蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第5話「彼の手の温もりは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大気を斬り裂く鋭い音と共に、致死の砲弾が真っ向から向かってくる。

 

 着弾と共に吹き上がる水柱の大きさは、その艦の砲撃が、脅威である事を如実に物語っていた。

 

「敵弾着確認ッ!! 数2!!」

 

 見張り員の絶叫が聞こえてくる。

 

 報告にあった通り、視認できる水柱は2本。

 

 しかし、衝撃波は大気を突き抜けて、「姫神」の元まで届いていた事から、その威力が侮れない物があるのは間違いなかった。

 

「水柱から推定される口径は、少なくとも36センチ以上と判断。戦艦と見て間違いないです」

 

 状況を眺めていた姫神が、淡々と告げる。

 

 できれば偵察機の見間違いであってくれれば、と言う淡い期待もあったのだが、それは完全に打ち砕かれてしまった。

 

 水平線上で、更に砲撃を示す閃光が走った。

 

「相手が本格的な戦艦なら、まともな砲戦じゃ、こっちの勝ち目は薄いね」

 

 対して、彰人が冷静さを失わない声で告げる。

 

 こと昼間砲戦に関する限り姫神型巡洋戦艦は、帝国海軍の保有する戦艦の中で最弱と言っても過言ではない。

 

 30センチ砲から放たれる軽い砲弾の重量は500キロ。これは、長門型戦艦の持つ40センチ砲弾の半分以下でしかない。これでは大抵の戦艦の装甲を撃ち抜く事は敵わない。それを見越して、彰人は新型砲弾の開発を依頼してはいるのだが、今回の出撃には間に合わなかった為、搭載されていない。

 

「まともな砲戦では、ですか・・・・・・・・・・・・」

 

 姫神は、吊り気味の瞳を彰人へと向けてくる。

 

 どうやら、彰人が言った何気ない一言に反応した様子だ。

 

「では、どうするのですか?」

「そうだね。まともな砲戦で勝てないなら・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながら、彰人は姫神に笑い掛ける。

 

「『まともじゃない砲戦』をする」

 

 そう言うと、彰人は帽子を目深にかぶり直した。

 

「機関最大、両舷全速前進!!」

「面舵一杯ッ 進路3―1―5!!」

 

 矢継ぎ早に発せられる彰人の指示に従い、「姫神」は機関出力を上げて加速。一気に最大戦速まで加速する。

 

 同時に、細い艦首は鋭く海面に弧を描きながら右へと回頭。進路を北西へと向けるコースを取る。

 

「そんな方向に行って、どうする心算なのですか?」

「まあ、見てれば分かるよ。うまくいけば、面白い事になるかもね」

 

 意味が分からずに首をかしげる姫神に答えながら、彰人は敵戦艦の方を睨む。

 

 「姫神」の急な加速を想定していなかったのだろう。敵が放った弾丸は、一射目よりも離れた海面に落下して、巨大な水柱を立てた。

 

 その様子を見て、彰人はほくそ笑む。

 

 良い調子だ。敵はまだ、正確な照準用データを得た訳ではないらしい。

 

「さて、敵が照準を修正してくるまで、どれだけの時間が稼げるか、が勝負だね」

 

 そこへ、射撃指揮所に詰めている砲術長から報告が入った。

 

「距離、300(さん まる まる)!! 砲撃準備、完了!!」

 

 いよいよ始まる。

 

 日米間で初となる、戦艦同士の水上戦闘が。

 

 それにしても、

 

 彰人はふと、皮肉な物を感じて笑みを浮かべる。

 

 帝国海軍の多くの人間が夢見て来た、ライバルである米戦艦との水上砲戦。

 

 それを始めて実際に行うのが、長年、海軍の象徴として君臨してきた「長門」「陸奥」をはじめとする第1艦隊では無く、通商破壊戦用に建造された巡洋戦艦である点が、何とも皮肉に思えたのだ。

 

 だが無論、手心を加える心算は毛頭無いが。

 

 双眸を見開く彰人。

 

 傍らの姫神もまた、普段とは違って緊張感が溢れる表情を見せる。

 

 そんな姫神を、

 

 彰人はそっと手を伸ばし、頭を撫でてやる。

 

 振り返り、不思議そうに見上げてくる姫神に対し、笑い掛ける彰人。

 

 同時に、視線を上げる。

 

「撃ち方、始め!!」

 

