蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第98話「愛しき姉へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砲声が止んだ海域に、一時的な静寂が訪れる。

 

 先刻まで砲声が轟いていた海が、不気味なほどの静けさを取り戻す。

 

 今だ炎と火薬の臭いが充満する海上において、勝者たる艦隊が集結を終えようとしていた。

 

 だが、

 

「だいぶ、やられましたね・・・・・・・・・・・・」

 

 自分を中心に集まって来た艦の少なさを見て、大和は悲しそうに目を細めた。

 

 彼女の言う通り、集まってくる艦艇の数は戦闘開始前に比べて明らかに減少していた。

 

 更に、

 

 少女の眼は、彼方で炎を上げている戦艦に向けられた。

 

「武蔵・・・・・・・・・・・・」

 

 愛する妹が項垂れるように傾斜し、海上に停止している。

 

 世界最大の巨大戦艦は、今や全艦が炎に包まれ艦上構造物の大半が破壊されていた。

 

 大和型戦艦の象徴とも言うべき巨大な主砲塔や、特徴的な前部艦橋は未だに原型を保っているが、既に煙突、後部艦橋、副砲は崩れ去り、舷側の対空砲も全て吹き飛ばされている。

 

 戦って、戦って、戦い抜いて、そして力尽きた姿で、武蔵は海上に横たわっていた。

 

 妹はもう助からない。その事は、大和にもよく判っていた。

 

 大切な妹。

 

 愛しい武蔵。

 

 それが今、大和の目の前で失われようとしていた。

 

 そんな大和の肩に手を回し、

 

 宇垣はそっと、彼女を抱き寄せる。

 

 大和もまた、宇垣の胸に身を寄せる。

 

 しばし、散り行く者への想いを共にする宇垣と大和。

 

 だが、感傷に浸っている時間は、それほど長くは無かった。

 

 合衆国軍水上砲戦部隊との戦いに勝利した帝国海軍だが、本来の目的は敵艦隊の撃滅では無く、マリアナ諸島に対する艦砲射撃である。それを果たさない事には勝利したとは言えなかった。

 

「提督。残存の全艦艇、集結完了しました」

「・・・・・・・・・・・・うむ」

 

 幕僚の報告に頷きを返す宇垣。

 

 準備は整った。

 

 ならば、自分達の最後の務めを果たすために、行かなくてはならなかった。

 

 大和もまた指先で涙をぬぐい、宇垣を見る。

 

「・・・・・・行きましょう」

 

 敢えて強い口調で告げる大和。

 

 対して宇垣は、もはや何も言う事無く頷きを返す。

 

 同時に、前方へと目を向けた。

 

「全艦、進路1-8-0!!」

 

 高らかに宣言するように、宇垣は命じた。

 

「我が艦隊はこれより、マリアナ諸島敵軍拠点に対する艦砲射撃を実施する!!」

 

 

 

 

 

 一方、第7艦隊の損害もまた、無視し得ない物だった。

 

 重巡洋艦「鈴谷」「熊野」、軽巡洋艦「矢矧」、駆逐艦「花月」沈没。

 

 生き残っている艦も、無傷の物は1隻も無い。

 

 特にひどいのは、敵の最新鋭巡洋艦5隻を1隻で相手取った「黒姫」である。

 

 無数と言える20.3センチ砲弾や15・2センチ砲弾の直撃を受け、艦上構造物のいたるところに穴があけられている。

 

 後部艦橋や煙突は穴だらけになり、3基ある副砲の内、右舷側と後部の物は叩き潰されている。

 

 カタパルトや右舷側の対空砲は、全て根こそぎ失われていた。

 

 さながら、ピラニアの群れに食いちぎられたような様相である。

 

 主砲やヴァイタルパートへの貫通は無いが、それ以外の全てが破壊されたと言っても過言ではない。

 

 更に深刻な事態がある。

 

 喫水線付近に喰らった20・3センチ砲弾によって浸水が発生し、「黒姫」は速力の低下を来しているのだ。

 

 機関に損傷は無い為、速力を出せない訳ではないのだが、速度を上げれば水圧によって隔壁が破られる可能性があるのだ。

 

 ボロボロに傷ついた「黒姫」。

 

 その姿から、たとえ小口径砲弾でも、速射能力によってダメージが蓄積されれば侮れない事態に陥ると言う事を如実に物語っていた。

 

