蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第94話「戦旗は風を受けて翻る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝国海軍と合衆国海軍、双方の水上砲戦部隊が最後の激突を開始した頃、

 

 それより北方の海域でも、動きが生じようとしていた。

 

 帝国海軍第3艦隊の中で生き残っている空母、「瑞鶴」「葛城」「隼鷹」「瑞鳳」の飛行甲板ではそれぞれ、搭載されている航空機のアイドリングが始まり、プロペラの回転する強烈な音と振動が伝わってきていた。

 

 昨日の戦闘で「蒼龍」「天城」「龍鳳」を失い、更に航空機も5割近い損害を出していた。

 

 しかし、小沢に退く意志は無かった。

 

 マリアナ近海ではまだ、多くの味方が戦っている。

 

 彰人や宇垣を始め、将兵・艦娘共に死を賭して帝国を、愛する人々を守る為に戦っている。

 

 ならば退く事はできない。

 

 彼等を掩護してやれるのは、自分達だけなのだから。

 

 小沢は今回、僅かな直掩部隊のみを残し、残る全戦力を第2艦隊掩護の為に差し向ける心算だった。

 

 その総数は100機強。

 

 これが、栄光を誇った帝国海軍機動部隊の放つ事ができる、最後の攻撃隊だった。

 

 それだけではない。硫黄島をはじめとした小笠原諸島の拠点からも、銀河をはじめとする陸上機部隊が出撃し、攻撃を加える手筈になっている。

 

 更に、

 

 小沢はチラッと、「瑞鶴」の前方を進む、2隻の戦艦に目をやった。

 

 航空戦艦である「伊勢」と「日向」にも、今回は作戦に参加してもらう事になる。その為の「最後の切り札」は、この奇形艦とでも言うべき2隻に託されていた。

 

 準備は整いつつある。

 

 同時に、小沢は叫んだ。

 

「よし、Z旗一流!!」

 

 鋭く飛ぶ小沢の号令。

 

 同時に「瑞鶴」のマストに、1枚の旗が掲げられ、風を受けて大きく翻った。

 

 対角線沿いに、青、赤、黄、黒の4色に染め抜かれた旗は、連合艦隊旗艦が決戦時に掲げるZ旗である。

 

 「皇国の興廃この一戦にあり。各員、一層奮励努力せよ」を意味しており、この戦いが決して負けられない一戦である事を示し、将兵・艦娘に徹底する目的がある。

 

 日露戦争の事実上の最終決戦となった日本海海戦において、当時の連合艦隊旗艦「三笠」にも掲げられ、勝利を飾った事でも有名である。

 

 このZ旗を掲げる事、すなわち、この戦いが決して負けられない物である事を示していた。

 

「頼むぞ、みんな」

 

 小沢は静かな声で、そう語った。

 

 

 

 

 

 その頃、「瑞鶴」の医務室では、飛行服を着こんだ直哉がベッドの横に座り、愛する少女の手を握っていた。

 

 対して、蒼龍もまた、直哉に対して柔らかく微笑みかけている。

 

「行くんですね?」

 

 問いかける蒼龍に対し、直哉は躊躇うようにして頷きを返す。

 

「うん・・・・・・ごめん」

「良いんですよ」

 

 謝る直哉に、蒼龍は微笑んで首を振る。

 

「あなたは、海軍航空隊のエース・・・・・・私が・・・・・・」

 

 言い掛けてから、蒼龍は思い直して言い直す。

 

「私と、飛龍が愛した撃墜王なんですから・・・・・・こんな所で立ち止まってはだめです」

 

 そう、

 

 エースが地に足を付けることは、誰も望まない。

 

 そんな姿は蒼龍も、そしてきっと飛龍も見たくない。

 

 だからこそ、直哉には最後まで空を飛び続けてほしかった。

 

 ふと思う。

 

 もし、飛龍がミッドウェーで生き残っていたら、自分達の関係はどうなっていただろうか?

