蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第81話「十死零生」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 払暁を迎えようとする空に、銀翼を連ねた航空機が舞い上がって行くのが見える。

 

 勇壮な光景、と言えない事も無い。

 

 だが、そのどれもがふらつくように飛び上がり、今にも地上に激突するのではないかと思た。

 

 数にして50機ほど。

 

 上り始めた朝日を目指すように、東の空に向かって飛び立っていった。

 

「フンッ やっと行ったか」

 

 翼を連ねて飛んでいく航空部隊を、黒鳥陽介は地上の指揮所から眺めていた。

 

 ここはルソン島にあるクラークフィールド基地。フィリピンにある航空基地の中では最大規模を誇る拠点である。

 

 マッカーサー軍侵攻に先立つ台湾沖航空戦の影響で、航空兵力の大半を失った帝国海軍だったが、突貫作業で航空機とパイロットをかき集め、どうにか航空部隊としての体裁を整える事には成功していた。

 

 とは言え、新たに編成された舞台の大半は実戦経験の無い若年兵ばかりであり、中には飛行訓練課程を切り上げて実戦配備された者も少なくなく、戦力としては全くと言って良い程期待できなかった。

 

 本来なら勝算など望むべくも無いのだが、それでも艦隊への支援は行わなくてはならない。

 

 その督戦の為に、黒鳥が派遣されてきたのだった。

 

 急ごしらえの作戦ではあるが、黒鳥には自信があった。今の帝国海軍国謡で敵を撃滅するには、この方法しかないと。

 

「彼等の曇りなき忠心は、必ずや帝国を救う刃となるであろう」

 

 どこか悲壮美に酔うような黒鳥の言葉。

 

 その言葉に見送られるように、航空部隊は東の空を目指して飛び去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 吹き上がる水柱が、先頭を行く「能代」の進路を塞ぐようにそそり立つ。

 

 僅か7000トンの軽巡如き、一撃の下に粉砕してのける程、強烈な一撃。

 

 しかし、「能代」以下、第2水雷戦隊の各艦は怯む事無く突撃していく。

 

 誰もが、自分達にはもう後が無いと言う事を知っているのだ。

 

 故にこそ、退路は最早無い。

 

 ただ、前に突き進むのみだった。

 

 もっとも、将兵も、艦娘も、誰1人として状況に絶望している者はいないのだが。

 

 むしろ、士気は天を突く勢いで吹き上がっている。

 

 無理も無い。

 

 何しろ、彼女達の背後には、最強の守護神が控えているのだから。

 

 次の瞬間、

 

 背後から天雷の如き、衝撃音が海を圧して響き渡った。

 

 喝采が上がる。

 

 皆が見守る視線の中で、巨砲を振り翳して砲撃を行う巨大戦艦の姿があった。

 

 「大和」である。

 

 その艦橋では、宇垣護が前方に布陣した合衆国艦隊を、鋭く睨み据えていた。

 

「前方に敵艦隊ッ 戦艦7隻、巡洋艦5隻ッ その他、小型艦艇多数を確認!!」

 

 見張り員の報告を受けながら、宇垣は前方に視線をやる。

 

 先日のシブヤン海戦で「榛名」を失っているとは言え、未だに戦艦の数では連遊艦が勝っている。

 

 しかし、こちらはまだ、全戦力が海峡を抜けてはいない。

 

 状況的に見て、不利は否めなかった。

 

「敵の主力艦隊でしょうか?」

「さて、それはどうかな・・・・・・いずれにしても、連中を排除しない事にはレイテへは行けない事は間違いない」

 

 問いかける大和に、宇垣は静かに答える。

 

 その間にも「大和」の砲撃は続く。

 

 現在、各砲塔1門ずつの交互射撃を行っている為、発射速度は比較的早い。このまま狭叉弾か命中弾が出るまで続けることになる。

 

 とは言え、今のところ第1戦隊で砲撃できているのは「大和」のみ。他の「武蔵」「信濃」「長門」の3隻の主砲は沈黙している。

 

 現在、合衆国艦隊は、単縦陣を組む帝国艦隊の前方に布陣している為、帝国艦隊は先頭艦の主砲しか使う事が出来ないのである。

 

 正に、絵にかいたような丁字戦法が成立していた。

 

