蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第89話「ただ共にあるだけで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが、燃えていく。

 

 視界全てを紅く染め上げて。

 

 肌を焼き尽くす熱風。

 

 燃え盛る炎は、魔物の如く全てを飲み込み、焼き尽くしていく。

 

 家を、

 

 町を、

 

 そして、

 

 人を、

 

 全てを飲み込んで膨張を続ける炎。

 

 鼻を突く異臭。

 

 人の肉が焦げる不快な匂いが、周囲一帯に立ち込める。

 

 地獄

 

 そこは正に、地獄だった。

 

 誰もが地獄の釜の底でもがき苦しみ、そして息絶えていく。

 

 そして、

 

 そんな人々を前にして、何もできずに立ち尽くす事しかできない、自分。

 

 やめて!!

 

 もう、やめて!!

 

 叫ぶ声も空しく、全てが炎に飲み込まれる。

 

 自分は、

 

 あまりにも無力だった。

 

 

 

 

 

「ハッ!?」

 

 そこで、姫神は目を覚ました。

 

 荒い息が、口元から漏れる。

 

 寝間着代わりのYシャツが、寝汗のせいでじっとりと濡れて、肌に張り付いている。

 

 怖い夢だった。

 

 炎上する街。

 

 全てを焼き尽くす炎。

 

 その炎に焼かれ、死んでいく人々。

 

 そして、

 

 その光景に対し、何もできずに立ち尽くす事しかできないでいる、自分。

 

 己の無力故に、多くの人を死なせてしまったと言う後悔が、姫神を強く苦しめていた。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・彰人?」

 

 隣で寝ていた筈の青年提督の姿が無い事に、首をかしげる姫神。

 

 布団を抜け出すと、その温もりを求めるように、部屋を出て廊下へと向かう。

 

 ふすまを開けて、外を見る姫神。

 

 そこで、

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 降り注ぐ月光の下、

 

 窓に腰掛けるようにして、青年はそこに座っていた。

 

 青白い月の光に照らし出されたその姿は、どこかこの世の物とは思えない光景だった。

 

「姫神?」

 

 不意に名前を呼ばれ、少女は我に返る。

 

 見れば、彰人は不思議そうな顔で、こちらに視線を向けて来ていた。

 

「どうしたの、こんな時間に?」

「それはこっちのセリフです」

 

 言いながら、トコトコと彰人に歩み寄る。

 

 手を広げ、姫神を受け入れる彰人。

 

 姫神は彰人の膝に座り、彼に抱きかかえられるような格好になった。

 

「眠れないんだね」

「・・・・・・はい」

 

 彰人の言葉に、姫神は俯くようにして頷く。

 

 先の第2次マリアナ沖海戦。

 

 自分達は少数の戦力で危険な海域に乗り込み、敵の大規模輸送船団を壊滅させた。

 

 その際に払った犠牲も、決して少なくは無かった。

 

 それだけに、これで帝国を救えると思ったのは確かである。

 

 少なくとも、時間は稼げた、と。

 

 そして時間さえ稼げば、連合艦隊主力の出撃準備が整う。その上でマリアナ奪回に動けば、敵の脅威から帝都を守る事も不可能ではない。

 

 はずだった。

 

 しかし、その一縷の望みを託した糸は、あっさりと断ち切られてしまった。

 

 敵は彰人の予想をはるかに上回る物資を用意し、それをマリアナに送る手段も持っていたのだ。

 

「私達が、もっとしっかりしていたら・・・・・・」

「そうだね」

 

 姫神の言葉に頷きを返す彰人。

 

 しかし、実際のところ、あの状況ではあれ以上の事はできなかったのも事実である。

 

 彰人に与えられた戦力は、僅か1個艦隊。否、戦力的に見れば半個艦隊に過ぎなかった。船団1つを潰し、僅かな損害だけで帰還できただけでも神業に近い。

 

 足りない。

 

 何もかもが足りない。

 

 戦力も、時間も。

 

 もはや帝国には、まともに戦うだけの力は残されていないのだ。

 

「ねえ、姫神」

「はい?」

 

 抱かれながら、上目づかいで彰人を見上げてくる姫神。

 

 そんな少女を見つめ返しながら、彰人は口を開く。

 

「もうすぐ、最後の戦いが始まる。そして・・・・・・・・・・・・」

 

 彰人は少し躊躇ってから続けた。

 

