蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第86話「一縷の賭け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 収めてみるとトランク一つ分。

 

 自分の私物は、こんなにも少なかったのか、と苦笑してしまう。

 

 見回せば、必要以上に簡素な部屋の光景がある。

 

 自分はあまり無駄な物を置くのが好きでは無いとは言え、もう少しくらい、内装に気を使っても良かったのかもしれない。

 

 そんな事を考えていると、背後に誰かが立つ気配があった。

 

「本当に、行ってしまわれるのですね」

 

 静かな言葉には、どこか非難めいた口調が含まれているのが判る。

 

 振り返る宇垣。

 

 そこには、ややうつむき加減に立つ大和の姿があった。

 

 その姿に、宇垣の胸には僅かな罪悪感が芽生えていた。

 

 彼女を残していく事について、後悔が無いと言えば嘘になる。こうして、消沈している少女の姿を見れば尚更だった。

 

 そんな大和に対し、

 

「・・・・・・・・・・・・命令だからな」

 

 宇垣は、素っ気なく一言返す。

 

 そんな事しか言えない自分の不甲斐なさには呆れるしかない。

 

 思った通り、大和は更に顔を俯かせる。

 

 もしかしたら、泣きそうになるのを堪えているのかもしれなかった。

 

 宇垣は、本日付で「大和」を降りる事になる。

 

 それは旗艦の変更と言う意味ではない。

 

 転属だった。

 

 マリアナが占領された事により、敵の大規模航空部隊が本土に来襲する事が予想される。

 

 主な前線予想地は帝都近郊。そして九州・沖縄方面である。

 

 特に九州は、本州の南に位置し、大規模な工業施設群が置かれている事から、帝都近郊に続いて重要視されている。

 

 そこで帝国軍は帝都周辺に強固な防空システムを築く一方、九州方面にも大規模な航空部隊を展開し、合衆国軍の来襲に備える事としたのだ。

 

 その新設された九州航空部隊には誰か、実戦経験豊富な指揮官の就任が望まれた。

 

 とは言え、航空戦のエキスパートである小沢治俊は連合艦隊の指揮官だし、水上彰人はマリアナ方面への出撃を予定している為、転任どころではない。

 

 そこで、宇垣に白羽の矢が立ったと言う訳だ。

 

 第2艦隊はもうしばらく動く事が出来ない為、まさにうってつけと思われたのだろう。

 

 この決定には、宇垣も嘆息せざるを得なかった。

 

 宇垣自身、航空機の持つ威力と役割については理解しているし、今や航空機こそが戦争の主役になりつつあるとも認識している。

 

 だが、宇垣は水上艦隊の指揮官であって、航空部隊を指揮した経験は、これまで一度も無い。

 

 そんな自分に航空部隊の指揮官をやれ、などと言う人事部の気が知れなかった。

 

 だが、ともあれ命令は命令である。発令された以上、行かない訳にはいかなかった。

 

 宇垣は(少なくとも表面上は)淡々と、この人事を受け入れ、転任の為に手続きを行い、今日、この「大和」を去る事になった。

 

 そんな宇垣を、見つめる大和。

 

 ややあって、宇垣は踵を揃え、大和に対して敬礼する。

 

「第2艦隊司令官として、第1戦隊司令官として、貴艦と共に戦えた事を誇りに思う」

 

 低い声で告げる宇垣。

 

 対して、

 

 大和もまた、真っ直ぐに宇垣を見て敬礼する。

 

「帝国海軍の戦艦として、宇垣提督の下で戦えた事を誇りに思います」

 

 見つめ合う2人。

 

 どれくらい、そうしていただろう。

 

 先に目を逸らしたのは、

 

 宇垣の方だった。

 

 何かを堪えるように目を伏せると、トランクを手に部屋を出ていく宇垣。

 

 その姿を、大和は立ち尽くしたまま見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇垣が「大和」を降りたのと同じころ、

 

 横須賀を出港した艦隊は進路を一路南に向け、巡航速度でひた走っていた。

 

 水上彰人少将率いる第7艦隊である。

 

