蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第77話「英雄凱旋」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は帰ってきた」

 

 全てがは、その一言から始まった。

 

 目にはレイバンのサングラスをかけ、口にはコーンパイプを加えた伊達男が、自らの足で波をかき分けながら砂浜へと上陸してくる。

 

 まったくもって、絵になる光景とはこの事だろう。

 

 ヒーローの帰還。

 

 絶対的正義の執行。

 

 大衆を魅了する為のありとあらゆる演出が、その中には含まれていた。

 

 過剰な演出である。

 

 本来なら彼は、橋頭堡が完全に確保され、飛行場も制圧して安全が完全に確保されたと判断された後で、充分な護衛を伴って飛行機でも使い上陸すべきところなのだ。

 

 だが彼は敢えて、いの一番に自分の足でフィリピンの土を踏む事を選んだ。

 

 1941年11月4日

 

 合衆国南太平洋軍はついに、フィリピン奪還に向けた大規模な軍事行動を起こした。

 

 マッカーサーが最初の上陸先に選んだのは、彰人達が睨んだ通り、フィリピン西部のレイテ島だった。

 

 ここは広大な湾を有しており大艦隊や輸送船団の停泊に適しており、更に事前の情報収集で帝国軍の防備が手薄である事が判っていた。正に、橋頭堡を築くのに最適な場所であると言えた。

 

 フィリピンは元々合衆国の領土だったのだが、開戦劈頭、帝国軍の猛攻撃に遭い陥落。

 

 同方面の司令官を務めていたデイビス・マッカーサーは孤軍奮闘したものの、ついに抗しきれなくなり脱出。その際に「私は必ず帰ってくる(アイ・シャル・リターン)」と言う言葉を残している。

 

 その約束を、マッカーサーは果たした形だった。

 

 この戦いには、合衆国海軍のほぼ全軍がマッカーサー支援の為に投入されていた。

 

 その戦力は、以下のとおりである。

 

 

 

 

 

第3艦隊(支援部隊)

 

第1群、

航空母艦「ワスプ(Ⅱ)」「ハンコック」「ベニントン」

軽空母「カウペンス」「モントレー」

大型巡洋艦「サモア」「プエルトリコ」

重巡洋艦「チェスター」「ソルトレイクシティ」「ペンサコラ」「ウィチタ」「ボストン」

軽巡洋艦「サンディエゴ」

駆逐艦21隻

 

第2群

航空母艦「イントレピッド」「バンカー・ヒル」

軽空母 「バターン」「ガボット」

戦艦 「ニュージャージー」(艦隊総旗艦)「イリノイ」

軽巡洋艦「ヴィンセンス」「マイアミ」「ビロクシー」

駆逐艦 18隻

 

第3群

航空母艦 「レキシントン(Ⅱ)」「エセックス」

軽空母 「プリンストン」「インディペンデンス」

戦艦「アイオワ」「ケンタッキー」

軽巡洋艦「サンタフェ」「モービル」「リノ」「バーミンガム」

駆逐艦14隻

 

第4群

空母「フランクリン」「エンタープライズ」「サラトガ(Ⅱ)」

軽空母 「ラングレー」

戦艦 「ワシントン」

大型巡洋艦「フィリピン」「ハワイ」

重巡洋艦「ニューオーリンズ」

軽巡洋艦「ビロクシー」

駆逐艦11隻

航空機1300機

 

 

 

 

 

○第7艦隊(上陸支援部隊)

 

・火力支援部隊

戦艦「ウェストバージニア」(旗艦)「ペンシルバニア」「テネシー」「カリフォルニア」「ネバダ」「ニューヨーク」「テキサス」

重巡洋艦「ルイビル」「ポートランド」「ミネアポリス」

軽巡洋艦「デンバー」「コロンビア」

駆逐艦26隻

 

