1
鳴り渡る警報は、死神の笛の音。
既に飽きる程に何度も聞いた音は、しかし何度聞いても慣れると言う事を知らない。
耳障りな警報音は聞くだけで、喉元に刃を突きつけられたかのような不快感すらあった。
そんな不安を吹き払うべく、
翼に日の丸を輝かせた一群の航空隊が、南に進路を取って飛び立っていく。
帝国海軍が誇る、戦闘機部隊だ。
数にしても100機は下らないだろう。
勇壮と言っても良い戦姿である。
それらの機体が、翼を連ねて高度を上げていく。
既に小笠原諸島父島の電探基地は、接近する大規模編隊を捉えている。
相手はB29。
帝国軍の戦闘機が、容易には到達できない高高度から接近し、死の雨を降らせる悪魔の如き機体。
だが、
何としても、奴等を帝都に行かせるわけにはいかない。
どんな事をしてでも、ここで食い止めて見せる。
そんな熱い想いを、パイロットの1人1人が抱いていた。
そして、
B29を迎え撃つべく、上空へ駆け上がろうとしている帝国軍部隊の中に、相沢直哉率いる小隊の姿もあった。
烈風改で上昇しながら、直哉は首を僅かに捻って振り返る。
しかし、そこに愛しい少女の姿は無い。
先程、飛行甲板を飛び立った「蒼龍」の姿は、既に雲間に隠れてみる事ができなかった。
恋人の姿を見れなかった事を残念に思いながらも、直哉はすぐさま、意識を目の前の戦闘へと向ける。
電探基地からの通報によれば、敵は今回、高度6000メートル付近を北上してきていると言う。
それでもかなりの高度ではあるが、その程度なら高高度仕様になっていない単発の戦闘機でも、上がれないことは無い。
敵の意図は不明だが、絶好のチャンスである事に変わりは無かった。
「小野、野村、僕に続いて!!」
《了解ッ》
《了解であります隊長!!》
僚機2人に声を掛け、速度を上げる2人。高度を上げる直哉に、遅れずについて来る。
ここ何度かの実戦を経て、2人の技量はどんどん上がっている。
歴戦の撃墜王である直哉からあらゆる技術を吸収し、急速にパイロットとして成長しつつあるのだ。
その事について、純粋に嬉しいと思っている自分がいる事に気付き、直哉は自嘲的に笑った。
かつて「空の一匹狼」を貫き、誰かと組む事を厭って常に1人で戦い続けた自分。
その自分が誰かとチームを組み、その事について少なくとも「悪くない」程度には好意的に考えるなどと。
これも、蒼龍を始め、多くの人たちのおかげだと思っていた。
飛龍を失い、絶望の淵で1人さまよっていた自分を、蒼龍たちが救ってくれた。
だからこそ、今、自分はまだこうして空を飛んでいられるのだ。
「・・・・・・・・・・・・」
感傷に浸るのもそこまでだった。
視界の先で、悠然と飛行する巨大な機影が姿を現した。
間違いない。B29だ。普段よりも低い高度を、見せ付けるように飛行している。
王者の風格、とでも言うべきか、
まるで、こちらの迎撃など意に介さないかのような姿だ。
「舐めやがって」
吐き捨てる直哉。
確かにB29は、現用航空機の中では「王者」と言っても良いかもしれない。
だが、「王者」が絶対無敵とは限らない。それを今から証明してやる。
直哉たちは高度を上げて、B29に追いすがる。
高度が低い為、今日は追いつく事ができる筈。
帝国軍のパイロット達は、速度を上げてB29に襲い掛かろうとした。
その時、
《敵の護衛機です!!》
野村少尉の警告。
弾かれたように視線を向ける直哉。
見れば確かに、単発の機影が烈風や零戦の攻撃を阻止すべく、星のマークを描いた機体が姿を見せている。
その姿を見て、直哉は舌打ちする。
「単発機・・・・・・艦載機かッ!!」
敵はB29の進出に合わせて、またも空母を本土近海に展開し、護衛機の航続力不足を補う作戦に出たのだ。
だが、相手がヘルキャットやコルセアなら、性能的には烈風に敵わない事は既に幾度かの航戦で証明されている。加えて、帝都防空の為に出撃した部隊は皆、ベテランぞろいである。帝都を守ると言う意思の下、士気も高い。
