蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第6話「緩やかなる時間」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その男を見た者は、まずその体格に驚き、次いで強面の相貌に畏怖する事だろう。

 

 筋骨隆々とした体付きに、まるで闘犬を思わせる顔つきは、「闘将」の名にふさわしい、獰猛その物の風格を示している。

 

 桟橋を降りてきた男の姿を見て、水兵たちが慄いている様から見ても、その評価は決して間違いではないだろう。

 

 極め付けとでもいうべきか、まくり上げられた腕には錨マークの入れ墨までされている。

 

 男の名はビル・ハルゼー。太平洋艦隊に所属する、アメリカ合衆国海軍少将である。

 

 性格は、見た目の通り闘志に満ち溢れており、いついかなるときであっても、いの一番に敵陣に飛び込んで行かないと気が済まないタイプである。

 

 その強烈なキャラクター性は、着任早々にして発揮された。

 

 作業する水兵たちの中で1人、何やらぶつぶつと呟いている者を見付けると、ギロリと睨みつけて言った。

 

「おい、そこのお前、何をぶつぶつと言っている? 答えろ」

「はッ はい?」

 

 いきなり話を振られた水兵は、キョトンとして振り返る。

 

 だが、ハルゼーは容赦なく歩み寄ると、威圧するように繰り返した。

 

「命令は即座に実行しろ。何を言っていたのか答えろ」

 

 詰め寄ってくるハルゼーの存在感に威圧されたのだろう。水兵は恐る恐ると言った感じに答えた。

 

「こ、これは私の一族に伝わるおまじないでして、日に何度も唱える事によって、死神を遠ざける効果があるのです」

 

 それを聞いて、ハルゼーはフンッと鼻を鳴らした。いかにも、つまらない事を聞いた、とでも言いたげな仕草である。

 

「それなら、俺がもっといいおまじないを教えてやる。良いか、これから毎日、これを唱えるんだ。『キル・ジャップス(日本人を殺せ)キル・ジャップス(日本人を殺せ)キル・モア・ジャップス(日本人をもっと殺せ)』だ。良いな」

 

 そう言うとハルゼーは、それ以上水兵に対する興味を失ったかのように、大股で去って行くのだった。

 

 

 

 

 

 クーラーの効いた室内に集まったアメリカ合衆国、太平洋艦隊幕僚一同は、難しい顔を突き合わせている。

 

 居並ぶ面々に、景気の良い表情をした人間は1人もいない。

 

 無理も無いだろう。ここに至るまで、彼等は連戦連敗を重ねているのだから。

 

 真珠湾攻撃における戦艦5隻、空母1隻撃沈を皮切りに、マレー沖では盟邦イギリスの最新鋭戦艦が航空攻撃のみで撃沈。

 

 東南アジアでは日本軍が破竹の勢いで進軍を続け、連合軍勢力を駆逐し続けている。

 

 そしてつい先日、北太平洋で通商破壊戦を繰り広げていた日本艦隊を駆逐すべく出撃した戦艦「コロラド」が、返り討ちにあって撃沈されてしまった。

 

 正に「踏んだり蹴ったり」な状況である。

 

「もう良い。何か良いニュースは無いのか?」

 

 ハルゼーは、悪態を吐くように言った。

 

 彼は空母「エンタープライズ」を中心とした第8任務部隊の司令官であり、開戦時にはウェーク島への航空機輸送を行っていた為に難を逃れていた。

 

 その後も前線拠点に対する航空機輸送任務がほとんどであり、自他ともに認める闘将の彼としては、欲求不満の毎日を送っていた。

 

「何かこう、一気にジャップの艦隊を沈めるような、手があるだろう?」

「無茶を言うな、ビル」

 

 頭を抱えて言ったのは、レスター・ニミッツ大将である。

 

 太平洋艦隊司令長官である彼は、前任者が真珠湾攻撃による主力艦隊壊滅の責任を問われて辞任したのを受けて、その後釜に就任していた。

 

「今、我が軍の空母は、大半が大西洋だし、戦艦も殆どが『あのザマ』だ。反撃しようにも持ち駒が無い」

 

 そう言って顎をしゃくった先には、今も急ピッチで復旧作業が続けられている真珠湾の様子があった。

 