 号令と共に、前部甲板に集中配備された主砲が火を噴いた。

 

 

 

 

 

 金色に輝く長い髪をなびかせながら、その女性は前方を真っ直ぐに注視している。

 

 既に彼女の目は、スピードを上げる敵戦艦の姿が、しっかりと映し出されていた。

 

「逃がすものか・・・・・・・・・・・・」

 

 呟きながら、ギリッと歯を噛み鳴らす。

 

 彼女の名は、コロラド。

 

 アメリカ合衆国海軍。コロラド級戦艦1番艦「コロラド」の艦娘である。

 

 日本の長門型戦艦(長門、陸奥)、イギリスのネルソン級戦艦(ネルソン、ロドネー)、そしてアメリカのコロラド級戦艦(コロラド、メリーランド、ウェストバージニア)の7隻を合わせて「世界のビッグ7」と言う愛称で親しまれている。

 

 これは、主力戦艦の新規建造を禁じたワシントン軍縮条約後の「海軍の休日(ネーバル・ホリデー)」と呼ばれる時代、世界に7隻しかいなかった40センチ砲搭載型戦艦の事を差して言っている。

 

 つまり、コロラドの存在は、帝国における「長門」「陸奥」同様、長くアメリカ海軍の象徴として、誇りと共に愛されてきたのだ。

 

 そのコロラドの目は、今や怒りに染まって、自身が倒すべき敵を睨み据えていた。

 

「許さないぞジャップッ 絶対に、だ」

 

 静かな怒りを燃やすコロラドの脳裏には、2人の妹たち、メリーランドとウェストバージニアの姿が映し出されていた。

 

 合衆国海軍にとって悪夢とも言うべき、真珠湾攻撃。

 

 あの時、コロラドはたまたまアメリカ本土の方にいた為に難を逃れる事ができたが、真珠湾に錨を下ろしていた2人の妹たちが犠牲になってしまった。

 

 幸いな事にメリーランドは軽傷なようで、さほど時をおかずに復帰できるらしいが、ウェストバージニアの方は、そうはいかなかった。

 

 ウェストバージニアは多数の魚雷を艦腹に喰らって、真珠湾の底に大破、着底している。浮揚・修理が可能かどうかは、まだ判らない。

 

 ウェストバージニア

 

 愛しい妹。

 

 コロラドにとって何よりも大切な家族が、極東の猿如きが作ったチャチな飛行機によって沈められた事は許し難い屈辱だった。

 

 この怒りは、自身の巨砲でもって日本海軍の軍艦を1隻残らず水葬にしてやらない事には収まりそうになかった。

 

「ウェストバージニアの仇だ、覚悟しろ、ジャップ」

 

 吠えるコロラド。

 

 ビッグ7の誇りに掛けて、必ずや日本艦隊を撃滅してやる。そう、目は語っていた。

 

 いずれは日本人が愚かしくも、自分達と同格のビッグ7を僭称している長門型戦艦2隻も含めて、必ずや全ての艦を海の藻屑としてやる。

 

「その手始めが、お前達だッ」

 

 日本海軍が北太平洋において、水上艦を使用した通商破壊戦を行っている。

 

 その情報を掴んだアメリカ海軍は、急遽、「コロラド」以下の討伐艦隊を派遣したのだ。

 

 既に先発して放った潜水艦の情報によって、通商破壊部隊の位置は掴んでいる。その情報を基に全速力で急行、先回りする形で待ち伏せしていたのだ。

 

 とは言え、今は真珠湾攻撃の混乱と戦力低下により、どこも人手不足は深刻である。「コロラド」艦隊は旗艦「コロラド」以下、駆逐艦8隻に過ぎない。

 

 しかし、コロラドも彼女の艦長も、その状況に不満を抱いてはいなかった。

 

 相手は所詮、日本人だ。無防備な真珠湾を不意打ちしたり、戦闘力の無い輸送船を狩る事はできても、正面から正々堂々と戦う事はできる筈がない。万が一挑んで来たとしても、正義と勇気を愛する自分達アメリカ海軍に敵う筈がないだろう。ましてか、こちらはビッグ7。世界最強の戦艦だ。その自分が、水上砲戦で負けるはずが無かった。

 

 そうした自信がコロラドを含めて乗組員全員から満ち溢れていた。

 

