蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第65話「墓場島・後編」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その砲弾が直撃した瞬間、

 

 「ミズーリ」の舷側と甲板に巨大な破孔が生じ、突入した砲弾は一気に艦内に踊り込んだ。

 

 巨体に比して、極度に薄い装甲を持つアイオワ級戦艦。

 

 そこへ命中した砲弾は、機能美溢れる戦艦の艦内にて、その破壊エネルギーを一斉に撒き散らした。

 

 更に、それだけではなかった。

 

 砲弾が炸裂すると同時に、強烈な炎が、まるで意志を持つ怪物のように、艦内を席巻する。

 

 一気に燃え広がる炎は、命中箇所を中心に異常な勢いで拡大し、砲弾炸裂の衝撃から過労いて生き残っていた乗組員たちを、容赦なく飲み込み、「ミズーリ」と言う戦艦その物を炎で覆い尽くしていく。

 

 炎と衝撃に艦内を蹂躙していく「ミズーリ」。

 

 やがて衝撃は致命的なレベルで拡大する。

 

 砲弾炸裂のエネルギーをもろに浴びたボイラーが破裂し、内蔵されたエネルギーが暴走し始めたのだ。

 

 基準排水量4万5000トンの大型戦艦を、時速33ノットで航行させる事ができる大出力機艦である。それが破裂した時の爆出エネルギーも、想像を絶していた。

 

 今や「ミズーリ」の艦内は、絶望的な火炎地獄に覆い尽くされようとしていた。

 

 やがて、破局が訪れる。

 

 ボイラー破裂に寄り溢れ出たエネルギーを受け止めきれなくなった「ミズーリ」の船体は、中央より亀裂が生じる。

 

 そしてついに、

 

 強烈に耳障りな音を立てながら、真っ二つに引き裂けた。

 

 折れた船体は、破孔からの海水によって更に被害が拡大する。

 

 やがて、「ミズーリ」は悲鳴のような轟音と共に、ゆっくりとトラック環礁の水底へと沈んで行った。

 

 これで2隻目。

 

 合衆国軍は、短時間に2隻もの最新鋭戦艦を喪失した事になる。

 

 その様子を「姫神」の艦橋で眺めていた彰人は、満足げな頷きを見せる。

 

「どうやら、威力は充分みたいだね。期待通りだよ」

 

 「姫神」と「黒姫」が放った砲弾は、帝国海軍がこれまで使用した事が無い、全く新しい砲弾だった。

 

 帝国海軍が通常装備している91式徹甲弾は、40センチ砲弾の場合、重量が約1トンとなる。

 

 しかし91式徹甲弾は水中弾効果を狙って複雑な機能を内蔵している為、実際の大きさに比べると重量がだいぶ軽くなってしまっている。

 

 主砲弾の重量は、そのまま威力に直結する。この事を考えれば、同種の砲弾を使用した場合、帝国軍の戦艦は合衆国軍の戦艦に撃ち負ける可能性は大いにある事になる。

 

 この事を憂慮した帝国海軍上層部は、新型砲弾の開発・配備に着手した。

 

 その結果、開発されたのが2式徹甲焼夷弾である。

 

 この砲弾は91式徹甲弾をベースにしているものの、その重量は、3割増しの1・3トンにまで増加している。

 

 更に、炸裂すると内蔵された燃焼剤が敵艦内を席巻し、消火困難な火災を引き起こす。仮に装甲版の上で炸裂したとしても同様である。

 

 正に凶悪と称して良い副次効果をもたらす砲弾である。

 

 「ミズーリ」がただの一撃で爆沈の憂き目を見たのは、そう言う理由だった。

 

 そもそもアイオワ級戦艦の装甲は、自艦の主砲にすら耐えられないとさえ言われている。そこへ、遥かに強力な砲弾が命中したのだ。このような結果になるのは自明の理だった。

 

 帝国海軍では、この砲弾を46センチ砲用、40センチ砲用、36センチ砲用の3種類を製造し、全ての戦艦に行き渡る事を計画している。

 

 ただし製造コストが高いため、未だに充分な量が配備されているとは言い難い。

 

 今回の「姫神」「黒姫」にしても、4斉射分、24発を搭載しているにすぎなかった。

 

 その貴重な砲弾が、見事に戦果を上げた形である。

 

