蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第70話「機動部隊展開」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パラオにある連合艦隊司令部は、極度の緊張の中にあり続けていた。

 

 間もなく、待ち望んだ報告が届けられる算段になっている。

 

 それは、古河司令部なって以来、初となる大規模作戦の発動を告げる号俸となるだろう。

 

 連合艦隊司令長官の古河峰一もまた、ジッと腕を組んだまま目を閉じている。

 

 誰もが緊張にそわそわとする中、古河はただ1人、静かにその場に佇んでいた。

 

 やがて、

 

 廊下の方から駆ける足音が近付いて来るのが聞こえてきた。

 

 皆が振り向く中、

 

 扉が勢いよく開かれた。

 

「報告します。ハワイ方面監視中の潜水艦から暗号通信を受信しました!!」

 

 通信使の報告に、誰もが視線を集中させる中、

 

 こがはゆっくりと目を開いた。

 

「読め」

「ハッ」

 

 短い指示に通信士は、背筋を伸ばして電文に目をやる。

 

「宛:連合艦隊司令部

 発:潜水艦 伊19

 

 本文《我、合衆国太平洋艦隊の出航を確認す。目標はマリアナと推定》

 

 以上です!!」

 

 その言葉に、司令部の全員が色めき立つ。

 

 ついに、

 

 ついに来た。

 

 開戦以来2年半が経過し、合衆国軍が完成した大艦隊が、帝国の版図に攻勢を仕掛けるべく出撃して来たのだ。

 

 マリアナは絶対に守り通さなくてはならない。

 

 マリアナを敵の取られたら、今度はそこを足掛かりに本土を狙われるからだ。

 

 本土にいる国民が犠牲になるようになったら、この戦争は帝国の負けである。

 

 それを防ぐための手立ては、古河が司令部に着任して以来、充分にやって来た物と自負している。

 

 ならば、あとは配下の諸将を信じるのみである。

 

 小沢治俊、宇垣護、そして水上彰人。

 

 皆、古河にとっては「同志」とも言える、腹心の将達である。

 

 こがは厳かに、口を開いた。

 

「全軍に、『あ号作戦』発動準備を発令せよ」

 

 連合艦隊司令長官自らが発する命令。

 

 その言葉に、全てが動き出した。

 

 

 

 

 

 翼を連ねた大編隊が、次々と甲板を蹴って飛び立っていく。

 

 その姿たるや、怪鳥の群れが空を覆い尽くしているようにさえ見える。

 

 圧倒的な数の大編隊は、母艦を飛び立つと同時に進路を西へと向ける。

 

 その数たるや、実に400機にも達する。

 

 かつて、これ程の数の大編隊が、空母のみから発進した例は存在しない。

 

 それだけに、パイロットの全員が誇りを胸に大空へと飛び立っていった。

 

 その怪鳥たちの翼には皆、白く染め抜かれた星のマークが輝いている。

 

 1944年5月17日。

 

 ついに、

 

 合衆国軍による、マリアナ攻略作戦が開始された。

 

 作戦名「掠奪者(フォーレジャー)」と名付けられたこの作戦に、合衆国軍は圧倒的規模の母艦航空隊を投入、マリアナ諸島、並びに迎撃に現れるであろう帝国艦隊を一挙に殲滅する構えを見せていた。

 

 作戦指揮官であるレイアード・スプルーアンスは周到だった。

 

 彼は、先のトラック環礁海鮮において拙速な攻めをして大損害を出してしまった戦訓を鑑み、慎重に作戦を推し進めていた。

 

 まず艦隊の一群を割いて北上させ、小笠原諸島に強襲を掛ける作戦を行っている。

 

 これは、マリアナ諸島を孤立させるためである。

 

 スプルーアンスは、マリアナ諸島と本土を結ぶ中継点が小笠原諸島であることを見抜いており、ここを破壊する事で、帝国軍がマリアナ諸島に増援を送れないようにしよう、と考えたのだ。