「『黒姫』より信号!!」

 

 見張り員の絶叫が響き渡る。

 

「読みますッ 《我を顧みず、進撃されたし》!!」

「そんなッ クロ!!」

 

 姫神がとっさに艦橋の手すりに駆け寄り、悲痛な視線を妹に向ける。

 

 すると、

 

 向こうの艦橋に立つ少女と目が合った。

 

 姉が自分の方を見ている事を悟ったのだろう。黒姫が大きく手を振ってくるのが見えた。

 

 今の「黒姫」は、姫神型巡洋戦艦にとって最大の武器である機動性を発揮できない。せいぜい10ノット出せれば良いところである。

 

 ここはまだ、敵地のど真ん中。そのような場所に全力発揮できない「黒姫」を置いて行ったら、撃沈されてしまう可能性が高い。

 

 しかし、

 

 判っているのだ。黒姫も、そして成瀬も。

 

 自分達の存在が、艦隊の足を引っ張っている事実に。

 

 だからこそ、彼等は彰人達の背中を押しているのだ。

 

 「自分達に構わず行け」と。

 

 「行って、愛する者を守れ」と。

 

 帽子を、いつも以上の深く被り直す彰人。

 

 本当なら置いて行きたくは無い。

 

 後輩の成瀬は開戦以来共に戦ってきた大切な戦友だし、黒姫は愛する姫神の妹だ。

 

 どちらも、彰人にとっては大切な存在である。

 

 しかし今、情にほだされて大局を見失う愚は、彰人にとって過ぎたる贅沢だった。

 

 故に、

 

「『黒姫』に通達。《進路反転。この場にて離脱せよ》」

 

 そう命じる事が、彰人にできる唯一にして最後の情だった。

 

 更に、

 

「『暁』に通達。《「黒姫」の護衛に付け》!!」

 

 切り捨てると判っていて、その切り捨てる存在に護衛を付ける。

 

 それが、彰人が気付いていて、尚捨てる事が出来ない「甘さ」だった。

 

 どのみち、敵艦隊を撃破した今、駆逐艦1隻が抜けてもさして戦力的な影響は少ないと判断したのだ。

 

 やがて、彰人は陣形再編を終え、「姫神」「大淀」「島風」「響」「春月」の5隻に撃ち減らされた第7艦隊を率いて、宇垣率いる第2艦隊に続行する。

 

 そして、

 

《信号了解。任せておきなさい》

 

 威勢の良い電文と共に、「暁」が「黒姫」の前に回り、対潜護衛に入る。

 

 同時に、「黒姫」はボロボロの体を引きずるようにして回頭。「姫神」とすれ違う。

 

 艦橋に佇み、敬礼を送る彰人と姫神。

 

 対して、「黒姫」の艦橋にも、成瀬と黒姫が佇み敬礼してきている。

 

 両者はすれ違い、やがてその姿は水平線の彼方に隠れて見えなくなっていった。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 少し離れた海面では、1隻の巨艦が最後の時を迎えようとしていた。

 

 「武蔵」である。

 

 自信と同等か、それ以上の戦闘力を誇るモンタナ級戦艦3隻を傷ついた身で相手取った武蔵は、その艦体を完膚なきまでに破壊され、沈みゆこうとしている。

 

 装甲はずたずたに引き裂かれ、艦上構造物も大半が破壊されている。

 

 堅牢な主砲塔は健在なように見えるが、どの砲塔も左舷側を向いたまま、動きを完全に止めていた。。

 

 全ての砲塔が、最後まで戦った証しとして砲身に仰角を掛けた状態で停止していた。

 

 その姿だけを見れば、この戦艦がまだまだ戦えるように思える程である。

 

 その「武蔵」の艦橋で、

 

 当の武蔵本人が、床に大の字になって横たわっていた。

 

 全身から流れ出る鮮血が艦橋の床を染め上げ、武人たる女の命が少しずつ失われようとしていた。

 

 やがて、

 

「・・・・・・・・・・・・艦長」

 

 武蔵は低い声で呟く。

 

「副長・・・・・・砲術長・・・・・・航海長・・・・・・通信長・・・・・・主計長・・・・・・誰でも良い。しぶとく生き残っている者はいないのか?」

 

 問いかける声に、しかし答えは返らない。

 

 皆、戦場に倒れるか、あるいは生き残った者も退艦したのだろう。

 

