蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第71話「炎の翼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連合機動艦隊を構成する4個艦隊は現在、マリアナ諸島の西方海上に布陣し、来襲する合衆国軍攻撃隊の迎撃に専念している。

 

 司令官の小沢がこの布陣を洗濯した事には理由があった。

 

 仮に合衆国軍が連機艦を発見して攻撃隊を放って来たとしても、その際には必ず、1000機の航空機が展開するマリアナ諸島上空を通過する必要が出てくる。

 

 つまり小沢は、連機艦その物を囮にして敵を引き付ける一方、マリアナ諸島を防壁として敵の攻撃を減殺する作戦を実施しているのだ。

 

 それはつまり、「マリアナを航空要塞化して敵の侵攻を食い止める」と言う彰人の戦略を、より具体的に形にした物であると言えた。

 

 現在連機艦は、サイパンの西方海上に第2機動艦隊が展開、その北方には主力である第1機動艦隊が展開している。

 

 そして水上砲戦部隊である第2、第7両艦隊は、機動艦隊とサイパンの間の海域に展開している形だった。

 

 機動部隊は後方から航空機を飛ばし、万が一、敵艦隊がマリアナ諸島に艦砲射撃を仕掛けようと接近してきた場合は、第2艦隊と第7艦隊が急行して迎え撃つ形だった。

 

「こちらから攻められない、と言うのは歯がゆい物がありますね」

 

 呟いたのは大鳳だった。

 

 どうやら、空母として生まれた彼女には、守りながら戦うと言う作戦方針を理解しつつも、どこか物足りなさを感じている様子だった。

 

「何事にもやり方と言う物がある」

 

 そんな大鳳を、小沢は優しくたしなめる。

 

「無理に攻めれば、損害が大きくなるばかりだ。それよりも今は守りに徹し、敵が消耗するのを待つんだ」

「・・・・・・はい」

 

 尚も不満は残っているのだろうが、それでも大鳳は不承不承と言った感じに頷きを返す。

 

 開戦からエスピリトゥサントを巡る攻防戦に至るまで、帝国軍はその実情に合わない無理な攻勢を維持し続けてきた。その結果、多くの貴重な戦力と時間を浪費し消耗してしまった事は悔やんでも悔やみきれない経験である。

 

 その戦訓を考えれば、ともかく守りを固めて敵の戦力を減殺する。と言う戦略は、決して間違ってはいなかった。

 

 それに対し、大鳳はそれ以上は何も言おうとはしなかった。彼女個人の不満はさて置き、作戦は忠実に実行するつもりのようだ。

 

 現在までのところ、マリアナに襲来した敵の攻撃隊は三波。その全てが、連機艦と基地航空隊の合同迎撃隊によって撃退されている。

 

 被害らしい被害と言えば、グァムとテニアンの飛行場が、それぞれ1カ所ずつ使用不能にされた程度である。損害は充分、許容の範囲内であると言えた。航空隊の損害は増え始めているが、まだ継戦能力は維持されていた。

 

 対して帝国軍は、少な目に見積もっても200機以上の敵機を撃墜する事に成功している。

 

 状況は明らかに、帝国軍有利に進んでいるように思われた。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 顎に手をやりながら、小沢は呟く。

 

「できれば、このまま行ける所まで行ってほしい所なのだがな」

 

 だが、状況はそれほど楽観視できるものではない事を、小沢はよく理解していた。

 

 今は帝国軍有利に進んでいても、いずれ合衆国軍指揮官は、こちらのカラクリに気付く事だろう。そうなれば、何らかの対策を打ってくるであろう事は明白だった。

 

「そうなる前に、こちらも次の手を打つ必要があるか」

 

 小沢がそう呟いた。

 

 その時だった。

 

 突如、衝撃と共に、轟音が襲い掛かってきた。

 

「何事だ!?」

 

 驚く小沢。

 

 その視界の先では、

 

 巨大な水柱が、不気味に立ち上っていた。

 

 

 

 

 

 小沢が次の一手について模索を始めている頃、

 

