蒼海のRequiem   作:ファルクラム

60 / 116
第59話「マーシャル沖追撃戦」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇夜を、ゆっくりと進む艦隊。

 

 その姿は既に、この戦争の中にあって見慣れた光景になりつつあった。

 

 マストに掲げた日章旗を誇らしく風に靡かせ、威風堂々と進む様は、正に戦う武人の頼もしさを連想させられる。

 

「艦隊速力10ノットに制定。目標、左舷前方。対地砲撃戦用意!!」

 

 彰人の声が、「姫神」の艦橋に響き渡る。

 

 既に、後続する「黒姫」「摩耶」も、主砲を振り翳し、砲撃体勢を整えている筈だった。

 

 闇夜に浮かび上がる、ほんのわずかに見える島のシルエット。

 

 その小さな島目がけて、主力艦3隻の主砲が向けられていた。

 

 やがて、

 

 だしぬけに出現した光がまばゆく輝き、島の様子を照らし出す。

 

 先に発艦しておいた水偵が、目標上空で吊光弾を投下したのだ。

 

 照らし出される光の中で、小さいながらも存在する飛行場や、港湾施設。そして、そこに停泊している艦船が見える。

 

 これで、目標の視認がしっかりとできた。

 

 その姿を見た瞬間、

 

「撃ち方始め!!」

 

 彰人の号令が鋭く響いた。

 

 同時に、主砲を撃ち放つ「姫神」。

 

 更に続いて、「黒姫」と「摩耶」も主砲を放つ。

 

 たちまち、小さな島は爆炎と衝撃によって染め上げられていった。

 

 砲撃によって施設は吹き飛び、主砲の直撃を受けた艦船が炎上しながら沈んで行くのが見えた。

 

 もともと、あの島には大した戦力が置かれていないのは事前の情報で調査済みである。

 

 そこにきて、巡洋戦艦を含む強力な艦隊の襲撃を受けたのだ。ひとたまりも無かった事だろう。

 

「観測機より入電!!」

 

 通信長が叫びを発する。どうやら情報収集と弾着観測の為に予め放っておいた水偵が、何か知らせて来たらしい。

 

「環礁内北側に大規模な船舶の停泊を確認。規模から判断して輸送船の模様。数、10隻以上との事!!」

 

 報告を聞いて、彰人は思わず指を鳴らしたくなった。

 

 停泊中の輸送船。それも10隻近い数を一時に撃沈できれば、合衆国軍の今後の動きをかなり掣肘できる筈だ。

 

「目標変更。環礁内停泊中の敵船舶。『黒姫』『摩耶』にも目標変更指示を!!」

 

 主力3隻の主砲が旋回し、環礁内に身を寄せるようにして停泊している艦船へと向けられる。

 

 今回の戦闘には、マーシャルで撤退を待つ味方守備隊の命運がかかっている。手加減している余裕は、彰人にも無かった。

 

「撃ち方始め!!」

 

 彰人の号令と共に、主砲を撃ち放つ「姫神」。

 

 それに続いて「黒姫」「摩耶」も砲火を解き放つ。

 

 錨を下ろして停泊し、身動きすらできずに爆砕していく輸送船団。

 

 彼等は逃げる事もできず、放たれる巨弾によって沈んで行く運命にあった。

 

 炎の中へと沈んで行く小島。

 

 その様子を眺めながら、彰人は作戦前に「武蔵」で行った作戦説明について考えていた。

 

 

 

 

 

「パルミラ、か」

 

 古河が感心したように顎に指を置き、しきりにうなずいている。

 

 パルミラ環礁。

 

 そこはハワイの南方にある小さな環礁で、僅かな港湾施設があるに過ぎない。

 

 軍事施設として見た場合、取るに足らない、捨て置いても問題無いように思える場所である。

 

 しかしその場所が持つ戦略的価値は、地図上で見たら計り知れない物である事が判る。

 

 位置的にはハワイ・合衆国本土、南太平洋地域を頂点とする三角形のちょうど真ん中に位置し、仮にどのような航路を使うにしても、必ず中継点として使える場所に存在している。

 

 いわば、合衆国軍の隠れた要、と言う訳だ。

 

「僕はここを叩く事によって合衆国軍の補給線に負荷をかけ、敵の進行を鈍らせるべきだと考えています」

 

 通商破壊戦を得意とする彰人だからこそ、出てきた発想であると言える。

 

 着目したのは、ギルバート諸島や第2艦隊を叩いた敵の機動部隊が、攻撃終了後、南に下がった、と言う点だった。

 

 つまり、敵の主力艦隊は現在、南太平洋の拠点のどこかにいる可能性が高い。

 

