1
報告を聞いたマリアナ基地司令は、仰天する想いだった。
マーシャル諸島を経由してマリアナへ向かっていた輸送船団が、夜間に帝国海軍水上砲戦部隊の襲撃を受けたとの事。
空母4隻を中心にした護衛艦隊は、ほぼ全滅。
船団も半数以上が撃沈され、残りも大半が損傷し自沈、もしくは最寄りの島に擱座着底を余儀なくされたとか。
事実上、全滅に近い損害である。
「馬鹿なッ こんな事が・・・・・・・・・・・・」
マリアナ奪回から2カ月以上が経過し、既に飛行場や格納庫等の付帯設備も完成。一部の航空部隊は、先行する形でマリアナに入っている。
後は後続する本隊の到着を待って、対日戦略爆撃を開始する。
それで、チェックメイトの筈だった。
その前提が、崩れた。
輸送船団が壊滅した事には、対日戦略爆撃に必要なB29用の焼夷弾や燃料が、大量に運び込まれる予定だったのだ。それが無為に失われてしまった。
対日侵攻スケジュールに、大きく遅延を来すのは間違いない。
しかも、海戦が行われたのはマリアナ諸島の東方。目と鼻の先の地点である。
これは責任問題にも発展する重大事だった。
基地司令は、先頃、太平洋戦線に着任した戦略爆撃部隊指揮官の顔を思い出す。
カースト・ルメイ少将の、あのガラス玉のように冷たい目を見るたびに、背筋に冷たい物が走る。
まるで底なし沼を覗き込むような、おどろおどろしさがルメイの視線にはあった。
何とかしなくてはならない。
何とかしてこの失点を取り返さないと、身の破滅は間違いなかった。
空に目を向ける基地司令。
東の空が白みはじめ、明るさを増そうとしているのが判る。
忌々しい夜の闇が、もうすぐ終わろうとしていた。
その光を見ながら、
「そ、そうだッ この手ならば・・・・・・・・・・・・」
敵は夜の闇を利用して船団に接近し、夜戦に持ち込んで一気に殲滅を図って来た。
と言う事は、かなりの高速艦隊編成である事が伺える。
だが、いかに高速艦隊と言えど、しょせんは水上艦艇中心の艦隊だ。夜明けまでに稼げる距離はたかが知れている筈。
ならば、まだ間に合う筈だった。
「おい、すぐに準備をしろッ 例の機体も出せるな!?」
「あ、はい。御命令通り、最優先で整備するようにしていましたので」
幕僚の返事を聞きながら、基地司令はニヤリと笑みを浮かべる。
良いぞ、まだツキはこっちにあるようだ。
あの機体を使って敵艦隊を殲滅できれば、失態を帳消しにしてなお、釣りがくるはずだった。
「ただちに偵察機を発進させろッ 索敵範囲はマリアナ諸島の北東範囲だッ」
自分達の作戦を妨害してくれたんだ。ただで帰して堪るか。
基地司令の顔には、そのような表情が浮かべられていた。
2
昇る朝日を右舷側に見ながら、第7艦隊は北を目指して航行していた。
昨夜の海戦の名残が、今も残っている。
第7艦隊は、マリアナに接近していた輸送船団に対し、夜の闇を突いて襲撃を敢行。護衛空母4隻を含む、護衛艦艇10隻以上、輸送船30隻以上を撃沈する事に成功している。
あとは離脱するだけ、なのだが。
「・・・・・・・・・・・・そんな、都合良くはいかないだろうね」
「姫神」の艦橋に立った彰人は海上を見詰めながら、そんな事を呟く。
頼みにしていた輸送船団を目の前で潰されたのだ。合衆国軍のお歴々が、そうとう頭に来ているであろう事は想像に難くない。
十中の十、追撃が来る事は間違いないだろう。
そして、敵が打つであろう手も、彰人には読めていた。
「敵の攻撃は、空から来る筈・・・・・・・・・・・・」
第7艦隊が輸送船団を襲撃したのは昨夜の事。あれから数時間が経過している。今更、水上部隊の追撃が間に合うとは思えない。
