蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第97話「灰になるまで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、第3次マリアナ沖海戦に出撃する前の事。

 

 ある昼下がり、姫神型の姉妹2人は親友の島風、そして第6駆逐隊の暁、響、電とお茶を飲んでいた時の事だった。

 

 妹の黒姫が、姉にこんな事を尋ねて来た。

 

「ねえ、お姉ちゃん」

「何ですか、クロ?」

 

 尋ねる妹に、お茶を飲みながら答える姫神。

 

 そんな姉を見詰めなあら、黒姫は言った。

 

「提督とは、もうヤッたの?」

「ブフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?」

 

 あまりに直球過ぎる質問に思わず姫神は、飲みかけのお茶を、はしたなく吹きだした。

 

 暁の顔面目がけて。

 

「ちょォ!? レディーに何するのよー!!」

 

 涙目で抗議する暁。

 

 しかし、そんな暁に構っていられない程、今の姫神は混乱の極致にあった。

 

「な、なな・・・・・・・・・・・・」

 

 とっさの事で言葉が出てこない。

 

 そんな姫神を、黒姫は可笑しそうに眺める。

 

「うわッ お姉ちゃん、判りやすい反応だね」

「く、クロ!! はしたないですよ!!」

 

 図星を突かれ、焦った声を上げる姫神。

 

 傍らでは、響と電が暁の顔を拭いてやっている。その横では島風がゲラゲラと大爆笑していた。

 

 対して、

 

 黒姫はわざとらしくキョトンとして見せる。

 

「はしたないって、何が?」

「はい?」

「あたしはただ、提督とはもう、間宮で出た『新作のスイーツ食べ比べ』はやったのかって聞いただけだけど?」

 

 黒姫の言葉に、姫神はカーッと顔が赤くなるの感じた。

 

 語るに落ちる、と言うより誘導尋問に完璧に引っかかった形だった。いずれにせよ、姫神が自分で墓穴を掘った事だけは間違いない。

 

 プクッと膨らませた姫神の頬を、黒姫は可笑しそうに人差し指でつつく。

 

「ん~? ナニを想像したのかな~、お姉ちゃんは?」

「・・・・・・・・・・・・クロなんて、もう知りません」

 

 姫神はそう言ってそっぽを向く。

 

 そんな可愛らしい姉を、黒姫は抱きしめる。

 

「ごめんごめん。ちょっとイジメすぎちゃった。謝るから」

 

 そう言って笑う黒姫。

 

 釣られるように苦笑する姫神。

 

 そんな妹を、誰よりも愛おしく思うのだった。

 

 

 

 

 

 めくるく閃光が、致死の衝撃を伴って空中を駆ける。

 

 合計6発の砲弾は大気を切り裂いて飛翔すると、目標とした巡洋艦「セイラム」の周囲へ落下した。

 

 狂奔する海面が、排水量1万7000トンの重巡洋艦を揺さぶる。

 

 対抗するように主砲を放つ2番艦「セイラム」。そして後続する「ニューポートニューズ」「ウースター」「ロアノーク」の3隻。

 

 巡洋戦艦「黒姫」と、合衆国軍新型巡洋艦4隻の死闘は続いていた。

 

 6門の40センチ砲を10秒おきに撃ち鳴らす「黒姫」。

 

 対して合衆国軍の巡洋艦も、主砲を放って「黒姫」に対抗してくる。

 

 小規模の水柱が、無数に立ち上る。

 

 しかし、「黒姫」に命中する砲弾は1発も無い。

 

 主砲射程には入っているものの、未だに距離がありすぎる為、弾道を安定させられ無いようだ。

 

 姫神型巡洋戦艦をも上回る新型巡洋艦の速射能力も、距離が開いた状態では役に立たなかった。

 

「良いぞ、このまま行け!!」

 

 「黒姫」の艦橋では、艦長の成瀬が勢い込んでけしかける。

 

 「黒姫」は既に「デモイン」を脱落に追い込んでいる。本格的な反撃を受ける前に、最低でもあと2隻は無力化したいところだった。

 

 放たれる6門の40センチ砲。

 

 唸りを上げて飛翔する砲弾が、やがて着弾する。

 

「やったァッ」

 

 その様子に、黒姫は喝采を上げる。

 

 たった今、彼女が放った砲撃は「セイラム」に命中。巨大な爆炎を上げたのだ。

 

 多少防御力が強化されているとは言え、基本的に「巡洋艦」に過ぎない「セイラム」には、「巡洋戦艦」から放たれた砲弾に耐えられるだけの防御装甲は無い。

 

 どうやら砲弾は艦内に突入して炸裂したらしく、「セイラム」は激しく炎上している。戦闘能力も低下したのか、先程まで激しく砲弾を放っていた主砲も沈黙していた。

 

 この時、「黒姫」の砲弾は「セイラム」の第2砲塔に命中。砲塔を叩き潰して艦内に突入すると弾薬庫内部で爆発。搭載弾薬に誘爆を引き起こしていたのだ。

 

「よし、やったぞ。次行くぞ」

「了解、艦長!!」

 

 笑みを浮かべて頷き合う成瀬と黒姫。

 

 その視線は既に、次の目標を見定めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奴は化物か!?

