 事前連絡と連携が良かったおかげで、作業は予想以上にスムーズに進められていく。

 

 艦に乗り移った守備隊兵員達の内、体力が余っている者達が乗組員に協力して収容作業の手伝いを行っていた事も、スムーズな作業進行に貢献していた。

 

 その間、各艦の烹炊所では米が炊かれ、兵士達に配る握り飯や味噌汁が作られていく。

 

 当初、煮炊きの煙を出して敵に発見される事を警戒し、敵の勢力圏を抜けるまでは乾パンのみの食事で我慢してもらう予定だった。

 

 しかし各艦の主計部は、「頑張った守備隊将兵達に出す食事が乾パンのみでは、艦隊烹炊所の名折れ」と意気を上げ、独断で温かい食事を用意したのだ。

 

 中には、間宮直伝の腕前を持っている烹炊長などもおり、作られた料理はどれも絶品だった。

 

 収容された守備隊の兵士達は、用意された握り飯を食い、熱いみそ汁を飲む事で活気を取り戻して行った。

 

 そして、作業開始から1時間弱。

 

 守備隊司令部要員を乗せた最後の大発が出発したところで、作業完了の報告が木村の元へと齎された。

 

「提督。各艦から、《収容作業完了》の報告が来たよ」

 

 阿武隈からの報告に、木村は振り返る。

 

 その目には、いつに無く厳しい光が宿っているのが見て取れた。

 

「取り残しは無いな?」

 

 尋ねる木村。

 

 もし万が一、1人でも取り残したりしたら、悔いを千載に残す事になる。

 

 対して、阿武隈も神妙な面持ちで応じる。

 

「それについては大丈夫。各駆逐艦の艦長が、自分で海岸まで行って確認したって。取り残しは無いって判断して良いと思うよ」

「そうか」

 

 阿武隈の報告に、頷きを返す木村。

 

 ならば、もうここには用は無い。一刻も早く、離れるべきだった。

 

「長居は無用だ。出航用意!!」

「出航用意!!」

 

 木村の命令が阿武隈によって復唱され、各艦に通達される。

 

 錨が巻き上げられる。

 

 同時に収容に使われた大発は、全てキングストン弁を抜かれて自沈処分された。

 

 

 

 

 

 「阿武隈」から出航用意の信号が齎されると同時に、彰人もまた、第7艦隊各艦に抜錨の信号を送る。

 

 「島風」を先頭に錨の巻き上げが行われ、ゆっくりと前へと進みだす。

 

 主隊の任務は、収容作業が完了した時点で大まかな部分は終わったが、警戒隊の任務は敵の勢力圏を抜けるまで終わらない。

 

「各艦、見張り厳に。電測室は不審な電波を警戒して。異常があったらすぐに知らせるように」

 

 彰人の指示が各艦に通達される。

 

 ここから艦隊は真っ直ぐ南へと下り、キスカ島と隣接する小キスカ島の間にある海峡を通過。その後は、幌筵を目指して全速力でひた走る事になる。

 

 つまり、小キスカ島を抜ける、あとほんの数時間程度が最大の難関であると言えた。

 

 粛々と進んで行く艦隊。

 

 あと少しで、小キスカ島との海峡へさしかかる。

 

 そう思った時だった。

 

 

 

 

 

「逆探に感有り!!」

 

 

 

 

 

 電測室から齎された報告が、彰人達に戦慄を走らせた。

 

「敵電波探知ッ 出力、増大しつつあり!!」

「電測室は電波状況の変化に注意!! 同時に信号員は《阿武隈》に状況を通報!!」

 

 彰人は直ちに動く。

 

 敵に発見されたのか?

 

 あるいは、敵はこちらの意図を見抜いて待ち伏せていたのか?

