蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第83話「レイテに突入せよ」

 

 

 

 

 

 

 

 宇垣とハルゼーが互いに砲撃戦を展開している頃、

 

 彰人もまた、艦隊を反転させてハルゼー艦隊の後方から喰らい付こうとしていた。

 

 一時はハルゼー率いる戦艦部隊に追い詰められ、雷と言う掛け替えのない仲間まで失った彰人達。

 

 大切な仲間と言う取り返しのつかない犠牲を払った上で、宇垣率いる第2艦隊の来援によって、どうにか危地を脱する事が出来たのだ。

 

 ちょうどそこへ、キンケード艦隊追撃を中断して戻ってきた、「金剛」以下、第7艦隊主力とも合流する事に成功していた。

 

 体勢は整った。

 

「反撃開始だ」

 

 彰人は目深にかぶった帽子の廂から、敵艦隊を睨み据える。

 

 敵はハルゼー。合衆国軍機動部隊の指揮官。

 

 すなわち、

 

 先日、航空攻撃に散った雷の仇。

 

「全ての借りを、今ここで返すッ」

 

 力強く言い放つ彰人。

 

 司令官のその言葉に対し、

 

 居並ぶ幕僚が、

 

 そして姫神が、

 

 頷きを返す。

 

 誰もが、この瞬間を待ち望んでいたのだ。

 

 35ノットの最高速度で疾駆しながら、前部甲板に集中配備された6門の50口径40センチ砲を旋回させる「姫神」。

 

 その進路の先では、「姫神」「黒姫」の接近を察知して、迎え撃とうとしているアラスカ級大型巡洋艦の姿が見える。

 

 36センチ砲6門を備えたアラスカ級は、改装前の姫神型巡洋戦艦の攻撃力を上回っている。

 

 もし、改装前に戦っていたら、「姫神」と言えども苦戦は免れなかっただろう。

 

 だが、

 

「撃てッ!!」

 

 彰人の号令一下、主砲を撃ち放つ「姫神」。

 

 続いて「黒姫」も砲門を開く。

 

 放たれる砲弾は、真っ直ぐに飛翔し、敵艦隊最後尾にいる「プエルトリコ」を目指す。

 

 降り注ぐ砲弾が「プエルトリコ」の周辺に落下し、派手に水柱を突き立てた。

 

 対して、「プエルトリコ」の方も、慌てて反撃する為に主砲を旋回させようとしているのが見える。

 

 だが、

 

「遅いよ」

 

 彰人の低い呟き。

 

 次の瞬間、

 

 放たれた6発の40センチ砲弾の内、2発が「プエルトリコ」を直撃した。

 

 元々、巡洋戦艦としてはやや異色ながら、防御重視の設計思想を持つ姫神型巡洋戦艦。

 

 姫神がこれまで多くの戦いを制してこれたのは、この防御力があったからに他ならない。

 

 対して、アラスカ級は「大型巡洋艦」の名が示す通り、巡洋艦の設計をそのまま大型化したに過ぎない。その為、防御力は姫神型ほどには高くなかった。

 

 そこへ大威力を誇る40センチ砲弾が炸裂したのだ。

 

 40センチ砲弾は「プエルトリコ」の装甲を突き破ると艦内に突入。ボイラー数機を一撃で粉砕してのけた。

 

 機関出力を失い、海上に停止する「プエルトリコ」。

 

 その様子を受け、彰人は次の行動に移る。

 

「目標変更ッ 敵9番艦!!」

 

 彰人の指示に従い、目標変更を行う「姫神」。

 

 主砲が旋回し、砲身が上下すると同時に照準が修正されていく。

 

 一方の合衆国艦隊側も、流石に撃たれっぱなしと言う訳ではない。

 

 アラスカ級の残る3隻、「ハワイ」「フィリピン」「サモア」は、反転しつつ砲撃体勢を整えると、「姫神」「黒姫」に対し砲門を開いてきた。

 

 3隻合計18門の36センチ砲弾が降り注ぐ中、35ノットの高速で駆け巡る「姫神」「黒姫」。

 

 その照準が、相手を捉える。

 

「撃てッ!!」

 

 鋭く命じる彰人。

 

 同時に放たれる12発の40センチ砲弾。

 

 「姫神」は「ハワイ」を、「黒姫」は「フィリピン」をそれぞれ狙った砲撃を行う。

 