潜水艦は更に論外だ。偶然、待ち伏せ海域にでも踏み込まない限り無視して良いだろう。
となると、残るは航空機と言う事になる。
恐らく、夜明けと同時に大規模な空襲があると考えるべきだった。
現在、第7艦隊は「矢矧」を先頭に、その後ろで第6駆逐隊の4隻が対潜警戒陣を敷き、その後方を「摩耶」「鈴谷」「熊野」「黒姫」「姫神」が復列縦陣を組んでいる。
「姫神」は最後方を航行し、追撃に備えている状態だった。
高速艦だけで編成しただけの事はあり、第7艦隊の航行速度はかなり速い。この分なら、あと数時間でマリアナの制空権を抜ける事ができる筈。
つまり、午前中を凌げるかどうかが勝負の分かれ目となる。
その時、背後から静かな足音が聞こえてきて、彰人は振り返った。
「おはようございます、彰人」
そこには、仮眠室から起き出してきた姫神の姿があった。
いざと言う時にベストコンディションを保ってもらう為、彼女には未明ごろから仮眠を取ってもらっていたのだ。
「もう眠くない?」
「はい、大丈夫です。彰人は寝ないのですか?」
問いかける姫神に対して笑顔を向けると、彰人は手を伸ばして少女の頭を撫でてやる。
「僕も休むよ。この海域を抜けたらね」
そう言って、気持ち良さそうに目を細める姫神を見詰める彰人。
だが、
程無く、休んでいる暇がない状態に、艦隊は追い込まれる事になった。
「提督ッ!!」
電測参謀が鋭い声を上げたのは、姫神が起きてから30分ほど経ってからの事だった。
「先ほど、本艦の対空電探が東方に、接近する機影をキャッチしました」
「数は?」
彰人は緊張の眼差しで尋ねる。
恐れていた事が、ついに起こった感じである。
「1機です」
電測参謀の言葉に、彰人は考え込む。
1機なら、間違いなく偵察機だろう。こちらの電探で捕捉できたと言う事は、向こうからもこちらの位置が判っている可能性が高い。
ならば、これ以上の逃走は不可能。迎え撃つしかなかった。
「各艦に通達。《第3警戒航行序列へ陣形変更せよ》!!」
第3警戒航行序列は、防空輪形陣である。
第7艦隊の各艦は、彰人の命令に従い動き出す。
まず旗艦「姫神」を中心に「黒姫」「摩耶」「鈴谷」「熊野」が箱型の陣形を組み、その周囲を第13戦隊の5隻が囲む。
聊か小振りだが、これで輪形陣の完成である。
対空火力は弱いが、その分は少数故の機動性でカバーする方針だった。
果たして、その1時間後。
再び、電測参謀が叫んだ。
「電探に感有り。左舷120度より、急速接近する機影多数!!」
来たか。
彰人は帽子を目深にかぶり直しながら、静かに息を吐く。
やはり当初の予定通り、多少の空襲は甘んじざるを得ないか。
敵がどの程度の戦力を出してくるかは判らない。
だが、こちらも今は、シブヤン海海戦の時のような、多数の艦艇を有している訳ではない。
防空力に優れているのは「姫神」「黒姫」「摩耶」「矢矧」の4隻くらい。あとの艦は全て、艦隊決戦型の艦艇だ。
この乏しい戦力で迎え撃たなくてはならないのは、流石に骨が折れるだろうと予想できる。
だが、
「対空戦闘用意!!」
彰人は気負った様子も無く命じる。
同時に、艦隊内部で動きが生じる。
各艦の兵士達が走り回り、配置に着く。
高角砲や機銃の砲身は一斉に上を向き、各艦の機関は唸りを上げて速力を増す。
そして、
「姫神」と「黒姫」の前部甲板に備えられた、3連装2基6門の主砲が旋回しつつ天を睨む。
果たして、
空の彼方から、轟音が響いて来る。
誰もが固唾を飲んで見守る中、
雲の切れ間から、複数の機影が降下してくるのが見えた。