 

 緊張が、否が応でも増していく。

 

 敵艦隊が襲ってくるなら、第7艦隊は身を挺して1水戦を守らなくてはならない。

 

 しかし、軽巡1、駆逐艦3の戦力では、戦艦どころか重巡1隻とやり合う事すら難しいだろう。

 

 だが、それでもやるしかない。

 

『・・・・・・・・・・・・姫神』

 

 彰人は、横須賀に残してきた少女の名を、心の中で呟く。

 

 君がいてくれたら心強かったのに。

 

 君がいてくれたら、何も恐れる事など無かったのに。

 

 彰人は今、心の中で強く願いながら、拳をきつく握りしめた。

 

 

 

 

 

 一方、1水戦旗艦「阿武隈」にも、緊張が走っていた。

 

 木村たちの状況は、彰人達よりなお悪い。何しろ、今は各艦の甲板に兵員を満載している状態だ。全速力は出せないし、1発でも敵弾を喰らおうものなら、大参事は免れない。

 

「提督、ここは当初の作戦通り、警戒隊を囮にして、主隊は離脱を急ぐべきです」

 

 幕僚の1人が、そのように言ってくる。

 

 確かに、当初の計画では敵艦隊に発見された場合、7艦隊を囮にして1水戦は作戦を遂行する、と言う物だった。

 

 問題なのは、霧の向こうで電波を放っている存在が何なのか、である。

 

 ただの哨戒艦なのか? それとも敵艦隊の前衛なのか?

 

 前者なら良い。しかし後者なら、その背後には強力な艦隊が控えている事になる。もし7艦隊を突撃させれば、彼等の全滅はその時点で確定する。

 

「時間がありませんッ 提督!!」

 

 幕僚達が、更に促してくる。

 

 その時、

 

「『島風』より、第2報!!」

 

 見張り員の声に、木村たちは振り返る。

 

「読みます。《我、貴官を支持す。最善と思われる道を取られたし》!!」

 

 その文面から、木村は彰人の意図を悟る。

 

 彰人は既に、覚悟を決めているのだ。

 

 もし木村が突撃を命じれば、彰人は躊躇いなく、4隻の艦隊で突撃を敢行するだろう。その結果、自分達が全滅したとしても、収容した兵員達を無事に送り届ける事ができれば、自分達の勝ちである。

 

 その判断を、木村を信じて委ねているのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 目を閉じて、考え込む木村。

 

 彰人達の判断は正しい。

 

 ここは第7艦隊を囮にして、1水戦は離脱すべきである。それが自分達の任務なのだから。

 

「提督・・・・・・・・・・・・」

 

 声に誘われて、振り返る木村。

 

 そこには、憂い顔を見せる阿武隈の姿があった。

 

 何かを切実に訴えるような、少女の顔。

 

 その顔を見て、

 

「フフ・・・・・・ハハハハハハ!!」

 

 突然、木村が大笑いをし始めた。

 

 その光景に、阿武隈や幕僚達がポカンと見つめる。

 

「ど、どうしたんだ、提督は?」

「ついにご乱心召されたか?」

「て言うか、人の顔見て笑うとか失礼だよね!?」

 

 ひそひそと話す幕僚達と、プンプンと怒る阿武隈。

 

「もしや・・・・・・・・・・・・」

 

 幕僚の1人が、何かを悟ったように、真剣な眼差しで皆を見る。

 

「阿武隈の髪型が変だったから、笑いをこらえきれなかった、とか?」

「うむ。その可能性は高いな」

「みんなも、すごい失礼だよ!!」

 

 1人、ウガーッと怒りまくる阿武隈。

 

 そんな中、

 

 ようやく笑いを止めた木村が、一同を見やる。

 

「阿武隈、覚えているか? 前回の作戦を断念した時、俺が『イチかバチかに頼る事はできない』と言ったのを」

「・・・・・・・・・・・・覚えてるけど」

 

 少しムスッとした感じで、阿武隈が答える。

 

 確かに、先の戦いの折、突入を主張する阿武隈達に対し、木村はそう言って突入断念を決断した。

 

 しかし、

 

「やはり俺も人間だな。ここまで来たら、ついつい『イチかバチか』に賭けたくなってしまった」

 

 その言葉に、一同は騒ぐのをやめて木村を見る。

 

 やはりここは、7艦隊を突撃させて、その間に1水戦は離脱するのか?

