蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第72話「仇を討つは今」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死闘を繰り広げた戦場にも、日が落ちようとしていた。

 

 マリアナの海に黄昏が訪れ、群青だった海が、鮮やかなオレンジ色へと染まろうとしている。

 

 戦いは終わろうとしている。

 

 誰もが、そう思っていた。

 

 だが、

 

 その考えは間違いである。

 

 戦いは、まだ、終わってはいなかった。

 

 

 

 

 

 艦首を巨体で断ち割りながら、連合航空艦隊旗艦「大鳳」がゆっくりと回頭している。

 

 ハリケーンバウと言う、艦首と甲板が一体化した構造を、帝国軍空母として初めて採用した新鋭空母は、正に海上に姿を現した鋼鉄の城塞を連想させられる。

 

 まさに新鋭空母の名にふさわしい、威風堂々たる姿だった。

 

 「大鳳」は今、艦首を風上方向に向け、艦載機を発艦する態勢に入っていた。

 

 追随するように、同じ1機艦に所属する「瑞鶴」「瑞鳳」もまた、「大鳳」に続いて艦首を巡らせようとしており、更にその周囲には「信濃」以下、護衛艦隊が後続している。

 

 だが、

 

 その中に、残る僚艦たる「翔鶴」「祥鳳」の2隻の姿は無かった。

 

 先の、合衆国海軍第5艦隊第2機動群の奇襲攻撃の際に、集中攻撃を受けた2隻の空母。

 

 その内、「祥鳳」は既に海上には無い。

 

 複数の爆弾と魚雷を同時に喰らった軽空母は、損害に耐える事ができず横転。既に、その艦体は波間へと没していた。

 

 一方の「翔鶴」は、未だに海上に姿を留めていた。

 

 しかし、その艦体は魚雷6本、爆弾11発を喰らい、艦首から艦尾に至るまで炎に包まれている。いかに大型空母とは言え、耐えられるダメージではない。

 

 「翔鶴」の命運が旦夕に迫っているのは明白である。

 

 「帝国海軍航空母艦の傑作」とも称される優美な艦体は、今や落城寸前の城の如く、燃え落ちようとしていた。

 

 その「翔鶴」の艦橋において、

 

 艦娘たる少女が、炎に焦げた銀髪を靡かせ、敬礼を送っていた。

 

 視界の先では、全速航行に移行すべく速度を上げる「大鳳」の姿。

 

 その艦橋に、軍服を着た男性が敬礼を送ってきているのが見える。

 

「提督・・・・・・・・・・・・」

 

 小沢である。

 

 死にゆく少女への感謝と手向けを送るべく、小沢は直立不動で「翔鶴」に対し敬礼を送ってきていた。

 

 その小沢の姿も、「大鳳」の航行に伴い、後方へと流れていく。

 

 既に、その動きについて行くだけの力は、翔鶴には残されていなかった。

 

 次いで、今度は別の空母が姿を現す。

 

 その姿を見て、翔鶴は口元に優しげな微笑を浮かべた。

 

 「瑞鶴・・・・・・・・・・・・」

 

 愛しい妹の名を呟く。

 

 「瑞鶴」の甲板では、少女が涙を目に浮かべているのが見えた。

 

 死にゆく姉を悼み、少女は涙を流しているのだ。

 

 微笑みかけると、応じるように身じろぎするのが見えた。

 

 瑞鶴

 

 大切な、私の妹。

 

 竣工して、同じ5航戦に編入されてからずっと、共に戦ってきた最愛の存在。

 

 だが、それもここまでだった。

 

「これからあなたは・・・・・・私無しで、この海を渡って行かなくちゃいけない」

 

 心配ではある。

 

 だが、不思議と不安は感じていなかった。

 

 瑞鶴はもう、一人前の主力空母。帝国海軍機動部隊の柱石である。あとを託すのに、これ程頼もしい存在は他にいない。

 

