1
ハルゼーは苛立たしげに、艦橋の床を踏み付けていた。
シブヤン海を進撃してきた帝国軍連合遊撃艦隊に対し、合衆国軍は第3艦隊と第7艦隊の水上砲戦部隊を糾合し、サンベルナルジノ海峡で待ち受け、これを撃滅する。
そうすれば、倍近い戦艦を揃えることができる上、敵は狭い海峡を通行してくる訳だから、合衆国軍の勝利は動かない。
はずだった。予定通りに事が運べば。
しかし、ハルゼーが北方へ向かった空母部隊への指示や、水上砲戦部隊の再編等に時間を食っている間に、キンケードは連合遊撃艦隊との間に勝手に戦端を開いてしまった。
ようやく部隊の再編成を終え、ハルゼーが戦場に到着した時、既に戦闘は終わった後だった。
「キンケードの馬鹿がッ なぜ俺達の到着を待たなかったんだ!?」
「抜け駆けした」同僚を罵るハルゼー。
おかげで、彼の計画は大きく崩れてしまった事になる。
もっとも、キンケードにはキンケードなりの事情があった訳であり、遅参したハルゼー自身にも責任が無いと言う訳にはいかないのだが。
それに、キンケード艦隊の壊滅は、必ずしも不利に働いたわけではない。
「チャンスよ、ビル!!」
逸るように告げるニュージャージー。
彼女が言わんとする事を、ハルゼーも理解していた。
連遊艦は現在、キンケード艦隊と交戦した事で、陣形を大きく乱している。これなら、各個撃破が可能なはずだった。
ハルゼーの指揮下にある戦艦は「ニュージャージー」「アイオワ」「イリノイ」「ケンタッキー」「ワシントン」、これに更にアラスカ級大型巡洋艦の「ハワイ」「フィリピン」「サモア」「プエルトリコ」、そして巡洋艦12隻、駆逐艦32隻が加わる。
これだけでも充分、連遊艦を撃破できる戦力だった。
「やるぞッ キンケードの敵討ちだッ」
ハルゼーは吠えるように言う。
ともあれ、状況は好機である事には変わりないのだ。
ハルゼーの戦意を受け、合衆国艦隊は連遊艦を目標にして動き出す。
巡洋艦と駆逐艦が隊列を成して突撃を開始する一方、「ニュージャージー」以下の戦艦群は、主砲を旋回させて攻撃態勢を整える。
対して、会戦直後の連遊艦も、どうにか体勢を整えようとしているのが見えるが、今さらどうにかなる物ではない。
「ハッ 動きが遅いわ!!」
せせら笑うハルゼー。
同時に、腕を大きく振り上げる。
「攻撃開始だッ ジャップ共のガラクタ戦艦を1隻残らず叩き沈めろ!!」
艦隊司令官と言うより、ヤクザの討ち入りのような命令が発せられる。
それと同時に、合衆国艦隊は一斉に主砲の砲門を開いた。
2
一方、
ハルゼーの艦隊に狙われていたのは、彰人の率いる第7艦隊だった。
次々と飛翔する砲弾に、彰人は舌打ちする。
状況は、彰人が考えていたよりも、数段不利な形に追い込まれていた。
「何てタイミングが悪いんだッ」
悪態を吐く彰人。
ここにきて、運を使い果たしたのだろうか? などと下らない考えまで浮かんでしまう。
だが、現実問題として彰人には、呆けている暇など無かった。
飛んでくる砲弾が、「姫神」の進路前方を塞ぐように落下する。
まずい事になった。