 だが、これは最初から予想していた事である。宇垣たちも、ただ手を拱いていた訳ではなかった。

 

「頼むぞ、水上」

 

 宇垣は、後続する後輩提督へと思いを映せる。

 

 全ては、彰人の作戦に掛かっていた。

 

 

 

 

 

 一方その頃、

 

 サンベルナルジノ海峡出口に布陣した合衆国艦隊は、必勝の布陣でもって戦闘に臨んでいた。

 

 リーマス・キンケード提督に率いられた合衆国軍第7艦隊は、ビル・ハルゼー中将の指示に従い、サンベルナルジノ海峡へと布陣、進撃してくる連遊艦に備えていた。

 

 キンケード率いる艦隊は旧式戦艦を主力としており、主に輸送船団護衛や上陸時の火力支援がメインの任務となっている。

 

 敵の主力艦隊と対決するには、いささか荷が重い任務である。

 

 しかし、数を投入する事で連遊艦を圧倒しようと考えたハルゼーによって、戦線投入が決定したのだった。

 

 しかし、その行動は、必ずしも予定通りに言ったとは言い難かった。

 

 砲撃を行う旗艦「ウェストバージニア」。

 

 ビッグセブンに属するメリーランド級戦艦の1隻であり、真珠湾攻撃の際には帝国海軍航空部隊から集中攻撃を受け、大破着底を余儀なくされた艦である。

 

 キンケードの艦隊に所属する7隻の戦艦の内、実に5隻までが真珠湾攻撃の経験艦だった。

 

 その「ウェストバージニア」をはじめとした戦艦群が砲火を閃かせ、連合遊撃艦隊に砲撃を浴びせていた。

 

「良いぞ、砲撃の手を緩めるなッ 敵が体勢を整える前に殲滅してしまうんだ!!」

 

 キンケードの激励に答えるように、戦艦群は主砲を撃ち放つ。

 

 旧式とは言え、7隻の戦艦が一斉に主砲を放つ様は操艦の一言に尽きた。

 

 だが、

 

 そんな中で1人、不安を隠せずにいる者がいた。

 

 長い髪を側頭部でサイドポニーに結った、眼つきの鋭い女性。

 

 彼女は「ウェストバージニア」の艦娘である。

 

 真珠湾攻撃によって大破して移行、殆ど活躍の場を与えられる事が無かった彼女は、他の艦が武勲を重ねる中、無聊を囲う日々が続いていた。

 

 そんな彼女がついに帝国海軍主力戦艦群と砲火を交える機会を与えられ、勇躍出撃して来たのだが。

 

 しかし、自らが従う司令官の決断に、聊かの不安無しとはいかないのが本音だった。

 

「良かったのですか提督? ハルゼー提督の到着を待たなくても?」

「仕方あるまい。これ以上、戦闘開始を遅らせる事はできなかったのだからな」

 

 ウェストバージニアの言葉に、キンケードは苦渋を絞り出すように言った。

 

 当初の予定ではハルゼーとキンケード、両提督率いる艦隊が合同し、連合遊撃艦隊を数で圧倒する形に持って行くはずだった。

 

 しかし、合流予定時刻になってもハルゼー艦隊は姿を現さず、ついに連合遊撃艦隊の海峡突入が始まってしまった為、止む無くキンケードは、ハルゼーの到着を待たずに攻撃を仕掛ける事にしたのだ。

 

 キンケードが決戦を急いだことには理由がある。

 

 彼の任務はマッカーサー軍を守る事であり、連遊艦のレイテ突入は何としても防がなくてはならない。

 

 しかし、速力の遅い旧式戦艦では、一度逃げられてしまえば最早補足する事は不可能である。

 

 その為、確実に捕捉が可能な海峡出口での決戦を挑まざるを得なかったのである。

 

 それに本来、キンケードの上官はニミッツであり、ハルゼーとは指揮官としては同格に当たる。つまり、ハルゼーはキンケードに対して命令できる立場ではないのだ。

 

 先に戦端を開いた事は、キンケードは指揮官として当然の決断であると考えていた。

 

 勿論、確実性を高める為には、ハルゼー艦隊の合流を待つべきだったかもしれないが、それでは間に合わないとキンケードは考えたのだった。

 