 

 それを目にした将兵は、誰もがそう思った。

 

 彼方には炎上を続ける巨大戦艦。

 

 帝国海軍がヤマトタイプと名付けた戦艦の1隻が浮かんでいる。

 

 既に炎は艦首から艦尾までまんべんなく覆い、灼熱地獄と化している。

 

 煙突は半ばまで崩れ落ち、後部艦橋や副砲も吹き飛ばされている。舷側に並んでいる高角砲や機銃も、無事な物は一つとして無かった。

 

 今や甲板上で無事を確認できるのは、前部艦橋と主砲塔くらいの物である。

 

 しかし、それでも尚、その戦艦、「武蔵」は動いていた。

 

 否、それだけではない、3基9門の主砲は旋回と上下を行い、照準を修正していた。

 

 轟音と共に放たれる砲撃。

 

 飛翔する9発の2式徹甲焼夷弾は、目標とした戦艦「オハイオ」を目指す。

 

 次の瞬間、

 

 沸き起こる閃光。

 

 重量1・9トンの砲弾は、一撃の下に「オハイオ」の装甲を食い破り、艦内に突入する。

 

 炸裂する砲弾が、合衆国軍の誇る巨大戦艦を破壊する。

 

 甲板が大きく抉られる「オハイオ」。

 

 砲弾のうち1発は第2砲塔付近に命中。バーベットリングを歪ませて旋回不能に陥れていた。

 

 合衆国軍にとっては、悪夢を見ているが如き光景だった。

 

 今まさに、この瞬間に沈んでもおかしくないくらい、ボロボロに傷ついた敵戦艦。

 

 スクラップ寸前の「武蔵」が、しかし驚異的な粘りを見せている。

 

 昨日の対空戦闘における損傷に加えて、更に何十発もの直撃弾を受け、明らかに大破している「武蔵」。

 

 しかしそれでも尚、戦闘力を失う事無く砲撃を続けている様は、不死身の亡霊の如き凄味があった。

 

 既に「ルイジアナ」は戦闘不能で脱落。そして今また、「オハイオ」が打ちのめされている。

 

 その姿は、合衆国軍将兵にとって恐怖を刻もうとしていた。

 

 その恐怖に押されるようにして、砲撃を続行する合衆国艦隊。

 

 反撃の砲火が「武蔵」へ集中される。

 

 「オハイオ」の健在な6門と、「ニューハンプシャー」の8門。合計14門の46センチ砲が一斉に放たれ、「武蔵」へ叩き付けられる。

 

 爆炎が勢い良く吹き上がり、既に半壊した艦上の構造物が吹き飛ばされる。

 

 だが、

 

 それでも尚、「武蔵」は動きを止める事無く、主砲は砲火を放ち続けていた。

 

 

 

 

 

 戦艦「武蔵」が執念の戦いを続けている頃。

 

 合衆国戦艦2隻を挟んだ反対側からは、2隻の小さな影が迫ろうとしていた。

 

 艦の中部から後部に掛けて、多数の魚雷発射管を備えた異形の巡洋艦。

 

 世界中の海軍で帝国海軍だけが保有する重雷装軽巡洋艦「北上」と「大井」である。

 

 戦況が進むにつれ、宇垣は温存していたこの2隻に突撃を命じたのだ。

 

 命令を受けて隊列を飛び出した「北上」と「大井」は、「武蔵」に対して盛んに砲撃を繰り返している「オハイオ」「ニューハンプシャー」を目指して突撃を開始した。

 

「いやー、それにしても意外だったねー」

 

 敵艦隊に向けて突撃しながら、第9戦隊旗艦を務める北上は肩を竦めた。

 

「あたしや大井っちに、また出番が回って来るなんてさー」

「ある物は何でも使おうって事だろう。俺もお前も、それでまた出番が回って来たんだ。文句言うなよ」

 

 北上の言葉に苦笑を返したのは、第9戦隊司令官の田中雷次郎(たなか らいじろう)少将である。

 