この男にしては割と珍しい事に、彰人は歯噛みして状況の推移を見据える。
連遊艦はキンケード艦隊と交戦した直後で、陣形がバラバラになっている。そこへ、キンケード艦隊を上回る敵の主力艦隊が攻め込んで来たのだ。
しかも、正確に言えば第7艦隊自体も、終結しているとは言い難い。
現在、彰人の手元にあるのは「姫神」と「黒姫」の2隻の巡戦。それに、第6駆逐隊に所属する「暁」「響」「電」「島風」のみだった。
「金剛」「比叡」、それに重巡や他の水雷戦隊は、未だに合流できていない。その為、一時的に彰人の本隊は手薄になってしまっていたのだ。
とても、1個艦隊相手に、正面切って戦える戦力ではなかった。
彰人はチラッと、視線を時計に向ける。
艦隊を再集結し陣形を整えるにはもうしばらく時間がかかる。その時間を、どうにかして稼がないといけなかった。
「やるしかない、か」
静かに呟く彰人。
今回の戦いは、あくまでもレイテ湾突入が目的である。その為には、ある程度の戦力を残した状態で、この危機を乗り越えなくてはならない。ならば、躊躇っている余裕はどこにもなかった。
「全艦、砲撃戦用意。目標、新たに現れた戦艦群!!」
ともかく、宇垣の第2艦隊が来るまでの時間を稼ぐ必要がある。
その為には、無理な力攻めは避ける必要があった。
彰人はチラッと、姫神に視線を向ける。
「彰人」
いつも通り、静かな声を掛けてくる姫神。
だが、その顔には微かな笑顔が浮かべられている。
大丈夫です。彰人なら、きっと。
姫神がそう言っている事は、彰人にもよく判った。
頷きを返す彰人。
もう迷いは無い。
「機関全速!!」
彰人の命令とと共に、唸りを上げる「姫神」の機関。
同時に、速力は最大戦速の35ノットまで引き上げられる。
後続する「黒姫」もまた、速力を上げて追随してくる。
合衆国艦隊から放たれる砲撃。
だが、「姫神」の速度計算を甘く見過ぎたのだろう。
砲弾は全て、「姫神」「黒姫」の後方へと落下して、空しく水柱を立てるにとどまった。
「よし、反撃開始だッ 主砲、左砲戦用意!!」
最高速度を維持したまま、主砲を旋回させる「姫神」。
その砲門が、接近してくる合衆国艦隊を睨む。
同時に、彰人は目深にかぶった帽子の下から、敵戦艦を真っ向から睨み据えた。
「撃ち方始め!!」
命令を発すると同時に、6門の40センチ砲が一斉に火を噴いた。
視界の先で起こった閃光を見て、ハルゼーはそのいかつい顔に笑みを浮かべた。
「フンッ その程度の戦力でこの俺に挑むとはな。ジャップ共は、よほど自殺願望が強いらしい」
せせら笑うハルゼー。
既に彼の下には、対峙する敵戦艦がヒメカミタイプの巡洋戦艦2隻であると言う事が伝えられていた。
ヒメカミタイプ。
ハルゼーにとっては忌々しい程に、忘れる事の出来ない名前だ。
あの、ハルゼーを一躍、英雄にまで押し上げた東京空襲作戦。
あの作戦の終盤で、ハルゼー率いる艦隊に唯一追いすがってきた帝国艦隊が、ヒメカミタイプの2隻だった。
ハルゼーにとっては、勝利の余韻に水を差された苦い経験である。