・護衛空母群

護衛空母 「サンガモン」「サンティー」「スワニー」「シェナンゴ」「ペトロフ・ベイ」「サギノー・ベイ」「ナトマ・ベイ」「マニラ・ベイ」「マーカス・アイランド」「オマニー・ベイ」「サボ・アイランド」「カダシャン・ベイ」「ファンショー・ベイ」「ホワイト・プレインズ」「カリニン・ベイ」「セント・ロー」「キトカン・ベイ」「ガンビア・ベイ」

駆逐艦 9隻

護衛駆逐艦 17隻

航空機540機。

 

 

 

 

 

 正規空母10隻、軽空母7隻、護衛空母18隻、戦艦12隻、大型巡洋艦4隻、重巡洋艦12隻、軽巡洋艦11隻、駆逐艦99隻、護衛駆逐艦17隻、航空機1800機。

 

 マリアナ沖海戦に参加した第3艦隊を上回る程の大兵力である。これに、総勢20万に及ぶ陸軍と補給物資を満載した、のべ1000隻もの大輸送船団が加わる。

 

 世界中どこを探しても、これだけの大艦隊は存在しない。まさに、人類が生み出した最大最強の殺戮者達である。

 

 いかに帝国軍が攻撃を仕掛けて来たとしても、全ては無駄な努力に終わるだろう。

 

 この人類史上最大の艦隊を前にしては、如何なる抵抗も無意味な物となるのだ。

 

 だが、そんな事はマッカーサーにとってはどうでも良い事である。

 

 彼は自らがフィリピンの土を踏みしめたと言う事実に酔い、理想のヒーロー像を演じ切っていた。

 

「初めからこうするべきだったのだ」

 

 レイバンの奥で視線を光らせながら、マッカーサーは幕僚達に話しかける。

 

「初めから海軍を含む、太平洋の合衆国軍全ての指揮権を私に任せていれば、ジャップ相手にここまで苦戦することは無かったのだ。私こそが、この戦争に偉大なる勝利をもたらす事ができる唯一の存在なのだからな」

「まったくですな閣下」

「おっしゃる通りです」

 

 ニミッツやハルゼーが聞いたら怒るだけでは済まないセリフだが、幕僚達は口々にマッカーサーに対して追従を行う。

 

 彼等はオーストラリアに逼塞していた頃から、マッカーサーと苦楽を共にした者達である。

 

 そんな彼等だからこそ、マッカーサーの言葉が正しい物であるかのように思えていた。

 

「もうすぐだ」

 

 そんな戦友たちに笑い掛けながら、マッカーサーは言う。

 

「我々はもうすぐ、全てを取り戻す。その時こそ、この戦いは偉大なる我が合衆国の勝利によって幕が降ろされる事だろう」

 

 マッカーサーのパフォーマンスじみた演説に、万雷の拍手が起こる。

 

 彼等にとって、既にフィリピン奪回は成ったも同然であり、自分達にやがて訪れるであろう栄光は、確実な物となっていた。

 

 それにしても、奇妙な光景である。

 

 この時はまだ、マッカーサーのレイテ上陸から1時間も経っておらず、彼の大軍勢は一度も帝国軍と砲火を交えていないのだ。

 

 にも拘らず、マッカーサーも彼の幕僚も、既に戦闘は終わったかのように振る舞っていた。

 

 だが、

 

 それを許さない者達は、確かに存在していた。

 

 そして、彼等、彼女らもまた、自分達の誇りに掛けて、行動を開始しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錨を巻き上げる音が、一斉に聞こえてくる。

 

 ブイを離れ、一斉に動き出す艦隊。

 

 マストの上では、風を受けた日章旗が雄々しくはためいている。

 

 ボルネオのブルネイに停泊していた帝国海軍、連合遊撃艦隊に所属する各艦艇は、一斉に錨を上げ、進撃を開始しようとしていた。

 

 目的地はレイテ。

 

 全てはマッカーサーを倒し、フィリピンを守りきる為である。

 

 帝国にはもう、後が無い。

 

 フィリピンを取られれば、南シナ海の制海権が合衆国軍の手に落ちる事になる。そうなるとシーレーンが破壊され、南方からの物資を本土へ運べなくなる。

 