「よし、目標を・・・・・・・・・・・・」

 

 彰人が言いかけた時だった。

 

 突如、艦隊のすぐ傍で、巨大な水柱が複数、立ち上った。

 

 その様を見ながら、彰人は舌打ちする。

 

「別働隊が戻って来たか・・・・・・・・・・・・」

 

 合衆国軍が戦艦部隊を2分していたのは彰人も掴んでいる。だからこそ、先に少しでも敵戦力を削いでおこうと思って、強襲を仕掛けたのである。

 

 彰人の目論みは、半ばまで成功したような形である。敵戦艦2隻を撃沈し、来襲した合衆国軍に大打撃を与える事に成功した。

 

 しかし、ここにきて、状況は押し戻されつつある。

 

 別働隊が合流して来た上に、本隊の方も未だに戦艦1隻が健在である。完全に体勢は立て直されつつある。

 

 状況は2対3である。

 

 それに合わせて、彰人は決断する。

 

「目標変更ッ 敵旗艦に対する攻撃を続行する!!」

 

 決断する彰人。

 

 それと同時に「姫神」「黒姫」は主砲の旋回を始める。

 

 この戦い、元より帝国海軍に勝ち目は薄い。それでも勝利を得るには、敵将の首を狙うしかない。

 

 だが、

 

 帝国艦隊が砲撃を開始しようとした時だった。

 

 突如、「姫神」の傍らで、大爆発が起こる。

 

 直撃を浴びて吹き飛ばされたのは、「那珂」だった。

 

 

 

 

 

「敵巡洋艦、撃沈!!」

 

 その報告を聞いても、アンリ・ステイネス少将は苦い表情を崩す気にはなれなかった。

 

 戦艦「ワシントン」艦長としてミッドウェー海戦や第3次ソロモン海戦に参加し生き残ってきたアンリは、この1年で少将に昇進し、主力戦艦群の指揮を任されるに至っている。

 

 多くの将帥、艦娘が南の海に失われる中、帝国軍の戦艦を撃沈したアンリの実績が評価された形であった。

 

 今回の戦い、アイオワ級戦艦4隻と「ワシントン」は本来、アンリの指揮下にある。

 

 しかし、作戦指揮官であるスプルーアンスが自ら「ニュージャージー」に乗り込んだ事で、指揮権はスプルーアンスに移っていた。

 

 そこでアンリへ命令に従い「ワシントン」「アイオワ」を率いて冬島砲撃を行ったのだ。

 

 2隻の戦艦の砲撃によって、帝国海軍が拠点を置いていた冬島は、完全に破壊されるに至った。

 

 しかし、帝国海軍が襲撃を仕掛けてきたと言う急報を聞いたのは、砲撃任務を完了してスプルーアンス率いる本隊と合流しようとした時だった。

 

 そこでアンリは、直ちに隊形を整えて、本隊救援に駆け付けたのだ。

 

 そして戦場到着と同時に放った第1斉射が、第5水雷戦隊の「那珂」を直撃。これを轟沈に追いやっている。

 

 排水量6000トン程度の軽巡洋艦では、重量1トンの巨弾直撃に耐えられる道理はない。天からの一撃に文字通り「粉砕」された「那珂」は、生存者の存在すら確認できない有様だった。

 

 だが、敵艦撃沈に喜ぶよりも早く、アンリにはやる事があった。

 

「『ニュージャージー』は・・・・・・スプルーアンス閣下は無事か!?」

 

 焦る気持ちを言葉にして叫ぶアンリ。

 

 まず問題にすべきはそこである。

 

 スプルーアンスの身に万が一の事があれば、この作戦が崩壊するだけでなく、合衆国海軍全体の損害となるだろう。

 

 暫くして、報告が上げられてきた。

 

「『ニュージャージー』のビーコン確認ッ 無事です!!」

 

 その報告に、アンリはひとまず胸をなでおろす。

 

 こんなくだらない戦いでスプルーアンスに死なれでもしたら、たまった物ではなかった。

 

「どうにか、間に合ったね」

 

 そう言うとアンリは、傍らに立つ少女に笑いかけた。

 

 眼鏡を掛けた少女も、それに対して笑みを返してくる。

 

 ワシントンである。アンリは、司令官になった後も、彼女に将旗を掲げ続けていた。

 