負ける要素は無い。
敵の戦闘機を手早く片付けて、本命であるB29迎撃に向かう。
はずだった。
しかし、
「馬鹿なッ!?」
直哉の見ている前で、次々と撃墜されていったのは、全て日の丸を描いた機体だった。
敵機は高速で突っ込んで来たかと思うと、驚くほどの高い機動性を示して帝国軍機の背後へと回る。
そして、両翼に4丁装備した12・7ミリと思しき機銃を連射し撃墜する。
速いッ
しかも、驚くほどに機動性も高い。
シルエットはヘルキャットに近い物があるが、機体の大きさは一回り小さいように見える。
その小柄な機体に、帝国軍機は次々と撃墜されていった。
特にひどいのは零戦だった。
かつては名機として帝国海軍の戦線を支えた戦闘機も、今や完全に旧式化し、新たに現れた敵の新型機には全く歯が立たない。
零戦は次々と火を噴き、海面へと落下していく。
烈風の方はまだ奮戦し、中には敵機を返り討ちにする機体もある。
だが、それでも数の差も有り、敵機に圧倒される光景がそこかしこで見られた。
「違うッ」
味方が次々と撃ち落とされていく光景を目の当たりにして、直哉は叫んだ。
現在、直哉たちが相手にしている機体は、グラマンF6Fヘルキャットでも、チャンスヴォードF4Uコルセアでもない。
敵はこれまでとは根本から異なる、未知の新鋭機を実戦に投入して来たのだ。
操縦桿を握るギャレット・ハミル少佐は、己が操る機体について、満足感を覚えていた。
その速力は帝国軍は愚か、合衆国軍のどの機体よりも速く、そして機動性においては明らかに帝国軍の
「良い機体だッ 最高じゃないか!!」
言い放ちながら、両翼に装備した4丁の機銃を発射。目標にした烈風を血祭りに上げる。
グラマンF8Fベアキャット。
グラマン社がヘルキャットの後継機として開発した、最新鋭艦上戦闘機である。
最高時速は685キロにも達していながら、その軽快な機動性は零戦の旋回力をも上回っている。
事実、零戦と格闘戦に入った機体は、その殆どが勝利を得ている。
烈風が相手ではやや苦戦を強いられる傾向があるが、それでも悪くても互角、上手くすればベアキャットの方が優勢に戦っていた。
合衆国軍は、僅かな期間でこのベアキャットの量産に成功し実戦に投入してきたのだ。
その背景には、帝国海軍が戦線投入した新型機 烈風の存在がある。
零戦に対しては優位を保っていたヘルキャット、コルセアが、烈風相手には再び苦戦を強いられる状況に追い込まれた。
前線が苦戦を続ける中で、烈風をも圧倒し得る新型機の登場が待ち望まれた。
こうして開発されたのが、ベアキャットである。
合衆国軍は、今回の戦いに120機のベアキャットを投入している。
目的は、東京空爆を行うB29部隊の支援。
その為に、B29にわざと迎撃しやすい中高度を飛んでもらっているのだ。
中高度を飛べば、帝国軍は必ず大規模な迎撃部隊を差し向けてくるはず。そこを、待機していた戦闘機部隊が狩る、と言うのが作戦の概要である。
その作戦は成功しつつあった。
ベアキャットは零戦に対しては完全な有利を確保。烈風に対しても互角以上の性能を示している。
烈風改相手にはまだまだ苦戦を免れない様子だが、帝国軍には高性能機である烈風改を多数確保できるだけの力は無い。
事実上、ベアキャットの天下は確立されたも同然だった。
2機のベアキャットを撃墜したところで、直哉は自身の烈風改を離脱させ、安定飛行に移る。
恐ろしい敵だ。
速力では烈風に勝り、旋回力では零戦に勝る。
正に、最強の艦上戦闘機と言って良いだろう。
直哉自身、生き残って撃墜スコアを稼ぐ事が出来たのは烈風改の性能と、何より開戦から今日まで生き残ってきたエースとしての技術と経験があったればこそだった。
しかし、
「ダメだ・・・・・・・・・・・・」
直哉は舌打ちと共に、上空を振り仰ぐ。
