蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第92話「無情の音」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死闘は続いていた。

 

 合衆国軍を指揮する2人の将官。レスター・ニミッツとカースト・ルメイは、迫りくる帝国艦隊に対して高度な連繋を見せていた。

 

 ニミッツは空母機動部隊を中心にした艦隊をマリアナ近海に配置して艦載機を飛ばすのと同時に、ルメイは対艦攻撃型に改造したB17、B24、B25と言った爆撃機群をマリアナ各島から発進させた。

 

 まさに、マリアナに駐留する合衆国の陸海軍が総力を挙げて行う攻撃。

 

 それらは、北から接近を図る帝国海軍連合艦隊に対し、空中から襲い掛かった。

 

 対して、連合艦隊側も負けてはいない。

 

 数には劣るものの、ありったけの戦闘機を空に上げて対抗する一方、前衛を務める第2、第7両艦隊は、必死の対空戦闘を繰り広げつつ、徐々にマリアナに迫りつつあった。

 

 だが、相手の数はあまりにも多い。

 

 全てを防ぎきるには、無理があった。

 

 

 

 

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 彰人は帽子を目深にかぶり直しながら、前方上空を見上げる。

 

 蒼穹に点在する、黒々とした染み。

 

 それらを、彰人は鋭く見据える。

 

 接近する敵の数は、軽く見ても100は下らない。

 

「まずは、その数を減らしてもらおうかな」

 

 落ち着き払った彰人の声。

 

 その声に答えるように、「姫神」は主砲を旋回させる。

 

 砲門が、遥か彼方から迫る合衆国軍に向けられる。

 

 同時に、後続する「黒姫」でも主砲が旋回し、砲撃体勢を整えている筈だった。

 

 彰人の眼が一瞬輝く。

 

 次の瞬間、

 

「主砲、撃ち方始め!!」

 

 次の瞬間、

 

 「姫神」と「黒姫」の主砲は一斉に火を噴いた。

 

 唸りを上げて、上空へと駆け上がる砲弾。

 

 だが、彰人はそこで動きを留めない。

 

 戦果を確認する事無く、更に命じる。

 

「第2射、撃てェ!!」

 

 彰人の命令に従い、再び主砲を放つ2隻の巡洋戦艦。

 

 更に、

 

「第3射、撃てェ!!」

 

 彰人の命令が矢継ぎ早に飛び、それに合わせて主砲が放たれる。

 

 その発射速度は、常の物よりもさらに早い。

 

 実は、宇垣が新式の対空戦闘方式を開発してこの戦いに臨んだのと同様、彰人もまた、独自のやり方で新しい対空戦闘戦術を編み出していた。

 

 姫神型巡洋戦艦が高速自動装填装置を装備し、10秒に1斉射と言う高い速射性能を誇っている事はこれまで何度も語ってきており、それが第11戦隊が大戦果を上げる原点にもなっている。

 

 だが、今回の主砲射撃は、常のそれよりも明らかに速い。殆ど間断のない砲撃を上空へと打ち上げている。

 

 種を明かすと簡単な話で、「姫神」と「黒姫」の2隻は、第1砲塔と第2砲塔をそれぞれ、別個に分け、それに時間差をつけて砲撃を行っているのだ。

 

 このため、「姫神」と「黒姫」は、ほぼ5秒に1回、砲撃を行っている事になる。

 

 対空砲撃には、1斉射当たりの威力よりも、間断ない砲撃で弾幕を形成した方が有利と判断しての砲撃である。

 

 やがて、

 

 放たれた3式弾改が炸裂し、内蔵された鉄球が空中にばら撒かれる。

 

 次々と炸裂する砲弾が、合衆国軍に襲い掛かり、そして薙ぎ払っていく。

 

 3式弾改の炸裂半径は広い。発砲を確認してから編隊を崩したとしても、安全圏へ逃れるのは至難の業である。

 

 炸裂する砲弾によって、敵機の数が大きく削がれるのが見えた。

 

 その様子を見て、彰人は満足そうに頷く。

 

「だいたい、30機弱は減らしたかな」

 

