1
死闘は、続いていた。
環礁外から盛んに航空機を飛ばす合衆国海軍に対し、帝国海軍は環礁内に立て籠もって防空戦闘を繰り広げる。
基本的な戦闘の構図は、合衆国軍が攻めて帝国軍が守ると言う形を取っており、戦場は自然、トラック環礁上空に限定された物となっている。
両者、立ち位置は環礁の内と外。
彰人とスプルーアンスは、互いに一歩も引かない構えを見せ、指揮下の航空隊を繰り出しては激しい空中戦を繰り広げていた。
その日は、夕刻までの間に合衆国軍が繰り出した攻撃隊は、実に6波にも及び、中には艦載機だけでは無く、ラバウル方面に進出した陸軍航空隊も加わり、その総数はのべ1000機にも及んだ程である。
その間、帝国海軍の側にも無視できない被害をもたらしていた。
船舶の被害は、初手で潜水艦に撃沈された物を含めても、輸送船4隻が撃沈、2隻損傷に留まっていたが、防空戦の主役を担った航空機は実に82機を喪失、更に損傷大に付き廃棄の止む無きに至った機体も50機を超える。
航空隊の損害は、実に5割にも及んだ事になる。
施設の被害は、夏島と竹島飛行場が損害を受け、使用不能に陥っている。
だが、損害に見合うだけの戦果は挙げられたと言える。
トラック上空に来襲した合衆国軍機を200機近く撃墜したのを確認している。
戦力的に劣る帝国軍にとっては決して無視して良い損害では無いものの、それでも得た物も大きい。更に言えば、艦隊や船団の損害も少ない事を考えると、こと昼間の戦闘に関する限り、帝国海軍の勝利と言って差し支えは無かった。
防御力を強化した要塞陣地で、敵の攻撃を防ぎ止めると言う彰人達の戦略構想は、一応の成功を見た形である。
そして、夜の帳が迫る中、彰人は次の行動を起こした。
空襲を生き残った輸送船を、夜の闇を利用して脱出させようと言うのだ。
夜間なら、潜水艦の監視能力も低下するはず。それに護衛も付ければ、潜水艦の攻撃を退けるのも不可能ではないはずだった。
しかし、
「これで終わりな訳がないね」
夜の帳が降り、闇に閉ざされた海面を「姫神」の艦橋から見やりながら、彰人は呟きを漏らす。
傍らに立つ姫神が静かな瞳で見上げてくる中、彰人の脳裏では敵将が打つであろう次の一手が模索され始めていた。
現在、敵艦隊は潜水艦の襲撃を警戒したのか、一時的にトラック環礁から離れる航路を取っている。
しかし、昼間にあれだけ執拗な攻撃を繰り出してきた敵将が、航空攻撃に失敗した程度で退避するとは思えなかった。
「明日、改めてもう1回攻めて来るか、あるいは・・・・・・・・・・・・」
彰人は言葉を途中で切り、深く考え込む。
その手が、姫神の頭に置かれて優しく撫でてやっているが、本人は自分がそのような行動を取っている事に気が付いていない。どうやら、いつの間にか自然と、姫神の頭に手をやるのが癖になってしまっているようだった。
それはともかく、
いずれにせよ、まだ危機は去っていない。予断が許される状況ではなかった。
と、
軍服の袖がクイクイっと引かれる。
「彰人、私はお腹がすきました」
そんな姫神の呑気な言葉に、彰人は一瞬キョトンとすると、次いで、ある事を思い出して自嘲気味に笑った。。
確かに今日は、途中の戦闘配食以外はろくに口にしていない。彰人も、今更ながら自分が空腹である事を思い出していた。
「そうだね、食堂に行こうか。まだ何か残っているかもしれないし」
「はい」
頷く姫神を伴い、彰人は最低限の指示だけを出すと、そのまま艦橋を後にした。