「大丈夫だ。問題無い」

 

 キンケードは言い聞かせるように呟く。

 

 戦艦は旧式かもしれないが、それが7隻も集まれば一大戦力である事は間違いない。しかもキンケード艦隊は海峡を封鎖する形で布陣している。状況は圧倒的に有利だった。

 

 砲撃を続ける戦艦群。

 

 その間に、指揮下の駆逐艦が突撃していくのが見える。

 

「よし、良いぞ。その調子だ」

 

 艦隊が突撃する様子に、笑みを浮かべるキンケード。

 

 戦艦群の砲撃で敵の頭を押さえ動きを封じ込めている隙に、快足の駆逐艦の雷撃によってトドメを刺す。

 

 帝国艦隊は狭い海峡から出る事もできず、砲撃と雷撃によって包囲殲滅される。

 

 それが、キンケードの立てた作戦だった。

 

 敵の先頭を進む戦艦が、キンケード艦隊目がけて砲撃を繰り返してきているのが見える。

 

 相当、大きな戦艦である事が遠目にも判る。恐らくあれが、噂のヤマトタイプなのだろう。

 

 だが、その照準はお世辞にも良いとは言えない。どうやら立ち上がりは完全にキンケードが制した形となったらしい。

 

「よし、このまま一気にとどめを刺せ!!」

 

 キンケードが言い放った。

 

 次の瞬間、

 

 突如、「ウェストバージニア」周辺に、巨大な水柱が立ち上った。

 

 連続して立ち上る、巨大な水柱。

 

 突然の出来事に、キンケード達は虚を突かれた。

 

「な、何事だ!?」

 

 慌てて振り返るキンケード。

 

 その間にも砲撃は続き、巨大な水柱が「ウェストバージニア」以下に戦艦群を取り囲む。

 

 と、

 

「『ネバダ』被弾!!」

 

 見張り員の悲鳴のような絶叫が響く。

 

 5番艦の位置を航行していた戦艦「ネバダ」が、砲弾の直撃を受けて煙を上げている。

 

 砲弾は艦中央部を直撃し煙突を吹き飛ばしたようだ。航行に伴い後方に流れる煙が、「ネバダ」の艦後部を覆い尽くしているのが見える。

 

「敵艦隊発見ッ 我が艦隊の右舷後方を反航しつつあり!!」

 

 見張り員の報告に、キンケードは舌打ちした。

 

 見れば確かに、キンケード艦隊の後方を横切るような形で、帝国艦隊が航行しているのが見える。

 

 戦艦2隻を中心にした艦隊は、かなりの高速を出しているのが判る。既にキンケード艦隊の後方へと回り込みつつあった。

 

 数はわずか3隻。

 

 しかし、キンケード艦隊は正面に連遊艦主力を抱えている上、駆逐艦と巡洋艦にも突撃を命じてしまっている。

 

 まさか、そちらから敵が来るとは思っていなかった後方は、完全に手薄になっていた。

 

 しかしなぜ、そんなところに敵がいるのか? こちらは海峡を塞ぐように布陣していたと言うのに。

 

「レーダーマンは何をしていたのかッ 敵の動きを見逃すなど!!」

 

 絶叫する間にも、敵艦からの砲撃が続く。

 

 「ネバダ」に続き「ニューヨーク」も被弾する。

 

 こちらはネバダ級戦艦の前級に当たり、砲撃力こそネバダ級、テネシー級と変わらない物の、防御力は両クラスに比べて低くなっている。

 

 そこへ、2発の40センチ砲弾が炸裂した。

 

 装甲板が粉砕され、内部で炸裂した砲弾が艦内で破壊を撒き散らす。

 

 1発は「ニューヨーク」の艦首に命中し、そこにあった兵員室を大きく粉砕した。

 

 そしてもう1発は艦中央部に命中。内部にあったボイラーを直撃して、そこを機能不能に追い込んだ。

 

 速力が低下し、脱落していく「ニューヨーク」。

 

「くそっ」

 

 舌打ちするキンケード。

 

 万全の体制を持って敵に挑んだはずが、彼の艦隊のほうが先にダメージを受けてしまった。。

 

 次々と降り注ぐ砲弾が戦艦群の至近に落下し、衝撃が襲ってくる。

 