「また、多くの犠牲が出る」

「はい」

 

 姫神にも判っている。

 

 もう、自分達には後が無いと言う事が。

 

 必然、まともな戦い方で勝利を得る事は不可能だった。

 

 全ての犠牲の上に道を築き、流れ出た血で舗装し、振り返らずに走りきるしかない。

 

 それがいかに辛く、そしておぞましい道であるかは、想像に難くなかった。

 

「けど」

 

 彰人は姫神の髪を優しく撫でながら続ける。

 

「君の事は、僕が守る。必ず」

 

 語りかける彰人。

 

 だが、

 

「いいえ」

 

 姫神は長い髪を振りながら、静かに否定の言葉を告げる。

 

 驚く彰人に、姫神は続ける。

 

「彰人の事は、私が守ります」

 

 はっきりした口調で告げる少女。

 

「その代り、彰人はその他の全てを、守ってください。帝国を、そこに住む人たちを」

「姫神・・・・・・・・・・・・」

 

 彰人と姫神は、長く共に戦ってきたが故に、互い以上に互いの事を知り尽くしていると言って良かった。

 

 見つめ合う、彰人と姫神。

 

 お互いの顔がゆっくりと近づき、

 

 そして唇を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凱歌は、連日、鳴り止まずに全ての島を埋め尽くしていた。

 

 マリアナを拠点とする合衆国陸軍、戦略爆撃機部隊は、自分達が成した「偉業」を称え、誇らしく謳い上げていた。

 

 3月2日に行われた東京大空襲は、その首都機能を大きく破壊し、恨み連なる日本人を地獄の業火に叩き込む事に成功したのだ。

 

 これで士気が上がらない筈がない。

 

 真珠湾攻撃から3年。

 

 卑怯な奇襲攻撃によって合衆国の未来ある有為な青年を多数殺害し、その後もアジアに侵略的な戦争を仕替えた帝国。

 

 その帝国を打倒するのにふさわしい力を、自分達はついに得る事が出来たのだ。

 

 遥かな高みから打ち下ろす神の雷は、薄汚いジャップ共を浄化し、清浄な大地を取り戻そうとしているのだ。

 

 正義は我にある。

 

 悪辣なる帝国を打倒する我々こそが、真に正義を謳うに相応しい。

 

 マリアナにいる合衆国将兵は、誰もが自分達の行いに誇りを抱き、やがて来る絶対的な勝利に胸を膨らませていた。

 

 そんな中1人、

 

 戦略爆撃機部隊を率いるカースト・ルメイ少将は、周囲の喧騒にも表情を変える事無く、攻撃の結果を聞いていた。

 

 彼はマリアナに着任すると同時に、第2次マリアナ沖海戦で、敵艦隊を取り逃がすと言う失態を演じた前任者を更迭し、自らがマリアナ基地司令を兼任する形で収まった。

 

 司令部をサイパン島に置いたルメイは、東京大空襲以後も帝国本土に対する爆撃を続行。

 

 特に大阪、名古屋、兵庫、博多と言った大都市に爆撃を集中させ、都市機能の低下や工業力の破壊を狙っている。

 

 流石に東京の時ほどの大規模作戦は、そうそうできる物ではない。

 

 しかし、連日のように行われる爆撃作戦は、確実に帝国にダメージを与えている事は間違いなかった。

 

「当然の結果だ」

 

 淡々とした調子でルメイは告げる。

 

「ジャップ共の航空技術は、ドイツに比べても数年は遅れている。遥か高高度を飛ぶB29を迎撃する手段が、彼等には無いのだ」

 

 これがドイツ空軍だったら、性能のいい迎撃戦闘機多数を擁し、戦略爆撃部隊にも無視できない損害を与えて来ただろう。

 

 特に、ドイツ空軍の主力機として長く戦い続けてきたメッサーシュミットBf109の最終バージョンであるK型や「最強のレシプロ戦闘機」と言う異名で呼ばれるフォッケウルフTa152。更には、世界初となるジェット戦闘機、メッサーシュミットMe262など、驚異的な性能を誇る戦闘機が多数存在している。

 

 翻って帝国軍はと言えば、ろくな高高度迎撃機を持たない為、ルメイ達からすれば、ボーナスゲームと言って良いくらいに与しやすい相手だった。

 