 「武蔵」は今、ほとんど無人の艦となって海上に漂っている。

 

 もっとも、既に艦内は破壊し尽くされ、進水も深刻化している。一部は昨日の空襲で受けた魚雷の傷が、砲戦によって開いた物もあった。

 

 喫水は徐々に上がり、前部甲板は既に波が洗っている状態である。

 

 自分はもう助からない事は、武蔵にも判っていた。

 

「・・・・・・・・・・・・まあ、良いか」

 

 さばさばした口調で、武蔵は呟く。

 

 最後に、ライバルである合衆国軍の最新鋭戦艦相手に、これだけ派手な水上砲戦を演じる事が出来たのだ、

 

 悔いなど、あろうはずも無かった。

 

「・・・・・・ああ・・・・・・良い気分だよ」

 

 最後にフッと笑みを浮かべ、

 

 武蔵は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立ち塞がる敵を薙ぎ払い、うち倒し、

 

 連合艦隊はマリアナ近海にまで達しようとしていた。

 

 目指す目的地は、あと少し。

 

 全ては、愛する人たちを守り通す為、

 

 あらゆる困難を跳ね除けて、自分達はようやくここまでやって来たのだ。

 

 あと少し。

 

 あと少しで全てを終える事ができるのだ。

 

 誰もがそう思い、突き進んで行く。

 

 だが、

 

 そんな帝国海軍を、冷ややかな目で見詰める人間が、マリアナにはいた。

 

 

 

 

 

 戦況を聞いたカースト・ルメイ合衆国陸軍少将は、呆れる思いで嘆息した。

 

 未明から始まった帝国海軍との決戦は、当初から合衆国海軍の有利と言う見方が強かった。

 

 何しろ数にして倍以上の差がある上、こちらにはヤマトタイプとか言うジャップが作った戦艦をも上回るモンタナ級戦艦5隻、更には艦載機140機搭載可能な超大型空母ユナイテッドステーツ級2隻を含む大機動部隊が存在しているのだ。

 

 これで負けると、誰が思うだろう。

 

 しかし、

 

「何とまあ、本当に来るとはな」

 

 帝国海軍がニミッツ率いる合衆国艦隊を打ち破り、このマリアナに迫っていると言う報告を受け、ルメイはただただ呆れる思いだった。

 

 この戦いに際し当初、ルメイは手出しをする気は無かった。

 

 この戦いは本来、海軍主体であって、陸軍航空隊はその補佐役に過ぎない。何より、味方が負けるとは、流石のルメイも思っていなかったのだ。

 

 しかし、意に反して合衆国軍は敗れた。

 

「・・・・・・恨むべきは無能な味方か」

 

 吐き捨てるように呟くルメイ。

 

 おかげでルメイは、本来ならやらなくても良い筈の戦いまでやる羽目になってしまった。

 

 もっとも、

 

 最悪の可能性を考慮し、準備は怠らなかったのだが。

 

「直ちに攻撃隊を発進させろ。不遜にも我が軍に迫りつつあるジャップの艦隊を殲滅するのだ」

 

 ルメイは淡々とした口調で命じた。

 

 

 

 

 

 ニミッツ艦隊を撃破し、進撃を再開した帝国海軍。

 

 その中心に位置する「大和」の艦橋からでも、それは確認する事が出来た。

 

 双眼鏡をおろし、苦い表情を作る宇垣。

 

「やはり、来たか」

 

 低く呟いた視界の先。

 

 そこには、こちらに向かって真っ直ぐに飛んでくる、敵航空機の姿があった。

 

 既に第3艦隊からの報告で、敵の機動部隊には壊滅的な打撃を与えた事は掴んでいる。と言う事は、今向かって来ている敵機は、マリアナにしている敵基地所属の航空部隊と言う事になる。

 

「宇垣さん、どうしますか?」

 

 尋ねる大和。

 

 その声に動揺の色は無い。

 

 彼女もまた、既に自らの運命を受け入れてここに立っているのだ。

 

「逃げても仕方ないだろう。このまま突き進むぞ」

「はい」

 

 宇垣の言葉に、頷きを返す大和。

 

 やがて、

 

 艦隊上空に達した航空部隊は、帝国艦隊目がけて一斉に襲い掛かってきた。

 

 対して、宇垣も向かってくる敵機を真っ向から睨み据える。

 

「主砲、撃ち方始め!!」

 