「提督、このままではッ」

 

 ウェストバージニアから悲痛な叫びが発せられる。

 

 このままでは、艦隊は背後からの攻撃で壊滅しかねない。

 

「目標変更!!」

 

 キンケードが叫ぼうとした時だった。

 

 突如、「ウェストバージニア」の周辺に、巨大な水柱が複数立ち上った。

 

「何ッ!?」

 

 思わず目をむくキンケード。

 

 そこには、第7艦隊の援護射撃を受けて体勢を整え、反撃を開始した第2艦隊の姿がある。

 

 第2艦隊と第7艦隊。

 

 2個艦隊に挟撃された形になったキンケードの艦隊は、反撃すらままならずに徐々に追い込まれていった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 キンケード艦隊の後方に回り込みつつある第7艦隊旗艦「姫神」の艦橋では、司令官である彰人が目深にかぶった帽子の下で笑みを浮かべていた。

 

 作戦は図に当たった。

 

 おかげで敵艦隊が混乱しているのが手に取るようにわかる。

 

 現在、彰人の指揮下にあるのは「姫神」と「黒姫」。そして駆逐艦「島風」「暁」「響」「電」のみ。要するに、旧第7艦隊メンバーのみだった。他の第7艦隊主力の指揮は、第3戦隊司令官に一時的に預けてある。

 

 彰人はこの戦力でもって、キンケード艦隊に奇襲を敢行したのだ。

 

 サンベルナルジノ海峡で敵艦隊が待ち伏せしているであろう事は、初めから判っていた事である。

 

 そのまま無策で突っ込めば、いかに大和型戦艦3隻を遊する連遊艦と言えども大打撃は免れない。

 

 だからこそ、彰人は一計を案じた。

 

 宇垣率いる第2艦隊が堂々と隊列を組んで海峡中央を進む一方、彰人は「姫神」と「黒姫」を率いて陸地沿いの場所を高速で抜け、敵艦隊の封鎖をすり抜けたのだ。

 

 流石に20隻近い大艦隊がすり抜けようとしても無理があるが、数隻の小規模艦隊が抜ける分には大丈夫と判断しての事だった。

 

 陸地が近くなれば、目視による監視もレーダー探知能力も低下する。小規模な艦隊を発見する事はかなり困難になるのは間違いない。その間隙を突く作戦だった。

 

 その作戦は成功し、今やキンケード艦隊は前を宇垣の第2艦隊、後ろを彰人の第11戦隊に挟まれて十字砲火を受けている状態だった。

 

「砲撃続行ッ 主砲は連続斉射に切り替え!!」

 

 彰人の命令に従い、「姫神」「黒姫」は切り札である連続斉射を開封する。

 

 ほぼ10秒おきに発射される、重量1・3トンの砲弾。

 

 その一撃を喰らうたびに、合衆国軍の旧式戦艦は悲鳴を上げて炎に包まれていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連合遊撃艦隊がサンベルナルジノ海峡において死闘を演じている頃、

 

 北方で行われているエンガノ岬沖海戦もクライマックスを迎えようとしていた。

 

 ハルゼーが繰り出した大規模な航空総攻撃。

 

 その攻撃を一身に受け止める形となった小沢治俊率いる第1機動艦隊は、必死の抵抗を繰り返すも、徐々に追い詰められ、壊滅に危機に瀕していた。

 

 既に「雲龍」「飛鷹」「龍驤」「千代田」を失った連機艦は、それでも残った戦力を糾合すると、防空戦闘を繰り返しながら北へと進路を取っていた。

 

 その連合機動艦隊を、猛追するハルゼー艦隊。

 

 そして今、

 

 小沢が将旗を掲げる旗艦「大鳳」の運命を、定まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 視界いっぱいに炎が噴き上げられている。

 

 「大鳳」が燃えていた。

 

 帝国海軍機動部隊の切り札。

 

 期待の重装甲空母が、

 

 艦首から艦尾まで炎に覆い尽くされる形で燃え盛っていた。

 

 既に艦の機能は殆どが停止し、僅かに稼働している対空砲が散発的な抵抗を示しているのみだった。

 

