蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第67話「蒼き龍の心」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず初めに断っておくが、私は君を解任する心算は無い」

 

 太平洋艦隊司令長官レスター・ニミッツが、レイナード・スプルーアンスに対して言った第一声はそれだった。

 

 トラック環礁海戦の終結から数日。

 

 ハワイへと帰還したスプルーアンスは、その足で太平洋艦隊司令部へと出頭。今回の敗戦に対する進退伺を提出した。

 

 人事に情実を混ぜる帝国軍と違い、合衆国軍は信賞必罰に厳しい組織である。戦艦2隻を含む艦艇多数を失い、更に多くのベテランパイロットを死なせた海軍提督を許すとは思えなかった。

 

 査問委員会に被告として出廷した後、予備役編入。

 

 それが妥当な所だろうと、スプルーアンスは考えていた。

 

 だが、

 

 そのようなスプルーアンスに対するニミッツの回答は、全く持って意外な物であった。

 

 それが、冒頭の第一声である。

 

「そもそも、今回の作戦は前提条件からして間違っていたのだ」

 

 ニミッツはそう続ける。

 

「マッカーサーの馬鹿者が出した下らない要請を、選挙の為に断れなかった大統領が了承し、その結果、我が海軍は帝国軍が守りを固めるトラックに正面から挑まざるを得なかった。いわば、下らない政治ゲームの為に、我々は敗北の憂き目に遭い、前途有望な若者が大勢命を落としたのだ」

 

 馬鹿げている。

 

 そう言ってニミッツは吐き捨てるように言った。

 

 まったくもって今回の戦いは、合衆国海軍にとっては得るべき物の何も無い、ただ貴重な戦力と時間を浪費しただけに終わったのだった。

 

「さっきも言ったが、今回の戦いで君も、君の部下も責任を問うつもりはない。責任があるとすれば、余計な要請で前線を混乱させたマッカーサーと、その要請に応じた海軍上層部にある」

 

 それと、マッカーサーの要請を断らなかった大統領自身と。

 

 ニミッツは最後の言葉を、あえて口には出さなかった。流石に不敬だと思ったのである。

 

 だが、大統領に対する不信感は、マッカーサーに対するそれよりも大きいと言えた。

 

「今回の件に関して、海軍上層部に対する意見は既に提出し、太平洋艦隊に責任は無い旨を強調しておいた。君は何も心配する必要はない」

「御配慮、感謝します」

 

 スプルーアンスは、そう言ってニミッツに頭を下げる。

 

 事情はどうあれ、敗軍の将にここまでの温情を掛けてくれた事に対して、スプルーアンスは深い感謝の念を示した。

 

 現在、海軍を中心とした中部太平洋軍はハワイに司令部を置き、陸軍を中心とした南太平洋軍はラバウルまで進出している。

 

 対抗するように帝国軍は、トラック・マリアナのラインで守りを固めている。

 

 いわば、合衆国軍は北と南から帝国軍の防衛ラインに圧力を加えている形だった。

 

 車の両輪に例えられ「カートホイール」と名付けられたこの作戦は、帝国軍に二正面作戦を強要し、戦力の集中をさせないようにするための措置だった。

 

 だが、現状のカートホイールは、片輪のみが駆動し、もう片方は惰眠をむさぼっている状態だった。

 

「まあ、今回の一連の事態で、マッカーサーの奴もサボってばかりもいられなくなるだろう。そう言う意味では、今回の作戦もまんざら無駄ではなかった訳だ」

「同感です」

 

 マッカーサー軍が動けば、帝国軍もそちらに対応せざるを得なくなる。

 

 そうなれば、海軍側の負担も大きく減る筈だった。

 

「既に本国では続々と新造艦が作られ、それに伴い、新艦隊の編成も進められている。中には、帝国軍のヤマトクラスに対抗可能な戦艦も含まれているくらいだ」

「閣下、それでは・・・・・・・・・

 

 ニミッツのその言葉に、スプルーアンスは色めき立つ。

 