 両者、瞬間的に激しい砲撃の応酬が繰り広げられる。

 

 合衆国軍の砲撃も大したもので、数斉射の内には「姫神」が直撃弾を受け、甲板上に火災が発生する。

 

 黒姫もまた「フィリピン」「サモア」から同時に砲撃を受け、副砲1基を破壊される損害を受けた。

 

 だが、彼女達の反撃もそこまでだった。

 

 やがて、姫神達の照準修正も完了し、本格的な砲撃が展開されるにいたる。

 

 次々と直撃弾を受ける、アラスカ級の各艦。

 

 「姫神」の砲撃を受けた「ハワイ」は甲板に複数個所の直撃弾を受けて炎上。全艦が炎に包まれる。

 

 一方「黒姫」の砲撃を受けた「フィリピン」の方は、艦橋に直撃を受けて頭脳を失った後、更に艦首部分にも直撃を受けて炎を吹きだしている。

 

 両艦共に、ダメージの大きさにより、今や完全に虫の息に近かった。

 

「とどめを」

「はい」

 

 彰人の指示に、静かな頷きを返す姫神。

 

 同時に放った6発の40センチ砲弾。

 

 そのうち、「ハワイ」に命中したのは3発。

 

 1発は「ハワイ」の第1砲塔に命中し、これを正面から叩き潰した。

 

 2発目は艦中央部に命中。艦内に踊り込むと同時に、深刻な火災を引き起こす。

 

 3発目は艦尾に命中。そこを推進器ごともぎ取った。

 

 傾斜したまま海上に停止する「ハワイ」。

 

 その様子を見て、彰人は肩の力を抜く。

 

 あの艦が最早、自分達にとって脅威にはなりえない事は、火を見るよりも明らかだった。

 

「よし、目標を変更する」

 

 彰人の指示に従い、再び動き出す「姫神」艦内。

 

 戦いはまだ、続いていた。

 

 

 

 

 

 

 一方、ハルゼー達が取り巻く状況は、いよいよ絶望的となりつつあった。

 

 敵巨大戦艦の一斉砲撃を受けて「アイオワ」が轟沈。

 

 そこへ更に、旗艦「ニュージャージー」まで狭叉弾を受けてしまっている。

 

「いったい・・・・・・何が起きてやがるんだ・・・・・・・・・・・・」

 

 呆然と呟くハルゼー。

 

 勝てるはずの戦いだった。

 

 数では完全に合衆国軍が圧倒していた。

 

 個艦の性能では多少劣るかもしれないが、それでも倍以上の戦力差である。絶対に、負けるはずが無かったのだ。

 

 だが、蓋を開けてみれば、この有様である。

 

 やがて、

 

「敵戦艦、発砲!!」

 

 大気を引き裂くような、見張り員の絶叫。

 

 次の瞬間、衝撃が「ニュージャージー」を襲った。

 

 突き上げられる水柱。

 

 至近弾の衝撃によって、大きく揺さぶられる「ニュージャージー」。

 

 命中弾は無い。

 

 しかし、世界最大の46センチ砲弾が、27発同時に落下した時の衝撃は馬鹿にならなかった。

 

 そして、

 

「左舷、スクリューシャフト損傷!! 速力25ノットに落ちます!!」

「何だとォッ!?」

 

 報告を受けて、ハルゼーは仰天する。

 

 大和型戦艦3隻の砲撃は、命中では無く至近弾だけで「ニュージャージー」に深刻なダメージを与えたのだ。

 

 見れば、ニュージャージー自身も左足を押さえ、苦痛に顔を歪めている。

 

 一体どうすれば、至近弾だけで大戦艦にここまでのダメージを与える事ができると言うのか?