 これは奇異な事であった。

 

 「ワシントン」は3年前に完成した感であり、現在の主力であるアイオワ級に比べると、速力、攻撃力、防御力、その全てにおいて劣っている。

 

 本来ならアンリは、アイオワ級のどれかに将旗を掲げるべきところである。

 

 しかし彼は、あくまでも「ワシントン」を旗艦にする事に拘った。

 

 その理由は、

 

 今、ワシントンの左手の薬指に嵌められている指輪だった。

 

 アンリとワシントンは、昨年の秋に結婚。今は夫婦そろって戦場に立っているのだ。

 

 海軍士官と艦娘の結びつきと言うのは強い。それは、力を合わせ、想いを合わせなければ、強大な敵には打ち勝てないからだ。

 

 故に、海軍士官と艦娘が恋に落ちる事は珍しい事ではなかった。

 

 笑いかけるワシントンに対し、アンリもまた頷きを返す。

 

 この戦いが事実上、夫婦そろって行う最初の本格戦闘となる。その為、お互いに心地よい緊張感の中に身を委ねていた。

 

「『ニュージャージー』を掩護するぞワシントン。照準を、敵戦艦へ変更だ」

「はい、判りました」

 

 アンリの指示に、柔らかく微笑みを返すワシントン。

 

 同時に彼女と、そして後続する「アイオワ」は主砲を旋回させ、「ニュージャージー」に砲撃を行っている「姫神」「黒姫」へ照準を合わせる。

 

「照準良しッ」

「主砲、装填完了!!」

 

 報告を受けて、アンリは大きく頷く。

 

「撃て!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 合計18門の主砲が、一斉に撃ち放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 環礁内において、日米の戦艦同士が激しい砲撃戦を繰り広げている頃、

 

 環礁西側の水道においても、動きが生じようとしていた。

 

 地鳴りのような轟音。

 

 それと同時に、視界の先で巨大な水柱が立ち上った。

 

 吹き降ろされる飛沫。

 

 その中を、小型の艦船が数隻、這うような速度で航行している。

 

 やがて、第13戦隊旗艦「阿賀野」に、報告が上げられてきた。

 

「第6駆逐隊『暁』より発光信号、《敵の漂流物を確認。敵潜水艦を撃沈した物と判断す》!!」

 

 その報告を聞いて、13戦隊司令官は満足そうに頷く。

 

 潜水艦の視界は狭い。1隻撃沈できれば、他の艦が集まってきて、こちらを捕捉する事は不可能に近いだろう。

 

「よし、輸送船団に連絡。《前進を開始されたし》!!」

「は~い。了解です」

 

 相変わらず、少し緊張感に欠ける声で返事をする阿賀野。

 

 しかし仕事はキッチリとこなし、ただちに発光信号を用いて船団に連絡を入れる。

 

 それと同時に、環礁内で待機していた輸送船団がゆっくりと水道を通り抜け、外海へと出てくるのが見える。

 

 果たしてどうなるか、と固唾を飲んで見守る一同。

 

 しかし、船の舷側に水柱が立つようなことは無い。

 

 事前掃討に成功したおかげで、トラック西側の潜水艦包囲網には、一時的に穴が開いているのだ。

 

 逃げるなら、正しく今がチャンスだった。

 

「何とか、上手く行ったかな」

「そうですね」

 

 司令官と阿賀野は、互いに苦笑しながら冷や汗を拭う。

 

 第7艦隊の貴重な戦力である第13戦隊が、決戦上に背を向けてこのような場所にいるのは、彰人の命令に寄る物だった。

 

 彰人は夜陰に乗じて、輸送船団をトラック環礁から脱出させようと考えたのだ。

 

 昼間の防空戦はどうにか凌ぎきったものの、いつまでも防ぎきれはしないだろう。彰人が合衆国軍指揮官なら、必ず帝国軍の防空能力を潰しに掛かる筈。

 

 そう考えた彰人は、夜陰に乗じて輸送船団に脱出指示を下し、第13戦隊にはパラオまでの護衛を命じたのだった。

 

 今なら合衆国軍は、第7艦隊主力との戦いに忙殺されている筈。脱出するなら、今がチャンスだった。

 

 粛々と、外海に向かって航行する輸送船団。

 

 このまま行けば、無事に脱出できる筈。

 