 実際のところ、現在に至るまでB29部隊の損害が皆無だったわけではない。これまでの爆撃作戦において、既に30機近いB29が撃墜の憂き目を見ていた。

 

 しかし、それを考慮しても、損害は部隊全体の1割程度。

 

 撃墜された状況にしても、辛うじて高高度まで上がって来た戦闘機に捕捉されたか、高射砲の流れ弾に当たったか、あるいはたまたま高度を下げていた時に狙い撃ちされたと言った、いわば「偶然」の要素が強い。

 

 受けた損害も、既に本国からの補充で穴埋めされている。

 

 マリアナ航空隊は、作戦行動に一切の支障が無いばかりか、日々増強されつつあった。

 

「それもこれも、海軍が無事に物資を届けてくれたおかげですな」

「確かにな。こればかりは海軍に礼を言っても良いだろう」

 

 いつも通り淡々とした調子で、ルメイは答える。

 

 あの第2次マリアナ沖海戦の時、彰人率いる第7艦隊は確かに、輸送船団の撃滅に成功し、多くの物資を海の藻屑とした。

 

 それだけを見れば、確かに彰人達の作戦は成功だったかもしれない。

 

 しかし、戦局全体で見れば第7艦隊の作戦は失敗だった。

 

 彰人達が輸送船団を撃破した僅か3日後。更に大規模な輸送船団がマリアナに到着した。しかも、その規模は前回の倍以上だったのだ。

 

 結局、第7艦隊が少なくない犠牲を払って撃破したのは、敵輸送船団全体から見れば、僅か3分の1弱に過ぎなかったのだ。

 

 まったく。

 

 ルメイは心の中で苦笑する。

 

 太平洋艦隊司令官のレスター・ニミッツは、ある意味自分よりも恐ろしい思考の持ち主である。

 

 あの男はマッカーサー軍その物を囮にしてマリアナを奪取したばかりか、敵が通商破壊戦でマリアナの基地化を妨害してくるところまで見越し、予め輸送船団を二手に分けてマリアナに向かわせたのだから。

 

 おかげで帝国海軍はレイテで消耗した挙句、最重要拠点であるマリアナを失い、それを奪還する事すらできないでいる。

 

 この戦争、未だに予断が許される状況ではないが、既に合衆国軍が圧倒的な有利を確立した事は間違いなかった。

 

 更に、

 

 ルメイの脳裏には、現在、本国にて開発が進められている最終兵器の事が思い浮かべられていた。

 

 原子爆弾。

 

 原子分裂によって得られる強大なエネルギーを爆弾に変え、常識をはるかに上回る威力を実現した最終兵器。

 

 正直、科学的な事に興味は無いルメイだが、問題なのは、その爆弾が1発で都市をも破壊し得る代物だと言う事である。

 

 それがあれば、この戦争にけりをつける日もそう遠い事ではなくなるだろう。

 

「間も無くだ、諸君」

 

 ルメイは、この男にしては珍しく、僅かに高揚したような声音で告げる。

 

「我々は間も無く、全てを終わらせるに足る究極の武器が手に入る。愚かなジャップ共を地獄の業火に叩き込み、我が合衆国に偉大なる勝利をもたらす兵器がな。そうなれば、この戦争は、我々の勝利に決する事は疑いない。諸君、あと少しの辛抱だ。この苦難を勝ち抜き、戦争を終わらせたとき、我々は世界に平和を取り戻した平和の使者(ピース・メーカー)として、最高の栄誉を称えられる事だろう」

 

 ルメイのその言葉に、居並ぶ幕僚達は盛大な拍手を送る。

 

 憎むべき敵の反撃を跳ね除け、味方に、祖国に、仲間に偉大なる勝利をもたらす。

 

 世界から戦争の炎を消し去り、平和を作り上げる。

 

 自分達が英雄と称えられ、祖国に胸を張って凱旋できる日を夢に見て、誰もが誇らしげに喝采を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリアナから飛来するB29の圧倒的攻撃力が、帝国全土で猛威を振るい始めている頃、

 

 帝国各地の港では、連合艦隊主力の出撃準備は、着々と進められていた。

 

 先のレイテ沖海戦から、既に5か月。第2次マリアナ沖海戦から3か月が経過しており、損傷を負った艦艇も、あらかた修理が完了している。

 

 その戦力は合衆国軍に比べて、決して多いとは言えない。

 