 

 自分達の身に降りかかった状況を前に、ハルゼーは戦慄せざるを得なかった。

 

 そんな「ニュージャージー」を追い越し、僚艦「イリノイ」「ケンタッキー」が航行していくのが見える。

 

「クソッ」

 

 舌打ちするハルゼー。

 

 彼は、今や完全に、自分が戦闘の蚊帳の外に置かれてしまった事を自覚せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 そんな中、「アイオワ」を撃沈し、「ニュージャージー」を脱落させた宇垣率いる第1戦隊は、新たに現れた敵である「イリノイ」「ケンタッキー」に対し、砲門を開こうとしていた。

 

 両艦はアイオワ級戦艦の中でも後期に建造された艦であり、姉艦4隻が建造された際に判明した問題点を改善して竣工している。

 

 いわば、アイオワ級の中でも特に優れた性能を持った艦であると言える。

 

 基本的に軽防御である事に変わりは無いのだが、電子機器や照準装置、レーダーなどは最新のものが優先的に配備されていた。

 

 「イリノイ」と「ケンタッキー」は、速力の低下した「ニュージャージー」を追い越す形で前に出ると、相次いで砲門を開く。

 

 一斉に放たれる、18発の40センチ砲弾。

 

 唸りを上げて飛翔する先を航行していたのは、

 

 「信濃」だった。

 

 帝国海軍が誇る最新鋭戦艦の周囲に、多数の水柱が屹立する。

 

 だが、

 

 「信濃」艦橋に立つ少女は、ショートポニーを縛るリボンを潮風にはためかせながら、自身を砲撃する敵戦艦を睨み返す。

 

「こんな物、どうって事無いわね」

 

 自分を取り囲むように落下した砲弾を見ながら、信濃は余裕の表情を崩さない。

 

 既に狭叉されている身ではあるが、自分よりも格下の戦艦から受ける砲撃など、何ほどの物でもない。とでも言いたげな表情だ。

 

「目標変更ッ 敵4番艦!!」

「判った!!」

 

 艦長の指示に頷きを返す信濃。

 

 目標を「ケンタッキー」に移す「信濃」。

 

 だが、砲撃を開始する前に、再びの衝撃が彼女を襲う。

 

 再び立ち上る水柱。

 

 そんな中、

 

 2度の衝撃が「信濃」に走った。

 

 轟音と共に、迸る爆炎。

 

「あうッ!?」

 

 思わず悲鳴を上げる信濃。

 

 命中は艦首に1発、そして艦中央に1発だった。

 

 艦中央に受けた1発は、高角砲1基を吹き飛ばして内部機構をも粉砕し、艦首に命中した1発は、非装甲区画に大穴を開ける。

 

 だが、

 

「まだだよッ」

 

 気丈に叫ぶ信濃。

 

 この程度では大和型戦艦の戦闘力を奪うには至らない。

 

「装填完了!!」

「照準修正良し!!」

 

 敵弾直撃に耐えながらも、攻撃準備を完了する「信濃」。

 

「撃てッ」

 

 艦長の号令の下、自慢の46センチ砲が放たれる。

 

 それにやや遅れて姉2隻、「大和」「武蔵」も砲撃を開始した。

 

 時を同じくして、「イリノイ」と「ケンタッキー」も反撃の砲火を放つ。

 

 空中で交差する、互いの砲弾。

 

 命中弾を受けたのは、またも「信濃」だった。

 

 今度は3発の砲弾が命中し、再び爆炎が、艦の中部から後部に賭けて迸る。

 

 艦尾に落下した1発は、後部甲板に大穴を穿つ。

 

 翻って、帝国艦隊側の砲撃は、まだ命中弾は無い。目標を変更したばかりで、未だに射撃データが揃っていないのだ。

 

 これを幸いと、合衆国軍が畳み掛けてくる。

 

 立て続けに命中弾を浴びる「信濃」。

 

 艦首には再び大穴が開き、艦上部に爆炎が躍る。

 

 更にもう1発。

 

 耳障りな音が、軽い衝撃と共に襲ってきた。

 

「グッ!?」

 

 唇をかみしめて頭を押さえる信濃。

 

 それと同時に、どこか重要な部署が破壊された事を悟る。

 

 程無く、その予感を裏付ける報告が上げられてきた。

 

「後部艦橋被弾ッ 艦橋全滅!!」

 

 その報告に嘆息する。

 

 これで「信濃」は後方の目と、万が一の時の予備射撃指揮所を失ったことになる。

 

「照準修正急げッ これ以上は流石にまずいぞ!!」

 

 艦長が射撃指揮所を叱咤する。

 

 いかに最新鋭戦艦とは言え、一方的に撃たれ続ける状況は看過して良い物ではない。

 

 射撃準備を進める「信濃」。

 

 その時だった。

 

「艦長ッ あれ見て!!」

 

