両親はこう口にしたらしい。
「そんな人に助けられたなんて……お願いします、このことは、秘密にしていて下さい。娘の未来に関わりかねませんので……」
病院側は、すぐさま承諾し、マスコミや報道への対応も早く公になることはなかった。しかし、それに納得するはずもない安部は、断固として反対した。その結果、事情を知る僅かな一部から白い目を向けられることとなり、俺がどれだけ世間から鼻摘み者と思われているか、シッカリと理解できる笑い話だな、と答えたが、安部の憤懣は大きく爆発したようだった。
その日以来、安部は様々な話しを俺にだけするようになり、俺もまた、安部の疑問や質問に一つ一つ返してやっていき、現状に落ち着いた。いわば、相談役のような立ち位置になっている。
俺は背凭れを軋ませて、謝罪を述べた安部へ言う。
「あの厚みを増してきた調書の束を見る限り、時間は確実に迫ってきてるぜ?安部よぉ、一体、いつになるんだろうな?テメエの言う審判の時ってのはよぉ」
「そう遠くはありません、もうじきです。 もうじき訪れます」
平然と顔色も変えずに、安部は口角をあげた。どこから、その自信は湧いてくるのやら……
今日で13回目の対話となったが、どうも俺は安部という男の底を掴みきれていないように思える。そうまでして理解したいとは思わねえってのが、本音だけどな。あくまで、コイツは俺にとっての暇潰しに過ぎない点は、変わっていない。俺は鼻を鳴らす。
「はっ、もうじき、もうじきってよぉ……このままいけば、俺の刑の確定か、審判ってやつが先かって話しになるぜ?いや、それは最初からだったな、ひゃはははは!」
「ふふっ、随分と余裕ですね。それは良いことです」
その一言に、 眉があがりかけるが、俺は挑発の意味も込めて、わざとらしく首を傾げた。
「アンタほどじゃねえけどな」
動じた様子もなく、瞼を閉じた安部は言う。
「私は、必ず訪れると信じていますので……」
「お気楽な野郎だ……まあいいさ、俺は端から世迷言の一種のつもりだしな。どうなろうと知ったこっちゃねえよ」
「まだ疑っていたのですね」
「あ?当然だろ?信じるなんざ、一言も言った覚えもねえぞ」
一度、首だけで天井を仰いで背凭れから離れた俺は、安部の両目を窺いながら続ける。
「俺は、これまでだーーれも、なーーんにも信じたことはねえよ」
安部の黒目は揺すぶられることなく、俺を見据えている。
「どいつもこいつも、俺に落胆させやがる。何故か?それは、人間の本質ってやつを誰もが見抜いていねえからだよ」