 ならば、パルミラを攻撃して南方との補給を困難にしてやれば、必然的に敵の動きを鈍らせる事も不可能ではない、と言う訳だ。

 

 勿論、パルミラを叩いたからと言って、合衆国軍の補給線を断ち切れるわけではない。本気で補給線切断を図るなら、パルミラを含む複数の拠点を占領した上で、潜水艦部隊や航空部隊を進出させ、より本格的な通商破壊戦を行う必要がある。

 

 しかし、今回それはできない。パルミラは絶海の孤島であり、帝国本土からは愚か、最寄拠点であるマーシャル諸島からも距離がありすぎる。補給は困難だし、下手に占領すれば、こちらの補給線を切られかねなかった。

 

 故に彰人の考えは、今後しばらく、パルミラを軍事拠点として使用できないよう、徹底的に叩き潰す事だった。

 

 ハワイや合衆国本土からの長距離輸送となると、どうしても時間や燃料は掛かる、大規模な空母機動部隊が活動可能になる程度の物資を送るとなると尚更だ。

 

 彰人はそうして稼いだ時間の内に、マーシャルの守備隊を撤収させようと考えたのだった。

 

「万が一、それでも敵が出て来た時に備えて、小沢提督の艦隊には、上空直掩をお願いします」

「承知した」

 

 彰人の言葉に、小沢は頷く。

 

 既にい号作戦から5カ月近く経過している。

 

 小沢が会議の場で示した「戦闘機中心体制」が実行され、連航艦の搭載機は殆どが戦闘機に切り替わっていた。

 

 同時に、訓練も戦闘機中心で行われており、艦攻や艦爆が多数搭載され、対艦訓練が行われていた頃に比べると、集中的に行えるようになっている。その為、小沢自身の予想をも上回る勢いで、搭乗員たちの技量は向上していた。

 

 

 

 

 

 こうして、マーシャル諸島守備隊撤収を目的とした、「ろ号作戦」が開始された。

 

 参加艦艇は、連合艦隊司令長官直卒の第1艦隊を中心として、そこへ第7艦隊、連合航空艦隊が、更に、第2艦隊の中で戦力を保持している艦が臨時編成で加わる。

 

 以下が、その編成となる。

 

 

 

 

 

○第1艦隊(主隊)

第1戦隊「武蔵」(旗艦)「大和」「長門」

第5戦隊「羽黒」「鳥海」「青葉」

第3水雷戦隊「川内」 駆逐艦8隻

 

○第7艦隊(遊撃隊)

第11戦隊「姫神」(旗艦)「黒姫」「摩耶」

第4航空戦隊「瑞鳳」 駆逐艦2隻

第13戦隊「阿賀野」 駆逐艦5隻

 

○第1航空艦隊(航空支援隊)

第1航空戦隊「翔鶴」(旗艦)「瑞鶴」

第12戦隊「比叡」

第8戦隊「利根」

第10戦隊「長良」 駆逐艦6隻

 

 

 

 

 

 

 当初は、第1艦隊が出撃する事について、難色を示す声がGF司令部内でも多かった。

 

「撤退戦のような地味な任務に、連合艦隊の司令長官や、帝国海軍最大の戦艦を投入するのは鼎の軽重を問われかねない」

「出撃は第7艦隊のみに限定した方が得策ではないか」

 

 などと言った声が多数寄せられた。

 

 しかし、それらの意見について、古河自身が反論した。

 

「この作戦は、今後の帝国の命運を占う大きな作戦である。そこに戦力の出し惜しみをするべきではないし、GF長官である私自身が自ら艦隊を率いて出撃する事で、今後、協力する機会が増えるであろう陸軍からも大きな信頼を勝ち取る事ができる」

 

 と言い放ち、反対意見を封じ込めた。

 

 長く内地にあって、実戦経験が殆ど無かった古河だが、少なくとも臆病さとは無縁である事だけはアピールできたわけである。

 

 同時に、空母の派遣に関しても、難色を示す声が多数上げられた。

 

 決戦兵力である連航艦を出して、また消耗する事を危惧する者が多かったのだ。

 

 しかし、この件に関しては「こちらからは攻撃を仕掛けず、敵が来ても防空戦闘に徹する」「2式艦偵、及び対潜用の艦攻以外は、戦闘機のみを積んで出撃する」と言う条件で出撃が了承された。

 

 小沢としては自らが機動部隊を指揮して出撃する事を希望したが、そこは古河に押しとどめられた。ラバウル方面の戦況も予断が許されない以上、万が一の時、小沢にはそちらに行ってもらう必要があるからだ。そこで、比較的攻撃力の高い1航艦のみに出撃が命じられ、残りは小沢の指揮の下、トラックにて待機する事となった。

