蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第73話「隠れ宿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝国海軍、マリアナ沖海戦において大勝利。

 

 そのニュースは、瞬く間に帝国全土を駆け巡り、本土は連日のようにお祭り騒ぎに見舞われていた。

 

 来寇した敵の艦隊を、帝国海軍の伝統とも言うべき内南洋に要塞線を敷いて迎撃。これを見事に撃退してのけたのだ。

 

 正に理想の体現と言って良い大勝利である。

 

 合衆国軍は空母4隻に加えて、6割近い航空機を失い、更には総司令官であるレイナード・スプルーアンスが戦死。一時的な攻勢能力を失った。

 

 また、今回の戦いで、合衆国軍は帝国軍が未だに強大な戦力を有し、絶対的な防衛ラインを形成している事を悟ったはず。

 

 そうなると、暫くは動きが慎重になる事が予想される。

 

 上手く行けば、その間に体勢を立て直す事ができると考えられていた。

 

 だが、

 

 楽観できない事態も、いくつか起こっていた。

 

 まず、陸軍が実施していたビルマ戦線が、いよいよ危うくなり、各部隊は個別に撤退を開始していた。

 

 撤退、と言えばまだ聞こえは良い方であり、実態は全軍潰走に近い。

 

 愚劣な司令官が前線の実情はおろか、己の立てた作戦の内容すら知らず、無謀な命令を繰り返した結果、帝国陸軍の戦線は完全に崩壊。大量の死傷者を出して壊滅した。

 

 そして、司令官たる牟田口健也は、敵の砲声が遠方に聞こえるや否や、誰よりも早く飛行機に乗り込んで後方の安全地帯へと逃亡。取り残された兵士達は、ただ己の運命に任せるまま、ひたすら攻撃に耐えて逃走を続けるしかなかった。

 

 この兵力喪失により、帝国陸軍は敵を押し返すどころか、南洋の拠点維持すら不可能になり、以後は押し寄せてくる敵軍に対し、無為な抵抗を続ける以外の戦術は取れなくなってしまった。

 

 一方、欧州では更に大きな事態が起こっていた。

 

 欧州全土を支配するドイツ第3帝国。

 

 そのドイツに対し、米英仏を中心とした連合国軍が、ついに一大反抗作戦に打って出た。

 

 「覇者の道(オーバーロード)作戦」と名付けられた連合軍の作戦は、フランス北部ノルマンディー海岸に、第1波18万、第2波200万の大軍勢を上陸させ、一気に橋頭堡を確保してしまおうと言う物だった。

 

 対して、この事態を事前に察知していたドイツ軍だったが、連合軍の巧妙な陽動作戦と、自軍の伝達ミスにより、連合軍の欧州上陸を許してしまう結果となった。

 

 ドイツ軍は先年、スターリングラードでソ連軍に大敗しており、かつて欧州全土を席巻した主力軍の大半が既に失われている状態にある。

 

 東西から戦線を押し込まれ始めているドイツ軍が、徐々に追い詰められつつあるのは火を見るよりも明らかだった。

 

 盟邦ドイツの崩壊は明らかに、帝国よりも数歩先んじていた。

 

 敗北の足音が徐々に聞こえる中、

 

 2人は静寂に満ち溢れた世界の中へと、足を踏み入れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手を繋ぎ、共に足並みをそろえて歩くと、周りからはどんな風に見えるだろう?

 

 ふと、脳裏によぎった想いについて考える。

 

 次いで、

 

 苦笑した。

 

 たぶん「兄妹」とかそんな感じだろう。

 

 無理をすれば、「恋人」に見えない事も無いかもしれないが。

 

 彰人は割と年齢が低く見られる事が多いとは言え、それでも10代前半程度の見た目の姫神に比べればまだ上に見えるだろう。

 

 暫く考えてから、

 

 彰人は気にしない事にした。

 

 他人がどう見ようが、自分達は自分達である。そこで悩むのはバカバカしかった。

 

「どうしました、彰人?」

 

