1
会議の席上は、緊迫した空気に包まれていた。
長テーブルの両側に腰掛けた一同は、互いに険しい顔のまま睨みあっている。
上座から向かって右側には永野修以下、軍令部職員たち。
左側には、古河峰一以下、連合艦隊司令部幕僚達。
彼等は今日、海軍として今後の方針を決定する為に集まっていた。
しかし、
双方の意見は真っ向から対立を見ていた。
現在、マリアナの防衛には成功したものの、もう一方の脅威が南から迫ろうとしていた。
マッカーサー軍である。
ラバウルを発したマッカーサー軍は、パプア・ニューギニア北部沿岸を陸伝いに侵攻し、帝国陸軍が築いた防衛ラインを次々と撃破している。
今日集まったのは、そのマッカーサー軍に対する備えを如何にするか、と言う物だった。
因みに、
連合艦隊側の末席には、彰人の姿もあった。
姫神との旅行から帰った後、横須賀にて第7艦隊の出動準備を進めていた彰人だったが、古河からの要請を受けて、この会議に出席していたのだ。
そもそも、マリアナの要塞化構想は彰人の考えが中心になっている。その為、古河としてはアドバイザー的に立場から彰人を呼んだらしかった。
彰人としても、軍令部の知人に会って最新の情報を入手したいと思っていたので、ちょうど良かったところである。
「考えるまでもありません。すぐにニューギニアに兵を送りましょう!!」
発言したのは黒鳥陽介だった。
彼はマリアナ沖海戦に先立って行う予定だった渾作戦を、連合艦隊司令部の反対で潰されてしまったと言う経緯がある。
その為、何としても今度は、自分の意見を通そうと躍起になっていた。
「航空部隊と艦隊を中心にニューギニアに兵を送り、現地の陸軍を支援させるのです。マッカーサーの侵攻を食い止めるには、それしかありません」
「無理だ。その時間はもう無い」
発言したのは連合艦隊参謀長の福留茂である。
「マリアナで我が軍は勝利したものの、『翔鶴』『祥鳳』の2空母喪失に加えて多数の航空機、それに弾薬、燃料を消費した。それらを整え、部隊を再編成しニューギニアに送り込むには相応の時間がかかる。部隊を送り込む頃には、既に戦局は定まっているだろう」
その福留の発言に、黒鳥は目を剥く。
そもそも渾作戦に反対してニューギニアに兵を送らなかったのは連合艦隊である。それを、まるで他人事のように発言する福留の言葉は黒鳥を苛立たせた。
しかも、
黒鳥はチラッと、GF側の末席にいる彰人に目をやる。
連合艦隊側の作戦の裏に、彰人の存在がある事は疑いない。
この会議にも図々しく顔を出している彰人の存在が、黒鳥には疎ましくて仕方が無かった。
もっとも、当の彰人はと言えば、そんな黒鳥の憎々しげな視線に気づかないまま、手元の資料に目を通している。
そんな黒鳥の気持ちを代弁するように、今度は永野が口を開いた。
「そうは言うがね、そもそも先に部隊の抽出を渋ったのは君達GFじゃないか。あの時、我々の指示に従ってニューギニア防衛を強化していれば、今ごろはマッカーサー軍を食い止められていたのではないかね?」
「それをやっていた場合、マリアナは失陥していた可能性が高いです」
発言したのは彰人である。
「マリアナ沖海戦の勝利は、敵よりも早く、多数の兵力を集中できた事が大きいです。もし渾作戦を実施していたらマリアナを守る航空兵力は足りなくなり、結果的にマリアナ沖海戦は我が軍の敗北で終わっていた可能性が高いです」
それに加えて彰人は、渾作戦の内容そのものにも懐疑的だった。
作戦要綱を見てみたが、ようするにコンセプトは「マリアナに兵を残しつつ、ニューギニアにも兵を送る」と言う総花的な内容だったのだ。
そうなると、ニューギニアに送れる兵力は少なくなり、結局は兵力不足に陥るだろう。それを補う為に更に増援を何度も送り、結果として「所要に満たぬ兵力の逐次投入」と言う軍事上における最大の愚を犯す事になっていた可能性が高い。
結果的に渾作戦は中止して正解だったと、彰人は考えていた。
「そんな過去の事はどうでも宜しい」
苛立ち交じりに、黒鳥が叫ぶ。
「今はマッカーサーをどうするかのほうが重要です。奴を野放しにしていたら、いずれはフィリピン奪回を目指して、我が軍の資源地帯を脅かすのは明白。何としても奴を止めなくてはなりません」