 マリアナ諸島を挟んだ「対岸」では、もう1人の指揮官が苦虫をかみつぶしたような表情を見せていた。

 

 レイアード・スプルーアンスは、次々と齎される被害状況に、頭痛がする思いを留められなかった。

 

 配下の第5艦隊に絶対の自信を持っていた彼だが、思いも欠けぬ大損害を喰らってしまった形である。

 

「攻撃に出した機数は、今日1日でのべ1000機にも達する。にも拘らず、敵に与えた損害は、あまりにも少なすぎる」

 

 合衆国軍は、朝から既に3度に渡る攻撃を仕掛けたにもかかわらず、その全てが不首尾に終わっている。

 

 しかも、帝国海軍の艦隊がマリアナ西方海上に展開した事を掴み、そちらに攻撃の矛先を向けた物の、またも大量の敵機に阻まれて手が出せない始末である。

 

 既に未帰還航空機の数は250機を越え、更に帰還後、修復不能と判断された機体も100機近くに上る。

 

 スプルーアンスとしても不本意極まりない結果だった。

 

 合衆国海軍始まって以来の大艦隊を率いているにも拘らず、敵の防衛ラインを突破する事すらできないとは。

 

 おまけに敵指揮官の小沢は、島の向こう側に引っ込んだまま、ひたすら防御に徹している。これでは、合衆国軍の損害ばかりが増えてしまう。

 

「敵は二重三重の迎撃網を敷いてきたと思われます」

 

 参謀の1人が、そう報告してきた。

 

 確かに、現在までのところ、帝国軍は殆ど打って出ることは無く、ひたすら迎撃に努めている。

 

 果たして、小沢はいつ仕掛けて来るのか?

 

 スプルーアンスは、それを考えていた。

 

 敵が仕掛けて来た所を、レーダーと戦闘機、そして強力な対空砲を組み合わせた迎撃網に絡め取り撃退する。

 

 それがスプルーアンスの基本戦略である。

 

 この時、奇しくも小沢とスプルーアンス、日米双方の艦隊指揮官が、同じ戦略の下に動いていたのだ。

 

 スプルーアンスとしては、現在、マリアナ諸島へ行っている攻撃は、あくまでも主作戦の為の予備行動の筈だった。

 

 しかし合衆国艦隊は、その予備行動の段階で損害は無視できないレベルになりつつあった。

 

 その時、

 

「せめてジャップの方から攻めて来てくれたら、自慢の防空システムが発揮できるのにな」

 

 幕僚の1人が、何気ない調子で言った言葉が、スプルーアンスの脳に軽い刺激を与えた。

 

 不意に感じた違和感。

 

 何かが、頭の中で引っかかった気がした。

 

 現在の帝国軍が取っている戦略。それが、スプルーアンスの中で確実な違和感となって残っていた。

 

「・・・・・・・・・・・・ひとつ尋ねるが」

 

 自らの疑問を形にするべく、スプルーアンスは口を開いた。

 

「ここ1年以上の間に、我が軍の艦隊が、帝国軍の航空機から攻撃を受けた例はあるか?」

 

 不意に発せられたスプルーアンスの質問に、幕僚の誰もが首をかしげながら考え込む。

 

 ややあって、その中の1人が答えた。

 

「・・・・・・そう言えば、無いですね。敵の航空機が我が軍の艦船に対して積極的に攻撃を仕掛けて来たのは、昨年初めのニューギニア沖航空戦(い号作戦)以来無い筈です」

 

 その言葉に、

 

 スプルーアンスの中で噛み合わなかったパズルが、ガチッと噛み合った。

 

 それは、考えてみれば至極単純な構図だった。

 

 気付いてしまえばむしろ、今までどうして気付かなかったのか、とさえ思ってしまう。

 

「クックックックックック・・・・・・・・・・・・」

 

 くぐもった笑い声を上げるスプルーアンスに対し、幕僚達が怪訝な面持ちで見上げる中、

 

 スプルーアンスは今世紀最高のジョークを聞いたと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべながら顔を上げた。

 

「やられた・・・・・・諸君、どうやら我々は一杯喰わされたようだ」

「どういう事ですか、提督?」

 