「ジャップめッ あの時の借りを纏めて叩き返してやるよ!!」
ハルゼーの闘志が乗り移ったかのように、「ニュージャージー」以下の戦艦群の砲撃が続く。
合計すると40センチ砲45門、30センチ砲36門。
圧倒的な砲撃量である。
対して、ヒメカミタイプの主砲は、改装されて威力が上がっているとは言え、40センチ砲6門。
端から勝負にならなかった。
「勝てるッ この戦い勝てるぞ!!」
吠えるハルゼー。
その声に答えるように、「ニュージャージー」の主砲が火を噴いた。
「ニュージャージー」からの発砲。
どれと同時に、彰人は動く。
「面舵いっぱい!!」
彰人の命令に従い、舵を右に切り、「姫神」は右へと旋回していく。
進路が定まると同時に、主砲を撃ち放つ。
彼方に吹き上がる水柱。
弾着よりも先に舵が切られた為、砲弾は「姫神」の左舷後方に空しく落下するにとどまった。
勿論、後続する「黒姫」にも直撃は無い。
その「黒姫」艦橋では、艦長の成瀬京介大佐が、面白そうに笑って敵の攻撃を眺めていた。
「敵は相変わらず、姫神型の加速にはついて来れないみたいだな。照準がソロモンで戦っていた頃と変わってないぜ」
「でも、これじゃこっちの攻撃も当たらないよ?」
嘯く成瀬に、黒姫が首をかしげながら尋ねる。
確かに、彼女の言う通り、敵の攻撃が当たらない反面、「姫神」「黒姫」の放つ砲弾も、先程から1発も敵を捉えてはいない。
しかも、切り札である連続斉射を行わず、時々思い出したように発砲を行う程度だ。
これでは敵を仕留める事など不可能である。ここは連続斉射に踏み切って、第2艦隊や他の部隊が合流してくるまでに、1隻でも多くの敵を減らしておいた方が、得策なように思えるのだ。
だが、成瀬はニヤリと笑う。
「いや、これでいいんだよ」
「どういう事よ?」
黒姫が尋ねてくる間にも、合衆国軍の砲撃が殺到してくる。
吹き上げる砲弾が「姫神」を取り囲むように落下。
一瞬、轟沈かと見間違う光景ではあるが、ややあって「姫神」の無事な姿が見えてくる。
「先輩は無駄な戦い方はしないって事だよ。これまでも、そしてこれからもな」
「意味わかんない」
首をかしげる黒姫に、成瀬は笑い掛ける。
「まあ、今に見てれば分かるよ」
そう言うと、自分自身も視線を前方に向けた。
その頃、彰人は吹き上げる海水によってずぶ濡れになりながらも、「姫神」の艦橋に立って指揮を続けていた。
何しろ、大小10隻もの戦艦から放たれる砲撃を一身に受けているのだ。その衝撃だけでも半端な物ではなかった。
更に、発砲が続く。
だが、
「取り舵一杯ッ 進路80度!!」
彰人の命令に従い、左へ舵を切る「姫神」
ややあって、落下した砲弾は全て、「姫神」の右舷側で水柱を立てた。
「弾着が、だいぶ近くなって来たね」
吹き上げる水柱を眺めながら、彰人は呟く。
合衆国艦隊からの砲撃は、「姫神」のすぐ近くに落下するようになっている。
彰人はこれまで回避運動に専念し、敵の攻撃をかわす事に専念してきた。
しかし、数的に1対5とあっては、いつまでも逃げ切れるものではない。
そろそろまずいか?
