蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第7話「疾風の如く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「姫神」「黒姫」の第11戦隊は単縦陣を組み、横須賀の沖にて訓練を行っていた。

 

 北太平洋任務後の整備を終えた後、正式に第2艦隊所属となった第11戦隊は、呉から第2艦隊の母港である横須賀へ移動し、そこで訓練に明け暮れていた。

 

 今は、第2艦隊も南方作戦支援任務を終えて母港に寄港しているが、いつまた任務に駆り出される事になるか判らない。それを考えれば、少しでも技量を上げておきたいところだった。

 

「速力30ノット制定、目標、左舷、標的艦。主砲、発射準備!!」

 

 彰人の声に対応するように、前部甲板に備えられた4連装2基の30センチ砲が旋回して照準を付ける。

 

 艦橋からは見れないが、後方から追随してくる「黒姫」でも、同じ光景が行われている筈である。

 

 姫神は、その様子を確認しつつ、標的の方角を静かな瞳で見つめている。

 

 そんな少女を見ながら、彰人は帽子のひさしに指を当ててかぶり直す。

 

 ややあって、砲撃準備完了の報告がなされた。

 

 既に主砲には模擬弾が装填されている。

 

 標的艦に向けた砲門が、陽光を浴びてキラリと光を放った。

 

 同時に、彰人は顔を上げた。

 

「撃ち方始め!!」

 

 号令に遅れず、放たれる主砲。

 

 海上に浮かべ、リモコン操縦で航行する標的目がけて放たれる。

 

 彼方で突き立つ水柱。

 

 その様子を眺めて、彰人は感心したように頷く。

 

「ふむ・・・・・・・・・・・・」

 

 悪くない。弾着位置は、だいぶ標的に近い。

 

 入渠期間がそれ程長くなかったせいか、技量の低下は思った程ではない。加えて呉工廠の作業員たちが入念に整備してくれたおかげだろう。これなら、今すぐに実戦復帰したとしても問題は無いのではないだろうか。

 

 「黒姫」の方でも砲撃を開始しており、順調に標的を狙い撃っているのが見えた。

 

「よし、続いて連続斉射に入る。自動装填装置のチェック、忘れないで」

「ん」

 

 彰人の指示に、姫神が僅かに振り返りながら返事をする。

 

 今頃砲塔では、兵士達が自動装填装置に取りつき、作業を行っている事だろう。

 

 姫神型巡洋戦艦の主砲は決して強力とは言い難いが、この自動装填装置機構があれば、最大で毎分6斉射が可能となる。

 

 北太平洋海戦において、各上の戦艦「コロラド」に撃ち勝つ事が出来たのも、この装置があったからからこそだった。

 

「斉射準備完了。行ける」

 

 砲塔からの報告を聞いた姫神が、そう伝えてくる。

 

「よし、砲戦用意ッ」

 

 彰人が命令を飛ばそうとした。

 

 その時、

 

「待ってッ」

 

 珍しく、緊迫したような声を、姫神が発した。

 

 いったい何が? 

 

 戸惑う彰人に、姫神が振り返る。

 

「後方から不明駆逐艦1、急速接近・・・・・・速い」

 

 低い声で告げられる姫神の言葉に、彰人は思わず窓へと駆け寄って状況を確認する。

 

 見れば確かに、1隻の駆逐艦が「姫神」と標的との間に割り込むようにして突撃している様子が見え取れる。

 

 一体どこの馬鹿だ?

 

 訝る彰人の傍らで、姫神が驚いたように目を見開く

 

「推定速度・・・・・・・・・・・・あり得ない。40ノット?」

 

 姫神が戸惑いと共に放った言葉で、彰人はある事に思い至る。

 

 それは先日、旗艦「大和」を訪れた際に、宇垣参謀長から聞かされた言葉。

 

 第11戦隊に編入を予定されている、駆逐艦の話。

 

「そうか、あれが・・・・・・」

「提督?」

 

 波を斬り裂いて走る駆逐艦に目をやりながら、彰人は呟きを漏らす。

 

 丙型と呼称される、艦隊決戦用重雷装駆逐艦。

 