 それに、瑞鶴はたくさんの仲間達に支えられている。彼等がきっと、瑞鶴を助け、盛り立てて行ってくれることだろう。

 

 だから、何も心配はいらなかった。

 

「あとはお願いね・・・・・・瑞鶴・・・・・・・・・・・・」

 

 呟きと共に、微笑む翔鶴。

 

 その横顔は、吹き上げる炎に照らされて、ひときわ輝いていた。

 

 

 

 

 

 「翔鶴」「祥鳳」の犠牲を受けながらも、小沢は反撃に転じる決意をしていた。

 

 一連の戦闘で、合衆国軍にも相当な被害を与えたと判断している。恐らく、今日一日の戦闘で、合衆国軍の継戦能力は破たんしている事が予想される。

 

 ならば今こそ、反撃に打って出る好機と言えた。

 

 「大鳳」、そして「瑞鶴」では、既にエレベーターを使って、格納庫内の航空機が次々とあげられてきていた。

 

 それらは、小沢がこれまで切り札として温存してきた攻撃部隊である。

 

 今日1日、防空戦闘に終始した帝国海軍。

 

 だが、残してきた最後の一手でもって、反撃に転じる作戦だった。

 

 「大鳳」からは天山艦攻12機、「瑞鶴」からは彗星艦爆12機。そして、それを護衛する零戦隊が発艦ユン美を進めている。

 

 同様の光景が、今ごろは「雲龍」以下の第2機動艦隊でも展開されている筈である。

 

 連機艦全体で約130機になる攻撃隊。これに更に、サイパン、テニアン、グァムに待機していた攻撃隊も加わる為、その数は都合400機以上にまで膨れ上がる事になる。

 

「こうなると、翔鶴さんと一緒に失われた機体が惜しいですね」

 

 発艦準備に入る攻撃隊を前にして、ポツリと呟いたのは大鳳である。

 

 彼女の言う通り、本来であるならばこの攻撃には、「翔鶴」にも彗星艦爆が搭載されていたのだが、それは彼女の沈没と共に失われてしまっている。

 

「仕方がない。戦争は相手がある物だ。何事も予定通りにはいかんさ」

 

 こちらが必死であるのと同様に、敵も必死と言う事だ。

 

 帝国軍は、当初の予定よりも少ない兵力で攻撃を仕掛ける事となった。

 

 とは言え、悲観すべきではない。

 

 既に昨日1日の戦闘で、合衆国軍航空隊には相当な損害を与えられたと判断している。

 

 帝国軍から攻撃隊を放ったとしても、空からの迎撃は当初考えられていた物よりも少ないだろうと考えられた。

 

「第2、第7両艦隊に通達。《敵艦隊に対し、突撃を開始されたし》!!」

 

 小沢は攻撃隊を放つと同時に、前衛についている2隊の水上砲戦部隊、第2艦隊と第7艦隊を敵艦隊に向けて突撃させ、水上砲戦で片を付けようと考えているのだ。

 

 帝国軍の攻撃隊が攻撃を仕掛ければ、敵を混乱させる事ができる筈。そこへ水上砲戦部隊を突っ込ませようと言うのだ。

 

「頼むぞ、みんな」

 

 呟く小沢。

 

 その視界の先で、直掩を務める零戦が、大鳳の装甲甲板を蹴って舞い上がろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 合衆国軍第5艦隊を率いるレイナード・スプルーアンスは、決断を迫られていた。

 

 ここまでの戦闘では、合衆国軍が帝国軍に対して完全にリードを許している状態だった。

 

 最後の攻撃で航空母艦2隻に撃沈確実の損害を与えたが、それでも帝国海軍航空隊を行動不能に陥れたとは言い難い状況である。

 

 対して、合衆国軍の損害は、無視できないレベルにまで達していた。

 

 今日1日の戦闘で、航空隊は5割に近い損害を出している。特に爆撃機、雷撃機の損害は大きく、撃墜、損傷放棄を合わせると、全体の8割にも及び程だった。

 