 

 身軽な7艦隊なら突撃しても、助かる可能性は残されている。だが、1水戦の方はそうはいかない。このまま敵艦隊に突撃されたら、全滅の可能性もあった。

 

 一同が見守る中、

 

 木村は言った。

 

「主隊、警戒隊、共に進路、速度そのまま。現陣形を保ったまま海峡を抜ける」

 

 目を見張る一同。

 

 対して、木村は続ける。

 

「イチかバチか、『全員が無傷のまま離脱できる可能性』に賭ける!!」

 

 ここまで来たら、1人の犠牲者も出すことなく脱出できる道を取る。それが、司令官である木村の決断だった。

 

 一同の、そして阿武隈の顔にも、笑顔が宿る。

 

 そうだ、皆共に頑張ったのだ。

 

 どうせなら、最後まで一緒に行こう。

 

 命令は直ちに通達され、艦隊は進路を変えずに、そのまま南へと向かっていく。

 

 その間、「島風」の逆探は敵電波を探知し続けた。

 

 一度は、かなりの出力を受信したが、しかし、それも徐々に収束していく。

 

 やがて、敵の電波が完全に消え去った時、

 

 艦隊は小キスカ島との海峡を抜け、北太平洋へと抜けているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後世、キスカ島撤収作戦は、奇跡の作戦と言われ、長く語り継がれる事となる。

 

 最前線に孤立し、強大な敵軍に包囲された島から、守備隊全員を無傷で撤収させる事に成功したのは、後々まで戦史研究家を絶賛させた物である。

 

 特に、一度は作戦を断念し周囲の批判を浴びながらも、ジッと雌伏してチャンスを待ち、そして好機を捉えて作戦を成功に導いた木村の判断は誰もが称え、彼を「奇跡の名将」と呼ぶ者が後を断たなかった。

 

 一方、合衆国軍は、帝国軍のキスカ島撤退を知らないまま、本格的な上陸作戦を開始したのは、その半月後の事だった。

 

 戦艦を含む大艦隊で一昼夜に渡って艦砲射撃を仕掛けた後、3万4000に上る大軍を上陸させた合衆国軍は、しかし極度の緊張と疑心暗鬼から、各所で同士討ちを起こし、実に100名にも上る死者を出した程であった。

 

 後世、合衆国のとある著名な戦史家は自身の編集した戦史書の中で、キスカ島奪回作戦を、皮肉を交えてこう語っている。

 

「史上最大規模かつ、最も実戦的な上陸演習であった」

 

 と。

 

 

 

 

 

 幌筵は、低い気温を物ともしない程のお祭り騒ぎに浸っていた。

 

 無理も無いだろう。

 

 絶望的と思われた作戦を成功させ、5000人もの兵士を無事に撤退させる事に成功したのだ。

 

 これを喜ばずに、何を喜ぼうと言うのか。

 

 海軍も陸軍も、共に肩を組み合い、大いに飲み、勝利の歌を喉が枯れても尚、歌い続けた。

 

 そんな中、

 

 彰人は1人、基地の片隅で佇んでいた。

 

 手には一通の命令書が握られていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その文面を一読し、彰人は嘆息した。

 

 と、その時、

 

「上層部からの命令書かね?」

 

 振り返ると、木村がこちらに歩み寄ってくるのが見えた。

 

 どうやら、喧噪を抜け出して来たらしい。

 

 対して、彰人は、険しい表情のまま口を開く。

 

「南方戦線が、どうやら上手く行っていないみたいです。長官の死でGF全体が浮足立っているようですし。こっちが片付いたら戻れ、だそうです」

「北の果てから、今度は南の果てか。君も忙しいな」

「まったくです」

 

 そう言って、彰人は笑う。

 

 まったく、うちの海軍は働いている人間を更に働かせようとするから困る。少しはいたわりを持っても良いと思うのだが。

 

「僕の見立てでは、たぶん、あと半年。早ければ、来年の初めくらいには敵の反攻が始まると思います。本格的な攻勢は、もう少し先になるでしょうけど」

「ほう・・・・・・・・・・・・」

 

 彰人の言葉に、木村も得心が言ったのか、頷きを返す。

 

 実際、彰人は第3次ソロモン海戦以後も、特信班に命じて敵の動きを探らせている。

 

 それによれば、合衆国軍は既に東海岸の工廠群をフル稼働させ、次々と新鋭艦を建造しているとか。

 

 その数は、帝国海軍がこの2年間、多くの犠牲を払って沈めて来た艦隊の規模を、軽く上回るのだとか。

 