果たして、
彰人の不安は、杞憂ではなかった。
合衆国海軍トラック諸島攻撃艦隊を指揮するレイナード・スプルーアンスは、最後の攻撃が終了した時点で艦隊を一時退避させたものの、これで終わりにする心算は毛頭無かった。
むしろ、本番はここからだった。
「さて、これで大体のデータは揃ったな」
スプルーアンスの言葉に、居並ぶ皆が謹厳な表情を見せている。
誰もが、自分達の勝利を確信している表情だった。
そんな中、ニュージャージーもまた、面白そうに笑みを浮かべている。
「あんたも、けっこうえげつない考え方するわよね、レイ」
その声音には、自身の司令官に対する信頼が含まれている。
南太平洋の戦場で全艦が撃沈されたサウスダコタ級戦艦の後続艦として誕生したアイオワ級戦艦。
そのアイオワ級戦艦は既に4番艦までが艦隊に編入され、残り2隻も本国で完熟訓練中である。
そのアイオワ級の中で、ニュージャージーは特に激情を秘めた性格をしており、一日でも早く自分が戦場に立ち、憎むべき帝国海軍と砲火を交える瞬間を待ち望んでいた。
その機会がようやく訪れたのだ。奮い立たない訳が無かった。
「必要な事を合理的にやっているだけだよ、私は」
そう言ってスプルーアンスは肩を竦めて見せる。
昼間の攻撃。
のべ1000機にも上る航空機を繰り出したのは全て、本命攻撃の為の予備行動に過ぎなかった。
スプルーアンスはトラック環礁の守りが意外に硬いと判った時点で、無理な力押しを避け、入念な準備を行ったのだ。
そして今、機は熟した。
「全艦、トラック環礁へ!!」
スプルーアンスは、厳かに宣言する。
「我が艦隊はこれより環礁内へ突入。環礁内敵拠点に対して直接艦砲射撃を実施する!!」
2
その兆候に気が付いたのは、環礁内南側の監視所に詰めていた兵士達だった。
周辺海域の監視力強化を目指す彰人は、環礁外縁部にこうした監視所を10カ所以上設け、更にそれらの監視所と「姫神」の通信室を繋ぐ専用回線を用意する事で、敵機や敵艦の接近に対し素早く対応できる体制を作り上げていた。
昼間の戦闘で寡兵の帝国軍が合衆国軍の大軍相手に奮戦できたのは、そうした彼等の活躍によるところが大きかった。
そんな監視兵達の業務も、夜の帳と共に終了していた。
以後の監視は電探施設を用いた電波監視がメインになる。
帝国海軍は夜間見張り員を大量養成しているが、それでもやはり、電子の目には敵わない。最低限の見張りのみを残して、兵士達は監視所を出る事になる。
当直以外の兵士が、監視所を出ようとした時だった。
「おい、あれは何だ!?」
当直兵が発した警告じみた声に、帰りかけていた他の兵士達も、思わず足を止めて戻ってくる。
「おい、どうした?」
問いかける兵士に対し、見張り員は双眼鏡を目に当て、海上に目を向けたまま硬直している。
不審に思った同僚が、予備の双眼鏡を取って同じ方向を見てみた。
暗い海面は、既に大気と海が同化して見分けがつかなくなってしまっている。
不気味な波がうねりを見せる中、
その中で異質な物がうごめいているのが見えた。
「あれはッ!?」
巨大な艦影が波を裂いて向かってくるのが見える。
間違いなく、敵艦隊の艦影だった。しかも、艦首を真っ直ぐこちらに向けて向かって来ている。
「ただちに第7艦隊司令部に通達ッ!!」
監視所長が叫んだ瞬間だった。
突然、大気を切り裂くような、鋭い唸り声が聞こえてくる。
何が、
と思った瞬間、