 戦闘機隊の損害は比較的少なく、未だに7割近い戦力を保っている事が救いであるが、艦隊全体としての攻撃力が大きく低下した事は間違いなかった。

 

 とは言え実のところ、合衆国海軍にはまだ、切れるカードが無い訳ではない。

 

 合衆国軍のヘルキャットやコルセアと言った戦闘機はエンジン出力が高く、馬力も大きい。その為、胴体下にのパイロンに爆弾を搭載し、爆撃機として使う事も可能となっているのだ。

 

 そう考えれば、まだ合衆国軍は戦闘能力を残している事になるのだが。

 

「・・・・・・しかし、今日1日の事を考えれば、これ以上戦闘を続けても損害を増やすばかりなのは明白だな」

 

 スプルーアンスは嘆息交じりに呟いた。

 

 合衆国海軍の目的は、マリアナ3島の占領にあり、帝国海軍との決戦は、その為の一段階に過ぎない。

 

 にも拘らず、本戦を前にして既に戦力をすり減らしてしまっている状態だった。

 

 帝国軍の航空基地を無力化できなければ、上陸部隊を上げる事はできない。上陸部隊を動かせなければ、マリアナを攻める事も出来ない。

 

 作戦は根幹から揺らぎを見せていた。

 

「ここは撤退すべきですッ」

 

 幕僚の1人が、そう発言した。

 

「我が軍は既に多くの航空機を失い、継戦能力が低下しています。ここは捲土重来を図り、航空機を補充した後、もう一度攻勢をかけるべきです」

 

 その幕僚の言葉は正しいだろう。

 

 今日1日の損害を考慮すれば、確かにこれ以上の戦闘継続は無意味でしかない。

 

 撤退と言うのは、かなり現実味のある作戦案ではある。

 

 しかし、航空機を補充して、再び戻って来たとして、次は勝てると言う保証が無いのも事実である。

 

 空母2隻を撃沈に追い込んだのは確かに大戦果であるが、損害と言う意味では明らかに合衆国軍の方が大きかった。

 

 せめて、トラック環礁が使えたら、もう少し状況は変わっていたのかもしれない。

 

 先のトラック環礁海戦以後、帝国海軍がトラック環礁を放棄した事は合衆国軍でも掴んでいた。

 

 本来ならすぐに戦力を駐留させ、トラック環礁を占領するべきところである。

 

 しかし調査の結果、帝国海軍は撤退に際してトラックのあらゆる物を破壊し尽くして行ったと言う。その為、それらを修理して環礁を再利用するのは非効率的であると判断され、トラックの基地化は断念された。

 

 その為、合衆国海軍は今回の戦いにおいて、帝国軍が万全の守りを固めるマリアナに正面から挑まざるを得なかったのだ。

 

 と、

 

「いえ、ここで退くべきではありません」

 

 別の幕僚が発言した。

 

「確かに航空隊の消耗は激しいですが、まだ戦闘機に爆弾を付けて攻撃を繰り出す手段は残っています。それに、今日一日で消耗したのは航空隊のみであり、戦艦部隊はほぼ無傷で残っています。夜間に乗じて戦艦部隊をマリアナに近付け、艦砲射撃を仕掛けるのです。そうすれば敵の航空戦力に大打撃を与える事が出来ますし、その時点で撤退して捲土重来を図れば、次の侵攻の際にはより確実な勝利を得る事も不可能ではありません」

 

 退くにしても、敵により大きなダメージを与えてから、と言うのがその幕僚の主張である。

 

 アンリ・ステイネス少将に率いられた戦艦部隊は現在、後方に待機している輸送船団の護衛に当たっているが、スプルーアンスの命令一下、いつでも作戦に参加できるようにしてある。

 

 戦艦部隊を呼び寄せれば、確かにまだ十分戦う事はできるだろう。

 

 だが、その策を実行するとなると、当然、艦隊をマリアナ諸島に近付ける必要性が出てくる。そうなると当然、帝国艦隊も水上砲戦部隊を差し向けて迎撃してくるだろう。

 