その点については、彰人も同意見である。
東南アジアは帝国軍にとっての生命線である。ここが無くなれば必要な資源、特に艦戦を動かす為に必要な油が殆ど手に入らなくなってしまう。
フィリピンをマッカーサーに渡す事はできない。と言うのは彰人の考えと一致しているのだが。
「そもそも、ニューギニアの防衛は陸軍の担当だったはずだ。その陸軍が余計な事をしたせいで、このような事態になっていると言う事を忘れないでいただきたい」
発言したのは古賀だった。
余計な事、と言うのはインパール作戦の事である事は言うまでもないだろう。
不必要なインパール侵攻を行った結果、ニューギニア方面を守る兵力が不足する事態に陥ってしまったのだから。
インパールでの兵力消耗が無ければ、そもそもこのような会議すら必要無かったはずである。
「だからこそ、陸軍に対する支援が必要なのです!!」
黒鳥は尚も語気を荒くして言い募る。
「陸軍は今、ニューギニアで苦しい戦いを続けているのですッ 彼等は海軍が助けに来るのを待っているのですぞ。だからこそ、支援を・・・・・・・・・・・・」
「勘違いしないでもらいたいな、黒鳥大佐」
冷ややかな声で切り捨てたのは古河だった。
「苦しい戦いをしているのは我が海軍とて同じ事だ。今の我々に、ニューギニアを救援するだけの力は無いのだ」
古河の言葉に、黒鳥は黙り込む。
軍令部にいる彼は、連合艦隊がすぐには動ける状態には無い事は無論知っている。だからこそ、古河達の主張が正しい事も判っている。
しかし、マッカーサー軍が迫って来る状況が、黒鳥を焦らせていた。
「GF司令部には人情が無いのですか!? これではニューギニアの友軍は見殺しです!!」
激しく言い募る黒鳥に、軍令部職員達は同意するように頷くのが見える。
「彼等を救う為にも、どうかッ」
「浪花節で戦争はできませんよ」
冷たく言ったのは彰人だった。
軍令部職員一同が批判の目を向ける中、彰人は続ける。
「それに、別に慌てる必要はないですよ」
「どういう事かね?」
訝るように尋ねる古河に対し、彰人は続ける。
「マッカーサーの狙いがフィリピンである事は疑いないのは、今さら言うまでも無い事だと思います。でも、ニューギニアにいるマッカーサー軍が、実際にフィリピンに取りつくには、まだ時間がかかる筈です。ならば、敵がニューギニアを出る前に、こちらは体勢を整えれば良いんです。可能なら、ニューギニア方面の兵力もパラオあたりまで引き上げて防衛線を強化すれば、マッカーサーを食い止める事は充分可能なはずです」
言わば、2年前の
陸軍の防衛ラインが当てにならない以上、敢えて拠点を捨てて兵力の集中を図るのだ。
彰人の戦略は首尾一貫している。戦力が足りないなら、手持ちの兵力でも防衛できるように戦線を縮小するのだ。
マッカーサー軍に対し備える、と言う軍令部の方針事態には彰人も否やは無い。中部太平洋軍の攻勢を一時的に頓挫させた今、次に脅威となるのはマッカーサー率いる南太平洋軍だからだ。
だが、その為の手段としてニューギニアに兵を送ると言うのは賛同できなかった。
戦うなら、あくまで守りを主体として戦うべき、と言うのが彰人の考えである。
だが、
「相変わらずの逃げ腰のようですな」
嘲るように言ったのは黒鳥だった。
「水上少将。貴官の考えは私には臆病風に吹かれているようにしか思えませんな。敵が来るからと言って逃げてばかりいては、軍人としての本分を投げ出していると言わざるをえません」
「僕は勝つ為に必要な事は何か考えているだけです」
嘲るような黒鳥の言葉に対し、しかし彰人は挑発には乗らず、冷静に言葉を返す。
正直、「臆病者」などと言われて怒りが湧かない訳ではないのだが、議論では冷静さを欠いた方が負けである。
彰人は飛び出しかける怒りをかみ殺す。
対する黒鳥はと言えば、彰人が挑発に乗らなかった事で、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「ともかく、だ」
永野が口を開く。
「軍令部としては、マッカーサー軍に備える為にニューギニアに兵を送るように要求する」
「連合艦隊としては、その作戦案には賛同できません」
対して、古河も一歩も引かずに自分の主張を告げる。