 

 更にスプルーアンスは、帝国艦隊の到着前にマリアナの航空兵力を壊滅に追いやるべく、先制攻撃を仕掛けた。

 

 いわば、マリアナと帝国艦隊、双方を各個撃破してしまおうと言う作戦である。

 

 この作戦が奏功していたら、確かにマリアナの帝国軍は増援を受けられずに窮地に陥っていたかもしれない。

 

 だが、

 

 事態はスプルーアンスにとって、思わぬ形に推移しようとしていた。

 

 

 

 

 

 マリアナに向かって飛翔する合衆国軍の大編隊。

 

 マリアナ諸島にある主要な軍事拠点は全て、サイパン、テニアン、グァムの3島に集中している。

 

 空母から飛び立った合衆国軍の大編隊は、所定の行動に従い、3島へ進路を取って攻撃態勢に入る。

 

 まずはマリアナの航空基地を潰す。

 

 そして制空権を確保した上で、帝国艦隊を迎え撃つのだ。

 

 万が一、帝国軍が合衆国軍の攻撃を察知して航空攻撃を仕掛けて来たとしても、合衆国軍は慌てる事は何も無い。

 

 この時期、合衆国艦隊のレーダー装備は充実を見ており、長距離索敵レーダーから、短距離レーダーまで各種取り揃え、鉄壁とも言える電子による監視網を構築していた。

 

 更に無線通信による艦上からの航空管制システムを確立。レーダーで位置、高度、速度捉えた敵編隊に対し、迅速に迎撃部隊を差し向ける事ができる。

 

 極めつけはVT信管の存在だった。

 

 「可変時限信管」あるいは「近接信管」と呼ばれるこの信管内部に小型のレーダーが内蔵されており、砲弾が目標に対しある程度の距離まで近づくと自動的に炸裂し、破片を撒き散らして攻撃する事ができると言う、画期的な対空砲弾だった。

 

 これらの充実により、合衆国軍は鉄壁とも言える防空ラインを形成しており、いかなる敵機であろうとも、決して自分達には近づけさせはしない。と言う想いがあった。

 

 そのような中、艦隊を発した合衆国軍の攻撃隊は、予定の行動に従い徐々にマリアナ3島へと近付いて行く。

 

 そのうち、いち早く目標への接近を果たしたのは、グァム島を目指した部隊である。

 

 同島は開戦前は合衆国軍が領有していた島であり、開戦後すぐに帝国軍によって占領されてしまったのだ。

 

 それだけの、本作戦における最重要目標に指定されていた。

 

 間もなくだ。

 

 間もなく、攻撃を開始できる。

 

 恨み連なるジャップ共の頭の上に爆弾を叩き付け、奴等を黒焦げにしてやる事ができる。

 

 誰もがそのように考え、猛る心を解放する瞬間を待ち望む。

 

 やがて、

 

 視界の先、雲の切れ間に海岸線がうっすらと見え始めた。

 

 あれこそが、目指すマリアナ諸島だ。

 

 合衆国軍はついに、帝国軍の防衛ラインに取りつく事に成功したのだ。

 

 直ちに攻撃態勢が取られる。

 

 散開する合衆国軍。

 

 急降下爆撃隊は高度を取り、水平爆撃隊は編隊を崩さずに高度を落としていく。

 

 圧倒的とも言える物量を誇る攻撃隊が、目標となる飛行場目指して接近していく。

 

 間もなく、マリアナ3島は炎と破壊に埋め尽くされる事になる。

 

 誰もがそう思った。

 

 次の瞬間、

 

「敵機接近!!」

 

 誰かが叫んだ。

 

 振り仰ぐ一瞬。

 

 そこには、

 

 無数とも言える帝国軍の戦闘機隊が今、正に、合衆国軍の攻撃隊に対して急降下を仕掛けようとしている所だった。

 

