黄金樹の一枝  リヒャルト・フォン・ヴュルテンベルク大公記   作:四條楸

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第8話   進むべき道

 パーティの後、侯爵夫人に叱られてしまった。『あなたはヴュルテンベルクの当主なのですよ。軍人になるなどもっての外です!』という訳だ。

 

 はあああ、そうなんだよね。俺ももっと(身体が)ガキの頃は、皇帝の力と原作知識を最大限利用して帝国元帥になればいいじゃーん、なんて軽く考えていた時期もあったんだが、ヴュルテンベルクの当主である以上、箔付けに軍籍に入ったとしても前線に出るなどありえない。腐っても公爵家だし、何より俺が戦死でもしたら跡を継ぐ者はいないのだから、皇帝も周囲も許さないだろう。そんなんで元帥になったんじゃ、前線経験ナシ、ずっと予備役で元帥になる(予定の)ブラウンシュヴァイクと同じだし、さすがにそれでは信頼も尊敬も得られないだろう。何より俺がイヤだし。

 

 だから俺の意思を実行し、手足となってくれる軍人が絶対必要なんだ。アーダルベルト・フォン・ファーレンハイトを取り込めれば心強い。彼が原作通り、有能な将帥として成長してくれればありがたいな。

 

 現在は新無憂宮どころか、侯爵夫人の館からさえ碌に出られない俺が不自然なく接触できる軍人は、宮廷に出入りできる高位貴族の将校しかいないだろう。高位貴族でめぼしいヤツなんているのか?

 

 原作で貴族出身の一級線将帥といえば、ロイエンタールとアイゼナッハとファーレンハイト、オーベルシュタイン、メルカッツ、ミュッケンベルガーあたりだろうか。

 前者三人は爵位がない下級貴族で新無憂宮にそうそう出入りは出来ないだろうし、オーベルシュタインは艦隊指揮官ではない上、ゴールデンバウム家を憎んでいるから問題外だ。後者二人は、現在もバリバリ活躍中だな。その内に宮中ででも会う機会を作ろう。メルカッツは有力な派閥には属していないし、その意思も無いはずだから、誼を通じるだけでもそれなりの効果があるはずだ。ミュッケンベルガーはどうかな。後年、フレーゲル男爵を通じてブラウンシュヴァイクに渡りを付けようとするフシがあったが、それならば、現在はどこの大貴族とも太いパイプは持っていないということだろう。二人ともまだ40歳前で階級も比較的低い。先物買いしておくべきだ。

 

 もう少し年齢が上がれば、士官学校や幼年学校に視察だの激励だの式典への出席だの理由付けて、顔出ししていくとしよう。そしてそれは『兄や父に伴われて』というのが望ましいのだが、二人は余りそういうのに興味が無いみたいなんだよな。もし国軍にソッポ向かれたらオシマイなんだから、将来の士官たちに顔と好意を売っておくべきだと思うんだが。まあ、これはもう少し先のことだと思うから、時間をかけて二人の意識を変えてみよう。

 

 俺はどういう道を歩むべきなんだろうか。最近こんなことをよく考える。軍人として極みの位に昇るのはムリだし、兄や将来の甥、姪と争い、皇帝を目指す道なんて論外だ。ヴュルテンベルクの領主として善政を敷き、一公爵家として一門を繁栄させていく、というのが最もスタンダードな道だし、できれば俺もそれが一番望ましいと思っている。しかしそれではラインハルトに対抗できない。

 そうすると、執政者としての道を歩むべきなんだろうか。原作でのリヒテンラーデ侯の立ち位置だ。彼の後継者、協力者としての位置付けは、なかなか魅力的かもしれない。

 

 だとすると、政治、経済、軍政、民政! 学ぶことは山ほどある。俺、転生前は理系だったんだが、全く違う分野でも必死で勉強していかなければならない。飛行機の推進装置設計知識なんて、こちらの俺には殆ど役に立たないし。

 