 50口径12・7センチ砲連装3基6門を装備するほか、主武装である魚雷発射管は、5連装3基15射線。これは駆逐艦としては、日本のみならず、世界でも他に例のない強武装である。

 

 そして駆逐艦の命とも言うべき最高速度。それこそが、彼女がどの部隊からつまはじきにされた理由に他ならない。

 

「最高速度40・7ノット。その名は・・・・・・・・・・・・」

 

 放たれた魚雷が、標的を容赦なく吹き飛ばす。

 

 その駆逐艦の艦橋で、1人の少女が不敵な笑みを浮かべていた。

 

 駆逐艦らしくスレンダーな体付きに、スラリとした四肢が露出の高い服から惜しげも無く晒されている。

 

 頭の上に乗せたリボンがピンと立ち、まるでウサギのような印象を与える。

 

「おっそーい」

 

 口元に不敵な笑みを浮かべ、駆逐艦「島風」の艦娘は言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多くの艦が引く航跡が、海面に鮮やかな白線を引いて行く。

 

 一糸乱れぬ艦隊行動は、いっそ芸術的ですらあった。

 

 その日のインド洋は、澄み渡るように晴れていた。

 

 照り付ける陽光が海面に反射して輝き、時折、魚の跳ねる光景が見て取れる。

 

 そのインド洋に今、第1航空艦隊に所属する各艦が展開していた。

 

 空母5隻、戦艦4隻を主力とする1航艦は、セイロン島のコロンボ、およびトリンコマリーに展開するイギリス海軍東洋艦隊を撃滅し、インド洋における制海権を奪取する為、はるばるこの地まで出撃してきていた。

 

 イギリス東洋艦隊は、海戦劈頭のマレー沖海戦で最新鋭戦艦プリンス・オブ・ウェールズを含むZ部隊を失って移行、日本軍に対して積極的な攻勢は控えるようになっていた。

 

 すでに、かつて東洋におけるイギリス軍最大の拠点だったシンガポールを含む東南アジアは日本軍の勢力圏と化しており、迂闊に踏み込む事ができない。

 

 一応、東洋艦隊も本国から増援を受けて戦力増強を行っているが、その殆どが旧式艦であり、日本海軍と正面切って戦える物ではない。彼等にできるのは、インド洋の制海権を維持するのが精いっぱいだった。

 

「良い天気だけどさ・・・・・・」

 

 買って来たラムネに口を付けながら、飛龍がぼやくように口を開く。

 

 その傍らに座っている直哉は、釣られるように振り返った。

 

 既に開戦以来、幾多の実戦を経験し、出撃の度に戦果を上げた直哉は、通算の撃墜数は12機にまで達し、今や撃墜王に名を連ねるまでになっていた。

 

 とは言え、大陸帰りのベテランなどは、数十機の撃墜数を誇る者も少なくない。それに比べると、直哉の実力はまだまだだと言えた。

 

 その直哉は、先ほどの飛龍の発言に対し、怪訝そうに首をかしげる。

 

「どうかした?」

「いやね、加賀さんは残念だったなって思ってさ」

 

 話を聞いて、直哉は「ああ」と納得する。

 

 見回してみればわかる通り、現在、艦隊に随伴している空母は5隻。真珠湾攻撃時に比べて1隻足りない事になる。

 

 実は、第1航空戦隊に所属する空母「加賀」は、出撃前に座礁事故を起こし、今回の作戦に参加できなくなってしまったのだ。

 

 「加賀」は日本海軍の空母中最大を誇り、搭載機数も多い。そんな「加賀」が事故で不参加となった事は、第1航空艦隊にとって大きな痛手だった。

 

 飛龍は首を巡らせて、自身の前方を航行する艦隊旗艦に目をやる。

 

 単艦で1航戦を形成している「赤城」の姿は、何となく寂寥感を感じた。

 

「仕方ないよ。次は、一緒に戦えるといいけどさ」

 

 そう言って、直哉は残ったラムネを飲み干す。

 

 程よく冷えた炭酸が喉を焼く感触を楽しみつつ、チラッと飛龍に目をやる。

 

 直哉には、艦娘と言う存在がいかにも不思議に思えていた。

 