 信濃が興奮したように指差す方向。

 

 そこには、水柱に包まれる「イリノイ」の姿があった。

 

 

 

 

 

 「イリノイ」に対して狭叉弾を出したのは「大和」だった。

 

 水中に包囲される「イリノイ」の様子を見て、宇垣は直ちに行動に移った。

 

「『武蔵』に通達ッ 《統制砲撃戦用意》!!」

 

 その命令に、大和は首をかしげる。

 

「提督、『武蔵』だけですか? 『信濃』の方は・・・・・・・・・・・・」

「『武蔵』だけだ」

 

 宇垣は大和の疑問を遮るようにして返事をする。

 

「『信濃』にはそのまま、4番艦への砲撃を続行させろ。本艦と『武蔵』は敵3番艦を叩いたのち、直ちに目標を4番艦に移す。それまでに、『信濃』には照準をできるだけ合わせておくように言っておくんだ」

 

 相手が3番艦(イリノイ)1隻なら、これを叩くのに大和型2隻の火力で充分。

 

 そうして「大和」と「武蔵」が「イリノイ」を叩いている内に、「信濃」は「ケンタッキー」に対し照準修正を行い、「大和」「武蔵」の目標変更後、直ちに統制射撃に入れるように準備しておくのだ。

 

「判りました」

 

 宇垣の意図を理解した大和は、直ちに統制砲撃戦の準備に入る。

 

 照準データを共有する「大和」と「武蔵」。

 

 向かれる砲門が、「イリノイ」を睨む。

 

 次の瞬間、一斉に放たれる18門の46センチ砲。

 

 飛翔した砲弾は、「イリノイ」の薄い装甲を一撃の下に貫通し、艦内に踊り込む。

 

 炸裂する砲弾。

 

 その内の1発が、第2砲塔の弾薬庫に突入し、そこで破壊を撒き散らした。

 

 奔流と化す火砕流。

 

 次の瞬間、「イリノイ」は残っていた主砲弾が一斉に誘爆を起こし、艦中央部分から真っ二つに折れて沈んで行った。

 

「よし、目標を・・・・・・・・・・・・」

 

 沈みゆく「イリノイ」を見ながら、宇垣が命じようとした時だった。

 

「『信濃』より入電ッ 《我、敵戦艦を狭叉せり》!!」

 

 どうやら、「イリノイ」撃沈と前後して、「信濃」も「ケンタッキー」捕捉に成功したらしかった。

 

「よし、直ちに射撃データを『信濃』の物へ合わせよ!!」

 

 宇垣の命令が飛ぶ。

 

 それを受けて、第1戦隊は戦いを終わらせるべく動き出した。

 

 

 

 

 

 もはや、ハルゼーにできる事は何も無かった。

 

 アイオワ級の戦艦群は、帝国海軍の巨大戦艦に蹂躙され成す術も無く沈んで行っている。

 

 アラスカ級大型巡洋艦についても同様である。既に「ハワイ」「フィリピン」が撃沈され、「サモア」は「金剛」「比叡」の2隻の砲撃を浴びてボロボロになっていた。

 

 先に離脱した「プエルトリコ」の状況は判らないが、無事を祈る以外にできることは無かった。

 

「どうして、こうなった・・・・・・・・・・・・」

 

 呆然とした呟きが、ハルゼーの口から洩れる。

 

 初めの躓きは、キンケードがハルゼーの到着を待たずに戦端を開いた事だった。それによりハルゼーは、当初予定していた半数の戦力で戦わざるを得なくなったのだ。

 

 数の優位を活かして敵を殲滅すると言う前提が、そこで崩れてしまった。

 

 だが、それでもまだ、ハルゼーは自分が負けるとは思っていなかった。

 

 キンケードを失ったとは言え、数ではまだ自分達の方が勝っているし、何より敵は交戦直後で陣形がバラバラの状態にあった。そこを各個撃破してやれば勝機は充分にあったのだ。

 

 だが、目標にしたヒメカミタイプが巧みな回避運動でハルゼーの攻撃を避け続け、ついには主力艦隊が反転してくる時間を稼ぎ出してしまった。

 

 それで、状況は完全に五分に戻されてしまった。

 

 後は艦の性能で押し込まれ、この状況である。

 

 一つが狂えば全てが狂う、とはまさにこの事だった。

 