大きな翼に、二つのエンジンを取り付けた大型の機体だ。
「B24か・・・・・・・・・・・・」
南洋で何度も対峙した因縁の機体の登場に、彰人は目を細める。
聊か旧式化しつつある機体だが、それでも軽快な運動性と単発機には無い兵装量は驚異的であると言える。
「対空戦闘、左90度、高角30度!!」
見張り員の報告を聞きながら、彰人は大きく息を吸い込む。
そして、
「主砲、撃ち方始め!!」
吐き出される声が、鋭く大気を切り裂いた。
次の瞬間、「姫神」と「黒姫」。合計12門の40センチ砲が一斉に火を噴く。
飛翔する砲弾が空中で炸裂する。
12発の3式弾改は一斉に、空中へ鉄球を撒き散らした。
炸裂範囲内にいた、複数のB24が、鉄球をもろに浴びて吹き飛ぶのが見える。
更に主砲を撃ち続ける「姫神」と「黒姫」。
対して合衆国軍も、散開しつつ回避運動に入る。
爆弾を抱えた機体が艦隊の上空を目指して旋回する一方、海面すれすれまで降下する機体もある。
その動きを、彰人は見逃さなかった。
「対空戦闘、撃ち方始め!!」
彰人の命令と共に、各艦の対空砲火が一斉に火を噴いた。
電探連動の高角砲が唸り、機銃群がそれに続く。
たちまち、空中は砲弾の嵐が飛び交う状況となった。
集中的に狙われたのは、やはり2隻の姫神型巡洋戦艦だった。
艦隊の中で特に目立つ2隻は、格好の攻撃目標である。
接近したB24が、次々と爆弾を投下していくのが見える。
だが、「姫神」と「黒姫」は、巧みな回避運動を発揮し、次々と爆撃を回避していった。
左右両舷に突き立つ、巨大な水柱が「黒姫」を叩く。
一見すると派手な光景だが、実際のところ「黒姫」が受ける損害は少ない。
至近弾の瀑布によって艦体に入るダメージは、未だに無視して良いレベルだった。
「右舷30度より敵機2機接近!!」
見張り員の報告を受け、艦長の成瀬京介大佐は顔を上げる。
「右舷高角砲ッ 右前方の敵機を狙え!!」
ただちに、高空を狙っていた高角砲の砲身が倒され、砲弾は中高度から接近を図ろうとしていたB24の鼻先で炸裂した。
機首を砕かれ、海面に落下するB24。
だが、残りの機体は構わず突っ込んでくるのが見える。
「京介君、あれ!!」
「まかせろ、デカいのを喰らわせてやる!!」
警告する黒姫の声に、不敵に返す成瀬。
同時に、接近してくるB24を見据える。
「噴進砲、撃ち方始め!!」
成瀬の号令一下、
一斉に放たれる右舷側の噴進砲。
合計で56発のロケット弾が、空中へとばら撒かれる。
機銃や高角砲を遥かに上回る威力を秘めた噴進砲。
直撃弾を受けた機体は、炸裂する砲弾に耐え切れず、炎を上げて吹き飛ばされた。
「やったッ!!」
喝采を上げる黒姫。
そんな少女に親指を立てて見せる成瀬。
そこへ、更なる敵機の接近が告げられる。
息をついている暇は、2人には無かった。
「姫神」を操艦する彰人は、左舷側の海面を這うようにして向かってくるB24が6機。
艦橋に立つ彰人は、それを真っ向から睨み据える。
「左舷対空砲、撃ち方用意!!」
彰人の命令に従い、「姫神」左舷の対空砲が、向かってくるB24へ向けられる。
そんな中、彰人は相手の動きを冷静に見据える。
低空飛行をしているが、B24に雷撃型があると言う話は、これまで聞いたことは無い。
と言う事はつまり、敵の狙いは・・・・・・・・・・・・
「敵機、爆弾を投下しました!!」
見張り員の報告に、目を鋭く細める彰人。
その視線の先では、投下された爆弾がイルカのように海面を飛び跳ねながら向かってくる様子が見られる。
「やっぱりか」
彰人は目深にかぶった帽子の下で、ニヤリと笑みを浮かべた。