 

 きっと自分は、飛龍と直哉の関係を想い、黙って身を引いただろう。

 

 と思ってから苦笑する。

 

 いや、それはあり得ない。

 

 何しろ、飛龍のやる事なのだから。

 

 あの蒼龍の妹分だった少女は、きっと蒼龍が黙って身を引く事を許さなかっただろう。間違いなく、強引に舞台の上へと引っ張り上げて、同じ土俵に立たせたはずだ。

 

 それは、

 

 それはきっと、楽しい未来図だった事だろう。

 

 そんな未来も、自分達にはあって良かったのだ。

 

 直哉の手が、そっと優しく蒼龍の頬を撫でる。

 

 微笑む蒼龍。

 

 やがて、直哉はそっと、蒼龍と唇を重ねた。

 

 ややあって、顔を放す両者。

 

「行ってくるよ」

「はい」

 

 頷いて、踵を返す直哉。

 

 そこに立っていた瑞鶴に頷くと、

 

 あとは振り返ることなく、歩き去って行く。

 

 その後ろ姿を、蒼龍は見えなくなるまで見詰めているのだった。

 

 

 

 

 

 数分後、直哉は愛機の操縦桿を握り、上空へと舞い上がって行った。

 

 その手元で仲良く揺れる飛龍と蒼龍の人形。

 

 直哉にとってかけがえのない少女達。

 

 その少女達と共にある限り、自分は戦う事ができる。

 

 その想いを胸に、直哉の機体は南を目指して飛び去って行くのだった。

 

 

 

 

 

「良かったの? 彼を行かせてしまって」

 

 問いかける瑞鶴に対し、蒼龍はクスッと微笑む。

 

「良いんです。これで」

 

 泣き暮れて飛ぶのをやめる姿なんて直哉に似合わない。

 

 彼には最後の最後まで、空を飛んでいて欲しかった。

 

「まったく・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな蒼龍に対し、瑞鶴は嘆息交じりに呟く。

 

「蒼龍まで、こんな事になるなんて。赤城さんに加賀さん、飛龍、そして翔鶴姉まで行ってしまって、真珠湾組の残りはあたしと蒼龍だけ。あんただけは、最後まで一緒にいてくれると思ったのに」

「すみません・・・・・・」

 

 苦笑する蒼龍。

 

 確かに、それは考えていなかった。

 

 しかし、

 

「瑞鶴なら、きっと大丈夫ですよ。立派に、この国を守ってくれると信じてますから」

「あのね・・・・・・・・・・・・」

 

 ため息をつく瑞鶴。

 

 ややあって、口を開く。

 

「ねえ、蒼龍」

 

 問いかける瑞鶴。

 

 しかし、

 

 ただ、静寂のみが、その場にあり続ける。

 

「蒼龍?」

 

 再度、問いかける瑞鶴。

 

 しかし、その声に応えが返ることは無かった。

 

 二度と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彰人の第7艦隊がアンリ率いる艦隊と戦闘状態に入った頃、

 

 宇垣とニミッツの激突も、激しさを増していた。

 

 とは言え、第2艦隊の苦戦は傍から見ても明らかである。

 

 予期し得なかったモンタナ級戦艦の存在。

 

 大和型戦艦をも上回る攻防性能を持った戦艦5隻の存在を前にして、第2艦隊は完全に撃ち負けている状態だった。

 

 「大和」を凌駕する50口径46センチ砲から放たれる、強烈な砲撃。

 

 それらが撃ち鳴らす弾着の衝撃は、帝国海軍の将兵・艦娘がはじめて経験する物である。

 

 強烈な瀑布が噴き上げる。

 

 そしてついに、

 

 敵戦艦「モンタナ」が放った1発が、「大和」の甲板を捉えた。

 

 次の瞬間、

 

 襲ってきた衝撃は、それまでの比ではなかった。

 

