「こんな奴等、居ても居なくても同じじゃねえか。なあアンタ、こっち来いよ、さっきの答えってやつを訊かせてくれねえか?ここは、退屈で退屈でしょうがねえんだよ」
男は、扉に手を掛けると、振り返ることなく言った。
「では、私が持っている物を一つ渡して貰うよう交渉してみます。良い暇潰しになると思いますよ」
「……聖書ならいらねえぞ?」
俺の返しに男は頬を弛めると、手にした分厚い聖書を僅かに振って言った。
「ははは、それは残念です。過去を改める為には、良い教科書となりえるのですがね」
「俺のことをアンタが決めてんじゃねえよ」
そう一蹴されようとも、男の頬は硬くもならず、泥濘のように緩いままだった。どれだけ俺から威圧されようと、能のような仮面をつけて変わらない。
そんな男を眺めていると、殺人犯というものは、必ず、こねくり回した文体を使うなんて文章を思い出す。
俺は更に深くこの男に興味を抱いた。この感情が興味なのか、嫌悪なのか、はたまた、憧憬……いや、それだけはないだろうな。
「いずれにしろ、貴方が拘留されている間、私は、またここを訪ねます。そのときには、土産話の一つ二つはお持ちしましょう」
「……はっ、アンタみてえな奴の土産話に面白味があるとは思えねえな」
「さあ、それは分かりませんよ?私が持ってくる土産話の内容を、貴方が決める、そんなことにはならないでしょうから」
「おいおい、神父が買い言葉なんざ放って良いのかよ?拘束具とアクリル板があるからって安心しすぎじゃねえの?」
俺の背後に流れる空気が強張るのを感じる。どんな情けない面を並べているんだろうかと、普段なら振り返ってやるところだが、俺は男から関心を外すことができなかった。一度、肩をすくねた男は、ドアノブを回して扉を開けた。
「貴方と私の間には、目に見えている以上の壁はありませんよ。私は、そう確信しています。では、また来ます」
静かに閉じられた扉の先から聞こえていた廊下を叩く靴音が遠ざかっていく。
俺は、今日ほど胸が震えた日は無かった。奴は、安部孝幸という男は、どこか俺と似ている。どこが、と問われれば、今は答えられないが、そう思えてならなかった。
笑えるよな?俺が、人間を知る為に、人を殺してきた俺を、誰よりも人間らしいと言った男は、俺から最も遠い存在である神様ってやつに仕える男だったなんてよ。けれど、これは悲劇ではない、むしろ、喜劇だ。
「また来るのなら、次は良い土産話を期待できそうだな……くひひ、ひゃはははははは!ここにゃあ、退屈しかないと思ってたけどなぁ、天国みてえな場所に早変りしちまったぜ!ひゃはははははは!」
もう、脱獄なんて勿体ない真似は出来ねえな。生まれて初めて、アンタに感謝してやるよ、神様よぉ……