結局、両者の意見は合意を見ないまま、ただ延々と時間のみが過ぎていくのだった。
2
会議室を出た彰人が、少女の姿を見付けるまでに、そう時間は掛からなかった。
小柄な少女だが、何処にいてもすぐに判る。
それ程までに、彼女は彰人にとって愛おしい存在に昇華されていた。
「おかえりなさい、彰人」
彰人の元へと駆け寄ってきた姫神が、いつも通りの抑揚の少ない声で告げる。
だが、その口元には微笑があり、声も心なしか弾んでいるように見える。
古河に呼ばれたのは彰人だけなのだから、何も姫神まで来る必要は無かったのだが、姫神がどうしても来たいと言ったので連れて来たのだ。
姫神は彰人の横に並ぶと、そっと手を繋いできた。
「退屈しなかった?」
「大丈夫です。職員の人とトランプをしていましたので」
姫神の言葉に、彰人は苦笑する。
どうやら軍令部の職員たちにも、姫神の可愛らしさが伝わっているらしかった。
こんな少女が自分の彼女なのだと思うと、彰人はそれだけで幸せな気分だった。
「今日はこのまま横須賀に?」
「いや、もう一カ所寄る所があるから、そっちに行ってからだね。都内に泊まって、明日、横須賀に帰ろうと思う」
「判りました」
そう言うと、彰人は姫神を伴って歩き出した。
軍令部情報課は、彰人が第11戦隊司令官に就任する前にいた古巣である。
彰人はここで対外情報の解析と、自らの子飼いとなる情報収集解析班の育成を行っていた。その時の部下達が、現在の特信班に繋がっている。
第11戦隊司令官に就任した後も、特信班では追いつかない情報に関しては、ここの友人に頼んで情報を回してもらっていた。
「失礼するよ」
彰人が部屋に入ると、デスクに座った人物が顔を上げて口元を綻ばせて来た。
「お、水上じゃん。久しぶりだな」
男は旧友の登場に、口元をほころばせると、次いで彰人の傍らにいる少女に目をやってニヤリと笑った。
「何だ何だ、見せ付ける為に来たのか? 悪いがのろけ話だったら余所でやってくれよ」
「そんな訳ないでしょ」
彰人は相手の言動に、やれやれとばかりにため息をついた。
次いで、姫神に目をやった。
「姫神、こっちは僕の兵学校同期で、
「知ってるよ。第7艦隊旗艦、巡洋戦艦『姫神』の艦娘だろ。何しろ、俺達の間じゃ、ちょっとした有名人だからな」
中西の言葉に、彰人と姫神は揃って首をかしげる。
「有名って事は、活躍しているから?」
「いや」
尋ねる彰人に、中西は首を横に振る。
「あの『朴念仁の水上彰人がついに作った彼女』だからだよ」
「・・・・・・余計なお世話だよ」
彰人は呆れ気味に嘆息する。
とは言え、彰人はここに雑談をしに来た訳ではない。
「はい、これお土産」
そう言って彰人が差し出したのは、包装に包まれた細長い物だった。
それを見て、中西は目を輝かせる。
「おお、間宮の羊羹じゃねえかッ 気が利くな」
嬉しそうに言うと、中西は彰人と姫神をテーブルに座らせ、自分はお茶の用意をする。
帝国海軍の将兵に絶大な人気を誇る間宮の羊羹は、すぐに売り切れることで有名であり入手は困難を極める。
彰人はたまたま、人づてに手に入れた物を「姫神」の冷蔵庫に保管しておいたのだ。
贅沢な食べ方だと、包装を剥き太巻きのように手で持って、頭からかぶり付くのが通のやり方である。
無論、今はやらないが。
「それで、新しい情報が入ったって聞いたけど?」
「おお、それについては手紙に書いた通りだよ」
お茶を運んできた中西が、尋ねる彰人に頷きを返す。
その傍らで、姫神が出された羊羹に楊枝を差して、もぐもぐと食べている。
そんな少女の様子を、微笑ましそうに見つめる彰人。
「オイコラ、人の部屋に来てイチャついてないで話を聞け、このリア充提督」
「わ、判ってるよ」
言われて、彰人は意識を向け直す。
そんな彰人に、中西は呆れ気味に数枚の資料を手渡した。
それを一読すると、彰人の顔は急激に険しくなった。
「XB29の実戦配備が、始まった・・・・・・・・・・・・」
「その呼称は、もう正しくないぜ」
彰人の認識を訂正するように、中西は首を振る。
「今はもう、試作機のコードである『X』は取られている。正式名称は、ボーイングB29《スーパーフォートレス》だ」
「スーパーフォートレス・・・・・・超空の、要塞・・・・・・・・・・・・」
大仰な名前を付けたものである。