 撃沈を免れた3隻。コロラド級戦艦の「メリーランド」。テネシー級戦艦のネームシップ「テネシー」。アリゾナ級戦艦の「ペンシルヴァニア」は、比較的早い段階で復旧が終わる予定である。

 

 更に、大西洋からニューメキシコ級戦艦の「ニューメキシコ」「アイダホ」「ミシシッピ」。ヨークタウン級空母の「ヨークタウン」「ホーネット」。レンジャー級空母の「レンジャー」を中心とした艦隊が、増援として合流する手はずになっている。

 

 その他にも、最新鋭戦艦である「ノースカロライナ」「ワシントン」の2隻も、間も無く戦列に加わるだろう。この2隻は、これまでの米戦艦とは一線を画する戦艦で、40センチ砲9門を主武装として装備し、最高速度は28ノットに達する高速戦艦である。事実上の性能は、日本海軍の長門型戦艦を上回ると言う評価がなされていた。

 

 大西洋艦隊の関係者からは悲鳴じみた抗議が送られてきている。「太平洋艦隊ばかりが戦力を独占するのか」と。

 

 しかし、現実に戦力を必要としているのは、大西洋よりも太平洋である。

 

 大西洋の主敵であるドイツ海軍は、ろくな戦力を持っておらず、イタリア海軍は装備こそ立派だが、主力艦を動かす事に積極的とは言い難い。

 

 ならば、当面の脅威である日本海軍に備える為、太平洋に戦力を増強するのは当然の判断だった。

 

 とは言え、これだけの戦力をかき集めても尚、日本海軍への対抗は難しいだろう。

 

「構うものかよッ これ以上、ジャップに好き放題やられて友軍を見捨てるくらいなら、一日でも早く救援に向かうべきだ」

 

 勢い込んで言い募るハルゼー。

 

 闘将である彼だが、それだけに人一倍、戦友愛も強い。味方が苦戦中の時に、呑気に手を拱いていなきゃならないのが悔しいのだ。

 

 と、

 

「私も、ハルゼー提督と同意見です」

 

 居並ぶ将官たちの仲で、1人の女性が挙手をして発言した。

 

 歳の頃は20代前半ほど。短く切りそろえた髪と、やや釣り目気味の顔立ちが目を引く美人である。

 

「メリー、君もか」

 

 女性を見ながら、ニミッツは険しい表情で言う。

 

 女性の名はメリーランド。戦艦「メリーランド」の艦娘である。

 

 彼女の気持ちは判る。真珠湾では妹のウェストバージニアを、北太平洋では姉のコロラドを沈められている。

 

 アメリカ合衆国が世界に誇ったビッグ7も、今や彼女1人のみと言う事だ。

 

 しかも、浅瀬に着底した「ウェストバージニア」の方は、まだ浮揚修理の可能性があるが、完全に沈没した「コロラド」を助ける方法は、いかなる方法を用いたとしても皆無だった。

 

「落ち着きたまえ。ハルゼー、メリー、君もだ」

 

 ニミッツは、殊更、穏やかな言葉で言った。

 

「今ある戦力は、我々にとって最後の切り札であると言って良い。いたずらに消耗するわけにはいかんのだ」

 

 ニミッツも、悔しさでは2人に負けていない。できる事なら、今すぐにでも反攻作戦を開始したいくらいである。

 

 だが、今ある戦力を消耗し尽くしたら、新しい艦が竣工するまで、太平洋艦隊は完全に無防備になってしまう。そうなると最早、侵攻してくる日本軍を迎え撃つ事は不可能である。

 

 このハワイは敵に奪われ、西海岸まで攻撃に晒される事だろう。

 

 そうならない為に、太平洋艦隊は一定の戦力を保持する必要があるのだ。

 

「諸君も、決して軽挙な行動に走らず、今は耐えてくれ。近いうちに、必ず反撃の機会は作る事を約束する」

 

 ニミッツのその一言によって、会議は終結を見るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小気味いい反響音が響き渡り、心が軽くなったような感覚になる。

 

 見回せば、幾人かの女性が、裸身を晒して湯に浸かっているのが見えた。

 

 湯気に当てられ、ほんのり桜色のしまった肌が、好ましく映り込む。

 

 ここは、鎮守府内部に設けられた、艦娘達御用達の銭湯である。

 

 宿泊施設も併設されており、戦闘や訓練等によって疲れた体を癒すのに重宝されていた。

 