 尋ねる幕僚に、スプルーアンスは向き直った。

 

「敵は攻撃してこないんじゃない。攻撃できないんだ。恐らく、敵は航空部隊の編成を全て、戦闘機で固めているんだよ」

 

 スプルーアンスの言葉に、居並ぶ一同は全員が得心言ったように溜息を漏らした。

 

 確かに、それなら全ての事に辻褄が合う。大量の戦闘機を用意できたのも、艦隊に一切攻撃を仕掛けて来ないのも。

 

 判ってしまえば、全てが単純明快な構図の下に成り立っていたのだ。

 

 ならば、取るべき手段は決まったも同然である。

 

「まず、第2機動群を直ちに呼び戻したまえ」

 

 第2機動群は、スプルーアンスの命令を受けて小笠原諸島攻撃に向かった部隊である。

 

 本来であるなら、小笠原を攻撃してマリアナ諸島と帝国本土の連絡線を断ち切る、と言う作戦を立てていたスプルーアンスだったが、その作戦は予想をはるかに上回る帝国艦隊の来援によりご破算になってしまった。おかげでスプルーアンスは、初期から1個艦隊と、そこに所属する300機もの航空機を欠いた状態で戦わざるを得なかったのだ。

 

 だが、幸いな事に、第3機動群が分離して、それほど時間が経ったわけではない。今から呼び戻せば、半日以内には合流できるはずだった。

 

 帝国海軍が予想外の速さで現れたせいで作戦が狂わされたスプルーアンスだったが、今度は、その帝国海軍の迅速さを、イブンたちが逆に利用する番だった。

 

「第2機動群の戦力が合流すれば、敵艦隊を圧倒する事も不可能ではありませんな」

 

 参謀の1人が、そう言って手を打つ。

 

 確かに、無傷の戦力である第2機動群は、合衆国軍にとっても貴重な存在である。

 

 だが、

 

「いや、合流させる必要はない」

 

 スプルーアンスの言葉に、誰もが驚きの表情を見せた。

 

 そんな幕僚達を見回して、スプルーアンスは言った。

 

「第2機動群の帰還に合わせて、本隊からも同時に攻撃隊を出す。目標は・・・・・・」

 

 スプルーアンスは、海図上の一点を差す。

 

「ここだ」

 

 その場所は、マリアナ諸島の西方海上。

 

 小沢治俊に率いられた連合機動艦隊が布陣している場所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 少女は、自分がいかに無茶をしたか、と言う事を誰よりも自覚していた。

 

 あのような事は、本来するべきではない。撃ち出された魚雷に自ら身を晒すなど、正気の沙汰ではなかった。

 

 だが、あの時はああするのが最適だと思ったのだ。

 

「イタタタ。いきなりこれだもんな~」

 

 ぼやくように呟きながら、少女は自分の脇腹をさすった。

 

 艦体に受けたダメージは、艦娘の体に直接フィードバックする。少女が感じている痛みは、魚雷命中の代償と言う訳だ。

 

 とは言え、実際に強烈なダメージを追ったりしたら「痛い」どころでは済まない。下手をすれば、それが致命傷になるかもしれないのだ。

 

 曲がりなりにも騒いでいられるところから見て、どうやら少女の受けた傷が軽傷である事は間違いなかった。

 

 その事が、程なく判明する。

 

「報告します。調べたところ、艦底部への浸水は特に無し。魚雷は、装甲版が弾き返したようです」

 

 その報告に、傍らに立つ艦長は、あからさまに安堵の溜息をついた。

 

「まったく心臓に悪いとはこの事だ。頼むから、今度からは少し考えて行動してくれよ」

 

 苦笑しながら、艦長は少女を見る。

 

「なあ、信濃」

 

 言われて、少女は笑いながら舌を出す。

 

「は~い、気を付けまーす」

 

 軽い調子で返事を返す。

 

 白いリボンで縛ったショートポニーの髪。すらりと伸びた手足。体付きはスレンダーで、姉たちに比べると、やや肉付きの薄い印象がある。

 