 彰人は、尚も向かってくる敵機を見据える。

 

 流石に半分、とはいかなかったようだが、それだけ減らせば十分である。

 

 敵は尚も諦めまいと、第7艦隊目指して突き進んできているが、その編隊はお世辞にも緊密とは言い難い。

 

 その動きを見据え、

 

「対空戦闘、撃ち方始め!!」

 

 彰人は鋭く命じた。

 

 

 

 

 

 その頃、第2艦隊上空では、激しい空中戦が繰り広げられていた。

 

 3隻の大和型戦艦を有する第2艦隊は、帝国海軍にとって切り札である。

 

 この3隻を、いかにしてマリアナ沖に突入させるかが勝負であると言っても過言ではない。

 

 その為、連合艦隊の作戦方針は、第2艦隊上空の守りを固める事で統一されている。

 

 もっとも、

 

 合衆国軍の方でも、その事は把握しているようで、第2艦隊に対し執拗な集中攻撃を仕掛けてきている。

 

 特に「大和」「武蔵」「信濃」に対する攻撃が目立っていた。

 

 この時点までに行われた合衆国軍の攻撃は、全部で3回。

 

 その間、「武蔵」が爆弾3発、魚雷3本命中、「信濃」が爆弾2発を命中しているが、両艦共に、今のところ戦闘、航行に支障は無かった。

 

 その他、重巡洋艦「足柄」と駆逐艦2隻が脱落し、その他の艦艇も、小規模な損傷を負っている。

 

 そして、

 

 何より痛かったのが「長門」の喪失であろう。

 

 戦前「長門と陸奥は日本の誇り」とイロハ歌留多にまで謳われた長門型戦艦。

 

 2年半前の南太平洋海戦で陸奥が沈み、今また長門が失われた事で、その日本の誇りが潰えた事になる。

 

 状況は予断を許される状態ではなかった。

 

 そんな中、

 

 相沢直哉は烈風改を駆って飛び回り、第2艦隊に群がろうとしている敵機を次々と撃ち落としていた。

 

 今もまた、「武蔵」目がけて敵機が襲い掛かろうとしている。

 

 相手は対艦攻撃用に改造されたB24。その同隊化にある爆弾倉には、大量のロケット弾が内蔵されている。

 

 そのB24が、「武蔵」上空を通過する直前、一斉にロケット弾を撃ち放った。

 

 直撃する砲弾。

 

 「武蔵」の右舷側は、活火山が噴火したように燃え盛った。

 

 そこへ更に、腹に魚雷を抱いたアベンジャー雷撃機が迫ってくる。

 

 対して、ロケット弾の一斉攻撃によって対空火力の大半を潰された「武蔵」に、その接近を防ぐ手段は無い。

 

「クッ やってくれる!!」

 

 艦橋で歯噛みする武蔵。

 

 艦長が必死に転舵を命じているが、基準排水量6万4000トンの巨大戦艦は、すぐには回頭を始めない。

 

 次の瞬間、

 

 「武蔵」の舷側に、巨大な水柱4本が一斉に立ち上った。

 

「ガハッ!?」

 

 口から鮮血を吹きだす武蔵。

 

 激痛に全身を苛まれながらも、しかし倒れる直前で踏みとどまる。

 

 世界最大最強の戦艦としての誇りが、寸前で倒れる事を拒む。

 

 しかし、尚も敵機の大軍は上空を舞い続けている。

 

 このままでは、いかに大和型戦艦と言えども危うい。

 

 そう思った時だった。

 

「あれはッ!?」

 

 空の彼方に視線を向けて叫ぶ武蔵。

 

 その表情には、歓喜の色が混じっていた。

 

 

 

 

 

 翼が鋭く空を切り、巨艦に群がろうとする敵機へと追いすがる。

 

 零戦、烈風、そして烈風改。

 

 第2艦隊の危機を救う為、小沢治俊率いる第3艦隊が来援したのだ。

 

「これ以上はやらせないッ!!」

 

 直哉は愛機である烈風改のスロットルを開くと、全速力で敵機に接近。合計8丁の13ミリ機銃を叩き付ける。

 