 かつては第3水雷戦隊司令官として南洋で戦った田中だったが、とある事情で海軍上層部との折り合いが悪くなって前線勤務から外され、今日まで閑職の道を歩まされてきた。

 

 しかし、この最終局面に当たって田中の実力に目を付けた小沢によって見いだされ、再び水雷戦隊。それも、世界最強の雷撃力を誇る重雷装艦「北上」「大井」を擁する第9戦隊司令官として前線復帰を果たしていた。

 

 閑職に回された、と言えば第9戦隊の「北上」「大井」も同様である。

 

 第3次ソロモン海戦に「大和」と共に参戦し勝利に大きく貢献した「北上」と「大井」だったが、その後、殆ど活躍する機会が無かった。

 

 戦いの主流は既に航空機に移っており、雷撃に特化した巡洋艦では働きの場が殆ど得られなかったのだ。

 

 そこで、2隻の重雷装艦はもっぱら、水雷学校の訓練実習艦として過ごす日々が続いていた。

 

 そんな2隻に再び晴れの舞台が巡って来た。

 

 この決戦の場にあって、水上砲戦部隊の切り札として投入されたのだ。

 

 目の前には、「武蔵」に対して砲撃を続ける2隻の米戦艦。

 

 「オハイオ」の方は「武蔵」の砲撃を受けて損傷しているが、「ニューハンプシャー」は未だに無傷である。

 

「無傷の方をやるぞ。その方が『武蔵』の援護になる」

「ん、異存なーし」

 

 田中の指示に、手を上げて答える北上。

 

 せっかく世界最強の雷撃力を誇る重雷装艦2隻を揃えているのだ。狙うなら、一生に一度狙えるかどうかと言う大物である。

 

 それを果たせるなら、ここで沈んでも悔いは無かった。

 

 31ノットの最高速度で接近していく「北上」と「大井」。

 

 このまま必中距離まで斬り込む事ができるか?

 

 そう思っていたのだが、

 

 次の瞬間、「北上」の周囲に、複数の水柱が一斉に立ち上った。

 

「やっぱ、そう甘くないみたいだねー」

「予想の範囲内だよ」

 

 苦笑交じりの北上の言葉に対し、田中も不敵な笑みを返す。

 

 どうやら第9戦隊の接近を察知した敵戦艦が、舷側の両用砲で反撃して来たのだ。

 

 1発の威力は低い両用砲だが、その分数は多い。

 

 加えて「北上」「大井」は両舷側に多数の魚雷発射管を搭載している。そこに1発でも敵弾を喰らえば、誘爆して轟沈してしまう。油断はできなかった。

 

「どうする提督? 今なら逃げられるけど?」

 

 問いかける北上。

 

 対して田中は、ニヤリと笑って帰す。

 

「フッ 冗談だろ」

 

 言い放つと、田中は前方を睨み据える。

 

「進撃続行ッ 1ノットたりともスピードを落とすんじゃないぞ!!」

「そうこなくっちゃね~」

 

 指示を飛ばす田中に、北上もまた頷きを返す。

 

 水雷屋たる者、敵の攻撃を恐れて退く事などあり得なかった。

 

 最大戦速で突き進む「北上」と「大井」。

 

 「弾丸は勇者を避けて通る」の故事の通り、放たれる砲弾は2隻に命中することは無い。

 

 程無く、「武蔵」に対して砲撃を続行している「ニューハンプシャー」を、射程内に捉える第9戦隊。

 

「統制雷撃戦用意!!」

 

 田中の命令と共に回頭する2隻の重雷装艦。

 

 同時に片舷20射線、2隻合計40射線の魚雷発射管が一斉に旋回。目標の「ニューハンプシャー」を睨み据える。

 

 その向こうには、炎上する「武蔵」の姿もある。

 

 尚も反撃の砲火を放ってくる米戦艦。

 

 対して、田中は振り上げた腕を真っ直ぐに振り下ろした。

 

「発射始め!!」

 

 一斉に放たれる40発の93式酸素魚雷。

 

 それらが一斉に海面下への疾走を開始する。

 

 対して、「武蔵」砲撃中の「ニューハンプシャー」は回避行動をとる事が出来ない。

 

 次の瞬間、

 

 巨大戦艦の舷側に、魚雷命中を示す水柱が次々と立ち上った。

 

 更に、それを待っていたように「武蔵」の砲撃が「ニューハンプシャー」に命中する。

 

 大爆発を起こす「ニューハンプシャー」。

 