 どこか活発的なスポーツ少女と言った風情のある少女だった。

 

 彼女が、戦艦「信濃」の艦娘である。

 

 先程、潜水艦から放たれたと思われる魚雷が、旗艦「大鳳」を襲おうとしたのを、「信濃」の見張り員が発見した。

 

 その時、信濃はとっさに自らを「大鳳」と魚雷の間に割り込ませるように、艦長に進言したのだ。

 

 結果、「大鳳」は魚雷の直撃を免れたものの、「信濃」は艦中央付近に魚雷1本を喰らう羽目になった。

 

 とは言え、強化された巣中防御は、その真価を如何無く発揮して魚雷を弾き返し、「信濃」の喰らった損害は、事実上皆無に等しかった。

 

 最新鋭戦艦の面目躍如と言ったところである。

 

 こうして、「大鳳」を狙った魚雷は「信濃」によって受け止められ、その後、魚雷を放った潜水艦自体も、駆逐艦によって狩りだされて撃沈されている。

 

 この一連の対潜戦闘によって、帝国艦隊の守りが堅いと判断したのか、以後は敵潜水艦が仕掛けて来る事も無かった。

 

「ま、結果オーライって事で良いでしょ」

「調子に乗るな」

 

 きわめてマイペースな信濃に対し、艦長が嘆息交じりに釘を刺す。

 

 いくら防御力に自信があるとは言え、魚雷を自ら受け止めるなど、正気の沙汰ではなかった。

 

「まあまあ、そう堅い事言わないでさ」

 

 対して、信濃は相変わらずマイペースを崩さない。明らかに、反省の色はゼロだった。

 

「ま、このあたしがいる限り、どんな敵が来たって怖くないわよ。大船に乗ったつもりでいなさい」

「お前以上の『大船』は他にいないと思うがな」

 

 艦長がそう言ってツッコミを入れた時だった。

 

「対空電探に感有り!!」

 

 電測室からの報告に、艦橋内は俄かに緊張感に包まれた。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 彰人率いる第7艦隊は、サイパン島の西方海上10キロの地点に布陣し、敵機の襲来を待ち構えていた。

 

 「姫神」と「黒姫」が単縦陣を敷き、その周囲を最上型重巡3隻、大淀型軽巡2隻が取り囲み、外周は矢矧に率いられた第13戦隊が取り巻く、と言う輪形陣を構成していた。

 

 既に「姫神」の対空電探も、接近しつつある敵編隊の様子を捉えていた。

 

「右対空戦闘用意!!」

 

 彰人の指示に従い、第7艦隊の各艦は対空戦闘に向けた準備を始める。

 

 主砲が右に旋回し、高角砲、機銃は上空を睨む。

 

 そんな中、

 

 艦橋に立つ彰人は、静かに双眼鏡を構えてジッと彼方の空を眺めやる。

 

 その傍らでは、姫神もまた同様に、襲来する敵を待ち構えていた。

 

「敵機、サイパンの航空隊と交戦状態に入った模様!!」

 

 通信からの報告を受け、彰人は頷きを返す。

 

 先に「信濃」が敵潜の雷撃を受けた事を鑑みても、既に連機艦の位置は敵に知られていると見るべきである。

 

 にも拘らず、敵は未だに連機艦上空に達してはいない事を考えると、これまでのところ、彰人が考案した要塞化が功を奏し、敵はマリアナの防衛ラインを抜けないでいると考えて、間違いは無いようだった。

 

「このまま、全て上手く事が運ぶかな?」

 

 彰人が呟くと、姫神は茫洋な瞳のまま小首を傾げてくる。

 

 そんな姫神に笑いかける彰人。

 

 その時だった。

 

「敵機接近ッ 右90度、高角40度、爆撃機、新型です!!」

 

 見張りからの報告を受け、彰人は視線を向かってくる敵機へと向ける。

 

 そこには確かに、第7艦隊に向けて急速に接近してくる一群の航空機がある。

 

 胴体を無理やり前後に引き伸ばしたような、いささか間延びしたシルエットが特徴の機体である。

 