 その時、

 

 突如、「ニュージャージー」の周囲に複数の砲弾が落下。そのうち1発が、艦中央部分に命中して爆炎を噴き上げた。

 

 先の大和型3隻による統制砲撃を受け機動力を低下させていた「ニュージャージー」は、その一撃で更にダメージが蓄積される。

 

「後方より敵戦艦有りッ ナガトタイプです!!」

 

 見張り員の絶叫が、悲痛に響き渡った。

 

 

 

 

 

 第1戦隊の一員として、「長門」は大和型3姉妹と行動を共にしていたが、統制射撃戦が開始されるとすぐに分離し、彼女達に近付こうとする敵に対して砲撃を繰り返していた。

 

 そんな中、速力が低下して隊列から脱落していた「ニュージャージー」を発見。砲門を開いたのだ。

 

「艦隊旗艦とお見受けする」

 

 敵艦に対して、静かに語りかける長門。

 

 それに対して、まるで返事をするように砲撃が返される。

 

 この時、「ニュージャージー」は先にスクリューをへし折られた関係で艦の進路が安定せず、正確な照準が困難になっていた。

 

 しかしそれでも、司令官の闘志が乗り移ったかのように砲撃を繰り返している。

 

 たとえ傷ついてもお前等には負けない。

 

 最後の瞬間まで諦める心算は無い。

 

 そう語りかけてきているかのようだった。

 

「・・・・・・・・・・・・見事だ」

 

 敵艦の戦意に感じ入った長門は、心から惜しみない称賛を「ニュージャージー」へと送る。

 

 自分達には自分達の誇りがあるように、敵艦にもまた誇りと凶事があると言う事を改めて確認していた。

 

 そして、

 

 そのような艦にトドメを差す事の栄誉を噛みしめる。

 

 旋回する8門の40センチ砲。

 

 その砲門が、一斉に火を噴いた。

 

 

 

 

 

 短いが激しい砲撃の応酬が行われた。

 

 その砲声が止んだ時、

 

 戦艦「ニュージャージー」は、傾いた状態で海上に停止していた。

 

 既に甲板は波に洗われ、半ばまで水没している。

 

 総員退艦が命じられ、乗組員たちは我先にと海面に身を躍らせていた。

 

 そんな中、

 

 ハルゼーは艦橋の壁に身を預け、取り出したタバコに火をつける。

 

 ゆっくりと吸い込む煙。

 

 傍らには、倒れ込んだニュージャージーの姿がある。

 

 既に息絶えているのか、全く動こうとしなかった。

 

 そんなハルゼーの耳には、尚も遠雷のような砲声が聞こえてきている。

 

 彼方では、尚も砲戦が続いているのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・フンっ」

 

 面白くなさそうに鼻を鳴らすハルゼー。

 

 ややあって、皮肉げな笑みを口元に浮かべる。

 

「認めてやるよジャップ共。悔しいが、お前等は強い。俺達が全力を出してでも倒さなくてはならない、最強のライバルだったよ」

 

 言ってから、煙を大きく吸い込む。

 

「もっとも、お前等の事は死んでも好きになれそうにないがな」

 

 そう言った瞬間、

 

 「ニュージャージー」が轟音を上げて横転する。

 

 同時に、ハルゼーのいる艦橋にも、海水が奔流となって入り込んで来た。

 

 

 

 

 

 戦艦「ワシントン」艦橋に立つアンリ・ステイネス少将は、苦い水を飲んだような表情で、状況の推移を見守っていた。

 

 目の前では、壊滅しつつある味方の戦艦部隊の姿があった。

 

 その部隊は本来、アンリが指揮するはずだった艦隊である。

 

 しかし、上級司令部であるハルゼーが、自らの特権を利用して割り込んできたため、アンリはハルゼーに指揮権を譲らざるを得なかった。

 

 その結果がこの有様である。

 

 アイオワ級4隻は全滅。アラスカ級も、大破した「プエルトリコ」のみを残して全滅。

 

 事実上、戦闘力を維持している戦艦は「ワシントン」のみとなっていた。

 

「どうしますか、アンリ?」

 

 妻の問いかけに、アンリは沈思する。

 

 状況は既に、合衆国軍の敗北が確定している。

 