 一斉に放たれた攻撃は確実に敵機を捉え、その装甲を食い破る。

 

 炎を上げて墜落していくB24。

 

 だが、その時には既に、直哉は別の獲物を求めて飛び去っていた。

 

 何しろ、数が多すぎる。落としても落としても湧いてくる敵機を相手に、防空戦闘機隊も疲れが見え始めているのだ。

 

 第3艦隊の各空母は、入れ代わり立ち代わり戦闘機を飛ばして第2艦隊の援護に当てているが、出撃の度に、その数は減っていた。

 

 直哉の烈風改にしても、残弾、燃料共に既に半分を切っている。この戦闘が終了したら、一度「蒼龍」に戻る必要があった。

 

 突っ込んでくるベアキャット。

 

 その突撃を回避すると、直哉は素早く反転して相手の背後に回り込む。

 

 ベアキャットは速力も機動力も高い脅威の機体だが、対処法はこれまでの敵と変わらない。まずは突進をかわし、その後背後に回り込む。

 

 発射される機銃の1連射。

 

 その一撃でベアキャットが砕け散る。

 

 いかに新鋭機と言えども、烈風改もまた新鋭機である事に変わりは無い。そこに直哉ほどのエースが加わればこんな物である。

 

 直哉は操縦桿を握りながら、新たな目標を目指して翼を翻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上げられてくる報告書を読みながら、レスター・ニミッツは険しい表情を崩せずにいた。

 

 半日に渡る航空攻撃を仕掛けた結果、ナガトタイプと思われる戦艦1隻を撃沈、更に最も厄介なヤマトタイプ1隻にも大打撃を与えている。

 

 ヤマトタイプの方は撃沈には至らなかったようだが、どうやら艦隊から脱落させる事には成功したようだった。

 

 その他、重巡等の主力艦を含む、複数の艦を脱落させる事に成功している。

 

 だが、合衆国軍全体の規模を考えれば、決して戦果が大きいとは言えなかった。

 

「敵と言えど侮れんな」

 

 ニミッツは感嘆したように呟く。

 

 のぼ1000機以上の航空機で攻撃を仕掛けているにも拘らず、敵艦隊は未だに充分な戦闘力を残している。

 

「ここまで生き残っている連中は、それだけで十分に脅威と言うべきか」

 

 敵もバカではない。不利は不利なりに、状況を補い得るだけの策を練ってくるのは当然だった。

 

 戦力では未だに合衆国軍が勝っている。

 

 しかし、帝国軍はそれでも尚、進撃する足を止めずにいた。

 

「如何しますか閣下?」

 

 尋ねる少女に対し、ニミッツは頷きを見せる。

 

「敵が小細工を仕掛けて来るならば、こちらはこちらの強みを存分に活かすまで。それこそが、勝利への近道になるだろう」

 

 ニミッツは自分達の長所を完全に把握している。

 

 それは即ち、物量。

 

 圧倒的な戦力差でもって押しつぶすのみだった。

 

 そんなニミッツの思惑を反映するように、機動部隊の方でも動きが生じていた。

 

 各空母群から、攻撃準備を整えた航空機が、次々と舞い上がっていく。

 

 その数は、全部隊合計で400機にも達する。

 

 更に、それに呼応するように、、マリアナ各島からも再度の攻撃隊が放たれようとしている。

 

 合計すると600機以上に達する攻撃隊は、連合艦隊を壊滅に追いやるには充分な戦力と言えた。

 

 

 

 

 

 合衆国軍が誇る切り札、巨大空母「ユナイテッド・ステーツ」と「ゲティスバーグ」の2隻から、艦載機が次々と発艦していくのが見える。

 

 この2隻は勿論、エセックス級空母も設計段階から油圧式カタパルトを装備している。その為、短時間に大量の航空機を空に上げる事ができるのだ。

 

 そんな中、艦隊最古参の空母でも、発艦準備が整えられようとしていた。

 

 愛機であるベアキャットに向かって歩いていたギャレット・ハミルは、機体の前に1人の少女が佇んでいる事に気付き足を止めた。

 