 姫神が手を繋いだまま尋ねてくる。

 

 今日の彼女は、いつものセーラー服姿ではない。

 

 青い半そでブラウスに、白いミニスカート、頭には鍔広の帽子を被っている。

 

 ちょっと避暑地に遊びに来た少女。

 

 そんな感じの出で立ちである。

 

 遊びに来た、と言うのは間違いではない。

 

 彰人と姫神は今日、連れ立って、とある温泉地へ遊びに来ていた。

 

 そこは緑あふれる山間の、ほんの小さな宿。

 

 個人経営の温泉宿で、旅行雑誌にもあまり取り上げられる機会の無いような場所にある。

 

 だが、源泉からそのまま引き込んだ温泉と、店主自ら腕を振るった料理の数々は絶品であり、知る人ぞ知る秘湯として、人気が高かった。

 

 マリアナ沖海戦に勝利し、本土に戻った彰人は、姫神を伴ってこの宿へとやって来たのだ。

 

 第7艦隊が母港にしている横須賀から、汽車に揺られる事3時間。そこからさらに、日に3本しか運営していないバスに揺られる事1時間。

 

 彰人と姫神はようやく、目当ての温泉宿がある村の入口へとたどり着いたのだった。

 

 ここからは徒歩での移動となる。

 

 そこで、2人は仲良く手を繋いで歩いていた訳である。

 

 左右を林に囲まれた小道は、日差しがある程度遮られ、涼しい空間を作り出している。

 

 時折聞こえてくる鳥の声が、軽やかな気持ちにしてくれる。

 

「ふぁ・・・・・・・・・・・・」

 

 不意に、姫神が声を上げる。

 

「どうかした?」

 

 釣られるように、彰人も姫神が見た方向に視線を向ける。

 

 少女が指差した先。

 

 生い茂る木立の向こう側にある枝の上に、小動物が動いているのが見えた。

 

 その姿に、彰人は顔を綻ばせる。

 

「ああ、リスだね」

「リス・・・・・・あれが、リス」

 

 どうやら、リスを見るのは初めてらしい姫神。

 

 とは言え、彰人も実物を見るのは初めてなんだが。

 

 リスの方はと言えば、並んで立つ2人の方を、何やらジッと見つめていた。

 

 思いもかけない邂逅を体験しつつ、更に歩く事数分。

 

 山道も途切れ、開けた視界の先に、のどかな風景が広がっていた。

 

 目の前に広がる、日本の山郷の景色。

 

 田んぼには青々とした稲が穂を揺らし、遠くにはちらほら農作業をしている人が見える。

 

 いくつか見える民家からは煮炊きの煙と思しき白煙が上がっている。

 

 猛禽の鳴き声に顔を上げると、上空で鳶が鮮やかに旋回するのが見えた。

 

 都会では殆ど見る事が出来ない光景が、そこにはあった。

 

 目を転じれば、傍らの姫神も食い入るようにして村の光景を見ている。

 

 普段、海に揺られている事が多い巡戦少女からしたら、山間の長閑な風景は珍しいのかもしれなかった。

 

「さあ、行こう」

「はい」

 

 2人はそう言うと、手を繋いで再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから更に歩く事10分。

 

 途中で会った村人に道を聞きながら、彰人と姫神はようやく目的の宿へとたどり着いた。

 

「『くらま屋』、ですか・・・・・・・・・・・・」

 

 木の看板を見上げながら、姫神が呟く。

 

 彼女の言う通り、店の名前には「くらま屋」とある。

 

 ここを彰人達に紹介したのは、第2艦隊司令官にして、今や彰人にとっては「盟友」と言っても良い存在となった宇垣護だった。

 

 何でも、海軍士官や艦娘たちの間でも、隠れた人気スポットになっているのだとか。

 

 宇垣も昔、利用した事があるらしく、どこか良い宿は無いかと聞いたら、真っ先にここを紹介してくれた。

 

「でも、よくお金がありましたね。彰人、貧乏なのに」

「・・・・・・そうハッキリ言わないでね」

 