そこには、戦闘を続ける帝国軍パイロット達を嘲笑うように、悠然と飛び去って行くB29編隊の姿がある。
もう、間に合わない。自分達は敵戦闘機相手に時間を掛け過ぎてしまった。今から高度を上げてB29を追う事は不可能だった。
「クソッ」
どうしようもない事態に、操縦桿をきつく握りしめる直哉。
彼等は、あまりにも無力だった。
一方、
東京湾の玄関口。
観音崎の南方海上において、展開する艦隊があった。
彰人率いる第7艦隊である。
マリアナから戦略爆撃機舞台が出撃したと言う情報を横須賀で受け取った彰人は急遽、艦隊を率いて出撃。この観音崎沖に展開して待ち受けていたのだ。
味方のパイロットに聞いた話なのだが、観音崎は東京湾上空に侵入する時に用いる目印の1つなのだと言う。
今日は晴れているから、上空からでも地上の様子がよく見れるはず。
ならば敵は、観音崎沖を通過する可能性が高い。
そこを迎え撃つのだ。
「ただで行かせる気は無いよ」
「はい」
彰人の言葉に、姫神も頷きを返す。
先の第2次マリアナ沖海戦において損傷を負った「姫神」は、修理と同時に改装を行い、電探連動射撃が可能な40ミリ3連装機銃を4基、追加装備している。元々装備していた分と合わせると、これで40ミリ3連装機銃は8基32門になる。
更に電探も、高高度探知が可能な新型に切り替えてある。
この40ミリ機銃と、長10センチ高角砲くらいだろう。B29に有効な武装は。
噴進砲や25ミリ機銃では、射程が短すぎて届かないはずだった。
そしてもう一つ。
彰人は切り札を解放すべく、前方に目を向ける。
「主砲、対空砲撃戦用意。弾種、三式改」
彰人の命令を受け、主砲を旋回させる「姫神」と「黒姫」。
主砲も勿論、高高度まで届かせる事ができる。もっとも、主砲の射角には限りがある為、発射のタイミングが難しいのだが。
既に電探は、接近を図るB29を捉えていた。
2隻の巡洋戦艦の他に、周囲には秋月型防空駆逐艦の「若月」「霜月」「春月」の3隻が展開、やはり長10センチ高角砲を振り上げて、B29を待ち構えている。
やがて、
「敵編隊接近ッ まもなく主砲の射程範囲内です!!」
電測員の報告が上げられる。
帽子を目深にかぶる彰人。
同時に上空を睨みつける。
その視界の中に、
巨大な翼を広げた巨人の如き機体が、ゆっくりと飛行してくる様子が映し出された。
間違いない。B29だ。
「主砲、撃ち方用意」
静かに命じる彰人。
その眼光が、はるか上空の巨人機を睨んだ。
次の瞬間、
「撃てェ!!」
彰人の号令一下、一斉に主砲を放つ「姫神」と「黒姫」。
合計12門の主砲が炎を吹き、砲弾は音速を超えて天空へと駆け上がる。
だが、彰人の動きはそこで止まらない。
「手を緩めるなッ 第2射準備急げ!!」
姫神型巡洋戦艦の速射能力を存分に発揮し、上空に弾幕を形成する作戦である。
既にこれまでの戦いから、B29の巡航速度へ計算済み。そこへ高度と砲弾の飛翔速度、その他もろもろの条件を加え、最適なタイミングを割り出す。
果たして、
放たれた三式弾改はB29編隊の鼻先で炸裂。内蔵した鉄球を、一斉に撒き散らした。
襲い掛かる砲弾を前にして、噛み裂かれるB29。
機体その物は強固な装甲に覆われていようとも、戦艦の砲弾に直撃されて耐えられるはずもない。
無数の鉄球を全身に浴びたB29が、バランスを崩して落下していくのが見える。
甲板上から歓声が上がる。
だが、
「喜ぶのはまだ早い!!」
彰人が叱咤するように叫ぶ。
まだ、ほんの数機を撃墜できたに過ぎないのだ。
更に主砲を放つ「姫神」と「黒姫」。
その砲弾が炸裂する度、数機単位でB29が撃墜していく。
このままならいける。
敵の東京侵攻をそしできる。
誰もが、そう思い始めていた。
だが、
まったくの唐突に、主砲は沈黙を余儀なくされた。
射角が追いつかなくなり、砲弾がB29編隊に届かなくなってしまったのだ。