 カーチスSB2Cヘルダイバー。

 

 合衆国軍が、ドーントレスに代わる新型爆撃機として投入した機体である。

 

 急降下爆撃機でありながら、水平爆撃や雷撃も可能と言う多機能高性能な機体である。

 

 反面、ドーントレスに比べて操縦性能が低下し、安定性が低下した事もあって前線兵士からの受けはすこぶる悪く、頭文字を取り「サノバ(S)ビッチ(B)セカンド(2)クラス(C)」などと呼ばれていたりする。

 

 だが、未知数の性能を誇る新型の出現は、帝国海軍に緊張を与えるに十分だった。

 

「全艦、迎撃準備」

 

 帽子を目深にかぶり直しながら、彰人は低い声で命令を発する。

 

 既に巡洋戦艦2隻、重巡洋艦3隻の主砲には、三式弾改二が装填済みである。

 

 迫るヘルダイバーの群れ。

 

 その姿を真っ向から睨み据える彰人。

 

 次の瞬間、

 

「撃ち方始め!!」

 

 鋭く命令を発した瞬間、

 

 40センチ砲12門、20センチ砲26門が一斉言咆哮する。

 

 飛翔する砲弾。

 

 次の瞬間、炸裂した砲弾の中から凶悪な鉄球が無数に空中にばら撒かれた。

 

 四方に飛び散る鉄球は、ヘルダイバーを飲み込み、次々と噛み裂いて行く。

 

 たちまち、編隊の半数以上が鉄球を真っ向から浴びて吹き飛ばされた。

 

 改二になった三式弾の被害半径は、通常の三式弾の比ではない。合衆国軍側の機体は、発砲を確認してから退避行動に移っても、安全圏まで逃れるのは至難の技だった。

 

 だが、それでも尚、三式弾の一斉射撃を掻い潜って向かってくる敵機がいる。

 

 その姿を、彰人は鋭い眼差しで見据えた。

 

「低空に敵機!!」

 

 見張り員からの報告を聞きながら、彰人は口を開く。

 

「サイパンの防空ラインを抜けてくる敵が結構いますね」

「朝からの防空戦闘で、基地航空隊にも消耗が出始めているのかもしれません」

 

 副長の言葉に頷きながら、彰人は次の行動に出る。

 

 主砲は上を向いている為、低空から這うように迫ってくる敵機への対応は間に合わないと判断する。

 

 迫りくる敵機。

 

 対して、彰人も一歩も引かずに迎え撃つ。

 

「対空戦闘、撃ち方始め!!」

 

 彰人の号令一下、

 

 第7艦隊の全艦が、一斉に対空砲火を撃ち上げ始めた。

 

 たちまち、強烈な火線が空を覆い始める。

 

 艦体中央に位置する「姫神」「黒姫」からは、特に強烈な対空砲火が打ち上げられ、低空から迫ろうとするアベンジャーへと殺到していく。

 

 雷撃機は、攻撃態勢に入った際には低空を低速で進まなくてはならない為、実のところかなり狙いやすい的になるのだ。

 

 その欠点を補う為、本来であるならば急降下爆撃機と連携する戦術が取られるのだが、そのヘルダイバーが、事前に三式弾の攻撃で壊滅してしまっていた為、連携攻撃が不可能な状態だった。

 

 2隻の巡洋戦艦を狙おうと輪形陣への侵入を図ったアベンジャーは、次々と対空砲火に絡め取られ、海面へのダイブを敢行していく羽目になった。

 

 活躍したのは何も、「姫神」「黒姫」の2巡戦ばかりではない。

 

 大淀型軽巡洋艦の2隻、「大淀」「仁淀」もまた、迫る敵機を相手に対空砲火を振り翳して対抗している。

 

 この2隻は当初、潜水艦隊旗艦として強力な通信機と大型カタパルト、高性能水上偵察機を搭載する予定だった。

 

 しかし、時代は航空機主力へと移行した為、巡洋艦を潜水艦隊の旗艦に据えるのは相応しくないと判断された。

 

 そこで大淀型2隻は大幅に改定されて竣工した。

 