 歯に衣を着せぬ姫神の言葉に、彰人は嘆息交じりに肩を落とす。

 

 実のところ、今回の遠出は彰人にとってもそれなりに痛い出費ではあった。少しずつ貯めていた貯金の半分近くを取り崩して、ようやく必要金額を捻出したくらいである。

 

 と言う話は、取りあえず姫神には内緒なのだが。

 

「さあ、入ろうか」

「はい」

 

 そう言うと、彰人は姫神を伴って宿の中へと入った。

 

 入るとすぐに、古い日本家屋特有の木の匂いが吹き抜けるのが判った。

 

 内部は落ち着いた雰囲気があり、まるで時間が止まったような印象があった。

 

「ごめんください」

 

 声を掛ける彰人。

 

 だがその声は、静寂の中に飲み込まれたかのように、一切の反応を呼び起こさない。

 

 もしかしたら聞こえなかったのかな?

 

 そう思い、もう一度声を掛けようとした。

 

 その時、

 

「はーい、ただいま」

 

 奥から声がしたあと思うと、男の人が廊下を歩いて来るのが見えた。

 

「お待たせしました。ご連絡のあった水上さまでございますね」

「はい」

 

 人のよさそうな主である。

 

 年の頃は40代後半くらいだろうか? 小柄だがどこか無駄の無い動きをしている印象があった。

 

「お待ちしておりました。お部屋の方にご案内する前に、申し訳ありませんが宿帳への記載をお願いできますか?」

「判りました」

 

 頷くと彰人は、差し出された筆と宿帳を取り、さらさらと書き記していく。

 

 その様子を背後から覗き込む姫神。

 

 そこで、

 

「・・・・・・・あ」

 

 小さく、呟きを漏らす。

 

 なぜなら、彰人が描いた宿帳の名前。

 

 そこには

 

「水上彰人」

「水上ヒメ」

 

 と書かれていたからだ。

 

 やがて彰人が書き終えて宿帳を戻すと、主は奥の方を振り返って叫んだ。

 

「おーい、お客様の御着きだぞ。部屋までご案内して差し上げてくれ」

 

 程無く、控えめな足音と共に、着物に身を包んだ女性が玄関にやってきた。

 

 纏めた黒髪が良く似合う、いかにも和風美人と言った感じの女性だった。

 

「お待たせいたしました。当宿の女将でございます。さあ、まずはお部屋の方でおくつろぎください」

 

 そう言うと、女将は2人を奥の間へと案内する。

 

 宿は、作りこそ古い物の、手入れと修繕が行き届いており、廊下を歩いていても不快感が湧くことは無い。

 

 庭に面した廊下には爽やかな風が吹き抜けていく。

 

 手入れされた庭にも好印象があった。

 

「横須賀からだとかなり時間がかかったでしょう?」

「ええ、それはもう」

 

 女将の言葉に、彰人は苦笑しながら頷きを返した。

 

 海に居れば数時間程度の時間経過など気にもならないが、陸の上にいるとほんのちょっとの差でも長く感じてしまうのだった。

 

 まあ、彰人的には姫神と一緒に居られればそれで良かったのだが。

 

「さ、こちらですよ」

 

 通された部屋は12畳ほどの和室であり、テーブルや備え付けのお茶セットなど、いかにも日本の旅館の一室と言った感じだった。

 

「それではごゆっくりどうぞ。あ、もしよろしければ、うちの裏に川が流れていて、小さな滝もありますよ。景色が良いですから、良かったら行ってみてください」

 

 そう言うと、女将は部屋を出ていく。

 

 後には、彰人と姫神の2人だけが残された。

 

 静寂の中、微妙な空気が2人を包む。

 

 おかしな気分だった。

 

 ついさっきまで、2人で一緒に歩いてここまで来たと言うのに。

 

 部屋の中で2人っきりになった途端、彰人も姫神も、妙に相手の事を意識してしまっていた。

 

「と、取りあえず・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな空気を変えようと、彰人が口を開いた。

 