 あれだけ勇壮を誇った戦艦群を悉く沈められ他のに対し、帝国海軍の戦艦は、多少の損傷を受けた以外は全艦が健在である。これではそもそも勝負にならなかった。

 

 「ワシントン」自身は奮戦し、重巡洋艦の「羽黒」「那智」を撃沈する事に成功していたが、その奮戦も最早限界だった。

 

 「ワシントン」1隻で、未だに多数の戦艦を有している帝国艦隊に挑み、最愛の妻を失う愚は犯したくなかった。

 

「撤退する」

 

 故に、その決断は必然だった。

 

「残存する全艦隊に通達。《直ちに戦場を離脱。合流地点『D』にて集結せよ》!!」

 

 あらかじめ定めておいた撤収手順に沿い、撤退指示を飛ばすアンリ。

 

 それと同時に、彼にはやる事が残されていた。

 

 アンリは、傍らに控えている妻、ワシントンに目をやる。

 

「本艦は最後まで戦場に残り、味方の撤退を掩護する。良いね」

「はい、判ってます」

 

 夫の言葉に、頷きを返すワシントン。

 

 それと同時に「ワシントン」の主砲が、帝国艦隊目がけて放たれた。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 「大和」艦橋に立つ宇垣の視界の中でも、合衆国艦隊の動きに変化がある事が見て取れた。

 

 唯一生き残っているノースカロライナ級戦艦を中心に、一部の艦は尚も砲撃を続行している。

 

 だが、それ以外の艦は皆、艦尾をこちらに向けて戦場から遠ざかるようなコースをたどっている。

 

 明らかに、戦場から離脱しようとしていた。

 

「チャンスです提督ッ」

 

 幕僚の1人が興奮したように叫んだ。

 

「直ちに追撃を掛けましょう!!」

「その通りです。今なら、敵の全艦を沈める事も不可能ではありません!!」

 

 幕僚の幾人かは、同調するように言い募る。

 

 だが、

 

 それに対して、宇垣は首を横に振った。

 

「ダメだ」

「しかし提督ッ」

 

 尚も言い募ろうとする幕僚を制する形で、宇垣は口を開いた。

 

「我々がここに来た目的を忘れるな。我々の目的はあくまで、レイテに突入し、マッカーサー軍を殲滅する事だ。敵艦隊を撃滅するのは、その為の手段に過ぎない」

 

 幕僚達の中には不満顔をする者もいるが、それ以上意見を言う者もいなかった。誰もが、宇垣の意見の正しさを認めているのだ。

 

「直ちに全艦隊を集結させろ」

 

 宇垣は鋭い声で宣言した。

 

「我々はこれより、レイテ湾へ進撃する!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼等はつい昨日まで、比類なき栄光に包まれた軍だった。

 

 英雄として凱旋し、輝かしい未来が約束された軍だった。

 

 だが、

 

 彼等は今日、惨めな敗北者へと転落した。

 

 否、現に転落しようとしていた。

 

 報告を受けたマッカーサー司令部は、天地がひっくり返るほどの混乱に襲われていた。

 

 サンベルナルジノ海峡において、合衆国海軍大敗。

 

 帝国海軍戦艦部隊は、レイテを目指して南下中。

 

 その報告は、彼等を奈落の底に突き落とすのに、充分な破壊力を秘めていた。

 

「いったい海軍は何をしていたのか!? ハルゼーは!? キンケードはどうした!?」

「ダメですッ 両提督共に、呼び出しに応じません!!」

 

 怒鳴り散らすマッカーサーに対し、幕僚は悲鳴交じりの返答をするしかない。

 

 まさか、この時すでに、ハルゼーもキンケードも海底の住人になっていようとは、彼等は夢にも思っていなかった。

 

「湾口哨戒中の駆逐艦より報告です。《我、敵艦隊と思しき艦影を確認。位置・・・・・・・・・・・・》・・・・・・・・・・・・」

 

 不自然に途切れた報告に対し、マッカーサーは苛立ったようにサングラス越しの視線を向ける。

 

「どうした!? さっさと続きを報告しないか!!」

「そ、それが閣下。電文は、ここで終わっておりまして・・・・・・・・・・・・」

 

 恐懼して答える幕僚。

 

 だが、その事実に司令部一同は戦慄せざるを得なかった。

 

 不自然に途切れた電文の理由は、二つ考えられる。

 