 誰もが、そう思い始めた時だった。

 

「敵電波探知ッ 出力、増大しつつあります!!」

 

 「阿賀野」の電算室から、急報が届けられた。

 

 緊張が、走る。

 

 どこかで、敵艦隊は主力の方へ向かったと安心しきっていた感があった事は否めない。

 

 だが、事態は更に悪い方へと流れる。

 

「電探室より第2報ッ 《接近する反応を探知ッ 敵巡洋艦と思われる!!》

 

 スプルーアンスは、彰人の作戦を読んでいた。

 

 この状況で手国軍が脱出を試みる事を読んで、別働隊を先回りさせていたのだ。

 

 一つ、確かな事がある。

 

 それは、どうあっても自分達が一戦交えないといけない、と言う事だ。

 

「合戦準備。夜戦に備え!!」

 

 司令官の鋭い号令が鳴り響く。

 

 同時に、第13戦隊各艦は、「阿賀野」を先頭に単縦陣を組む。

 

 敵艦隊が出て来たのは想定の範囲外だったが、それでも退く理由にはならない。その為の護衛である。

 

 「阿賀野」「暁」「響」「雷」「電」「島風」の順番で単縦陣を組み、まっしぐらに突撃していく第13戦隊。

 

 敵の規模は判らないが、雷撃力に物を言わせれば充分に勝機はある筈。

 

 誰もが、そう思っていた。

 

 その時、

 

「敵艦発砲!!」

 

 見張り員の絶叫が鳴り響く。

 

 同時に聞こえてくる、不気味な風きり音。

 

 次の瞬間、

 

 巨大な水柱が、「阿賀野」の進路を塞ぐようにそそり立った。

 

「キャァ!?」

 

 うねる海面に艦体はもまれ、阿賀野は思わずその場で尻餅をつく。

 

 見れば、艦橋にいる幾人かも、耐え切れずに床に倒れ込んでいるのが見える。

 

 司令官は何とか踏ん張っていたが、そんな彼にしても羅針盤にしがみつく事で何とか姿勢を保っている有様だった。

 

「これは・・・・・・まさかッ」

 

 驚愕と共に、絶望を含む声が司令官の口から絞り出される。

 

 軽巡洋艦の艦体が、まるで木の葉のように揺さぶられる程の威力を秘めた砲撃。

 

 その存在は、否が応でも自分達に迫ってくるのが判った。

 

「戦艦・・・・・・だと・・・・・・」

 

 司令官の恐怖を嘲笑うように、

 

 更なる砲撃が、降り注いで生きた。

 

 

 

 

 

 実のところこの時、帝国海軍側の認識は、少しだけ間違っていた。

 

 来襲した合衆国艦隊に、戦艦の存在は含まれていなかったのだ。

 

 ただし、戦艦その物では無く、戦艦に匹敵する艦は存在していた。

 

 アラスカ級大型巡洋艦。

 

 その名の通り、巡洋艦の設計をベースに大型化して、砲撃力、防御力を強化した艦ではあるが、その攻撃力は50口径36センチ砲を連装3基6門装備している。

 

 当初の計画では30センチ砲を9門搭載する予定だったが、帝国海軍の姫神型巡洋戦艦の存在を疎ましく思った合衆国海軍は、砲撃力を強化して完成させたのである。

 

 このアラスカ級大型巡洋艦は6隻が建造され、現在、1番艦「アラスカ」、2番艦「グァム」の2隻が実戦に投入されている。

 

 この時、合衆国軍は大型巡洋艦2隻、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦3隻、駆逐艦8隻から成る艦隊を繰り出して追撃戦を仕掛けて来ていた。

 

 それは数だけでも第13戦隊の倍以上であり、火力に至っては更にその上を行っている。

 

 まさに、絶望的な状況と言って良かった。

 

 再び襲い来る砲弾。

 

 やはり命中弾は無い。

 

 しかし、弾着の衝撃によって「阿賀野」の艦体が大きく揺れる。

 

 その中を、第13戦隊は突撃していく。

 

「ま・・・・・・・・・・・・」

 

 阿賀野が呟く。

 

「まだ、みんなの退避が終わっていない。ここは、阿賀野達が頑張らないと!!」

 

 次々と飛来する砲弾が、彼女を掠めていく。

 