「どうしたエンター、食い物なら今は無いぞ?」

「違うわよッ 何であたしがあんたの見送りに来たら、食べ物を欲しがっている事になるのよ!!」

 

 ウガーッと食って掛かるエンタープライズ。

 

 それに対し、ギャレットは笑みを浮かべて見せる。

 

「そうか、見送りに来てくれたのか。サンキューな」

 

 そう言うと、エンタープライズの頭を優しく撫でるギャレット。

 

 思えば、長い付き合いである。

 

 多くの戦場を共に駆け、共に戦い抜いてきた。

 

 エンタープライズとギャレットの間には、確かな絆が存在しているのだ。

 

「気を付けてね、ギャレット」

 

 一転して、エンタープライズは不安げな眼差しをギャレットへと向けて来た。

 

 この小さな少女もまた感じているのだ。この戦いが、容易な物ではないと言う事を。

 

 紛れもない最終決戦。

 

 敵は死に物狂いで向かって来ている。合衆国軍も無事では済まないだろう。

 

 勿論、エンタープライズやギャレットも例外ではないだろう。

 

「大丈夫だ。お前は俺が守る。勿論、俺も無事に帰って来るさ」

「ギャレット・・・・・・けど・・・・・・」

 

 尚も不安そうな顔をするエンタープライズ。

 

 そんなエンタープライズを安心させるように、ギャレットは笑い掛ける。

 

「大丈夫。俺やお前が、今まで戦闘で死んだ事があったか?」

 

 その言葉に、

 

「・・・・・・アハッ」

 

 ようやく、エンタープライズは笑みを浮かべた。

 

「ギャレット、ジョーク下手だね」

「そうか? 結構、傑作だったんだけどな」

 

 そう言って、ギャレットはおどけて見せる。

 

 その言葉が、エンタープライズの緊張をほぐしたのは確かだった。

 

 その10分後、ギャレットはベアキャットの操縦桿を握り、「エンタープライズ」の飛行甲板を蹴って、上空へと舞い上がっていた。

 

 僅かに振り返り、母艦に目を向けるギャレット。

 

 甲板の縁では、小さな少女が手を振って見送っているのが見える。

 

 その姿に、フッと笑うギャレット。

 

 同時に視界を前へと向け、編隊の正面へと出る。

 

 翼を連ねて向かう先。

 

 そこに待っている筈の死闘に、誰もが闘志を漲らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 降下速度を落とし、主脚を出し着艦体勢に入る。

 

 第2艦隊の直掩任務を一旦終了し、「蒼龍」に戻ってきた直哉は、慣れ親しんだ細い飛行甲板に脚を降ろすと、エンジンを切って機外へと出た。

 

 だが、

 

「補給急いでッ すぐに出るから!!」

 

 駆け寄ってきた整備員に機体を託し、自分は待機所へと向かう。

 

 まだ戦いは終わっていない。すぐ、とんぼ返りで戻るつもりだった。

 

 と、

 

「直哉さんッ」

 

 声を掛けられて振り返ると、蒼龍が長い髪をなびかせて走ってくるところだった。

 

「おかえりなさい。御無事で」

「うん、僕は大丈夫だよ」

 

 そう言って、直哉は蒼龍に笑い掛ける。

 

 しかし、

 

「数、だいぶ減ってるね」

「あ・・・・・・はい」

 

 直哉の言葉に、蒼龍は俯いて答える。

 

 今回の出撃に際し、帝国海軍第3艦隊は、全搭乗員に精鋭を取り揃えてきている。

 

 それは南太平洋での攻防戦以降、帝国海軍が爪に火をともすような努力を重ねて作り上げてきた航空部隊。その最後の一滴と言っても良いだろう。

 

 この戦いに敗れれば、以後、帝国海軍航空隊には文字通り、一銭の貯金も残らない。

 

 だが、その虎の子と言うべき航空部隊も、午前中の戦闘だけで相当数の損害を出していた。

 

 「蒼龍」航空隊に限ってだけでも、既に20機以上のパイロットが犠牲になっている。

 