 また、開戦してからは戦闘による損傷や、長期出撃に伴う艦体整備中の艦娘も利用する場合が多い。

 

 いわば、過酷な任務をこなした艦娘への、ちょっとしたボーナスのような物である。

 

 施設内にはレクリエーション施設の他、一流の料理人による食堂や「間宮」の支店もある為、ひじょうに人気が高かった。

 

 その銭湯に今、北太平洋での通商破壊戦任務を終えた姫神、黒姫の姉妹艦娘も入っていた。

 

「あ~ 言いお湯だね、お姉ちゃん。ほんと生き返る~って感じ?」

「そうですね」

 

 お湯の中で手足をグーッと伸ばす妹に、姫神は短く返す。

 

 2人の艦体は今、ドッグの中で整備を受けている。

 

 長期の通商破壊任務で、どこかしらに不具合が生じている可能性もある。それを確認する為だった。更に酷使した主砲の砲身交換や、帰還の整備も必要だった。

 

 そうした整備の間、2人はこの銭湯に泊まって、のんびりとリラックス

 

「まったくもー。提督も艦娘使いが荒いって言うか・・・・・・2カ月も洋上補給だけで作戦続行するとか、無茶過ぎると思わない?」

 

 ぷくっと膨らんだ黒姫の口から、彰人に対する愚痴が漏れる。

 

 確かに。海の上にいると言う事は、それだけでストレスが溜まる物である。それを、2か月近くもぶっ通しで通商破壊戦を続け、その間に一度も寄港しなかったのは、なかなかしんどかった。

 

 一応、時化の際には被害を出さないように退避するなど措置を取ったし、補給の際は敵の襲撃を避けて千島列島にまで退避もしたが、それでもぶっ続けであった事には変わりは無かった。

 

 乗員は勿論、艦娘にも負担が大きかった。

 

「作戦上の要請だから、仕方がないことです」

 

 そんな不満たらたらな黒姫に対して、姫神は素っ気ない口調で返した。

 

 そんな姉を見て、少し目を細める黒姫。

 

「ん~? ヒメお姉ちゃん、提督の肩持つの?」

「肩も何も、それが事実ですので」

 

 任務であり、提督の指示であるならば仕方がない。

 

 姫神としては、そう判断しての発言である。

 

 だが、それに対して黒姫は、納得していない様に姉を睨む。

 

「何か怪しいなー お姉ちゃん、提督と何かあった?」

「何か、とは?」

 

 妹の質問に対し、首をかしげる姫神。

 

 別に何も無い。彰人に対する意見は、姫神にとってごくごく当たり前の状況判断に過ぎなかった。

 

 だが、黒姫の方は、それで納得した様子も無い。

 

「んー 何か提督に奢ってもらったとか、可愛がってもらったとか?」

 

 黒姫の言葉を受けて、姫神はふと思い出す。

 

 彰人の手の温もり。

 

 頭を撫でてもらった時の気持ちよさ。

 

 それらは姫神にとって、決して不快な物ではなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと、手を伸ばして自分の頭に手をやる姫神。

 

 どうも、違う。

 

 彰人の手の、あの柔らかな感触とは、どうしてもかけ離れた物しか得られない。

 

 なぜ、自分があんなものに未練を持っているのか、

 

 実のところ、姫神自身もよく判っていない。

 

 しかし、だからこそ気になってしまうのかもしれなかった。

 

 ごまかすようにそう言うと、姫神は湯から立ち上がる。

 

 幼さの残る裸身が、湯気の中に浮かび上がる。

 

「・・・・・・・・・・・・勘ぐりすぎです。クロの悪い癖ですよ、それ」

 

 断じるように言うと、姫神は湯からさっさと立ち上がる。もう十分温まっている。いい加減のぼせてしまいそうだった。

 

 向こうは人間の提督であり、自分達を指揮する存在。

 

 対して自分は艦娘。彼の指揮に従い、敵と戦う存在。

 

 それ以上でも以下でもありはしなかった。

 

「あ、ちょっと待ってよ、お姉ちゃん。私も上がる」

 

 慌てて、姫神を追って風呂を後にする黒姫。

 

 身体を拭いて脱衣所に行き、備え付けの浴衣を着込む。

 

「でも、何か嬉しいな」

 