そう呟いた瞬間、
「彰人ッ!!」
姫神の鋭い声。
それとどうじに、合衆国艦隊の方向から閃光が瞬くのが見えた。
「取り舵一杯!!」
すかさず回避運動を取るように命じる彰人。
その間にも。35ノットの高速で航行し続ける「姫神」。
ややあって、艦首が左に振られ始めた。
だが次の瞬間、
巨大な爆炎が艦首付近で発生。同時に衝撃が艦全体を襲ってきた。
「キャァァァ!?」
悲鳴を上げる姫神。
同時に、甲板上に炎が上がるのが見える。
この時、「姫神」には同時に3発の命中弾があり、ダメージが確実に積み重ねられていた。
「損害報告!!」
彰人が叫ぶ中、数分後に相次いで報告が上げられてきた。
「後部甲板に直撃弾ッ 左舷第1副砲塔全損!!」
「左舷中央に直撃弾ッ 高角砲1基、及び周辺機銃群全滅!!」
「第1砲塔に直撃弾ッ 損害無し!!」
その報告に彰人は、一瞬浮かんだ冷や汗を拭う。
危なかった。
もし、主砲塔を貫通されれば、弾薬庫に搭載されている多数の40センチ砲弾と、発射用の装薬が一斉に誘爆する事も考えられる。
幸いにして、主砲塔の天蓋は砲弾の命中に耐え抜いたが、ここまで巧みな回避運動で敵の攻撃を避けて来た「姫神」が、ついに敵弾の直撃を受けた事実に変わりは無かった。
「左舷、副砲弾薬庫に注水急いで!!」
使用できなくなった副砲の弾薬を放棄するように指示を出す。副砲弾と言えど、誘爆したらシャレにならない被害が出る。それを防ぐための措置だった。
同時に、彰人は振り返って姫神を見る。
「大丈夫、姫神?」
「ん、何とか・・・・・・・・・・・・」
痛みを堪えながら答える姫神。
その健気さに、彰人は唇をかみしめる。
自分の彼女が苦しんでいる事に対し、痛みは否応無く青年を襲う。
だが、今はまだ、姫神に頑張ってもらう必要がある。
彰人が彼女のたえにしてやれることは、彼女の負担が少しでも軽くなるように艦を操る事だけだった。
しかし、
流石にこれ以上は限界である。
あと数発喰らえば、「姫神」の戦闘能力に支障をきたす事だろう。
焦燥感に駆られる彰人。
その時だった。
「提督ッ あれを!!」
歓喜に溢れた見張り員の声が響き渡る。
とっさに振り返って、視線を指示された方向に向ける彰人。
そこにあった光景に、思わず笑みを浮かべた。
最前まで、ハルゼーは間違いなく上機嫌だった。
小憎らしい回避運動で、こちらの攻撃を回避しまくっていたヒメカミタイプ。
9隻の戦艦が、実に10斉射もの砲撃を浴びせ、ただの1発も命中させられなかったのだから、その苛立ちは推して知るべし、といったところである。
だが、それも終わる時が来た。
巧みな回避運動を見せていたヒメカミタイプに対し、ついに戦艦群の砲撃が命中したのだ。
炎上するヒメカミタイプ。先頭を進んでいる所を見ると、恐らくあれが旗艦だろうと思われる。
これで、ようやく溜飲を下げられる。
恨み連なるヒメカミタイプを沈め、この太平洋に空しく沈んで行った仲間達の仇を討つ事ができる。
「さあ、トドメだッ 地獄へ落ちろッ ヒメカミ!!」
ハルゼーが叫んだ。
次の瞬間、
突如、「ニュージャージー」を取り囲むように、巨大な水柱が屹立した。
奔流する瀑布。
叩き付けられた衝撃。
思わず艦橋にいたハルゼーや、ニュージャージー自身が倒れ込んだほどである。
「な、何事だ!?」
とっさに起き上がりながら叫ぶハルゼー。
艦橋内部は突然の事態に混乱状態にある。誰1人、状況を把握できていないのだ。
「報告しろッ いったい何があった!?」
怒声を上げるハルゼー。
ややあって、ようやくレーダーマンが顔を上げて振り返った。