 それらの艦隊が太平洋戦線に姿を現したら、消耗を重ねた帝国海軍の戦力では勝てないだろう。

 

 状況は、それ程までに逼迫したところまで来ているのだ。

 

 と、そこで何を思ったのか、木村は踵を揃え、彰人に向かって真っ直ぐに敬礼を送って来た。

 

「き、木村さん?」

「この度の戦い。君と第7艦隊の将兵・艦娘の助力があり、無事に成功する事が出来た。作戦責任者として、深く礼を言う。本当に、ありがとう」

 

 対して、彰人も踵を揃え、敬礼を返す。

 

「僕の方こそ、これだけ見事な作戦に従事できて、1人の海軍士官として光栄です。木村提督と、1水戦の将兵・艦娘の皆さんに礼を述べます」

 

 そう言うと、2人の提督は互いに笑みを交わす。

 

「いつか、君の指揮の下で戦ってみたいものだ」

「いえ、それは・・・・・・・・・・・・」

 

 彰人が何か言いかけた時だった。

 

「あー、提督いたァー!!」

 

 突然の絶叫に振り返ると、何やら阿賀野が「ズビシッ」と言う異音と共に、彰人を指差していた。

 

 取りあえず、人を指差さないように、などと注意する前に、物陰からぞろぞろと顔を出したのは、暁、島風、雷、響、電の第7艦隊の駆逐艦娘達だった。

 

「目標発見ッ 第13戦隊各艦、突撃ィ!!」

『おおー!!』

 

 旗艦の号令一下、一斉に彰人の飛び掛かる駆逐艦娘達。

 

「ウワッ ちょ、みんな!?」

 

 言葉を続ける前に、まず島風に飛び掛かられ、そのまま地面に倒れる彰人。

 

 更にそこへ、暁型の4人が殺到してくる。

 

「まったく、何処に行ったと思っていたら、こんな所にいたのね」

「時間が無いのですッ 早く行くのです!!」

「ほら提督、立って立って」

 

 暁、電、雷が口々に言いながら、彰人を引き立てていく。

 

 最後に残った響が、唖然としている木村にペコリと頭を下げる。

 

「それでは木村提督。お騒がせしたね」

「あ、ああ」

 

 そのまま、一同を呆然と見送る木村。

 

 遅れて、やってきた阿武隈が、その光景を見て苦笑する。

 

「行っちゃったね」

「ああ、にぎやかな連中だったな」

 

 答えてから、木村は阿武隈を見やる。

 

「阿武隈も、今回は本当にお疲れだったな」

「まったくだよ。けど・・・・・・・・・・・・」

 

 阿武隈は、木村を見ながら言う。

 

「成功して、本当に良かった」

「ああ、そうだな」

 

 そう言うと、木村と阿武隈は、互いに笑いあうのだった。

 

 

 

 

 

第55話「天祐、我にあり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日

 

 横須賀では、1隻の艦が海に乗り出そうとしていた。

 

 緩やかなカーブを描く艦体は美しい反面、前部に集中された巨大な砲塔が、アンバランスな美を強調している。

 

 「姫神」である。

 

 第3次ソロモン海戦で大破し、修理と改修を兼ねて入渠した「姫神」が、ようやくすべての作業が終了し、出渠する日を迎えたのだ。

 

 既にドック内は注水され、海水で満たされている。あとは正面の水門を開くだけである。

 

 その「姫神」の艦橋において、姫神が司令官席にチョコンと腰掛けて、前方を注視していた。

 

 装いが、変わっている。

 

 制服は白基調のセーラー服だった改装前から変化し、紺色の半袖セーラーに変わっている。

 

 髪型も、前髪には跳ねるような癖が付けられ、後頭部も以前はポニーテールだった物を、今は下結びに変更し大きなリボンで止めている。

 

 身長や体型は変わらないが、幼さがある外見だった改装前と比べると、少し精悍になった印象があった。

 

 だが、

 

 そんな姫神が今、殆ど表情を動かさずに座っている。

 

 元々、口数が少なく無表情な事が多かった少女だが、見る者が見れば不機嫌そうにしているのが判る。

 

 理由は、本来ならいるべきはずの人物が、この場にいない事が原因だった。

 

「姫神・・・・・・」

 

 背後から、副長がいたわるように声を掛ける。

 