 連合艦隊の防空力に、大きな穴が開いた事は間違いなかった。

 

 と、

 

「隊長、蒼龍さん!!」

 

 飛行甲板の端から、手を振って近付いて来る2人のパイロットの姿がある。

 

 小野少尉と野村少尉だ。

 

「2人とも、無事だったんだ」

「はい。ですが、かなりの数の味方がやられました」

 

 小野少尉が淡々とした口調で話す。

 

 敵はこちらの10倍近い大軍である。いかに精鋭を集めたとは言え、帝国海軍の航空部隊が防ぐにも限界があった。

 

「直哉さんも、お二人もお疲れ様でした。とにかく、次の出撃まで体を休めてください。お茶でも入れますので」

「あ、こりゃすいません、蒼龍さん」

 

 そう言って、野村少尉が後に続こうとした時だった。

 

 突如、

 

 艦内にけたたましい警報が鳴り響いた。

 

「・・・・・・どうやら、お茶はまた今度になりそうだね」

 

 敵機襲来を告げる警報を聞きながら、直哉の眼は再び猛禽の如き鋭さを増す。

 

 まだ、機体の整備も、補給も殆ど完了していない。

 

 しかし敵が来る以上、行かない訳にはいかなかった。

 

「先に行きます」

「お、俺も!!」

 

 慌てたように飛行甲板を目指して走り出す小野と野村。

 

 それに続いて、直哉も走り出そうとした。

 

 と、

 

「直哉さん」

 

 声を掛けられ、振り返る直哉。

 

 そこへ、

 

 蒼龍が飛び込んできた。

 

「蒼龍・・・・・・・・・・・・」

「お願いします。どうか、無事で帰ってきてください」

 

 小さく肩を震わせる蒼龍。

 

 そんな少女を、

 

 直哉は優しく抱きしめた。

 

「行ってくるよ」

「はい」

 

 頷き合う2人。

 

 直哉は蒼龍の体をそっと放すと、踵を返して駆け出した。

 

 

 

 

 

 第2艦隊旗艦「大和」の艦橋では、宇垣護が迫りくる敵の大編隊を睨み据えていた。

 

 その表情には、これまでに無い程の緊張感が見て取れる。

 

「・・・・・・・・・・・・今度は、まずいかもしれんな」

 

 宇垣の呟きに、大和は不安げな眼差しを向ける。

 

 通常、司令官と言うのは自軍に不利になるような言動は慎む物である。その言葉一つで、全軍の士気が全く変わったものになって来るからだ。

 

 だが、司令官である宇垣が弱気な発言をした事に、事態の深刻さが伝わってくるようだった。

 

 その宇垣たちの視界の中で、敵編隊が二手に分かれるのが見える。雷撃機と急降下爆撃機に分かれてて、同時攻撃を仕掛ける心算なのだ。

 

「第3艦隊から連絡は?」

「先ほど、敵と交戦状態に入ったと言う報告がありました!!」

 

 宇垣の問いかけに、通信参謀が答える。

 

 つまり、当面の救援は期待できないと言う事だ。

 

「・・・・・・・・・・・・自力で切り抜けるしかない訳か」

 

 敵は少なく見積もっても200機近くいる。航空機の援護なしで戦うのは厳しい。

 

 しかし、

 

「対空戦闘用意!!」

 

 宇垣は命じる。

 

 自分達はここを突破して、何としてもマリアナに行かなくてはならない。歩みを止めている暇は無かった。

 

 アベンジャーが海面付近まで降下し、ヘルダイバーが急降下の姿勢に入る。

 

 次の瞬間、

 

「撃ち方始め!!」

 

 落ち着き払った宇垣の命令と共に、全艦が一斉に対空砲火を撃ち上げた。

 

 宇垣が採用した、新式の対空戦術を駆使して対抗しようとする第2艦隊。

 

 敵機は攻撃しようとすれば、どしても緊密に組まれた対空砲火の中へと飛び込まなくてはならず、必然的に撃墜されるリスクは増える。

 

 そこへ更に、「信濃」をはじめとした対空防御力の高い艦が鉄壁の防衛ラインを空中に敷く。

 