 濡れた髪をドライヤーで乾かした黒姫は、長い髪をトレードマークとも言うべき三つ編みには結わず、適当に纏めて縛り、姫神に向き直る。

 

「お姉ちゃん、何だかんだ言いつつ、提督とはうまくやっているみたいです」

「前にも言いましたけど、必要だからそうしているだけです」

 

 しつこい妹に辟易するように、姫神は自身も髪を纏めながら答える。

 

 こちらは黒姫ほど長い髪をしていない為、纏めるのも簡単に済む。

 

 綺麗な白い肌が織りなすうなじが、少女を艶やかに演出しているのが判る。

 

 とは言え、そんな姉を見詰めながら、黒姫は嘆息する。

 

 取り付く島も無い、とはこの事だった。

 

 前々から姉には、積極的に他の人や艦娘とコミュニケーションを取るように言っているのだが、とうの姫神はと言えば、どこ吹く風、とばかりに妹の注進を聞き飛ばしている。

 

 おかげで、未だに姫神には、友達らしい友達がいない有様だった。

 

 一方の黒姫はと言えば、割と社交的な性格をしているおかげで、そこそこ友達には困っていない。

 

 同じ姉妹艦娘で、なぜにここまで違うのか。と思わずにはいられなかった。

 

 と、

 

「わぶッ!?」

 

 着替えて脱衣所から出ようとした黒姫が、何か柔らかい物にぶつかり、珍妙な声を上げる。

 

 顔面がクッションに包まれ、衝撃を完全に吸収している。

 

 とは言え、なぜに扉を開けてすぐに壁があるのか?

 

 そう思っていると、

 

「あらあら~ ごめんなさいね~」

 

 何やらのんびりした声が頭上から聞こえてきた。

 

 慌てて離れて振り仰ぐと、豊かな金髪をした女性が、笑顔を浮かべて黒姫を見下ろしていた。

 

 どこかふんわりとした感じの女性であり、優しげな笑みを浮かべて黒姫を見ている。

 

 母性の象徴とも言うべき胸は、服の上からも判るくらい、大きく自己主張をしており、どうやらこれがぶつかった際、黒姫を受け止めたらしかった。

 

「お久しぶりです、愛宕」

「あらあら~ ヒメちゃんにクロちゃんも。元気そうね」

 

 そう言って、愛宕と呼ばれた女性は、ふんわりと笑顔を浮かべる。

 

 高雄型重巡洋艦2番艦「愛宕」の艦娘である。

 

 高雄型重巡は、世界でも有数の性能を誇ると言われる日本海軍巡洋艦部隊の中でも、特に最精鋭を謳われている。攻撃力は勿論、高速夜襲部隊である第2艦隊の旗艦を務めるべく司令部機能を充実させており、戦艦すら上回る巨大な艦橋が特徴的である。

 

 愛宕は特に旗艦を務める頻度が高く、言わば日本海軍重巡部隊の代表的な艦娘と言えた。

 

 実を言うと、彰人が司令官として着任する前、第11戦隊は第2艦隊に所属していた時期があり、そこで愛宕たちと共に艦隊を組んで行動することもあったのだ。

 

「聞いたわよ~ すごいじゃない。戦艦を撃沈なんて」

「ありがとう。そっちも頑張ってるみたいで何より」

 

 優しく褒める愛宕に対し、姫神は相変わらず素っ気ない口調で返す。

 

 そんな姫神の性格を、愛宕も心得ているのだろう。ニッコリと笑う。

 

 第2艦隊は開戦以来、南方資源地帯へと進出する陸軍を支援する為、南方に展開して作戦を行っていたが、それもひと段落したため、本土へ戻って来たのだ。

 

 愛宕たちの活躍があったからこそ、日本軍は当面の戦略目標である、資源地帯を確保した上での、長期自給体制を確立する事に成功したのだ。

 

「そう言えば、うちの提督から聞いたんだけど~」

 

 何やら、愛宕が思い出したように口を開く。

 

「また一緒に戦う事が出来て、お姉さん嬉しいわ~ よろしくね~」

「「はい?」」

 

 愛宕の言葉に、姫神と黒姫は揃って首をかしげる。

 

 目の前の巨乳艦娘が何を言っているのか、二人にはさっぱりわからなかったのだ。

 

 そんな二人の様子を見て、愛宕は「あら?」と口に手を当てる。

 

 何やら情報に行き違いがある。そんな感じだ。

 