飛来した砲弾が監視所を直撃、そこにいた全員を一瞬にして吹き飛ばした。
報告を受けた時、彰人は司令官室で仮眠を取っている時だった。
寝入ってまだ20分程度しか経っていなかったが、何かあったらすぐに起こすように言っておいたのだ。
僅かな時間しか眠る事ができなかったが、少しでも意識を落とす事ができたおかげで、気分はだいぶリフレッシュできている。これなら、冷静な判断力を持って指揮に臨めそうだった。
と、
部屋を出た時点で、廊下を歩く姫神と鉢合わせた。
「姫神ッ」
声を掛ける彰人。
対して、
「・・・・・・あい?」
寝ぼけ眼の姫神が、うつらうつらした表情で振り返る。どうやら彰人と違い、姫神の方は寝入った所をたたき起こされたせいで、未だに意識がはっきりしないらしかった。
駆け寄ると、彰人は苦笑する。
寝ぼけた頭で準備したせいか、髪は少し寝癖が付き、制服もスカートやブラウスの裾が乱れている。
「もうッ しっかりして、ほらッ」
言いながら彰人は、姫神の服装を整え、髪も手早く直してやる。
その間、姫神は頭をゆらゆらと揺らしながら、彰人にされるがままになっている。ふとすると、立ったまま眠ってしまいそうだった。
「これでよし。さ、行くよ」
そう言うと彰人は、尚も眠たそうにしている姫神の手を引いて歩き出した。
到着すると既に、艦橋内には緊迫した空気が流れていた。
事態は、それだけひっ迫していると言う事である。
「おや、提督。同伴出撃とは羨ましい」
艦橋に入るなり茶化してくる副長に苦笑で答えつつ彰人は、未だに寝ぼけ眼の姫神を司令官席に座らせてから向き直った。
既に、急報を聞いて全幕僚が集まっていた。
「状況の説明をお願いします」
「ハッ 先程、南側の警戒担当だった、第6、第7監視所の連絡が途絶しました」
南側の監視所が破壊された、と言う事は十っ中の十まで、敵はそちらから攻め込んでくるだろう。
ここに至り、彰人は敵将スプルーアンスの考えが、完全に読めていた。
恐らくスプルーアンスは、こちらの監視網から逃れる為、いったん艦隊を退避させた後、監視が甘くなる夜を待って艦隊を反転させたのだ。
夜間では航空機を飛ばす事も出来ない。
そこへ、戦艦を含む砲撃力でもって、第7艦隊とトラック環礁を同時に叩き潰すつもりなのだ。
もっとも航空機に関しては、こちらに夜間戦闘用の機体が無い以上、どっちみち無力である事に変わりはないのだが。
しかし、事態は容易ならざるものとなりつつある。
問題は、敵がどの程度の艦隊を引き連れてきているか、である。
「確か、事前の偵察では、敵は戦艦を伴っていた筈ですよね」
「はい。5隻確認されています。いずれも新型だと・・・・・・」
参謀からの報告を聞いて、彰人は思案する。
敵の新型戦艦は5隻。
対してこちらは、改装されたとはいえ巡洋戦艦が2隻。砲撃力では明らかに見劣りせざるを得ない。
「さて・・・・・・」
彰人は帽子を目深にかぶり直しながら、呟くように言う。
「これで穴熊を決め込んでいる訳にもいかなくなったわけですね」
敵艦隊は既に環礁を主砲に収められる位置にまで進んできている。もはや、敵の攻撃を受けるのは不可避と判断せざるを得なかった。
残る手段はただ一つ。第7艦隊の戦力を持って迎え撃つ以外に無い。
「全島守備隊と飛行場に、ただちに兵員の退避命令を出してください」
昼間の戦闘では活躍した戦闘機隊と対空砲陣地だが、相手が夜間突入してくる戦艦群とあっては対抗する手段は無い。
