蒼海のRequiem   作:ファルクラム

81 / 116
第80話「機動部隊散華」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は、若干遡る。

 

 シブヤン海での死闘から一夜明けた翌朝。

 

 ハルゼーが対連合機動艦隊戦にシフトした頃、宇垣護に率いられた連合遊撃艦隊は、航路上最大の難所とも言うべき、サンベルナルジノ海峡へと差し掛かろうとしていた。

 

 昨日の戦闘で「榛名」「愛宕」を始め、有力な艦艇数隻を脱落に追い込まれた連合遊撃艦隊だったが、大和型戦艦3隻、姫神型巡戦2隻を始め、未だに充分な戦闘力を有している。

 

 このままなら、多少予定より遅れるものの、レイテ湾へは問題無く突入する事ができるだろう。

 

「・・・・・・何事も無ければ、な」

 

 「大和」の艦橋に立つ宇垣が、低い声で呟く。

 

 連遊艦は現在、昨日の戦闘で損傷した「武蔵」に合わせ、22ノットで航行している。

 

 このまま行けば、あと数時間でレイテ湾突入予定である。

 

 だが、

 

 このまま無事で済むはずがない。

 

 それは、宇垣をはじめとした連遊艦の幹部全員の、共通した認識である。

 

「夜明けです」

 

 大和が、静かな声で告げる。

 

 その言葉通り、視界の彼方ではのぼり始めた太陽によって、暗かった海が明るく照らし出されようとしていた。

 

 差し掛かる陽ざしに目を細める宇垣。

 

 戦場に似つかわしくない、美しい光景である。

 

 だが、

 

 予想通り、敵が待ち伏せしているとしたら、そろそろ何か仕掛けてくるはずである。

 

 宇垣が直卒する第2艦隊は現在、3つの単縦陣を形成して航行している。

 

 先頭は第2水雷戦隊、続いて「大和」「武蔵」「信濃」「長門」の戦艦群、そして最後に重巡部隊である。

 

 後続する第7艦隊も、同様の陣形で海峡突入をしようとしている筈だった。

 

 単縦陣の形成は海峡突破の為に必要な事である。複雑な陣形を組んで海峡に入り、座礁でもしたら目も当てられない。

 

 しかし、もし敵が待ち構えていたとしたら、列を作って狭い海峡を航行している連遊艦は格好の攻撃目標と言う事になる。

 

 宇垣なら間違いなく、海峡の出口を封鎖する。艦隊を率いて丁字を敷き、待ち伏せするだろう。

 

 海戦の方式として、これ以上の必勝パターンは無い。

 

 恐らく、敵もそうしてくるだろう。

 

 これを突破するには、こちらも策を仕掛けるしかない。

 

 宇垣はふと、後続する第7艦隊を指揮する盟友に想いを馳せる。

 

 彰人は、海峡突破に当たり、何か策を用意すると言っていた。

 

 これまで彰人は、数々の戦いにおいて実績を上げてきている。だからこそ宇垣も、彼を信じて託したのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・頼むぞ、水上」

 

 果たしてどうなるか?

 

 やがて、第2水雷戦隊は旗艦「能代」を先頭に、海峡出口へと差し掛かろうとしている。

 

 それに続いて、「大和」以下の戦艦群も海峡を抜けに掛かる。

 

 誰もが固唾を飲んで、状況の推移を見守る。

 

 次の瞬間、

 

「水上電探に感有りッ 我が艦隊の前方に水上部隊をを確認!!」

 

 電測室からの報告に、宇垣は頷きを返す。

 

 やはり、思った通りだった。

 

 敵も、この海峡の重要性を理解している。連遊艦を捕捉撃滅する最大のチャンスを、見逃すはずがないのだ。

 

「合戦準備ッ 砲雷同時戦用意!!」

 

 宇垣の鋭い命令が飛ぶ。

 

 状況は連遊艦にとって、極めて不利である。

 

 だが、やるしかない。

 

 ここを突破しないとレイテへたどり着く事はできない。

 