「もしかして、聞いてないかしら?」

「何がですか?」

 

 顔を見合わせる姫神と黒姫。愛宕が何を言っているのか、2人にはさっぱりわからなかった。

 

「なら、そうね~」

 

 事情を了解した愛宕が、柔らかい笑みを浮かべて2人を見る。

 

 それに対し、姫神と黒姫はとっさに身構えた。

 

 愛宕がこういう顔をした後、何が来るのか、以前一緒の部隊にいた二人にはよく判っているのだ。

 

 そして、その予想は外れていなかった。

 

 

 

 

 

「ぱん ぱか ぱ~~~ん!!」

 

 

 

 

 

 「「出た」」と、巡戦姉妹は同時に思った。

 

 この「ぱんぱかぱん」は、愛宕の口癖であり、何か重大な情報(愛宕基準)を発表するときに使われる事が多い。同じ部隊だったころに何度も聞かされていた為、出て来る事が予想できたのだ。

 

「実は今度、ヒメちゃんとクロちゃんは、第2艦隊(う ち)の子になる事になりました~」

「「・・・・・・はい?」」

 

 一瞬、キョトンとして愛宕を見る2人。

 

 それはつまり、

 

「11戦隊が第2艦隊に編入されるって事?」

 

 黒姫の質問に対し、愛宕は得意満面で頷く。

 

「そうよ~ 聞いてない?」

「初耳です」

 

 答えながら、姫神は考え込む。

 

 自分達も把握していない、と言う事は、最近になって発令された辞令なのかもしれなかった。

 

 後で彰人に確認をしてみようと思った。

 

 とは言え、第2艦隊の配属ともなると、いずれ近いうちにまた、出撃があるかもしれなかった。

 

 今の内に、やるべき事をやっておいた方が良いと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫神、黒姫姉妹が温泉施設でリラックスしている頃、彼女達の司令官たる水上彰人中佐は、連合艦隊司令部から出頭指示を受け、柱島沖に停泊中の連合艦隊旗艦「大和」を訪れていた。

 

 この2月12日に、「長門」から引き継がれる形でGF(グランド・フリート=連合艦隊)旗艦となった大和は、最新鋭戦艦に相応しい威容と力強さ。そして美意識の集合体とも言うべき、優美なシルエットを誇っていた。

 

 しかし、何と言っても目を引くのは主砲だろう。

 

 45口径46センチ砲3連装3基9門。世界中のどこを探しても、これほど大きな砲を搭載した艦は存在しない。

 

 艦橋や煙突の形状や艦体のシルエットなど、いくつか姫神型巡戦と似通っている部分もある。

 

 恐らく、この「大和」を建造するに当たって、各種の実験を行う事をめざし、あえて姫神型は大和型と似せた部分を持たせたのだと考えられた。

 

 よくもまあ、これ程の巨艦を造ったものだと感心してしまう。

 

 この艦がある限り、日本海軍は世界中のどこの国と戦っても負けない気がした。

 

 生憎、山本伊佐雄GF長官は、東京の海軍省に出張中であり、参謀長の宇垣護少将が出迎えてくれた。

 

 そこで初めて、彰人は第11戦隊が第2艦隊へ編入される事を知った。

 

「第2艦隊ですか。しかし、第11戦隊は、通商破壊戦を主目的に編成された独立部隊ですが・・・・・・」

「判っている」

 

 彰人の言葉を遮るように、宇垣は頷きを返す。

 

 「黄金仮面」の異名が示す通り、あまり表情を動かさないのは相変わらずである。

 

「だが、先の北太平洋での事は、米軍もあらましを掴んでいる事だろう。もう一度、あのように単独行動による作戦が可能だと思うか?」

 

 不可能ではない、と彰人は考える。

 

 真珠湾攻撃や一連の戦いにおいて、太平洋における制海権は、ほぼ帝国海軍が掌握している。西太平洋は、もはや日本の内海と呼んでも差し支えは無いだろう。

 

 東太平洋にしてもそうだ。今後、米軍は暫くの間、戦力保持の為に大々的な作戦行動を控える事になるだろう。となれば、有力な作戦行動は控えるだろう。そうなれば、通商破壊戦の余地は大いに生まれる事になる。

 

 しかし一方で、敵は既に第11戦隊の存在を察知し警戒している筈だ。となれば、輸送船の護衛を強化する事は十分考えられる。

 