 自慢の装甲飛行甲板は爆弾直撃によく耐えた物の、度重なる爆撃を受けて山脈さながらに変形し、発着艦は愚か、その機能を完全に喪失していた。

 

 艦底部に喰らった複数の魚雷により浸水が進み、艦体自体も左舷側に大きく傾いている。

 

 航空母艦「大鳳」の命運が旦夕に迫りつつあることは、誰の目にも明らかだった。

 

「提督・・・・・・・・・・・・」

 

 ボロボロの体を支えるようにして立ちながら、大鳳は小沢に語りかける。既に、身体をまともに動かす事すらできない様子である。

 

 この小さな少女の死が間近に迫りつつあるのは、日を見るよりも明らかだった。

 

 だが、

 

 死を間近にして尚、大鳳は己の責務を忘れていなかった。

 

「作戦は成功です。私達は、敵機動部隊を引き付けすぎる程、引き付けてしまったみたいです」

「ああ・・・・・・・・・・・・」

 

 大鳳の言葉に、小沢は低い声で頷きを返す。

 

 健気な少女の献身を前に、小沢の胸は刃物で切り付けられたような痛みが広がっていた。

 

 去来する悔恨。

 

 この少女は、本来ならこんな所で沈んでいい艦ではない。

 

 せめて、充分な航空支援を付けてやることができれば、「大鳳」を沈めずに済んだかもしれないのだ。

 

「すまない」

 

 絞り出すように言って、頭を下げる小沢。

 

 それに対し、大鳳は笑って首を振る。

 

「提督の御役に立ち、そして仲間の為に戦う事が出来た。それだけで、私は充分に満足ですから」

「大鳳・・・・・・・・・・・・」

「さあ、早く退艦してください。私が浮かんでいられる内に・・・・・・」

 

 そう言って、大鳳は小沢達を促す。

 

 炎はますます勢いを増し、大鳳の装甲甲板を焼き尽くそうとしている。

 

 見れば炎の向こうで、秋月型駆逐艦の1隻が、決死の接舷を試みようとしている。どうやら、旗艦の移動を促しているようだった。

 

 僚艦「瑞鶴」からも《旗艦変更の要有りと認む》と言う発光信号が送られてきていた

 

 吹き付ける熱風の中、

 

 小沢と大鳳を、真っ直ぐに向かい合う。

 

「・・・・・・ありがとう。大鳳」

「はい提督。どうか、ご武運を・・・・・・」

 

 そう言うと、2人は互いに笑みを浮かべた。

 

 やがて、

 

 小沢達の退艦を待っていたように、「大鳳」は大きく傾き、轟音と共に引きずりこまれていく。

 

 帝国海軍の最新鋭航空母艦「大鳳」はこうして、その短い生涯を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 だが、戦闘に勝利しつつあったハルゼーもまた、その余韻に浸る余裕を与えられていなかった。

 

 水上砲戦部隊の編成を進めていた彼の下に、立て続けに2通の電文が齎されたのだ。

 

 1通は第7艦隊司令部からの物で、サンベルナルジノ海峡において帝国海軍戦艦部隊と交戦状態に入ったと言う物である。

 

 この報告には、ハルゼーも仰天させられた。

 

 予定では、自分の艦隊とキンケードの艦隊が合流した後、敵の戦艦部隊を迎え撃つ予定になっていたのだから。ハルゼーは正に出し抜かれた形である。

 

 だが、ハルゼーはキンケードに対して怒りをぶちまけている余裕は無かった。

 

 続けて入って来た電文は、ハワイの太平洋艦隊司令部からだった。

 

 それによると、サンベルナルジノ海峡で迎撃に当たっている第7艦隊が、敵の猛攻の前に苦戦を強いられていると言う。

 

 文面の末尾には、こう閉じられていた。

 

《ハルゼー艦隊は何処にありや? 全世界は知らんと欲す》

 

 この電文を見た瞬間、ハルゼーが怒り狂ったのは言うまでも無い事である。

 

 自分の到着を待たずに戦端を開いたのはキンケードの方なのに、これではまるでハルゼーの怠慢のせいで負けているかのような形だった。

 

「ニミッツは俺を馬鹿にしてやがるのか!!」

 