 この時、「ニューハンプシャー」は「北上」と「大井」の放った40本の魚雷の内、実に7本が命中して艦内には大浸水が起こっていた。そこへ更に、まるでタイミングを計ったかのように命中した「武蔵」の砲弾が艦内で炸裂し、衝撃と爆炎によって一気に致命傷を与えられていたのだった。

 

 やがて、急速に傾斜して海上に対しする「ニューハンプシャー」。

 

 46センチ砲弾と複数の魚雷が同時に命中し、艦が耐えられる限界を超越していたらしい。

 

 艦は一気に傾斜を増し、海上に横倒しになる。

 

 もはや、この戦艦が助からないのは明白だった。

 

 しかし、

 

 凱歌を上げる余裕は帝国海軍には無かった。

 

 次の瞬間、

 

 飛来した砲弾が「北上」の、未発射の魚雷発射管に命中。一気に誘爆を引き起こすと、世界最強の重雷装艦は、跡形も無く吹き飛ばされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずったなー もうちょっとだったのに・・・・・・・・・・・・」

 

 全身を苛む痛みに耐えながら、黒姫は無理やり笑みを浮かべる。

 

 とは言え、状況はハッキリ言って、楽観視できるものではない。

 

 1番艦の「デモイン」と2番艦の「セイラム」を撃沈に追い込んだところまでは良かった。

 

 敵の主力重巡2隻を沈め、3隻目への照準変更をしようとしていた「黒姫」。

 

 しかし、そこで合衆国軍に捕捉されてしまった。

 

 残る「ニューポートニューズ」「ウースター」「ロアノーク」から集中砲火を受けた「黒姫」。

 

 次々と飛来する砲弾に、「黒姫」の艦上構造物は徐々に破壊されていく。

 

 何しろ1発の威力こそ低いものの、デモイン級は5秒に1発、ウースター級は4秒に1発主砲を撃つ事ができる。

 

 それが3隻束になって掛かって来れば、いかに歴戦の「黒姫」と言えども、苦戦は免れなかった。

 

 「黒姫」もまた果敢に反撃を行うが、こちらが2斉射12発の砲弾を放つ間に、向こうは156発斉射できる計算になる。

 

 いかに攻防性能に勝る巡洋戦艦とは言え、耐えられる数字ではなかった。

 

 矢継ぎ早に飛来する砲弾が、「黒姫」に突き刺さる。

 

 破壊される艦上構造物。

 

 高角砲や機銃が吹き飛ばされ、副砲が叩き潰される。

 

 煙突も度重なる弾着によって穴だらけにされていた。

 

「クソッ 砲術ッ まだ命中弾は無いのかよ!?」

 

 成瀬が焦った調子で尋ねる。

 

 ここまで順調に来た分、苦戦している現状が歯がゆく思えているのだった。

 

 再び襲ってくる衝撃。

 

 今だ、ヴァイタルパートや主砲塔への貫通は無い。

 

 しかし、敵巡洋艦の砲撃は、確実に「黒姫」の戦闘力を削いでいっている。

 

「大丈夫か、黒姫?」

「これくらい、平気だよ」

 

 気丈に答える黒姫。

 

 しかし、その額には汗が滲み、いかにも苦しそうである。度重なる直撃弾が、少女を痛めつけている事は間違いなかった。

 

 連続して襲ってくる直撃弾。

 

 1発1発の威力は大したことが無いとは言え、複数の砲弾が一時に命中した時のショックは侮れない物がある。

 

 既に「黒姫」が被った直撃弾は30発以上に達する。

 

 そのうち数発は舷側の喫水線付近に命中。高速航行に伴う水圧によって、僅かずつ浸水が発生し始めていた。

 

 その時、更に砲撃が命中。舷側に並んだ長10センチ高角砲を、台座ごと叩き潰した。

 

「キャァッ!?」

 

 衝撃と痛みによって悲鳴を上げる黒姫。

 

 巡洋艦の砲撃如きで姫神型巡洋戦艦が沈むはずはないが、それでも着実にダメージは蓄積されている。

 

 今や「黒姫」の艦上で、無事な部分は艦橋と主砲塔くらいだった。

 

「こっちの砲撃はどうしたんだよ!?」

 

 苛立って叫ぶ成瀬。

 

 先程から一方的に攻撃を喰らっている状況に、焦りを隠せない様子だ。

 

 と、

 

「今、敵の3番艦を狭叉しました。これより本射に入ります!!」

 

 空振りを繰り返していた「黒姫」の砲撃も、ここにきてようやく照準の修正が完了したようだ。

 

 ここから反撃を開始する。

 

 誰もがそう思っていた。

 