 視線を交わす、宇垣と大和。

 

 いよいよ正念場である。

 

『頼むぞ』

『はい、お任せください』

 

 静かな視線の中に、宇垣と大和は互いの信頼を乗せる。

 

 次の瞬間、視界の彼方で複数の閃光が一斉に瞬いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連合遊撃艦隊がサンベルナルジノ海峡突入を果たした数時間後。

 

 サンベルナルジノ海峡よりもはるかに北。

 

 台湾の東方海上において、帝国海軍連合機動艦隊と、合衆国軍第3艦隊の攻防戦は、いよいよ激しさを増しつつあった。

 

 後世、レイテ沖海戦の第2幕「エンガノ岬沖海戦」の名で呼ばれる事になる戦いは、合衆国軍が攻めて帝国軍が守ると言う構図に終始していた。

 

 連合機動艦隊司令官である小沢治俊は、自身に課せられた使命をよく理解していた。

 

 第一目的は、まずもってして敵の主力機動部隊をレイテから引き離す事にある。

 

 その為には自分達の存在を殊更に誇示しつつも、極力無理な戦いをせず防御に徹しながら敵の目を引き付ける戦い方が最適である。

 

 小沢は苦心して艦隊を動かしながら、徐々に少しずつ、戦線を北へと吊り上げて行った。

 

 だが、小沢の奮戦にも限度があった。

 

 それに対し、合衆国軍第3艦隊司令官ビル・ハルゼーは、指揮下の全空母群を北方戦線に投入した。

 

 総勢1300機に及ぶ一大航空部隊の総攻撃である。その打撃力は想像を遥かに絶していると言って良いだろう。

 

 こうなると、合衆国軍の独壇場と言って良かった。

 

 航空戦は基本的に数が物を言う。多くの航空機を投入できた方が有利なのだ。

 

 そこに行けば、合衆国軍の航空戦力は連機艦の2倍以上である。いかに名将小沢と言えども、防ぐには限界があった。

 

 ハルゼーは第1次攻撃隊だけで120機の航空機を連合機動艦隊に向けて繰り出し、第2次攻撃隊で220機を続行、更に後続の部隊も矢継ぎ早に繰り出してきている。

 

 昨日のシブヤン海海戦において、連合遊撃艦隊に対して行った中途半端な攻撃とはけた違いの大規模航空攻撃である。

 

 烈風や零戦が決死の奮戦を行い、午前中の内は、どうにか合衆国軍の進行を押さえる事に成功していた。

 

 特に新鋭機烈風の性能は凄まじく、午前中だけで100機近い敵機を撃墜し、連機艦の上空を守り通していた。

 

 その間にも小沢は艦隊を操り、徐々に合衆国艦隊を北方へと吊り上げようとしていた。

 

 それでも抑えきれなかった分が、艦隊へと迫ろうとしていた。

 

 魚雷を抱いたアベンジャーが低空から迫り、ヘルダイバーは獲物を狙う猛禽のように上空で旋回する。

 

 次々と投下される爆弾や魚雷が、牙をむいて襲い掛かってくる。

 

 対して、帝国艦隊も必死の抵抗を繰り広げる。対空砲火を放ちながら、どうにか合衆国軍の侵攻を阻もうとしていた。

 

 中でも威力を発揮したのは、「伊勢」「日向」の2戦艦である。

 

 ミッドウェー海戦の後、航空戦艦に改装された2隻は、同時に対空砲火も大幅に増強されていた。

 

 姫神型巡戦や「信濃」にも使われている噴進砲が一斉発射してアベンジャーを撃墜する一方、高角砲と機銃は盛んに打ち上げられ、合衆国軍機の接近を阻んでいる。

 

 中には、猛烈な対空砲火をかわして、どうにか肉薄してくる敵機もある。

 

 しかし「伊勢」「日向」の艦長は、卓抜した回避運動を発揮し、敵機の攻撃を悉く空振りにしていき、逆に両戦艦の対空砲火は多数の敵機を撃墜する。

 