 零戦や、局地戦闘機の紫電、雷電と言った機体が、待ち構えていたように合衆国軍に襲い掛かろうとしていた。

 

 その数たるや、合衆国軍と大差ない程である。

 

 ただちに散開し退避に移ろうとする合衆国軍攻撃隊。

 

 帝国軍の戦闘機はかなりの数に上る。このまま攻撃態勢に入るのは無謀だと判断したのだ。

 

 さらに、ヘルキャットやコルセアと言った戦闘機隊が急上昇を掛け迎え撃つ。

 

 どうにか、攻撃隊を守ろうと立ちはだかる合衆国軍戦闘機隊。

 

 しかし、上方と言う、空戦において絶対的に有利な位置を取られた事は大きい。

 

 たちまち空中で両軍は入り乱れた乱戦へと突入する。

 

 最初の一撃は、やはり帝国軍側が有利に動いた。

 

 すれ違いざまに機銃弾を浴び、火を噴いて墜落していく。

 

 その大半が、ヘルキャットだ。

 

 性能的には帝国軍の戦闘機に勝るヘルキャットも、膨大な数の差を付けられては不利は否めなかった。

 

 合衆国軍も必死に応戦するが、やはり奇襲を受けた事は大きい。

 

 1機のヘルキャットが複数の帝国軍機に追い回される様は、これまでの戦況を裏返すが如き光景である。

 

 帝国軍の動きは素早かった。すぐに体勢を立て直し、空戦機動へと入る。

 

 対して、合衆国軍も直ちに迎え撃つ体勢を整えようとする。

 

 しかし、

 

「何て多さだよ!?」

 

 ギャレット・ハミル少佐は、呻くように呟きながら、愛機であるコルセアを操っている。

 

 今回の戦いの前に昇進を果たし、更に空母「エンタープライズ」の戦闘機隊隊長に就任したギャレット。

 

 今回の戦いに参加する兵力を見てギャレットは、今度こそ勝てると確信していた。

 

 合衆国海軍始まって以来となる大艦隊。

 

 膨大な数の航空機。

 

 これで勝てない方がおかしい。

 

 因縁ある帝国艦隊を撃破し、マリアナをも奪還する事ができる筈。

 

 誰もが、そう信じて疑わなかった。

 

 だが、

 

 蓋を開けてみれば帝国軍は、ギャレット達の予想をはるかに上回る規模の戦力を用意して待ち構えていたのだ。

 

 機種の大半は相変わらずの零戦(ゼロ)だが、その数は圧倒的に多い。いったい、何機いるのか見当もつかない程だった。

 

「クソッ!!」

 

 舌打ちするギャレット。

 

 その視界の先では、零戦隊に追い回されるドーントレスやアヴェンジャー隊の姿が見える。

 

 いかに旧式の零戦とは言え、鈍重な爆撃機や雷撃機にとっては脅威である。

 

 ギャレットは焦る気持ちを押さえ、機体を反転させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 マリアナ諸島の西側では、もう一つの艦隊もまた動き出そうとしていた。

 

 帝国海軍である。

 

 合衆国海軍が、マリアナ攻略を目指して出撃する兆候をキャッチした帝国軍もまた、根拠地であるパラオを出撃。合衆国軍に先んじる形でマリアナ近海に布陣していたのだ。

 

 ちょうど上空から俯瞰する形で見れば、マリアナを間にはさみ、東側に合衆国艦隊が、西側に帝国艦隊が展開している形である。

 

 見ようによっては、マリアナを取り合うようにして両軍が左右から睨みあっている形だった。

 

「作戦は、順調のようだな」

「はい。既に、敵の第1次攻撃隊の撃退には成功したとの事です」

 

 問いかける小沢に対し、傍らの少女が頷きを返した。

 

 小柄な体躯に、短く切った髪と少しつり上がった目が特徴の可愛らしい少女。

 

 大鳳である。

 