折角の陣地や飛行機が破壊されるのは痛いが、よく訓練された兵士達を失うのはもっと痛いのは言うまでも無い事である。
飛行機や飛行場は壊れても作り直す事ができるが、ベテラン兵士は金を積んで買えるような物ではないのだ。事に戦闘経験を積んだ兵士と言う物は、基調と言う言葉では言い表す事すらできない程である。
ここは機材を捨ててでも、兵士達の命を取るべきだった。
同時に、彰人は決断する。
味方の退避を終えるまで、自分達で時間を稼ぐと。
「抜錨ッ 出港用意!!」
彰人は高らかに宣言する。
「第7艦隊はこれより、本環礁へ突入を目論む敵艦隊阻止の為に行動を開始する!!」
彰人の命令を受けて、一斉に錨を上げる第7艦隊の各艦。
やがて、「姫神」のスマートな艦体が、防潜網を縫うようにして動き出すと、他の艦も続いて停泊位置を離れて前進を開始する。
戦場は、恐らくトラック環礁の中で、と言う事になる。
史上例を見ない、夜間、環礁内での戦闘が、間も無く始まろうとしていた。
「彰人・・・・・・・・・・・・」
航海士に淹れてもらったコーヒーを飲む事で、ようやく意識がはっきりしたらしい姫神が、声を掛けてくる。
姫神は傍らまで来ると、やや不安げな顔を見せてくる。
「あちらの方は、大丈夫でしょうか?」
姫神が言う「あちら」とは、先に脱出を指示した輸送船団の事である。
強力な敵艦隊が迫っている以上、向こうにも危険が近付いている事は間違いない。
そして、これから迎撃の為に出撃する第7艦隊には、船団の護衛に回す戦力は無かった。
姫神が何を懸念しているのか。
その事を察した彰人は、そっと彼女の頭を撫でてやりながら言って聞かせる。
「向こうには、彼女達にも行ってもらった。だから、きっと大丈夫だよ」
「はい・・・・・・・・・・・・」
尚も心の中に懸念は残っている様子だが、それでも姫神は、それ以上何も言わずに頷きを返す。
実際問題として、強大な敵が指呼の間に迫っている状態である。他の事に気を回している余裕は、彰人にも姫神にも無かった。
その時だった。
突如、南の方で強烈な閃光が走ったかと思うと、一拍置いて腹に響くような衝撃音が伝わってくる。
「始まったか」
彰人は低い声で呟く。
環礁内に突入した合衆国艦隊が、ついに基地施設に対する艦砲射撃を開始したのだ。
3
環礁突入と同時に、スプルーアンスは艦隊を二分していた。
1隊は戦艦「アイオワ」「ワシントン」を中心にして秋島を砲撃、その後は環礁内中央の航路を通って北上するコースを取るのに対し、自らは戦艦「ニュージャージー」「ミズーリ「ウィスコンシン」の3隻を中心とした艦隊を自ら率いて冬島を砲撃し、環礁内東側の航路を通るコースを取っていた。
最終的に2つの艦隊は、帝国艦隊が停泊している春島泊地を東と西から同時突入し、これを挟撃する構えである。
艦隊を二分する事についての危険性はスプルーアンス自身、考慮に入れていたのだが、トラック環礁は広いとは言え、大艦隊が一斉に艦隊行動を起こすには不向きである。
そこで、敢えて艦隊を二分する事で、小回りを利かせやすいようにしたのだ。
更に言えば帝国艦隊の主力が姫神型巡戦2隻である事も、スプルーアンスは既に掴んでいる。その2隻が相手なら、仮に二分した艦隊でも勝てるという計算も働いていた。
戦艦3隻が単縦陣を形成し、合計で27門の40センチ砲が一斉に火を噴く。
その攻撃力たるや、ものの数斉射で、冬島にあった防空陣地は完全に使用不能になってしまった程である。