水きりの要領を応用し、低空で投下した爆弾が、投下時の速度そのままに海面を飛び跳ねながら進む攻撃方法。
南洋を巡る戦いで、帝国海軍の艦船が多く犠牲になった戦法である。
だが、彰人は既に、その対処法を確立していた。
「左舷砲火ッ 海面を狙え!!」
彰人の指示を受け、俯角を掛けた副砲と高角砲が海面を狙い撃つ。
放たれた砲弾が水柱を上げ、海面が狂奔する。
吹き上げられる瀑布が爆弾を叩き、そのまま海面下に引きずり込む。
反跳爆撃は大型機で軽快な水上艦艇を相手取れる優れた攻撃方だが、同時に波の状態に左右される爆撃方法でもある。
海面に砲弾を撃ち込み、波浪を誘発してやれば回避は難しくなかった。
自分達の攻撃が失敗に終わったのを悟り、退避に移ろうとするB24部隊。
だが、彰人はそれを許さなかった。
「今だ、全火力を叩きこめ!!」
彰人のけしかけるような指示に、全ての対空砲が唸りを上げてB24へ殺到する。
たちまち、炎を上げて墜落するB24が続出した。
3
こうして、第7艦隊と合衆国軍マリアナ航空隊の死闘は、日が中天に上る頃まで継続された。
その間、第7艦隊は「姫神」「黒姫」「摩耶」が若干の損傷を負いながらも、沈没艦は無く、的確な防空戦闘を行いながらも、徐々に進路を北に向けていた。
本来であるなら、もっと早くマリアナの制空権を抜ける事も不可能ではなかったのだが、空襲と、それに伴う回避運動の結果、進路が迷走し、なかなか当該海域を抜ける事ができなかったのである。
そこに、合衆国軍の執念のようなものを感じる。
「自分達の大切な物資を沈めた犯人を逃がさない。必ず、同じところに送ってやる」
そんな怨念じみた思いが、第7艦隊各艦の足首を掴んで引きずり込もうとしているようだった。
そして、本日4度目となる攻撃隊を「姫神」の電探が捉えたのは、昼食の戦闘配食を食べ終えた直後だった。
「数は?」
「恐らく30機程度かと。今までの攻撃の中では最も数が少ないです」
電測参謀からの報告を聞いて、彰人は考え込む。
来襲する敵の数が少なくなった。と言う事は、敵が息切れを始めている事を意味している。
チャンスだった。
「多分、もうすぐ振り切れるね」
「はい」
彰人の言葉に、頷きを返す姫神。
恐らく、あと1度。
次の攻撃を凌ぐ事さえできれば、敵の攻撃を振り切れるはずだと判断した。
だが、
程無く、彰人達は奇妙な事に気付き、首をかしげた。
「あれは・・・・・・・・・・・・」
呟く姫神に促されるように、双眼鏡を覗き込む彰人。
その視界の中には、これまで攻撃の主力を担ってきたB24とは、明らかに異なる機体のシルエットが映っていた。
「B17だね」
低い声で呟く彰人。
翼に4基のエンジンを備えた大型の爆撃機は、確かにボーイングB17フライングフォートレスだ。
しかし、
「変だね・・・・・・・・・・・・」
B17はエンジンを4基搭載しており馬力がある反面、機体が重い為、軽快性に欠ける。その為、対艦攻撃には不向きな機体なのだ。
鈍足の輸送船でも相手にするならともかく、高速の水上艦艇の相手は荷が重い筈だった。
「敵は一連の戦闘でB24を消耗した為、代替でB17を当てて来たのでは?」
「あるいは、多数の爆弾を一時に投下して、こっちを押しつぶすつもりなのか・・・・・・・・・・・・」
幕僚達が口々に言う。
確かに、可能性としてはどちらも無い話ではない。
しかし、
彰人は一抹の不安を拭いきれずにいた。
「とにかく警戒を厳に。何かあったらすぐに報告してください」
「ハッ」
言いながら、彰人は操縦桿を片手にB17の動向を見極めるべく、視線を向ける。