「敵艦はどうやら、ヒメカミタイプの巡戦らしいな」

「ほう、ヒメカミタイプか。確か、ジャップが建造した最新鋭の巡洋戦艦だったか?」

 

 艦長の言葉に、コロラドは頷きを返す。

 

「あのタイプは、巡洋艦以下の艦を相手にできる程度の力しか無い筈。つまり、私の敵ではないと言う事だ」

 

 自信をむき出しにした声で、コロラドは呟く。

 

 その時だった。

 

「敵艦、発砲!!」

 

 「姫神」の様子を監視していた見張り員から、報告が入る。

 

 この時ちょうど、「姫神」が第一射を放ったのである。

 

「フンッ 日本人は日本人らしく、尻尾を巻いて逃げていれば良い物を。愚かにも、この私に挑みかかって来た事を後悔させてやる」

 

 言い放つと同時に、「コロラド」は、再び主砲を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迫る「コロラド」に向けて、主砲を発射する「姫神」。

 

 まずはセオリー通り、初めは交互撃ち方から始める。

 

 第1、第2主砲塔は、奇数番の砲と偶数番の砲に分け、それぞれ時間差をつけて砲撃を行う。

 

 こうする事によって、砲弾の無駄をなくすと同時に切れ目のない砲撃を行い、照準の修正を速やかに行えると言う訳だ。

 

 そうして直撃弾を得るか、あるいは狭叉弾が出たところで初めて本射。全砲門を用いた一斉射撃に移行する訳だ。

 

「第1射着弾、今ッ 全弾、近、近、近、近。狭叉、及び直撃無し!!」

 

 見張り員からの報告は、第1射が全弾外れた事を現していた。

 

「そう簡単にはうまくいかないね」

「この距離では無理でしょうね」

 

 肩を竦める彰人に対し、姫神も同意するように、素っ気ない頷きを返す。

 

 両者の距離は3万メートル。

 

 姫神型巡洋戦艦の主砲は、最大で3万7000メートルまである為、砲弾を届かせる事自体は不可能ではないのだが、それで命中するか否か、という問題は、また別である。

 

 最大射程での砲撃なんぞ、そうそう当たる物ではないと言う事だ。

 

 照準を付けやすい昼間砲戦とは言え、できれば2万5000、可能なら2万近くまで距離を詰めたいところである。

 

 その時、

 

「敵艦、発砲!!」

 

 見張り員からの報告に、彰人と姫神は揃って視線を向ける。

 

 この時、「コロラド」もまた、前部砲塔2基の40センチ砲を用いて、砲撃を開始していた。

 

 姫神型巡戦よりも10センチも大きい口径を持つ大砲は、世界でも有数の破壊力を持っている事は間違いない。

 

 だが、

 

「敵砲撃、本艦の右舷、遠方に落下!!」

 

 「コロラド」の放った砲撃は、「姫神」の頭上を遥かに超える形で遠方に落下していた。

 

 その様を聞いて、彰人は口元に笑みを浮かべる。

 

「どうやら、条件はどっちも同じみたいだね」

 

 遠距離での砲撃は当たりにくい。

 

 ならば、尚更、機先を制した方が有利になる。

 

 そこで、彰人は更に仕掛ける事にした。

 

「取り舵一杯ッ」

 

 「姫神」は現在、「コロラド」から見ると、右舷前方を先行する形で航行している。

 

 ここで取り舵を取れば、ちょうど「コロラド」の進路を遮り、前方に占位する形となる。

 

 これは丁字戦法(別名:「T字戦法」あるいは「トウゴウターン」)と言い、日露戦争の命運を事実上決定づけた日本海海戦において、連合艦隊がロシア・バルチック艦隊を迎え撃った時の戦法である。

 

 この隊形になると、丁字の横線(姫神)は全砲塔を使用できるのに対し、縦線の側(コロラド)は先頭艦の前部砲塔しか使用できなくなってしまう訳だ。

 

 彰人は「姫神」の高速性を存分に発揮し、この丁字戦法を完成させたのである。

 

 会心の笑みを浮かべる彰人。

 

「口径の大きさで戦いが決まる訳じゃないって事を教えてあげるよ」

 

 

 

 

 

 

 一方、コロラドの方は、苛立ちと共に自身の砲撃を顧みていた。

 

「なぜだ・・・・・・なぜ当たらない!?」

 

 その視線の先では、全主砲を向けてきている「姫神」の姿がある。

 