 どこからどう見ても、10代中盤程の健康的な魅力のある少女にしか見えない。

 

 しかし目の前の少女は間違いなく、排水量1万7000トンを誇る航空母艦であり、今や帝国海軍のエースとも言うべき第2航空戦隊の1隻である。

 

 しかし、そんな事は関係無いのかもしれない。

 

 目の前の飛龍が、普通の少女に見えるのなら、話はそれで充分だった。

 

「ん、どうかした?」

 

 と、そこで直哉の視線に気付いた飛龍が振り返り、不思議そうな視線を向けて来た。

 

 一瞬、目が合う両者。

 

 慌てて顔を逸らしたのは、直哉の方だった。

 

「い、いや、何でもない。何でもないよッ」

 

 何となく、飛龍の横顔に見惚れていた自分が恥ずかしかった。その理由が何なのかは、実のところ直哉自身にも判らないのだが。

 

「変な直哉」

 

 対して、そんな直哉を見てクスクスと笑う飛龍。

 

 その仕草がまた可愛らしく、直哉はますます、自分の頬が熱くなるのを自覚せざるを得なかった。

 

 一体なぜ、飛龍を見ているだけで、こんなにも気恥ずかしい思いになってしまうのか?

 

 その時、出撃準備を告げる放送が鳴り響き、直哉の意識が切り替わる。

 

「あ、僕、行かなくちゃ。それじゃあ飛龍、また後でね」

「あ、直哉、気を付けてよ!!」

 

 見送る飛龍に対し、背中越しに手を振る直哉。何となく、今、飛龍の顔を見るのは気恥ずかしい物があった。

 

 と、直哉が走り去った後、彼が飲み干したラムネの瓶がそのまま残されている事に気付き、飛龍はクスッと笑う。

 

「・・・・・・・・・・・・まったくもう、そそっかしいんだから」

 

 そう言って、ラムネ瓶を拾い上げると、飛行甲板の向こう側で小さくなっている、少年の背中を見詰める。

 

「ちゃんと帰って来てよね。撃墜王君」

 

 その瞳には、頼もしく成長した少年への、深い信頼が見て取れるの。

 

 一旦艦載機が飛び立ってしまうと、空母にできる事は殆ど何も無い。ただ、皆が無事に帰ってきてくれるのを祈るのみである。

 

 飛龍もまた、直哉を始め、出撃する攻撃隊のメンバーがちゃんと帰ってきてくれるのを祈らずにはいられないのだった。

 

 やがて、

 

 「飛龍」をはじめとする5隻の正規空母の甲板を蹴って、第1次攻撃隊が次々と大空へ舞い上がって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第1航空艦隊がインド洋へと出撃した理由は、イギリス東洋艦隊の撃滅の他にも、いくつか理由があった。

 

 インド洋は、米英が中国へ物資や兵器を送る重要な輸送航路になっている。その輸送路を潰す事が主な目的であり、イギリス艦隊への攻撃は、その為の手段である。

 

 また、もう一つの理由として、欧州で戦っているドイツ、イタリア両軍との連絡線を確立し、枢軸国同士の連携を深めると言う目的もあるにはあるが、そちらの方は、地球を半周以上する連絡線の構築は、あまり現実的ではないと言う意見もあった。

 

 一方で、本作戦における否定的意見も出されている。

 

 帝国の主敵はあくまでもアメリカであり、その為に戦力を温存するべきである、と言う意見である。中でも主力である空母機動部隊を、インド洋などに「寄り道」させるべきではない、と言う訳だ。

 

 この意見にはどちらも一長一短がある。アメリカ軍の反抗に備えると言うのは重要な事ではあるが、同時に大陸に展開する陸軍を支援する為には、敵の補給路は潰しておく必要があるからだ。

 

 それこそ、呉に停泊している「大和」以下の戦艦群に航空支援部隊を付けて出撃させてはどうか、とする意見もあったが、これについては山本自身が却下している。

 

 戦艦では足が遅く、作戦目標達成まで時間がかかる。また、燃料消費も大きいとの理由からだった。

 

 とは言え、

 