 目的は、マリアナに向かうであろう大規模輸送船団の捕捉、撃滅。

 

 敵の手に奪われたマリアナ諸島には、間も無くB29の大部隊が配備されるだろう。そうなれば、帝国の破滅は確定したも同然である。

 

 それだけは、何としても防がなくてはならない。

 

 しかし、帝国海軍の主力は、未だに先のレイテ沖海戦の痛手から立ち直っていない。

 

 そこで、損傷が少なく、比較的早期に復帰を果たした艦を中心に彰人に預けられ、取り急ぎ出撃してきたのである。

 

 その編成は以下のとおりである。

 

 

 

 

 

○第7艦隊

巡洋戦艦「姫神」(旗艦)「黒姫」

重巡洋艦「鈴谷」「熊野」「摩耶」

軽巡洋艦「矢矧」

駆逐艦「島風」「暁」「響」「電」

 

 

 

 

 

 巡洋戦艦2隻、重巡洋艦3隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦4隻。

 

 これが現状、帝国海軍が作戦行動に割く事ができる最大限の戦力だった。

 

 作戦名「礼号作戦」

 

 合衆国軍は近く、B29の大部隊をマリアナへ移動させるはず。そして、マリアナを基点にして、帝国本土への戦略爆撃を開始する予定なのだろう。

 

 だが、超重爆撃機を大量投入しての大規模戦略爆撃となると、相当な物資を必要とする筈。

 

 となると、必ずや敵は輸送船団を大量投入して、必要な物資を運ぼうとするはずだった。

 

 その輸送船団を撃滅できれば、少なくとも暫くは時間が稼げるはずだった。

 

 既に、特信班と軍令部情報課の協力を得て、数日前に大規模な輸送船団がマーシャル諸島を出航した事は掴んでいる。

 

 これを捕捉できれば、敵に対してかなりの打撃を与える事が可能なはずだった。

 

 勿論、彰人もそれで、敵の動きを完全に止める事ができるとは思っていない。

 

 しかし、連合艦隊主力の出撃準備が整うまでの時間は稼ぐ事はできる筈。

 

 そうして戦力を整えた上で、マリアナ奪回作戦を決行するのだ。

 

 当初、小沢は空母を含む航空部隊も、第7艦隊支援の為に出撃する用意があると伝えて来たが、彰人の方でこの申し出を断っている。

 

 レイテで大打撃を受けた機動部隊は、未だに再建の最中である。ここで無理に出撃させて消耗させるわけにはいかなかった。

 

 とは言え、航空支援なしに敵の勢力圏に突っ込むような愚策は避けなくてはならない。

 

 そこで彰人は、昼の間は小笠原諸島近海に待機しており、日が傾くのを待ってなんかを開始したのだった。

 

 それと同時に、彰人はある報告を待っていた。

 

「潜水艦隊から報告は?」

「まだありません」

 

 彰人の問いかけに、通信参謀は首を振ってこたえた。

 

 その答えを受け、彰人は司令官席に座ったまま腕組みをする。

 

 望む情報は、なかなか入って来ない。

 

 だからこそ、焦りは禁物だろう。

 

 情報はいずれ、必ず入ってくる。その時をジッと雌伏して待つのだ。

 

 彰人はこの作戦に当たり、小沢にもう一つ要請を出していた。

 

 それは、第6艦隊に所属する潜水艦数隻を、偵察任務の為に貸してほしい、と言う物だった。

 

 帝国海軍の潜水艦、特に「伊号」と呼ばれるタイプの型は、大型で攻撃力に優れる反面、潜水艦にとって最も重要な水中における静粛性を犠牲にしている。

 

 これは、漸減邀撃作戦における潜水艦隊の役割が、主力同士の決戦前に、敵兵力を少しでも削いでおくことにあった為である。その為、静粛性よりも航続力や攻撃力が優先されたのだ。

 

 だが、帝国海軍の潜水艦には、他の国には無い画期的な特徴がある。

 