 コロラドは、その小癪な巡洋戦艦を、苦々しく睨みつけていた。

 

 先程から、「コロラド」の砲撃は空振りを繰り返している。

 

 コロラドはこれまで、アメリカ海軍最強の戦艦として君臨し、砲撃のスタッフも精鋭中の精鋭が集められていた。

 

 それなのに、狭叉どころか至近弾すら無い有様は、プライドがいたく傷つけられているに等しい。

 

 既に第6射を放っていると言うのに、いまだに弾着が近付く気配すら無かった。

 

 いかにT字を描かれ、前部主砲しか使用できない状態にあるとは言え、許される事ではなかった。

 

「艦長、砲術にもっと気合を入れるように言ってくれ」

「無論だ。こんな事は許される物じゃない」

 

 同意するように頷いてから、艦長も艦内電話を取る。

 

 恐らく砲術長を呼び出して督戦しているのだろう。

 

 その間に、前部主砲塔は第7射を放つ。

 

 ともかく、いかに世界最強の40センチ砲を積んでいると言っても、砲弾が当たらない事には話にならない。

 

 一刻も早く直撃を。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 だしぬけに、「コロラド」の両脇に、2本の水柱が突き立つのが見えた。

 

「敵砲撃、本艦を狭叉!!」

 

 ギリッと、歯を鳴らすコロラド。

 

 まずい事になった。

 

 狭叉されたと言う事は、敵艦の現在の照準が、ほぼ正確である事を意味している。

 

 次から、本射が来る。

 

 しかし、

 

「まだだッ」

 

 狭叉されたからと言って慌てる必要は無い。こちらはビッグ7の1隻。自分よりも大きな艦載砲はこの世に存在しない。

 

 敵の砲撃に装甲が耐えている内に照準修正を完了させれば、勝機は充分にある筈だった。

 

 だが次の瞬間、

 

「な、何ィッ!?」

 

 コロラドは、驚愕に目を見開いた。

 

 

 

 

 

「第1斉射、完了、続けて第2斉射、撃ちます。第1斉射弾着まで、およそあと20秒。第2斉射始め、続けて第3斉射準備」

 

 淡々とした声で報告をしてくる姫神の声を聴きながら、彰人は自身の作戦が図に当たった事を悟って笑みを浮かべる。

 

「敵の艦長とか艦娘も、そうとうビックリしているだろうね。まさか、こっちにこんな切り札があるとは思ってもいなかっただろうし」

 

 姫神型巡洋戦艦の主砲が、30センチと言う小型砲に留められたのには、3つの理由がある。

 

 まず第1に重量軽減。とにかく速力を確保する必要があった為、主砲もまた軽量な物が望ましいと考えられた事。それでいて巡洋艦程度なら圧倒できるよう、ある程度の威力は確保する必要があった。

 

 第2に継戦能力。主砲弾を小さくすれば、砲自体に掛かる衝撃も小さくすることができ、砲身命数も伸ばす事ができる。また、砲弾自体が小さければ、それだけ多く詰む事ができるうえ、弾薬庫のスペースを縮小して防御力を上げる事もできる。

 

 そして、第3の理由。

 

 それは、今まさに「姫神」が行っている砲撃が、全てを物語っていた。

 

 通常、戦艦の主砲弾と言う物は、1発撃てば次発装填に30秒から40秒は掛かる。中にはドイツ海軍のビスマルク級戦艦のように18秒に1斉射できる戦艦もあるが、それは例外に等しい物だと思われていた。

 

 少なくとも、今日までは。

 

 しかし今、コロラドを狭叉して本射に入った「姫神」は、ビスマルクすら上回る10秒に1発の割合で砲撃を行っている。

 

 これこそが、姫神型巡戦の切り札である。

 

 姫神型巡洋戦艦は新開発された新型自動装填装置を搭載し、高速給弾が可能となった初の日本戦艦である。

 

 新型の自動装填装置と、軽量の砲弾を組み合わせる事で、この嵐のような砲撃を実現しているのだ。

 

 いかにビッグ7の1隻と言えども、耐えられる物ではないだろう。

 

 

 

 

 

 砲撃が次々と飛来し、艦体を襲っていく。

 

 1発1発の威力は大したものではない。姫神型巡洋戦艦の主砲弾は、1発辺り400キロしかなく、これはコロラド級戦艦が持つ40センチ砲の半分以下。「コロラド」の装甲ならば、余裕で耐えられるはずだった。