「荷物下ろしたら散歩にでも行こうか。せっかく、女将さんが勧めてくれた事だし」

「そ、そうですね・・・・・・・・・・・・」

 

 提案に対し、姫神もぎこちなく頷きを返した。

 

 

 

 

 

 言われたとおり宿の裏へと来ると、確かに川が流れていた。

 

 流れ落ちる水の音が聞こえてくるところを見ると、滝も近いらしい。

 

「足元気を付けてね、姫神」

「はい、大丈夫です」

 

 姫神の手を取りながら、ゆっくりと歩いて行く彰人。

 

 やがて、2人の前に滝が姿を現した。

 

 飛び散る飛沫が風に乗って吹き付け、涼しい空気を作り出している。

 

 風が心地よく吹き、姫神の髪とスカートを揺らしていく。

 

「水着を持って来ればよかったかな」

「う、それは・・・・・・・・・・・・」

 

 彰人の提案に対し、カナヅチの姫神は逃げるように視線を逸らす。

 

 そんな姫神に苦笑しつつ、彰人は滝の方へ目を向けた。

 

 さわやかな空気が流れてくる中、彰人はどこか遠い所を見るような目をする。

 

「戦況の事は、聞いてるよね?」

「・・・・・・はい」

 

 問いかける彰人に、姫神は短く頷きを返した。

 

 マリアナ沖で一旦は合衆国軍の侵攻を食い止めた帝国軍だったが、その崩壊は留まるところを知らなかった。

 

 ビルマ戦線の崩壊は彰人の耳にも入ってきているし、それに伴い、マッカーサー軍は手薄になった南太平洋を一気に押し渡ろうとしている。

 

 いかにマリアナを押さえたとしても、マッカーサー軍にフィリピンを取られたら、南方からの資源を運ぶ航路が潜水艦や航空機、水上艦艇に脅かされる事になる。

 

 そうなったら、どっちみち帝国は終わりである。

 

 いかに強力な艦艇を多数擁していたとしても、油が無ければ鉄屑と変わらなかった。

 

 ここにきて彰人達は、新たな戦略を立てる必要性に迫られていた。

 

「たぶん、これからは苦しい戦いになると思う」

 

 彰人はこれから起きる戦いの凄惨さを思い浮かべて言う。

 

「たくさん死ぬことになるだろうね。人も、そして艦娘も」

 

 それは予想では無く確信。

 

 既に犠牲無しで戦い抜けるほど、帝国海軍は余裕を残してはいなかった。

 

 次は恐らく、想像を絶するほどの死闘になる。

 

 彰人には、それが想像できていた。

 

 手が、優しく姫神の頭を撫でる。

 

「だからさ、今だけはこうして、2人っきりで楽しく過ごせたらいいと思ったんだ」

「そうですね」

 

 そう言って、姫神も笑い返す。

 

 2人はやがて、そっとお互いの体を寄せ合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜

 

 主自ら腕を振るったと言う評判の料理に舌鼓を打った後、2人は温泉へと向かった。

 

 源泉を直接引き込んだ天然の温泉は効能も良く。日々の軍務に疲れた体を癒すのに最適である。海軍士官や艦娘達から、この宿が愛好される理由の一つだった。

 

「は~~~~~~」

 

 湯船に肩まで浸かりながら、彰人は大きく息を吐いた。

 

 やや熱めの湯が、神経を程よく刺激していく。

 

 帝国海軍の軍艦でも、比較的新しい物は艦内に大浴場を備えている。勿論、「姫神」にもあるのだが、海水を沸かした風呂と源泉を直接引き込んだ天然温泉とでは、雲泥の差があった。

 

 こうして浸かっているだけで、日々の疲れが嘘のように引いて行く想いだった。

 

「やっぱり、来てよかったな」

 

 彰人が呟いた時だった。

 

 ちゃぷ

 

 控えめな水音。

 

 誰か、他の客が入って来たのかな?