 主力武装である主砲は60口径15・5センチ砲3連装4基12門。これは、大和型戦艦や姫神型巡戦の副砲と同様に、最上型重巡が昔、搭載していた砲を改良した物である。

 

 更に対空砲として65口径10センチ砲連装4基8門、電探連動型40ミリ機関砲3連装2基6門、25ミリ機銃3連装16基48丁、28連装噴進砲2基を搭載している。

 

 雷装こそ搭載していないものの、破格の砲撃力と対空火力を誇る軽巡洋艦に生まれ変わっていた。

 

 その2隻が、姫神型巡戦2隻を左右からしっかりとガードし、敵機を寄せ付けない体勢を整えている。

 

 強烈な対空砲火が噴き上げ、アベンジャーが、正面からの砲撃を浴びて次々と吹き飛ばされていった。

 

 

 

 

 

 新鋭軽巡と言えば、「矢矧」もまた、同様に活躍を示していた。

 

 姉たちと違いあえて雷装を排し、空いたスペースに対空砲を増設した「矢矧」は、より洗練された単一機能艦として、精悍な外見を見せていた。

 

 低空から迫るアベンジャー雷撃機。

 

 その鼻っ面から、電探に連動された40ミリ機関砲が浴びせられる。

 

 たちまち、1機のアベンジャーが直撃を浴びて吹き飛ばされる。

 

 だが、尚も4機のアベンジャーが、対空砲を掻い潜って迫ってくる。

 

「取り舵一杯!!」

 

 艦長の命令に従い、左に舵が切られる。

 

 その間、艦の制御に集中する矢矧。

 

 やがて、魚雷は「矢矧」とすれ違うようにして駆け去って行く。

 

 更に接近した事で、砲撃に加わった25ミリ機銃が発射され、離脱中のアベンジャー2機を撃ち落とした。

 

「他のみんなは無事ですか!?」

 

 自身に迫る危機が去ったと判断した矢矧は、意識を戦闘から外して艦長に尋ねる。

 

 何しろ、自身が旗艦として戦う最初の海戦である。指揮下にある第13戦隊の各艦に事が気になるだろう。

 

「安心しろ、みんな元気にやっているよ」

 

 微笑みながら返事をする艦長に、矢矧は安堵の表情を見せた。

 

 その時、艦隊中央付近から、それまでを遥かに上回る量の対空砲火が打ち上げられた。

 

 数の減った敵機が尚も諦めずに攻撃を続行しようとする中、「姫神」「黒姫」「大淀」「仁淀」が、一斉に噴進砲を放ったのだ。

 

 一斉に放たれた直径12センチの砲弾が、低空から忍び寄ろうとしていたアベンジャーに炸裂した。

 

 

 

 

 

 噴進弾の破片を浴びて海面に突っ込むアベンジャーの群れを見やりながら、彰人はそっと双眼鏡を下ろした。

 

 どうやら、来襲した敵は今ので最後だったらしい。

 

 残った敵機は、機首を東に向けて逃げ去って行くのが判る。

 

 対する第7艦隊の損害は、ほぼ皆無に等しい。何隻かの駆逐艦が機銃弾を浴びて損傷したようだが、戦闘、航行に支障はないと報告を上げて来ていた。

 

「凌ぎきったか」

 

 彰人は安堵の息を吐きながら、帽子の廂を上げる。

 

 第7艦隊は護衛戦闘機の援護なしで、来襲した敵機は、どうにか撃退する事に成功したのだ。

 

 敵が事前にマリアナ諸島の基地航空隊と交戦し、消耗を重ねていた事が功を奏した。おかげで第7艦隊は、バラバラに襲い掛かってくる敵機を各個撃破する事が出来たのだ。

 

 姫神型巡戦を始め、防空能力の高い艦を多く据えた事も大きかった。

 

「損傷軽微。戦闘、航行に支障ありません」

「ん、ご苦労様」

 

 報告してきた姫神の頭を軽く撫でてやる彰人。

 

 姫神が気持ち良さそうにクーッと目を細める中、彰人は次の一手について模索し始める。

 

