「泣きついてきやがったのはテメエだったと思うけどなぁ」
「そうでしたね。あのときは、助かりましたが、それを引き合いにするのは、些か卑怯では?」
「はっ、卑怯か。それなら、テメエの審判ってやつも同じくだな」
安部が珍しく鼻から息を出し、一瞬だけ目を閉じた。
「東さん、偶然も起これば事実、なのですよ」
「そうだな。起これば……な」
踵を返し、安部が面談室から出ていく。
東京で俺を追い回した記者、確か、名前は田辺だったか。
奴と安部を比べるのは、間違っているかもしれないが、自分勝手な正義という共通点はある。人の為が正義、自分の為が悪、この対極を一言で現すなら、俺はこれしかないと思っている。では、この二人の場合は?
決まっている。理想を実現させたほうが正義だ。どちらつかずな正義と悪ならば、理想に辿り着いた者だけが本物だ。
「人間のことを善人だとか、悪人だとか、そんなふうに区別するのは馬鹿げたことだ。人というのは魅力があるか、さもなければ退屈か、そのいずれかしかない。そんなことを言っていた作家がいたが、この言葉は逃げでしかねえな……理想を追求し、果たせなかった者の言い訳だ。正義ってやつは、どれだけ姿は変えようとも、いつでも誰かの掌にある。逃すか、潰すか、投げるか、掴むか、それは自分次第ってことだ」
席を立った俺に腰縄を巻く刑務官を眺めていると、無性にコイツらが馬鹿らしく思えてくる。安部のように、ハッキリとした理想が見えているか?
それとも、東京の記者のように、理想とする正義に振り回されているだけじゃねえのか?
「まあ……俺もそんなに変わらねえのかもしれねえけどな」
「東、余計なことを口にするな」
鋭利な刃物のような冷たさをまとった言葉を、へいへい、と軽く流せば、それっきり会話はなくなり、再び、入れられた質素な房内には、一段と冷えた風が流れているように感じた。
それから、数日後、とある事件が発生したとの一報があった。なんでも、飛行機が北九州の皿倉山に墜落したらしい。
そして、その翌日の早朝、建物内に響く喧騒で目が覚めた俺は、何気無く柵に目を向け目を疑った。全身を白で覆った長身の男が、黙って俺に目線を投げている。
「おはようございます、東さん」
声を聞いて、ようやく、安部だと気付いた。これまでのスーダン姿が印象に残りすぎていたらしい。
いや、それよりも、何故、安部がここにいる?
俺の思案を遮るように、安部が外から房の鍵穴を回す音がして、続け様に鉄扉が開いた。
「東さん、訪れましたよ。審判の時が、この世界に鉄槌を下す、その時が」
「あ?おいおい、どうしたよ?ついに、頭が壊れちまったのか?」