 

 そう思って彰人は振り返った。

 

 次の瞬間、

 

「なッ!?」

 

 思わず、絶句した。

 

 なぜなら、そこにはよく見慣れた少女が、あまり見慣れない恰好で立っていたからである。

 

「ひ、姫神!?」

「あ、ああ彰人!?」

 

 2人揃って素っ頓狂な声を上げる。

 

 流石に、この事態は想定していなかった。

 

「な、何で・・・・・・僕は確かに男湯に!?」

「わ、私もですッ」

 

 どうやら、この手の宿にありがちな「脱衣所は別、浴場は1つ」と言う物らしかった。

 

 それにしても、

 

 彰人はつい、姫神の姿に見入ってしまう。

 

 普段はどうにも子供っぽい印象の強い少女だが、こうして生まれたままの姿になるとやはり、「女らしさ」と言う物がほの見えるのが判る。

 

 真っ白な肌に、女の子らしい丸みを帯びた体付き。白い背中から、やや括れを伴った腰が緩やかなラインを描き、可愛らしいお尻が丸く膨らんでいる。

 

 タオルで体の前を隠しているとは言え、その艶めかしさは却って強調されてしまっている。

 

 幼いと言うのは間違いではないが、その体付きは充分、女の子としての魅力を滲ませていた。

 

 と、

 

「~~~~~~~~~~~~!?」

 

 自分の恥ずかしい恰好に気付いたらしい姫神は、大慌てで湯の中へと飛び込む。

 

 耳まで真っ赤にした少女は、そのまま口元まで湯に浸かってしまう。

 

 やや離れた位置で湯に浸かる、彰人と姫神。

 

 風呂場にあって、互いに裸同士。

 

 緊張感は嫌が上でも増してくる。

 

 何とか、この空気を変えなくては身が持たない。

 

 そう思った次の瞬間、

 

「「あの・・・・・・・・・・・・」」

 

 口を開いたタイミングまで一緒だった。

 

「な、何かな?」

「い、いえ、彰人からどうぞ」

 

 などと言った物の、2人とも会話のネタになる話題など無い。

 

 彰人の方は、先程見てしまった姫神の艶姿が脳裏に焼き付いて離れず、思考がまとまらない。

 

 対する姫神の方は、自分の恥ずかしい姿を彰人に見られ、しかもそれが絶賛継続中と言う事態に、思わず沈んでしまいそうな気分だった。

 

 嬉し恥ずかしな緊張感に包まれる2人。

 

 結局そのまま、2人揃ってのぼせる寸前まで湯に浸かっているのだった。

 

 

 

 

 

 入浴を終えた姫神は、宿の浴衣に身を包み、廊下を歩いていた。

 

 思い出されるのは、先程の風呂場での事。

 

 まだ、顔が熱い。

 

 勿論、それが湯あたりのせいではない事を、姫神は判っていた。

 

 生まれて初めて、男と混浴してしまった。

 

 自分の裸を彰人に見られてしまった。

 

「・・・・・・・・・・・・恥ずかしい」

 

 自分の幼い体を、恋人に見られた事が、何より恥ずかしかった。

 

 これがもし、もっと別のスタイルの良い艦娘だったら、見られても恥ずくないのかもしれなかったのだが。

 

 姫神は、自分自身が「女」としての魅力に乏しい事は自覚している。

 

 そんな自分が、彰人を満足させられているか、と言うのは姫神の中にある確かな不安だった。

 

 と、

 

「あら、もう上がったんですか?」

 

 声を掛けられ、顔を上げる姫神。

 

 するとそこには、宿の女将が笑顔を向けて立っていた。

 

 頭を下げる姫神。

 

 そんな姫神に対し、女将はゆっくりした足取りで近付いてきた。

 

「温泉はどうでした? あれはうちの自慢のお風呂なんですよ」

「はあ、まあ・・・・・・・・・・・・」

 

 曖昧に返事をする姫神。

 

 実際のところ、恥ずかしくて湯を楽しむどころではなかったのだが。

 

 そんな姫神に、女将は笑いながら話しかけてくる。

 

「ねえ、一つ聞いても良いですか?」

「はい、何でしょう?」

 

 キョトンとして首をかしげる姫神。

 

 何が聞きたいんだろう?