 彰人も言っていた事だが、まともに激突すれば全くと言っていいほどに勝ち目はないだろう。

 

 だが、

 

 艦隊に所属する将兵・艦娘の誰もが、怯む様子を見せない。

 

 連日のように飛来し、帝国の街や人々の上に爆弾の雨を降らせるB29。

 

 その存在に、誰もが怒りを募らせ、激発の瞬間を待ちわびているのだ。

 

 民間人を殺戮する敵を許せない。

 

 奴等の手から、祖国の人々を守りたい。

 

 その為ならこの命、投げ出しても構わない。

 

 誰もが、そう考え、出撃の時を今や遅しと待ちわびているのだった。

 

 そんな中、

 

 1人の少女だけが、消沈したように、ただ無為な日々を送っていた。

 

 

 

 

 

 武蔵と信濃の姉妹は、困ったように顔を見合わせ、次いで視線を向けてくる。

 

 その先には、椅子に座ったまま俯いている長姉の姿があった。

 

 大和の消沈ぶりは、正直、武蔵達から見ても目を覆いたくなるくらいだった。

 

 訓練の時は良い。

 

 元々が生真面目な性格だけあって、大和は積極的に訓練に参加し、他の艦娘達の規範となるよう、立派に務めている。

 

 だが、

 

 訓練を終え、1人になると誰とも口を聞かず、1人で部屋に閉じこもる事が多くなったのだ。

 

「お姉ちゃん、元気出してよ」

 

 信濃が恐る恐る声を掛けるが、

 

 それに対して、大和は僅かに微笑むのみである。

 

 その様子を、武蔵は嘆息しながら見つめる。

 

 大和がこうなった理由。それは武蔵には判っている。それだけに、掛ける言葉がどうしても出てこないのだ。

 

「お姉ちゃん」

「信濃」

 

 更に言い募ろうとする末妹を、武蔵は手を上げて制した。

 

「行こう」

「でも・・・・・・」

大和()には、少し考える時間が必要なんだ。今は、そっとしておいてやろう」

 

 そう言うと武蔵は、信濃の手を優しく握り、部屋を後にする。

 

 その後ろを、信濃は納得いかない顔をしながらも付いて来ていた。

 

 大和の落胆の理由。

 

 それは疑う余地も無い。前司令官である宇垣護の転任にあった。

 

 宇垣が九州航空部隊司令官に転任し、新たな第2艦隊司令官には伊藤誠一郎中将が就任している。

 

 伊藤は駐米大使館付きの武官経験があり、更には長く軍令部や海軍省に勤めた経験から、軍令や軍政関係の経験は豊富に持っている。

 

 反面、今次大戦では一度も実戦部隊の指揮を執った事が無い。

 

 後方で戦略を練る分には信頼のおける将だが、帝国海軍最強の水上砲戦部隊を率いるには、聊か以上に不安の残る人事だった。

 

 否、

 

 そんな上辺の話ではない。

 

 宇垣と大和。

 

 互いの持つ絆の深さは、他の人間が推し量れるものではなかった。

 

 2人は、提督と艦娘と言う立場を越えた、もっと深い部分で繋がり合っているのだ。

 

 そのつながりを断ち切る事は、たとえ誰であってもできないだろう。

 

 だからこそ離れ離れになった今、大和は宇垣の事を想い、悲嘆に暮れているのだった。

 

「時を掛けるしかあるまい」

 

 武蔵は信濃の頭を優しく撫でてやりながら、硬い表情でそう呟く。

 

「大和も、宇垣提督も死んだわけではない。今は離れ離れになっているが、いずれ戦いが終われば、また会う事もあるだろう。それまでは・・・・・・・・・・・・」

「そうだね。それまで、あたし達でお姉ちゃんを守ってあげないとね」

 

 健気な妹に笑い掛ける武蔵。

 

 そして、顔を上げた。

 

 

 

 

 

 これで、良かったんだ。

 

 大和は、その言葉を心の中で何度も繰り返していた。

 

 脳裏に浮かぶのは、どうしても宇垣の事ばかりになってしまう。

 

 おかしな事に、「黄金仮面」などと大層な渾名で呼ばれていた割に、大和の脳裏に浮かぶ宇垣は、いつも笑い顔を浮かべていた。

 

 きっと、滅多に笑わない人だったから、却って印象が強く残っているのかもしれない。

 

 だが、

 

 その宇垣は、もういない。

 