だが、
「まだだ」
彰人は尚も諦めずに告げる。
こちらにはまだ、戦える武器が残っている。ならば、諦める道理は無かった。
上空に迫るB29編隊。
その姿を睨み据え、
「対空戦闘、撃ち方始め!!」
鋭い号令を下す。
次の瞬間、
B29に対いして有効な対空火器である、長10センチ高角砲と40ミリ機銃が火を噴いた。
電探連動によって照準を付けた砲撃が、上空に弾幕を張る。
上空に張り巡らされた砲弾の網が、B29編隊を絡め取るように投げ掛けられる。
その弾幕の中にまともに突っ込んだ数機のB29が、炎を上げて落下していくのが見えた。
艦載砲でB29を撃墜する。それだけでも快挙である事は間違いない。
後続するB29もまた、直撃を浴びて吹き飛ぶ機体が相次ぐ。
水上艦と言えども無力ではない。戦い方次第では、敵の重爆撃機を撃ち落とす事も不可能ではないのだ。
だが、彰人達にできたのはそこまでだった。
「・・・・・・・・・・・・ここまで、か」
彰人は飛び去って行くB29編隊を睨み、そう呟く。
巨人機は、眼下の艦隊に背を向け、東京の方角を目指して飛んでいく。
こうなると、もはやどうする事も出来ない。砲弾を撃っても、敵に届かないのだ。
「ある程度の敵は落とした・・・・・・けど、結局はそれだけの事だった」
「彰人・・・・・・・・・・・・」
悔しげにつぶやく彰人を慰めるように、姫神がそっと寄り添う。
そんな少女を抱き寄せながら、彰人はB29が飛び去った空を眺めつづけていた。
結局この日、帝国軍は陸海軍合わせて300機以上の航空機を繰り出し、実に30機以上のB29、及び、敵艦載機40機以上の撃墜が確認された。
これは、これまでB29相手に殆ど手出しできなかった状況を考えれば、誇るべき戦果であると言える。
海軍の烈風、烈風改に加え、陸軍は3式戦闘機「飛燕」を始め、決戦機と呼ばれる4式戦闘機「疾風」、更に最新鋭機である5式戦闘機まで投入して大規模な迎撃戦を展開した。
これらの戦闘機大量投入により、これまで無敵に近かったB29に手痛い逆撃を加える事に成功したのである。
だが結局、来襲した全てのB29を阻止するには至らず、生き残ったB29の投下する爆弾によって、東京の街は焼き払われる事になった。
帝国軍は、またも敗北を喫したのだった。
2
上げられてきた報告に目を通し、カースト・ルメイは目を細める。
その報告書は、先日行われた東京に対する大規模空襲作戦の最終報告書であった。
目標である東京攻撃には成功。その後行われた高高度からの偵察でも、東京の街の大部分を灰燼に帰する事に成功したのは明らかだった。
帝都・東京は帝国の中枢である。ここを破壊していけば、いずれは帝国軍も手を上げざるを得ない筈。
これはルメイにとっての信念と言って良く、それはまた事実として間違っていない。
だが、
「やはり、損害が大きすぎるな」
ルメイは嘆息するように呟いた。
今回の戦いで未帰還になったB29は、合計で52機に達する。
出撃した機数からすれば2割弱に過ぎない損害だが、しかしこれまで一度の出撃で、B29がここまでの損害を出したことは無かった。
因みに、未帰還になった機体の中には、帰還途中で力尽きた機体も含まれる。
「今回は作戦の都合上、仕方がない事かと思われますが・・・・・・」
「判っている」
幕僚の言葉に対し、ルメイは素っ気なく返す。
今回の作戦は、東京を攻撃する目的以外に、更にもう2つ、実験的な要素も加味されていたのだ。
つまり命中率の高まる昼間に中高度から爆撃を行えばどの程度、敵に損害を与えられるか、と言う物である。
合衆国軍の大型爆撃機は、ノルデン照準器と呼ばれる高性能照準装置を採用している。これは高高度爆撃用に開発された照準装置であり、かなり精度の高いデータを得る事ができる。
しかし、いかに精度の高い照準器を使ったとしても、水平爆撃と言うのは風の影響を受け、目標となった場所へ当たるとは限らない。夜間に高高度爆撃となれば尚更である。