 現在、戦艦部隊の主力を務めているのはアイオワ級戦艦とアラスカ級大型巡洋艦であるが、どちらも高速性能を追求した艦であり、戦艦同士の本格的な水上砲戦となると振りが否めない事は、先のトラック環礁海戦において実証されていた。

 

 アイオワ級、アラスカ級では、帝国海軍のヤマトタイプやヒメカミタイプに対抗するのは難しかった。

 

「提督、ご決断を」

 

 幕僚達が詰め寄る。

 

 それに対して、スプルーアンスが何かを言おうと口を開いた。

 

 その時、

 

「対空レーダーに感ありッ 敵機と思われる航空機多数、西より急速接近中!!」

 

 レーダーマンからの報告に、スプルーアンスは思わず我に返る。

 

 同時に、自分が、

 

 否、自分達が、とんでもない思い違いをしていた事に気が付いた。

 

 確かに、今日一日の戦闘で、帝国軍は一度も攻撃隊を放ってくることは無く、それ故にスプルーアンス達は、帝国軍航空隊は全部隊の編成を戦闘機で固め、合衆国軍を攻撃してくる可能性は無いと、勝手に思い込んでいた。

 

 だが違った。

 

 敵将小沢は、スプルーアンスが思っていた以上に、ずっとしたたかだったのだ。

 

 小沢は昼間は防空戦闘中心に戦闘をを行って、じっと雌伏し、そして満を持して攻撃隊を放って来たのだ。

 

 時刻は夕刻。上空直掩に付いていた戦闘機隊も、燃料の欠乏から母艦に戻り始めている。

 

 正に合衆国軍にとって、最悪のタイミングだった。

 

「直ちに、上げられるだけの戦闘機を上空に上げるんだッ 急げ!!」

 

 スプルーアンスの怒号に、居並ぶ幕僚達は慌てて動き始める。

 

 だが、

 

 あまりにも突発的な事態に、誰もが気付いてはいなかった。

 

 スプルーアンスが滅多に出さない、焦りに満ちた声を発した事に。

 

 事態はそれ程までに、逼迫した物となりつつあったのだ。

 

 

 

 

 

 この時、帝国海軍は連機艦、及び基地航空隊兵力合わせて、467機もの攻撃隊を繰り出し、合衆国艦隊に攻撃を仕掛けていた。

 

 対して、これあるを予期していなかった合衆国軍は、既に大半の戦闘機を母艦に下げてしまっており、この時、艦隊上空に張り付いていた直掩機は、僅か50機足らずに過ぎなかった。

 

 直ちに緊急発艦体勢に入る合衆国軍だが、立ち上がりは完全に出遅れていた。

 

 そこへ、戦闘機だけで250機以上の戦力を誇る帝国軍攻撃隊が襲い掛かったのだ。

 

 好機を捉えて反撃に転じる。と言う小沢の作戦は、見事に的中した形だった。

 

 この日、2度目の出撃となる直哉は、眼下に再び合衆国艦隊の威容を見ながら、上がってくるヘルキャットと対峙していた。

 

 出力に任せて強引な突撃をしてくるヘルキャットに対し、直哉は零戦22型甲の操縦桿を操る、鋭くひねり込みながら背後へと回り込む。

 

 既に、数度の対決を経て、直哉はこの合衆国軍新鋭機と対決するコツを掴んでいた。

 

 ヘルキャットは確かに馬力が強くスピードも速い。おまけに防御力が高いせいで、まともな攻撃ではいくら当てても大ダメージは入らない。

 

 だが、やはり合衆国軍機特有の鈍重さはかなりのデメリットであり、機動性では零戦の方がはるかに優れている。

 

 その長所を活かせば、決して恐るべき相手ではなかった。

 

 放たれる6丁の7・7ミリ機銃。

 

 その銃弾の嵐が、コックピットを粉砕して撃墜する。

 

 1機撃墜。

 