 

 確かに、装甲はよく持ち堪えている。主砲や機関と言った重要部分は健在であり、今も砲撃を続けている。

 

 しかし戦艦と言う物は、全てを分厚い装甲で鎧っている訳ではない。

 

 比較的壊れやすい両用砲や照準装置、非装甲部分の甲板などに直撃があった場合、そこは容赦なく破壊されていく。

 

 飛んでくる砲弾が多いから、命中する弾数もまた多くなる。1回の斉射で2発から3発は命中する。

 

 いかに1発辺りの威力が低いと言っても、たまった物ではなかった。

 

 「コロラド」の艦体は、徐々に蓄積するダメージによって、戦闘力が少しずつ低下し始めていた。

 

「こ、こんな、事が!!」

 

 全身に奔る激痛に耐えながら、コロラドは歯を食いしばる。

 

 そうしている間にも、飛んでくる砲弾は彼女の艦体を破壊し続けている。

 

 勿論、コロラドもその間に反撃を行うが、発射速度が圧倒的に遅く、また常に頭を押さえられている状態である為、前部砲塔しか使えない状態では、命中弾など望むべきくも無かった。

 

「クソッ 駆逐隊に命令、敵艦隊へ突撃せよ!!」

 

 次々と飛んでくる砲撃にたまりかね、艦長が叫ぶ。

 

 とにかく、少しでも敵の攻撃を鈍らせ、「コロラド」が反撃する時間を稼ぐ必要があった。

 

 

 

 

 

 敵艦隊から駆逐艦が分離して、こちらに向かってくるとの報告を受けた彰人は、この戦闘が始まってから初めて、険しい表情を造った。

 

「やっぱり、そう来るよね」

 

 予測していた事だった。

 

 不利になれば、敵は駆逐艦を使って、こっちの足を止めようとしてくるはず。

 

 いかに「姫神」でも、「コロラド」と交戦しながら、複数の駆逐艦を同時に相手どるのは難しい。

 

 駆逐艦程度だけなら「姫神」の敵ではない。遠距離からアウトレンジで砲撃を仕掛ければ撃退する事は可能だし、あるいは今ならまだ、速力に物を言わせて振り切る事も不可能ではない。

 

 だが、

 

「そろそろだと、思うんだけどな・・・・・・・・・・・・」

 

 彰人は腕の時計に目をやりながら呟く。

 

 こうなる事を見越して打っておいた布石が、そろそろ発動するはずなのだが。

 

 ちょうどその時だった。

 

「前方に、新たなる艦影あり!!」

 

 見張り員からの報告を受け、彰人は安堵するように笑みを見せた。

 

「どうやら、間に合ってくれたみたいだね」

 

 

 

 

 

 戦場に到着して状況を把握すると、青年はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「成程。流石は先輩。これだけの敵相手に持ち堪えているとはね」

 

 巡洋戦艦「黒姫」艦長。成瀬京介(なるせ きょうすけ)中佐は、そう言って笑みを浮かべる。

 

 彰人は敵艦隊に捕捉された時点で、単独での勝利は不可能と判断していた。

 

 そこで、「姫神」の高速を利用して「黒姫」との合流ポイントまで敵艦隊を誘導し、挟撃を掛ける作戦を即興で思いつき実行したのである。

 

 その作戦は功を奏しつつあった。

 

 「黒姫」は正に、「姫神」が包囲されようとしているベストのタイミングで、戦場へ到着したのだ。

 

 京介は兵学校において、彰人の1期後輩に当たる。

 

 線が細い印象のある彰人とは違い、こちらはどこか陸上選手のように引き締まった細さがある。

 

 どこか学者的な彰人と、体育会系の京介ではイメージがだいぶ違うようにも見えるが、それでいて兵学校のころから、学年を越えて馬が合う仲だった。

 

 その二人が、同じ第11戦隊の巡戦の艦長を務めるに至り、息の合ったコンビプレイを見せていた。

 

 既に見張り員からの報告で、敵艦隊から分離した駆逐艦が「姫神」に向かって来ているのは掴んでいる。雷撃で足を止めてから、戦艦の砲撃で「姫神」にトドメを刺そうと言うつもりなのだろう。

 

 だが、自分たちが来た以上は、そんな事はさせない。

 

「やるぞ、黒姫」

「うん、いつでも良いよ、艦長」

 