 僅か2隻ながら、侮れない戦いぶりを見せ付ける伊勢型の2隻。

 

 だが、その奮戦にも限界があった。

 

 烈風をはじめとした防空部隊、そして「伊勢」と「日向」の奮戦である程度の敵は抑えられた物の、それでも全てを押さえるには至らない。

 

 そして、すり抜けた攻撃隊が、次々と空母へと襲い掛かって行く。

 

 最初の犠牲になったのは、

 

 前衛艦隊に直掩機を上げ続けていた「飛鷹」だった。

 

 

 

 

 

 豪華客船として生を受け、海軍が買い取って空母に改装した艦。

 

 ミッドウェーで多くの空母が失われて以来、帝国海軍機動部隊の主力として戦ってきた「飛鷹」。

 

 その「飛鷹」が燃えていた。

 

 前衛部隊の直掩に付いていたのが仇になった。そのせいで合衆国軍は、「飛鷹」に攻撃を集中させてきたのだ。

 

 必死に回避運動に努める「飛鷹」。

 

 しかし、既に数発の爆弾が命中。薄い飛行甲板を貫いて艦内で炸裂していた。

 

 商船改造艦だけあって、「飛鷹」の防御力は弱い。

 

 その為、爆撃によって次々と艦内の隔壁が破壊され、艦の中枢部にもダメージが蓄積されていく。

 

 やがて、這うような速度で航行しながら、尚も逃れようと必死に回頭する「飛鷹」。

 

 しかし、

 

 そんな「飛鷹」をあざ笑うかのように、更なる爆弾が次々と投下されていった。

 

 

 

 

 

 「飛鷹」が集中攻撃を受けて炎上している頃、

 

 別ルートから進撃した合衆国軍攻撃隊が、前衛部隊を迂回し、連合機動艦隊主力へと迫ろうとしていた。

 

 その数は、合計で400機以上。

 

 この攻撃に、ハルゼーは手持ちの全戦力を投入し、正に連機艦を一気に殲滅する構えを見せていた。

 

 対して、「飛鷹」を失い、防空力の低下した連合機動艦隊前衛部隊は、この攻撃隊阻止に失敗。

 

 敵機を、小沢率いる本隊上空への侵入を許す結果となってしまった。

 

 

 

 

 

 来襲する敵機を、小沢は旗艦「大鳳」の艦橋で見据える。

 

 見つめる双眼鏡の先には、空を埋め尽くす程の凶鳥の群れが見える。

 

「・・・・・・・・・・・・多いな」

 

 双眼鏡から目を放しつつ、小沢は苦い呟きを漏らす。

 

「推定でも300機近く入ると思われます。正直、これ程とは・・・・・・・・・・・・」

 

 傍らに立つ大鳳も、緊張の眼差しを空へと向けている。

 

 既にここに至るまでの戦闘で、連機艦側の損耗も激しい。

 

 烈風の損害は流石に少ないが、急場には量産体制が間に合わず、艦載機の大半は未だに零戦である。大量投入されるヘルキャットやコルセアと言った合衆国軍の新鋭機に対抗するのは、難しいと言わざるを得なかった。

 

「第2機動艦隊旗艦『蒼龍』より入電ッ 《我、航空部隊を発艦。今しばらく持ち堪えられたし》!!」

 

 その報告に、小沢は頭が下がる思いだった。

 

 第2機動艦隊とて空襲を受けようとしている時に、第1機動艦隊の応援の為に兵を割いてくれるとは。

 

 自分達のみを捨ててでも司令部を守ろうとする彼等の献身は、小沢の心に強く響いていた。

 

 だからこそ、小沢は皆の想いに答えなくてはならない。

 

「何としても、ここはしのがないとな」

「はい」

 

 頷きを返す大鳳。

 

 その視界の中で、多数の航空機が一斉に群がってくるのが見えた。

 

 

 

 

 