 だが、その間に別のヘルキャットが、直哉の零戦22型甲の背後へと回り込もうとしていた。

 

 だが、

 

「遅いッ」

 

 その動きを事前に掴んでいた直哉は、放たれる銃撃に対し、機体を急旋回させて回避する。

 

 そのあまりにも急激な機動を前に、合衆国軍のパイロットは直哉の機体が消えたように見えた事だろう。

 

 一瞬の隙を突き、直哉は敵機の背後へと回り込むと機銃を斉射。ヘルキャットのコックピットを破壊する。

 

 周囲を見回せば、他の戦闘機も奮戦し、合衆国軍を圧倒している光景が見える。

 

 その様は、まるでかつての帝国海軍航空隊の栄光が蘇ったかのようだった。

 

 そして、

 

 戦闘機隊が開いた進撃路を通って、

 

 帝国軍攻撃隊がついに、合衆国艦隊上空へと到達した。

 

 

 

 

 

 攻撃隊隊長を務める江草繁孝少佐は、眼下に展開する合衆国艦隊を見据え、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

 眼下には、既に対空戦闘を開始している合衆国艦隊の姿がある。

 

 激しい砲火を撃ち上げてくる様は、帝国艦隊のそれを大きく上回っているように見える。

 

 だが、

 

「敵の戦闘機は味方が押さえてくれている。ならば、恐れるべき物は何物も存在しないッ 続け!!」

 

 鋭く言い放つと同時に、

 

 江草は愛機である彗星艦爆の操縦桿を倒し、一気に急降下を掛ける。

 

 1列縦隊となり、江草に続く艦爆隊。

 

 眼下には、必死になって対空砲火を撃ち上げてくる空母の姿があった。

 

「あいつが、噂のエセックス級とか言う奴かッ!!」

 

 江草の知らない事だが、眼下の空母の名前は「ホーネット」。かつて、南太平洋海戦において帝国海軍によって撃沈された「ホーネット」の2代目に当たる艦である。

 

 奇しくも、かつての「ホーネット」を撃沈に追いやった男が、再び同じ名前の艦と対峙したのだ。

 

 放たれる砲弾が、次々と炸裂する。

 

 VT信管によって電波の目を与えられた砲弾が、目標に接近すると同時に炸裂しているのだ。

 

「クソッ きついな、こいつはッ!!」

 

 放たれる砲撃の中を、まっしぐらに突っ込んで行く江草。

 

 その間にも対空砲は打ち上げられ、江草隊の機体が次々と犠牲になって行く。

 

「頼むみんな。もう少し、耐えてくれ!!」

 

 叫ぶ間にも高度は急激に下がり、彗星艦爆の照準器一杯に「ホーネット」の巨体が迫る。

 

 次の瞬間、

 

「投下ッ!!」

 

 江草の号令と共に、後席の偵察員が爆弾投下レバーを引き、胴体下に吊り下げて来た500キロ爆弾を投下する。

 

 それと同時に離脱を図る江草。

 

 更に、後続する江草隊の面々も、次々と爆弾を切り離して離脱していく。

 

「戦果は、どうだ!?」

 

 問いかける江草。

 

 その時、

 

「命中!! 命中です隊長!!」

 

 偵察員の感極まった声が聞こえてきた。

 

 緩やかに旋回する江草の彗星。

 

 果たしてその視界の中では、巨大な爆炎を上げる「ホーネット」の姿があった。

 

 この時、命中した爆弾は6発。

 

 「ホーネット」の飛行甲板は艦首から艦尾に至るまで全てが炎に包まれ、更に艦橋も500キロ爆弾の直撃を受けて完全に叩き潰されていた。

 

 そこへ、更に追い打ちがかけられる。

 

 炎上する「ホーネット」。

 

 その舷側に、次々と巨大な水柱が突き立つ。

 

 後続してきた天山隊が雷撃を敢行。空母の舷側に魚雷を突き立てたのだ。

 