 これらの反撃を喰らい、投弾や投雷を果たせずに海面に突っ込む機体が相次ぐ。

 

 だが、対空砲火の奮闘にも限界がある。

 

 やがて、対空火力を突破した敵機が、次々と第2艦隊へと迫って来た。

 

 

 

 

 

 旗艦「大和」へと右舷側から迫るアベンジャー雷撃機。横一線に並んだ編隊が、覆いかぶさるように接近してくる。

 

 その様子は、宇垣の視界にも捉えられていた。

 

「しつこい連中だ」

 

 苛立ったような宇垣の言葉に、傍らの大和がクスッと笑みを漏らす。

 

 第2艦隊は「長門」を失い、「武蔵」も度重なる魚雷命中によって速力が低下し、戦列から脱落してしまっている。

 

 しかしそれでも尚、宇垣は勝負を諦める事無く、マリアナへの進撃を続けていた。

 

 その「大和」に迫る、アベンジャーの群れ。

 

「面舵一杯!!」

 

 艦長の命令を受け、操舵手が舵輪を回す。

 

 暫く直進した後、回頭する「大和」。

 

 その巨艦に似合わず、小さい旋回半径を誇る「大和」は、一度回頭を始めてしまえば、大概の攻撃は回避できる。

 

 雷撃機部隊は、「大和」の回頭に伴って目標を見失い、ただ空しく通り過ぎていくしかない。

 

 勿論、それを簡単に許す「大和」ではない。

 

 強烈な対空砲火が横撃を加え、3機のアベンジャーが火球と化すのが見えた。

 

 更に、直上からはヘルダイバーが急降下してくるのが見える。

 

 対して、高角砲の砲身をほぼ垂直にして砲弾を撃ち上げる「大和」。

 

 同時に舵は切り続け、海上には大きな弧が描かれる。

 

 投下されるヘルダイバーの爆弾が、鯨を追いかける銛のように海面へと撃ち込まれるが、「大和」は、それらを意に介する事無く回避運動を続けていた。

 

 

 

 

 

 第2艦隊に合衆国軍の攻撃隊が殺到している頃、彰人率いる第7艦隊もまた、激しい空襲に見舞われていた。

 

 大型の爆撃機が低空にまで舞い降りて、爆弾倉の扉を開くのが見える。

 

 第2次マリアナ沖海戦の時に姿を現した、対艦攻撃仕様に改造されたB17である。

 

 第7艦隊の各艦も、必死に対空砲火を撃ち上げて対抗する。

 

 3機のB17が、大振りな翼を叩きおられて海面へと突っ込むのが見えた。

 

 「姫神」を狙った機体はコックピットを叩き潰されて失速し、「黒姫」を狙った機体は、開いた爆弾倉に直撃を受け、空中で火球と化す。

 

 圧倒的な火力で敵機を撃ち落としていく第7艦隊の各艦。

 

 だが、それでも合衆国軍は執拗だった。

 

 多くの味方の屍を踏み越えるようにして殺到してくると、爆弾倉に搭載したロケット弾を一斉発射する。

 

 その火力が、巡洋艦の艦体を直撃した。

 

「『仁淀』炎上ッ 行き足止まりました!!」

 

 報告を受けて振り返る彰人。

 

 「仁淀」が燃えている。

 

 大淀型軽巡洋艦の2番艦として生を受け、艦隊防空の要として多くの戦いに参加してきた「仁淀」が、炎を上げて海上に停止していた。

 

 無数のロケット弾を一気に直撃されたのだ。いかに1万トン以上の排水量を誇る大型軽巡洋艦と言えど、耐えられるはずが無かった。

 

 だが、「仁淀」の損害を嘆いている暇は、彰人達には無い。

 

 新たな敵機が「姫神」に迫ってくるのが見える。

 

 既に爆弾倉は解放され、攻撃態勢に入っていた。

 

「彰人!!」

 

 姫神が悲鳴に近い叫びを発する。

 

 必死に対空砲火を噴き上げて接近を阻止しようとするが、敵機は既に「姫神」の至近にまで迫っていた。

 