 前回のように、上手く事が運ぶ可能性は低いと言わざるを得なかった。

 

「そう、難しい顔をするものじゃない」

 

 彰人の表情を見ながら、宇垣は少し口調を和らげて言った。

 

 その様子に、彰人はおやっと首をかしげる。

 

 ほんの僅かだが宇垣が口元に笑みを浮かべたような気がしたのだ。宇垣参謀長にしては、珍しい光景であろう。

 

「確かに第11戦隊の主目的は通商破壊戦だったが、その他にもあらゆる任務をこなせるようにと言う目的で編成されたはずだ。違うか?」

「それは・・・・・・確かに、そうですが」

 

 海上における特殊部隊。独立行動を基本とする遊撃艦隊。それが姫神型巡洋戦艦のコンセプトだった。

 

 水上砲戦に対空戦闘、対地艦砲射撃、更に夜戦と、可能な任務は幅広い。対潜水艦戦闘以外なら、あらゆる戦闘に投入する事が可能だった。

 

 今後、第11戦隊単独で任務を行う事が難しい以上、他の艦隊と連携を取りつつ戦うと言うのも、一つの考えだった。

 

「今回の第2艦隊編入にしたところで、恒久的と言う訳じゃない。状況に応じて、機動部隊や砲戦部隊への配置もあるだろうし、また戦隊単独で動けるような状況にも配慮するつもりだ」

「成程」

 

 宇垣の言葉に、彰人も頷きを返す。

 

 それに第2艦隊は巡洋艦中心の高速艦隊だ。そこに編成されれば、「姫神」と「黒姫」も充分に実力を発揮できるだろう。

 

「判りました。第11戦隊は以後、第2艦隊隷下として行動いたします」

「うむ、よろしく頼むぞ」

 

 敬礼する彰人を、宇垣は頼もしそうに見つめてから、思い出したように机の引き出しに手を掛けた。

 

「それと、今の話とは別に、君に頼みがある」

「頼み、ですか?」

 

 宇垣の言葉に、怪訝な面持ちになる彰人。

 

 連合艦隊参謀長直々の頼み、と言うのが気になる所だった。

 

 そんな緊張する彰人を見ながら、宇垣は資料を取り出す。

 

「そうかしこまる事は無い。実は、第11戦隊で、駆逐艦を1隻、預かってもらいたいのだ」

「駆逐艦、ですか・・・・・・・・・・・・」

 

 つまり、編入と言う事だろう。

 

 彰人は脳裏で考え込む。

 

 巡洋戦艦2隻に駆逐艦1隻と言うのは、編成としては変則的だ。何より、姫神型巡洋戦艦に追随できる駆逐艦は、日本海軍の中でも少ない筈。

 

 駆逐艦と言えば高速が第一の売りであり、特に水雷夜襲に力を入れている帝国海軍の駆逐艦は、35ノットから38ノットと出る高速艦が多い。

 

 しかし一方で、艦体が小さい事から航続力に難がある。大型の戦艦や空母、巡洋艦に比べると、どうしても行動範囲が狭まってしまうのだ。

 

 戦艦や空母が長距離ランナーなら、駆逐艦は短距離のスプリンターといったところだろう。

 

 巡洋戦艦と駆逐艦を組み合わせるのは、互いの長所を殺す事になりかねないのだが。

 

「これが、その艦の性能だ。目を通しておけ」

 

 そう言って渡された資料を一読して、

 

 彰人は驚いた。

 

 こんな駆逐艦が、本当にあるのか? そう言いたくなるような内容である。

 

「これは、本当なんですか?」

「間違いない。公試運転で、その性能は確認された」

 

 半信半疑の彰人に対して、頷きを返す宇垣。

 

 もう一度、資料に目を落とす彰人。

 

 これが本当だとするなら、恐るべき性能である。世界最強と言っても過言ではなかった。

 

「しかし、これ程の艦を何で第11戦隊(うち)に? これくらいの性能があるなら、普通に水雷戦隊に配属するべきだと思うのですが・・・・・・」

「うむ、まあ、普通なら、な・・・・・・・・・・・・」

 

 彰人の言葉に、宇垣は珍しく言い淀む。いったい、何が問題なのだろうか?