 小沢率いる第1機動艦隊に合衆国軍の攻撃隊が迫ろうとしているのと同時刻。第2機動艦隊にも危機が迫ろうとしていた。

 

 ハルゼーは予め部隊を二手に分け、連機艦を一気に殲滅する作戦を考えていたのだ。

 

 第2機動艦隊には、おおよそ130機の航空機が飛来している。

 

 対して、第2機動艦隊側の直掩機はこの時、度重なる戦闘で消耗を来し、既に20機近くまで減っている。

 

 その中には、直哉の烈風も含まれていた。

 

 午前中の戦闘で、烈風の性能を如何無く発揮して敵を退けた直哉だったが、目の前の大編隊を目にしては、流石に焦燥感を禁じ得なかった。

 

「何て数だよ・・・・・・・・・・・・」

 

 午前中の戦闘で相当数の敵機を撃墜したはずなのに、合衆国軍の攻撃は衰えを見せない。

 

 もしや、自分達は無限に湧いてくる化物の群れを相手に戦っているのでは?

 

 そう思えてくるほどだった。

 

 そこでふと、

 

 直哉は眼下へと目を向ける。

 

 白波を引きながら航行する空母。

 

 直哉の恋人が、不安げな眼差しでこちらを見上げているのが見えた。

 

「蒼龍・・・・・・・・・・・・」

 

 そうだ、

 

 こんな所で怖気づいている場合じゃない。

 

 自分の後ろには蒼龍が、大切な少女がいる。

 

 自分には、彼女を守る使命がある。

 

 絶望している暇など、刹那の間と言えどありはしなかった。

 

 迫る敵機。

 

 その姿を、直哉は真っ向から睨み据える。

 

「行くよッ!!」

 

 吠える少年。

 

 同時に、烈風はスロットルを開き、一気に突撃していった。

 

 

 

 

 

 敵編隊の只中に飛び込むと同時に、直哉は正面からグラマン1機を捉える。

 

 対して、ヘルキャットの方は正面に来た直哉の烈風を見て、操縦が乱れたように感じる。

 

 そのヘルキャットのパイロットはどうやら、直哉が正面から先頭を挑んでくるとは思っても見なかったらしい。

 

 明らかに操縦に動揺の色が見て取れた。

 

 その様子を見て、直哉は操縦桿を握りながら不敵に笑う。

 

「運が無かったね」

 

 呟くと同時にトリガーを引き絞る。

 

 発射される、4丁の20ミリ機関砲。

 

 その一撃が、ヘルキャットを正面から粉砕する。

 

 自らの戦果を確認すると、更に直哉は機体を捻り込むようにして操りながら、敵機の背後へと回り込む。

 

 艦隊を守るには、戦闘機よりも爆撃機や攻撃機を落とさないといけない。

 

 直哉はアベンジャーやヘルダイバーに的を絞って攻撃する事にしていた。

 

 1機のアベンジャーが、照準器の中で烈風から逃れようとしているのが見える。

 

 後部機銃で反撃しながら、速度を上げようと必死になっているアベンジャー。

 

 だが、そんな物では直哉を止める事はできない。

 

 逃げようにも、重い魚雷を抱えたままでは、軽快な戦闘機から逃れるすべはない。

 

 アベンジャーの攻撃をあっさりと回避し、下側に回り込む直哉の烈風。

 

 そのまま突き上げるように20ミリ機関砲を発射、アベンジャーを撃墜してしまった。

 

 

 

 

 

 直哉たち直掩部隊は、必死の抵抗を示し多数の敵機を撃墜している。

 

 事実として、その奮戦ぶりが功を奏し、一時的とはいえ合衆国軍の攻撃は下火になろうとしていた。

 

 しかし、

 

 多勢に無勢の言葉が示す意味合いは重かった。

 

 直掩隊の手をすり抜けるように艦隊に迫った敵機が、次々と攻撃態勢に入るのが見える。

 

 第1目標は、やはり空母だった。

 

 

 

 

 

 群がってくる多数の敵機。

 

 その狙いは、艦隊の中でもひときわ小柄な空母へと向けられていた。

 