 

 遊撃任務につく第7艦隊も戦力が増強され、今回は軽空母の「瑞鳳」と、重巡洋艦の「摩耶」、そして新鋭の秋月型駆逐艦である「初月」「涼月」が同行する事になった。

 

 「摩耶」については火力の増強が期待され、「瑞鳳」は戦闘機による上空掩護。秋月型2隻は「瑞鳳」の護衛である。

 

 彰人としては、これらの艦が作戦に大きく役に立ってくれる事を期待していた。

 

 こうして、古河新体制による連合艦隊は、初となる大作戦に打って出たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合衆国海軍太平洋艦隊司令長官レスター・ニミッツ大将は、苦虫を潰したような表情を見せていた。

 

 その手にある報告書は、つい先程あげられてきたばかりの物。

 

 その中身は、戦艦を含む敵艦隊の艦砲射撃により、パルミラ基地が壊滅的な損害を受けた、と言う事だった。

 

 パルミラは、それほど重要視されていた拠点ではない。せいぜい、南方戦線との補給を繋ぐ中継点としての役割しかなかった。

 

 また、帝国軍の持つ拠点とも離れた場所にある。それ故に、見逃されていた感があったのも事実である。

 

「まさか、パルミラに来るとはな」

「ええ、完全に虚を突かれましたよ」

 

 ニミッツの言葉に、参謀長が同意するように頷きを返した。

 

 もっとも参謀長の人物は、これまでと変わっていた。

 

 ミッドウェー以後、ニミッツの片腕として彼をを的確に補佐し、共に戦ってきたレイナード・スプルーアンスは、秋ごろから前線復帰を果たし、今は艦隊を率いて南太平洋へ赴いている。

 

 再建が進み、かつての勢いを取り戻しつつある太平洋艦隊主力を任せる上で、スプルーアンスのような冷静沈着で合理的な判断ができる前線指揮官が必要だと感じての措置だった。

 

 しかし、兵力を充実させても補給が続かなければ、完全に宝の持ち腐れである。

 

 このままでは南方に送った部隊が、干上がってしまいかねない。

 

 勿論、補給線が完全に寸断されたわけではない。パルミラが使えなくなった分、ハワイや本土から長距離輸送航路を使用した補給は継続されている。

 

 しかし、長距離輸送は時間がかかる為、どうしても間延びしがちである。大艦隊を行動可能にするだけの物資を送るには、どうしても時間がかかるのだった。

 

 そこら辺は、彰人の狙い通りに事が運んでいる。

 

「パルミラの他にも、付近航行中だった輸送船5隻が犠牲になっています」

「敵が通商破壊戦を仕掛けてきているのは明らかです」

 

 幕僚達の言葉に、ニミッツは慨嘆する。

 

 パルミラ陥落の影響は、かなり深刻と言わざるを得ない。

 

 重要な拠点でありながら、規模の小ささゆえに大規模な兵力展開ができなかった事が、完全にあだとなってしまった。

 

 パルミラは正しく、合衆国軍にとってのアキレス腱だった。それを断ち切られた形である。

 

「更に。マーシャル諸島でも、戦艦、空母を含む大規模な艦隊が活動しているのが確認されています」

 

 そう言って差し出された写真に、ニミッツは目を通す。

 

 ギルバート諸島から発進した偵察機によって撮影された写真には、航跡を退いて航行する複数の艦艇が映っている。

 

 その中の1隻、戦艦と思われる艦は特に大きい。恐らく例のヤマトタイプだろう。

 

「連中の狙いは判っている。恐らく、マーシャルの守備隊を撤収させるつもりなのだ」

 

 ニミッツは持ち前の鋭い洞察力で帝国軍の目的を看破して見せる。

 

 第3次ソロモン海戦移行、帝国軍の戦略が、それまでの攻勢主体から、撤退戦に移行している事は太平洋艦隊司令部でも掴んでいる。

 

 既にソロモン諸島の守備隊は引き揚げ、南洋における帝国軍最大の拠点だったラバウルからも引き上げが始まっていると言う。

 

 北方のキスカ島では帝国軍の撤退に気付かないまま、合衆国軍は大規模な上陸作戦を敢行し、同士討ちで死傷者まで出す醜態を演じていた。

 

 そのような状況である為、帝国軍の狙いがマーシャルの撤退である事は簡単に察する事ができる。

 

 しかし現状、手足が頭脳に追随していなかった。

 