 一斉に放たれるロケット弾。

 

 その圧倒的な火力が、巡洋戦艦の舷側を薙ぎ払う。

 

「あァッ!?」

 

 悲鳴を上げて激痛に耐える姫神。

 

 左舷側の対空砲火が纏めて吹き飛ばされ、ダメージが姫神にフィードバックされたのだ。

 

 彰人はその様子を沈痛な眼差しで見詰める。

 

 しかし、彼女を気遣っている余裕は彰人には無い。

 

 更に次のB17が、至近に迫っているのだ。

 

 B17は減少した対空砲火を易々とすり抜けて射点を確保すると、一斉にロケット弾を放つ。

 

 対して「姫神」も必死に回避運動を続けるが、艦のスピードが航空機に敵う筈も無く、再び直撃を受ける。

 

 炎上する艦。

 

 その様子に、彰人は歯噛みする。

 

 視界の中では、痛みに苦しむ姫神の姿がある。

 

「このままじゃ・・・・・・・・・・・・」

 

 「姫神」が嬲り殺しにされてしまう。

 

 その苛立ちが、口を突いて出ようとする。

 

 「姫神」が損傷を受けて弱ったと判断したのだろう。新たな敵機が迫ってくるのが見える。

 

 今度はダメか?

 

 そう覚悟した時だった。

 

「駆逐艦1、本艦の左舷側に移動ッ 『電』です!!」

 

 その言葉に、彰人と姫神は、思わず顔を上げた。

 

 

 

 

 

「ヒメちゃんは絶対に守るのです!!」

 

 小さな少女は敢然と言い放ちながら、数少ない対空砲火を撃ち上げてB17の接近を阻もうとしている。

 

 旗艦「姫神」が敵機の襲撃を受けて激しく損傷したのを見た「電」艦長が、旗艦を守るべく行動を起こしたのだ。

 

 それがいかに危険な事であるか、言うまでも無い事である。

 

 巨大な敵機を前にして、その身を晒そうと言うのだから。

 

 だが、

 

「良いんだな電?」

「はいなのです」

 

 艦長の言葉に、電は躊躇う事無く頷きを返した。

 

 対空砲火が必死に打ち上げられ、B17へと向けられる。

 

 迫る巨大な翼。

 

 その圧倒的な光景を前にして、電は怯む事無く砲撃を続ける。

 

 やがて、

 

 放った機銃の1発が、内蔵した爆弾を直撃したのだろう。

 

 先頭のB17が一斉に爆発して砕け散る。

 

 喝采を上げる電たち。

 

 だが、

 

 報復はすぐさま行われた。

 

 合衆国軍の兵士達は「仲間を殺した生意気な小娘」を血祭りに上げるべく、ロケット弾を集中射撃を浴びせる。

 

 実に6機ものB17が、「電」へ殺到する。

 

 対して「電」も、全速力で回避運動を行いながら、どうにかかわしきろうとする。

 

 だが、ついに逃げ切る事ができなかった。

 

 1機のB17が「電」の頭上へと迫る。

 

 一斉に放たれるロケット弾。

 

 その様は2人の姉、暁と響からも遠望する事が出来た。

 

 2人が悲痛な声を上げる。

 

 次の瞬間、

 

 直撃したロケット弾の爆炎が、小さな駆逐艦を一気に飲み込んだ。

 

 炎上する「電」。

 

 直撃の炎が誘爆を呼び、砲弾や魚雷が一斉に炸裂する。

 

 

 

 

 

「電ッ ダメよ!!」

 

 暁が、

 

 

 

 

 

「早く逃げるんだ電!!」

 

 響が、

 

 

 

 

 

 涙を流して見守る中、

 

 一瞬、電の笑顔が見えた気がした。

 

 そして、

 

 彼女達の最愛の妹は、先に逝った姉、雷を追うように、急速に海面下へと沈んで行くのだった。

 

 

 

 

 

 上下逆さまになる視界の中、

 

 直哉が操る烈風改は、敵機の攻撃を掻い潜りながら視界を反転させる。

 