 

「確かに性能は一級品だ。だが、性能が良すぎると言うのが考え物でな。他の駆逐艦と組ませても、そいつの性能を十全には発揮できん。それに・・・・・・」

「それに?」

 

 尋ねる彰人に対し、宇垣はため息を混じらせて視線を向ける。

 

「性格がな・・・・・・艦娘の性格が、聊か問題があってな」

 

 宇垣の説明を聞いて、彰人は納得したように頷く。

 

 艦娘の中には、気難しい性格をしている者も少なくはない。そうした艦娘の中には協調性に問題ありとして、艦隊行動が難しい娘も少なくなかった。

 

「それで、少数で行動し、変則的な任務も多い第11戦隊に、という話になった訳だ」

「何だか、厄介事を押し付けられたって気がしないでもないですけど」

 

 そう言って、彰人は苦笑しつつ、もう一度資料に目を落とす。

 

 「姫神」に「黒姫」そして新型の駆逐艦。

 

 戦力を増強された第11戦隊を率いて、これからどんな戦いに赴く事になるのか、彰人も想像を膨らませるのだった。

 

 

 

 

 

 

 彰人が出て言ったあと、入れ替わるように大和が部屋へと入って来た。

 

「参謀長、こちらの資料にサインをお願いします」

「ああ」

 

 大和が差し出した資料をめくり、目を通していく。

 

 南方作戦の進捗状況に、必要な消費物資の申請書類。各艦隊の訓練状況や艦娘達のコンディション。それらが纏められた資料を淀み無い手つきでめくり、目を通す宇垣。

 

 その間、大和は彼の傍らに立って、その様子を眺めていた。

 

 やがて、全ての資料を読み終えた宇垣は、ペンを取って自分の名前をサインしていく。

 

「よし、これで良い。各部署に回してくれ」

「わかりました」

 

 頼下に一礼し、書類を受け取る大和。

 

 その仕草はいかにも柔らかく、彼女が戦艦であると言う事を忘れてしまいそうだった。

 

「あの・・・・・・・・・・・・」

 

 そこでふと、大和が何やら困ったような顔をして宇垣を見ている事に気付いた。

 

「参謀長、私の顔に何かついていますか?」

「ああ、いや、すまない」

 

 低い声で、宇垣は大和に詫びる。

 

 考え事をしていて、つい大和の顔をじっと見つめてしまっていた事に気付いたのだ。

 

 無論、大和程の美人である。宇垣でなくても眼福に肖りたいと思うのは当然の事であるが、ここはGF参謀長としてのけじめをつけるべきだろう。

 

 そこで、宇垣は話題を変えて口を開いた。

 

「お前にも、近いうちに実戦を経験させてやりたいところだな」

「ありがとうございます」

 

 宇垣の言葉に、大和は軽く頭を下げる。

 

 やはり戦艦として生を受けた以上、実戦の場に出たいと思うのは、艦娘としての性だった。

 

 しかし、

 

 宇垣は同時に、ある懸念を拭いきれずにいた。

 

 それは、大和の実戦参加がいつになるのか、宇垣自身にも見当がつかないと言う事である。

 

 それには2つの理由があった。

 

 現在の連合艦隊司令長官である山本伊佐雄大将は、名うての航空主兵主義者であり、彼の持論は真珠湾とマレー沖で証明されている。

 

 宇垣自身、戦艦を主力とする大鑑巨砲主義者ではあるが、その彼であっても、航空機の威力は認めざるを得ない。これからの主力は、航空機と空母になるであろう。

 

 だが問題なのは、山本をはじめとした連合艦隊司令部の大半が、空母の威力を過信しすぎているのではないか、と言う事である。その山本が、戦艦の実戦参加を果たして認めるかどうか、疑問が拭いきれないでいた。

 

 更にもう一つ、山本とは逆に、大艦巨砲主義者達の思惑も気になる所である。

 

 彼等にとっては空母が主流になりつつ今でも、戦艦はあくまで海軍の「主力」であり、中でも大和は艦隊決戦の切り札であり、来たるべき決戦の時まで温存すべき最強の戦力である。と認識している者が多い。

 

 しかし知っての通り、アメリカ軍の戦艦は、大半が真珠湾の底に沈んでしまい、他の艦も出撃してくる気配が無い。

 

 そのような状況下である為、大和の出撃に対し、上層部が難色を示す可能性が高い。

 