日米最後の艦隊砲撃戦となった第3次ソロモン海戦から1年以上。
復活した合衆国軍戦艦部隊の威力を見せ付けるのに、充分な光景だった。
圧倒的な攻撃力でもって全てを炎に飲み込む様は、正に圧巻と称して良かった。
「よし、こんな物で良いだろう」
ニュージャージーの艦橋に立ったスプルーアンスは、そう言って満足そうに頷く。
スプルーアンスは現在、戦艦群を二手に分け、自らは「ニュージャージー」「アイオワ」「ウィスコンシン」の3隻を率いて艦砲射撃を仕掛けていた。
やはり戦艦の砲撃は凄まじく、あっという間に島の大半が炎に巻かれていくのが見えた。
やがて、砲撃を止める戦艦部隊。
「目標の沈黙を確認したわ、レイ」
ニュージャージーの報告に、スプルーアンスは頷きを返す。
報告を受けるまでも無く、視界の先には炎に沈む冬島の様子が映し出されている。
昼間の航空攻撃の際、スプルーアンスは攻撃隊に紛れ込ませるようにして多数の偵察機を繰り出していたのだ。その偵察部隊には、帝国軍の拠点の位置や艦隊の規模を報告するように指示しておいた。
その為合衆国軍は、この夜間艦砲射撃において迷う事無く陸上基地へ攻撃を仕掛ける事ができるのだった。
「よし、このまま夏島にも艦砲射撃を加えつつ北上、最終的には春島泊地へ突入するぞ」
「了解」
ニュージャージーが頷くとともに、艦長が回頭を命じる。
程無く、艦首を右に降り始める「ニュージャージー」。
それに後続する「ミズーリ」「ウィスコンシン」が回頭を始める。
3隻が秋島に背を向け、スプルーアンス率いる艦隊と合流すべく動き始めた。
正にその時だった。
突如、
炎を噴き上げる冬島の影から、
複数の艦影が飛び出してきた。
「後方より敵艦隊!!」
レーダー員が報告を上げる中、
スプルーアンスは己の失策を悟り舌打ちする。
対地艦砲射撃に没頭するあまり、敵艦隊の接近に気付くのが遅れてしまったのだ。
「しまったッ!?」
ここまで作戦通りにきたせいで、一瞬の油断があった事は否めない。
ここは戦前より帝国海軍最大の根拠地だった場所。それを考えれば、地の利は帝国軍にある。たとえ戦力が小さくとも、否、小さければ尚更、策を仕掛けて来ると見るのは当然の事だった。
ただちに、対応するべく指示を飛ばそうとする。
しかし、自分達の置かれた状況を想いだし、スプルーアンスは愕然とする。
現在、スプルーアンスの部隊は単縦陣で島から離れるような進路を取っているのに対し、帝国艦隊は島から飛び出す形になっている。
地図上で見れば、夏島砲撃地点に向かうべく、単縦陣を敷いて艦首を北に向けたスプルーアンス艦隊に対し、冬島の西側から反時計回りをするように帝国艦隊が出現している。
つまりスプルーアンスの部隊は、帝国艦隊に対して背を向ける形になっているのだ。
ちょうど「逆T字」に近い形である。
この状態では、敵に対して反撃できるのは、3番艦の位置にいる「ウィスコンシン」の後部砲塔1基のみだった。
「敵艦発砲!!」
見張り員の絶叫が、焦慮と共に響き渡った。
一方、スプルーアンス部隊の背後から急襲を仕掛けた彰人率いる第7艦隊は、島影から飛び出すと同時に砲門を向けていた。
「良い位置だね」
敵艦隊の様子を確認して、彰人は不敵な笑みを浮かべる。
敵艦隊は自分達に背を向けて退避中。
そこへ、第7艦隊が襲い掛かった形である。
既に生き残っていた監視所からの報告で、合衆国軍が隊を二手に分けた事を掴んでいた彰人は、そのチャンスに最大限に付け込む事にしたのだ。