 艦の前部と後部に爆炎が踊り、破壊音が不吉に鳴り響く。

 

 艦内にいた人間の殆どが、衝撃を前になぎ倒されたほどである。

 

「あぐァッ!?」

 

 強烈な激痛を前に、思わず悲鳴を上げる大和。

 

 思わず、その場に崩れ落ちそうになる少女。

 

 だが、その体は横から伸ばされた手によって支え上げられた。

 

「え?」

 

 大和の見上げた視線の先には、自分を抱えて立つ愛しい男の姿があった。

 

「こちらの砲撃はどうした!? まだ当たらないのか!?」

 

 大和を支えてやりながら、宇垣は怒鳴るようにして問いかける。

 

 水上砲戦部隊を預かる司令官として、敵の砲撃を先に喰らった事で、プライドが傷付けられた様子だった。

 

「今、本艦の砲撃が狭叉しましたッ これより本射に移ります!!」

 

 艦長の報告を受け、宇垣は苦い表情のまま頷きを返す。

 

 ともかく、これで反撃できる体勢は整ったのだ。勝負はここからだった。

 

 だが、その間にも合衆国軍からの砲撃は「大和」へと降り注ぐ。

 

 次々と炸裂する砲弾。

 

 「大和」の甲板に爆炎が踊り、世界一堅牢なはずの装甲が悲鳴を上げて歪む。

 

 艦体中央付近に命中した砲弾は、そこに集中していた高角砲や機銃を、まとめて吹き飛ばした。

 

 更に、命中弾が続く。

 

 「大和」には、「モンタナ」と「メイン」の2隻が砲撃を仕掛けてきている。今度は「メイン」からの直撃弾だった。

 

 前部甲板に巨大な破孔が開く。

 

 更に、

 

「後部艦橋に直撃弾ッ 艦橋全滅!!」

 

 報告を聞いて、宇垣は舌打ちする。これで「大和」は、後方監視システムと、予備の射撃システムを同時に失った事になる。

 

「こっちの砲撃はどうした!?」

 

 宇垣が叫んだ瞬間、正にタイミングを見計らったかのように、敵1番艦の甲板上に、巨大な爆炎が躍った。

 

 彼方で、巨大戦艦が一瞬、ぶれたように見えた。

 

 同時に大きな火災が沸き起こっているのが確認できた。

 

「本艦の命中弾1ッ 敵艦火災発生!!」

 

 見張り員の報告を聞いて、ようやく「大和」艦橋にも安堵の空気が起きる。

 

 激しく燃える敵戦艦。

 

 重量1・9トンに達する2式徹甲焼夷弾の直撃を受け、1発で装甲が破壊されたのだろう。加えて、艦内でも大規模な火災が発生している様子である。

 

 しかし、その報復はすぐに返された。

 

 「モンタナ」と「メイン」が放った砲撃が次々と「大和」に突き刺さり、爆炎が艦全体を覆う。

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 激痛に悲鳴を上げる大和。

 

 彼女を支える宇垣の腕にも力がこもる。

 

 しかし、

 

 尚も続く強烈な砲撃を前に、自分達が追い詰められつつあることは自覚せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼方で行われている砲撃戦。

 

 その様子を遠望しながら、彰人は自らの艦隊を率いて急行しようとしていた。

 

 予期し得なかったモンタナ級戦艦の登場。

 

 大和型戦艦すら上回る50口径46センチ砲を一斉に撃ち放つ圧倒的な火力を前に、「大和」「信濃」を有する第2艦隊と言えども、苦戦を免れなかった。

 

 一刻も早く救援に赴く必要があるのだが、その前に立ちはだかる艦隊があった。

 

  アンリ・ステイネス率いる戦艦「ワシントン」と巡洋艦5隻を中心とした艦隊は、第7艦隊の進路を塞ぐように展開しつつある。

 