 大和を置いて、遠くへ行ってしまった。

 

 だが、

 

 これで、良かったんだ。

 

 また、心の中で言葉を繰り返し、膝の上の手をギュッと握り締める。

 

 宇垣が転任した九州地区は今後、最前線になる事が予想される。反面、陸上基地勤務となる為、少なくとも艦隊勤務でいるよりは、安全であり、生き残る可能性は飛躍的に高い。

 

 だから、これで良い。

 

 たとえ離れ離れになろうと、

 

 宇垣が生きてくれさえいれば、他には何も望まない。

 

 何も、望まない。

 

「・・・・・・宇垣・・・・・・さん」

 

 溢れ出る思いが言葉となって伝い落ちる。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう。我が帝国海軍の戦艦はいつから、決戦を前に消沈していられるほど暇になったのだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 驚いて顔を上げる大和。

 

 果たしてそこには、

 

 つい今しがたまで、彼女が思い描いていた通りの人物が立っていた。

 

「宇垣・・・・・・さん?」

 

 自分で言ってから、否定する。

 

 そんな筈は無い。

 

 宇垣は九州に行ったんだ。こんな所にいる筈がない。

 

 夢だろうか?

 

 あるいは幻?

 

 だが、いくら否定しても、目の前の宇垣が消えてなくなることは無い。

 

 つまり、

 

 目の前の宇垣は、正真正銘、紛れも無く本物の宇垣護であると言う事だ。

 

「どうして・・・・・・・・・・・・」

 

 宇垣は九州に行った。

 

 その宇垣が、どうしてここにいるのか?

 

 そんな大和の疑問に答えるように、宇垣は踵を揃えて敬礼する。

 

 この姿を大和が見るのは、これで3度目だ。

 

 1度は宇垣が連合艦隊参謀長として「大和」に乗艦した時。

 

 2度目は、第2艦隊司令官に着任した挨拶をした時。

 

 その時と全く変わらない光景が、そこにあった。

 

「本日付で、第2艦隊司令官に再任した、海軍中将 宇垣護だ。よろしく頼む」

 

 そう告げる宇垣に、大和は信じられない物を見るような目で見詰めてくる。

 

 再任。

 

 つまり、九州航空隊に転任した宇垣が、再び第2艦隊の、大和達の指揮を執ると言う事だ。

 

「どうして・・・・・・・・・・・・」

「上層部に上申した。この難局に当たり、水上砲戦部隊の指揮を執れるのは、自分しかいないとな。それが通ったんだ」

 

 宇垣にしては、少々強引な手段を使った形である。

 

 だが、事は帝国の命運にも関わる大事である。ならば、全てにおいて最善を尽くす必要があった。

 

 それが、宇垣の決断だった。

 

「何でですか・・・・・・・・・・・・」

 

 対して、

 

 大和は絞り出すような声で、宇垣に問いかける。

 

「折角・・・・・・・・・・・・折角、安全な陸上勤務になったのに」

「そうだな」

「こっちにいるよりは、命の危険は少ないのに」

「判ってる」

「次は決戦なんですよ・・・・・・死ぬかも、知れないんですよ」

「百も承知だ」

 

 感情を押し殺したような大和の問いかけに、淡々と答える宇垣。

 

 次の瞬間、

 

「なら、どうして!?」

 

 ついに、大和は感情を爆発させる。

 

「どうして戻って来たんですか!?」

 

 「清楚可憐」「大和撫子」と言う言葉がそのまま具現化したような大和が、宇垣相手にこうまで感情を解き放ったのは、間違いなく初めての事だった。

 

 対して、

 

 宇垣はそっと大和に近付き、少女の頬を優しく撫でた。

 

「これが最後の決戦だと言うのなら、お前と共に戦う権利は俺にある」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 零れ落ちる涙をそのままに、呆然と宇垣を見る大和。

 

 そんな大和に、宇垣は笑い掛ける。

 

「これまでずっと、一緒に戦って来たんだ。最後まで一緒に行こう。大和」

「宇垣さんッ」

 

 次の瞬間、

 

 感極まった大和が、宇垣の胸に飛び込む。

 

 少女を、宇垣は優しく抱き留める。

 

 そんな2人の様子を、物陰から武蔵と信濃が、笑顔で見守っているのだった。

 

 

 

 

 

第89話「ただ共にあるだけで」

 

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