 「ホーネット」は、先の江草隊の攻撃によって一時的に艦内が混乱状態にあり、突入してくる天山隊への対応が間に合わなかったのだ。

 

 合衆国軍の艦はダメージコントロールに優れているが、流石に複数の致命傷を同時に追わされては助かる術は無い。

 

 「ホーネット」は浸水によって、急激に傾斜を増して行った。

 

 

 

 

 

 「ホーネット」と同様の悲劇は、同じ第1機動群を形成する「ヨークタウン」にも襲い掛かっていた。

 

 「ホーネット」同様、先代の名を受け継いだ空母には、サイパン島を発した基地航空隊が襲い掛かっていた。

 

 1隻陸攻の後継機に当たる陸上攻撃機 銀河は、双発の爆撃機でありながら戦闘機並みの546キロと言う速度性能を誇り、更には水平爆撃、急降下爆撃、雷撃、全てに対応できる高性能機である。

 

 その銀河が、爆撃隊と雷撃隊に分かれて「ヨークタウン」へと迫る。

 

 だが、ほぼ無防備の所を襲われた「ホーネット」と違い、「ヨークタウン」の方の備えは万全だった。

 

 「オークランド」「サンファン」と言う2隻の防空巡洋艦が両舷に張り付き、対空砲火を一斉に放つ。

 

 たちまち、機体の大きい銀河は命中弾を浴びて撃墜する機が続出する。

 

 帝国海軍と違い、既に大半の艦艇がレーダー連動式の対空砲を採用している合衆国軍の防空力は群を抜いている。

 

 このまま、銀河隊は攻撃できずに全滅するか?

 

 そう思った時だった。

 

 1機の銀河が、火だるまになりながらも、その機首を「オークランド」へと向けた。

 

 パイロットが負傷して進路の維持が困難になったのか、あるいは自暴自棄になったのかは判らない。

 

 その火達磨の銀河は、魚雷を抱いたまま「オークランド」の舷側へと突っ込んだ。

 

 爆炎が迸り、衝撃で「オークランド」の対空砲火が一瞬止まる。

 

 その隙を逃さず、銀河隊の第2陣が突入を開始した。

 

 銀河第2陣もある程度の損害は出していたが、それでも急降下爆撃型が8機、雷撃型が9機健在だった。

 

 「オークランド」上空を素通りして「ヨークタウン」へと迫る双発の翼。

 

 最後のあがきとばかりに「ヨークタウン」も対空砲火を撃ち上げるが、全ての攻撃を防ぐ事は不可能である。

 

 魚雷と爆弾が次々と投下される。

 

 やがて、「ヨークタウン」もまた、吹き上がる炎と爆炎に飲み込まれていくのだった。

 

 

 

 

 

「やられた・・・・・・・・・・・・」

 

 「インディアナポリス」の艦橋で、スプルーアンスは臍を噛む思いだった。

 

 彼は先のトラック環礁海戦において強引な戦術を用いて罠にはまった戦訓を活かし、このマリアナ攻めにおいてはなるべく慎重を期した戦術を心がけて来た。

 

 だが、それが今、完全に裏目に出ようとしていた。

 

 日中の戦闘では徹底した防空戦闘を行っていた帝国軍は、合衆国軍の防空力が手薄になる黄昏時を狙って攻勢に転じて来たのだ。

 

 結果、戦闘機の援護が弱まっていた合衆国軍は、帝国軍の猛攻を完全には阻止できなかった。

 

 帝国軍航空隊の攻撃を一身に受ける形となった第1機動群は、ほぼ壊滅状態であると言う。

 

 既に航空母艦「ホーネット」「ヨークタウン」、軽空母「ベローウッド」、防空巡洋艦「オークランド」、駆逐艦1隻が沈没確実の損害を受けている。

 

 その他にも、別の攻撃隊に襲撃された第4機動群は、旗艦「エセックス」こそ無事なものの、軽空母「ラングレー」が集中攻撃を受け、大爆発の末に沈没している。

 