 対して彰人は、「姫神」「黒姫」で「ワシントン」を相手取る一方、、第7戦隊、第13戦隊に巡洋艦以下の艦艇の相手をさせる方針だった。

 

 戦艦の数は2対1。1斉射あたりの砲撃力では「ワシントン」が勝っているとは言え、勝てない相手ではないはずだった。

 

 やがて、「姫神」「黒姫」。そして「ワシントン」は、互いに進路を同一として、同航戦の構えを見せ始める。

 

 距離は約3万。既に、互いの主砲射程範囲内である。

 

「必中を目指すなら、もう少し距離を詰めたいところだけど・・・・・・」

 

 双眼鏡をのぞきながら、彰人は呟く。

 

 戦艦の主砲は射程は長いが、だからと言って遠距離でも命中率が良いと言う訳ではない。より高い命中率を得る為には、距離が近い方がいいのは言うまでも無い事である。

 

 これまでの戦い、彰人は姫神型巡洋戦艦の高速を如何無く発揮し、充分に距離を詰めて接近戦に持ち込む事で勝利を収めて来た。

 

 今回も、その戦訓を踏襲する心算だった。

 

 帽子を目深にかぶる彰人。

 

 同時に、指示を飛ばす。

 

「機関全速、敵艦の正面に斬り込むッ 『黒姫』に信号、《我に続け》!!」

 

 速力を最大の35ノットまで上げる「姫神」。

 

 後続する「黒姫」もまた、それに遅れまいと加速する。

 

 その時、視界の彼方で閃光が瞬いた。

 

「敵戦艦発砲!!」

 

 「姫神」「黒姫」の接近を受けて、「ワシントン」も反撃の砲火を上げたのだ。

 

 だが、

 

「焦らなくて良い。この距離じゃ、どっちみち当たらないから」

 

 彰人の言葉通り、「ワシントン」の放った砲撃は、「姫神」からもかなり離れた軽面に落下している。

 

 更に砲撃を放つ「ワシントン」。

 

 しかし、やはり結果は同じ。弾着は「姫神」に近付くことは無く、空しく海面を叩いている。

 

「敵は焦っているのでしょうか?」

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 問いかける「姫神」に、彰人は即答を控える。

 

 確かに、状況だけ見れば、「ワシントン」は焦って砲撃を仕掛けてきているようにも見えるのだが。

 

「いずれにしても僕達がやる事は変わらない。充分に敵との距離を詰めて、短時間で勝負を掛けるよ」

「はい」

 

 彰人の言葉に、頷く姫神。

 

 後続する妹、「黒姫」を従えて「ワシントン」へ迫る彰人。

 

 彰人の計画は、距離2万で射撃を開始。その後も距離を詰めつつ、狭叉か直撃が出た時点で、連続斉射に踏み切る予定だった。

 

 その2万まで、あと少しである。

 

 その間にも、散発的な砲撃を繰り返す「ワシントン」。

 

 そして、

 

「距離、2万!!」

 

 見張り員の声を受けて、

 

 彰人は眦を上げた。

 

「主砲、撃ち方始め!!」

 

 彰人の命令と同時に、

 

 姫神の持つ50口径40センチ砲6門の内、3門が一斉に発射された。

 

 それに数秒遅れて、「黒姫」も主砲を撃ち放つ。

 

 唸りを上げて飛翔する砲弾。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・まあ、初めから命中は期待できないよね」

 

 高々と上がった水柱を見ながら、彰人はぼやくように呟く。

 

 それを見て、姫神も肩を竦めて見せる。

 

 距離2万以上で初弾命中が叶えば、奇跡を通り越して異常である。

 

 「黒姫」が放った砲弾も同様だったらしく、やはり「ワシントン」から、やや離れた海面に水柱を上げるのみだった。

 

 対抗するように主砲を放つ「ワシントン」。

 

 双方の砲撃が、暫く大気中で交錯を繰り返す。

 