そこで、昼間に中高度から爆撃すればどうなるか、と言うデータを取る為に作戦を立案したのだった。
更に、海軍に要請して空母機動部隊を帝国本土に近付けてもらい、迎撃に当たって来るであろう敵機の排除にも努めてもらった。これは敵の戦力を減らし、今後の爆撃をやりやすくするための措置だった。
作戦は成功し、東京を焼き払うと同時に、敵戦闘機多数を撃墜する事にも成功していた。
しかし、損害が大きすぎるのはやはり考え物だった。
ルメイは冷徹な性格だと周囲からは思われているし、事実、ルメイ自身も、その事を自覚している。
しかし、無駄に部下を死なせるような戦い方は好まない。そのような戦い方は効率が悪いだけでなく、部隊の士気にも関わり、ひいては作戦遂行の妨げにもなる。
ルメイは冷徹且つ非情ではあるが、決して愚劣な男ではなかった。
「やはり昼間に中高度で攻撃を行う事はリスクが高すぎます。今回の戦いでは、それがはっきりと証明されました」
幕僚の1人が、そう告げる。
「今後は夜間か、あるいは高高度からの爆撃に作戦を限定し、損害を減らしながら敵へ打撃を与えていくべきです」
「しかし、それでは効率が悪い。今回、昼間に行った爆撃に比べると、どうしても戦果が見劣りするのは事実です」
その後も、幕僚達は昼間爆撃か夜間爆撃かで議論を重ねていく。
そんな幕僚達の様子を横目で見ながら、ルメイは己の中で考えを纏めていく。
確かに、幕僚達の主張はどちらも正しい。
夜間爆撃は損害を減らせるが戦果は少ない。逆に昼間爆撃は戦果は期待できるが損害も大きい。
このジレンマとも言える状況を解消する手段。
「問題なのは、B29に護衛を付けることができない事だ」
発言したルメイに、一同の視線が集まる。
「今回の作戦では海軍の機動部隊に要請して戦闘機の護衛を出してもらったが、毎回、要請を出す訳にはいかない。この状況を解消するためには、より帝国本土に近い場所に戦闘機用の拠点を設けるしかない」
現在、陸軍では長距離飛行が可能な戦闘機の配備を急いでいる。それが完成すれば、B29に対して充分な護衛を付けてやることが可能なはずだった。
「となると、やはり場所は・・・・・・・・・・・・」
ルメイの言葉を受けて、一同の視線はマリアナ諸島の更に北にある群島へと向けられる。
小笠原諸島。
そこは、帝都を守る最終防衛ラインだった。
3
2度目の帝都空襲。更に、それに先立つ各都市への空襲は、帝国全土を震撼させてあまりある物があった。
東京以外の損害は、今のところ大した物ではない。軍需産業の工場がいくつか損害を受けただけであり、それらにしても復旧は充分可能なレベルだった。
しかし、今のところB29を迎撃するのに、有効な手段が無い事は問題だった。
これまで、高高度から接近してきたB29の攻撃を完全に防いだ例は無い。
先日の戦いでは、敵が中高度から侵攻してきたため、ある程度の損害を負わせる事には成功していた。
しかし、敵の護衛機の妨害に遭い、こちらも無視できない損害を被っている。
事実上、B29の完全阻止は不可能。
それが、帝国海軍上層部の出した結論だった。
「やはり、元を断つ。それしかないと思います」
発言したのは彰人である。
連合艦隊司令部における全体会議の場にあって、彰人はそのように主張した。
居並ぶ面々には、軍令部総長の豊田玄武や連合艦隊司令長官の小沢治俊、更に先日、第2艦隊司令官に復帰した宇垣護の姿もあった。
「元と言うと、やはりマリアナか?」
「はい」
尋ねる宇垣に、彰人は頷きを返した。
マリアナの敵を叩き、これを無力化しない事には帝国本土への爆撃を止める事はできない。
B29に対して有効な迎撃手段がない今、それが唯一、最良の手段だった。
「しかし、そう簡単な話ではないだろう。敵艦隊は既にレイテでの損害回復を終え、グァム沖に集結しつつあると言うじゃないか」
