黄金樹の一枝 リヒャルト・フォン・ヴュルテンベルク大公記 作:四條楸
「話がはずんでいるようね、リヒャルト」
「皇女さま、このように可愛い女性と話すのは初めてなので、気の利いたことなど何も話せませぬ。オットー殿、今日はお招きいただきありがとうございます」
「いえ、本日はわざわざのお越し、恐悦至極でございます。私の親族、友人達も、殿下とお会いできるのを、皆楽しみにしております。後ほどご紹介させてください」
……やだよ!!
「こんばんは、フロイライン」
「皇女さま、お目にかかれて嬉しく思います。マグダレーナ・フォン・ヴェストパーレと申します」
「お会いできて嬉しいわ。リヒャルトは頼りない弟だから、引っ張り回してやってね」
「え、あ、はい……」
さすがにヴェストパーレ嬢といえど、戸惑っている。俺は苦笑して、ブラウンシュヴァイクに『ご両親を紹介して頂きたい』と頼んだ。彼は喜んで両親を呼びに行った。典型的な大貴族の長男。己の友人、親族を引き立て、自家の財力、勢力を伸長させることを第一に考える男。それが当然自分のなすべきことだと思っている男……。
「リヒャルト。オットーを遠ざけて何か話したいの?」
「アマーリエ皇女さま。本当にお相手はオットー殿で宜しいのですか? もう少しご考慮なさっても宜しいのでは?」
ヴェストパーレ嬢が驚いたように俺を見た。アマーリエ姉上は小さくため息をつくと、微かに目を伏せた。ブラウンシュヴァイクと会ったのは二度目だし、俺は原作知識があるせいで目が曇っているのかもしれないが、聡明な姉に似つかわしい男とは思えない。
「結婚は来月なのよ」
「挙式していない以上、婚約破棄してもおかしいことはないでしょう? 過日の疑獄事件だとて理由になります。事件にオットー殿が関与していた訳ではありますまいが、子は親に似るとも申します」
「あの事件に公爵は関係なさっておりません。しっかりと調べました。息子が私との挙式を控えているという大事な時に、そのような迂闊なことをするはずがないでしょう」
両親を伴い、ニコニコしながらこちらに向かってくる婚約者を見ながら、姉はきっぱりと言った。まあ、宮廷貴族に限らず皇族も、ある種の情報網を持つのは当然だから、姉がそう言うのなら、おそらく事実なのだろう。
「結婚話から婚約まで5年以上かけ、見極めました。他の候補者に比べれば、彼は悪くないわ」
「それならば宜しいのですが……。皇女さまの幸福を、第一とお考えください」
姉は一瞬驚いたように俺に視線を走らせたが、ブラウンシュヴァイク一家が近づいてきたのを見て、今までどおり、完璧なロイヤルスマイルを浮かべた。そして笑みを浮かべたまま、隣で狼狽している令嬢に視線も向けないままで一言、『フロイライン、ご両親にさえ話してはいけないことがあることは、幼くても承知していらっしゃいますわよね』と、釘をさした。
「ご紹介します。こちらが私の両親で……」
現ブラウンシュヴァイク公爵は、息子の30年後といった容姿と快活な雰囲気の男で、鷹揚そうな恰幅の良い男だった。夫人は年齢相応の穏やかな表情の銀髪の女性で、優しげなグレーの瞳が印象深い。確かにブラウンシュヴァイク親子からは、悪印象は受けないなあ。
ブラウンシュヴァイク公夫妻を紹介された後、次々に親族、友人が紹介されていく。6歳の子供がこんなに顔と名前を覚えられると思っているのかね。立体写真付き名刺を何故出さないんだろ。そんなアホっぽいことを考えていると、とうとう原作キャラの名前が出てきた。
「私の妹でございます」
「初めまして殿下。リーゼロッテ・フォン・フレーゲルと申します」
おお、恐らくあのラインハルト嫌いの最強硬派、フレーゲル男爵の母親だな。うん、アニメのフレーゲルにどことなく似てるよ。頬が痩けているところとか。
「お目にかかれて光栄ですわ。私にも殿下と同じ年頃の息子がおりますのよ。ヨアヒムと申しますが、長ずれば殿下の良いお話し相手になると思いますわ」
「それは楽しみですね」
ラインハルトの敵は俺の味方だが、無能な味方は有能な敵よりも始末に悪いんだよ。絶対近づくな!
「こちらも私の妹で……」
「ヴェロニカ・フォン・シャイドでございます」
「こちらは私の従兄弟で……」
「ディートハルト・フォン・コルプトと……」
あんたらの息子も無能者! 親族が多い割にはロクな奴がいないな、この一族は。それとも今の当主達は比較的マトモだが、次代で一気にタチの悪い奴らが出現するのか?
「オットーさま。皇女さまがたと殿下を、どうぞあちらにご案内ください」
「おおそうだな、アンスバッハ。お疲れでしょう。あちらに席をご用意させておりますので」
へー、この人がアンスバッハかあ。30歳を過ぎたくらいの目立たない感じの人だ。彼のブラウンシュヴァイク家への忠誠心は見上げたものだったが、暗殺者タイプの人には全く見えないな。見かけによらないってことだよね。キミなら仲良くしてもいいよ。でも暗殺するときはターゲットに当ててね。
ブラウンシュヴァイクに連れられて、フロアより二段上がった上座にしつらえられた、豪奢な椅子に座る。姉上達も一緒だった。
親族の紹介が終わると、次は高位貴族たちの紹介だ。次々と挨拶と姉上へのお祝いを述べにきたが、正直一人も覚えられなかった。いや、違う。一人は覚えた。『カストロプ公』 彼は上品で押し付けがましくない態度で俺と姉上に話しかけ、しかも話しを途切れさせない。クリスティーネ姉上は特に公爵の話に引き込まれたようで、声を立てて笑うほどだ。紹介を待っている他の貴族がいらつき出したのを見たアマーリエ姉上が、上手く話を終わらせ、公爵を下がらせなければならないほどだった。
彼は魅力的な人物のようだ。話が上手く、如才無い。人々が集まっていたのも、彼の『公爵』という肩書きだけではなさそうだ。
「殿下、ヴェストパーレ嬢がお気に召されましたか? こちらが令嬢のご両親です」
「娘をお目に留めて頂いて、光栄でございます」
うーわー。お気に召すって、目に留めるってどーゆーことよ。6歳だよ、俺。やっぱり面倒ごとの予感、いやこの場合の面倒ごとは、ヴェストパーレ嬢の方に行くだろうな、ゴメンよ。でも彼女なら大丈夫そうだ。
原作知識に縛られるな。貴族がすべて腐っているとは思わない。しかし6歳の俺の歓心を買おうと、愛想笑いを貼り付けて自分を売り込もうとする貴族達を見ていると……。ラインハルトの言う通りだろうか。貴族に見るべき人材などおらず、真に帝国のことを考えている者など ━━━━ 誰もいないのだろうか。