 今日1日の戦闘で、合衆国軍、特に主力である航空隊には相当な被害を与えた筈。細かく集計した訳ではないが、少なくとも300機近い航空機を撃墜している筈だった。

 

 いかに膨大な物量を誇る合衆国軍とは言え、この損害は無視できないだろう。

 

 このままなら押し返せる。

 

 彰人がそう思った時だった。

 

「第1機動艦隊より緊急電!!」

 

 通信室から、悲鳴交じりに発せられた報告が、彰人を現実へと引き戻す。

 

 何か、良く無い事が起きた。

 

 彰人がそう思うに十分な緊張感が、空気を染め上げようとしていた。

 

 

 

 

 

 その頃、彰人の危惧を肯定する如き状況が、第1機動艦隊上空で起こっていた。

 

 上空に乱舞する機体。

 

 その翼には、白い星が描かれているのが見える。

 

 各艦が必死に対空砲火を撃ち上げる中、敵機は損害を物ともせずに突っ込んでくる。

 

 突如、予期しなかった北からの敵機襲来。

 

 その為、第1機動艦隊司令部は、混乱状態に陥りつつあった。

 

 マリアナを巡る攻防戦は、現在までのところ防空戦闘を中心に展開する帝国軍が優勢に事を勧めて来ていた。

 

 合衆国軍は艦艇の被害こそ無い物の、大量の航空機を喪失、作戦の綻びは徐々に大きくなりつつあった。

 

 だが、ここにきて、合衆国軍は盛り返す一手を打って来た。

 

 第1機動艦隊を襲った合衆国軍の攻撃隊は、小笠原攻撃の為に分離行動をしていた第2機動群から発艦した物である。

 

 敵将スプルーアンスの作戦は巧妙だった。

 

 スプルーアンスは自ら率いる本隊の攻撃隊で帝国軍の目を引き付ける一方、小笠原方面から戻ってきた第2機動群に帝国艦隊の背後を襲わせたのだ。

 

 この時、第1機動艦隊は戦闘機隊の大半をマリアナ上空に出撃させてしまった直後であり、一時的に防空能力が手薄になっていた。

 

 艦隊上空を守る戦闘機は、僅かに10数機。

 

 そこへ、200機近い合衆国軍機が襲い掛かった形である。

 

 まず犠牲になったのは、

 

 軽空母の「祥鳳」だった。

 

 

 

 

 

 これはかわせない。

 

 自らに襲い掛かってくる敵機を見据えながら、祥鳳はそのように判断した。

 

 上空から迫る急降下爆撃機と、低空を這うように向かってくる雷撃機。

 

 往年の帝国海軍航空隊を思わせる、見事な雷爆同時攻撃だった。

 

 排水量1万トンの傑作軽空母は、それでも機関出力を振り絞って回避運動を試みる。

 

 投下された爆弾が次々と水中を噴き上げる中、高速で回避運動を続ける。

 

 だが、

 

 それも限界が訪れる。

 

 投下された爆弾が、真っ直ぐに飛行甲板へと吸い込まれる。

 

 認識した瞬間、

 

 強烈な衝撃が、立て続けに襲ってきた。

 

「ああッ!?」

 

 悲鳴を上げる祥鳳。

 

 そこへ更に、海面下から迫って来た魚雷が命中する。

 

 突き上げるような衝撃と共に、強烈な痛みが祥鳳を襲う。

 

 何が起きたのか?

 

 それを認識する間も無く、祥鳳は艦橋の床へと叩き付けられる。

 

 薄れゆく意識。

 

 同時に、全ての感覚が急速に失われていく。

 

「・・・・・ずい、ほう・・・・・・・・・・・・」

 

 愛しい妹の名前を最後に呟くと、

 

 祥鳳の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

「そんな、祥鳳・・・・・・」

 

 少女の口から、呆然とした声が呟かれる。

 

 姉が集中攻撃を浴びて炎上する様は、少し離れた場所で回避運動に努めている「瑞鳳」からも確認する事が出来た。

 

