「ええ、全く、その通りです。しかし、それが本当のことであるとしたら?」
予想外の返しだった。あまりにも、想像を離れていた為に、俺は数年ぶりに目を剥いたくらいだ。安部の激昂を煽ることを目的とした発言だったが、意図も虚しく、俺は安部の返事に僅かだが、興味をひかれてしまう。
後生大事に聖書まで携えている男が、はっきりと俺に問いかけた。
神の意思は別にあり、それが事実なのだと。
安部に興味を失いかけていた俺の内側で燻っていた炎が、薪をくべられたかのように燃え盛る。激しい熱が胸を満たしていく。
やっぱ、コイツ、おもしれえ……
俺は無言で椅子に座り、立ったまま目を丸くした安部を仰いで言った。
「なんだ?テメエのお望み通り、腰を据えてやったんだ。礼の一つもなく、見下ろすなんざ、礼節ってやつに反するんじゃねえのか?」
「あ、ああ……これは失礼……」
安部は座り直す前に、俺に礼節を説かれたことで、自身の中の激情を落ち着かせようと、一度、深く息を吸い込んで吐き出した。礼節なんざ、俺に言われたくねえだろうな。
座り終えた安部に、切り出す。
「神ってやつは、実に曖昧だよな。宗教の歴史を辿れば、いつだって殺戮と差別に溢れている。ユダヤから始まり、神の名を借り強奪を受けたインディアン、しかも未だに根強く残っちまってやがんだ。神の存在がなければ、それらが歴史に存在しなかったとは言わねえが、助長されていたことは間違いねえ……その神が死んだとなりゃ、未来は予想にもできない大きな可能性を含むことになる」
安部は、雄弁に語る俺を眺めていた。話しを遮らず、時折、頷くもあいずちも打たず黙然と、まっすぐな姿勢すらも崩さない。
「まず、一つは倫理観は欠落することになる。宗教の始まりは理想だ。歴史の途中で捻じ曲げられちゃあいるが、根幹を辿れば行き着く。なあ、安部よぉ……前にテメエが言ってた、この世界を構成する上で最も必要なもの、てのは、この部分の話しじゃねえのか?」
安部は首を横に振った。
「そうではありませんよ。私が持つ答えは、貴方の考えよりも先にあります」
「……どういう意味だ?」
安部は口調に熱を込め、身振りを加えて言う。まずは、両手を広げると頭上に掲げた。地球、直感でそう思った俺は、さきほどの安部のように口を閉ざした。
「歴史とは、これまで積み上げられてきた出来事をさします。過去を知ること、それこそが未来を照す光になるからです。そこに神の存在はありましょうか?神の言葉は、全て解釈にすぎないというのに、人間は愚かにも依存を繰り返しているのです。そして、同じ過ちを繰り返す。そこになんの意味がありましょうか」