 現在、ニミッツの手元にはハワイ基地航空隊の他には、護衛空母や護衛駆逐艦を中心とした、海上護衛専門の部隊しかない。

 

 主力艦隊は全て南太平洋方面か、あるいは本国からの回航途中である。

 

 現状、ニミッツが積極的に使用できる機動戦力は、ハワイにはいなかった。

 

「長官、こうしてはどうでしょう?」

 

 参謀の1人が挙手をした。

 

「ギルバート諸島に進出した航空隊には、既に対艦攻撃の専門部隊も含まれています。その部隊に攻撃命令を出されては?」

 

 参謀長の言葉を聞き、ニミッツは考える。

 

 確かに、敵がマーシャル救援に来る事を見越し、ギルバート諸島には既にある程度の規模の航空隊が展開を終えている。その中には、ソロモン諸島で猛威を振るった部隊もあった。

 

「基地航空隊で足止めをし、その間に艦隊が追いつく事ができれば、そこでトドメを差す、と言うのはどうでしょう?」

 

 彼等に攻撃を命じ、少しでも損害を与える事ができれば、今後の作戦行動も円滑にいくだろう。

 

 現状の兵力展開を考えれば、取りうる手段はそれ以外に無いように思えた。

 

「よし。ギルバート諸島の航空部隊に命令を出したまえ。稼働全部隊でもって、帝国艦隊に攻撃を仕掛けよ、と」

 

 ニミッツの命令を受けて、合衆国軍は撤退する帝国軍追撃の為に動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝

 

 パルミラ艦砲射撃を終えた彰人は、艦隊進路を270度に取り帰投を目指していた。

 

 この後、マーシャル諸島にて待機している補給部隊と合流してから、補給を受けつつトラックまで戻る事になる。

 

 予定では既に、マーシャル諸島の各守備隊は撤収を完了し、第1艦隊と連航艦の護衛を受けてトラックに向けて退避している事になっている。

 

 第7艦隊がマーシャルに着くころには、もうそこは無人になっている筈だった。

 

 腕を伸ばし、大きく身体をほぐす。

 

 艦橋トップの防空指揮所に立つ彰人の目には、昇る朝日を受けて輝く海面が眩しく光っている。

 

「さて、このまま、何事も無く見逃してくれるとうれしいんだけど・・・・・・」

 

 ひとり言のように呟いた時、背後から控えめな足音が聞こえてきた。

 

 微笑む彰人。

 

 その足音を聞いただけで、誰が来たのかは理解できた。

 

「おはようございます、彰人。良く眠れましたか?」

 

 案の定な人物が、淡々とした調子で声を掛けてくる。

 

「おはよう姫神。おかげさまで静かだったから、良く眠れたよ」

 

 姫神は長く垂らした髪を揺らしながら、トコトコと歩いて来る。

 

 表情も声音もいつも通りの姿。

 

 しかし、晴れて恋人同士となった今、そうしたいつも通りの仕草も愛おしく感じる。

 

 実際のところ、彰人が寝たのはせいぜい1時間程度であり、あとはずっと艦橋に詰めていたのだが。

 

 提督兼艦長と言う立場上、やる事は色々と多い彰人。一応、日常業務に関しては副長や艦隊幕僚らと分担しているのでそれ程苦にはならないのだが、やはり戦闘航海中は充分に警戒しておく必要がある。いつ何時、敵が現れるか判らないからだ。

 

 仮眠を取れるだけ、ありがたいと思っていた。

 

 幸いな事に、パルミラ襲撃から離脱する昨夜までの間は、特に敵が現れる兆候は無かったのだが。

 

 あと1日。

 

 それだけの時間が過ぎれば、恐らく敵の哨戒圏を抜けられると、彰人は考えていた。

 

 姫神は彰人の横に立つ。

 

「姫神は大丈夫? 疲れたりとかは、していない?」

「ん、大丈夫です」

 

 短く答える姫神。

 

 そっと、身体を寄り添わせて来る。

 

 その姫神の頭を、優しく撫でてやる彰人。

 

 付き合い始めてから出撃まで、殆ど時間が無かったせいもあり、あまり恋人らしい事をできていない2人。

 

 しかしだからこそ、こうして2人だけの時間を大切にしたいと言う想いだった。

 

 そんな彰人に、姫神もまた身を預けてくるのだった。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

「姫神?」

 

 僅かに、身じろぎするように、身体を動かす姫神。

 

 その表情は引き締まり、何かを警戒するように目が細められているのが判る。

 

 その時、

 

「電測室より艦長!!」

 

 伝声管を通じて報告が上げられる。

 