 嘆息する宇垣。

 

 航空主兵主義者の自論偏重思考と、大艦巨砲主義者の温存思考に板挟みにされた結果、大和の実戦投入が先送りにされる可能性は大いにある訳だ。

 

 しかし、

 

 笑顔を浮かべる大和を、宇垣はじっと見つめる。

 

 「大和」は帝国海軍最強の戦艦である。

 

 そして大和自身も、自身が戦場に立つ日を心待ちにしている。

 

 その大和に、早く実戦を経験させてやりたいと思うのは、宇垣にとっての純粋な親心であると言えた。

 

 

 

 

 

 「大和」を辞去した彰人は、その足で呉の船渠へと向かった。

 

 そこでは今、「姫神」の艦体は今、ドッグにその細身の体を横たえ、幾人もの整備工たちが取り付き、入念な点検を行っている。

 

 北太平洋における作戦で、「姫神」や「黒姫」が損傷を負う事は無かったが、長期航海をした後では、艦内の設備に何らかの異常が出る事もあり得る。次の任務に差支えが出ないように、整備工たちが丹念にチェックをしてくれている。

 

 彰人たちの戦場は海の上だが、彼等の戦場は、この工場の中であると言えた。

 

 彰人が「姫神」を見に来たのは、整備の進捗状況を確認する為だった。

 

 第2艦隊への編入が決まった以上、移動や合同訓練の計画も立てなくてはならない。そのためにも、修理の進行具合を把握していく必要があったのだ。

 

 整備責任者との打ち合わせを終え、主要な区画の進捗状況を確認した彰人が、最後に昼戦艦橋へと足を踏み入れた時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・はい?」

 

 思わず絶句した。

 

 何とそこには、床で丸くなるようにして眠っている、姫神の姿があったからだ。

 

 確か姫神はまだ、黒姫と一緒に温泉に行っている筈だったのだが、なぜこんな所で寝ているのか?

 

 恐る恐る近づいてみると、少女の気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。

 

「姫神・・・・・・姫神、起きて。こんな所で寝てたら風邪ひくよ」

「・・・・・・んみゅ?」

 

 肩を掴んで揺り動かすと、子猫のような呻き声と共に、姫神はうっすらと目を開ける。

 

「・・・・・・・・・・・・ん・・・・・・提督?」

「何でこんな所で寝てるの?」

 

 流石に、この登場の仕方は予想外過ぎた。確かに姫神は寝る事が好きで、暇さえあれば寝ている娘だが、整備中の艦内の、しかも艦橋で寝ているとは思わなかった。

 

「ちょっと気になったから見に来ました・・・・・・そうしたら眠くなって、そのままここで寝てました」

 

 まことに、姫神らしい理由だった。

 

「でも、こんな所で寝てたら・・・・・・て、言ってる傍から寝ないで!!」

「ん・・・・・・でも、眠い、ので・・・・・・あと五分・・・・・・」

「いや、『あと五分』じゃなくて!!」

 

 そう言っている内に、姫神は眠りへと落ちて行ってしまった。

 

 もう、ゆすっても起きそうにない。

 

 苦笑する彰人。姫神は海の上にいようが陸の上にいようが、マイペース振りに変わりは無かった。

 

 そっと頭を撫でてやると、少しくすぐったそうに瞼を動かす。

 

「仕方が無いな。姫神の部屋は、確か使えたよな」

 

 そう言うと、眠っている姫神を起こさないように、彼女の肩と膝裏に手を入れ、所謂「お姫様抱っこ」の状態にして抱き上げてやる。

 

 こんな床で寝かせておくわけにもいかないので、彼女の部屋まで運んでやろうと思った。

 

 それにしても、

 

「軽いな」

 

 基準排水量3万1000トンを誇る巡洋戦艦とは言え、姫神自身は普通の女の子に過ぎない。

 

 その体躯は戦艦の中では最も小さいし、艦娘としては、空母や重巡は勿論、軽巡、下手をしたら駆逐艦の艦娘よりも小さいかもしれない。

 

 こんな小さな子が、頑張って強大な敵と戦っているのだ。自分も頑張らなくてはいけない。

 

 そんな彰人の静かな決意を受けながら、姫神はすやすやと気持ち良さそうに寝息を立てていた。

 

 

 

 

 

第6話「緩やかなる時間」      終わり

 

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