吼ゆる狼の見る世界   作:烏兎

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第四話『事変』

「大将、西方五里に騎馬隊三千。旗は高と楊」

 

巴から出て五日目、疲れぬようにと敢えて鈍行で行軍を進めていた俺たち。そこに蒼真の放った斥候が持ち帰った情報がそれだった。

 

「って事は高沛と楊壊か?」

「まぁ、でしょうな」

 

高沛、楊壊は共に戦歴はそれなりに長いが全てにおいて良くも悪くも凡庸、それでも・・・・いや、それ故に自らより有能な者を嫌う龐羲に信用されているのだ。そして龐羲は家柄と劉焉の益州刺史就任時の功績と財力、それだけで益州北部を任されているような男だ。もとより軍事の才など無く、その龐羲より幾分かマシな程度な二人だ。

 

「椿と楓は?」

「予定通りです、斥候の連中にはあちらさんの斥候に見つかって俺らの場所を知らせてから合流するようにと伝えてあります。早けりゃ二日で追いついてくるでしょう」

「徐庶は?」

「五十に護衛させて先に荊州に入らせてます、荊州刺史劉表と知り合いだそうで・・・・通行許可を貰っとくそうです」

 

通行許可、そう聞けば一瞬疑問が頭に浮かぶも直ぐに解決する。何故逗留では無いのか、恐らくは荊州にも龐羲のような奴がいるんだろう。長居どころか、戦の手伝いに駆り出されるのすら拒否すると言ったところだろう。それほど面倒だという事だが‥‥まぁいい、今はな。

 

「了解、じゃあ直ぐに動こう。予定地点まで三千を引っ張り込むぞ!」

「うっす」

 

―――――――――

私が現在椿ちゃんと二人で兵を伏せているのは益州から荊州へと抜ける山道の一つ、それを崖上から見下ろす形で待機してます。私が三十、椿ちゃんが二十、徐庶ちゃんが五十を連れて行ってるから残る二百五十を連れて吼狼様と蒼真さんが三千の追撃部隊を引きずり込む。この場所を通り過ぎたら準備している大木と岩を落とし、椿ちゃんの隊は崖を下って敵内部の撹乱、吼狼様と蒼真さんが引き返してきて挟撃の形を取る。そして私の隊がこのまま崖上から弓矢での援護射撃、当初は私も逃げるべきだと進言したのですが・・・・

 

『桔梗さんとの約束がある、何より逃げるだけじゃ性に合わない。『飛雷』の真髄は攻めだ、どうせなら逃げるのも攻めだ』

 

との事でしたので、こんな作戦になりました。極端な派手さはありませんが数の不利さを逆手に取る作戦です。この狭い渓谷ならば相手の数が多かろうが関係ありません、狭いが故に一度に戦える数には限りがあり、一度に戦う数が同数ならば平和ボケしている龐羲の兵に『飛雷』の兵が負ける道理がありません。

 

「黄権様、二里先に李厳様と張翼様率いる隊が接近中。その後方から目測三千の隊が接近中です!間も無くここに到着すると思われます!」

「分かりました、向かい側の隊にも伝令は行ってますね?」

「はい、既に」

「ならば結構、そのまま隊に加わり待機していてください」

「はっ!」

 

しかし、どうやって三千全てを引っ張ってきたのでしょうか?パッと見で数が足りないのは分かっていたはずでしょうに、それすら分からない程の凡将では無かったはずですが・・・・一体どんな挑発をすれば・・・・

 

『オラオラどうした!それで梓橦の主将と副将?それでなれるんだ?益州軍は敷居が低くていいねぇ!!』

『おのれぇええええええええええっ!!!』

『我らを侮辱するかぁああああああっ!!!』

 

・・・・半端なく煽ってますね、二人の煽り耐性が低い事もあるのでしょうがそれを差し引いても半端ない煽り方してますよ。

 

「では準備を」

 

椿ちゃんもきっと上手くやってくれます、だから私は私の仕事をすることにしましょう。

 

―――――――――

さてと、お二人さんがいい感じに煽られてブチ切れながら追って来てる。もう少しで予定地点だし、気合入れて逃げますか。

 

「しかし大将、『あの方』は動いてくれますかね?」

「・・・・さぁな、だが俺は益州で積み重ねた年月を信頼している」

 

そう、俺はこの三千を壊滅させる程度で桔梗さんらへの置き土産とするつもりはない。俺が画策しているのはもっと大きい事だ、そのためにはここにこの三千を釘付けにしなければならない。龐羲派閥の数少ない将軍職二人を、だ。

 

「信じるしかねぇのさ、蒼真!」

「ですねぇ・・・・じゃあ予定通りでいいんですね?」

「ああ、合図する機を違うなよ?」

「お任せを」

 

うん、まぁ普通に壊滅狙いなら機をはかる必要なんてない。落石のこちら側に楊壊と高沛さえ揃っていればそれで良いのだ、が・・・・今回ばかりは事情が違う、三千全てがこちら側にいる必要があるのだ。

 

「今だっ!合図をだせぇええっ!!」

 