 そうなれば、帝国は破滅だった。

 

 だからこそ、行かなくてはならない。

 

 自分達の全てを賭けて、敵を倒すしかなかった。

 

 以下が、連合遊撃艦隊の編成である。

 

 

 

 

 

○連合遊撃艦隊

 

・第1遊撃隊(第2艦隊)

第1戦隊「大和」(旗艦)「武蔵」「信濃」「長門」

第4戦隊「愛宕」「高雄」「鳥海」「摩耶」

第5戦隊「羽黒」「妙高」「那智」「足柄」

第2水雷戦隊「能代」 駆逐艦12隻

 

・第2遊撃隊(第7艦隊)

第11戦隊「姫神」(旗艦)「黒姫」

第3戦隊「金剛」「比叡」「榛名」

第7戦隊「最上」「鈴谷」「熊野」

第14戦隊「大淀」「仁淀」

第13戦隊「矢矧」駆逐艦10隻

 

 

 

 

 

 戦艦4隻、高速戦艦3隻、巡洋戦艦2隻、重巡洋艦11隻、軽巡洋艦4隻、駆逐艦22隻。

 

 まさに、帝国海軍始まって以来、最大最強の水上砲戦部隊である。

 

 特に、大和型戦艦3隻が、ついに揃い踏みした事は大きい。

 

 46センチ砲27門の一斉射撃は強烈であり、この地球上のいかなる存在であろうとも粉砕が可能なはずだった。

 

 

 

 

 

 戦艦「大和」の艦橋にあって、宇垣護は真っ直ぐに前方を見据えて立っていた。

 

 その背後には、大和が控えめな出で立ちで宇垣に従っていた。

 

 本来なら宇垣は旗艦を、最新鋭艦で防空、通信、司令部機能、および防御力に優れた「信濃」に移すべきところであろう。

 

 その方が、大艦隊の指揮統率には相応しいのは間違いない。

 

 だが「信濃」編入後も、宇垣は「大和」に将旗を掲げ続けていた。

 

 大和とは開戦以来、共に戦ってきた戦友である。気心の知れた彼女と共にいた方が戦いやすいと考えているのだ。

 

 直立不動で立つ宇垣の背後につき従い、彼の背中を見ながら、大和は少し頬を赤く染める。

 

 こうして共に歩くだけで、大和にとっては何よりうれしい事だった。

 

 ふと、そこで艦橋の外へと目を向ける。

 

 現在、「大和」を中心にした対潜警戒陣が組まれようとしており、左舷側には「武蔵」が、右舷側には「信濃」が着こうとしている。

 

 その「信濃」の艦橋に目をやると、元気な少女が精いっぱい手を振ってきているのが見える。

 

 対して、大和もまたクスッと笑みを浮かべ、愛らしい妹に対して手を振りかえす。

 

 大和は勿論、次女の武蔵もまた、この新しい妹を事の他可愛がっている。

 

 ようやく顔を合わせる事が出来た妹だが、信濃の天真爛漫さは大和や武蔵の心を掴んでいた。

 

 清楚な大和撫子の大和。武人の本質を体現した武蔵。そして活発な信濃。

 

 見事にバランスの取れた形の大和型3姉妹は今、揃って決戦の海へと赴こうとしていた。

 

「大和」

「はい」

 

 声を掛ける宇垣に対し、大和は視線を戻して振り返る。

 

 対して、宇垣は大和を真っ直ぐに見据えていた。

 

「今度の戦い、どうやら俺達が想像している以上に苦しい物になりそうだ。事によると、俺もお前も、生きては帰って来れないかもしれん」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 宇垣の言葉を聞きながら、大和も険しい表情をする。

 

 司令官が死を覚悟するほどの戦いである。それがいかに厳しい物であるかは、想像に難くなかった。

 

 世界最強の大和型戦艦3隻を有して尚、死を覚悟しなくてはならないとは。

 

「頼むぞ。お前が頼りだ」

「はい、お任せください」

 

 笑い掛ける宇垣に対し、

 