 威勢の良い京介の言葉に、黒姫は微笑みながら頷きを返す。

 

 既に「黒姫」の主砲は旋回と俯仰を終え、真っ向から迫る駆逐艦を睨んでいた。

 

「よし、目標、接近中の敵駆逐艦ッ 撃ち方始め!!」

 

 京介の号令と共に、主砲を放つ「黒姫」。

 

 放たれた砲弾は、数度の空振りを繰り返したのち、直撃弾を出した。

 

 戦艦としては小振りな30センチ砲も、駆逐艦からすればとてつもない巨砲である。それが10秒に1発放たれるのだ。

 

 たちまち、駆逐艦隊は混乱状態に陥る。

 

 その間にも「黒姫」は砲撃を続け、更に2隻の駆逐艦を撃沈したところで、敵の指揮官は敵わないと判断したのだろう。残る5隻の駆逐艦は、「黒姫」から遠ざかるように進路を変更した。

 

 

 

 

 

 「黒姫」が駆逐艦隊相手に交戦を行っている頃、

 

 「姫神」は尚も、「コロラド」に対して射弾を浴びせ続けていた。

 

 対する「コロラド」は最早、反撃の砲火を放つ事すらできずにいた。

 

 ついに敵艦を射界に収める事ができなかった後部砲塔は勿論、前部砲塔も既に沈黙している。

 

 第1砲塔は、直撃を浴びて右側の砲身が吹き飛ばされている。第2砲塔の方は健在だが、こちらも最早、沈黙していた。

 

 特徴的な籠型艦橋は、前部も後部も吹き飛ばされ、中途から消失している。

 

 喫水線付近に喰らった30センチ砲弾により浸水が引き起こされ、艦自体が前方に向かって傾斜している。

 

 機関にダメージは負っていないので、未だに航行自体は可能だが、もはや「コロラド」が戦闘力を喪失したのは火を見るよりも明らかだった。

 

 戦艦であるから簡単に沈む事は無いだろうが、その姿は真珠湾で着底した5隻以上にスクラップに等しかった。

 

「馬鹿な・・・・・・この私が・・・・・・ビッグ7の私が・・・・・・こんな所で・・・・・・」

 

 悔しさと絶望がまじりあった声で、コロラドは呆然と呟く。

 

 既に艦長以下、艦の首脳陣は全員が戦死している。

 

 通信アンテナも破壊されている為、外部からの情報が入って来る事も無い。その為、コロラドは既に、駆逐艦による攻撃が失敗に終わった事も判らなかった。

 

 コロラドの眦が上がり、怒りに満ちた視線を水平線の先へと向ける。

 

 敵艦のシルエットが、水面に浮かび上がる様を見詰める。

 

 いかにも華奢なシルエットだ。ビッグ7クラスの大戦艦とは似ても似つかない。しかし、いかにも俊敏そうな、すっきりとした艤装が、ひどく印象的である。

 

「お前が・・・・・・・・・・・・姫神か・・・・・・・・・・・・」

 

 声を絞り出すコロラド。

 

 自分が負けた相手。

 

 憎むべき、ジャップの巡洋戦艦。

 

「お前がッ!!」

 

 最後の力を振り絞るコロラド。

 

 残った第2砲塔を旋回させ、照準を付ける。

 

 既に艦橋トップの射撃指揮所を消失し、照準は砲塔に備え付けられた測距儀を使うしかない。

 

 砲塔の測距儀は位置が低いため命中率が落ちるが、それでも構わなかった。

 

「喰らえェ!!」

 

 放たれる砲撃。

 

 砲弾が唸りを上げて飛翔する。

 

 だが、

 

 放った2発の砲弾は、「姫神」から離れた見当違いの場所へと落下し、空しく水柱を立てるだけに終わった。

 

 既に傾斜によって、正確な照準が望めなくなっていたのだ。

 

 自身の最後の砲撃が失敗に終わった事を悟り、

 

 コロラドはガックリとうなだれた。

 

「・・・・・・・・・・・・すまない」

 

 小さく呟くコロラド。

 

 その脳裏の浮かぶのは、メリーランドとウェストバージニア。2人の妹たちの姿。

 

「お前達の仇・・・・・・取ってやれなかった・・・・・・」

 

 無念を噛みしめ、床に倒れる。

 

「いつか・・・・・・お前達が・・・・・・・私の、仇を・・・・・・・・・・・・」

 

 薄れゆく意識。

 