その視界の中で、爆弾槽のハッチを開けるB17の姿が見える。
やはり、爆撃を仕掛ける心算なのだ。
そう思った次の瞬間、
「あれはッ!?」
爆弾層の中身を見た彰人は、思わずうなり声を上げた。
そこには、小型の弾当が多数、まるで無数の眼のようにこちらを睨んでいるのが見えた。
それを認識した瞬間、
彰人はとっさに叫んだ。
「機関全速ッ 取り舵一杯急げ!!」
突然の彰人の命令に幕僚達が、そして姫神までもが驚いて振り返った。
「彰人、どうしました?」
「訳は後で話すからッ とにかく今は回避を!!」
彰人の指示に従い、「姫神」は速力を上げながら、左に旋回していく。
だが、その動きは聊か遅かった。
ようやく「姫神」の回頭が始まった時、
既にB17は至近にまで迫っていた。
もう、間に合わないッ
とっさに彰人はそう判断し振り返る。
「総員ッ 衝撃に備え!!」
彰人が叫んだ瞬間、
B17の下面が、一斉に炸裂したよ運見えた。
白煙を帯びて、「姫神」へ襲い来る火花。
次の瞬間、衝撃が襲い掛かってきた。
「キャァァァァァァ!?」
悲鳴を上げる姫神。
激震が、艦橋を襲う。
彰人はとっさに、倒れそうになった姫神の体を支えるが、もろともに床に倒れ伏してしまった。
「姫神、しっかり!!」
見れば、少女は体の左半分から鮮血を吹きだしている。明らかに、今の攻撃によるものだった。
程無くして、損害報告が上げられてくる。
「左舷、対空砲、3割を喪失!!」
「艦種に命中弾有りッ 艦首装甲貫通!!」
矢継ぎ早に齎される報告が、容易ならざる事態を告げている。
一撃でこの威力。
思わず、戦慄する一同。
「姫神」の艦体は今、左半分が火災に伴う黒煙に覆われている状態だった。
「火災消火、急いで!!」
指示を飛ばす彰人。
同時に、腕の中で人が動く気配があった。
「あ、彰人・・・・・・・・・・・・」
声に誘われて視線を向けると、姫神が苦しそうにしながらも、うっすらと目を開けている所だった。
「姫神、大丈夫?」
「な、何とか。大丈夫、です」
荒い呼吸を押さえつけるように返事をする姫神。
そのまま、彰人の腕から起き上がる。
心配そうに見つめる彰人に、少女は柔らかく微笑みかける。
「私は大丈夫です。心配、しないでください」
「そう・・・・・・・・・・・・」
尚も不安そうな顔を見せる彰人。
しかし、艦隊司令官がいつまでも呆けている訳にはいかなかった。
「いったい、何だったのでしょう、今のは?」
「ロケット弾です」
訝る幕僚に、彰人はそう返す。
「恐らく敵はB17の爆弾倉を改装し、多連装のロケット弾を発射できるようにしたんです」
「噴進砲と同じですか?」
尋ねる姫神に、彰人は頷きを返す。
多数のロケット弾を下向きに発射し、海面を薙ぎ払うように攻撃したのだ。
対空と対艦の違いこそあれ、帝国海軍が使用している噴進砲と原理は同じである。
これまでも単発機がロケット弾を搭載して対艦攻撃を行った例はあったが、大型機で、それも一度に大量のロケット弾を発射するやり方は、今回が初めてだった。
合衆国軍もバカではない。これまで幾度も対艦攻撃を行い、新たな攻撃方法を開発してきたのだ。
その間にもB17の攻撃は続き、ロケット弾の猛威が第7艦隊を襲い続ける。
「『黒姫』被弾ッ 火災が発生した模様!!」
「『響』、敵の攻撃を回避!!」
「『矢矧』、B17を1機撃墜!!」
見張り員の報告が相次ぐ。
やはり、大型艦に攻撃は集中しているようだ。
対艦攻撃用のロケット弾と言う、これまでに無かった攻撃を前に、第7艦隊の各艦も苦戦を免れないでいる。
そして、