そう言って、豊田は険しい表情を作る。
それは、数日前に、マリアナ沖を偵察した潜水艦から齎された情報である。
それによると、グァム沖に合衆国海軍の主力艦隊が集結を始めていると言う。
彼等はいよいよ、次の作戦の為の準備を整えたのだ。
「もはや時間が無い。我々にとってこれが、先手の取れる最後のチャンスだろう」
小沢の言葉に、一同は考え込む。
敵の出撃準備が整っているように、帝国海軍の準備も辛うじて整ったのだ。
とは言え、レイテで被った損害を完全に穴埋めで来た訳ではない。
帝国海軍はこの艦艇を3つに分け、それぞれ第2、第3、第7艦隊に分けて再編成している。
これが事実上、帝国海軍最後の戦力と言って良かった。
「私は・・・・・・・・・・・・」
小沢は、一同を見回して言った。
「私は、この一戦で、連合艦隊その物をすり潰しても良いと考えている」
その言葉に、誰もが緊張の面持ちを見せる。
連合艦隊司令長官自ら、連合艦隊その物を潰しても良いとまで発言する程に、現状はひっ迫しているのだ。
だが、それでもやらなくてはならない。
それで帝国を救えると言うのであれば、たとえ連合艦隊が全滅したとしても、躊躇っている余裕は無かった。
「連合艦隊をすり潰しても、か。小沢さんも随分と大胆な事を言ったものだ」
会議が終わり、彰人の横を並んで歩きながら、宇垣がそう言って話しかけてきた。
確かに、かなり強引な発言であった事は間違いないだろう。
だが、
「大胆と言えば、宇垣さんだってそうじゃないですか。転任先の九州から、第2艦隊にとんぼ返りですからね」
その事を聞いた時は、流石の彰人も驚いたほどだった。
それと同時に、どこかホッとした気分でもあった。
正直、今の帝国海軍に、宇垣以上に水上砲戦部隊の指揮官として相応しい人間がいるとは思えなかった。
「あいつを、1人にしておくわけにはいかないからな」
ポツリとつぶやく宇垣。
その様子に、彰人はクスッと笑う。
宇垣の言う「あいつ」が、大和の事である事は疑いないだろう。
大和と言う存在が、宇垣を変えた事は間違いなかった。
「ともかくだ」
宇垣は彰人に向き直り、笑い掛けてくる。
「次こそが最後だ。よろしく頼むぞ」
「ええ、任せてください」
そう言うと、
彰人と宇垣は、互いに敬礼を交わし合った。
4
1945年4月7日、払暁。
ついに、運命の日はやってきた。
この日、帝国の港からは、連合艦隊に所属する各艦隊が一斉に抜錨しようとしていた。
目的地はマリアナ諸島。
かつては帝国の重要拠点としての役割を担い、今はその帝国を炎に鎮める忌まわし基地と化している。
既に、多くの民が犠牲になり、そして戦いが続く限り犠牲は更に増える事になる。
ならば自分達は行かなくてはならない。
連合艦隊はこの3年で消耗を重ね、既に昔日の力は無い。
翻って敵は、際限なく膨張を続け、その様はまるで海嘯の如くだ。
勝ち目は無い。
戦えば、間違いなく負けるだろう。
だが、それでも躊躇う事は許されない。
たとえその先に全滅の運命が待っていようとも。
作戦名「菊水作戦」
菊水とは、平安時代の名将、楠正成の旗印でもある。
南朝一の名将と称えられながら、最後は勝ち目のない戦いに出撃して散った楠正成。
今まさに、勝ち目の薄い戦いに赴こうとしている連合艦隊にとって、皮肉な符合とも言うべき作戦名称だった。
横須賀に停泊している第7艦隊も、全艦補給を終え出撃準備は整っていた。
旗艦「姫神」のマストには、既に彰人の少将旗が翻り、風を受けて雄々しく翻っている。
そんな中、
彰人と姫神は「姫神」の艦橋で、1人の女性と向き合っていた。
「今回は助かったよ」
そう言って、彰人は女性に右手を差し出す。
「明石」
「いえ、当然の事をしたまでですから」
そう言うと、明石は彰人が差し出した手を握り返す。