「これは、あかんな・・・・・・・・・・・・」

 

 にじみ出る冷や汗を拭う余裕も無く、龍驤は呟きを漏らす。

 

 上空から迫る10数機のヘルダイバー。

 

 その翼が、不気味な唸りを上げて「龍驤」へと迫ってくる。

 

 その他にも、「雲龍」と「千代田」も狙われている。

 

 チラッと、龍驤は「蒼龍」の方へと目をやる。

 

 幸い、敵機は「蒼龍」の方には行っていない様子だ。

 

 しかし、それ以上龍驤に、他人の心配をしている余裕は無かった。

 

 急降下を開始するヘルダイバー。

 

 その胴体下から、次々と爆弾が投下される。

 

 その様を、真っ向から睨み据える龍驤。

 

「来いや。ただでは、やられへんで!!」

 

 言い放ちながら、最大戦速の29ノットで回避しつつ対空砲火を撃ち上げる「龍驤」。

 

 その火線をすり抜けて、ヘルダイバーが迫る。

 

 落下する爆弾。

 

 水柱が、「龍驤」の両舷で高々と突き上げられる。

 

 歴戦の小型空母は、敵機の攻撃ギリギリのところで回避し、どうにか直撃を避け続ける。

 

 このままなら、逃げ切る事も可能か?

 

 そう思った次の瞬間、

 

 強烈な衝撃と爆炎が、龍驤を襲った。

 

「ガハッ!?」

 

 衝撃で吹き飛ばされる少女。

 

 この時、「龍驤」は飛行甲板の中央付近に爆弾1発が命中。その1発が飛行甲板を貫いて艦内に突入。格納甲板にまで達して、付近一帯を滅茶苦茶に破壊していた。

 

 隔壁が吹き飛ばされ、通路と言う通路に炎の奔流が迸る。

 

 燃え広がった炎が、小型空母を中から焼き尽くしていくのが判る。

 

 そこへ更に爆弾1発が艦後部に命中。損害は更に大きくなる。

 

「クッ」

 

 全身に力を入れて、どうにか立ち上がる龍驤。

 

 しかし排水量1万トンの小型空母にとって、大型爆弾複数の命中は致命傷に近かった。

 

 更にこの時、もっと致命的な事が「龍驤」に起きていた。

 

 左への旋回を続ける「龍驤」。

 

 だが、何かがおかしい。

 

 その理由も、程なく判明した。

 

「舵機室より艦橋ッ 舵故障!! 繰り返す、舵故障!!」

 

 その言葉に、誰もが愕然とする。どうやら、海面に投下されて至近弾になった爆弾の1発が、操舵機構にダメージを与えたらしい。「龍驤」の舵は取り舵に固定されたまま、動かなくなってしまった

 

 戦場で舵を破壊された船の運命は、もはや定まったも同然である。

 

「・・・・・・・・・・・・何や、これまでかいな」

 

 諦念したように、龍驤は呟く。

 

 その視線が、彼方で対空戦闘を続ける「蒼龍」へと向けられた。

 

 心配そうな眼差しを向けてくる少女の姿を遠望する龍驤。

 

「ま、そないに心配そうな顔すんなや」

 

 その口元に、フッと笑みを浮かべる。

 

 ミッドウェー以降、共に第2航空戦隊を組んで来た相棒。

 

 姉妹艦のいない龍驤にとっては、妹みたいな少女。

 

 彼女を残していく事に、一抹の不安はある。

 

 だが、これは戦争。

 

 愛する者も、大切な人も残して行かなきゃならない事に、未練が無い筈は無い。

 

 無いのだが、

 

 しかし、最早どうする事も出来ないのも、事実である。

 

「・・・・・・・・・・・・相沢と、仲良うな」

 

 彼方の「蒼龍」を見ながら呟いた次の瞬間、

 

 炎上する「龍驤」を、更なる爆撃が襲った。

 

 

 

 

 

