ぶつかった二条の銀光。
殺人姫と紅魔の魔狼の殺戮演武は、しかし殺人姫が優勢だった。
「ふふふ。最初の一撃が効いてるみたいね?」
「いえいえ、そんな。それほど響いて――――いませんよ?」
「その不自然な間が、貴方の状態を物語ってるわね!!」
跳躍しながら投げつけられたナイフは、やはりと言うべきか当然の様に弾く。
が、そのナイフに気を取られたせいでジャックの行動に気づけなかった。
「ふっ!」
「ッ!!」
背後から突き刺さる殺意。
刹那の気配だったが、本能的にそれをとらえてその場に伏せる。
直後、横薙ぎに振るわれる銀閃。それは先ほど幻魔の首があった場所だ。
「ありゃ。躱されちゃった」
「本気で狙っていなかったでしょうに…!」
苦い顔をしながら幻魔はナイフを投げつけるが、ジャックはひらりとそれを躱し、ナイフを縦に振り下ろす。
反射的に転移してナイフを投げつける。
回避不可。必中の一撃。確実に当たるはずの一発は、しかし。
「ッ!?」
想定外。しかし、その事実に身を固める暇すらなく、ジャックが振り向くと同時に横薙ぎのナイフが幻魔の首を狙って襲い掛かる。
全力で上体を反らして躱すが、射線上に入っていた髪の毛が斬られた。
「(空間操作系の能力か…?)」
一度転移をして即座に体勢を立て直しながら考える。
距離を無視した斬撃。転移または瞬間移動。そして透過。関連付けるとしたら空間だろう。
転移は直接空間系だ。透過は実体だけを別空間に移動させてるのかもしれない。斬撃は刃だけを飛ばしたのだろうか。
しかし、真実は未だ不明。ならば材料をもう少し集めるのみ。
素早く投げつけるナイフ。しかし、次の瞬間には想定外の事が起こる。
「なっ!?」
瞬く間に展開された全方位から迫るナイフの群れ。
にやりと笑うジャックの目には、勝利の確信した光光を見た。
故に、
そこが好機。
「燃え盛れ、業炎」
投げたナイフが炎を纏う。
その炎は周囲のナイフを巻き込み――――
無意識。その場に幻影を残しながら離れた所に転移すると、完全に両断されている炎と自分の幻影がいた。
その一撃は、切れた場所に一切のズレが無く、完璧と言える一撃。
故に不気味で、人の所業とは思えない。
唯一言えるのは、斬ったというよりは、ズレたという方が正しいかもしれないということだけだ。
好機は好機でなかった。むしろ仕組まれた罠だった。
掛かった事実は恥だが、それ故に弱点は見つける事が出来た。
「………」
ジャックは右頬に違和感を感じて親指でピッと拭う。
そして見た。その指に付着した赤を。己の鮮血を!
見つけた弱点。それは違う場所への同時使用が不可能だということだ。
攻撃時には防御が出来ない。また、その逆も然り。
そこまで有利になる訳ではないが、無駄とも言い切れない。
その弱点故に立てられる策もあるのだ。
対してジャックは、自身の頬を伝う熱い血を感じながら、親指に着いた血を舐め取る。
その目は静かな水面のようで、透き通る赤をしているが、しかし。その瞳の奥に宿ったのは明らかなる殺意の炎。
殺人姫に生まれ変わった後、今まで誰も彼もが傷付けるどころか触れることすら叶わなかったその純白の肌は、今日に至り、その鉄壁を崩された。
故に彼女は殺意を宿す。
否。宿ったのはそれだけではない。強者への興味も宿った。
自身の身体に傷を入れることの出来る強者。生まれ変わってこの方、初めて受けた痛み。
あぁ、なんと楽しいことか。あぁ、なんと嬉しいことか。あぁ、なんと
なればこそ、彼の者を殺すことに益々の嬉しさを覚え、彼の者を殺すことを初めて悔しく思う。
あぁ、あぁ。
ならば! 愛故に!私は彼を殺そうと!
口の中に広がる甘美な味に酔いしれながら、彼女は心の底で声高々とそう叫ぶのだ。
かくして両者は違う目的で、同じ事柄をこなさんが為に動く。
両者が持つ武器は一つだが一つではない。
見えざる無数の武器を振るい、技を振るい、知略を尽くして眼前の敵を屠るのだ。
不意に風が吹く。
幻魔は突如として動かなくなったジャックを見据えながら傷を癒す。
ジャックは如何に
そうやって張り詰めた糸は、容易い衝撃で断ち切られる。
幻魔の傷は癒えた。
ジャックの策は構築された。
ならば後は合図だけ。
一拍の間の後、風が止んだ。
戦いの火蓋は切って落とされた。