 号令一下、「大和」「信濃」「金剛」「比叡」「姫神」の戦艦群は、一斉に主砲を撃ち放った。

 

 蒼空に、三式弾改が炸裂し、無数の鉄球が撒き散らされる。

 

 今にも攻撃を開始しようとしていたB17やB24と言った大型機が、鉄球を浴びて吹き飛ばされる光景がそこかしこで見られた。

 

 だが、三式弾改の攻撃を掻い潜った敵機は、真っ直ぐに向かってくるのが見えた。

 

「対空戦闘、撃ち方始め!!」

 

 再び響く宇垣の命令。

 

 それと同時に、艦隊から対空砲火が一斉に噴き上げた。

 

 しかし、既にニミッツ艦隊との戦闘で多くの艦が傷ついている状態である。弾幕も散発的な物とならざるを得なかった。

 

 2機のB24が、対空火力の薄くなった「大和」の右舷側から侵入。搭載したロケット弾を一斉に撃ち放つ。

 

 薙ぎ払われる「大和」の艦内。

 

 既に「モンタナ」「メイン」の砲撃を繰り返し受けた事で、所定の防御力を発揮できずにいるのだ。

 

「あァァァ!?」

 

 悲鳴を上げる大和。

 

 しかし、倒れない。

 

 自分は最強戦艦。ここで倒れる事は、許されない。

 

 その想いが、彼女に力を与え、前へと進ませている。

 

 その姿を見て、宇垣もまた前を向く。

 

「進めッ 一歩たりとも退くんじゃない!!」

 

 宇垣の命令を受け、帝国海軍は只管に前に進み続けた。

 

 

 

 

 

 第7艦隊もまた、敵機の攻撃の渦中にあった。

 

 吹き上げられる対空砲火を掻い潜って迫る敵機に対し、僅か5隻にまで減った第7艦隊は、果敢に反撃する。

 

 彰人は、「大淀」に第13戦隊の臨時旗艦を命じると、自らは全体統制と「姫神」自体の指揮に専念していた。

 

 現在、第7艦隊は「姫神」を中心に、「大淀」「島風」「響」「春月」が菱形の陣形を敷いている。数が減った艦隊では、これが最適な対空防御陣形だった。

 

 どの艦も戦闘による損傷が大きいが、しかしそれでも、残った対空砲火を振り翳し、向かってくる敵機を撃ち落としていく。

 

 1機のB17が低空まで舞い降りて、爆弾倉のロケット弾を発射する態勢に入る。

 

 B29には及ばないものの、仮にも「空の要塞」などと言う異名で呼ばれている機体が迫りくる様は、それだけで脅威である。

 

 だが彰人は、恐れる事無くその動きを、冷静に見据える。

 

「今だ、撃て!!」

 

 響く命令。

 

 同時に、「姫神」の左舷側に残っていたロケット弾が一斉発射され、B17の巨体を捉えた。

 

 弾け飛ぶ巨体。

 

 搭載してきた無数のロケット弾が、一斉に誘爆を起こしたのだ。

 

 そこへ、「島風」「響」「春月」の駆逐艦3隻も一斉に対空砲火を噴き上げて、残った敵機を排除しにかかる。

 

 少数に撃ち減らされながらも、奮戦を続ける第7艦隊。

 

 だが、

 

 この時、

 

 悲劇は、ここよりも北の海域で起こっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1隻の巡洋戦艦が、1隻の駆逐艦に手を引かれるようにして、北を目指して航行していた。

 

 「黒姫」である。

 

 先の砲戦で大破し、戦闘力を大きく低下させた「黒姫」は、彰人の命令通り艦隊を離脱し、本土を目指して航行していた。

 

 しかし、速度の低下した「黒姫」の動きは鈍い。

 

 そこへ、運命を告げる刺客は襲い掛かってきた。

 

 蒼穹の中に浮かぶ無数の黒点が、不吉なイメージを想起させる。

 

 その様子を見て、成瀬は舌打ちした。

 

「やっぱ、そう簡単に見逃してはくれないか」

 

 向かってくる敵機の群れ。

 

 ルメイの悪魔的な采配は、落ち武者狩りにも発揮されていた。

 

 彼は損傷した艦艇が北へ退避するのを見越し、一部の部隊を割いてマリアナ北部海域に網を張っていたのだ。そのうちの一つに、「黒姫」は引っかかった形である。

 