 その間にも距離を詰める「姫神」と「黒姫」の巡戦姉妹。

 

 「ワシントン」の最高速度は28ノット。それに対し「姫神」「黒姫」は35ノット。実に7ノットもの速度差がある為、ジリジリと距離が詰まり始めているのだ。

 

 そして、彼我の距離が1万7000までなった時、

 

「敵艦を狭叉ッ 本艦の砲撃です!!」

 

 見張り員の報告に、彰人は大きく頷きを返す。

 

 これで、すべての条件は整った。あとは得意の連続斉射で仕留めるだけだ。

 

 そう思って、斉射に切り替えるように命じようとした。

 

 その時、

 

「大変です!!」

 

 見張り員の悲鳴に近い絶叫が響き渡った。

 

「『鈴谷』炎上ッ 行き足止まりました!!」

「『熊野』大爆発ッ 沈みます!!」

 

 そんなッ

 

 まさかッ

 

 愕然とする彰人。

 

 しかし、現実は残酷に打ちのめす。

 

 振り返った彰人の視界の中では、

 

 巨大な爆炎が、海上に立ち上っていた。

 

 

 

 

 

 鈴谷は瀕死の重傷の中、燃え盛る艦橋の床で、どうにか立ち上がろうともがいていた。

 

 しかし、既に機関は完全に停止し、5基10門の主砲も4番砲塔を除く4基までが爆砕されていた。

 

 傾斜した状態で海上に停止した「鈴谷」。

 

 それでも、最後の力を振り絞って鈴谷は艦橋の縁まで這って行き、どうにか身を起こす。

 

 その視界の先。

 

 そこには、炎を上げて海面下に沈もうとしている彼女の相棒の姿があった。

 

「熊野・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと呟く鈴谷。

 

 しかし、その声に帰る答えは無い。

 

 この時すでに、「熊野」は魚雷発射管に直撃を受けて誘爆を起こし、海面下に急速に沈もうとしていた。

 

「ごめん、熊野・・・・・・・・・・・・けど、あたしもすぐ、そっち行くからね」

 

 呟くと同時に、鈴谷の意識は急速に薄れていく。

 

 やがて、少女は艦橋の床に倒れ、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 帝国海軍の重巡2隻が炎を上げて沈もうとしている頃、

 

 「矢矧」に率いられた第13戦隊も、敵艦隊目がけて突撃しようとしていた。

 

 敵は巡洋艦が2隻。聊か数は多いが、雷撃力に物を言わせれば、勝てない相手ではない。

 

 昨日の戦闘で「電」を失っている。故に、艦娘、将兵に至るまで全員が闘志を燃やして敵に向かって行った。

 

「仇は打ちます」

 

 部隊の先頭に立つ矢矧は、静かな呟きで告げる。

 

 後続するのは「島風」「暁」「響」。そして秋月型防空駆逐艦の最新鋭艦である「春月」と「花月」の、合計5隻である。

 

 このうち、雷撃能力があるのは「島風」と暁型2隻だけである。

 

 つまり、この3隻を如何にして守り、雷撃体勢を整えられるかに第13戦隊の勝機はあった。

 

 向かってくる巡洋艦の他に、敵には8隻の駆逐艦も残っている。こちらの戦力も侮れないだろう。

 

 何とかこれらを手早く片付けるのだ。

 

 敵の巡洋艦が回頭しつつ、主砲を第13戦隊に向けてくる。

 

 前部に3基、後部の3基の連装砲塔を装備した艦型は、アトランタ級防空巡洋艦の設計を踏襲している事が伺える。

 

 その主砲が真っ直ぐに指向した。

 

 次の瞬間、

 

 一斉に放たれた。

 

 奔流のように飛来する砲弾。

 

 嵐の如き砲撃は、一斉に「矢矧」へと殺到してくる。

 

「なッ!?」

 

 驚愕する「矢矧」。

 