 大和もまた、笑顔で返事を返すのだった。

 

 そこへ、参謀長が近付いてきた。

 

 参謀長は大和に笑いながら頷くと、宇垣へと向き直る。

 

「司令官。連合遊撃艦隊、全艦出撃準備完了しました」

「ああ、判った」

 

 参謀長の報告に頷きを返しながら、宇垣は連遊艦の辿るルートを頭の中でもう一度反芻する。

 

 今回の進撃ルートで、特に危険な場所は3カ所だ。

 

 まず1カ所目はブルネイ北西にあるパラワン水道だ。ここは、最近になって敵潜水艦の多発海域として知られている。敵がまず仕掛けて来るとすればここだろうと考えていた。

 

 次に、パラワン水道を抜けて西へと進路を取ると、いよいよフィリピン中部海域へと侵入する事になる。

 

 そこにはシブヤン海と言う海域が広がっているが、ここに入る頃には既に、敵機動部隊の空襲圏内に捕捉されている可能性が高い。しかしシブヤン海は島が多く、航路が曲がりくねっているせいで大規模な艦隊運動に適していない。ここで空襲を受けたら最悪、連遊艦は碌な回避行動を取れず、一方的に叩かれてしまう可能性があった。

 

 そして、そのシブヤン海を抜けた先にはサンベルナルジノ海峡があり、その先には太平洋が広がっている。そこまで行けば、目指すレイテ湾はもう目と鼻の先となる。

 

 だが海峡は狭く潮流も速い為、艦隊運動は困難を極める事が予想される。しかも海峡突破時には艦隊は単縦陣を取らなくてはならず、もし出口に敵艦隊が布陣していた場合、連遊艦の各艦は先頭艦から順に討ち取られていく事にもなりかねなかった。

 

 本来なら、もっと広い海面を航行し艦隊運動の自由を確保すべきところであるが、既にマッカーサーがフィリピンに上陸している以上、一刻の猶予も許されなかった。

 

 連遊艦は、危険を承知で、この最短のルートを進まなくてはならないのだった。

 

 だが

 

「大和」

 

 声を掛ける宇垣。

 

 その姿に、怯懦の要素は無い。

 

 明らかに、これから戦場へと赴く武人としての姿があった。

 

「行くか」

「はい」

 

 宇垣の短い言葉に、嬉しそうに頷きを返す大和。

 

 互いの視線が、真っ直ぐに絡み合う。

 

 宇垣と大和。

 

 お互いをこの上なく信頼し合う2人は、笑みを交わして頷き合う。

 

「全艦出撃!!」

 

 宇垣の声が、真っ直ぐな張りを伴って響き渡る。

 

「進路、レイテ湾へ!!」

 

 今、運命が一斉に動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブルネイを出航した連合遊撃艦隊は、予定通り進路を北西に取り、パラワン水道を北上していた。

 

 艦隊は現在、対潜警戒を敷きながら、巡航速度にて航行している。

 

 複数の駆逐艦が横1列に並んで敵潜の存在を探知すると同時に、その後方を重巡、戦艦から成る主力隊が後続している。

 

 第7艦隊を率いる彰人もまた、指揮下の艦隊に警戒を発しつつ、狭い水道を進んでいた。

 

「今ごろは、呉から小沢さん達が出撃している頃か」

「そうですね。時間的にもそんな感じです。ただ、向こうは広い海を来れますから」

「こっちよりは楽ですね」

 

 腕時計を確認しながら呟く彰人に、参謀長と姫神がそれぞれ応じる。

 

 連合遊撃艦隊の出撃と合わせて、本土からは小沢治俊率いる連合機動艦隊が出撃する手はずになっている。

 

 彼等は出港後只管南下し、敵艦隊を発見次第、これに対し攻撃を仕掛ける手筈になっている。

 

 敵が連機艦に目を向け、北上したところを見計らい、連遊艦がレイテ突入を図るのだ。

 

