黄金樹の一枝  リヒャルト・フォン・ヴュルテンベルク大公記   作:四條楸

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第20話   戦争の利害

 さて、まずは現在兄上が興味を持っている分野、経済から始めて兄の興味を惹くことにしよう。戦争と経済は表裏一体、古今東西、切っても切れない仲なのだから。

 

「戦争で最も重要なものは何だとお思いですか?」

「国家に対する献身だろう?」

「兄上、精神論を最初においてはいけません」

 

 第二次世界大戦の日本じゃないんだから。それを前提としたら戦う前に負けだよ。大体、今の帝国って献身を捧げてもらえるほどの国家か?

 

「では、兵数だな。物量の差は小手先の作戦ではなかなか埋められないものだろう。帝国の人口は、叛乱軍の二倍近いのだ。当然兵数も倍を揃えられる」

「そうですね。でも兵が増えれば、艦船、武器弾薬、食料、後方支援などが比例して増大します。それに伴って消費されるものは何かおわかりになるでしょう?」

「金……だな」

 

「そのとおりです。金銭無くして戦争の継続は不可能です。もし健全な財政状態にあり、臣民総生産や経済成長率、そして人口が少しでも右肩上がりであるならば、戦争をその範囲でいくら行おうとも、目をつぶっていられるのです。しかし我が帝国は……」

「右肩下がりだ」

 

 兄のため息は大きかった。そうなんだよね。最盛期には3000億人を数えた人口が、現在は400億人だ。7分の1以下だよ。俺が知っている21世紀初頭だって、太陽系の中の地球一つで人口は70億人を超えたはずだ。今は帝国だけでも1000以上の恒星系を有しているというのにこの有様。人類絶滅に向かっているような気がしてならない。

 

「特に人口の減少は著しいんです。これは危機的状況なほどです。戦争が起これば一年で百万単位の臣民が死亡し、当然、彼らから生まれるはずだった子供も存在できず、また人口が減り、臣民総生産は下がる。経済活動に従事する人間を新たに徴兵し、戦場で死なせる。そしてまた臣民総生産は下がる……。悪循環です」

 

「しかし叛乱軍との戦闘を止める訳にはいかないぞ。これは国是だ」

「その国是こそが帝国の、いえ、人類全体の衰退を招いているかもしれません」

 

 俺は根本的なことを聞きたいよ。何で同盟と戦争をしているんだ? 政治体制が違うから? 帝国に共和主義思想が広まっては困るから? 同盟はルドルフの造ったゴールデンバウム体制を認めないから? 帝国にとって、叛徒どもと国交を結ぶなどありえないから?

 

 アホか! 21世紀、日本は共産主義の中国とも、立憲君主制のイギリスとも、絶対君主制のアラブ諸国とも国交を結んでいたぞ。

 20世紀のソ連とアメリカは二大強国で、共産主義と民主主義という相容れない思想だったこともあり、互いを仮想敵として軍拡を進めてはいたが、代理戦争はあっても、直接鉾を交えることは一度も無かったんだ。何故なら二大強国が直接戦火を交えたら、互いの同盟国は否が応でも参戦しなくてはならない。つまりは第三次世界大戦の勃発だ。それはあの時代の状況ならば、核による人類滅亡の道だった。両国の軍も為政者も、それをしっかりと理解していた。だからキューバ危機でも両国は政治的妥協を行うことが出来たのだ。

 

 体制が気に入らない、ルドルフ的なものを認めないって? それは内政干渉だろう。臣民が現体制が気に入らないから反乱と言うのなら解るが、事実上「外国」である同盟がごちゃごちゃ言うなよ。お前たちが住んでいるのは、一万光年の彼方だぞ。

 

 叛徒達の先祖は帝国の農奴だった。奴隷の子孫と国交を結ぶのは帝国のプライドが許さないとでもいうのか? 過去、オーストラリアはイギリスの流刑地だった。だからといって、犯罪者の子孫たちと国交を結ぶのが嫌だとどこかの為政者が言っていたら、馬鹿にされただろう。

 

 戦争を止める一番簡単な道は、お互い鎖国政策を取ることじゃないかな。自国だけで経済活動は完結できるんだ。帝国は同盟の物資が無ければ成り立たない国ではないし、同盟だってそうだ。しかしそれはフェザーンが絶対許さないだろう。文字通り彼らの生死に直結する。

 

 だから、突き詰めれば、帝国と同盟の争いは大義と経済、そして150年に渡る長期化された戦争の怨恨によるものだ。中世の十字軍のごとき無駄なプライドや大義名分が帝国を縛り、建国の理念が同盟を縛っている。そしてフェザーンの経済活動に伴う暗躍。過去の十字軍だろうが世界大戦だろうが、どの戦争の裏にも経済活動を行う者たちの多くの暗躍があった。帝国も同盟も、軍需産業は非常に活発だ。他の産業に比べれば、異常に肥大していると言っていい。彼らは戦争が無くなれば滅びるのだ。

 

 帝国の軍産学複合体は経済の地下深くにしっかり根を這っているし、当然フェザーンの影響も強く受けている。それを何とかしなければ……。いやいや先走るな、俺はまだ六歳だぞ。取り敢えず、俺が今攻略するのは軍需産業ではなく、兄上だ。

 

「兄上が即位なさった時、今の人口がどれだけ減少しているのか……。我々は臣民に対して多産を奨励してはおりますが、それを支える政策をほとんど打ち出してはおりません。まず、足元を固めなければ。兄上、子供が沢山産まれても一家が成り立つには、様々な経済的裏付けが必要です。我々に出来ることは何でしょうね」

「うーん。複数の子供を持つ夫婦への補助金とか減税措置だろうか……」

 

 そういうものも無いのか。医療費補助はどうなっているのかな。せめて10歳くらいまでは医療費助成をしてくれよ。皇室に限らず、乳幼児の死亡率が21世紀の日本より高いのが俺は気になっているんだ。15歳までの無料の義務教育があるのは救いだが、驚いたことに農奴には10歳までしか適用されない。それでいて農奴は徴兵対象にはなる。ヒドイ話だ。

 

「子供の父親は戦死する可能性があります。その場合はどうなるんですか?」

「戦没者遺族救済基金があるぞ」

「それで貰える金額で、成人となるまで子供を育てられますか?」

「さあ?」

 

 内心ガクっときたよ。しかし挫けるな、俺。兄上が知っているはずが無いじゃないか。知ろうとする、兄上の意思こそが必要なんだ。

 

「私も存じません。兄上なら調べられるのですか?」

「そうだな、ブルッフに聞いて調べてみよう」

 

 俺は金額を知っている。だからこそ思い、願うんだ。遺族が貰う金額にどんな印象を持つのかを。

 

 臣民が帝国に捧げた献身に対して、帝国が何を返しているのかを知ったとき、兄の心はどのように動くのだろう。


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