 その華奢な艦体に、次々と砲弾が炸裂する。

 

 砲塔が弾け、甲板穿たれ、舷側が抉られる。

 

 先に「鈴谷」「熊野」の2重巡に起きたのと同等の光景が、「矢矧」に齎される。

 

「旗艦に通信ッ」

 

 そんな中、13戦隊司令が必死になって叫ぶ。

 

「《我、敵巡洋艦の砲撃を受く、敵艦、発射速度極めて大》!!」

 

 

 

 

 

「さて、敵もそろそろ、こちらのカラクリに気付いたころかね」

 

 戦艦「ワシントン」の艦橋で、アンリ・ステイネスは会心の笑みを浮かべて呟いた。

 

 既に配下の巡洋艦部隊からは報告が上げられてきており、敵の巡洋艦3隻に大きな損害を与え、うち2隻に撃沈確実のダメージを与えたと言う。

 

 通信解析によれば、ニミッツ率いる本隊も優勢に戦いを進めていると言う。

 

 戦いは完全に、合衆国軍優位に傾いていた。

 

 そして、アンリが率いる部隊もまた、彰人の第7艦隊を圧倒していた。

 

 彰人は「ワシントン」こそが敵の主力であると考え、姫神型巡洋戦艦2隻をぶつけて来た。

 

 だが、事実はそうではない。「ワシントン」は、ただの囮に過ぎないのだ。

 

 アンリにとっての真の主力。それは5隻の巡洋艦の方だったのだ。

 

 重巡洋艦3隻、軽巡洋艦2隻から成る部隊。

 

 重巡の方はデモイン級巡洋艦の「デモイン」「セイラム」「ニューポートニューズ」。

 

 軽巡の方はウースター級巡洋艦の「ウースター」「ロアノーク」である。

 

 デモイン級巡洋艦へ、帝国海軍巡洋艦部隊の猛威に手を焼いた合衆国軍が建造した艦である。主砲は20・3センチ砲9門と、決して高いとは言えないが、自動装填装置を採用して発射速度は、毎分10斉射が可能となっている。

 

 ほぼ6秒に1発発射できる計算である。

 

 帝国海軍の巡洋艦が、どれも主砲発射に20秒近くかかる事を考えれば、その圧倒的な性能は想像して余りあるだろう。

 

 従来型重巡なら、1隻で3隻は相手取れる計算である。これは誇張では無く、デモイン級の主砲が3基なのは、いざとなったら砲塔1基で敵巡洋艦1隻を相手取る事を目指しているのだ。

 

 更に装甲も、巡洋艦としてはあり得ない程分厚く、それに伴って基準排水量は1万7000トンにまで達する。満載すると2万1000トンだ。もはや、ちょっとした戦艦である。

 

 ウースター級はアトランタ級軽巡洋艦を大型化した艦で、主砲は15・2センチ砲連装6基12門。基準排水量は1万4000トンにもなり、ほぼ従来型軽巡洋艦の倍以上の大きさである。

 

 やはり自動装填装置を採用している為、主砲は毎分15斉射が可能となっている。

 

 この恐るべき速射能力を持つ2タイプの巡洋艦を集中投入する事で、アンリは第7艦隊殲滅を狙っているのだ。

 

 皮肉な事である。

 

 これまで姫神型巡洋館の速射能力を如何無く発揮して勝利してきた彰人が、逆に敵の速射能力にやり込められているのだから。

 

「手を緩めるなッ 一気に押しつぶすんだ!!」

 

 アンリの鋭い命令が、電波に乗って各艦に響き渡った。

 

 

 

 

 

 敵巡洋艦の恐るべき速射能力を見るに至り、

 

 彰人は自分がとんでもない判断ミスを犯していた事に、ようやく思い至った。

 

 敵の狙いは、初めから「姫神」と「黒姫」を引き離し、その間に巡洋艦以下の艦艇を殲滅する事にあったのだ。

 