 一つは、無線機が打電の途中で故障した可能性。

 

 そしてもう一つは、言うまでも無く撃沈された可能性だ。

 

 この場合、後者の可能性の方が高いのは言うまでもないだろう。

 

「撃沈された艦がどのあたりにいたのか、すぐに調べろ!!」

「い、いや、それよりも脱出が先だッ 全軍に撤退命令を出すのが先だろう!!」

 

 もはや、敵艦隊の来襲は確実となった。

 

 海岸には橋頭堡構築の為に上陸した10万以上の兵士がおり、海上には荷揚げを待っている数100隻の輸送船がひしめいている。

 

 そんなところに戦艦を含む大艦隊が突入して来たらどうなるか? 想像するまでも無かった。

 

 混乱する司令部。

 

 ただ空費する時間の中、

 

 タイムリミットは、刻一刻と迫りつつあった。

 

 

 

 

 

 その艦隊は、ボロボロだった。

 

 無理も無い、昨日の空襲に加えて、今日の艦隊決戦と、何度も視線を潜り抜けて来たのだから。

 

 沈んだ艦も少なくなく、生き残った艦も無傷の物は殆ど無い。

 

 だが、

 

 生き残った者達は誰1人として、退却を良しとしなかった。

 

 ここまで来たんだ。最後まで一緒に行きたい。その結果、帰られなくなっても一向に構わないから。

 

 将兵も、艦娘も、皆が一丸となって突き進む。

 

 中には砲弾を殆ど撃ち尽くしている艦もあったが、それでも反転を是とする者はいない。いざとなったら、体当たりしてでも敵を沈めるつもりだった。

 

 そんな彼等の前に今、夢にまで見た光景が広がっている。

 

 広大な湾内。

 

 そこにひしめき合う、無数の輸送船。

 

 遥かに見える海岸にも、多くの兵士達がひしめき合っている。

 

 紛れも無く、合衆国軍の上陸部隊。

 

 デイビス・マッカーサー率いる南太平洋軍の主力である。

 

 連合遊撃艦隊に残された戦力は、以下のとおりである。

 

 

 

 

 

○第2艦隊

戦艦「大和」「武蔵」「信濃」「長門」

重巡洋艦「鳥海」「摩耶」「足柄」

軽巡洋艦「能代」

駆逐艦9隻

 

○第7艦隊

巡洋戦艦「姫神」「黒姫」

高速戦艦「金剛」「比叡」

重巡洋艦「最上」「鈴谷」「熊野」

軽巡洋艦「矢矧」「大淀」「仁淀」

駆逐艦6隻

 

 

 

 

 

 ここに至るまで、高速戦艦1隻、重巡洋艦5隻、駆逐艦7隻が突入戦力から失われた事になる。

 

 だが、それでも、

 

 今まさに、目の前にある光景を目の当たりにすれば、その犠牲が無駄ではなかった事が判る。

 

 我等は来た!!

 

 ついに、ここまで!!

 

 「大和」艦橋において、宇垣は目を見開く。

 

 そして、

 

「撃てェ!!」

 

 鋭い命令と共に振り上げた腕を真っ直ぐに振り下ろした。

 

 

 

 

 

 砲撃を開始する連合遊撃艦隊。

 

 残った砲弾を全て撃ち尽くすかのように、砲火は途切れる事無く迸る。

 

 それに対し、

 

 合衆国軍はあまりにも無力だった。

 

 彼等を掩護すべき機動部隊は遥か北へと去り、そして頼みの戦艦部隊は既に壊滅状態である。

 

 彼等を守る盾は、最早何も無い。

 

 そこへ、帝国海軍が長年かけて完成させた大戦艦部隊が砲門を開いたのだ。

 

 そこには、地獄絵図が余すところなく展開された。

 

 無防備な輸送船にとって、戦艦はおろか駆逐艦の主砲ですら、当たれば致命傷になる。

 

 一撃で船上構造物は粉砕され、舷側に喰らえばたちまち浸水が拡大する。

 

 タンカーから漏れ出した油に引火し、湾内は炎に包まれる。

 

 マッカーサー軍の将兵達は、何処に逃げる事もできずに、ただ逃げ惑いながら、やがて炎に巻かれて倒れていく運命にあった。

 

 そんな中、

 