敵艦隊が戦力を分けている内に、片方を各個撃破してしまおうと言うのだ。
因みに、このように奇襲が可能な場合、より強力な方を先に叩いてしまうのがセオリーである。
そこで彰人は第7艦隊の高速を持ってスプルーアンス率いる本隊に近付き、島影を利用してレーダーを攪乱しながら密かに接近すると、敵の背後から一気に襲い掛かったのだ。
彰人は指揮下の艦隊を二隊に分け、行動している。一隊は巡洋戦艦「姫神」「黒姫」、重巡洋艦「最上」「鈴谷」「熊野」から成る砲戦部隊、もう一隊は軽巡洋艦「那珂」を旗艦とした水雷戦隊である。
彰人は「姫神」を先頭にして島影から飛び出すと、水雷戦隊を背に隠しつつ、いつでも突撃できるように待機させて置いた。
「目標、敵3番艦。主砲、左砲戦用意!!」
巡洋戦艦2隻、重巡3隻の主砲が、一斉に「ウィスコンシン」へと向けられる。
合衆国艦隊の方でも、混乱しつつもどうにか反撃体勢を作ろうとしているのが判る。
だが、それを律儀に待ってやる義理は、彰人には無かった。
次の瞬間、
「撃ち方始め!!」
彰人の号令一下、第7艦隊各艦が一斉に砲撃を開始する。
殺到する砲弾。
巡洋戦艦2隻、重巡洋艦3隻。
40センチ砲弾12発、20センチ砲弾26発が、「ウィスコンシン」へと襲い掛かる。
しかし、砲弾の飛翔中には既に、彰人は次の行動を起こしていた。
「続けて撃て!! 手を緩めるな!!」
10秒後、再び「姫神」「黒姫」の砲弾が、「ウィスコンシン」目がけて襲い掛かる。
流石に最上型3隻の旧式砲では、自動装填装置を持つ姫神型の発射速度に追随できないが、それでも戦艦の主砲が連射できる強みは大きいだろう。
放たれた砲弾が、次々と「ウィスコンシン」の後部甲板に殺到する。
この時、「ウィスコンシン」は大小多数の砲弾に乱打され、艦尾がずたずたにされる程の大損害を被っていた。
特に、至近距離から「姫神」の砲弾を喰らった第3砲塔は、真っ向から叩き潰され、段ボールのようにひしゃげてしまっている。
後部艦橋は既に跡形も無く吹き飛ばされ、比較的軽防御な後部甲板は最上型3隻の主砲に乱打され、クレーターが無数に形成されている。
戦闘開始数分で、「ウィスコンシン」の後部はスクラップの堆積場のようなありさまに成り果てていた。
後方への火力と、監視の目を失った「ウィスコンシン」は、それでも諦めまいと、旋回しつつ、前部2基の主砲の射角を確保しようとする。
だが、
「逃がすなッ 砲撃続行!!」
彰人は尚も、進路を変えようとする「ウィスコンシン」に喰らい付くべく距離を詰めるゆ指示を飛ばす。
至近距離から10秒に1斉射飛来する40センチ砲弾が、「ウィスコンシン」の装甲を容赦なく貫いて行く。
更に「最上」「鈴谷」「熊野」も、砲撃を行いつつ距離を詰めていく。
元々、アイオワ級戦艦は高速性能を発揮する為に、防御力を若干犠牲にして完成した、と言う経緯がある。いわば、巡洋戦艦の発展型と言うべき艦なのである。
こと防御力に関する限り、前級のサウスダコタ級の方が優れているくらいである。
それが、自分の主砲とほぼ同等の威力を誇る砲に至近距離から撃たれて、耐えられる道理は無かった。
幽霊船のように成り果てた「ウィスコンシン」。
まるで船の墓場から彷徨い出て来たかのようにボロボロに成り果てた姿からは、ほんの数刻前まで見せていた新鋭戦艦の雄姿は無かった。
そこへ、3隻の最上型重巡が接近していく。
その中で特に異様なのは「最上」だろう。