 5隻の空母から発艦した180機の航空機が編隊を組む様は壮観であり、彼等が世界最強の存在である事を印象付けるには充分すぎる程だった。

 

 既に攻撃目標である、セイロン島トリンコマリーからは、敵艦隊の出航が確認されており、これに対する攻撃も作戦に組み込まれていた。

 

 直哉は制空隊に所属しており、任務は攻撃隊の護衛となる。敵が迎撃機を放ってきた場合、これを迎え撃つ事になる。

 

 その時、先頭を行く隊長機が合図を送ってくるのが見えた。

 

 視線を下に向けると、そこには白い航跡を引いて航行する、複数の艦船を見る事が出来た。

 

 間違いなく、トリンコマリーを出航して、退避しようとしているイギリス東洋艦隊である。

 

「空母1、それに戦艦・・・・・・いや、巡洋艦かな? それが2に、駆逐艦が数隻か・・・・・・」

 

 直哉は目を凝らして、敵艦隊の様子を確認する。

 

 上空からでは艦種を判別するのは難しく、随伴艦が戦艦なのか巡洋艦なのか、見分けるのは難しい。

 

 しかし少なくとも、空母が1隻含まれているのは間違いないようだ。

 

 この時、すでに日本側は攻撃態勢に入っていた。

 

 「赤城」に所属する艦攻隊が空母を目指して降下し、「飛龍」隊と「蒼龍」隊の艦爆は、巡洋艦と思しき目標に狙いを定めている。

 

 そして、

 

「来た・・・・・・」

 

 直哉は、視界の中で複数の光が反射するのを見逃さなかった。

 

 陽光に翼をきらめかせて、イギリス軍の戦闘機、ホーカー・シーハリケーンが迫ってくるのが見える。

 

 戦前からイギリス空軍の主力を担っているハリケーンの海軍機仕様盤である。現在でこそ、主力の座をスーパーマリン・スピットファイアに譲っているが、ドイツ空軍による一大航空作戦。所謂「バトル・オブ・ブリテン」でも活躍している。

 

 速度を上げて、ハリケーンの前へと出る直哉機。

 

 同時にシーハリケーンの方も、速度を上げて向かってくるのが見える。

 

 だが、

 

「遅いよッ!!」

 

 立ち上がりを制したおかげで、動きは日本側の方が速い。

 

 接近と同時に20ミリ機関砲を一連射する直哉。

 

 その攻撃により、正面から弾丸を喰らったシーハリケーンは微塵に砕ける。

 

 戦闘機の搭載機銃としては、20ミリと言うのは破格である。1発でも当てる事ができれば、敵機は確実に破壊できる。

 

 だが、

 

「どうもな~ イマイチなんだよな、これ・・・・・・」

 

 零戦を操りながら、直哉は主武装に対する不満を口にする。

 

 20ミリ機関砲は確かに威力はあるが、弾丸が重いせいで射程距離が短く、更に携行弾数も少ないと言う欠点がある。満載しても60発しか搭載できないのだ。これでは、数回使えば弾切れを起こしてしまう。

 

 もし20ミリを使い切れば、零戦のパイロットは威力の弱い7.7ミリ機銃で戦わねばならなくなる。

 

 直哉は火器管制を切り換えると、愛機を素早く反転。同時に味方の編隊へと向かおうとしている背後へと付ける。

 

 同時に7.7ミリ機銃を、ハリケーンの背後から浴びせる。

 

 しかし、装甲の厚いハリケーン相手に、7.7ミリでは威力が小さすぎて、損傷を与える事ができない。

 

 舌打ちしながら、逃げようとするハリケーンを追撃。更に一撃を加える。

 

 今度は、比較的防御力が低い、コックピット近辺を集中的に狙い撃つ。

 

 たちまち、風防ガラスが砕け散り、弾丸は中にいたパイロットを殺傷する。

 

 力を失って落下していくハリケーンの姿を見やりながら、直哉は嘆息する。

 

 零戦は名機であり、その性能が高い事は間違いないが、弱点が全く無い訳ではない。油断すると、いつか自分が撃墜される側に回る可能性もある。

 

「油断大敵って訳だ」

 

 呟く直哉の眼下では、

 