 これまでのところ、「瑞鳳」は的確な回避運動と幸運に恵まれ、全ての攻撃を無傷で乗り切っている。

 

 しかし、姉の「祥鳳」はそうはいかなかった。

 

 瑞鳳の目から見ても、「祥鳳」は少なくとも爆弾3発、魚雷2本以上が命中しているように見える。

 

 排水量1万トンの軽空母にとっては、致命傷と言って良かった。

 

「祥鳳ッ 祥鳳!!」

 

 少女の叫びが、空しく海上に木霊する。

 

 その瑞鳳が見ている視線の先で、

 

 炎を上げながら、「祥鳳」がゆっくりと海面下に崩れ落ちていく様子が見える。

 

 その様子を瑞鳳は、涙に濡れる瞳で、いつまでも眺めていた。

 

 

 

 

 

 奇襲を受ける形になった第1機動艦隊。

 

 少ない防空戦闘機の迎撃を掻い潜った合衆国軍機が、次々と眼下の艦艇へと襲い掛かろうとする。

 

 だが、

 

 そんな彼等の前に、立ちはだかる者がいた。

 

 横合いから嵐の如く放たれる対空砲火が、今にも攻撃態勢に入ろうとしていた合衆国軍機を、次々と絡め取り、撃ち落としていく。

 

 「信濃」である。

 

 電探連動式の10センチ高角砲32門の砲撃は強烈であり、合衆国軍機は抗う術も持たず、次々と火を噴いていく。

 

 更に、距離を詰めてきた鉄騎に対しては、個艦で150門以上になる機銃群が迎え撃つ。

 

 それでも上空を通過しようとする敵機には、合計で8基にもなる噴進砲が容赦なく襲い掛かる。

 

 なるで艦その物が真っ赤に染め上げられたような光景。

 

 その凄まじい火線を前に、「信濃」上空を通過しようとした機体は、成す術も無く撃ち落とされていく。

 

「みんなは、やらせない!!」

 

 艦橋に立つ信濃は、自分の向かってくる敵機を睨みながら、決然とした呟きを放つ。

 

 その目の前で、上空を素通りしようとしたヘルダイバー2機が、炎を吹いて海面へと突っ込んで行った。

 

 まさに「防空要塞」とでも形容すべき「信濃」は、帝国海軍の切り札として、相応しい姿だった。

 

 だが、

 

 激しい防空戦闘で合衆国軍を寄せ付けない「信濃」。

 

 まさに「守護神」の如き姿だが、

 

 その「信濃」にも、弱点はあった。

 

 それは、

 

 「信濃」は1隻しかいない、と言う事だった。

 

 

 

 

 

 合衆国軍の猛攻にさらされながらも奮戦を続ける「信濃」。

 

 その海面から少し離れた場所で、やはり必死の防空戦闘を展開しながら回避運動を務める大型空母の姿があった。

 

 「翔鶴」である。

 

 舷側に並んだ対空砲を振り翳し、敵機を寄せ付けまいと抵抗を続けている。

 

 だが、正規空母は上空から見ればかなり目立つ存在である。

 

 更に、回避運動の結果、防空輪形陣からやや外れた位置を航行していたのも「翔鶴」の不幸だった。

 

 殺到してくる合衆国軍機。

 

 この時、「翔鶴」1隻に、雷爆合わせて40機近い敵機が群がってきていた。

 

 防空駆逐艦「初月」「若月」の2隻が両舷に張り付いて対空戦闘を続けており、何機かは返り討ちにしたものの、それでも全てを防ぐ事はできない。

 

 左舷からアベンジャーが8機、右舷から6機、上空からはヘルダーバーが9機。

 

 雷撃機は両舷から迫り、急降下爆撃機が逆落としに襲い掛かってくる。

 

 三方向同時攻撃。

 

 逃げ場は、無い。

 

「これは、駄目ですッ」

 

 絶望と共に叫ぶ翔鶴。

 

 次の瞬間、

 

 歴戦の空母に、強烈な衝撃が襲い掛かり、可憐な少女は炎の中へと飲み込まれた。

 

 

 

 

 

第71話「炎の翼」      終わり

 

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