ミッドウェー海戦において、「ワシントン」の砲撃を受けて大破した「最上」は、その後本土のドックで大改装を施された。被害の大きかった後部砲塔2基は撤去され、そこに全通式の飛行甲板と、大型のカタパルトが設置されている。
総合火力は低下したものの、利根型を上回る「航空巡洋艦」とでもいうべき「最上」の姿は、正に新時代の軍艦に相応しい姿であると言えた。
その「最上」と、後続する「鈴谷」「熊野」から、「ウィスコンシン」目がけて一斉に魚雷が放たれる。
必殺の酸素魚雷は水中を駆け抜け、「ウィスコンシン」の水線下に命中、巨大な水柱を噴き上げる。
次の瞬間、
下腹を抉られるような格好になった「ウィスコンシン」は、舷側に巨大な破孔が開き、そこから海水が流入していく。
命中魚雷は8本。
合衆国軍はダメージコントロールに力を入れており、その為に仮に大きな損害を被ったとしても、生存率は極めて高い事で知られている。事実、ソロモンやエスピリトゥサントを巡る戦いにおいても、本来なら沈没しているような損害にも拘らず、辛うじて根拠地まで戻る事が出来た、と言う例も多い。
しかし、いかに排水量4万5000トンを誇る大戦艦と言えども、流石に魚雷8本を一度に喰らっては、耐えられる物ではなかった。
大爆発を起こす「ウィスコンシン」。
そのまま左舷から傾斜して沈んで行く。
帝国軍の士気は、天をも貫く勢いで上がり続ける。
第7艦隊にとっては、第3次ソロモン開戦以来となる敵戦艦撃沈。それも相手は合衆国自慢の最新鋭戦艦である。
これで士気が上がらない方がおかしかった。
だが、喜んでばかりもいられない。
敵戦艦はまだ4隻もいるのだ。
「目標変更ッ 敵2番艦!!」
命じてから彰人は、思い出したように付け加える。
「艦長より砲術。『アレ』を試してみましょう!!」
「ウィスコンシン」が沈没する様を見て、スプルーアンスは珍しく、苛立ちを隠せない様子だった。
元々彼はこの作戦自体に反対だったこともあり、なるべく損害が少なくなるような作戦を立てたつもりであった。
しかしふたを開けてみれば航空隊は大損害を喰らい、あまつさえ貴重な最新鋭戦艦まで失う始末である。
「ウィスコンシン」はもう助からない。
水深の浅い泊地内での沈没であるから、完全に水没する事無く着底と言う形になり、乗組員もいくらかは生き残る望みがある。
しかし、ここは敵地。浮揚修理を行うなど不可能である。事実上の撃沈と変わらなかった。
そして、艦体が浮揚修理できなければ、艦娘も助けられなかった。
「照準、まだ完了しないかね?」
「もうすぐ終わるわよ!!」
問いかけるスプルーアンスに、ニュージャージーも苛立ちをぶつけるように答えた。
彼女もまた、妹が目の前で沈められた事で、怒りを隠せないでいるのだ。
しかし、
彼女が怒りを解き放つ前に、帝国艦隊は砲撃を再開する。
唸りを上げて飛翔する砲弾。
ほぼ水平の弾道を描いた砲弾は、真っ向から目標へ吸い込まれていく。
目標となったのは、「ニュージャージー」のすぐ後方を航行していた「ミズーリ」だった。
だが、「ミズーリ」は仮にも戦艦である。たとえ攻撃を喰らったとしても、一撃くらいなら耐えられるはず。
誰もがそう思った瞬間、
「ミズーリ、大爆発ッ 沈みます!!」
「何だと!?」
あまりと言えばあまりの事態に、冷静沈着を持ってなるスプルーアンスも、仰天して声を上げる。
それとは対照的に、
「姫神」の艦橋では、彰人が会心の笑みを浮かべていた。
第64話「墓場島・中編」