 それは、僅かだが航空機が搭載できると言う事だった。これにより、潜水艦本来の役割である偵察任務に大きな幅ができると同時に、状況に応じて重要施設に対する空爆も可能になっていた。

 

 特に今回、第6艦隊から派遣された潜水艦は、彰人をも驚愕させる物だった。

 

 伊400型と呼ばれる3隻は、通常の潜水艦の3倍近い大きさを誇り、その内部には3機の水上攻撃機「晴嵐」を搭載できる。

 

 元々は、故・山本伊佐雄元帥が計画した合衆国東海岸攻撃計画に基いて計画された艦であり、密かに東海岸に接近した潜水艦隊が、敵首都ワシントンに向けて晴嵐を発進させて攻撃を行う、と言う物だった。

 

 この計画は、山本の死と戦局の悪化に伴いとん挫しかけていた。

 

 海軍としては、パナマ運河攻撃に参加させる事も検討していたようだが、彰人はこれらの艦を偵察に使う事を思いついたのだ。

 

 晴嵐の航続力は、彩雲などの偵察機と比べるとお世辞にも長いとは言い難い。しかし何と言っても、潜水艦から発進できる長所は大きかった。これで彰人は、航空機と潜水艦、双方を使って多段的な索敵線を展開できる事になった。

 

 伊400を中心にした艦隊を作戦予定海面に展開し、航空機を用いた広範囲索敵を展開させる。そうして集めた情報を基に、高速艦隊を急行させるのだ。

 

 以前、帝国海軍では、「大和」が完成した際、射程の長さを利用して相手から反撃を受ける前に撃破する「アウトレンジ戦法」の研究がされていた事があるが、彰人はそのアウトレンジ戦法の概念をヒントに、この「早期展開型索敵線」の構築を行ったのだ。

 

 今回は伊400、伊401、伊402を主力とした、合計で8隻の潜水艦が、第7艦隊掩護の為、マリアナ海域へ出撃してきている。

 

 彼女達は敵とは別名あるまで敵とは戦わず、ひたすら情報収集に徹して第7艦隊を掩護する事になる。

 

 そもそも、僅か16隻の水上艦隊と、8隻の潜水艦隊のみで、マリアナ近辺に展開した合衆国艦隊にケンカを売る程、彰人もバカではなかった。

 

 それにしても、

 

 彰人は苦笑する。

 

 帝国本土を出発して、遥か南のマリアナ諸島近海へ進出。敵の輸送船団を捕捉撃滅して再び本土へと戻る。

 

 こんな戦い方ができるのも、レイテで勝ったからだ。

 

 あそこで負けていたら、南方航路を切断されて石油をはじめとした物資を本土に運ぶ事が出来なくなっていただろう。

 

 否、それ以前に多くの艦艇を失い、連合艦隊の作戦遂行能力は破壊されていたかもしれない。

 

 彰人は改めて、自分達が薄氷の上を歩くが如き危険な事をしているのだと、認識せざるを得なかった。

 

 その時、

 

「司令官ッ マリアナ南方海上を偵察中の、伊401から入電!!」

 

 通信参謀の報告に、彰人と姫神は顔を見合わせる。

 

 伊401(しおい)は、今回編成された潜水艦隊の旗艦を務めている。その伊401(しおい)からの報告と言う事は、何か重要な情報が齎されたと判断できた。

 

 

 

 

 

 その艦隊は、堂々とした陣形を組み、ゆっくりした速度で北上していた。

 

 護衛空母4隻、駆逐艦30隻を根幹とした護衛艦隊が外周を固め、その内側には合計で50隻以上となる大規模な輸送船団が粛々と航行している。

 

 目的地はマリアナ3島。

 

 積荷は食糧、衣類、医薬品と言った生活必需品。

 

 そして、B29を用いた戦略爆撃に使用される、燃料と家屋破壊用の焼夷弾多数。

 

 彰人の狙いは正しかった。敵は確かに、戦略爆撃に必要な物資を積んだ輸送船団を派遣していたのだ。

 

 だが、

 

 そこにおびただしい数の護衛が着く事については、果たして予測しきれていただろうか?