 小沢は連合機動艦隊創設に伴い、旗艦を第2次ソロモン海戦以後、長く将旗を掲げて来た「蒼龍」から、この最新鋭空母である「大鳳」へ移したのだ。

 

 「大鳳」は翔鶴型航空母艦の設計をベースに、水密防御に力を入れ、更に飛行甲板に厚い装甲を施す事で、事実上、500キロまでなら爆弾の直撃にも耐えられる設計をしている。

 

 正に帝国海軍機動部隊の最大の切り札と言えた。

 

 唯一の欠点は、搭載機数が50機、露天繋止分を含めてもせいぜい70機程度しか搭載できない点である。

 

 しかし、ミッドウェー海戦において、急降下爆撃で3隻もの空母を失った帝国海軍にとっては、理想の具現と言っても良かった。

 

 その、「大鳳」の飛行甲板からも、次々と零戦が飛び立っていく様子が見える。

 

 以下が、マリアナ諸島沖に集結した帝国海軍の陣容となる。

 

 

 

 

◎連合機動艦隊

 

○第1機動艦隊

第1航空戦隊「大鳳」(艦隊総旗艦)「翔鶴」「瑞鶴」

第5航空戦隊「瑞鳳」「祥鳳」

司令部直属「信濃」

第8戦隊「利根」「筑摩」

第3水雷戦隊「川内」 駆逐艦10隻

 

○第2機動艦隊

第2航空戦隊「蒼龍」「雲龍」(旗艦)「龍驤」

第3航空戦隊「隼鷹」「飛鷹」

司令部直属「比叡」

第5戦隊「妙高」「羽黒」

駆逐艦9隻

 

○第2艦隊

第1戦隊「大和」(旗艦)「武蔵」「長門」

第3戦隊「金剛」「榛名」

第4航空戦隊「伊勢」「日向」

第6航空戦隊「龍鳳」「千代田」「千歳」

第4戦隊「高雄」「愛宕」「鳥海」「摩耶」

第2水雷戦隊「能代」 駆逐艦12隻

 

○第7艦隊

第11戦隊「姫神」(旗艦)「黒姫」

第7戦隊「最上」「鈴谷」「熊野」

第14戦隊「大淀」「仁淀」

第13戦隊「矢矧」 駆逐艦10隻

 

艦載機総数530機。

 

 

 

 

 

 合計すると正規空母7隻(「隼鷹」「飛鷹」含む)、軽空母6隻、戦艦4隻、高速戦艦3隻、航空戦艦2隻、巡洋戦艦2隻、重巡洋艦11隻、軽巡洋艦5隻、駆逐艦40隻、合計80隻。

 

 ミッドウェー海戦以来となる、連合艦隊の総出撃である。

 

 この戦いに際し、帝国海軍は入念な準備を重ねてきた。

 

 攻撃隊の縮小と戦闘機隊の大幅強化。

 

 教育飛行隊のカリキュラムも、防空戦闘中心に改められている。

 

 こうして、マリアナに集められた航空機は実に1000機に上る。母艦航空隊と合わせれば1500機。合衆国軍の倍近い航空兵力であり、同時にその8割近くが戦闘機で構成されている。

 

 合衆国軍は自分達こそが物量に勝っていると思い込んでいたが、実際には帝国軍の方がはるかに大量の航空機を用意する事に成功していたのだ。

 

 更に、水上艦艇も充実を見ている。

 

 特筆すべきは、「信濃」の存在だろう。

 

 ついに竣工し、艦隊へ編入された戦艦「信濃」は、今回の戦いが初陣となる。

 

 その戦力は、見た目こそ「大和」「武蔵」と大差はないが、対空火力が大幅に増加されており、高角砲は65口径10センチ砲が連装16基32門、機銃は40ミリ3連装8基24丁、25ミリ3連装46基138丁、28連装噴進砲8基。

 

 対空砲の内、高角砲と40ミリ機銃は電探による連動射撃が可能となっている。

 