「新たな敵艦隊が接近ッ 戦艦クラスです!!」
悲鳴交じりの報告。
それと同時に、再びの衝撃が「ニュージャージー」を襲う。
命中弾は無い。飛んできた砲弾の全てが海面に落下して、水柱を立てるに留まっている。
しかし、至近弾だけで基準排水量4万5000トンを誇る「ニュージャージー」が、振り子のように振り回されている。
「こいつは、40センチ砲弾じゃねえッ!?」
驚愕に叫ぶハルゼー。
彼には既に、何が来たのか察しがついていた。
2
「大和」の艦橋では、宇垣が鋭い視線で、砲撃の様子を眺めていた。
ハルゼー艦隊が戦場に乱入して来た時は、正直、内心でかなり焦った物である。
あの時点では、第2艦隊も第7艦隊も陣形が大いに乱れており、とても大規模な艦隊相手に戦える状態ではなかったのだ。
最悪、全滅もあり得る。
宇垣がそう覚悟したとしても、無理からぬことだった。
だが、その絶望的な状況を盟友、水上彰人が打破してくれた。
彼の戦隊が巧みな艦隊運動によって敵艦隊の目を引き付けてくれたおかげで、宇垣が艦隊を再集結させ、戦力を整えるまでの貴重な時間を稼ぎ出してくれたのだ。
現在まで第2艦隊は2斉射を放っているが、命中弾はまだ無い。
だが、それでいい。
まずは、彰人達の安全を確保する事が先決だった。
視界の端では、全速力で退避を始めている「姫神」「黒姫」の姿が見える。
それと同時に、敵の戦艦部隊が砲撃を放ってくるのが見えた。
果たしてどうなる事か、と固唾を飲んで見守る宇垣たち。
ややあって、敵弾落下を示す水柱が高らかと上がる。
だが、その水柱は明らかに、「姫神」よりも「大和」に近い場所に落下している。
敵が「姫神」よりも「大和」の方が脅威度は高いと判断し、目標を変更してきた証拠だった。
それを受けて、宇垣は決断を下す。
勝負を掛けるなら今だった。
「よし、統制砲撃戦を実施する」
「提督、それは・・・・・・・・・・・・」
参謀長がうろたえたように宇垣を見る。
宇垣が言った事は、多分に投機的な意味合いが強い命令だったのだ。
だが、そんな参謀長には答えず、宇垣は大和を見る。
「できるな?」
それは質問では無く確証。
信頼する少女なら、必ず自分の期待に応えてくれると言う。
対して大和もまた、真っ直ぐに宇垣を見つめ返す。
「大丈夫です」
「よし」
頷きを返す宇垣。そのまま、振り返って参謀長を見る。
「参謀長」
「・・・・・・判りました。準備に入ります」
黙って頭を下げる参謀長。
提督が命じ、旗艦艦娘ができると確信している以上、参謀長の仕事はは状況を整える事のみだった。
直ちに、宇垣の命令を実行すべく動き出した。
「第1戦隊、統制砲撃戦用意!!」
「『武蔵』『信濃』に通達ッ 《統制砲撃戦用意成せ》!!」
「専用通信回線、開け!!」
「射撃指揮所主砲照準、データ統一準備!!」
「『大和』目標、敵1番艦、『武蔵』目標、2番艦、『信濃』目標、3番艦に固定!!」
矢継ぎ早に命令が飛び交い、準備が整えられていく。
その間にもハルゼー艦隊からの砲撃が降り注ぐ。
徐々に近づいてくる弾着の中、統制砲撃戦の為の準備は進められていった。
やがて、
「統制砲撃戦、準備完了!!」
待ち望んだ報告が、宇垣の元へとあげられてきた。
その報告を受け、
宇垣は「大和」と視線を交わす。
頷き合う、2人。
同時に、宇垣は前方を見据え、言い放った。
「撃ち方始め!!」
宇垣の命令と共に、
大和型戦艦3隻は、一斉に主砲を撃ち放った。
27門の46センチ砲が同時に発射される光景には、想像を絶する凄まじさがあった。
ややあって、彼方で弾着する砲弾。