 

「まったく、ニミッツ閣下の心配性も困ったものだ」

 

 旗艦である護衛空母に座乗した司令官の言葉に、居並ぶ幕僚達が賛同するように頷く。

 

 帝国軍がもし、B29の存在を掴んでいるのなら、必ずその作戦行動の阻止を狙ってくるだろう。

 

 問題は、どのような手段で妨害してくるか、である。

 

 レイテ沖海戦から数か月しか経っていない現状、帝国海軍の主力部隊は戦力が整っていない可能性が高い。と言う事、正面からマリアナ奪還を狙うとは考えにくい。

 

 残る可能性は、輸送船団を撃破して物資の荷揚げを阻止する事くらいだった。

 

 開戦初期、戦艦まで使って通商破壊戦を行った帝国海軍である。海上ゲリラ戦のエキスパートがいたとしてもおかしくは無い。

 

 もし輸送船団が壊滅すれば、対日侵攻スケジュールにも支障をきたす事になりかねない。

 

 そこまで考えたニミッツは、大規模な護衛部隊を付けて輸送船団を送り出したのだった。

 

「いかにジャップ共でも、これだけの大艦隊相手に襲撃を掛けてくる程、愚かではないだろうさ」

 

 そう高をくくる司令官。

 

 マリアナまであと数時間。夜間の内に入港する事が可能だろう。

 

 港に入ってしまえば、もはや不安要素は何も無い世界最強の合衆国軍が、自分達を守ってくれることになる。

 

 もはや、この任務は終わったも同然。

 

 誰もが、そう思っていた。

 

「リラックスしようじゃないか諸君。今や太平洋の大半を手中に収めた我が軍に、ジャップ共の艦隊が手を出してくる可能性はあり得んのだからな」

 

 そういって笑う司令官。

 

 だが、

 

 彼の認識が間違いであった事は、程なく証明される事になった。

 

 確かに合衆国軍は太平洋の大半の海域を手中にし、相対的に帝国軍の戦力はすり減っている。

 

 だが、帝国軍の戦意が無くなったと思うのは、早合点が過ぎると言う物だった。

 

「外周警戒中の駆逐艦より報告!!」

 

 通信員が振り返って報告をしてくる。

 

 護衛艦隊を構成する駆逐艦は全て、船団護衛用の簡易駆逐艦で占められている。速力は遅く、武装も貧弱だが、一応、水上艦隊の襲撃を警戒して魚雷発射管を搭載した物を優先的に配備している。

 

 その護衛駆逐艦の1隻が、何か報告して来たらしかった。

 

「読みます。《方位0度より、急速に接近する艦影有りッ 速力30ノット以上》!!」

 

 その報告を聞いて、司令官は訝るように首をかしげた。

 

「北からか。何かの間違いじゃないのかね?」

 

 敵が襲撃してくる事などあり得ない。と思い込んでいる司令官は、呑気にそんな言葉を返す。

 

「ともかく、折り返し確認させろ。それから、駆逐艦のレーダーマンには寝ぼけてないで仕事をするように言うんだ」

「ハッ」

 

 司令官の命令を受け、通信員が機器の操作を始めた。

 

 その時だった。

 

 突如、輪形陣外周部付近に、巨大な水柱が立ち上った。

 

 機関の斜め前方にいた駆逐艦が、屹立する水中によって覆い隠され、その姿が見えなくなってしまう程だった。

 

「なッ ななッ!?」

 

 思わず、目を剥く司令官。

 

 やがて、その水柱が晴れた時、

 

 問題の駆逐艦は、既に海上に姿を留めてはいなかった。

 

 駆逐艦がいた筈の海面には、僅かな破片の重油の幕が浮いているのみだった。

 

 僅か一瞬の間に、駆逐艦1隻がまるで手品のように消滅してしまったのだ。

 

「何が起こったッ!?」

 

 慌てて叫ぶ司令官。

 

 そこへ、更なる報告が舞い込んで来た。

 

「右舷70度より接近する艦影有りッ 戦艦と思われます!!」

 