 元々、水雷戦隊旗艦として設計され、その後、無理やり防空巡洋艦に改装された彼女。

 

 その雷撃力を持ってしても、容易ならざる敵である事は間違いなかった。

 

 だが、それでも退く事はゆるされない。

 

 阿賀野達の背後には、無防備な輸送船団がいる。

 

 彰人は阿賀野達を信じて輸送船団の護衛を任せてくれたのだ。ならば、その期待に答えなくてはならなかった。

 

 それに・・・・・・

 

 飛沫が頬を叩く中、阿賀野は思う。

 

 阿賀野には、任務とは別に秘めたる思いがあった。

 

 完成が遅れていた阿賀野型軽巡洋艦の妹たち。

 

 「阿賀野」を含めて4隻の建造が予定されていた艦の内、2番艦と3番艦が竣工し、実戦配備の目途が立ったと言う。

 

 もうすぐ、妹たちに会える。

 

 姉妹揃って戦う事ができる。

 

 その想いに、阿賀野は胸が高鳴っていた。

 

 そんな妹達に、不甲斐ない姉の姿を見せたくは無かったのだ。

 

 次の瞬間、

 

 単縦陣を組んだまま、突き進む第13戦隊。

 

 次々に飛来する砲弾は、彼女達を捉える事無く、空しく水柱を立てつづける。

 

 このまま、射点を確保する事ができるか?

 

 誰もが、そう思った時だった。

 

 夜を切り裂く、不気味な風切り音が聞こえてきた。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 飛来した砲弾の1発が、ついに「阿賀野」を捉えた。

 

「あうッ!?」

 

 激震と同時に、痛みに襲われた阿賀野が、倒れるように艦橋の床にうずくまる。

 

 艦首を直撃した砲弾は、第1砲塔前に大きな破孔を開けて艦内で炸裂していた。

 

 今のは恐らく、巡洋艦からの砲撃である。もし、戦艦からの砲撃を浴びていたら、「阿賀野」は耐え切れなかったところである。

 

「阿賀野ッ!!」

 

 艦長が急いで助け起こす。

 

 額から血を流している阿賀野。傷はかなり深い事をうかがわせる。

 

 だが、敵艦に向かう闘志は、未だに失われていなかった。

 

「まだまだ、です!!」

 

 その彼女の意志に答えるように、更なる加速を見せる「阿賀野」。

 

 しかし、一度砲弾を喰らってしまったら、後は矢継ぎ早に砲弾が襲ってくる。

 

 次々と命中弾を浴びる「阿賀野」

 

 主砲塔が叩き潰され、高角砲は吹きとび、マストはへし折られる。

 

 しかし「阿賀野」は、尚も突撃の速度を緩める事無く立ち向かっていく。

 

 まるで、修羅が艦に宿ったような光景である。

 

 やがて、両軍の距離が急速に縮まって行く。

 

「全艦、右統制雷撃戦用意!!」

 

 司令官の命令と共に、炎を身にまといながら転舵する「阿賀野」。

 

 それに合わせるように、後続する「暁」「響」「雷」「電」「島風」も雷撃体勢に入る。

 

 砲弾が次々と飛来する中、

 

 少女達は、自分達が倒すべき敵を、真っ向から見据える。

 

 次の瞬間、

 

「撃てェ!!」

 

 一斉に魚雷が放たれる。

 

 「阿賀野」から8本、「暁」「響」「雷」「電」からそれぞれ9本、「島風」から15本。合計59本。

 

 雷撃数としては多いとは言えないが、それでも充分に肉薄してからの雷撃である。

 

 合衆国軍から「青白い殺人鬼(ブルー・マーダー)」と言う異名で恐れられる93式酸素魚雷が、一斉に海面を奔りだす。

 

 合衆国軍の方でも、「阿賀野」達が魚雷を放った事に気が付き、一斉に回避運動に入ろうとする。

 

 だが、

 

 もう遅かった。

 

 回避運動に入ろうとした直後、第13戦隊が放った魚雷が、次々と合衆国艦隊に襲い掛かる。

 

 当たり所によっては、戦艦ですら一撃で大破させる事ができる魚雷である。巡洋艦程度の艦に耐えられる道理は無かった。

 

 艦首を吹き飛ばされて海上に停止する艦。弾薬庫を直撃されて炎を上げる艦。艦体が真っ二つに分断される艦などが続出する。

 