 逃げる事は、できない。「足」を痛めている「黒姫」が航空機の速度から逃げる事は不可能である。

 

 そして抵抗する事も難しい。中・小口径砲弾多数を喰らった「黒姫」は、対空火力が半壊している状態である。

 

 逃げる事も、戦う事も封じられた「黒姫」。

 

 ならば、

 

「やるしかねえな」

「だね」

 

 互いに笑みを交わす、成瀬と黒姫。

 

 同時に、成瀬は指示を飛ばす。

 

「取り舵一杯、進路2-7-0!! 主砲、左砲戦用意!!」

 

 傷ついた体で大きく回頭する「黒姫」。

 

 逃げる事が出来ないのなら、戦って活路を見出す以外に道は無かった。

 

「『暁』に通達ッ 《我を顧みず、離脱を急がれたし》!!」

 

 成瀬の命令は、直ちに信号員によって「暁」に伝えられる。

 

 健在な「暁」が、速力の低下した「黒姫」と行動を共にしていたら、「暁」まで敵の餌食になりかねない。

 

 それよりも、「暁」だけでも先に離脱させて、安全を確保するべきだった。

 

 程無く「暁」から《信号了解》の返事が成される。

 

 しかし、

 

 いくら待っても「暁」が進路を変える気配は無い。そのまま「黒姫」の前方に張り付き、小さな艦体の上にある対空砲を振り翳していた。

 

「暁ちゃん・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな駆逐艦少女を見て、黒姫は呆然と呟いた。

 

 

 

 

 

 一方、暁の方はと言えば、さも当然とばかりに離脱命令を拒んでいた。

 

「これで良いんだな、暁?」

「当然よ」

 

 問いかける艦長に、暁は胸を張って答える。

 

 確かに、ここで離脱すれば自分達は助かる。そう言う意味で成瀬の判断は正しいだろう。

 

 しかし、

 

「主演女優の露払いは、レディーの努めよ」

 

 誇りを持って、少女は言い切った。

 

 既に、敵機は指呼の間に迫っている。

 

 小さな手で、帽子をギュっと被り直す暁。

 

 その健気で可憐な瞳は、悪意を持って迫ろうとしている敵機を真っ向から睨み据えている。

 

 「暁」の役目は「黒姫」の護衛である。ならば、逃げる事は許されなかった。

 

「来なさいッ あたしが相手になってあげるわ!!」

 

 叫ぶ暁。

 

 そこへ、敵機が殺到してきた。

 

 

 

 

 

 とは言え、現実には傷ついた巡戦1隻と駆逐艦1隻の戦力でしかない。

 

 それで、まともな戦闘ができる筈も無かった。

 

 先制攻撃として、まず「黒姫」の主砲斉射から始まった。

 

 放たれた三式弾改が一斉に炸裂。迫る敵機を薙ぎ払う。

 

 更に連続斉射に移行する「黒姫」。

 

 しかし、敵もそれを読んでいたのだろう。一射目以降、編隊を散開させ、四方八方から「黒姫」へと襲い掛かってきた。

 

 こうなると、もはや主砲は役に立たない。

 

 なけなしの対空砲を振り上げて抵抗を示す「黒姫」。

 

 先行する「暁」もまた、健気に反撃を繰り出す。

 

 しかし、合衆国軍はそれらの砲火をすり抜けると、搭載してきたロケット弾を次々と発射した。

 

 まず直撃を受けたのは「黒姫」である。

 

 連続して攻撃を仕掛けてきたB24が3機。

 

 それらが放った無数のロケット弾を、艦全体にまんべんなく叩き付けられた。

 

 たちまち「黒姫」は艦全体が炎に包まれ、機能停止する区画が相次ぐ。

 

 激痛に耐える黒姫だが、そこへ更に攻撃が殺到する。

 

 姫神型の巡戦姉妹は開戦以来これまで多くの戦いに参加し、多数の艦艇を撃沈し、また多くの航空機を撃ち落としてきた。

 

 いわば、合衆国軍将兵の恨みを一身に背負っていると言っても過言ではない。

 

 まるで、その恨みを一時に叩き返そうとしているかのような、執拗な攻撃が繰り返される。

 

 集中されるロケット弾は、「黒姫」を更なる火炎地獄へと叩き込んで行く。

 

 もはや「黒姫」は、海上に浮かぶ炎の塊としか言いようが無かった。

 