 帝国海軍がいかに策を弄し、事を優勢に進めたとしても、合衆国軍は受けた損害を上回る勢いで回復していく。

 

 いわば合衆国軍は、勝利への方程式を既に完成させているに等しかった。

 

「もうすぐだ、レイ」

 

 スプルーアンスは不敵に笑いながら言った。

 

「もうすぐ、我々の勝利でこの戦争は終わる。恐らく、あと1年、長くても2年は掛からんだろう」

 

 静かにそう告げるニミッツの姿には、ある種の凄味が宿っている。

 

 スプルーアンスには、そのように感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裸身を大気に晒す。

 

 タオルで前だけを隠した少女の姿は、「艶やか」の一言に尽きるだろう。

 

 普段は縛ってある髪をほどき、少し大人の雰囲気を出した少女は、爪先を湯に浸し、徐々に全身を浸からせていく。

 

「ふう・・・・・・・・・・・・」

 

 肩まで浸かってから、蒼龍は短く息をついた。

 

 マリアナ諸島への出撃から帰還して数日。

 

 今回の出撃では出番が無かった機動部隊だったが、一時は南太平洋海戦以来となる、空母同士の決戦になるか、と一同が奮起した物である。

 

 しかし、決戦を前に合衆国艦隊が退却した為、今回は機動部隊対決は起こらないまま、海戦は終了となった。

 

 蒼龍としては、物足りなさを思う反面、どこかホッとした思いもあった。

 

 艦娘である以上戦う事は使命であり、蒼龍自身、それを躊躇うつもりはない。

 

 しかし、戦えば多くの犠牲者が出る。

 

 それは、蒼龍にとってもどかしい事だった。

 

 戦艦や巡洋艦、更に言えば駆逐艦や潜水艦の艦娘達はまだいいだろう。彼女達は乗組員たちと共に戦い、共に苦楽を分かち合う事もできる。

 

 だが空母は違う。

 

 空母は艦載機を発艦させた後は、ただパイロットの無事を祈って待ち、彼等の帰る場所を守る事しかできない。

 

 何より、

 

「あの人にもしもの事があれば、私は・・・・・・・・・・・・」

 

 憂いと共に呟きを漏らす。

 

 その秘めた思いが、蒼龍の胸を締め付けていた。

 

 その時、

 

「おじゃまするで」

 

 湯煙の向こうから告げられた言葉に、顔を上げる蒼龍。

 

 その視界の中で、自分よりも小柄な少女が、やはり生まれたままの姿で湯の中に足を入れようとしていた。

 

「龍驤さん?」

 

 龍驤は湯を掻き分けるようにして歩いて来ると、蒼龍の横にチョコンと腰を下ろした。

 

「は~ 生き返るわ~ 任務の後の風呂はやっぱり格別やな~ まあ、今回はうちら、な~んもしてへんのやけど」

 

 龍驤の言葉に、蒼龍はクスッと笑う。

 

 考えてみれば、龍驤とは同じ第2航空戦隊所属になってから、結構な時間が経っている。

 

 ミッドウェーで妹分の飛龍を始め、多くの仲間を失った蒼龍にとって、常にはつらつとした龍驤の存在は、心の支えになっていたと言っても過言ではない。

 

 ナリこそ小さい物の、ベテラン空母の一角である龍驤は、蒼龍にとっては姉のような存在に等しかった。

 

「そう言えば聞いたかいな。うちらの戦隊に、新顔が入るみたいやで」

 

 龍驤の言葉に、蒼龍はキョトンとして首をかしげる。

 

「新顔、と言う事は新しい空母が配属される、て事ですか?」

「せや。それに、小沢のオッチャンも、何や色々とたくらんどるみたいやしな」

 

 決戦に向けて、内地では色々と動き出している。

 

 その中には、新造空母の建造促進も含まれていた。

 

 既に決戦の為に建造された大型空母や、量産を目指した急造空母が竣工しているらしい。恐らく、それらの艦が機動部隊に配備される事になるのだろう。

 