 その対空火力たるや、単純に計算しても姫神型巡洋戦艦の2倍、秋月型防空駆逐艦の4倍に達する。

 

 更に、「大和」「武蔵」では過剰だった甲板防御は見直され、浮いた分の重量を水密防御に回されている。事実上、数発程度の魚雷命中なら損傷なしで耐えられるとさえ言われている。

 

 極めつけは、主砲である。口径こそ45口径46センチ砲3連装3基9門と姉艦2隻と同じだが、姫神型巡戦で実用性を証明された自動装填装置を採用。何と、20秒に1斉射が可能となっている。

 

 「信濃」は文句なしで、世界最強の戦艦だった。

 

 その他にも、「長門」「金剛」「比叡」と言った、過去に損傷を負った艦も、対空火力の増強が成されている。

 

 特に「比叡」は、南太平洋海戦で戦艦「アラバマ」の砲撃をまともに受けて大破。一時は沈没も懸念される程の大損害を喰らっている。

 

 どうにか本土に帰り付く事はできた物の、損傷個所を完全に修復する事は不可能だった。

 

 そこで「比叡」は、後部第3砲塔が撤去され、空いたスペースに12・7センチ高角砲を合計で4基増設している。更に副砲は撤去され、同様に対空砲を充実。高角砲だけで実に、連装5基10門搭載していた。

 

 「長門」や「金剛」にしても、舷側の副砲は全撤去され、高角砲の増設が成されている。

 

 これらの改装により、連合艦隊全体の防空力は、飛躍的な上昇を見せていた。

 

「今のところ、水上の思惑通りに戦況は進んでいるな」

 

 小沢は満足そうに言いながら、脳裏には彰人の顔を思い浮かべていた。

 

 今回の出撃に先立つ作戦会議の場において、彰人はマリアナへのいち早い艦隊展開を主張していた。

 

 彰人の予想では、敵将スプルーアンスは慎重派の提督として知られており、作戦においては確実性の高い手段を取ってくるはず。その手段とはつまり、マリアナ諸島と帝国艦隊をそれぞれ分離して各個撃破する事にある。

 

 その為には、主力艦隊でマリアナ諸島を攻撃する一方で艦隊の一部を割いて小笠原諸島の航空基地を攻撃、これを叩き潰してしまおうとすると考えられる。

 

 そうすれば、マリアナ諸島の戦力は外部から補給が受けられず、いずれは崩壊するからだ。

 

 ならば、こちらはそれを逆手に取る。

 

 スプルーアンスの予想よりも早く動き、敵に先んじる形で迎え撃つ体勢を整えるのだ。

 

 上手く行けば、合衆国艦隊を逆に各個撃破する事も不可能では無い筈。

 

「見事に上手く行ったな、水上よ」

 

 小沢は、この場にいない若き提督にそう語りかける。

 

 彰人の作戦は図に当たり、敵は一部の戦力を北上させた事がすでに確認している。

 

 これで、彼我の航空戦力はより広がった事になる。

 

 

 

 

 その頃、

 

 第2機動艦隊に所属する「蒼龍」でも、戦闘機隊の発艦体勢に入ろうとしていた。

 

 その中に、相沢直哉の駆る零戦22型甲の姿もあった。

 

 多くのパイロット達が、機体を最新鋭の52型に切り替える中、直哉は22型を使い続けていた。

 

 この機体の魅力は、何と言っても継戦能力の長さにある。7.7ミリと言う小口径機銃を採用した為、機銃弾が多数搭載されている。その為、通常の20ミリ搭載型零戦よりも長く戦う事が可能となっているのだ。

 

 零戦52型には、この小口径搭載型の機体は無い。それが、直哉が使い慣れた機体に拘っている理由だった。

 

 連機艦全体で見ても、直哉のように旧来の機体に愛着を持って乗っているパイロットが何人か存在する。そう言う人間は得てして、今や貴重な存在となった、真珠湾攻撃以来のベテランばかりだった。