しかし、あのB17フライングフォートレスの後継機である事を考えれば、決して誇張ではないだろう。
「こいつの『要塞』たる所以は、装甲や防御砲火じゃない。上限1万と言う高度その物が、こいつにとって最大の『防壁』になるんだ」
中西の言わんとする事は、彰人も理解していた。
高度1万メートルでは大気が薄く、航空機のエンジン出力も低下してしまい、所定の性能を発揮できなくなってしまう。
加えて大気密度が薄いと言う事は酸素も少ないため、パイロットも酸素不足に陥り、簡単な計算すらできなくなってしまうのだ。
そのような状況では、仮に戦闘機を上げたとしてもまともな迎撃戦ができる筈も無い。
事実上、帝国軍の所有する戦闘機では、B29に対抗する事は困難だった。
「だが、本当に恐ろしいのはB29じゃない。次の資料を見てみろ」
中西に促されるまま、彰人は資料のページをめくると、そのまま目を通す。
しかし、ややあって、
「いやいやいや・・・・・・・・・・・・」
彰人は苦笑しながら顔を上げた。
「流石に、これは眉唾でしょ。いくら何でも・・・・・・・・・・・・」
彰人は手元の資料を指差しながら言う。
その資料は合衆国軍が開発を進めてる、新型爆弾に関する物だった。
しかし、その性能について、信じがたい事が書かれていたのだ。
「1発で都市を壊滅させる事ができるって・・・・・・SFじゃないんだから」
その新型爆弾は、従来の爆弾とは根本的に異なる物で、1発で大都市ですら壊滅に追いやる事ができると言う。
しかし、流石の彰人も、俄かにこれを信じる事はできない。先程のB29に大量の爆弾を積んで絨毯爆撃を仕掛ける方が、まだ現実味があるように思えた。
だが、
「残念ながら事実だ。既に合衆国では、開発の最終段階に入っているって噂がある」
表情を変えない中西に、彰人はようやく、彼が冗談を言っている訳ではない、と言う事を悟る。
新型爆弾は確かに存在し、それが帝国に対して向けられようとしているのだ。
「この新型爆弾と、B29。両方が組み合わさればどうなるか、お前なら想像できるだろう」
「・・・・・・・・・・・・」
中西の言葉に、頷きを返す彰人。
如何なる戦闘機でも迎撃不可能な高度を悠然と飛行するB29。その爆弾槽から投下され、1発で都市をも壊滅に追いやる新型爆弾。
この組み合わせが実現した時。それ即ち帝国の滅亡に直結する。
幸いにして、先の戦いでマリアナは死守で来た。と言う事は、敵は当面の間、帝国本土を攻撃できる拠点を確保できない事になる。
しかし、
何とか敵が新型爆弾を実戦配備する前に、この戦争を終わらせる方法を模索しないといけない。
帝国にとってこの戦争は、いよいよ切羽詰った物となりつつある。
彰人はその事を、強く意識せざるを得なかった。
3
彰人が旧友の中西と会っている頃、
一足早く軍令部の建物を出た古河達は、そのまま駐車してある車へと向かって歩いていた。
「ともかく、戦力の回復を一刻も早く終わらせる必要があるな」
「ハッ」
古河の言葉に、福留が頷きを返す。
軍令部の思惑がどうあれ、現実の脅威としてマッカーサー軍がフィリピンに迫りつつあるのは、間違いない事実である。
もしフィリピンを取られれば、南シナ海の航路が脅かされ、南方資源地帯から本土へ物資を運ぶ事が出来なくなってしまう。
マッカーサー軍を迎え撃つ為には、一刻も早い戦力の整備が必要だった。
「ともかく、我々は水上少将の意見を基に、戦略を立て直すぞ。戦線を縮小しつつ、兵力の集中を図るのだ」
「判りました。可能ならパラオに、全軍を集結できるように手配いたします」
マッカーサー軍をパラオで迎え撃つ。
その方針で、古河達の意見が一致する。
ちょうど、駐車場に差し掛かる一行。
その時、通路の向こう側から、制服を着た職員と思しき人物が歩いて来るのが見えた。
見た目には、ごく普通の職員。
動きに不審な所も無い。
だからこそ、
福留以下幕僚達も、
そして古河自身も気付かなかった。
次の瞬間、
ズブリッ
鈍い音と共に、古河は己の腹に、何か堅い物が当たっている事を悟る。
訝りながら、下げる視線。
そこには、
自分の腹に、深々と匕首が刺さっている光景があった。
「なッ!?」
認識すると同時に、激しい激痛が古河を襲う。
一体何が!?