 次の戦いに向けて体勢を整えつつあるのは、合衆国軍ばかりではない。

 

 迎え撃つ立場の帝国軍もまた、準備を着々と整えつつあるのだった。

 

「まあ、戦いに向けて準備してくれる言うんは、うちらとしてもありがたい事やけどな」

「何か、あるんですか?」

 

 歯に物を挟むような言い方をする龍驤に対し、首をかしげる蒼龍。

 

 対して、龍驤はタオルを湯船に浮かべて浮き袋を作りながら続ける。

 

「いくら体勢を整えても、うちら艦娘がベストの状態やないと、いざと言う時に力を発揮できん言う事や」

「それなら、心配ないです」

 

 龍驤の懸念に対し、蒼龍は笑顔で答える。

 

 艦体の整備は常に入念に行われている。龍驤の言うような懸念は皆無なはずだった。

 

 だが、それに対して龍驤は、嘆息交じりに答える。

 

「そう言う事やない」

「じゃあ、どういう事ですか?」

 

 意味が分からない、と言った感じに問いかける蒼龍。

 

 それに対し、

 

 龍驤はやれやれ、と言った感じに肩を竦めると、改めて口を開いた。

 

「まあ、あまり回りくどい言い方するんはウチらしゅうないしな。ここは単刀直入に言わせてもらうわ」

 

 そう言うと、龍驤は蒼龍に向き直った。

 

「なあ、蒼龍」

 

 真っ直ぐに見据える龍驤。

 

 そして、

 

「あんた、相沢の事、好きやろ?」

「なッ!?」

 

 突然の質問に、思わず絶句する蒼龍。

 

 相沢、とは「蒼龍」の戦闘機隊に所属する相沢直哉である事は言うまでもない。

 

 顔を真っ赤にする蒼龍。

 

 その赤面ぶりが、湯気のせいではない事は明らかだった。

 

「図星かいな。判りやすなジブン」

「ち、違いますッ」

 

 食って掛かる蒼龍に対し、龍驤はシレッとした調子で続ける。

 

「見てれば判るで。てか、あんたのあのバレバレな態度で気付かへんのは、相沢のアホくらいなもんや」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その言葉に、反論を封じられる蒼龍。

 

 そんな蒼龍に対し、龍驤は打って変わって諭すように言う。

 

「告らんのかいな?」

「・・・・・・・・・・・・そんな事、できるわけないです」

 

 対して、蒼龍はポツリと言った。

 

 憂いを秘めた少女の顔は、どこか悲しげに俯いているのが判る。

 

「何でや?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 黙り込む蒼龍。

 

 だが、龍驤は理由を聞かないと納得できない、とばかりに先を促す。

 

 やがて、

 

 蒼龍は観念したように口を開いた。

 

「中尉の心の中には、まだ飛龍がいるんです。私が入り込む余地なんて・・・・・・・・・・・・」

「ああ、あの人形な。やっぱ、あれ飛龍やったんか」

 

 以前、直哉が落とした人形を拾った事がある龍驤は、合点が言ったように頷いた。

 

 これで、大体の構図が龍驤にも見えてきた。

 

 直哉、蒼龍、そして亡き飛龍を巡る三角関係。

 

 亡き飛龍に想いを寄せる直哉と、

 

 その直哉に思を寄せる蒼龍。

 

 思った通り、複雑な関係だった。

 

「・・・・・・・・・・・・私は、卑怯な女です」

 

 ややあって、蒼龍はポツリと言った。

 

「妹同然の子の大切な人に、想いを寄せてしまって・・・・・・こんな事、許されるはずなんて無いのに・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言って、哀しそうに俯く蒼龍。

 

 次の瞬間、

 

「ド阿呆ゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 ズビシッ

 

「アイタァッ!?」

 

 いきなり龍驤から、脳天にチョップを喰らう蒼龍。

 