 彰人はその罠に、まんまと嵌ってしまった形である。

 

「クソッ 何て事だ・・・・・・・・・・・・」

 

 「姫神」の艦橋で、彰人は臍を噛む思いに捉われていた。

 

 既に「鈴谷」「熊野」が沈没確実。「矢矧」も損害を増しつつある。

 

 敵の砲撃は、残る「大淀」や駆逐艦にも及び始めようとしている。

 

 もはや一刻の猶予も許されない。すぐにでも救援に向かわなくてはならない。

 

 しかし、既に「ワシントン」との距離も詰まってしまっている。今、「姫神」と「黒姫」が反転する動きを見せれば、敵は嬉々として反転し背後から襲い掛かって来るだろう。

 

 それこそが敵の真の狙いなのだ。

 

 反転すれば背後から「ワシントン」にやられる。

 

 反転しなければ、「鈴谷」達を仕留めた巡洋艦部隊に背後からやられる。

 

 正に八方ふさがり。完全に手詰まりだった。

 

 どうする?

 

 どうすれば良い?

 

 この状況下で、頭をフル回転させる彰人。

 

 その時だった。

 

「『黒姫』から発光信号!!」

 

 後部艦橋から、報告が齎された。

 

「読みますッ 《我を顧みず、正面の敵に当たられたし》!!」

 

 一瞬、その言葉の意味を彰人は測り兼ねる。

 

 いったい、成瀬や黒姫は何が言いたいのか?

 

 しかし次の瞬間、

 

「ダメだッ」

 

 彼等の意図に思い至り、彰人は叫ぶ。

 

「あ、彰人?」

 

 驚く姫神に答える余裕も無いまま、彰人は「黒姫」を見詰め続ける。

 

 やがて、「黒姫」は大きく舵を切って隊列を離れると、敵巡洋艦部隊目がけて突撃を開始した。

 

 

 

 

 

「本当に良いの京介君?」

「ああ」

 

 尋ねる黒姫に、成瀬京介は泰然として頷きを返す。

 

 「黒姫」が反転して敵巡洋艦部隊阻止へ向かう事は、彰人からの命令では無く、成瀬の独断である。

 

 しかし味方の巡洋艦部隊が壊滅し、13戦隊にも損害が出始めている今、猶予は無い。このままでは第7艦隊が全滅しかねない。

 

 これを防ぐには、「黒姫」が13戦隊の救援に赴くしかなかった。

 

 敵の巡洋艦が恐るべき速射能力を有している事は「黒姫」でも掴んでいる。しかも、それが5隻である。

 

「今度ばかりは、やばいかもな」

 

 冷や汗交じりに呟く成瀬。

 

 この戦争を通じ、幾多の戦いを潜り抜けてきた彼もまた、歴戦の指揮官の1人と言って良いだろう。

 

 しかし、そんな成瀬ですら、今のこの状況には戦慄せずにはいられなかった。

 

 と、

 

 成瀬の手に、柔らかい感触が重ねられる。

 

 振り向くと、黒姫が微笑みながら成瀬の手を握っていた。

 

「大丈夫だよ、京介君」

「黒姫・・・・・・」

「あたし達が一緒にいれば、きっと大丈夫だよ。だって、ずっと一緒に戦って来たんだもん」

 

 微笑む黒姫。

 

 それに対し、成瀬もまた笑みを返す。

 

「・・・・・・そうだな。その通りだ」

 

 俺達2人が揃えば、倒せない敵なんて無い。

 

 そう思わせてくれるだけの信頼感が、2人の間にはあった。

 

「やるぞ、黒姫」

「うんッ」

 

 頷き合う2人。

 

 正面から迫るデモイン級、ウースター級の巡洋艦。

 

 それらに対し、

 

 「黒姫」の主砲が、一斉に火を噴いた。

 

 

 

 

 

第94話「戦旗は風を受けて翻る」      終わり

 

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