 レーダーマンからの報告に、司令官は思わず愕然とした。

 

 絶対に来ないと思っていた敵が、まさかやって来るとは。

 

「た、直ちに迎撃をッ」

「それよりも閣下ッ 船団に退避命令を!!」

 

 慌てて動こうとする司令官に対し、幕僚の1人が慌てて進言する。

 

 だが、突然の事態に混乱を来した司令官は、構わずに叫んだ。

 

「グ、グズグズするなッ 敵が来てるんだぞ!!」

 

 殆どヒステリックになって叫ぶ司令官。

 

 彼は突然の敵艦隊襲来を前にして、明らかなパニック状態に陥っていた。

 

 これは、通常ならあり得ない事である。仮にも合計100隻近くなる艦隊と船団を束ねる司令官が、敵の襲撃一つでパニックを起こすなど。

 

 しかし、長引く戦争によって一線級の指揮官や将兵多数を失った合衆国軍は、深刻な人材不足を起こし始めていた。

 

 今回のように、敵の襲撃が少ない事が予想される任務には、こうした経験の少ない指揮官があてられるようになったのである

 

 ニミッツだけは、そのような状況に危惧を覚え警鐘を鳴らしていたが、その声が聞き留められることは無かった。

 

「と、とにかく迎撃だッ 航空部隊発艦初め!!」

「無理です閣下ッ 夜間戦闘機の準備ができていません!!」

 

 叫ぶ司令官に、幕僚が焦ったように制止を掛ける。

 

 通常、護衛部隊では不意の夜襲に備えて夜間戦闘機型のヘルキャットを爆装させて待機しておくことになっている。

 

 しかし、経験の薄いこの司令官は、そうした配慮を全くしていなかったのだ。

 

「し、司令官ッ 早く御指示を!!」

「え・・・・・・・いや、それはだな。まずはみんなの意見を聞いてから・・・・・・」

「そんな暇はありませんッ 敵はもう、すぐそこまで来ているのですよ!!」

「い、いや、だからだね・・・・・・・・・・・・」

「迎撃ですかッ!? それとも避退ですか!?」

「そんな事より、船団に退避の命令を出してください!!」

「え・・・・・いや・・・・・・う~・・・・・・」

 

 矢継ぎ早に詰め寄ってくる幕僚達に対し、完全に思考停止状態に陥った司令官は何のアクションも起こす事ができず、ただ翻弄されて唸り声を上げるのみだった。

 

 やがて、

 

 そんな司令官の焦りを象徴するように、砲弾は次々と落下し始めた。

 

 空母の周辺に、次々と砲弾が落下する。

 

 そして、

 

 その内の1発が、ついに艦橋を薙ぎ払うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠望する先に立ち上る水柱。

 

 時折、爆炎が躍るのが見える。

 

 その光景を目にしながら、彰人は首をかしげていた。

 

「おかしいな」

「何がですか?」

 

 傍らの姫神が、キョトンとした顔で彰人を見上げてくる。

 

 作戦は順調そのもの。奇襲の効果が高かったのか、敵は混乱を来している。

 

 接近する第7艦隊に対して、ろくな陣形も組めないでいる有様だった。

 

 だが、そんな様子を、彰人はキョトンとした眼差しで見詰めている。

 

「敵は随分と、動きが悪いね。普通、こっちがここまで接近するまでに、迎撃態勢くらい作れそうな気がするんだけど」

 

 彰人が言っている間に「姫神」は6門の主砲を放つ。

 

 続けて、後続の「黒姫」も主砲を放つ。

 

 彼方で突き立つ水柱。

 

 同時に、艦隊後方に控えていた空母の、艦橋が吹き飛ぶのが見えた。

 

 その姿を見て、彰人は苦笑する。

 

 開戦初頭の「レキシントン」に加えて、これで2度目。

 

 まさか人生で2度も、巡洋戦艦で空母を撃沈する機会に恵まれようとは。そんな人間は、自分くらいの物だろう。

 