 同時に、背後を取ったベアキャットに機銃を一連射。容赦なく撃墜に追いやる。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちする直哉。

 

 理由は、既に背後から新たな敵機が迫っていた事にある。

 

 放たれる機銃の一連射を回避して宙返りをすると、同時に自身の射点を確保する。

 

「喰らえ!!」

 

 トリガーを握り。8丁の13ミリ機銃を一連射する。

 

 その一撃で、ベアキャットが砕け散った。

 

 敵機が上げる炎を背後に見やりながら、水平飛行に移る直哉。

 

 今回の戦闘、直哉だけで5機の敵機を落としている。しかも、その全てがベアキャットである。

 

 グラマンF8Fベアキャットは後年、「史上最強のレシプロ艦載機」として勇名を馳せる事になる名機である。

 

 そのベアキャット相手に、ここまでの奮戦を見せる直哉の技量がいかに優れているか、押して知るべしといったところである。

 

 しかし、

 

 積極全体として見た場合、帝国軍の苦戦は否めなかった。

 

 群がる敵の大軍を前に戦闘機隊は奮戦を続けるも、全てを抑えきる事はできないでいた。

 

 既に、直掩機の数も10機を割っている。

 

 そんな中、

 

 ついに被害は艦隊にも及び始めた。

 

 直哉の眼下で空母が1隻、炎を上げて停止している。

 

 「天城」だ。

 

 新生2航戦の旗艦にして雲龍型航空母艦の2番艦が、炎を上げて沈もうとしている。

 

 更に遠望すれば、平甲板型の軽空母も傾斜を増して沈没しようとしているのが見えた。

 

 こちらは「龍鳳」である。どうやら魚雷を喰らったらしい。

 

 「龍鳳」は排水量が少ない事もあり、既に飛行甲板にまで海水が押し寄せようとしていた。

 

 舌打ちする直哉。

 

 やはり、防ぎきる事はできない。

 

 帝国海軍航空隊は必死の抵抗を続けているが、やはり数が違い過ぎた。

 

 そして、

 

 直哉にとって、看過し得ない事態が指呼の間に迫りつつあった。

 

 目を転じた先。

 

 そこには、

 

 母艦「蒼龍」に対して迫ろうとする、雷撃機の一団があった。

 

「クッ 蒼龍!!」

 

 とっさに烈風改の翼を翻す直哉。

 

 敵機は、そんな直哉の動きを阻止すべく群がってくる。

 

「どけェェェェェェ!!」

 

 叫びながら機銃を発射。正面から迫るベアキャットを撃ち落とす直哉。

 

 そこからの直哉の動きは、ただ只管「凄まじい」の一言に尽きた。

 

 放たれる攻撃をかわし、逆に撃ち落とし、更に加速する。

 

 正確に何機落としたか、当の直哉自身ですら把握していない。

 

 そうして敵機の抵抗を排除し、アベンジャーへと迫る直哉。

 

「『蒼龍』は、やらせない!!」

 

 アベンジャー1機を照準に捉える直哉。

 

 そしてトリガーを引き絞った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 弾丸が、出なかった。

 

「えッ!? えッ!? えッ!?」

 

 カチンッ カチンッ カチンッ

 

 慌てて何度もトリガーを引き絞る。

 

 しかし結果は同じ。両翼からも、機首からも発射炎が迸る事は無かった。

 

 急いで残弾計に目をやる。

 

 その数値は、

 

 残酷にも「0」を指し示していた。

 

「そんなッ!?」

 

 愕然とする直哉。

 

 今日1日で、あまりにも弾丸を消費しすぎた。先程の着艦の際にも、充分に補給ができなかったのだ。

 

 それが、

 

 まさか、

 

 このタイミングで最悪の結果を齎す事になるとは。

 

「蒼龍・・・・・・・・・・・・」

 

 無力感にさいなまれる直哉。

 

 その直哉の見ている目の前で、

 

「蒼龍ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 愛する少女の艦体(からだ)に、次々と魚雷と言う牙が突き立てられていった。

 

 

 

 

 

第92話「無情の音」      終わり

 

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