 実のところ《全世界が~》のくだりは、暗号を組む際に、暗号解読を困難にするために末尾にどうでも良い文章を入れると言う慣習があり、通信員が適当に考えた語句を入れただけである。別段、隊があっての事ではない。

 

 しかし、あまりにも状況に「合って」いる文面は、猛牛(ハルゼー)の怒りに油を注いだことだけは間違いなかった。

 

「良いだろうッ 今からサンベルナルジノ海峡に行って、ジャップ共の戦艦を1隻残らず水葬にしてやるよッ!!」

 

 そう言うと、居並ぶ幕僚達を見回す。

 

「判ったらさっさと行動しろッ グズグズするな!!」

 

 ハルゼーの咆哮が飛び出す。

 

 その声に弾かれたように、幕僚達は慌てて動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆炎と衝撃、熱風と海水が狂奔する。

 

 大気を切り裂く音と共に、放たれた砲弾が敵戦艦へと殺到する。

 

 連合遊撃艦隊と合衆国第7艦隊との戦闘も、また白熱を帯び始めていた。

 

 海峡出口でT字を描き迎え撃つと言うのは、艦隊戦における必勝パターンであると言える。

 

 だからこそ、キンケードは当初、自軍の圧倒的有利を確信していたのだ。

 

 だが、それは連合遊撃艦隊が実施した十字砲火によって、逆に壊乱しつつあった。

 

 既にキンケード指揮下にあった7隻の戦艦の内、「ニューヨーク」「ネバダ」が沈没。「テネシー」「テキサス」が大破、隊列から脱落していた。

 

 更に指揮下の巡洋艦も3隻が沈没。駆逐艦に至っては、第2水雷戦隊の一斉雷撃を受け、8隻が沈没し壊滅状態に陥っていた。

 

 キンケードの旗艦「ウェストバージニア」も「大和」の砲撃を受け、既に第1砲塔を爆砕。残った6門の主砲で、絶望的な反撃を繰り返していた。

 

「こんな、馬鹿な事が・・・・・・・・・・・・」

 

 キンケードは絶望感に苛まれながら呟きを漏らす。

 

 彼の艦隊は旧式艦ばかりだったが、それでも7隻の戦艦を揃え、更に必勝の戦術を用いる事で圧倒的に有利な体制を築き上げていた筈だ。

 

 この布陣を持ってすれば、敵の全艦艇をサンベルナルジノ海峡に沈める事も不可能ではなかったはずだ。

 

 だが、今や完全に状況が逆転している。サンベルナルジノ海峡に沈もうとしているのは彼の艦隊の方だった。

 

 その時、

 

 「ウェストバージニア」の背後から、強烈な轟音が鳴り響いた。

 

 誰もが衝撃に息を飲む中、

 

 見張り員が悲鳴交じりに報告が響く。

 

「『カリフォルニア』被弾ッ 炎上しています!!」

 

 「カリフォルニア」に直撃弾を与えたのは、「武蔵」だった。

 

 第1戦隊の2番艦に位置していた「武蔵」は、「ウェストバージニア」と砲火を交わす旗艦「大和」を掩護する形で砲撃していた。

 

 直撃を受けた「カリフォルニア」は、もともと36センチ砲弾にしか対応していない防御装甲をあっさりと撃ち抜かれた。

 

 しかもこの時、「武蔵」が放った砲弾は2式徹甲焼夷弾である。重量が1・9トンを超える超重量砲弾の直撃を受けては、戦艦と言えどもただでは済まない。

 

 直撃した砲弾は「カリフォルニア」の防御区画をことごとく破壊。ボイラーに達すると、そこで炸裂。内蔵した焼夷弾子を一斉に撒き散らした。

 

 艦内を焼き尽くされる「カリフォルニア」。

 

 火は一気に弾薬庫にまで燃え広がり、危険温度を突破する。

 

 次の瞬間、内部から膨張するようにして炎を吹きだす「カリフォルニア」。

 

 炎は一瞬にして艦全体を飲み込み、近代化改装された偽装も、鋭い艦首も全てをいっしょくたに沈んで行った。

 

「『カリフォルニア』が・・・・・・・・・・・・」

 

 幕僚の1人が、呆然と呟くのが聞こえた。

 

 だが、彼等は他人の心配をしている場合ではない。

 