 

 怪訝な面持ちの姫神に、女将は問いかけた。

 

「あなた達って、ご夫婦なの?」

「いえ、まだ、そこまでは・・・・・・・・・・・・」

 

 少し頬を赤らめて答える姫神。

 

 付き合い始めてまだあまり時間が経っていないせいか、結婚と言う事態に対し、まだピンとこない点が大きかった。

 

 と、

 

 そこで姫神はある事に気が付き、思わず顔を上げた。

 

「・・・・・・・・・・・・どうして」

「ん、どうかしましたか?」

 

 今度は女将の方がキョトンとする。

 

 そんな女将に、今度は姫神の方が質問をぶつけた。

 

「どうして、私達の関係が判ったのですか? 彰人・・・・・・あの人と私を見た人は、大抵の場合、兄妹だと思うんですが」

 

 事実、これまで多くの者達が、彰人と姫神を見て兄妹だと思う事が多かった。

 

 初見で恋人同士だと思った人間はいなかった訳では無かったが、かなりの少数派である事は間違いない。

 

 驚く姫神に対し、女将は得心が言ったように頷いた。

 

「確かに、最初は兄妹かと思いました。宿帳の名字も一緒でしたし」

 

 確かに、彰人は宿帳に姫神の名前を「水上ヒメ」と書いていたのを思い出す。恐らく、旅行するに当たって適当な偽名を書いたのだろう。

 

「けど、見れば判るんですよね。自分の同じ存在と言うのは」

「同じ?」

 

 キョトンとする姫神に、女将は言った。

 

「あなた、艦娘でしょ?」

 

 女将の言葉に、姫神は思わず言葉を失った。

 

 そんな姫神の反応を楽しむように、女将は続けた。

 

「艦娘なら、男の兄弟はいないはずだし、後は恋人って線もあるけど、苗字が同じだったから、てっきり夫婦かと思ったの」

 

 そう言って、女将は可笑しそうにコロコロと笑う。

 

 それにしても、人間と艦娘を見た目で分ける事は難しい。と言うより、ほぼ不可能に近い。

 

 艦娘は見た目は愚か、体の内部に至るまで普通の人間と変わらない。違うのは軍艦の化身である事と言うただ一点のみである。

 

 それ故、自分から名乗らない限り、艦娘だと見抜ける人間はいなかった。

 

「何で・・・・・・」

「言ったでしょ。同じ存在だから判るって」

 

 同じ存在。それはつまり・・・・・・・・・・・・

 

「私の名前は『鞍馬』。昔は巡洋戦艦をしていたわ」

 

 その言葉に、姫神は驚きを隠せなかった。

 

 まさか、女将が昔、艦娘をしていたとは。

 

 しかも、自分と同じ巡洋戦艦だったとは。

 

 「鞍馬」と言えば、帝国が第1次世界大戦前に建造した鞍馬型巡洋戦艦の1番艦である。

 

 30センチ砲4門備え、走力は当時としては最高クラスの22ノット発揮が可能だった。

 

 世が世なら、世界最強の巡洋戦艦になり得ていたかもしれない。

 

 だが、イギリス海軍が建造した戦艦ドレッドノートの登場により、既存の戦艦は全て旧式化の憂き目を見たのだ。

 

 それは「鞍馬」も例外ではなかった。

 

 更にその後、第1次世界大戦のジュットランド沖海戦によって巡洋戦艦の軽防御は問題視されるようになった。

 

 そして、世界各国の保有軍備を決めるワシントン軍縮条約によって、「鞍馬」は解体される運命になった。

 

「では、解体されてから、今の御亭主と?」

「そう。あの人は、私が艦娘だったころ、「鞍馬」の烹炊所にいた人。解体されて海軍を退役してから一緒になったの」

 

 艦娘は工廠で解体されれば、艦体とのつながりを断たれ、それ以後は普通の人間として生きる事になる。

 