 額を押さえ涙目で振り仰ぐ蒼龍。

 

 その鼻先に、龍驤は人差し指を突きつけた。

 

「あんたが飛龍の事を可愛がっておったのは知っとるッ その想いを大切にしたいのも判るッ せやけど、それに引きずられてどないするんや!! あんたは生きとるッ 相沢も生きとるッ 生きとるもん同士が好きおうて何が悪いんや!!」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 強引だが正鵠を射ている龍驤の言葉に、思わず言葉を詰まらせる蒼龍。

 

 そこへ、龍驤は畳み掛ける。

 

「確かに、相沢は飛龍の事を大切に思うとったし、今もそうやろ。けど、それにあんたが遠慮する必要性は、この水平線のどこを探したってあらへんわッ あんたのそれは、飛龍や相沢の事を思ってるんやなく、あいつらの事を理由にして逃げてるだけや!!」

「そ、そんな事はッ」

「『無い』言い切れるんか? なら何であいつを自分とこに呼び寄せた? 何であいつの世話をするだけして、そこから先に踏み込もうとせえへんのや!?」

 

 もはや完全に、ペースは龍驤の物だった。

 

 蒼龍は完全に気圧され、言われるがままになっている。

 

「だいたいジブン、ええもん持っとるんやさかい、それをもっと活かせばええやないかッ」

「はい? 良い物?」

 

 首をかしげる蒼龍に、龍驤はズビシッと再び指を近づける。今度は、少し下寄りに。

 

「そのぶら下げデカいもんは飾りかいな!?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 言われるがまま、視線を下げる蒼龍。

 

 そこには、割と大き目に育った2つの双丘が仲良く並んでいた。

 

 確かに蒼龍の胸は比較的大きい方である。どこぞの巡戦少女が見たら、嫉妬の眼差しを送って来る事は間違いなかった。

 

 意味が分かった途端、

 

「~~~~~~//////!?」

 

 顔を真っ赤にする蒼龍。

 

 そこで、龍驤は追撃の手を緩めない。

 

「あんたの、その立派なもんで、相沢の(ピー)を(ピー)な感じで(ピー)して(ピー)な感じにしてやれば、相沢の2人や3人、イチコロ間違いなしや!!」

「な、何言ってるんですか!? そんな事できるわけありません!!」

 

 そもそも、直哉が2人も3人もいてたまるか。

 

「阿呆、無い奴の気持ちが判るんかジブン!?」

 

 そう言って、胸を張る龍驤。

 

 確かに、

 

 蒼龍と龍驤を比べると「バイン」と「チョイン」くらいの差があった。

 

 圧倒的な戦力差、とは正にこの事である。

 

 因みに、論点がだいぶずれてきている事には、未だに2人とも気が付いていなかった。

 

「せやから、あんたのそれで、相沢のアレをやな・・・・・・」

 

 龍驤が言いかけた時だった。

 

「いい加減にしてください!!」

 

 言い放つと同時に蒼龍は手元の桶をひっつかむと、掬い上げた湯を思いっきり龍驤の顔面に叩き付けた。

 

「どわァ!?」

 

 成すすべなく、小型空母は湯船の底へと沈む。

 

 その間に蒼龍は慌ただしく湯船から上がり、そのまま逃げるように脱衣所の方へと駆け去って行った。

 

 ややあって、湯を掻きわけるように龍驤が浮上した。

 

「ふう、えらい目に会うたわ。蒼龍もあないなツッコミができるんかいな」

 

 顔を振って水滴を撒き散らす龍驤。

 

 目を開けると、既にそこには蒼龍の姿は無かった。

 

 その様子を見て、龍驤は口元に微笑を浮かべる。

 

「さて、これで焚き付けには成功した訳やけど、上手い具合にウチの思うとおりに運んでくれればええんやけどな」

 

 そう言って、肩を竦めて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時期、帝国海軍機動部隊司令官の小沢治俊中将は、来たる決戦に向けて配下の艦隊に対する訓練に余念が無かった。