 ゆっくりと目を閉じると、もはや何も聞こえる事は無くなった。

 

 

 

 

 

第5話「彼の手の温もりは」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと近づいてくる母港の風景を眺めると、思わずホッとため息が漏れた。

 

 第11戦隊が母港である呉に帰り付いたのは、南方作戦がいよいよ佳境に入りつつある2月初めの事だった。

 

 北太平洋海戦と呼ばれる戦いの後も複数回の補給を行って通商破壊戦を繰り返した第11戦隊は、更に10数隻もの輸送船やタンカーを拿捕、撃沈し、アメリカ軍の反抗を大いに遅らせる事に成功していた。

 

 交戦した戦艦は、後にアメリカ海軍が誇るビッグ7の内の1隻、「コロラド」である事が、暗号解析によって判明した。

 

 その「コロラド」も海戦の後、どうにか真珠湾へ寄港しようと努力を重ねたが、結局、航行不能に陥り、最後は味方駆逐艦の魚雷によって雷撃処分される道を選んだ。

 

 「コロラド」は機関こそ無事だったが、艦首部分から増大した浸水が大きすぎ、また艦長以下の首脳陣が戦死した事で応急修理を指揮すべき人間がいなかった為に被害が拡大。ついには復旧不能となったのだ。

 

 妹たちの仇を討とうと意気込んで勇躍出撃した彼女は、その憎むべき敵に一矢すら報いる事叶わず北太平洋の藻屑と消えた。

 

 「コロラド」沈没の報告を受けた彰人は、暫く悄然として、幕僚や姫神が声を掛けても、返事を返そうとはしなかった。

 

 いつか、自分も「コロラド」や、その艦長と同じ運命をたどる事になるのではないか。

 

 漠然とだが、そう思わずには入れらなかった。

 

 とは言え、

 

 戦艦、空母、重巡各1隻、駆逐艦5隻、輸送船31隻撃沈。

 

 正しく、大戦果と呼んで差支えないだろう。

 

 特に空母。

 

 真珠湾で討ち漏らした「レキシントン」を撃沈できた事は大きい。

 

 アメリカ海軍が太平洋艦隊に配属している空母は3隻。残りは「エンタープライズ」「サラトガ」の2隻のみ。

 

 勿論、大西洋にはまだ大小合わせて4隻の空母が存在している。それらが太平洋に移動してくる可能性は大いにあるが、一時的に太平洋における米軍の機動戦力を低下させた事は大きかった。

 

「君のおかげだよ」

 

 そう言って、彰人は傍らに立つ姫神の頭に手を置き、そっと撫でる。

 

 サラサラの髪の感触が掌に伝わり、心地よく流れていくのが判った。

 

 と、

 

「提督・・・・・・」

 

 不意に、姫神は彰人を見上げながら、声を掛けて来た。

 

「それ、癖ですか?」

「え?」

 

 言われて、彰人は自分の掌を見詰める。

 

 そう言えば、いつの間にか、姫神の頭を撫でるのが癖になっていたような気がする。

 

 小柄な姫神の頭は、隣にいるとちょうどいい高さに位置している為、ついつい手を伸ばして撫でてしまいたくなるのだ。

 

「ごめんごめん。気を付けるよ」

 

 そう言って、手を引っ込める彰人。

 

 確かに、艦娘とは言え、相手は人間と変わらない少女だ。むやみやたらと男に体を触られるのは良い気分ではないだろう。

 

 少し、無神経すぎたかと反省する彰人。

 

 しかし、

 

「別に、いいです」

「え?」

 

 姫神が素っ気なく発した言葉に、振り返る彰人。

 

「別に、嫌いじゃないですから」

 

 対して、姫神は振り返る事無く、前を向いたまま言葉を繰り返す。

 

 その姿を見て、彰人は力無く笑う。

 

 もしかしたら、いつかは「姫神」も沈むかもしれない。

 

 自分もいつか、戦死するかもしれない。

 

 しかし、

 

 仮にいつか、その時が来るのだとしても、

 

 この小さな巡洋戦艦の少女と一緒にいる限り、恐れる物は何も無い。

 

 彰人は、確信するように思う。

 

 だから今は、生きて帰って来れた事を喜ぼう。

 

 そう考えて、姫神と共に前方へ視線を向ける。

 

 その視界の先で、ゆっくりと近付いて来る埠頭の様子が見て取れた。

 

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