「残念だが、艦長は間に合わんようだ。よって、出渠の指揮は私が取らせてもらう」

「判りました」

 

 副長の言葉に、姫神は静かに頷きを返す。

 

 彰人は間に合わなかった。

 

 無理も無い。

 

 既にキスカ島守備隊救出成功の報告は、横須賀にも届けられている。どうやらその中で、第7艦隊も大きな役割を果たしたらしかった。

 

 これで、皆も戻って来る事だろう。

 

 しかし、幌筵から横須賀までは、どんなに急いでも数日は掛かる。

 

 彰人が「姫神」の出渠に間に合う可能性は、皆無だった。

 

「彰人・・・・・・・・・・・・」

 

 寂しい。

 

 この半月、彼の顔を見れなかったせいで、姫神の中で彰人に対する思いが募っている。

 

 会いたい。

 

 彰人に会いたい。

 

 なのになぜ、彰人はここにいてくれないのか?

 

 そんな思いが、姫神の中でグルグルと巡って行く。

 

 やがて、出渠予定時刻が近付いてきた。

 

 副長が、彼女の目の前で出渠の準備を進めていく。

 

 だが、そんな光景も今の姫神には目に入らない。

 

 今この、晴れの瞬間に彰人がいない。

 

 それだけで、彼女の心は沈んで行くようだった。

 

 やがて出渠準備が整い、その瞬間が近付く。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何とか間に合ったね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し息を切らしたように弾む声が、ある種の清涼感となって響き渡る。

 

 副長たちが驚いて振り返る中、

 

 釣られて、ゆっくりと振り返る姫神。

 

 果たしてそこには、

 

 彼女が待ち望んだ、青年提督の姿があった。

 

「あ・・・・・・あき、と?」

 

 震える声の姫神に対し、彰人は笑顔で頷きを返す。

 

 間違いない。彰人だ。

 

 どうやら急いできたらしく、軍服がよれよれのまま、少し着崩しているが、見間違えようがなかった。

 

「艦長、よくぞ間に合ってくださいましたッ!!」

 

 副長が満面の笑顔を浮かべて、彰人の肩に手を置く。

 

 対して、彰人は苦笑を浮かべる。

 

「本当に、『何とか』ですけどね」

 

 あの後、彰人は第13戦隊の艦娘達に半ば拉致されると、飛行場まで連れて行かれ、放り込まれるように横須賀行に輸送機に押し込まれた。

 

 何でも、7艦隊の幕僚や艦娘一同が陸軍の幌筵基地司令達に頭を下げ、彰人を横須賀に行かせるための特別便を用意してもらったのだとか。

 

 基地司令の方でも、今回の海軍の活躍もあり、お安い御用とばかりに二つ返事で飛行機を用意してくれたらしい。

 

 全ては彰人を、姫神の出渠に間に合わせる為。第7艦隊司令部・艦娘一同が、サプライズ的に用意した物だった。

 

 こうして輸送機を飛ばしてもらって横須賀海軍航空隊基地へと降り立った彰人は、そこから更に車を乗り継ぎ、出渠作業直前の「姫神」に、辛うじて飛び乗ったのだった。

 

「姫神・・・・・・・・・・・・」

 

 何かを言いかけた彰人。

 

 だが、最後まで言い切る事はできなかった。

 

 なぜなら、

 

 その前に、当の姫神が、彰人の胸に勢いよく飛び込んで来たからだった。

 

「彰人・・・・・・彰人ォ・・・・・・」

 

 姫神の目から零れる涙。

 

 普段、物静かな少女には珍しい程、感情を顕にする。

 

 半月間、会えなかった分を取り戻すように、彰人の温もりを確かめる姫神。

 

 対して、

 

 彰人は優しく微笑むと、髪型の変わった姫神の頭を優しく撫でる。

 

「おかえりなさい・・・・・・彰人」

「ただいま・・・・・・姫神」

 

 

 

 

 

 数分後、

 

 本来の主を取り戻した巨艦は、全く危なげのない動きで、滑るようにドックから姿を現す。

 

 水面をゆっくりと進む優美で精悍な艦影。

 

 それは、半年の沈黙を破り、巡洋戦艦「姫神」が海上に復活を果たした瞬間だった。

 

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