 

 攻撃部隊の大幅縮小と、戦闘機部隊の拡充によって訓練内容がシンプル化され、より洗練された訓練が可能になった事は大きく、これに伴い、航空隊の技量は目に見えて向上していた。

 

 戦闘機その物は未だに零戦を使用しているが、それも一部こだわりがある者を除いて、殆どが最新の52型に切り替わっている。

 

 合衆国軍のコルセアやヘルキャットに比べると力不足の感は否めないが、それでも数だけは充分な戦力を得ていた。

 

 そして攻撃部隊にしても、規模こそ縮小された物の全廃されたわけではない。各部隊に少数だが存在しており、天山艦攻、彗星艦爆と言った新型機と共に、日夜訓練に励んでいる。数を減らした事で却って少数精鋭部隊として確立され、より柔軟な作戦運用が可能となっていた。

 

 更に「大鳳」「雲龍」と言った新型空母の戦線加入。航空戦艦となった「伊勢」「日向」の戦列復帰など、着々と準備は整いつつある。

 

 だが、それでも尚、不安要素が無いとは言い切れない。

 

 それを解消する為、小沢は機動部隊の改革を断行する事にしたのだった。

 

 

 

 

 

「随分とまた、思い切った手に出た物だな」

 

 報告書を一読した古河峰一連合艦隊司令長官は、呆れ気味に小沢を見ながら言った。

 

 小沢が提出した報告書には、新たな機動部隊運用方法が書かれていた。

 

 それによると、現在の1個航空戦隊に護衛の艦艇を張り付け、複数同時運用を行う連航艦方式を改め、複数の航空戦隊を1個艦隊に纏めて集中運用を図る、と言う者だった。

 

 機動部隊としての柔軟性は聊か低下するが、戦力が集中できる分、攻撃力の低下は免れないだろう。

 

「何やら、時間を逆行しているようにも思えるのだが・・・・・・」

 

 古河はそう言って、険しい顔を作る。

 

 小沢の意見にある編成は、旧1航艦の編成に似ている。

 

 そもそも、機動部隊が連航艦方式を取っていたのは、複数の空母を同一艦隊で運用した結果、ミッドウェー海戦において一網打尽の憂き目を見た事が大きかった。

 

 その為、帝国海軍では航空戦隊を小分けにして、万が一、敵から攻撃を受けた時に被害を極限し、継戦能力を維持する為の物だった。

 

 だが、小沢の意見は、それに相反する物だった。

 

「勿論、護衛は充分に付けることが前提です」

 

 古河に対し、小沢は頷きながら言った。

 

「しかし、一連の戦いで我が帝国海軍は多くの艦艇を失いました。今のままの編成では、航空艦隊全てに充分な数の護衛艦を回すのは難しいでしょう。それならばいっそ、兵力を集中して、護衛の密度を上げるべきです」

 

 確かに、小沢の言う護衛艦艇不足は目下、帝国海軍にとって最大の悩みどころだった。

 

 ソロモンやエスピリトゥサント、更には先日のトラック環礁開戦に至るまで、多くの艦艇が失われている。

 

 中でも軽巡や駆逐艦の損害は大きく、艦隊全てに充分な数の艦艇を回せないのが現状だった。

 

 本土では既に、戦時急増型の簡易駆逐艦の建造が始まってはいるが、それらの艦艇は海上護衛総隊に優先的に回される予定である為、戦力に数えるのは難しかった。

 

 そこで小沢は、敢えて戦力を集中させようとしているのだった。

 

「この際、集中もやむを得ない、か」

 

 自軍の現状を鑑み、古河は慨嘆する。

 

 先のトラック環礁海戦の結果、一時的に合衆国軍を押し返す事には成功したものの、トラック環礁の基地施設は壊滅。所属航空隊も半分以上を失う大損害を被っていた。

 

 これに伴い、第7艦隊司令官の水上彰人少将から、トラック環礁の放棄とマリアナ諸島の防衛力強化が打診されてきている。

 

