黄金樹の一枝  リヒャルト・フォン・ヴュルテンベルク大公記   作:四條楸

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第28話   尋ね人

 リッテンハイムの宇宙船がオーディンに帰還したのは、帝国暦462年の8月に入った頃だった。つまり母が俺を出産後体調を崩し、集中治療を受けている最中だった。

 それでもウィルヘルムは祝いと見舞いの列に連なり、母にシェーンコップ家の事情を知らせ、指輪とディスクを手渡した。母はシェーンコップ夫人の願いを諒解し、皇帝に嘆願すると約束した。

 

 しかしその後、皇帝が母の元を訪れることは無かった。二週間後、再度訪れたウィルヘルムに、母は苦しい息の下でその事情を語り、指輪とディスクを彼に託し、この事態は自分の息子、リヒャルトが成長したら、対処させて欲しいと懇請したのだ ━━━━ 。

 

「私に対処しろと……?」

「はい、ウィルヘルムさまは、ルイーゼさまにその様に委託されたそうです。ですから、そのままディスクと指輪をお預けしました。私よりもウィルヘルムさまの方が、殿下とお会いする機会があると思ったのです」

「でも、何故ウィルヘルム殿は、私に一言も事情をお話くださらなかったのでしょう」

「恐れながら……試されたのだと思います」

 

 リッテンハイムが俺を試す? 

 

「リヒャルトさまが、一度も会ったことがない私の息子と義父母を探す理由などありません。ましてや亡命して7年も経ってしまいました。あの子の人生の半分以上は叛乱軍でのものです。きっと叛乱軍での生活にも愛着が生まれているでしょうし、亡命当初より帰還は更に難しいでしょう。所在の搜索も困難なことです。ですがこの指輪に刻まれた二つの紋章……」

 

 夫人は愛しげに、浮き彫りにされた紋章を撫ぜた。

 

「二つの紋章が刻まれた指輪の持ち主は、主家の縁者の証明です。伯爵さまもルイーゼさまも、自家の縁者を非常に大切になさる方でありました。ルイーゼ様は、わざわざご遺言で私のことにも触れ、三人の亡命の罪科が私に及ばぬように、陛下にお頼みしてくださいました。でも失礼ながら、殿下はお母君の血縁とは非常に繋がりが希薄でいらっしゃいます。ご自分が事情をお話しても、果たしてこの指輪の持ち主の為に動いて下さるか、ウィルヘルムさまには確信が無かったのでしょう」

 

 確かにそうだ。俺は母方の親類などほとんど知らないし、当然思い入れも無い。

 

「ウィルヘルムさまのお立場では、殿下に三人の搜索を要請することなどできません。ですから何も言わずにこれらを渡されたのではないでしょうか。意味ありげにこのような品物を渡されれば、普通なら事情を調査します。殿下自らが私に行きつけば、それは指輪の持ち主のために動いてくれたということでもあります。そして私はリヒャルトさまに泣きつくことができます……! どうか私の息子をこの手にお戻しください、再び4人で暮らせるようにしてください、私の息子は遠いとはいえ、殿下の血縁なのです、どうかあの子を……!」

 

 夫人は泣き崩れた。

 

 

「……私から陛下にお願いしてみましょう」

「いえ、それはやめてください、義母上」

 

 帰りの地上車の中で、侯爵夫人が提案してきたが、俺は即答でそれを断った。どうするか考える時間が欲しいのだ。

 

 ワルター・フォン・シェーンコップ……。『銀河英雄伝説』の中では、第一巻から最終巻まで、獅子奮迅の働きをする主要キャラクターだ。ただし同盟側の。

 

 彼と俺が遠縁ねえ……、ピンと来ないなあ。でもそれを言ったら、奴が現在13歳というのもピンと来ないが。

 

 もし彼を俺の一族に再度組み込めれば、これほど心強いことは無いだろう。彼の愛人の言ではないが、『地面や床に足をつけているかぎり、あれほどたよりになる男はいない』訳だし。

 しかし一貴族の護衛を嬉々としてやるタイプの男じゃないよ、あれは。俺は命を狙われる立場にはあるが、始終危険に晒されている訳ではないし、テオドールだって俺の命の危機を救う機会に恵まれたことはない、あっても困るが。俺の護衛などでは、シェーンコップの能力なんぞ、100分の1だって発揮できないだろうし、それでは彼の鬱屈が溜まるだけだろう。それに物心がついた頃、訳も解らず同盟に亡命させられたと思ったら、多感な思春期の時期にまた帝国に逆亡命だなんて、ますます怖いもの知らずの世間を斜に構える性格に磨きがかかりそうだ。

 