「やった・・・・・・・・・・・・」

 

 その様子を見て、阿賀野は苦しげな表情の中に笑顔を浮かべる。

 

 この時、合衆国艦隊は重巡1隻、軽巡1隻、駆逐艦2隻が魚雷命中により撃沈確実の損害を受け、大型巡洋艦1隻、軽巡1隻が大破の損害を被っていた。

 

 発射雷数に比して戦果が大きいのは、やはり目一杯肉薄して命中率を上げた事が原因だった。

 

 魚雷1本の直撃を受けた「グァム」は、流石に沈没する気配は無い物の、大きく右舷側に傾斜し速力を落としている。

 

 正に第13戦隊は、望みうる最高クラスの戦果を上げたのだった。

 

 だが、

 

 報復は、すぐに成された。

 

 生き残った合衆国艦隊は、すぐに体勢を立て直すと、第13戦隊目がけて砲弾を放ってくる。

 

 砲火を集中されたのは、やはり「阿賀野」だった。

 

 次々と突き刺さる砲弾が、優美な軽巡洋艦の艦体を容赦なく破壊していく。

 

 「阿賀野」も主砲である長10センチ砲で反撃を試みるが、既に大半の火器を破壊された「阿賀野」の砲火は微々たる物であり、またそのわずかな火力も、照準器が故障したせいで目標を捉えられない有様だった。

 

 阿賀野自身もまた、既に瀕死の状態で、それでもどうにか艦橋に立って艦の制御に手中している。

 

 しかし、少女の力が尽きるのも時間の問題だった。

 

「わたし・・・・・・何とか、頑張れたかな・・・・・・・・・・・・」

 

 羅針盤に背を預けながら、阿賀野は小さな声で呟く。

 

 既に艦長以下艦の首脳陣、そして司令官をはじめとする第13戦隊の幕僚達の姿は無い。先程命中した砲弾によって全員がなぎ倒され、艦橋の床に倒れ伏していた。

 

 もしかしたら、まだ何人かは生きているかもしれないが、それを確認する力も、阿賀野には残されていなかった。

 

 目を閉じる阿賀野。

 

 脳裏に浮かぶのは、まだ見ぬ妹たちの可憐な姿。

 

「・・・・・・能代・・・・・・矢矧・・・・・・酒匂・・・・・・・・・・・・みんなに、会いたかったなァ・・・・・・・・・・・・」

 

 瞼から零れる涙が、頬を伝う。

 

 次の瞬間、

 

 これまでに感じた事が無い衝撃が、「阿賀野」を襲った。

 

 既にダメージが蓄積された船体は、衝撃に耐えられるはずも無く、成すすべなく「阿賀野」の艦体は叩き潰される。

 

 この時、それまで空振りを繰り返していた「アラスカ」の砲撃が、ついに「阿賀野」を直撃したのだ。

 

 吹き上げられる衝撃に、阿賀野の細い体は跳ね飛ばされる。

 

 それを最後に、

 

 阿賀野の意識は暗転していった。

 

 

 

 

 

 「アラスカ」の砲撃を直撃され、激しく炎上している「阿賀野」。

 

 その様子は、「暁」からも確認する事が出来た。

 

「そんなッ 阿賀野!!」

 

 暁は小さな手で艦橋の手すりを掴み、彼方の海上で完全に停止した「阿賀野」を見詰める。

 

 「阿賀野」はもう、助からない。

 

 それは遠目に見ても明らかだった。

 

 第13戦隊の創設以来、自分達をリードしてくれた旗艦。

 

 あのほんわかとしたお姉さんに会う事は、もうできないのだ。

 

「そんなッ そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 信じられない、と言った感じに崩れ落ちる暁。

 

 旗艦を失った事への虚脱感は、少女を否応なく絶望へと駆り立てていた。

 

 だが、呆けている時間は無かった。

 

 第6駆逐隊司令は暁を優しくなだめつつも、頭の中では状況を冷静に整理していく。

 

 阿賀野や第13戦隊司令部の犠牲と引き換えに敵艦隊を半壊させる事には成功したが、まだ敵には戦闘続行に充分な戦力が残っている。

 