 

 愛機に乗り、操縦桿を握る直哉。

 

 しかし、

 

 その顔はどこか浮かない。

 

 少年の脳裏には、あの時の少女の姿があった。

 

 あの、蒼龍に衝動的とも言えるキスをされた日。

 

 あれ以来、蒼龍とはまともに口を聞いていない。

 

 否、直哉の方からは積極的に話しかけようとはしているのだが、それを蒼龍が逃げるようにして避けているのだ。

 

「あれは・・・・・・いったい何だったんだろう?」

 

 呟きを漏らす直哉。

 

 いや、あれの持つ「意味」は分かっているのだ。直哉とて、そこまで鈍くは無い。

 

 問題なのは、蒼龍が自分に想いを寄せている、と言う事実についてである。

 

 なぜ、こんな事になったのか?

 

 確かに、着任してからこっち、蒼龍は自分によくしてくれた。だがそれは、あくまでも友人としての範疇だと直哉は思っていた。

 

 それが、このような事になるとは。

 

 いったい、どうすれば良いのか?

 

 直哉は今でも、自分が飛龍の事が好きであると自覚している。

 

 だが、

 

 それならば、蒼龍の事はどう思っているのか?

 

 好きか嫌いかで言えば、勿論好きである。蒼龍を嫌う理由は、直哉には無い。

 

 だが、それでも恋人として好きかと言われれば、どうしても二の足を踏んでしまうのだった。

 

 蒼龍の顔を見る度、どうしてもその脳裏には飛龍の面影が思い浮かべられてしまうのだった。

 

 やがて、直哉の発艦の順番が来る。

 

 そこで、気持ちを切り替える。

 

 まずは、この戦いを乗り切る。

 

 その上で、蒼龍の真意を聞いてみるべきだった。

 

 機体を、前へと進ませる直哉。

 

 そこでふと、振り向いた視線に、人影が飛び込んできた。

 

 艦橋の脇に隠れるように、髪をツインテールに縛った少女が、控えめに手を振っているのが見える。

 

 蒼龍だ。

 

 どうやら、見送りに来てくれたらしい。

 

 手を振る直哉。

 

 それに対し、蒼龍もまた小さく笑い返して手を振ってくる。

 

 やがて、直哉の零戦22型甲は、飛行甲板を蹴って、上空へと舞い上がって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「エンタープライズ」に戻ってきたギャレットは、同時に戻ってきた味方の姿に愕然とする思いだった。

 

 第1次攻撃隊としてマリアナ諸島攻撃に参加したギャレットだったが、その攻撃は思うように戦果が上がらなかった。

 

 帝国軍は圧倒的な数の戦闘機を用意し、合衆国軍を迎え撃って来たのだ。

 

 その結果、合衆国軍の攻撃は失敗。多少の戦闘機を撃墜し、地上施設にもダメージを負わせたものの、壊滅に追い込むほどには至らなかった。

 

 コルセアを停止させコックピットから降りると、待っていたように少女が駆け寄ってくるのが見えた。

 

「ギャレット、無事だったのね」

 

 エンタープライズは、戦闘機隊隊長の姿を見て安堵の笑みを浮かべる。

 

 対して、ギャレットも笑顔で応じる。

 

「当たり前だろ。俺がやられるわけないだろうが」

「恰好付けちゃって」

 

 そう言うと、エンタープライズはクスクスと笑った。

 

 しかし、

 

 周囲を見回せば、惨憺たる光景が広がっている。

 

 辛うじて母艦までたどり着いた物の、重傷を負って虫の息の者、手足を機銃で吹き飛ばされた者が多数に上る。

 

 ベテランパイロットとは言え、五体満足で帰って来れたギャレットはまだ運が良い方だったのかもしれない。

 

「大変な戦いだったんだね・・・・・・・・・・・・」

 