 うーん、欲しい人材ではあるんだよな。遠縁だろうが俺と繋がりがあるのも大きな利点だ。護衛はテオドールに任せて、彼には陸戦隊を指揮してもらう……? 俺が陸戦隊を必要とする事態なんてあるのか? 困った、彼の有効活用法がわからん。

 

 彼も今は13歳。おそらく祖父母と暮らしており、二人の意には逆らえないだろう。もし居所が判れば、祖父母の方から攻めてみるか。老人は故郷を懐かしむものだ。息子の墓も気になるだろう。帰還を決意して、ワルター少年を連れて戻ってきてくれるかもしれない。

 

 しかしどうやって居所を突き止めればいいんだ? 今はハイネセンにいるのか? そんな記述は無かったよな。ああ、確か16歳で軍戦科学校に入学するはずだよな。そこでなら連絡を取ることも不可能じゃ無いが、軍属に片足突っ込んでからでは逆亡命はやりにくいだろう。結構義理堅い性格だし。入学するまでが勝負だ。あと三年足らずか。

 

 帝国が同盟に張り巡らしているというスパイ網、こういうのに頼れば良いんだろうか。しかし誰に頼めばいいんだ? 情報部か? でも俺には軍に伝手なんか無いしなあ。仕方ない、やはり兄上か父上に相談してみるか。

 いやいや、ちょっと待て。これは俺の一族の問題だ。頼るのは兄上たちでは無いはずだ。

 

 

『ええ、覚えております。シェーンコップ氏のご両親と息子さんのことですよね』

「やはり当時は大きな騒ぎだったのですか?」

『勿論です。三人が亡命したことで、叛徒の家族として、奥方は再逮捕の危険もあったのです。ルイーゼさまのご遺言が無ければ、危なかったでしょう』

 

 TV電話の相手の顔は苦々しげだ。亡命者が身内にいれば、当然監視対象となる。

 

『社会秩序維持局が嗅ぎ回ったせいで、奥方は一時期は歌手活動からも離れ、相当お辛い思いもしたことでしょう。二年ほど経過したころ、監視対象からは外れ、ようやく舞台にも再度立つことが出来たようです』

「外れた理由は何ですか?」

『亡命したシェーンコップ氏の父親が亡くなった為だそうです。残されたのは老女と少年ですからね。危険は無いと判断されたのでしょう』

 

 ワルター・フォン・シェーンコップの祖父は既に亡くなっているのか。今は祖母と二人での生活を営んでいるということだな。しかしこの家庭で最も危険なのは、その少年だぞ。

 

「随分と詳しくご存知ですね。やはりお調べになったのですか?」

『主家の一族のことでしたから、気にはなっていましたが、監視対象から外れた4年程前までのことしか私は知りません。社会秩序維持局だとて、叛乱軍の中のことは、軍の情報部に頼らなければ情報は取れませんからね。危険度の低い一家であると判断されたようで、おそらく現在は過去の資料が残っている程度でしょう』

「やはり、社会秩序維持局には亡命者のリストがあるのですね?」

『ええ、軍人ではなく一般人の亡命者は、軍では無く、社会秩序維持局の管轄です』

 

 亡命者たちは反帝国の火種を抱えているようなものだ。当然亡命者リストが作られている。そしてそれは社会秩序維持局にも回される……。

 

「社会秩序維持局に良い友人をお持ちのようですね」

『……まあ、そういうことです。我が家もクレメンツ皇子の件で、一時期は監視されていましたので、保険のようなものです』

 

 情報は戦争に必要なだけではない。貴族だって必要なのだ。政争のため、もしくはもっと切実に生き残る為にも。

 

「ではご友人に、現在の住所、もしくはそれが不明ならば、判明している中で、最も新しい住所を教えてくれるよう、お願いしていただけませんか?」

『それだけならば、明日にもお返事出来ると思いますが……』

 

 言い淀みながら探るような目でこちらを見てくる。

 

『その息子とやらが帰還したらどうなさるのです? 当初の予定通り、護衛として育てるのですか?』

「いえ、私には既に信頼できる武官が就いておりますので」

『それでは……まさか殿下の私軍の指揮官とか?』

「いえ、その地位に就ける者は、既に決めております」

 

 俺はTV電話に向かって、意味ありげに笑ってみせた。どうぞ都合良く解釈してくれ。

 

『そうですか! 明日は出勤日ですからな。早速同僚に調べてもらいます』

「ありがとうございます。でもどうか、社会秩序維持局には秘密にするようお願いします。ファーレンハイト男爵」

 

 俺はTV電話を切ると、ホッと息をついた。やれやれ、男爵が内務省の官吏で良かったよ。取り敢えず居所はわかりそうだ。


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