 こうして人としての生を全うする艦娘は、実は結構多かったりする。

 

「解体されて退役して、結婚して、この宿を一緒に始めたの。子供もいたけど、その子はもう成長して、今は夫と同じ海軍士官になっているわ」

「そうだったんですか」

 

 姫神は居住まいを正すと、自分の大先輩に向かって敬礼する。

 

「失礼しました。私は帝国海軍第7艦隊旗艦、巡洋戦艦「姫神」の艦娘です」

「まあ」

 

 その言葉に、鞍馬は目を輝かせる。

 

「あなたも巡洋戦艦? てっきり、もう帝国では運用されていないと思っていたのに」

 

 かつての自分と同じ存在に会えてうれしいのだろう。鞍馬は姫神の手を取って喜んでいる。

 

 姫神としても、まさかこんな所で元艦娘の女性と会うとは思っても見なかった。

 

「一緒にいる方は恋人?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねる鞍馬に、姫神は顔を赤くしながらコクンと頷く。

 

 それを受けて、鞍馬は得心が言ったように姫神の髪を撫でる。

 

「そう」

 

 優しく髪を撫でられ、姫神はどこか懐かしい温もりを感じていた。

 

 艦娘に親は存在しない。

 

 だがもし、母親と言う存在がいるなら、きっと鞍馬のような人なのでは、と思った。

 

「いらっしゃい」

 

 鞍馬は姫神を手招きする。

 

「そう言う事なら、きちんと『準備』をしてあげないと」

 

 そう言うと鞍馬は、姫神の手を取って、自分の部屋へと連れて行った。

 

 

 

 

 

 彰人と姫神の部屋には、既に布団が2枚敷かれ、眠る準備が整っていた。

 

 布団の上に寝そべりながら、彰人は持ち込んだ小説を読みふけっていた。

 

 今日は半日近い移動に時間を取られ、あまりゆっくりする事ができなかったが、宿の周囲にはいくつか、見どころとも言えるスポットがあるらしい。

 

 明日は姫神を連れて、そちらの方に散策に出てみるのも面白いだろう。

 

「楽しみだな」

 

 彰人が口元に笑みを浮かべながら、想いを馳せた時だった。

 

 控えめな音と共に、戸が開く気配がした。

 

 恐らく姫神が風呂から帰って来たのだろう。

 

 そう思って振り返る彰人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫・・・・・・神・・・・・・」

 

 呆然と呟く彰人。

 

 戸口に立っているのは姫神に間違いない。

 

 だがその格好を見た瞬間、思わず彰人は自分の心臓が飛び跳ねるのを感じた。

 

 桜色をした襦袢と呼ばれる薄手の着物を着た姫神は、顔には化粧を施され、髪もきちっとまとめられ、肩口へと流している。

 

 煌びやかな装飾こそ無い物の、まるで花魁のような艶やかさがあった。

 

 少女の美しさに見とれる彰人。

 

 演出したのは、言うまでも無く鞍馬だった。

 

 彼女は彰人と姫神が恋人同士だと知り、この一夜を取り持ったのだ。

 

「彰人」

 

 呆然とする彰人の前に、姫神が静かに座る。

 

「彰人、私達が、その・・・・・・恋人同士になってから、もう1年になります」

「そう、だね。もうそんなになるか」

 

 1年前、キスカ島撤収作戦を終えて戻ってきた彰人と、それを迎えた姫神は晴れて恋人同士として付き合い始めた。

 

 あれから1年。

 

 南洋からの撤退と、トラック、マリアナの要塞化、侵攻してくる合衆国軍の迎撃にと、随分と忙しく過ごした物である。

 

「その間、ずっと悩んでいました。私は、彰人の想いに答えられていないんじゃないかって・・・・・・・・・・・・」

 

 この1年間、恋人らしい事をしてきたか、と言われれば、あまりしてこなかったと言わざるを得ないだろう。

 

 とは言え、それも無理からぬこと。

 

 片や提督、片や巡洋戦艦。

 