蒼真の掛け声と共に高々と掲げられる黒地に黄色の『飛』の一文字、そして鳴り響く轟音の後には三千の退路を塞ぐ大量の岩。

 

「っし、転進!!事前の打ち合わせ通りに戦え!」

『オォオオオオオオオオオオオオッ!!!』

 

―――――――――

あれから僅か四半刻、俺たちの目の前には手足を縛られ身動き出来なくなった三千の兵。精兵、とは名ばかり・・・・戦とは無縁な立ち位置にいた龐羲ごときが直々に鍛えたと息巻いたところでこんなものだ。とは言え、こちらの練度もまだまだだ。かつて秦の穆公を助け戦った馬酒兵は俺たちと同じ三百で十数万の晋軍を撃退してみせたと言う、どうせならばそこを目標としてみたいものだ。

 

「何故だ李厳!何故ワシらを殺さぬ!」

「戦ったからには覚悟はしておったと言うのに!」

「あーじゃかあしい、直ぐに分かるさ」

 

何を言っているか分からないと顔色に出る楊壊と高沛、と言うか全ての事実を話してある蒼真以外は楓や椿も同じ顔になっている。

 

「両軍戦闘を止め・・・・・・・・終わってるじゃないか!!!」

「だから申し上げましたでしょう若、絶対に間に合いませんと」

 

そこに現れたのは、五百の騎馬隊を伴った青年だった。その隣を固める老将軍が益州の四将軍と数えられる、呉懿将軍だ。

 

『りゅ、りゅりゅりゅりゅ劉璋様!!?』

 

大口をあんぐりと開け、楊壊と高沛をはじめとした三千の兵、そして俺と蒼真以外の飛雷の連中までが同じ反応をしていた。

 

そう、このどこか抜けている青年こそが現益州刺史劉焉の息子、劉璋、真名を(あきら)。俺たちが長くこの益州で雇われていたのは、桔梗さんらの援助もあったがこの陽に気に入られていた事も大きい。陽が自らの難しい立場を省みず俺たちのためにと、立ち回ってくれたからこそである。

 

「ここに呉懿さん伴って来た、って事ぁ全部上手く行ったみたいだな」

「ああ、キミには感謝してもしたりない」

 

いやはや、うまくいって何より。

 

「あの・・・・吼狼様、これは」

 

ようやく、楓が絞り出すように声を発する。と、呉懿将軍が前へと進み出て今日起きた出来事を語り始めた。

 

「二日前・・・・ちょうどこの隊が成都を発して間も無く、龐羲をはじめとした数十名が謀反の疑いで捕縛された」

『!!?』

 

この事に最も狼狽したのは楊壊、高沛の両将だ。

 

「劉焉様は劉璋様を後継に指名していたが龐羲がこれに対し異を唱えたが聞き入れられず、それに同調した者たちと共に梓橦を拠点とし反乱を企てた。数は八万、その中には劉潰や鄒靖ら古参の将軍や劉家分家の長や後継たちも含まれていた。が・・・・既にこれを予見していた私と張任将軍をはじめとした成都軍により鎮圧された、恐らくはその全てが処断される事になるだろう。また今回の事は自らの不徳さが要因であるとし、劉焉様は隠居なされ劉璋様が刺史の座を継がれることとなった。一両日中に朝廷より正式な任命が来るだろう」

 

ある程度予想していたとは言え、規模は想像以上のものになった。元々、陽はこれから来る時代のためには新しい事を取り入れようとしていたためか古くからいる連中からの受けはさほど良く無かった。更には役人と豪族の癒着を暴くべく影で色々と暗躍しており、その中でも腹を探られ最も困るのが龐羲だったと言うわけだ。

 

「楊壊、高沛・・・・私はキミらを処断しに来たのではない、キミらに再び私の下で働いて欲しくてここへ来た」

 

楊壊と高沛の目の前で、膝をつく陽が二人の肩へと手を乗せた。

 

「父は二人を忠実に命令をこなす忠臣である、と評価していた。確かに今回、龐羲に与してはいたものの反乱に加担した訳ではなく、こちらの協力者であった李厳と矛を交えたのも立場ゆえの事だったのだから咎めるつもりはない」

 

そして、両膝をつき地に頭を擦り付け。

 

「私はまだまだ若輩者だ、張任に呉懿、厳顔、黄忠らがいるがそれでもまだ足りない・・・・だからこそ!諸君らには引き続き益州を、この若輩者を支えて欲しい!」

 

心からの嘆願、故にだろうか・・・・両の手を後ろに縛られた楊壊、高沛両将をはじめとした三千の兵全員が、一糸乱れず地に頭を擦り付け平伏したのだ。

 

「一件落着、ってか?」

 

劉璋の下に益州は一つにまとまっていくだろう、そんな確信に近い予感を抱きつつ、俺はそんな事をつぶやいていた。




第四話でした、なんか書いてて詰め込み過ぎた感がハンパ無かったです。因みに原作突入まではもう少し、かかる予定です・・・・うん、予定です。
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