 担架に乗せられ、運ばれていくパイロットを見送りながら、エンタープライズはポツリとつぶやいた。

 

 彼女の飛行甲板を蹴って出撃した機体の内、戻ってこれたのは半分に満たなかった。

 

 それだけ、帝国軍側の抵抗が激しかった事を意味している。

 

 と、

 

「そう、暗い顔すんなって」

 

 そう言って、ギャレットはエンタープライズに笑いかける。

 

「まだ戦いは始まったばっかりなんだぜ。お前がしっかりしないでどうすんだよ」

 

 ギャレットの励ましに対し、

 

 エンタープライズも、苦笑するように笑顔を見せる。

 

「そう、だよね。今はもう、あたしが一番、お姉さんなんだもんね」

 

 開戦以来、保有正規空母の大半を喪失した合衆国軍にとって、「エンタープライズ」は唯一の歴戦の空母である。

 

 そう言う意味では、エンタープライズは確かに、空母部隊の「お姉さん」として、後輩の少女達を導く役割が与えられていた。

 

「みんな良い子達だから、すぐに実戦に慣れて一人前になると思うよ」

 

 かつてのヨークタウンやホーネット達がそうだったように、いずれは合衆国安芸郡の主力を担い、立派に戦って行ってくれるだろう。

 

「その為にも、この戦いに勝ち残らないとな」

「そうだね」

 

 ギャレットの言葉に、エンタープライズが頷きを返した。

 

 その時だった。

 

 突如、艦隊全体にサイレンが鳴り響く。

 

 ハッとして顔を上げる、ギャレットとエンタープライズ。

 

「まさかッ」

「敵か!?」

 

 声を上げながら、ギャレットは今さっき下りて来たばかりの愛機コルセアに目をやる。

 

 機体はまだ、甲板上にある。先の戦闘に参加した後も、燃料、弾薬は充分に残っている筈。戦おうと思えば、もう一戦くらいは可能なはずだった。

 

「回せー!!」

 

 叫びながら、愛機へと駆け寄るギャレット。

 

 このまま手をこまねいているよりも、空に上がって敵を迎え撃つべきと考えたのだ。

 

「ギャレット!!」

 

 その背中に声を掛けるエンタープライズ。

 

 対して、ギャレットは背中越しに手を振って少女に答える。

 

 その姿を、エンタープライズは不安げに眺めていた。

 

 

 

 

 

 帝国海軍航空隊が戦闘機中心の編成に切り替えられている事は、既に何度も述べている事である。

 

 母艦航空隊と基地航空隊を合わせれば、200機ほどの攻撃機や爆撃機はあるのだが、いわばそれは虎の子の精鋭部隊であり、おいそれと戦線投入して消耗する事は許されない。

 

 そこで全体指揮を執る連合機動艦隊司令官 小沢治俊は、戦闘の前半は戦闘機のみを使用した戦いに終始すると決めていた。

 

 ただ、戦闘機のこなす役割が、何も防空戦闘ばかりとは限らない。少しやり方を変えれば、攻撃に用いる事も可能だった。

 

 戦闘機掃討戦術(ファイター・スィープ)と呼ばれる戦術がある。

 

 レーダーでは機種までは特定できない事を利用して、敢えて攻撃隊全てを戦闘機で固めて出撃、迎撃の為に上がって来た戦闘機を誘い出して討つ事で、相手の防空能力を減殺する戦術である。

 

 小沢はこの初期の段階で、敢えて攻撃するそぶりを見せる事で、合衆国軍に心理的な圧迫を加える事を目的とし、この戦闘機掃討戦術を繰り出して来たのだ。

 

 攻撃に用いた戦闘機は、連機艦全体から120機。その全てが、ソロモンやエスピリトゥサントの攻防戦を生き抜いたベテランぞろいである。

 

 いわば精鋭中の精鋭。いたずらに消耗する事は避けるべきところである。

 

 だが、小沢はあえて、この精鋭部隊を繰り出す事にした。

 