誰もが驚いて動きを止める中、
職員の恰好をした男は、顔に不気味な笑みを浮かべて叫んだ。
「奸賊古河峰一ッ 天誅ゥゥゥゥゥゥ!!」
叫びながら匕首を引き抜くと、もう一度、古河の腹へと突き立てる。
純白の第2種軍装が、あっという間に鮮血に染められていく。
その頃になり、ようやく福留たちが我に返る。
急いで男を取り押さえる一方、福留が古河へと駆け寄った。
その時には既に、致命傷を2カ所も浴びた古河は立っている事もできず、地面に膝をついて倒れようとしていた。
それを慌てて支える福留。
「しっかりなさってください長官ッ 長官!!」
背後では、男が狂った笑い声をあげている。
その声を耳に聞きながら、
古河はゆっくりと訪れてくる虚無の闇へと身を委ね、意識は急速に落下していった。
第74話「事件」
「上手く行きましたな」
報告を受けて、黒鳥陽介は満足げにほくそ笑んだ。
連合艦隊司令長官古河峰一。軍令部内にて暴漢に襲われ死亡。
そのニュースは瞬く間に広がりを見せ、今や軍令部内はハチの巣をつついたような大喧噪に包まれている。
しかしその中で、この部屋の中だけは不気味なまでの静寂に包まれていた。
部屋の中にいるのは黒鳥の他にもう一人、軍令部総長の永野修のみである。
2人にとって、この喧騒は織り込み済みの事態である。今更慌てるには値しなかった。
「それはそうと、今回の一件で我々の関与が疑われるようなことは無いだろうな?」
「御心配なく。間には仲介人を何人も立て、中には顔を晒さずに取引した者もいます。我々の関与が漏れる事は決してありえません」
古河峰一の死亡。
それがまさか、軍令部総長主導による暗殺事件だったとは、まさか誰も思わないだろう。
だが厳然たる事実が、そこには存在していた。
首謀者は永野修。
そして従犯は黒鳥陽介。
暗殺者は、そこらの浮浪者を適当に見繕って仕立て上げたに過ぎない。その為、2人の関与を裏付ける証拠は何も無かった。
このカラクリに気付ける者は、皆無と言って良かった。
「しかし、古河さんも哀れな人ですね。黙って我々の言う通りにしていれば、このように不本意な形で死を迎える事も無かったと言うのに」
「所詮は、大局の見えぬ輩だったと言う事だ。あのような小物をGF長官に据えた事自体が、そもそもの間違いだったのだよ」
「だからこそ、廃棄する必要がある。操者の手を離れた操り人形は、早々に糸を切らねばなりませんからな」
黒鳥の言葉に、永野は吐き捨てるように応じた。
彼等にとって、もはや古河は過去の人物として認識されているようだった。
「今度の人選は、大丈夫だろうな?」
「はい。我々に対して忠実な人物を選んでおきました。その方なら、我々の考えに賛同してくれるはずです」
溌剌として答える黒鳥陽介。
彼は、自分が2人の連合艦隊司令長官を死に追いやり、帝国を滅亡の縁へと追いやっていると言う自覚は、全くと言って良い程見られないのだった。