 対して、第13戦隊(と言うより第6駆逐隊)は魚雷を撃ち尽くしてしまい、再装填しない限り、主砲以外の火器は使えない。巡洋艦以上の相手に、駆逐艦の主砲など豆鉄砲に等しかった。

 

 更に言えば、最強駆逐艦である「島風」は魚雷の再装填ができない。

 

 事実上、反撃は不可能に等しかった。

 

 ここは逃げるのが正しい道であろう。

 

 重巡を含む艦隊に、魚雷を使えない駆逐隊のみで挑むなど、無謀を通り越して自殺行為である。

 

 だが、輸送船団はまだ、あまり遠くへは行っていない。

 

 今逃げれば、第13戦隊は逃げおおせる事ができるかもしれないが、輸送船団は確実に全滅する事になる。

 

 この戦いはあくまで、輸送船団を逃がす為の戦いである。ならば、もう少し時間を稼ぐ必要があった。

 

「どうする・・・・・・どうすれば・・・・・・」

 

 絶望的な状況は刻一刻と迫る。

 

 その間にも、「阿賀野」を仕留めた合衆国艦隊が、「暁」達に砲門を向けようとしている。

 

 その砲火が閃こうとした。

 

 次の瞬間、

 

「『島風』より入電ッ 《電探に感。前方から接近する艦影有り》!!」

「え!?」

 

 司令と暁が、同時に顔を見合わせる中。

 

 それまで見た事も無いような、巨大な水柱が立ち上った。

 

 それも、6駆に向けて、ではない。

 

 砲弾は明らかに、合衆国艦隊の傍に落ちていた。

 

 その時、

 

「『島風』より第2報!!」

 

 通信員の声が喜色交じりでもたらされる。

 

「《前方の艦は味方。第2艦隊来援せり》!!」

 

 

 

 

 

 撃ち放たれる主砲が、第13戦隊を守るように瀑布を作り出す。

 

 世界最大最強の戦艦が放つ砲撃は、圧倒的な存在感を持って合衆国軍を粉砕する。

 

 直撃を受けた重巡は、碌に抵抗する事も許されず、その場で炎を噴き上げて海上で停止した。

 

「敵艦炎上。撃沈確実です」

「うむ、ご苦労」

 

 艦長の松田千夏(まつだ ちなつ)大佐の言葉に、宇垣は重々しく頷きを返す。

 

 今年に入ってから、新任の「大和」艦長に就任した松田大佐は、その対空戦闘技術と回避戦術には定評があり、「全ての航空攻撃は、適切な回避運動と迎撃戦術によって撃退できる」と言う持論を持っている。

 

 その松田に指揮された「大和」以下、第2艦隊が今、トラック環礁のすぐ外縁に姿を現し、輸送船団護衛を行っていた第13戦隊を砲撃する合衆国艦隊に砲火を浴びせていた。

 

 この時、宇垣は指揮下にある第2艦隊を率いて、トラック環礁救援の為に駆け付けて来ていたのだ。

 

 その戦力は、戦艦6隻、重巡洋艦4隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦16隻に及ぶ。

 

 正に、出せる限りの水上艦艇を繰り出した形である。

 

 しかし、その存在が、合衆国艦隊の虚を突いたのは間違いない。合衆国軍は、トラック環礁とそこに立て籠もる第7艦隊に目を奪われ、パラオ方面から接近する第2艦隊の存在に気付かなかったのだ。

 

 そこへ、ひときわ大きな発射炎が、彼方で閃くのが見えた。

 

「敵戦艦発砲!!」

 

 見張り員の声を聞きながら、宇垣は更なる指示を下す。

 

「艦長、目標変更だ。戦艦を狙え」

「ハッ 了解しました」

 

 より脅威度の高い方を優先的に叩くのは、戦いにおける鉄則である。

 

 宇垣は巡洋艦よりも、戦艦の方が脅威度は高いと判断し、目標変更の指示を出したのだ。

 

 やがて、松田の号令と共に主砲が放たれる。

 

 ほぼ時を同じくして、後続する「武蔵」も砲撃を放った。

 

 直撃を浴びて炎上する「アラスカ」。

 

 元々の設計が巡洋艦ベースであるアラスカ級大型巡洋艦に、世界最大の艦載砲から撃ち出される砲弾に耐えられる道理は無かった。

 