 だが、敵巡洋艦3隻は尚も、嵐のような砲撃を「黒姫」に浴びせてくる。

 

 そのような中、

 

 必中を期して「黒姫」の主砲が放たれる。

 

 殆ど水平の弾道を描いて飛翔する砲弾。

 

 その内の1発が、巡洋艦「ニューポートニューズ」を真っ向から捉えた。

 

 爆炎が、新型重巡を包み込む。

 

 と同時に、隊列を維持できなくなったらしい「ニューポートニューズ」が、よろばうようにして脱落していくのが見える。

 

 「黒姫」の砲弾が「ニューポートニューズ」の艦橋を直撃し、指揮系統を破壊する事に成功したのだ。

 

 撃沈できたかどうかは微妙な所だが、それでも戦闘力を奪った事だけは間違いなかった。

 

 これでもう「ニューポートニューズ」は脅威ではない。残りはウースター級軽巡洋艦の「ウースター」「ロアノーク」のみ。

 

 勝機が見えてきた。

 

 そう思いかけた時、凶報が齎された。

 

《内務班より艦長ッ 艦底部の浸水増大中。このままでは横転の危険性ありッ 速度を落とされたし!!》

 

 その報告に、成瀬は舌打ちする。

 

 「黒姫」は喫水線付近の被弾によって、複数個所から浸水を引き起こしていたのだ。

 

「クソッ 速力10ノット制定!!」

 

 やむなく、減速を指示する成瀬。

 

 程無く、緩やかにスピードを落としていく「黒姫」。これで姫神型巡洋戦艦の切り札の一つである高速性能が失われた事になる。

 

 それを待っていたかのように、「ウースター」と「ロアノーク」が距離を詰めに掛かってくる。

 

 その様子を、成瀬と黒姫は臍を噛む思いで見詰めていた。

 

 2隻の巡洋艦が更に砲門を開こうとした。

 

 その時、

 

 突如、2隻の周囲に複数の水柱が立ち上った。

 

 ハッとして振り返る視線の先。

 

 そこには、こちらに向かって航行してくる一群の艦艇の姿があった。

 

 巡洋艦部隊の唯一の生き残りである「大淀」。そして第13戦隊の生き残り「島風」「暁」「響」「春月」が、「ウースター」と「ロアノーク」に対して砲撃を仕掛けている光景がそこにあった。

 

 彼女達は本隊と別れた後、敵駆逐艦部隊と交戦。「花月」の犠牲と引き換えにして戦いに勝利すると、苦戦を続ける「黒姫」の救援に駆け付けたのだ。

 

 小口径砲弾が連続して発射され、2隻の巡洋艦を取り囲むように水柱が立ち並ぶ。

 

 「島風」「暁」「響」の3隻は既に魚雷を撃ち尽くしているのか、砲撃のみで「黒姫」を掩護している。

 

 しかし、それだけでも傷ついた「黒姫」には、ありがたい掩護射撃だった。

 

 対抗するように「ウースター」「ロアノーク」も砲火を閃かせる。

 

 しかし、「黒姫」との戦闘で、既に大量の砲弾を消費している2隻は、新たに参戦した「大淀」達に対抗するのは難しかった。

 

 やがて、自分達の不利を悟ったのか、2隻は次々と舵を切って離脱していくのだった。

 

 

 

 

 

 降り注ぐ砲弾が突き刺さるたび、敵艦の甲板上で炸裂。そこにある物を次々と食いちぎって行く。

 

 一度捉えてしまえば、後は一方的に押し込む事ができる。

 

 「姫神」と「ワシントン」の戦いは、「姫神」の圧倒的有利に進んでいた。

 

 「姫神」の放つ砲撃は、連続斉射によって次々と「ワシントン」に襲い掛かる。

 

 双方ともに40センチ砲であり、「ワシントン」は「姫神」の5割増しの火力を有している。本来であるならこの戦い、「ワシントン」の有利に進んだとしてもおかしくは無い。

 

 しかし、火力の差は得意の連続斉射で補い得る。

 

 更に重量1・3トンの2式徹甲焼夷弾が、もともと十分とは言えないノースカロライナ級戦艦の装甲を易々と突き破って艦内で炸裂。「ワシントン」に大ダメージを与えていた。

 

 「姫神」の放った砲弾多数を受けた「ワシントン」は既に第1砲塔は叩き潰され、舷側の対空砲もあらかた抉り落とされている。

 

 艦首付近を中心に火災が発生し、艦首非装甲部分に喰らった1発によって浸水を引き起こし、速力も大幅に低下していた。

 