「『摩耶』被弾ッ 行き足止まりました!!」
凶報が鳴り響いた。
ロケット攻撃を受けた「摩耶」は、艦首から艦尾まで炎に包まれ、徐々に速度を落とし始めていた。
マーシャル諸島を巡る戦いで損傷し、改装の際に第3砲塔を撤去する代わりに対空砲火を大幅に増強した「摩耶」。
その対空火力を存分に活かし、レイテでもよく艦隊を守護して奮戦した。
その「摩耶」の命運が今、炎に包まれていた。
巡洋艦の薄い装甲は貫通され、主砲塔は叩き潰されている。
魚雷発射管の魚雷は既に投棄された為、誘爆の危険性は薄いが、そうした応急処置も、焼け石に水である事は一目瞭然だった。
炎は既に「摩耶」全体を覆い、艦体は傾斜を始めていた。
「クッ あたしの運命も、ここまでかよ・・・・・・・・・・・・」
炎に巻かれながら、摩耶は自嘲気味に笑う。
悔いは無い。
栄光ある高雄型重巡洋艦の三女として生を受け、姉2人や鳥海と共に数々の戦場に馳せ参じた。
最後には、新世代の兵器である航空機に対抗すべく、防空巡洋艦に改装され、その力を如何無く発揮できた。
最後の任務を全うできず沈む事だけは心残りだが。
しかし戦いの中で存分に己の本領を発揮して死んでいけるのだ。艦娘として、帝国海軍の巡洋艦として、これほどの名誉は無かった。
やがて、更なる衝撃が「摩耶」を襲う。
「がはッ!?」
衝撃と激痛が摩耶を襲い、口から鮮血がほとばしる。
B17が、まだ浮いている「摩耶」にトドメを刺すべく、更なるロケット弾攻撃に踏み切ったのだ。
それに対し、摩耶は口元の血を拭い、不敵に笑って見せる。
「良いぜッ もっと撃って来い!! あたしはここだッ!!」
自分が撃たれれば、それだけ味方の損害は減らせる。
被害担当艦。
瀕死の摩耶が果たせる、それが最後の任務だった。
やがて、
炎に包まれた「摩耶」が艦上構造物を完全に薙ぎ払われ、海上に横倒しになる頃、
合衆国軍は完全に攻撃兵装を使い果たし、帰投していくのだった。
4
沈みゆく夕日が、黄昏の悲哀を演出する。
今日1日の戦いで傷ついた艦隊は、足を引きずるようにしてよろけながら、進路を北に向けて航行していた。
どの艦も、激しい空襲を潜り抜けた後を物語るように、大小の傷を隠しきれなかった。
重巡洋艦「摩耶」沈没、巡洋戦艦「姫神」「黒姫」中破、軽巡洋艦「矢矧」、駆逐艦「響」「島風」小破。
それが、この礼号作戦。後の世に「第2次マリアナ沖海戦」において、第7艦隊が被った損害だった。
翻って戦果は、護衛空母4隻、護衛駆逐艦14隻、輸送船25隻撃沈確実。航空機20機以上撃墜。
数字の上では、間違いなく帝国海軍の大勝利である。
しかも航空機の援護なしに敵の制空権に飛び込み、敵艦多数を撃沈しての帰還。
喜ばしい筈である。本来なら。
しかし、
艦隊内部には、重苦しい雰囲気が蔓延していた。
またも、犠牲が出る事を防げなかった。
摩耶とは第2艦隊時代から何度も共闘してきた間柄である。
言動に粗野な印象がある反面、面倒見がよく、常に艦隊の先頭に立ってみんなを引っ張ってくれた摩耶。
そんな彼女が、もういないと言う事実を、艦隊の誰もが噛みしめていた。
彰人もまた、その1人である。
姫神には「制空権を抜けたら休む」と言っていたにもかかわらず、戦闘後も「姫神」の艦橋に立ち続けていた。
自らの指揮の拙さで「摩耶」を沈めてしまった事について、悔いているのかもしれなかった。
姫神はと言えば、そんな彰人を気遣ってか、傍らに控えたまま何も言おうとはしなかった。
その時だった。
「対空電探に感有りッ 方位070。 速度、約200。高度・・・・・・・・・・・・」
電探要員が、一瞬言い淀む。