 日中の航空攻撃不首尾に加えて、複数の空母喪失。

 

 既に、体勢は立て直しようがない所まで来ていると判断せざるを得なかった。

 

「撤退する」

 

 スプルーアンスは、厳かな声で命じた。

 

「これ以上の戦闘は、損害を大きくするのみだ。ここは一時撤退して、戦力を整える事が得策だと思う」

「しかし・・・・・・・・・・・・」

 

 幕僚の1人が、言い募ろうとして口をつぐんだ。

 

 彼は、攻撃前の話し合いで、攻撃続行を主張した人物である。

 

 だが、そんな彼をしても、大量の航空機に加えて空母3隻を失った事への心理的影響は大きかったようだ。

 

「撤退する。これは第5艦隊司令官としての正式な命令だ」

 

 スプルーアンスが、そう言った時だった。

 

「対空レーダーに感有りッ!!」

 

 レーダーマンの悲痛な叫び声が木霊する。

 

 それと同時に、スプルーアンスは己の決断が、完全に時期を逸してしまった事を悟った。

 

 たちまち、上空の帝国軍機と、海上の合衆国艦隊との間で砲火が交錯する。

 

 流石はスプルーアンス直属の艦隊。さしずめ親衛隊とも言うべき部隊の戦闘力は高い。

 

 輪形陣上空に侵入した帝国軍機が、次々と撃墜されていく。

 

 だが、帝国軍も必死だった。

 

 あらゆる障害を乗り越え、抵抗を打破してここまでたどり着いたのだ。

 

 ただでは死なない。

 

 そんな思いが、帝国軍兵士全員からにじみ出ているようだ。

 

 爆撃を浴びた駆逐艦数隻が、輪形陣から脱落して停止する。

 

 そうして崩れた陣形の中へと突入する帝国軍攻撃隊。

 

 だが、既に隊形は殆ど保てていない。

 

 バラバラに突入する帝国軍。

 

 その内の数機が狙ったのは、

 

 旗艦「インディアナポリス」だった。

 

 

 

 

 

 強烈な爆炎。

 

 次いで、衝撃が「インディアナポリス」を襲う。

 

 思わず、立っていられなくなるほどの衝撃の中、スプルーアンスだけは辛うじて、手近な椅子に掴まって転倒を免れる。

 

 しかし、

 

「左舷に被雷2ッ 浸水、拡大中!!」

 

 魚雷を受けた排水量1万トンの重巡洋艦は、急速に傾斜を増しつつあった。

 

「提督ッ」

 

 傾斜する床を何とか踏みしめながら、幕僚の1人が近付いて来る。

 

「遺憾ながら、本艦は旗艦としての機能を喪失しました。速やかに退艦願います」

「・・・・・・・・・・・・仕方があるまい」

 

 嘆息交じりに呟くスプルーアンス。

 

 ここから撤退するにせよ、スプルーアンスは全体の指揮を取らなくてはならない。ここで倒れる事はできなかった。

 

「駆逐艦を呼び寄せろ。旗艦を変更する」

 

 スプルーアンスは、苦渋の決断と共に命じた。

 

 

 

 

 

 この時、直哉はまだ、戦場上空に留まっていた。

 

 零戦22型甲の長大な航続力と継戦能力を駆使して、第2次攻撃隊の護衛に加わっていたのだ。

 

 そんな中、

 

 1機のヘルキャットを撃墜した直哉の目に、驚くべき物が映り込んで来た。

 

「あれはッ」

 

 それは、味方の攻撃を受けて炎上する1隻の重巡洋艦。

 

 既に海上に停止し、沈没間近のようにも見える。

 

 だが、直哉を驚かせたのは、そんな物ではない。

 

 重巡のマストに翻る、合衆国海軍の中将旗。

 

 すなわち、艦隊旗艦である事を示すマークだ。

 

 直哉の目が、鋭く吊り上る。

 

「あいつが・・・・・・・・・・・・」

 