 衝撃を伴った水柱が、「ウェストバージニア」を取り囲む。

 

 彼女を狙った「大和」の砲弾が、再び落下したのだった。

 

 

 

 

 

 40センチ砲弾と36センチ砲弾が交錯する。

 

 「姫神」は、合衆国艦隊の生き残っている戦艦「ペンシルバニア」に砲撃を繰り返していた。

 

 とは言え、戦闘その物は既に、終結に向かいつつあった。

 

 一時は互角の戦いを演じていた「ペンシルバニア」だったが、やがて「姫神」が自慢の連続斉射に踏み切ると、たちまち直撃弾が続出した。

 

 「ペンシルバニア」も必死の抵抗を繰り返したが、そうなると姫神型巡洋戦艦の敵ではない。

 

 一撃で砲塔が吹き飛ばされ、艦内に突入した砲弾が機関を粉砕する。

 

 「ペンシルバニア」も必死の反撃を繰り返し、数発の命中弾を「姫神」に与える。

 

 が、彼女の抵抗もそこまでだった。

 

 連続して降り注いだ砲弾によって叩き潰され、やがて傾斜した状態で完全に海上に停止してしまった「ペンシルバニア」。

 

「とどめを刺します」

 

 炎上する「ペンシルバニア」を見据えて、姫神が囁くように言う。

 

 頷きを返す彰人。

 

 次の瞬間、「姫神」の6門の主砲が火を噴く。

 

 ほぼ水平の弾道で飛翔する砲弾。

 

 その内3発が、「ペンシルバニア」の舷側装甲を突き破り、艦内に踊り込んだ。

 

 炸裂する2式徹甲焼夷弾。

 

 狂奔する火焔が、米戦艦の艦内を焼き尽くす。

 

 次の瞬間、

 

 「ペンシルバニア」の艦体は、艦内から膨張するように炎を吹き出し、一気に爆砕された。

 

「よし」

 

 その様子を見て、彰人は満足そうに頷く。

 

 これで、キンケード艦隊に所属する全ての戦艦を撃沈破した事になる。

 

「あとはレイテへ行くだけだ」

 

 道は開けたと判断した彰人は、姫神に視線を向けながらそう言った。

 

 対して、姫神もまた、静かに頷きを返してくる。

 

 それで全てが終わる。

 

 誰もが、そう思っていた。

 

 だが、

 

 その認識は間違いだった。

 

 確かにキンケード艦隊は撃破したが、戦いはまだ終わった訳ではなかったのだ。

 

 不気味な風切り音が聞こえてくる。

 

 その音を耳にした瞬間、

 

「ッ!?」

 

 彰人は思わず舌打ちする。

 

 次いで、「姫神」の至近に、次々と落下した砲弾が巨大な水柱を突き上げる。

 

 狂奔する海面が、巡洋戦艦の細い船体を大きく揺さぶる。

 

 誰もが艦橋の床に倒れる中、彰人は羅針盤に掴まって立ち続ける。

 

「・・・・・・・・・・・・時間を掛け過ぎたか」

 

 悔しげに呟く彰人。

 

 吹き上げる水柱の先に、砲撃を繰り返す一群の艦隊が存在している。

 

 何が来たのかは、考えるまでも無い事だった。

 

 

 

 

 

第81話「十死零生」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サンベルナルジノ海峡で、日米両軍の戦艦部隊が死闘が演じられている頃、

 

 海峡より南側。

 

 よりレイテ湾に近い海域に、大規模な空母機動部隊が展開していた。

 

 と言っても、主力部隊である第3艦隊ではない。

 

 彼等は第7艦隊指揮下の護衛空母群である。輸送船をベースにした改装空母で、搭載機数は30機程度、速力も20ノットしか出ない脆弱な艦である。

 

 本来の任務は船団の護衛と上陸部隊に対する航空支援であり、敵主力艦隊と正面切って戦える物ではない。

 

 だが、それでも集まれば数は力である。

 

 合計で18隻にも上る護衛空母群は今、攻撃隊を発艦する態勢に入っている。

 

 目的は、サンベルナルジノ海峡で戦闘中の第7艦隊本隊の支援。

 

 その為の攻撃隊が、一斉に飛び立とうとしていた。

 

 プロペラの回転する音が、海上で鳴り響く。

 