 当然、直ちに合衆国軍も迎撃の為に戦闘機を繰り出す。

 

 そこへ、突撃してきた帝国軍戦闘機隊と、入り乱れた空中戦に突入した。

 

 だが、

 

 流石に精鋭部隊だけあり、帝国軍戦闘機隊は不意を突かれた合衆国軍を圧倒。

 

 体制の整わない合衆国軍機を次々と撃ち落として行った。

 

 帝国軍戦闘機隊の中には、直哉の零戦22型甲もあった。

 

 突っ込んでくるヘルキャットの攻撃を回避する直哉の零戦22型甲。

 

 同時にひねり込むような機動で背後に回り込むと、両翼の7・7ミリ機銃6丁を斉射する。

 

 殺到する銃弾が、ヘルキャットのコックピットを粉砕してパイロットを殺傷する。

 

 その時には既に、直哉は次の目標を見定めて進路を変えていた。

 

 1機のヘルキャットが、直哉機の背後へと回り込もうとしているのが見える。

 

 だが、

 

 直哉はそれを許さない。

 

 零戦特有の小さい半径を描いて攻撃を回避。同時に、ヘルキャットの背後へと回り込んだ。

 

 零戦とヘルキャットは100キロ近い速度差がある。それを考えれば、仮に背後へと回り込めたとしても、射撃できる時間はごくわずかである。

 

 これまでの戦いで、そのタイミングを完璧に近い形で掴んでいる直哉に、油断は無かった。

 

 再び斉射される7.7ミリ機銃。

 

 その1撃によって、ヘルキャットは火を噴いて高度を下げていく。

 

 全体的に少数の帝国軍戦闘機隊だが、精鋭部隊を投入した事が功を奏し、数に勝る筈の合衆国軍を圧倒していた。

 

 

 

 

 

 その頃、「エンタープライズ」を緊急発艦したギャレットもまた、迎撃に参加していた。

 

 だが、彼が戦場に到着した時には既に、空戦は混沌の極みに達し、彼我入り乱れての乱戦に突入していた。

 

 しかし、見るからに合衆国軍の損害は大きい。

 

 煙を吹いて落下していくのは、どれも星のマークを付けた機体ばかりだった。

 

「クソッ」

 

 舌打ちしながら、速度を上げるギャレット。

 

 その前に、1機の零戦が立ちはだかった。

 

 薄い翼に風を受け、軽やかに迫ってくる零戦。

 

 対して、コルセアも逆ガルの翼を鋭く翻す。

 

 交錯する両者。

 

 互いに放った6丁の機銃が相手の機体を掠めていく。

 

 反転は、零戦の方が早い。

 

 素早く機体を回り込ませ、再び射点を確保しようとする零戦。

 

 対して、ギャレットはエンジンスロットルを開き急降下。零戦を振り切りにかかる。

 

 これには、零戦も追随する事が出来ない。ギャレットは、たちまち零戦を引きはがしてしまった。

 

「クソッ 侮れんな」

 

 舌打ち交じりに呟くギャレット。

 

 ベテランパイロットの操る零戦は、相変わらず合衆国軍にとって脅威となる。その事が実地で証明されたのだった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 直哉もまた、たった今自分が対峙したコルセアのパイロットに舌を巻く想いだった。

 

「敵も腕を上げてきている。開戦したばっかりの頃とは比べ物にならない」

 

 相手に対し、賛嘆の想いを禁じ得なかった。

 

 開戦の時のように、楽に勝てる相手ではなくなっていた。

 

 やがて、両軍は互いに距離を置きつつ遠ざかって行く。

 

 損害は、帝国軍20機に対し、合衆国軍は60機に達する。

 

 紛う事無き、帝国軍の勝利。

 

 マリアナを巡る戦いは、ますます激しさを増そうとしていた。

 

 

 

 

 

第70話「機動部隊展開」      終わり

 

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