重苦しい扉の音が止り、俺と安部は数秒間、互いの視線を交差させた。ほんの僅かな目線のやりとりで、安部がどんな思索を巡らせているのかは読み取れなかったが、ただ、一つだけ分かったことがある。
コイツは嘘をついちゃいねえ……
俺は、ベッドから降りて安部の眼前に立ち、微動だにしない双眸へ言った。
「確かめさせてもらうぜ?アンタの審判ってやつが、どんなもんなのか」
「ええ、それでは二階へ行きましょう。そこからでも、充分に理解できるでしょうから」
鍵を捨てた安部の背中が異様に大きく映っている。奇特な奴だとは認めていたが、異質な雰囲気が膨れている。原因はここだろう。
房があった地下一階から、階段を登ればエントランスホールへ繋がる長い廊下が現れる。恐らくは、その広間からだろうが、幾人の怒号が響いていた。眉を寄せた俺は、安部に声を掛けようとしたが、意外なことに、黙々と階段を登り始めている。
一体、なんだってんだ。安部が緘黙を貫く以上、浮かんだ疑問の答えを聞くのも憚られた。
丁々発止のホールから目を離して、俺は二階へ到着し、安部が指差す窓ガラスから外を見て絶句することになる。
平和の日本では、到底、あり得ない光景が広がっていたからだ。
小倉の街のあちこちから煙が立ち上り、空へと吸い込まれるように消えていく。逃げ惑う人々の悲鳴も木霊しているが、追う側も同じ人間であることに、俺が首を傾げていたところ、捕らえられた瞬間、追いかけていた男により肩を食いちぎられた。痛苦の声をあげているが、男は放すこともなく、耳を歯で千切り、嚥下した。やがて、人数が三人に増えると、肩を破られた人間が地面へ沈んでいく。
まさに、共食いだ。しかし、随分とイカれていやがる。
凝視する俺の意識を戻したのは、安部の声だった。
「ああ、やはり、選ばれなかったようですね。マタイによる福音書にも、思慮の浅い者たちは、灯りは持っていたが油は持っていなかったと記されているというのに……まったく、ここまで少ないとなると、誰を信じて良いのだか……」
「……選ばれなかった?」
ようやく口を開いたかと思えば、訳の分からんことを口走りやがる。だが、安部の陶酔しきった顔付きをみる悦に入っているのは間違いない。安部は、喜色満面といった口振りで言った。
「東さん、これこそが審判の時です。今!この地では、死者が甦り生者を食らい潰しています!この意味が分かりますか!神による選別が始まったのですよ!見てください、この光景を!不要な人間は、徹底的に排除されている!しかし!神の御心はあまりにも寛大!その不要ですら、新たな選別者を探す為に役割を与えている!そう!死の国より甦りし者達、あの方々は神より遣わされた使徒!使徒なのです!」
もうすぐ終わります