 「大和」の砲弾を直撃された「アラスカ」は、一撃で弾薬庫を貫通。大爆発を起こして沈んで行く。

 

 一方、「武蔵」の方は、先に魚雷を喰らって速力を低下させていた「グァム」を直撃。これを、完全に停止させていた。

 

 主力2隻に撃沈確実の大損害を喰らった合衆国艦隊は完全に浮足立ち、第2艦隊への反撃すらままならない状態だった。

 

 そして、

 

「敵艦隊、反転しました。どうやら離脱するみたいです!!」

 

 大和からの報告が、艦橋内に響き渡る。

 

 その報告を聞いて、宇垣は新たな指示を下した。

 

「よし。各艦に通達。《追撃の要無し》。敵が逃げるなら、そのまま逃がしてやれ」

 

 元々、今回の出撃の目的はトラック環礁の防衛である。その目的が果たされさえすれば、無理に敵艦隊追撃に拘るつもりは無かった。

 

 砲撃を停止する「大和」と「武蔵」。

 

 その視界の彼方では、殊勲の第13戦隊各艦が、ゆっくりと近づいて来るのが見えた。

 

 

 

 

 

 第2艦隊がトラック環礁の西側に姿を現した頃、

 

 環礁内での激突も、大詰めを迎えようとしていた。

 

 当初、第7艦隊の反撃によって「ミズーリ」「ウィスコンシン」を失った合衆国艦隊だったが、その後は体勢を立て直して反撃。「姫神」と「黒姫」に対して複数の砲弾を命中させていた。

 

 この結果、「姫神」は副砲2基と高角砲1基を喪失、艦首部分にも大きな穴が開いてしまい、「黒姫」の方も、右舷側の対空砲をごっそりともぎ取られてしまっていた。

 

 両艦とも中破に相当する損害である。

 

 だが、第7艦隊もただでやられていた訳ではない。彰人の巧みな指揮の下、艦隊を制御して反撃、「ニュージャージー」に複数の命中弾を浴びせ、主砲塔全てを爆砕するほどのダメージを与えていた。

 

 だが、その「ニュージャージー」も、今はアンリ隊の支援砲撃を受けて後退。

 

 代わって、「ワシントン」「アイオワ」が戦闘正面に立って、第7艦隊と砲火を交えていた。

 

 対抗するように彰人は「姫神」で「ワシントン」を砲撃、「黒姫」には「アイオワ」を狙わせ、第7戦隊の3隻には、その掩護射撃を担当させていた。

 

 双方の砲撃が激しく交差し、環礁の海底を撹拌するような衝撃が轟く。

 

 しかし、奇襲が奏功した初戦と違い、体勢を完全に整えた両軍は互いに決定的なダメージを与えられないまま、ただ空しく砲弾を消費するにとどまる。

 

 彰人は狭い環礁で巧みに速度に緩急を付けながら砲撃を繰り返しているのに対し、アンリもまた回避行動を繰り返しながら、時折反撃の砲火を放っている。

 

 そのように、両者とも互いに機動力を駆使して闘っている為、共に相手に対して致命傷を与える事ができずにいるのだった。

 

 だが、

 

 そんな合衆国艦隊の動きに、変化が生じようとしていた。

 

 相変わらず「ワシントン」と「アイオワ」が砲撃を行っているものの、徐々に弾着が遠のき始めている。

 

 それは両者の距離が開き始めている証拠だった。

 

「彰人、敵が逃げています」

「どうやら、そうみたいだね」

 

 姫神の指摘に、彰人は頷きを返す。

 

 敵は第7艦隊から距離を置き始めているのは間違いなかった。

 

 この時、彰人はまだ知りようが無かったが、環礁西側に第2艦隊が来援し、第13戦隊を襲った合衆国艦隊を一蹴していたのだ。

 

 その報告を受けた敵将スプルーアンスは、後退を決意していた。

 

 元々、この作戦には反対だったスプルーアンスは、帝国海軍の主力部隊が現れたとの報告を受け、これ以上の交戦は無意味と判断したのだ。

 

 遠ざかって行く合衆国艦隊。

 

 その様を、彰人と姫神は並んで見詰めている。

 

 これが、

 

 後に「トラック環礁海戦」と言う名称で呼ばれる事になる戦いの、事実上の終結だった。

 

 

 

 

 

第65話「墓場島・後編」

 

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