 そのまま、航空機が空へと飛び立とうとした。

 

 その時だった。

 

「敵機襲来!!」

 

 絶叫のような報告が齎される。

 

 振り仰ぐ天。

 

 そこには、日の丸を描いた翼が、連なるようにして空を飛んでいるのだった。

 

 

 

 

 

 彼は、つい先日まで、本土の教育航空隊に所属する訓練生だった。

 

 同期の中ではトップの成績を誇り、卒業したらすぐに航空部隊への配属が決まっていたほどである。

 

 念願のパイロット。

 

 それも、子供の頃から憧れていた戦闘機のパイロットである。

 

 胸が躍った。

 

 既に実戦で活躍している数代前の先輩である相沢直哉中尉のように、エースと呼ばれる日が必ず来る。

 

 はずだった。

 

 だが、彼の運命は変えられた。

 

 間もなく、フィリピンにおいて帝国の命運を賭けた決戦が始められようとしていた頃、

 

 彼は同期の中で比較的成績の良かった者達と共に輸送機へと乗せられると、そのままフィリピンの航空基地へと運ばれた。

 

 もしや、このまま実戦の場に出してもらえるのか、と心躍らせた物である。

 

 その考えは、半分正解だった。

 

 確かに、実戦には違いない。

 

 だが、それは彼が思い描いていたような物ではなかった。

 

 フィリピンに到着した彼等を待っていたのは、黒鳥と名乗る、軍令部の職員だった。

 

 黒鳥は言った。

 

 今や帝国は未曾有の危機に晒されている。もはや、通常の戦い方では勝利など覚束ないだろう。

 

 無論、連合艦隊の将兵は死力を尽くして戦っているが、それだけでは足りない。

 

 鬼畜の如き敵を打ち破るには、命を掛けた兵士達の勇気と命とが必要なのだ。

 

 諸君1人1人が命を賭けて敵に挑めば、必ずや敵を殲滅する事ができるだろう。

 

 だからどうか、諸君の命、この黒鳥に預けてほしい。

 

 帝国の未来の為、諸君の魂を持って敵を打ち破る力となってほしい。

 

 君達こそが、真に帝国を守る守護神となるのだ。

 

 涙ながらに訴える黒鳥の言葉に、誰もが胸を痛めた。中には、その場で号泣する者もいたほどである。

 

 黒鳥の熱い心が、彼等の魂を動かしたのだ。

 

 だからこそ、彼等はここまで来た。

 

 己の魂を最後の武器として、憎き敵を打ち破る為に。

 

 敵を帝国の本土へは決して行かせない。

 

 本土には大切な家族が、

 

 多くの友人達が、

 

 そして、

 

 気になっている幼馴染がいるんだ。

 

 ここで敵を倒さないと、自分の大切な物が敵に踏み躙られてしまう。

 

 それだけは、絶対に許さなかった。

 

「いた」

 

 短い呟き。

 

 その眼下には、今にも発艦体勢に入ろうとしている敵の空母群がいた。

 

 彼は今、零戦の操縦桿を握っている。

 

 だが、

 

 本来なら落下式燃料タンクを取り付けてあるはずの場所に、250キロ爆弾が取り付けられている。

 

 零戦の戦闘爆撃機改造型は存在するが、それとも明らかに違うフォルムである。

 

「行くぞ!!」

 

 吠えると同時に、一気に急降下を開始する。

 

 それと同時に、仲間達も続いて翼を翻していく。

 

 さらに激しくなる対空砲火。

 

 仲間達は次々と撃ち抜かれ、空中に炎の花を散らしていく。

 

 だが、構わずに彼は突き進む。

 

「怖くないッ 怖くなんかないぞ!!」

 

 自身に言い聞かせるように呟きながら、一心に急降下を続ける。

 

 そうだ、

 

 怖がってなどいられない。

 

 自分達が、帝国を、家族を、友達を、愛する人を守るのだから!!

 

「いっけェェェェェェェェェェェェ!!」

 

 直撃する砲弾。

 

 彼の命は、一瞬にして刈り取られる。

 

 しかし次の瞬間、

 

 彼の機体は彼自身の魂が乗り移ったかのように、目標とした護衛空母の飛行甲板に激突した。

 

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