 彰人は「姫神」「黒姫」「金剛」「比叡」を率いて海岸線に接近していた。

 

 目的は、艦砲射撃を行い、陸揚げされた物資を焼き払う事にあった。

 

 合衆国軍の橋頭堡を壊滅させる事は、作戦目的の一つである。彰人はれて湾に突入した時点で、その役目は快足を持つ自分の戦隊が受け持つと決めていた。

 

 主砲を海岸線に向ける4隻の巡戦と戦艦。

 

 そんな中、

 

 彰人と姫神は、互いに視線を交わす。

 

 頷き合う2人。

 

 次の瞬間、

 

「撃ち方始め!!」

 

 彰人の鋭い命令が飛んだ。

 

 

 

 

 

 一方その頃、

 

 マッカーサーは海岸線をひた走っていた。

 

 既に目の前の海は炎に包まれ、地獄の様相を呈している。

 

 この2年間、彼が従えてきた南太平洋軍が、今まさに海の底に沈もうとしているのだった。

 

「馬鹿な・・・・・・・・・・・・」

 

 呆然と呟くマッカーサー。

 

 彼にとっては、まさに悪夢の光景だった。

 

 ガックリと膝を折る、マッカーサー。

 

 目の前の炎と共に、彼が人生の大半を捧げて築き上げてきた栄光も、レイテの海に沈もうとしていたのだ。

 

「閣下ッ お早く!!」

 

 付き従う幕僚が、マッカーサーの腕を取って立たせようとする。

 

 ここにいては危ない。既に帝国艦隊の艦砲射撃が始まっているのだ。このままでは巻き添えを喰らってしまう。

 

 だから、一刻も早く逃げないとッ

 

 そう思ってマッカーサーを担ぎ上げようとした時、

 

 彼の努力は、全てが無駄となった。

 

 顔を上げるマッカーサー。

 

 その視界の先、

 

 艦首部分に主砲を集中配備した優美な戦艦が見えた。

 

 次の瞬間、

 

 衝撃が彼等を襲った。

 

 吹き飛ばされる幕僚。

 

 そのまま二度、三度と身体がバウンドして地面に叩き付けられる。

 

 どれくらい、意識を失っていただろう?

 

 ややあって、顔を上げる幕僚。

 

 意識が混濁する中、それでもどうにか、自らの上官の姿を探し求める。

 

「閣下・・・・・・閣下!?」

 

 呼びかけに、答える声は無い。

 

 ただ、

 

 波打ち際に、忘れ去られたように転がったサングラス。

 

 その存在に幕僚が気付く事は、ついに無かった。

 

 

 

 

 

第83話「レイテに突入せよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連合遊撃艦隊がレイテ湾に突入して猛威を振るっている頃、

 

 フィリピンよりも遥かに東の海でも、一つの戦いが終幕を迎えようとしていた。

 

 列を成す巨大戦艦群。

 

 沖合に遊弋する空母からは、次々と航空機が発艦していくのが見える。

 

 敵の抵抗は微々たる物だった。

 

 既にほとんどの敵機を撃墜している。

 

 戦艦群の行く手を阻む者は、皆無に等しかった。

 

「作戦は成功だな。どうやら帝国軍の目は、完全にフィリピン方面に向いていたようだ」

 

 旗艦艦橋に立ち、静かな声で行ったのは合衆国海軍太平洋艦隊司令長官のレスター・ニミッツ大将である。

 

 彼は今、一群の艦隊を率いて戦場に来ている。

 

 これまで後方のハワイで指揮に専念してきたニミッツには、誠に珍しい事だった。

 

 もっとも、

 

 ニミッツがいるのはフィリピン海域ではないのだが。

 

「長官、敵の抵抗を排除しました。オールクリアです」

「うむ」

 

 艦娘と思しき少女の報告に、ニミッツは頷きを返す。

 

 既に、彼の指揮下にある戦艦群は主砲の旋回を終え、目標となる島に照準を終えている。

 

 全ての準備は、完璧なまでに整っていた。

 

「よろしい」

 

 良く通る声で、ニミッツは言い放つ。

 

「我々はこれより、マリアナ諸島奪回作戦を開始する!!」

 

 右手を大きく振り上げるニミッツ。

 

 その腕が、鋭く振り下ろされる。

 

 次の瞬間、旗艦の主砲が一斉に放たれた。

 

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