 日々明け暮れる戦いの中にあって、愛を育む機会など殆ど無かった。

 

「私では、彰人の愛に答えられないんじゃないか、そう思ってきました」

 

 顔を伏せる姫神。

 

 自分は彰人の恋人として失格。

 

 ずっと、そんな不安に心を支配されてきたのだ。

 

「だから彰人、私は・・・・・・・・・・・・」

 

 最後まで、言う事はできなかった。

 

 なぜなら、その前に彰人の唇が、姫神の口を塞いでいた。

 

 一瞬驚いたような顔をする姫神。

 

 だが、すぐに恋人の温もりを受け入れ、トロンと目を細める。

 

 ややあって、唇を放した彰人は、姫神に笑いかける。

 

「そんな事無い。そんな事無いよ姫神。僕が姫神に不満を感じた事なんて、これまで一度も無いよ」

「彰人・・・・・・でも・・・・・・」

 

 彰人の言葉に、姫神はそれでもどこか納得しない表情を作る。

 

 そんな姫神の言葉を察して、彰人は顔を近づける。

 

「証が欲しい?」

「・・・・・・・・・・・・はい」

 

 少し躊躇うような頷き。

 

 だが、そこには明確な決意があった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 もう一度、口づけを交わす2人。

 

 彰人はそっと、姫神の華奢な体を布団の上へと横たえる。

 

 瞳を交わす2人。

 

「後悔は、ない?」

「するわけないです」

 

 クスッと、2人は笑う。

 

 彰人は姫神の胸元に手を掛け、襦袢の前を大きく開く。

 

 白い雪原を思わせる肌に、思い出したように盛り上がった小さな丘が2つ。その頂にはピンク色の突起が恥ずかしそうに震えている。

 

 乱れた襦袢の裾からは、太ももが股下辺りまで大胆に露出していた。

 

 どうやら、下着は履いていないらしい。

 

 姫神はここに来た時点で、既に覚悟を決めていたと言う事である。

 

「恥ずかしい?」

「恥ずかしい・・・・・・です」

 

 尋ねる彰人に、姫神は頬を赤く染めて答える。

 

 その姿がまた可愛らしくも妖艶さを醸し出し、彰人の心を染め上げていく。

 

「・・・・・・灯り、消してください」

 

 小さな声でそうに言う姫神の言葉に、彰人はクスッと笑って電気を消してやる。

 

 月明かりの中、淡く照らし出される巡戦少女の艶姿。

 

 その姫神に、彰人は覆いかぶさるようにして重なり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢のようなひと時だった。

 

 2泊3日。

 

 その滞在期間を終えて、彰人と姫神は帰路へと付いた。

 

 2人の手は、来た時と同様、しっかりと繋がれている。

 

 互いに愛し合い、想いを重ねあえたことで、2人はこれまでよりも深い関係になれたような気がした。

 

「彰人」

「ん、何?」

 

 並んで歩きながら、声をかけてくる姫神に彰人は振り返る。

 

 そこにある、彼女の笑顔。

 

「連れて来てくれて、ありがとうございました」

 

 対して、彰人もまた笑顔を返す。

 

「また、一緒に来ようね」

「はい」

 

 そう言いながら、2人は仲良く手を繋いで村を後にしていった。

 

 

 

 

 

 小さくなっていく2人の背中。

 

 その姿を、主と鞍馬はいつまでも眺めていた。

 

「行ってしまったな」

「ええ」

 

 肩を抱く夫に、鞍馬は少しさびしそうに返事をする。

 

 自分の後輩とも言うべき少女と、そんな彼女が愛する青年提督。

 

 あの二人がこれから帰る「現実」には、過酷な運命が待っているだろう。

 

 だが願わくば、2人がこの宿での思い出を糧に、強く戦い抜いてくれれば。

 

 そう思わずにはいられない。

 

「・・・・・・・・・・・・がんばってね」

 

 最後に鞍馬は、姫神の背中に向けてそう呟くのだった。

 

 

 

 

 

第73話「隠れ宿」      終わり

 

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