 一方、「姫神」の方も直撃弾を受けてはいるが、被害は高角砲2基、副砲1基喪失に留まっている。

 

「とどめを刺しますか、彰人?」

「いや、いいよ」

 

 遠方で炎上する「ワシントン」を見やりながら投げ掛けられた姫神の質問に、しかし彰人は首を横に振る。

 

 正直、「ワシントン」1隻に時間を掛け過ぎてしまった。他の部隊の援護に回らなくてはならないし、砲弾にも余裕がある訳ではない。

 

 ここは戦闘力を奪えれば、それで充分だった。

 

「他の部隊の状況は!?」

「ハッ 第2艦隊は敵主力艦隊と交戦中。どうにか持ち堪えているようです!!」

 

 問いかける彰人に、幕僚がそう答える。

 

 その報告に、彰人は帽子の下で頷く。

 

 流石は宇垣だ。圧倒的に不利な状況の中で、それでもどうにか持ち堪えているのだから。

 

 ここは第2艦隊の救援に行くべきだろう。

 

 第7艦隊の任務は、あくまで第2艦隊の側面支援である。加えて大和型戦艦の火力は、本作戦の要。ここで失う訳にはいかなかった。

 

「両舷全速。進路0―9―0!! 本艦はこれより、敵主力と交戦中の第2艦隊支援に向かう!!」

 

 彰人の命令と共に、「姫神」は速力を上げて大きく回頭した。

 

 

 

 

 

 一方、燃え盛る「ワシントン」の艦橋では、アンリ・ステイネスが遠方で遠ざかって行く「姫神」の姿を、眺めやっていた。

 

「完敗だね」

 

 淡々とした口調。

 

 そこに後悔は無く、どこかさばさばとして印象さえあった。

 

 これまで幾度となく激突を繰り返してきた、「姫神」と「ワシントン」。

 

 この決戦の場にあって最後の激突をした両者の戦いは、ついに「姫神」に軍配が上がる形で幕を閉じた。

 

 性能で負けていたとは、アンリもワシントンも思ってはいない。

 

 単純な性能差以上の何かが、両者の間にはあったように思えた。

 

 とは言え、「姫神」や、彼女を指揮していた相手の提督に対する恨みは無い。

 

 彼等は帝国の為に、自分達は合衆国の為に。

 

 互いに祖国の為に、死力を尽くして戦ったのだから。

 

 アンリは、愛する妻へ振り返る。

 

「調子はどうだ、ワシントン?」

「ええ・・・・・・何とか。ダメコン班が頑張ってくれているから、どうにか浸水は食い止められているみたいだけど・・・・・・」

 

 問いかける夫に、ワシントンは苦しげな中にも笑顔を見せて答えた。

 

 実際、彼女の艦内では生き残った兵士達が応急修理に奔走し、何とか被害拡大を食い止めようとしていた。

 

 その甲斐あってか、「ワシントン」はどうにか沈没だけは免れようとしていた。

 

 とは言え、第1砲塔が叩き潰されたうえ、浸水によって速力も低下している。これ以上の戦闘続行が不可能な事は、誰の眼にも明らかな事だった。

 

「復旧作業が完了次第、戦域より離脱する。それまで頑張ってくれ」

「はい」

 

 健気に頷くワシントン。

 

 そんな妻を、アンリは腕を回して優しく支える。

 

 この時、アンリも、そしてワシントンも気付いてはいなかった。

 

 彼等2人にとっての「太平洋戦争」はこの瞬間、事実上の終わりを告げたのだと言う事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ルイジアナ」が「武蔵」の砲撃によって脱落し、「ニューハンプシャー」が「北上」「大井」の雷撃によって轟沈した頃、

 

 「大和」は敵旗艦「モンタナ」との一騎打ちに突入していた。

 

 既に1番艦の「メイン」は、「大和」の砲撃を受けて脱落している。

 

 ここに、海戦史上でも稀となる、両軍旗艦同士の一騎打ちが展開されていた。

 

 「大和」と「モンタナ」の死力を尽くした砲撃戦。

 

 後世の軍事マニアがここに居たら、失神してしまいそうなほど、垂涎物のシチュエーションである事は間違いない。

 

 とは言え、「大和」はここに来るまで既に損傷を負っている身。特に第3砲塔を失っているのは痛い。

 

 対して殆ど損傷らしい損傷を受けていない「モンタナ」は、容赦ない砲撃で「大和」を追い詰めてきていた。

 

 長砲身46センチ砲の強烈な砲撃によって「大和」の装甲は次々と貫通され炎を上げている。

 