どこか、信じられないと言った顔つきである。
「どうしました?」
「それが・・・・・・・・・・・・」
訝って尋ねる彰人に、電探要員は意を決したように言った。
「敵機、高度、少なくとも1万メートル以上です!!」
その言葉に、戦慄が走る。
高度1万メートル。
そんな高高度を問題無く飛行できる機体。
「そんな物、一つしかないッ」
歯を噛み慣らし、彰人は天を見上げた。
その頃、
第7艦隊のはるか上空では、巨大な翼が眼下を睥睨するように飛行していた。
ボーイングB29スーパーフォートレス
その巨大な威容が、帝国軍の前に初めて姿を現した瞬間だった。
数は10機ほど。本隊到着前に、マリアナに先行する形でやって来たのだ。
その1番機のコックピットでは、1人の男が腕組みをして座り込んでいた。
カースト・ルメイである。
彼は眼下を航行する艦隊など存在しないかのように、表情を変える事無く口を閉じていた。
そんなルメイに対し、機長が恐る恐る声を掛ける。
「あの、司令。攻撃しなくてもいいのですかね?」
「何故だね?」
対して、ルメイはまるで、見当違いの答案を聞いた教師のように尋ねた。
「爆弾の無駄だ。この高度で爆撃しても100パーセント当たらん。何よりB29は艦隊などと言う些末な物を攻撃する為に造られた機体ではない」
余計な事を言わず、黙って操縦してしろ。
言外にそう言い、ルメイは機長を黙らせる。
その時、B29編隊の遥か下方で、次々と黒煙の花が咲き乱れた。
「敵艦隊からの攻撃です!!」
砲弾炸裂の黒煙は、次々と沸き起こって行く。
だが、
「捨て置け」
ルメイは取るに足らないとばかりに、あっさりと言った。
「どうせ奴等の攻撃は、ここまで届かん」
ルメイの言う通り、帝国艦隊が放つ砲火は、殆どが彼等の足元で空しく炸裂するばかりであった。
当然、B29編隊にダメージは無い。
その様子を眺めながら、ルメイは口元に笑みを浮かべる。
「素晴らしい。素晴らしいではないか諸君。我々は今、神にも等しい力を手にしている。ジャップ共が決して手の出せない天空の高みから、神罰にも等しい炎を投げ落とす事ができるのだからな。それに比べたら連中の艦隊など、地を這う虫けらに等しい。虫けらがいかに吠えようが、神に逆らう事などできはしないと言う事を、彼等自身の手で証明している訳だ」
ルメイの笑い声に釣られるように、機内にいる者達も次々と笑い声をあげる。
その声はやがて、電波に乗って全ての機体に伝染していくのだった。
対して、海上の彰人は暫く砲撃を続けた後、顔を上げて命じた。
「撃ち方やめ」
その声を最後に、第7艦隊の各艦は砲撃を停止。上空を去って行くB29の編隊を眺めるに任せる。
「良いのですか彰人?」
「こっちの砲撃は届かない。これ以上は砲弾の無駄だよ」
実際のところ、全く砲弾が届かない訳じゃない。事実、高角砲の砲弾は、B29のかなりの至近距離で炸裂していた。もう少し射撃制度を上げる事ができれば、命中させる事も不可能ではないだろう。
しかし高度1万メートルでは有効な弾幕は形成できないし、何より、殆ど照準が合わせられないのも難点だった。
彰人は悠然と去って行くB29を見送る。
ついに、
ついに、来るべき物が来てしまった。
合衆国軍は、帝国本土を攻撃するに足る、拠点と機体とを手に入れたのだ。
だが、
「そんな事は、許さない・・・・・・・・・・・・絶対だ」
彰人は傍らの姫神の手をぎゅっと握り、決意を込めて呟く。
そんな彰人の手を握り返す姫神。
最後の戦いの幕が切って落とされたのは、正にこの瞬間だった。
第87話「超空からの使者」 終わり