砲撃は尚も第2艦隊目がけて砲撃してくる、ハルゼーの戦艦部隊の周囲で巨大な水柱を突き上げた。
その中で一つ、巨大な爆炎が上がるのが「大和」の艦橋からも見えた。
それと同時に、大和が歓喜に満ちた表情で振り返る。
「敵艦に命中、確認しましたッ」
「どの艦だ!?」
問いかける参謀長。
先には宇垣の命令に難色を示した彼も、初めて実施された砲撃の効果を確かめたくて興奮している様子である。
やがて、報告が上げられてくる。
「命中したのは敵2番艦ッ 『武蔵』の砲撃です!!」
「流石だな」
大和からの報告を受けて、宇垣は楽しげな笑みを浮かべる。
「武蔵」の艦長は砲術のエキスパートである。その為、同型艦3隻の中でいち早く、敵戦艦に対して命中弾を得たのだ。
「よし、射撃データを『武蔵』に共有ッ 目標、敵2番艦!!」
宇垣が鋭く指示を飛ばす。
同時に「大和」「信濃」の主砲が旋回し、照準を合わせる。
「照準修正良しッ!!」
「主砲、装填完了!!」
「『信濃』より入電ッ 《我、射撃準備完了》!!」
眦を上げる宇垣。
そして、
「撃てェ!!」
次の瞬間、
「大和」「武蔵」「信濃」は、完璧にタイミングを合わせて、一斉に砲撃を放った。
質量1・9トンに達する2式徹甲焼夷弾が、唸りを上げて飛翔する崎。
そこには、ハルゼー率いる戦艦部隊の2番艦に位置する、「アイオワ」が航行していた。
自身も、「武蔵」に向けて砲撃を放っていた「アイオワ」。あと1斉射で、命中か狭叉を得られるところまで射撃データは蓄積されていた。
そこへ、3隻合計27発の46センチ砲弾が殺到して来たのだ。
総トン数50トン超に達する鋼鉄の嵐。
吹き上げられ水柱が、容赦なく「アイオワ」を襲う。
その中で、複数の閃光が同時に瞬くのが見えた。
命中弾は8発。
「アイオワ」の艦首から艦尾に至るまでまんべんなく命中した砲弾は、艦首をもぎ取り主砲塔を叩き潰し、艦橋を吹き飛ばし、艦尾に大穴を開け、スクリューをねじ切った。
どの艦の砲弾が、どこに命中したのか、それは判らない。
しかし、そんな事はどうでも良かった。
艦載砲としては世界最強の46センチ砲弾が8発同時に命中して耐えられる艦船など、この世に存在する訳がない。
次の瞬間、「アイオワ」は巨大な爆発を起こし吹き飛んだ。
「敵戦艦、轟沈!!」
「アイオワ」爆発の様を見ていた「大和」艦橋内に、歓喜が湧き上がった。
排水量4万トン以上の大戦艦を、一撃で撃沈するとは。
まさに、驚愕の事態である。
統制砲撃戦。
それは「信濃」の竣工と同時に、大和型戦艦に導入された、全く新しい射撃システムである。
まず敵艦隊と砲撃戦を行う場合、3隻がそれぞれ個々の目標へ砲撃を行う。
そして、いち早く命中、もしくは狭叉弾を出した艦の射撃データを残り2隻に送信。残り2隻はそのデータを基に照準を修正、同一の目標に一斉砲撃を仕掛けるのだ。
今回の例で行けば、「武蔵」が「アイオワ」に対していち早く照準が完了した為、「武蔵」のデータを基に、3隻で砲撃を仕掛けた形である。
いわば統制砲撃戦とは、46センチ砲9門を持つ戦艦3隻が行う砲撃では無く、46センチ砲27門を持つ1隻の巨大戦艦が一斉射撃を行うような物である。
砲撃を続ける大和型戦艦3隻。
ややあって、再び状況が動いた。
「敵艦隊に狭叉弾有りッ 本艦の砲撃です!!」
「武蔵」に続いて、今度は「大和」が敵1番艦に命中弾を得たのだ。
頷き合う、宇垣と大和。
「『武蔵』『信濃』に命令、《本艦とデータを共有せよ》!!」
再び、統制砲撃戦の準備に入る大和達。
程無く、「大和」のデータに合わせた3隻が、一斉に砲撃を開始した。
第82話「トライアングル・ファイア」 終わり