 対して、「大和」も果敢に反撃をするが、第3砲塔を失っている事に加え、「モンタナ」は「大和」が「メイン」に砲撃を集中している隙に照準修正を完了し、本射に移行していた事も痛かった。

 

 立ち上がりを制されたせいで、「大和」は「モンタナ」に対し、未だに数発の直撃弾を得たのみである。

 

 吹き上がる水柱。

 

 しかし、一撃必殺の砲撃は「モンタナ」をなかなか捕えない。

 

 砲弾重量では「大和」の方が勝っているが、当たらない事にはどうしようもなかった。

 

 対して「モンタナ」の方は、素早い砲撃を「大和」に浴びせてくる。

 

 発射速度と発射門数。双方で差を付けられた「大和」は、一方的に追い込まれつつあった。

 

「すみません・・・・・・宇垣さん」

 

 大和は苦しげに言いながら、自身の傍らに立つ提督を見る。

 

 既に艦内にも犠牲者や負傷が相次ぎ、艦の機能を維持するにも限界が近付きつつあった。

 

 そこへ、更に命中する砲弾が、「大和」を大きく揺るがせる。

 

「ッ 被害報告!!」

 

 羅針盤に掴まってバランスを保ちながら叫ぶ宇垣。

 

 既に堅牢な装甲は意味を成さず、砲弾は艦内で炸裂している。

 

 このままでは、撃ち負ける可能性すらあった。

 

 ややあって、報告が上げられてきた。

 

「2番缶室損傷ッ 速力、低下します!!」

 

 その報告に、宇垣は舌打ちする。

 

 缶室、つまりボイラーは艦の速力を維持するのに重要な設備だ。その為、エンジンや弾薬庫と並んで艦の中で最も防御力が高い。

 

 その缶室にまで被害が及んだと言う事はつまり、いよいよ「大和」の状況は末期的である事を現している。

 

「う・・・・・・宇垣さん」

 

 苦しげな声に振り向くと、床に座り込みながら、それでも少女は気丈な眼差しで見上げてきている。

 

「私は、大丈夫ですから・・・・・・どうか、遠慮せずに」

「大和・・・・・・判った」

 

 唇を噛み、宇垣は前を向く。

 

 彼にとって大和は掛け替えのない少女である。

 

 ここで失いたくない。

 

 だが、退く事は許されない。

 

 ここで自分達が負ける事は即ち、帝国の滅亡を意味しているのだから。

 

 宇垣は決意も新たに、再び「モンタナ」に目を向けた。

 

 

 

 

 

 一方、「モンタナ」の艦橋に立つニミッツは、勝利を確信しつつあった。

 

 目の前のヤマトタイプは、既に判定大破の損害を受け、青息吐息の状態である。

 

 無論、合衆国軍の戦艦も無傷ではない。

 

 既に「メイン」「オハイオ」「ルイジアナ」の3隻は脱落している。そして「ニューハンプシャー」は、既に波間に没しようとしている。

 

 合衆国軍が数年かけて建造した最強の戦艦群は、このたった一度の艦隊決戦で壊滅的な損害を被ってしまったのだ。

 

 帝国海軍侮りがたし。

 

 彼等が「トーゴー」の後継者である事を、ニミッツは改めて認識する。

 

 しかし、帝国海軍の戦艦の内、ヤマトタイプ2隻には判定大破の損害を与え、残る1隻にも損傷を負わせている。

 

 後のコンゴウタイプ2隻ならば、「モンタナ」1隻でも問題無く勝てるだろう。

 

 加えて、仮に自分達が突破されたとしても、まだ後方ではルメイに率いられた陸軍航空隊が控えている。

 

 どう考えても、合衆国軍の勝ちは動かなかった。

 

 「モンタナ」が放った砲弾が、再び「大和」を直撃するのが見えた。

 

 炎が、更に巨大な奔流となって、帝国海軍最強の戦艦を包み込もうとしている。

 

「勝ったな」

 

 確信と共に呟くニミッツ。

 

 だが、

 

 勝利宣言をするにはまだ早かった。

 

 「モンタナ」が更なる砲撃を「大和」に向けて放とうとした時だった。

 

 突如、「モンタナ」の前面に、巨大な水柱が立ち上った。

 

「あ、新手か!?」

 

 とっさに振り替えるニミッツ。

 

 この時点で、敵の増援が来る事は完全に予想外の事だったのだ。

 

「右舷70度より、新たな敵戦艦ッ!!」

 

 見張り員の絶叫が響き渡る。

 

「ヒメカミタイプです!!」

 

 

 

 

 

 「大和」の苦境に駆け付けた「姫神」は、前部に集中配備した40センチ砲6門を一斉発射して「モンタナ」を牽制しにかかる。

 