「対空電探に感有りッ 方位200。数、30以上。中高度を急速接近中!!」

 

 その報告に、彰人も緊張を走らせる。

 

「何事も無ければ、なんてのは流石に虫が良すぎたか・・・・・・」

 

 敵はパルミラを襲った第7艦隊を、意地でも逃がしたくないらしい。

 

 ならば、受けて立たねば生きては帰らないだろう。

 

「全艦、対空戦闘用意!!」

 

 彰人は、帽子を目深にかぶり直しながら命令を下す。

 

「主砲、斉射準備、弾種3式改!!」

「『瑞鳳』に打電、直ちに直掩隊を発艦されたし!!」

 

 彰人は指示を次々と飛ばし、戦闘準備を整えて行く。

 

 「姫神」の前部甲板に備えられた、2基の主砲塔が旋回し、同時に副砲、高角砲、機銃が上を向く。

 

 「黒姫」や「摩耶」、そして「阿賀野」以下の艦についても、同様だった。

 

 急速に、戦闘準備を整えて行く第7艦隊。

 

 やがて、

 

 視界の彼方の蒼穹に、ポツポツと黒い点が浮かび始める。

 

「間違いない。敵機だ」

 

 双眼鏡を覗き込みながら、彰人が呟く。

 

 水平の主翼に4つのエンジン。水平尾翼の先端にそれぞれ垂直の尾翼が取り付けられている特徴的な機体。

 

 コンソリーデーテッドB24リベレイター。

 

 合衆国が陸海軍双方で採用している、主力重爆撃機であり、帝国軍がソロモンを実効支配していた頃に猛威を振るった機体だ。

 

 更にその後方からは、双発の機体も接近してくるのが見える。こちらはボーイングB25ミッチェルのようだ。

 

 見る見るうちに、敵機が接近してくるのが見える。

 

 対して、

 

 彰人も不敵な眼差しで空を睨む。

 

 既にこれあるを見越していた彰人は、軽空母の「瑞鳳」に秋月型2隻を付けて北方に配置している。万が一、敵の襲撃を受けた際に、防御力の弱い「瑞鳳」を敵の目から眩ませる措置だった。

 

 その「瑞鳳」では今、直掩の戦闘機隊が発艦を始めている筈である。

 

 「瑞鳳」の戦闘機隊が駆け付けるまでの間、戦線を保たせる必要があった。

 

「敵機、射程内に入ります!!」

 

 報告を受けて、彰人は顔を上げる。

 

「やるよ、姫神」

「はい、彰人」

 

 頷き合う、彰人と姫神。

 

 「姫神」改装後、初の本格戦闘となる。

 

 彰人は、迫りくる敵機の群れを、真っ向から睨みつけた。

 

「主砲、撃ち方始め!!」

 

 次の瞬間、

 

 「姫神」の前部甲板で、壮絶な閃光が迸った。

 

 

 

 

 

 南太平洋海戦で「黒姫」が、第3次ソロモン海戦で「姫神」がそれぞれ大破した姫神型巡洋戦艦は、その後、長らくドック入りを余儀なくされてきた。

 

 それは修理に合わせて改装を施す為の措置であったのだが、その改装の内容について、これまで秘匿事項とされてきた。

 

 それまでの艦の性格を一変させ、新たに登場するであろう様々な敵に対抗する為に行われた改装の結果、姫神型巡洋戦艦は、まるで別の艦と見紛う程に、装いが一新されていた。

 

 舷側に所狭しと並べられた対空砲は、人が歩くのにも困難なほどに備え付けられている。もはやハリネズミと言う言葉すら生ぬるいと思える程だった。

 

 中には、これまでに無い、用途不明の新装備まである程である。

 

 更に電子兵装も徹底的に強化され、最新鋭の電探群がマストを覆い尽くしている。それらはたんに見張り用だけではなく、射撃管制もできるよう、各砲座と電路が繋がれている。

 

 そして、

 

 何と言っても目を引くのが、前部に備えられた2基の主砲である。

 

 改装前の姫神型巡洋戦艦は、50口径30センチ砲を4連装2基8門装備し、戦艦としては聊か打撃力不足が指摘されてきた。

 

 だが今、その主砲は3連装2基6門に変更されている。

 

 一見すると、主砲の門数が減って弱体化した感が無くはない。

 

 だが元々、姫神型は防御力を重視し攻撃力を抑え目にした設計であった為、比較的、艦の浮力に余裕があった。

 

 今回の改装により、その余裕の限界ぎりぎりまで主砲の威力を高めてある。

 

 新生された姫神型巡洋戦艦の主砲。

 