 空母1隻を含むイギリス艦隊が、炎を上げて沈んで行くところだった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、第1航空艦隊本隊の方では、ちょっとした騒動が巻き起こっていた。

 

「何を考えているんだ、南雲さんはッ」

 

 第2航空戦隊旗艦「蒼龍」の艦橋で、青年の怒声が木霊した。

 

 航行する「赤城」の方を睨みながら怒鳴ったのは、第2航空戦隊司令官の山口多聞である。

 

 その傍らでは、艦娘の蒼龍も、ハラハラした様子で自身の司令官を見詰めている。

 

 山口の怒りの理由は、つい今しがた「赤城」が送ってきた発光信号にあった。

 

 1時間ほど前、イギリス艦隊は付近にいないと判断した「赤城」の第1航空艦隊司令部は、対艦攻撃用に魚雷を装備して待機させていた第2次攻撃隊の97艦攻を、陸上攻撃用の爆弾装備に変更するように指示を下していた。

 

 だが、作業がある程度進んだところで、偵察機から連絡が届いた。

 

 新たな敵艦隊が第1航空艦隊に接近しつつあり、それが間も無く攻撃圏内に入りつつあるとの事だった。しかも、その敵艦隊は複数の空母を伴う、イギリス東洋艦隊の本隊だと言うではないか。

 

 それを聞いた山口は、ただちに現装備のまま出撃するよう意見具申をした。

 

 しかし、南雲が指示してきたのは、陸上攻撃装備を、再び対攻撃用の魚雷装備へ戻せ、との事だった。

 

 魚雷は重量800キロある為、攻撃隊全機に付け替えるには2時間近い時間がかかる。しかもそれは、敵の攻撃を全く受けない状態で、と言う条件が付く。敵の攻撃を受けて戦闘状態に突入すれば、当然その間は作業を中断せざるを得ず、空母は完全な無防備状態になってしまうのだ。

 

 それよりも山口としては、まずは現装備のまま攻撃隊を発艦させるべきと考えたのだ。

 

 陸上用の爆弾では空母のような大型艦を撃沈する事はできないが、1発でも命中させれば飛行甲板を使用不能にできる。そうなれば空母は航空機を放つ事ができず、存在価値を失う。その後、改めて対艦装備を施した攻撃隊を放ち、トドメを刺すべきであると考えた。

 

 だが、1航艦司令部は、あくまでも魚雷による対艦攻撃に拘り、山口の意見具申を却下した。

 

「クソッ」

 

 悪態を吐く山口。

 

 航空戦は巧緻より拙速を貴ぶべき、というのが山口の持論である。発見した敵に対しては、先制攻撃を仕掛けるのが基本なのだ。もし、敵に先制されるような事になれば、取り返しのつかない重大事を招く事になりかねない。

 

 どうも南雲以下の1航艦司令部は、そうした緊張感が欠如しているとしか思えなかった。

 

「あの、司令官・・・・・・・・・・・・」

 

 恐る恐る、といった感じに蒼龍が声を掛けてくる。

 

 司令官が断を下さない為、どう行動すべきか迷っている感じだ。

 

 その視線を受けて、山口は居住まいを正す。

 

 拘泥していても仕方がない。上級司令部が兵装転換命令を下した以上、中堅指揮官の山口が現場の判断で覆す訳にはいかなかった。

 

「・・・・・・兵装転換だ、蒼龍。それから、『飛龍』にも同じように信号を送れ」

「は、はい」

 

 山口の指示を受け、蒼龍は艦長の柳本大佐にその事を伝える。

 

 直ちに艦長から全乗員に、兵装転換の指示が伝達され、一旦外された魚雷を、再び機体に戻す作業が行われる。

 

 その様子を眺めながら、山口はもどかしさを感じずにはいられない。

 

 今、自分達は敵地の真ん前に降り、現実に有力な敵艦隊が迫りつつある。それなのに、その目の前で悠長に足踏みをしている事に苛立ちを覚えていたのだ。

 

 この認識の甘さが、いつか重大な結果を招く事になる。

 

 そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と言う訳で・・・・・・・・・・・・」

 