 正規空母7隻、軽空母5隻、航空戦艦2隻を有する艦隊は、マリアナ沖に出撃した時とほぼ同等か、それ以上の航空兵力を誇っている。

 

 しかし、今回は基地航空隊の援護が殆ど得られない状況である。

 

 いかに小沢の指揮があるとは言え、1000機以上の艦載機保有を誇る合衆国軍主力艦隊を相手に、何処まで戦えるか疑問が残る。

 

 その時、

 

 そっと姫神が手を絡めてくる。

 

 それに対し、笑い掛ける彰人。

 

「大丈夫だよ」

 

 少女を安心させるように、彰人は囁く。

 

「小沢さんなら、きっとうまくやってくれる」

「はい」

 

 姫神は頷きながら、微かに微笑み返した。

 

 その時だった。

 

 突如、轟音と共に、衝撃が艦隊全体に響き渡った。

 

 思わず我に返る、彰人と姫神。

 

「どうしたの!?」

「我が艦隊ではありません。第2艦隊がいる方角からです!!」

 

 見張り員が悲鳴に近い報告を上げてくる。

 

 その言葉に、彰人は思わず歯噛みする。

 

 考えられるのは、潜水艦による襲撃だ。どうやら、予想通り、敵はこのパラワン水道で仕掛けて来たらしい。

 

「全艦離脱準備!! 対潜警戒、厳にせよ!!」

 

 彰人が命令を飛ばす中、

 

 第7艦隊の前方、

 

 第2艦隊がいる方角から、猛烈な黒煙が上がっているのが見えた。

 

 

 

 

 

 衝撃が突き抜ける。

 

 聞こえたのは、2度の爆発音。

 

「状況、報告せよ!!」

 

 鋭く命令を発する宇垣。

 

 ややあって、見張り員の声が帰ってきた。

 

「『信濃』被雷ッ 潜水艦からの攻撃の模様!!」

「『高雄』、魚雷命中の模様ッ 速力、低下しています!!」

 

 その報告に、宇垣は思わず歯噛みする。

 

 潜水艦の襲撃を予想し出来ていたにも関わらず、襲撃を防げなかった。

 

 「信濃」の方は、恐らく大丈夫だろう。あの艦は数発の魚雷を喰らった程度では戦闘力喪失には至らないし、マリアナ沖では魚雷を弾き返した実績がある。

 

 問題は「高雄」の方だった。

 

 巡洋艦にとって、魚雷一本でも致命傷になりかねなかった。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

「あたたた。何でいつも、こうなるのかな」

「日頃の行いが悪いからじゃないのか?」

 

 痛みを発して脇腹を押さえる信濃に対し、艦長が呆れ気味に答える。

 

 突然の魚雷命中。

 

 まさか、陣形の中央付近にいた戦艦が雷撃を喰らうとは思っていなかった連遊艦は、大いに混乱を来していた。

 

 主力部隊が速力を上げると同時に、駆逐艦部隊は海面に爆雷を投下して潜水艦の狩り出しを行っている。

 

 狂奔する海面。

 

 轟音と共に、水柱がそそり立つ。

 

 ややあって、巨大な爆炎が吹き上がるのが見えた。

 

「水中爆発を確認ッ 敵潜水艦、撃沈の模様!!」

 

 見張り員の報告に、艦橋内も歓喜に包まれる。

 

 これで少なくとも、同じ敵艦にもう一度狙われる可能性は無くなった訳だ。

 

「で、大丈夫なのか?」

「うん、これくらいなら、まだ何とかなるかな」

 

 問いかける艦長に、信濃は苦笑しながら答える。

 

 「大和」「武蔵」をも上回る防御力を誇る「信濃」は、魚雷命中の衝撃に、何とか耐えきったのだ。

 

「報告します。左舷中央付近に魚雷2本命中を確認。装甲版に若干のゆがみが生じるも、戦闘、航行に支障はありません」

 

 流石の最新鋭戦艦。この場にあっても、見事にその高性能振りを見せ付けていた。

 

 

 

 

 

 一方、「大和」艦上の宇垣護は、苦渋の決断を強いられようとしてた。

 