 その口径は、50口径40センチ砲、3連装2基6門。

 

 口径は10センチ大きくなっただけだが、主砲弾の重量は倍以上となり、単純な主砲威力においては3倍近い強化が成されている。

 

 改装前の主砲威力を、大きく上回る砲撃が、一斉に放たれた。

 

 炸裂する3式弾。

 

 その一撃が、敵機の群れを一気に薙ぎ払う。

 

 その砲弾も、ただの3式弾ではない。

 

 今回、横須賀を出港するに当たり、「姫神」と「黒姫」は、新開発された砲弾を試験的に搭載して来た。

 

 3式弾についても同様である。

 

 従来の3式弾では、炸裂時に焼夷弾子をばら撒き、空中を炎で埋め尽くす形になっていた。しかしそれでは威力がすぐに空気中に拡散してしまっていた。

 

 姫神型は連続斉射でその弱点を補い得ていたが、他の艦ではよほど目標の近くで炸裂させないと、効果的な戦果は得られなかったのだ。

 

 そこで、3式弾の改良が実施された。

 

 3式弾改2型と呼ばれるこの砲弾には、従来のような焼夷弾子ではなく、内部には小型の鉄製球体が1000発以上詰め込まれている。

 

 球状の物体は、最も空気抵抗を受けにくいため、炸裂半径が従来の3式弾の倍近くにまで上昇、破壊力も増加している。

 

 現代風に言えば、ボールベアリング弾を詰めた超特大のクレイモア地雷を砲弾にして撃ち出しているような物である。勿論、威力においては次元が違うが。

 

 このボールベアリング弾が機体の装甲を引き裂き、内部機構ををずたずたに噛み裂くのだ。

 

 よしんば機体が辛うじて大破を免れたとしても、パイロットの方はそうはいかない。

 

 殺到してきた鉄球に身体をボロボロにされ、絶命するパイロットが相次ぐ。

 

 「姫神」と「黒姫」が放った、合計12発の40センチ3式弾。

 

 その一斉射で、米編隊の実に3割近くが一気に薙ぎ払われた。

 

「手を緩めるなッ 続けて撃て!!」

 

 装填完了と同時に、再び主砲を放つ「姫神」と「黒姫」。

 

 改装に合わせて新型の装填装置を積んでいる為、従来並みの装填速度は維持できている。

 

 炸裂する砲弾が、再びB24編隊の中央付近で炸裂。今にも退避しようとしていた10機以上の機体を噛み砕いてしまった。

 

 こうして、来襲したB24の実に半分近くが、射点に辿りつく間もなく撃墜される事となった。

 

 それでも、生き残ったB24は、健気にも艦隊の上空に達し、爆弾を投下するべく爆撃コースへの侵入を図る。

 

 しかし、

 

 今にも爆弾倉を開こうとした瞬間、

 

 突如、先頭のB24が火球となって爆散する。

 

 驚く間もなく、更に2機のB24が吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

「よっし、命中ッ 次行こうか!!」

 

 炎を上げて落下していくB24を眺めやりながら、黒姫が歓声を上げる。

 

 彼女がたった今上げた戦果は、対空砲火によるものだが、その威力と精度も従来の物とは比べ物にならないくらいに向上していた。

 

 まず、今回の改装において、対空砲の一部は電探と連動して射撃に必要な諸元を得られるようになっている。勿論、この当時の電探の精度を考えれば全幅の信頼を置く、と言う訳にはいかないが、そこは従来の光学照準と組み合わせる事で、これまで以上の命中率が期待できる。

 

 その成果については、たった今、「黒姫」が証明して見せていた。

 

 初の実戦で「黒姫」は電探連動の対空射撃を実施し、見事に敵機を撃墜して見せていた。

 

 電探連動の対空射撃は、まだ主砲、副砲、高角砲にしか採用されてはいないが、ゆくゆくは機銃にも採用できれば、と考えられている。

 

 更に、その機銃も強化が成されている。

 

 「姫神」と「黒姫」はそれぞれ、新開発された40ミリ3連装機関砲を6基ずつ搭載している。

 

 これはマレー半島攻防戦において鹵獲された英軍の大口径機銃をフルコピーしてライセンス生産した物だが、威力は従来の25ミリ機銃の倍近くあり、更に射程は3倍以上の1万メートルにも及ぶ。ほぼ、長10センチ砲と同程度の射程距離を誇っている高性能機銃である。

 

 コストが高くなかなか量産できないのが難点ではあるが、それでも25ミリ機銃に比べて格段に威力の高い機銃には、今後も期待されるところだった。

 

 

 

 

 