 苦虫を潰したように口を開いたのは、近藤信行第2艦隊司令官である。

 

 居並ぶ彰人、姫神、黒姫、そして黒姫艦長の成瀬京介の前に、ニコニコ顔の少女が立っていた。

 

 スラリとした姿に、ウサギのようなリボンが特徴の少女。

 

 放っておくと、飛び跳ねてどこかへ行ってしまいそうな雰囲気があった。

 

「こいつが、第11戦隊に編入になった駆逐艦の島風だ」

「よっろしくねー!!」

 

 そう言って、無邪気に手を振って見せる島風。

 

 あの後、いきなり演習場に乱入してきた「島風」のせいで訓練内容がめちゃくちゃになり、有耶無耶のうちに終了となってしまった。

 

 元気溌剌と言った感じの島風。いかにも駆逐艦娘らしい仕草が可愛らしさを見せている。

 

「よろしくじゃない。挨拶が済むまで鎮守府で待っていろと命じた筈だぞ」

「ぶー、だって待ちきれなかったんだもん」

 

 叱責する近藤に対し、唇を尖らせる島風。

 

 近藤の傍らに立つ、第2艦隊旗艦の愛宕も、困ったように苦笑を浮かべている。

 

 本来、島風の訓練参加は明日からの筈だったが、その島風は命令を待ちきれず、全乗組員を引き連れて海に飛び出して行ってしまったのだ。

 

「まあ、見ての通りだ、水上中佐。少々・・・・・・いや、聊か・・・・・・と言うより、かなりの難物だが、よろしく面倒見てやってくれ」

「はあ・・・・・・承りました」

 

 性格に難ありとは聞いていたが、なるほど、これは確かに一筋縄ではいかない艦娘が来たようだった。

 

 しかし彰人にはこの際、「島風」を指揮して戦いに勝利する技量が求められる事になる。

 

 それに、何はともあれ、戦力が増強された事に代わりはない。しかも、姫神型とある程度、行動をともにできる駆逐艦である。

 

 実のところ、先の北太平洋作戦において、もっとも神経を使ったのが潜水艦の存在である。

 

 姫神型は巡洋戦艦であるので、水上艦や航空機には対応できるのだが、潜水艦の相手だけは不可能である。作戦に際して対潜装備を一時的に積み込む案もあったのだが、重量がかさむため、見送った経緯がある。

 

 勿論、姫神型巡戦の速力に、潜水艦が着いて来れるはずも無いのだが、それでも油断したところを狙われでもしたらひとたまりも無かった事だろう。

 

 だが、そこに駆逐艦が1隻でもいれば、潜水艦にも反撃する事ができる。

 

 そう言う意味では、頼もしい艦娘が味方になってくれた物である。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 近藤の執務室を出た彰人は、一同を見回す。

 

 3隻になった第11戦隊。その連繋を強め、今後の作戦に活かしていきたいところなのだが。

 

「まずは、親睦会と行こうか。確か、横須賀にも『間宮』の支店はあったよね」

「え、奢ってくれるの!?」

 

 目を輝かせたのは島風である。なかなか、反応が早い少女だ。

 

「ゴチになります、先輩」

「君は、自腹」

「いや、そりゃ無いっすよ~」

 

 ちゃっかりあやかろうとしてくる京介を、彰人は笑顔であしらう。

 

 と、その彰人の袖が、クイクイっと引かれる。

 

 振り返ると、何やら姫神が彰人の袖を引いて見上げて来ていた。

 

「良いの?」

 

 遠慮する少女に、彰人は笑い掛ける。

 

「構わないよ。さあ、行こう」

 

 そう言って、姫神の肩を叩き歩き出す彰人。

 

 釣られるように、第11戦隊の面々も歩き出す。

 

 新しい仲間を得て、意気は否が応でも上がる。

 

 

 

 

 

 だが、この時、

 

 

 

 

 

 破滅を告げる使者が、刻一刻と迫っている事に、

 

 

 

 

 

 まだ、誰も気付いてはいなかった。

 

 

 

 

 

第7話「疾風の如く」      終わり

 




島風をフライング竣工させました。史実では、まだ1年以上先ですね。
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