 「信濃」の戦闘力が維持されたのは喜ばしいが、もう一方の方はそうはいかない。

 

 「高雄」は魚雷1本を喰らい、速力が18ノットにまで低下してしまっているらしい。応急修理に成功し、何とか沈没は免れるようだが、艦隊に随行する事は不可能である。

 

 連遊艦は出撃直後に、貴重な突入戦力を失った事になる。

 

 だが、問題はそれだけではなかった。

 

 暫しの沈黙の後、宇垣は顔を上げて言った。

 

「『高雄』に信号。《この場にて反転、ブルネイに帰投せよ》」

 

 妥当な判断である。速力の低下した艦を伴って航行する事は、艦隊全体を危険にさらす事にもつながる。

 

 幸い、まだ出港から時間が経っていない。今からなら戻る事も不可能ではないだろう。

 

「判りました、では2水戦の駆逐艦を護衛に・・・・・・」

「いや」

 

 参謀長の言葉を遮って、宇垣は言った。

 

「護衛は付けない。『高雄』には単独で帰投させろ」

 

 硬い表情のまま言い放った宇垣に、誰もが耳を疑った。

 

 潜水艦が多数存在する海域に、自力航行が可能とは言え損傷した艦を単独で戻らせるのは危険極まりない行為である。

 

「提督、それは・・・・・・・・・・・・」

 

 大和もまた、難色を示して宇垣を見る。

 

 だが、宇垣は苦渋の表情を見せつつも、決断を変える気は無かった。

 

「今回の敵は強大だ。たとえ駆逐艦1隻と言えど、戦力を割く余裕はない」

 

 損害はこれからも増えるだろう。その度に護衛に駆逐艦を割いていたら、最終的にレイテの到着した時、殆ど船がいなくなっている。などと言う事にもなりかねない。

 

 非情な決断のようにも聞こえるが、これは仕方のない措置だった。

 

「皆も覚えていてくれ。これからレイテに至るまで、我々は多くの敵と戦わなくてはならない。脱落艦は多数に上るだろうし、中には撃沈される艦もあるだろう。だが、それらの艦は、たとえレイテ湾の目前であろうと、自力で戻ってもらうし、救助の為の駆逐艦も宛がわない。勿論・・・・・・」

 

 若干、躊躇うような間をおいてから宇垣は言った。

 

「本艦が戦闘力を喪失した場合でも、それは同様である。その時は、第7艦隊司令官の水上少将に指揮を委ねる事とする」

 

 宇垣の言葉に、誰もが息を飲んだ。

 

 だが、今回の戦いは、これまで以上に負ける事が出来ない。ここで負ければ、もう帝国には後が無いのだ。

 

 マッカーサーは何としても倒さなくてはならないのだ。それができなければ帝国は滅びる。

 

 帝国に住む人々と、脱落した艦の命運。

 

 宇垣が取るのは、前者であるべきだった。

 

 勿論、それで心中が穏やかであるはずもないが。

 

「『高雄』より信号。《武運を祈る》!!」

 

 徐々に艦隊から落伍していく「高雄」から放たれた信号。

 

 その言葉に、拳を握りしめる宇垣。

 

 そんな宇垣を、大和は悲しげな眼差しで見守っていた。

 

 

 

 

 

 やがて、後続する第7艦隊からも、反転帰投する「高雄」の姿が見えてきた。

 

 未だに黒煙を発し、艦体はやや左舷よりに傾いたまま、艦首を南に向けている「高雄」。

 

 その高雄の艦橋では、髪の短い女性と、軍服を着た男性が「姫神」に向けて敬礼をしてきている。

 

 高雄と、彼女の艦長である。

 

 それに対して、敬礼を返す彰人。

 

 傍らの姫神は、寄り添うようにして彰人に手を絡めてくる。

 

 「高雄」の姿は、やがて通り過ぎて艦橋の影へと入り、姿が見えなくなっていった。

 

 

 

 

 

第77話「英雄凱旋」      終わり

 

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