 奮戦する姫神型巡戦2隻に負けじと、対空砲火を撃ち上げる艦がある。

 

 「摩耶」である。

 

 今回の戦闘で臨時に第7艦隊の編成に加わった彼女だが、その奮闘ぶりには目を見張る物があった。

 

 その艦橋では、髪をショートカットにした少女が、短いスカートのすそを揺らしながら、急展開する回避運動を繰り返す中で立ち続けていた。

 

「ハッ そんなヘナヘナした弾が、あたしに当たるかよ!!」

 

 摩耶は好戦的な口調で、自身の頭上を飛びぬけていくB24を見据える。

 

 そのB24も、「摩耶」の対空砲火を浴びて炎を上げるのが見えた。

 

 重巡洋艦「摩耶」は、南太平洋海戦で損傷を負った後、修理と改装が施された。

 

 その結果、5基あった連装主砲は、第3砲塔が撤去されて4基8門になったものの、空いたスペースに高角砲が増設され連装6基12門に増やされている。更に機銃も増設されている。

 

 「摩耶」は重巡でありながら、ほぼ戦艦に匹敵する重火力を有する防空巡洋艦に生まれ変わったのだ。

 

 その真価が、ここで発揮された事になる。

 

 先程から「摩耶」は、4機のB24を撃墜し、艦隊の防空に貢献している。

 

 まさに防空巡洋艦の面目躍如である。

 

 尚も性懲りも無く自身へと迫ってくる敵機を見据え、摩耶は不敵に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 こうして、B24の大半が投弾前に撃墜されるに至り、残りの機体も全く命中弾を得られないまま後退する羽目に陥った。

 

 凱歌を上げる第7艦隊。

 

 防空力を強化した艦隊とは、ここまで強力である。と言うのを見せ付けるような戦いぶりだった。

 

 だが、合衆国軍は尚も執拗だった。

 

 上空からの水平爆撃が駄目なら、他の手段がある。

 

 B24の大半が撃墜されている隙に高度を下げたB25が、低空から第7艦隊に接近を図ろうとしていた。

 

 その様子を「姫神」の艦橋から眺めていた彰人が、スッと目を細める。

 

「成程・・・・・・・・・・・・」

 

 その動きには覚えがある。実際に遭遇した事はこれまでなかったが、過去に何隻もの艦艇や輸送船が餌食になっている事は報告書で知っていた。

 

「あれが噂の反跳爆撃(スキップ・ボミング)って奴か。確かに、陸上機なのにあんな低高度で接近されたら、相手の意図が読めずに後手に回るだろうね」

 

 初見だったら、流石の彰人達でも対応できなかったかもしれない。

 

 しかし、ダンピール海峡の悲劇を知って以来、彰人はこの新爆撃方法についても、集められるだけの情報を集めた。

 

 それによると、この戦法は元々、同盟国であるイタリア軍が編み出した物であるらしい。

 

 とかく弱腰が取りだたされ、「役立たず」のイメージが付きまとっているイタリア軍だが、事が個人レベルにまで下がると、なかなかどうして傑物というのはいるらしい。

 

 この反跳爆撃も、そうした傑物と言うべきイタリア軍人が生み出し、地中海で多大な戦果を上げているらしかった。

 

 彰人はこの反跳爆撃を研究し、既にその弱点についても、いくつか見当がついていた。

 

「『暁』『響』に打電ッ 《対応射撃を開始せよ》!!」

 

 

 

 

 

 彰人の命令を受け、「暁」「響」の駆逐艦2隻が前へと出ると、連装3基6門の主砲を右舷に指向させる。

 

 そこへ、低空から迫るB25。

 

 その爆弾層から飛び出した爆弾が、次々と海面を飛び跳ねて向かってくるのが見える。

 

 それは、鉄製のイルカが跳ねながら向かってくるような、異様な光景である。

 

 だが、

 

「喰らいなさい!!」

 

 暁の勇ましい声と共に、主砲が一斉に放たれる。

 

 同時に、後続する「響」も主砲を連続して撃ち放つ。

 

 だが、その砲弾は、敵機を捉える事無く海面を叩く。

 

 立ち上る水柱。

 

 次の瞬間、

 

 順調に海面を跳ねていた爆弾が、吹き上げる水柱に跳ね飛ばされ、あるいは波に叩かれて海面下に没していく。

 

 それも、1発や2発ではない。

 

 放たれた大半の爆弾が、水柱に叩かれ、意味なく没していったのだった。

 

 

 

 

 

「思った通りだね」

 

 彰人は不発に終わった反跳爆撃の様子を見ながら、自分の考えが正しかった事を悟った。

 