 一瞬にして、周囲の音が消えうせた。

 

 その艦が何を意味するのか。

 

 その間に誰が乗っているのか。

 

 直哉は瞬時にして理解する。

 

 それと同時に、直哉は操縦桿を倒して一気に機体を急降下させる。

 

 今回の戦いで、合衆国艦隊を率いてくる敵将が、あのミッドウェー海戦で帝国海軍を敗北に追いやった指揮官と同一人物である事を、直哉は小沢から聞かされていた。

 

 ミッドウェーの合衆国軍指揮官。

 

 すなわち、

 

「飛龍の・・・・・・仇だ!!」

 

 直哉の叫びと共に、急降下する零戦22型甲。

 

 急速に迫る重巡洋艦から、強烈な対空火力が放たれるが、直哉は構う事無く、その真っ只中へと飛び込む。

 

 その猛禽の如き視線が、重巡洋艦の甲板に立つ人物を捉えた。

 

 落ち着いた表情の、知的な印象のある人物。

 

 どこか、身形の良い感じがする。

 

 交錯する視線。

 

 その直哉の脳裏に、浮かび上がる思い出。

 

 飛龍の姿。

 

 飛龍の笑顔。

 

 飛龍の声。

 

 飛龍の温もり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・直哉・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 操縦桿を握る直哉の手に、誰か別の人物の手が、添えられた気がした。

 

 どこか懐かしさを感じる温もり。

 

 直哉の口元に、微笑が浮かべられる。

 

 次の瞬間、

 

 直哉は迷う事無く、トリガーを引き絞った。

 

 放たれる火線。

 

 次の瞬間、

 

 甲板に立った人物が、衝撃と共に吹き飛ばされるのが見えた。

 

 それと同時に、機体を上昇させる直哉。

 

 火線が零戦22型甲を追いかけて来るが、直哉はそれを巧みに回避して安全圏へとのがれる。

 

 やがて、機体を水平に戻す直哉。

 

 少年の表情には、悲哀とも安堵ともつかない笑みが、口元に浮かべられていた。

 

 それは、飛龍を失ってから2年。

 

 少年がようやく、愛する者の仇を討った瞬間であった。

 

 

 

 

 

第72話「仇を討つは今」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夜明けて、

 

 1機の水偵が、マリアナ東方海上へと飛来した。

 

 第7艦隊旗艦「姫神」所属の偵察機である。

 

 昨日の航空攻撃の後、合衆国軍がどのような状態になっているかを確認する為に、彰人は偵察機を放ったのだ。

 

 しかし、

 

 その眼下には、驚くべき光景が広がっていた。

 

「そんな馬鹿な・・・・・・・・・・・・」

 

 水偵のパイロットは、目の前の光景に、言葉を続けることができない。

 

 なぜなら、昨日まで100隻以上の大艦隊が集結していた海面には、

 

 今や1隻の艦船も存在していないからだった。

 

「すぐに、『姫神』に打電しろッ!!」

 

 パイロットが後席の電信員に向かって怒鳴る。

 

「文面は、《マリアナ東方海上に敵艦影無し。敵艦隊は撤退した物と認む》だッ!!」

 

 

 

 

 

「逃げた、か」

 

 電文を読んだ彰人は、そう呟いた。

 

 先日の航空攻撃で合衆国軍は、空母4隻、巡洋艦3隻、駆逐艦6隻、航空機500機以上を喪失したと言う。

 

 更に、未確定情報だが、総指揮官のレイナード・スプルーアンスも戦死したと言う情報も聞こえてきた。

 

 次席指揮官が撤退を決断したとしても不思議ではなかった。

 

 敵はマリアナ攻略を断念して撤退した。

 

 それはつまり、

 

「僕達の勝ちだ」

「はい」

 

 彰人の言葉に、頷く姫神。

 

 そんな彼等の上空を、

 

 勝利の立役者である零戦隊が、鮮やかな旋回を見せながら通過して行った。

 

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