 その他の艦艇も動き出してはいるものの、どれもバラバラに動き、とても統一された艦隊行動とは程遠い状態にあった。

 

 まあ、彰人としては特に気にするような事ではない。敵が混乱しているなら、むしろ好都合。この間に、できる限り敵を叩いてしまおうと考えたのだ。

 

「主砲、連続斉射ッ 目標、接近中の敵駆逐艦!!」

 

 命令を下す彰人。

 

 既に敵も、砲撃の規模からこちらに戦艦(巡戦)がいる事は把握しているだろう。

 

 しかしそれでも尚、諦めずに向かってくる姿は敵ながら敬服に値する。

 

「それだけ、この船団を重要視してるって事なんだろうけど」

 

 行っている間に、前部甲板に備えた主砲を放つ「姫神」。

 

「その程度のレベルじゃ、僕達には勝てない」

 

 呟く彰人の視界の中で、水柱に囲まれる敵駆逐艦。

 

 狭叉には至らないものの、弾着は敵艦に対してきわめて近い位置に落着している。

 

 そこへ更に「鈴谷」「熊野」「摩耶」の3重巡も砲撃に加わり、敵に集中される火力は、さらに強まる。

 

「手を緩めるなッ」

 

 彰人の鋭い号令と共に、「姫神」は連続斉射に移行した。

 

 

 

 

 

 「姫神」「黒姫」「鈴谷」「熊野」「摩耶」が護衛艦隊に対して砲撃を繰り返している頃、

 

 軽巡洋艦「矢矧」に率いられた水雷戦隊は、その隙を縫うようにして輸送船団に忍び寄っていた。

 

 水雷戦隊、と言っても実質、「矢矧」の他は、第6駆逐隊の4隻だけなのだが。

 

 レイテ沖海戦で「雷」を失った第6駆逐隊は暁型3隻に「島風」を加えた4隻編成となっていたが、歴戦の戦績に裏打ちされた実力は未だ衰える事を知らず、飛んでくる砲弾を物ともせず、単縦陣を組んで真っ直ぐに突き進んで行く。

 

 対して敵の護衛艦隊はと言えば、殆ど陣形らしい陣形も組まず、放たれる砲撃も散発的で、いかにも実戦慣れしていない事が判る。

 

 その間にも轟く砲撃が、少女達の頭上を飛び越えて彼方の海面に着弾する。

 

 「姫神」と「黒姫」の砲撃が、敵の護衛部隊を追い詰めているのだ。

 

 彰人の計画では、巡戦2隻、重巡3隻の火力で敵の護衛部隊を相手取り、その間に水雷戦隊が輸送船団に接近。これを叩く。と言う物だった。

 

 いかに帝国海軍の誇る歴戦の巡戦と重巡とはいえ、それだけで空母を含む数十隻の護衛部隊を相手取れるのか心配だったのだが、

 

 どうやら杞憂だったらしい。

 

 敵の護衛部隊は、完全に「姫神」達の砲撃に射すくめられている。

 

 否、それ以前に、技量が低すぎてお話にならなかった。

 

「取り舵一杯ッ 統制雷撃戦用意!!」

 

 主砲で牽制しつつ、左に大きく舵を切る「矢矧」。

 

 後続する「暁」「島風」「響」「電」もまた、舵を切って「矢矧」に続く。

 

 舷側を向ける第13戦隊。

 

 その視界の先には、逃げ惑う輸送船団の姿がある。

 

 だが、その動きは快足の水雷戦隊に比べると、明らかに遅い。

 

「撃て!!」

 

 司令官の号令以下、一斉に魚雷が放たれる。

 

 海上を疾走する魚雷。

 

 帝国海軍が誇る魚雷が一斉に炸裂し、船団が大混乱に陥る。

 

 そこへ、護衛艦隊を仕留めた「姫神」以下の砲撃部隊が攻撃に加わる。

 

 その圧倒的な砲撃力を前に、輸送船団は次々と炎に包まれて沈んで行くのだった。

 

 

 

 

 

第86話「一縷の賭け」      終わり

 

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