 これについては、古河自身も賛成だった。

 

 拠点に拘って損害を増加させるのは愚の骨頂と言うべきであり、ここはあえて拠点を捨てて、兵力の温存を図るのも一つの手段だと考えていた。

 

 トラック諸島にいる彰人には既に、トラック放棄の許可と、施設群の破壊を正式に命じていた。

 

「判った、やってみたまえ」

 

 古河は大きく頷きを返す。

 

 ミッドウェー以降、小沢は指揮下の第2航空艦隊を率いて前線に立ち、常に大きな戦果を上げて来た。その小沢が考えた事であり、GF長官として支援する事こそが自分の役割である、と古河は考えていた。

 

「それで、新艦隊の名称はどうするのかね?」

 

 問いかける古河に対し、小沢は笑みを浮かべる。

 

 まるで、その問いかけを待っていたかのような表情である。

 

 ややあって、小沢は言った。

 

「『連合機動艦隊』。略して『連機艦』です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂から逃げるように出てきた蒼龍は、乱れた服を整えて、居住まいを正して廊下を歩く。

 

 しかし、

 

 先程、龍驤に言われた事が、どうしても心に残ってしまう。

 

 自分は、直哉の事が好き。

 

 それをはっきりと言われた事は初めてだが、しかし指摘されて初めて自覚していた。

 

 そんな筈はない。

 

 そんな事はあってはならない。

 

 心の中で何度も叫ぶ。

 

 しかし、否定しようとすればするほどに、直哉の存在は蒼龍の中で大きくなっていく。

 

 だが、

 

 直哉は今でも、飛龍の事が好きなのだ。

 

 それは、この2年間、彼のすぐ傍で見て来た蒼龍には、痛い程によく判った。

 

 直哉と飛龍。

 

 2人の間に自分が割り込む事など、決して許されない。

 

 しかし、

 

 そう思う程に、胸が締め付けられる。

 

「・・・・・・・・・・・・苦しいよ、飛龍」

 

 それは、ミッドウェー以降、初めて蒼龍が口にした弱音だった。

 

 ミッドウェーで唯一生き残り、数少ない正規空母として戦線を支えてきた蒼龍。

 

 弱音など吐いている暇は一切なく、またそのような事自体、彼女には許されなかった。

 

 だが今、どうしようもない感情の流れに直面した時、抗う術を持たない蒼龍は、ただ流されるまま身を焦がしていった。

 

 その時、

 

「蒼龍?」

「ッ!?」

 

 突然、声を掛けられて顔を上げる蒼龍。

 

 するとそこには、正に今、思い浮かべていた相沢直哉が怪訝な面持ちで立っていた。

 

「ちゅ、中尉ッ?」

 

 驚く蒼龍。

 

 直哉はそんな蒼龍に近付くと、気遣うように顔を覗き込んでくる。

 

「どうしたの蒼龍? もしかして、具合が悪いの?」

 

 問いかける直哉の声が、更に蒼龍を追い詰めていく。

 

 直哉の声、

 

 直哉の姿、

 

 直哉の顔、

 

 その全てが、蒼龍の中で愛おしさとなって溢れてくる。

 

「蒼龍?」

 

 直哉が更に何かを言おうとした瞬間、

 

 蒼龍は、体当たりするような勢いで、直哉に己の身を委ねた。

 

「そ、蒼龍!?」

 

 驚く直哉。

 

 だが、それ以上続けることはできなかった。

 

 なぜなら、

 

 直哉が何かを言う前に、

 

 蒼龍が自分の唇を、直哉の唇に押し付けたからだった。

 

 驚いて、目を見開く直哉。

 

 ややあって、蒼龍は唇を放す。

 

 そして、

 

「・・・・・・・・・・・・好きです。相沢中尉」

 

 甘く、秘めた思いが言葉となって、直哉の鼓膜へと流れ込んだ。

 

 

 

 

 

第67話「蒼き龍の心」      終わり

 

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