レイテ沖海戦まで、工作艦「明石」、給糧艦「間宮」以下の後方支援艦隊は南方に展開し、作戦行動中の第2艦隊や第7艦隊を支援していたのだが、レイテ以後、作戦海面が本土近海になると予想した海軍上層部の判断により、大陸沿岸航路を使って密かに本土へ帰還していたのだ。
そして、今回の出撃に間に合わせる為、明石達は不眠不休の修理工事を行い、連合艦隊の全艦艇を、新品同然に仕上げてくれたのだ。
明石達がいてくれたおかげで、損傷の大きかった艦も全て、滞りなく修理が完了し、今日の出撃に間に合っていた。
「私達は、本来なら、トラックやパラオで殆どが撃沈されていた可能性が高い。それを救ってくれたのが水上少将でした」
そう言って、明石は微笑む。
それは、今から2年前の話。
彰人は当時の連合艦隊司令長官だった故・古河峰一に、後方支援艦隊の後方移動を進言した事がある。
あの進言のおかげで、明石達はその後のトラック環礁海戦やパラオ空襲を回避して生き延びる事が出来たのだ。
あの、彰人の小さな決断が、今こうして大きな成果を生んでいた。
「だから、これはほんの恩返しです」
「・・・・・・ありがとう」
彰人はもう一度、明石に頭を下げる。
やがて、明石達が退艦していくのを見送ると、彰人は全艦隊を見据えてマイクを取った。
スピーカーを全艦につなげると、彰人はおもむろに口を開いた。
「皆さん。司令官の水上です。どうか、作業の手を止めず、そのままで聞いてください」
第7艦隊各艦の艦内に、彰人の声が強く響き渡る。
「我が第7艦隊はこれより、マリアナ諸島、およびその近海に展開している合衆国軍撃滅の為、出撃します。既に入ってきている情報では、グァムの沖に敵の大艦隊が集結しているとの事です。恐らく、僕達が接近していると言う事を知れば、敵は必ずや攻撃を仕掛けて来るでしょう」
彰人の言葉を、誰もが神妙に聞き入っている。
「しかしそれでも、行かない訳には行きません」
続ける彰人の声が、ただ静かに響いて行く。
「皆さんも知っていると思います。既に東京を始め、多くの街が敵の爆撃を受け、本来なら守られなくてはならない民間の人々にまで犠牲が出てしまっていると言う事を。これは、決して許せる事じゃありません」
皆、判っているのだ。自分達がいかに劣勢なのかと言う事を。
敵の圧倒的な戦力を前にしては、連合艦隊の戦力はあまりにも足りな過ぎた。
だが、
それでも、
敵は本来なら、決して攻撃してはいけない民間人に手を出した。
その怒りは、誰もが共通するところである。
「皆さんの中にも、この戦いで大切な人を失った人も多いでしょう。
仲間
両親
兄弟
姉妹
子供
そして恋人
愛する人たちを失う悲しみは、僕にも判ります。それは、とても辛く、そして苦しい事です」
艦隊の将兵や艦娘の中から、すすり泣く声が上がってくる。
皆、この戦いで多くの者を失った。
愛する者を奪われ、悔し涙を飲んだ。
誰もが、その悲しみを決して忘れることは無いだろう。
「けど!!」
力強く言い放つ彰人。
「これ以上はダメだッ これ以上は許さないッ 誰でもない、我々が決して許しはしないッ」
曙光が花開き、海が明るく照らし出される。
上り始めた太陽によって、艦隊が光り輝いているようだった。
「だから、今こそ・・・・・・・・・・・・」
彰人は一旦言葉を切り、そして意を決して言い放った。
「今こそ、全ての愛する人達を守り通す為にッ」
「暁の水平線に勝利を刻め!!」
士気は、天を突くが如く立ち上る。
誰もが、己の使命を理解し、命を燃やし尽くす為に戦い続ける事を旨に刻む。
二度と、再びここに戻って来れなくても良い。
愛する者達を、自分達の手で守れるなら、それで本望だった。
誰もが意気を上げる中、
彰人は傍らの少女に語りかける。
「・・・・・・行こうか、姫神」
「はい、彰人」
彰人の言葉に、頷く姫神。
今、最後の戦いの幕は、切って落とされたのだった。
第90話「絶望からの一矢」 終わり