 「暁」「響」に続き、「姫神」「黒姫」「摩耶」「阿賀野」も、高角砲の砲身を水平に倒し、海面に砲弾を撃ち込む形で砲撃を行っている。

 

 それによって生み出された瀑布により、爆弾は次々と跳躍力を失っていくのが見える。

 

 元来、反跳爆撃は外海で使うには向かない攻撃法なのだ。

 

 使うとしたら海面の状況を見極め、比較的穏やかな時に使うしかない。

 

 ならば話は簡単。海面を撹拌してやれば、それだけで反跳爆撃は無力化できる。

 

 荒れている海面で使えば、たとえばでこぼこの地面にボールを跳ねさせたように、明後日の方向に飛んでいく事になるのは自明の理である。

 

 魚雷なども海面状況の影響を受けやすいが、反跳爆撃はそれ以上だった。

 

 こうして、全ての爆弾が意味なく海中に没する中、彰人は低い声で指示を下す。

 

「これで最後だ」

 

 離脱しようと、速度を上げるB25部隊。

 

 そんな敵機を見据え、

 

 「姫神」と「黒姫」から、一斉に白煙が吹き荒れる。

 

 同時に、放たれた数十発の砲弾が炎を吹き出しながら、離脱しようとするB25に背後から追いすがる。

 

 たちまち、直撃を浴びて爆砕される機体が相次ぐ。

 

 その様子を見て、彰人は満足そうに頷きつつも、苦笑を禁じ得なかった。

 

「何だか・・・・・・敵が気の毒になって来たよ」

 

 何しろ、今日は帝国海軍の新兵器品評会と言っても過言ではない様相になってきている。

 

 たった今、「姫神」と「黒姫」が放ったのは28連装噴進砲と言い、要するに多弾頭式のロケット砲である。

 

 ロサ弾と呼ばれる口径12センチのロケット砲弾を一斉に撃ち出す事で、強力な攻撃が可能となる。

 

 それは、機銃などと比べても、比較にならない威力を誇っている。

 

 もっとも、弱点も存在している。

 

 まず、発射後は周囲がかなりの高温になる為、砲手は耐熱服の着用が義務となる事。また、高熱が引くまで再装填ができない事もある。

 

 その為、事実上、一度の戦いに1回の使用が限界だとされていた。

 

 やがて、

 

 北の空から、複数の小さな機影が迫ってくるのが見える。

 

 それらは急速に迫ると、尚もしつこく第7艦隊に迫ろうとしている敵機へと取り付いて行く。

 

「どうやら、『瑞鳳』の航空隊が来てくれたみたいだね」

 

 上空を乱舞し、次々と敵機に襲い掛かって行く零戦の雄姿を見ながら、彰人は笑みを浮かべる。

 

 残った敵は、零戦に任せておけば問題はないだろう。

 

 それにしても、

 

 第7艦隊は、50機以上の敵機を向こうに回して一歩も引かず、それどころか多数の敵を撃墜して勝利してしまったのだ。

 

「お疲れ様、姫神」

 

 そう言って、少女の頭を撫でてやる彰人。

 

 それに対し、

 

「はい、彰人」

 

 姫神はそう言って微かに笑うと、彰人に身を委ねるようにして寄り掛かってくるのだった。

 

 

 

 

 

第59話「マーシャル沖追撃戦」      終わり

 




姫神型巡洋戦艦(改装後)

基準排水量3万2000トン
全長240メートル
全幅30メートル
最高速度35ノット

武装
50口径40センチ砲3連装2基6門
60口径15.5センチ砲3連装3基9門(片舷6斉射)
65口径10センチ高角砲連装8基16門
40ミリ機銃3連装6基18丁
25ミリ機銃3連装16基48丁
同連装8基16丁
12センチ28連装噴進砲4基

同型艦「姫神」「黒姫」

備考
南太平洋海戦において「黒姫」が、第3次ソロモン海戦において「姫神」が大破した事を受け、両艦に大規模な改装が施された。急速に進化しつつある航空機に対抗する為、甲板上の空きスペース全てに対空火器が搭載された姿は、ハリネズミと言うより針山と称した方が良い風情となっている。更に電探装備も充実、一部の火器は電探と連動指揮になり、命中率は飛躍的に高まっている。
建造当初より指摘されていた主砲威力の不足についても、新型の長砲身40センチ砲を搭載、これを従来の物よりも改良された新型自動装填装置と組み合わせる事で、毎分6斉射が可能となっている。
これからは防戦主体となるであろう戦いにおいて、強大化しつつある合衆国軍に対抗する為、その一からを存分に発揮する事が期待されている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。