 対空砲火は完全に沈黙し、機関も惰性で動いているに過ぎない。

 

 その傍らでは、「暁」が奮戦している。

 

 元々少ない対空砲を駆使して、敵機が「黒姫」に群がろうとするのを必死で防いでいる。

 

 唸りを上げて駆けあがる対空砲火。

 

 「暁」の奮戦は凄まじく、「黒姫」に迫ろうとした敵機の内、4機までが、この駆逐艦によって返り討ちにあった。

 

 防空対応していない、艦隊決戦型の駆逐艦としては破格の大戦果である。

 

 だが、

 

 「暁」の奮戦もそこまでだった。

 

 やがて合衆国軍は「味方を殺した小癪な駆逐艦」に目を付けると、一斉に攻撃を仕掛ける。

 

 僅か2000トン足らずの排水量しかない駆逐艦相手に、過剰とも言える攻撃が殺到する。

 

 海上に踊る爆炎。

 

 炎によって海面が狂奔する。

 

 その吹き上がる焔の中で、

 

 勇敢な駆逐艦少女は一瞬にして、その魂を焼き尽くされるのだった。

 

 

 

 

 

 「暁」が集中攻撃を受けていた時、黒姫はまだ生きていた。

 

 とは言え、それは運命が齎した、ほんの僅かな猶予に過ぎなかった。

 

「暁ちゃん・・・・・・・・・・・・ごめん・・・・・・ごめんね」

 

 沈みゆく「暁」の姿を、黒姫は滲む視界の中で見詰めていた。

 

 既に、その小さなか艦体は、炎と煙に覆われて見る事が出来ない。

 

 僅かに残る痕跡が、黒姫にとって友達の最後を思わせる痕跡となっていた。

 

 暁には悪い事をした。自分に付き合わせてしまったばかりに、彼女まで沈めてしまう事になるとは。

 

 後悔はとめどなく胸を満たし、悲しみが増す。

 

 だが、もはやそれは、どうにもない事である。

 

 そうしている間にも、運命は旦夕に迫りつつあった。

 

 既に「黒姫」の機関は完全に停止。艦全体が炎に包まれている。

 

 度重なる攻撃のショックで隔壁は破られ、再び浸水も増大している。

 

 そして、それを応急修理する人材は、もはや「黒姫」にはいなかった。

 

 黒姫は、傍らに目を落とす。

 

 そこには、艦長の成瀬がいた。

 

 とは言え、その身は艦橋の床に横たわり、目は静かに閉じられている。

 

 一見すると眠っているようにも見えるが、本来なら呼吸によって上下している筈の胸部がまったく動いていない。

 

 先程の攻撃。そのうち一発が艦橋付近を直撃し、薙ぎ払って言った。

 

 黒姫自身は辛うじて助かったものの、艦橋内にも大きな被害が出たのだ。

 

 黒姫にとって、相棒とも言うべき艦長が、既にこの世の住人でない事は明らかだった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 黒姫はそっと、成瀬に寄り添うようにして横たわる。

 

 まだ、生前の温もりが残るその身に身を寄せると、安心したように目を閉じた。

 

「・・・・・・・・・・・・お姉ちゃん。ごめんね」

 

 後に残していく姉に、そっと語りかける黒姫。

 

 あの可愛らしく、儚げな姉。

 

 彼女はきっと、自分が死んだと知れば泣いてしまうだろう。

 

 だが、きっと大丈夫。

 

 だって、もう姉は、一人じゃないのだから。

 

 誰よりも頼りになる恋人が、傍にいてくれているのだから。

 

 急速に薄れゆく意識。

 

 最後に、そっと告げる。

 

「・・・・・・・・・・・・じゃあね。バイバイ」

 

 

 

 

 

第98話「愛しき姉へ」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 尚も激しい対空戦闘を続ける帝国艦隊。

 

 合衆国軍は多数の攻撃隊を繰り出して艦隊の接近を阻もうとしている。

 

 対して、帝国海軍もまた、徐々にマリアナへと迫りつつあった。

 

 そんな中、

 

 姫神は激しい戦闘の最中にあって、誰かに呼ばれたような気がして振り返る。

 

「・・・・・・・・・・・・クロ?」

 

 そっと呟く姫神。

 

 一瞬だが、最愛の妹が、自分に笑い掛けた気がしたのだ。

 

 だが、当然ながらそこには誰も存在しなかった。

 

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