 主砲の連続発射を「モンタナ」に浴びせる「姫神」。

 

 連続して立ち上る水柱が、「モンタナ」の至近に高々と上がる。

 

「当てなくても良いッ とにかく撃ちまくるんだ!!」

 

 彰人の命令通り、「姫神」は「モンタナ」への砲撃を続行する。

 

 距離がある為、命中弾は期待できない。

 

 しかし、彰人は構わず全力斉射を繰り返す。

 

 ともかく、敵の目を僅かでも「大和」から逸らす事が目的だった。

 

 尚も繰り返される「姫神」の砲撃が、「モンタナ」の周辺で炸裂。巨大な水柱を上げる。

 

 こうして敵に圧力を加えれば、敵の指揮官は必ずや迷うだろう。このまま「大和」に対して砲撃を続行するか、それとも脅威度は低くても戦闘力を維持している「姫神」に目標を移すか。

 

 敵が「大和」を選べば、彰人は背後から喰らい付くつもりだし、「姫神」を選べば、回避運動に専念して攪乱しつつ「大和」に反撃の機会を与える。

 

 即興だが、これが彰人が考えた対「モンタナ」用戦闘プランだった。

 

 果たして、

 

 敵の砲門は再び「大和」に向けて放たれる。

 

 どうやらニミッツは後から来た「姫神」よりも、「大和」の方が脅威であると考えたらしかった。

 

 その様子に、彰人は帽子の奥で笑みを浮かべる。

 

 これで、こちらの準備は整った。

 

 砲撃を続行する「姫神」

 

 やがて、弾着修正が完了した「姫神」の砲弾が、「モンタナ」の艦上で炸裂する。

 

 踊る爆炎。

 

 しかし、

 

「やっぱり駄目かッ」

 

 相手に目立った損傷が無い事を見て、彰人は舌打ちする。

 

 元より、大和型戦艦をも圧倒するほどの性能を持った戦艦である。それより攻防性能の劣る「姫神」では、並みの攻撃では歯が立たない事は判っていた事だ。

 

 だからこそ、彰人は次の手を打つ。

 

「機関全速ッ 敵艦の至近に一気に斬り込む!!」

 

 彰人の号令と共に、「姫神」は更に速力を上げた。

 

 対して「モンタナ」は、主砲を「大和」に向けつつ、「姫神」には両用砲を向けて対抗してくる。

 

 突撃する「姫神」の周囲に、次々と弾着の水柱が立ち上る。

 

 中には、「姫神」に当たる砲弾も少なくない。

 

 しかし、所詮は対空砲に過ぎない両用砲では、巡洋戦艦の接近を阻む事はできない。

 

「耐えて姫神!!」

「判ってます!!」

 

 彰人の言葉に、健気に返事をする姫神。

 

 その間にも「姫神」は35ノットの全速力で、「モンタナ」の至近距離にまで攻め込んで行く。

 

「主砲、照準!! 目標、敵戦艦!!」」

 

 彰人の命令に従い、6門の40センチ砲を構える「姫神」。

 

 距離は既に7000を切っている。歴戦の強者を取りそろえた「姫神」の砲術要員なら、もはや目を瞑っていても当てられる距離である。

 

 視線を合わせる、彰人と姫神。

 

 恋人同士、互いの顔に笑顔が浮かぶ。

 

 次の瞬間、

 

「撃てェッ!!」

 

 彰人の号令と共に、一斉に主砲を発射する「姫神」。

 

 ほぼ水平に近い弾道を描いて飛翔する6発の砲弾。

 

 1・3トンの重量を誇る2式徹甲焼夷弾が、間髪入れずに「モンタナ」の艦上で炸裂した。

 

 1万メートル以下の至近距離から放たれた砲弾は、初速の威力を失う事無く「モンタナ」の装甲を貫通。一気に艦内に突入して炸裂する。

 

 焼夷弾子によって炎に包まれる「モンタナ」。

 

 砲撃が、一瞬停止する。

 

 次の瞬間、

 

 更に巨大な爆炎が、「モンタナ」を包み込んだ。

 

 それまで苦戦を強いられていた「大和」が、「姫神」の援護によって体勢を立て直して砲撃を再開したのだ。

 

 艦内に突入した1・9トンの砲弾が炸裂した時の衝撃は、「姫神」の比ではない。

 

 一撃でボイラーとタービンを破壊された「モンタナ」。

 

 そのまま力尽きたようにガックリと海上に停止した。

 

 

 

 

 

第97話「灰になるまで」      終わり

 

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