 その頃になって、ようやく戻ってきた直掩隊が、第2機動艦隊上空に到着し、群がっている敵機を駆逐し始めている。

 

 しかし、その動きは聊か以上に遅きに失した感がある。

 

 既に「雲龍」「龍驤」が炎上し、「千代田」も集中攻撃を受けて行き足が止まりつつある。

 

 先の「飛鷹」と合わせて、これで4隻もの空母がやられた計算だった。

 

 そんな中、

 

 直哉は烈風を駆って敵機を追い散らしながら、眼下へと視線を向ける。

 

 炎上する小型空母。

 

 炎の隙間から僅かに見える独特のシルエットが、その空母が「龍驤」である事を物語っている。

 

「龍驤・・・・・・・・・・・・」

 

 直哉にとっても、縁浅からぬ少女。

 

 やがて、艦内に広がった炎が致命傷となり、「龍驤」の艦体は轟音と共に、大爆発を起こして沈んで行った。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 合衆国軍主力機動部隊を統べるハルゼーは、指揮下の航空部隊が齎した戦果に対し、満足げな表情を浮かべていた。

 

 既に戦果報告は旗艦「ニュージャージー」の方にも、続々と上げられてきている。

 

 その報告文が読み上げられるたびに、ハルゼーは司令官席で手を叩いて喜んだ。

 

「空母4隻を撃沈かッ やるじゃねえか!!」

 

 そう言って、ハルゼーは上機嫌で笑う。

 

 彼の艦隊は現在、ルソン島の東方海上に布陣し動いていない。

 

 ハルゼーは指揮下の空母部隊を連機艦撃滅の為に北方へ移動させる一方、自らは戦艦部隊を率いてルソン島沖に留まっていた。

 

 目的は一つ。シブヤン海を航行してくる連合遊撃艦隊の迎撃である。

 

 昨日の戦いで多くの艦を脱落させたものの、連遊艦は諦める事無く航行を続けている。

 

 計算では間も無く、サンベルナルジノ海峡へと到着するはずだった。

 

 既にハルゼーの直卒部隊だけでなく、キンケードの第7艦隊にも合流を呼び掛けている。

 

 合流すれば、合衆国艦隊は火力において連遊艦を大きく上回る事も不可能ではなくなるはずだった。

 

「取りあえず連中の機動部隊は、我が空母部隊に任せておけば問題無いだろう」

「でもさ、ビル」

 

 はしゃぐハルゼーに対し、ニュージャージーはやや不審な眼差しを向けつつ口を開いた。

 

「こっちの航空支援はどうするの? 万が一だけど、フィリピンの敵航空隊が生き残っていたら、ちょっと厄介よ」

 

 ニュージャージー自身、フィリピンの基地航空隊をそれ程重要視している訳ではない。事前の攻撃は入念に行ったし、今に至るまで敵が仕掛けて来てもいない。

 

 だが、空母を全て北に向かわせたせいで、ハルゼー率いる本隊は航空支援を受けられない状態にある。

 

 艦隊戦の最中に航空部隊の横やりでも入れられたら、沈むことは無いにしても聊か小うるさい事になるのは間違いなかった。

 

「なに、心配はいらんさ」

 

 それに対し、ハルゼーは自信ありげに言ってのけた。

 

「主力空母は確かに全部北に行かせたが、こっちにはまだ、船団護衛用の小型空母群がいる。こいつらがいれば、上空掩護は問題無い」

 

 成程、とニュージャージーは納得したように頷きを返した。

 

 どうやら何も考えていない訳ではないらしかった。

 

「さあ、もうすぐだぞ、諸君」

 

 ハルゼーは部下将兵を鼓舞するように言う。

 

「もうすぐ、我々は最高の栄誉を手にする事ができる。諸君の名前は、合衆国海軍最高の英雄として、永遠に刻まれる事になるだろう」

 

 ハルゼーのその言葉に第3艦隊の将兵たち全員の士気は大いに上がるのだった。

 

 

 

 

 

第80話「機動部隊散華」      終わり

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。