 侯爵夫人にカリキュラムを組んでもらおう。『軍人になるのは止めて、父上、兄上のお側でお二人を沢山お助けしますv』とでも言えば、きっとOKだ。そのうち『実学を修めるために、侯爵のお側で勉強させてください』と、リヒテンラーデ侯に頼んでやろう。そういえば彼は今、何の役職なんだっけ? 国務尚書では無いはずだよな。ああ、内務省参事官だ。するとファーレンハイト男爵の上司か。

 

 ぐるぐる考えていると、兄上がTV電話で俺を皇太子宮に呼び出してきた。こんなことは初めてだ。

 

 パーティが終わって普段着に着替えたばかりだったのに〜と文句を言いながらも、服装を改めて整えて、俺に就けられている護衛武官のテオドールたちを従えて、皇太子宮まで地上車で向かった。

 

 初めて入る皇太子宮なんだが……うーん、侯爵夫人の館は典雅で洗練されていて、それでも家庭的な雰囲気もあって、夫人の上品な趣味が窺われるんだが。兄上のいる皇太子宮は、歴代の皇太子たちが好き勝手に手を入れまくっているせいか、何かとっても煌びやかで、豪華絢爛で、勿論成金趣味的な下品さは無いけれど、あまり兄上の性格に合っていないと思う。こういう豪華さが、皇太子殿下の住む館の正しい姿なのかもしれないが、俺だったらこの館で生活するのは嫌だなあ。兄上はどう思っているんだろう。兄上は地味ではないが、無駄に派手好きでは無く、瀟洒で気品のあるお方だ。……今案内されたこの部屋も、扉自体がムダに大きいし。

 

「兄上、お呼びにより参上いたし……! 失礼いたしました、皇后陛下!」

「いいのよ、リヒャルト。畏まらなくても」

 

 部屋の中には兄だけではなく、姉二人、そして皇后まで勢ぞろいだった。俺は瞬間的に片膝を付いて跪いた。何だこの集まり。俺を消す陰謀じゃないよね。

 思わず助けを求めるように兄に視線を走らせると、兄は苦笑し、一人の青年貴族を紹介した。

 

「リヒャルト、立ちなさい。お前はまだ会ったことがなかっただろう。こちらが来月姉上と結婚する、オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク殿だ」

「初めまして、殿下。オットー・フォン・ブラウンシュヴァイクです。ご紹介に預り、光栄でございます」

「リヒャルト・フォン・ヴュルテンベルクです」

 

 儀礼に従って挨拶をする。典型的な大貴族のお坊っちゃんという感じの青年だ。挨拶を交わすと、何やら小さな包みを差し出してきた。

 

「本日はお誕生日おめでとうございます。これは大した物ではありませんが……」

 

 開封するようにさりげなく視線で促されたので、包みを開くと、中からは美しい細工の宝石箱に入ったエメラルドのカフリンクスが現れた。……男が男に宝石を贈るんですか……貴族ってヤダ……。

 内心ゲッソリしながら、もちろん顔には出さない。

 

「こんなに素晴らしい物をありがとうございます。そして、アマーリエ皇女様とのご結婚おめでとうございます。お二人の幸せを、心からお祈りさせていただきます」

「ありがとうございます、殿下。侯爵夫人と殿下からも、結構なお祝いの品を頂きまして、遅くなりましたが、改めてお礼申し上げます。よろしければ今度開かれる、我が家のパーティにご出席いただけませんか」

「大変嬉しいお申し出ですが、何分私はまだ若輩者で、失礼をしてしまうのではと思いますので」

「まあ、ダメよ。リヒャルト!」

 

 俺がパーティの招待をやんわりと断ろうとしたところ、口を挟んできたのは、クリスティーネ皇女だった。アマーリエ皇女は、威厳のある落ち着いた性格の女性だが、クリスティーネ皇女は凄く気の強い女性なんだよね。一歩間違えると、ヒステリックに感じるくらいの。

 

「ブラウンシュヴァイク公爵家のお誘いを断るなど、礼儀に反しますわ。私も一緒に行ってあげますから、恥ずかしがっていてはダメよ」

「では、クリスティーネ皇女さまを、私のパートナーとしていいのですか?」

「もちろんよ!」

 

 俺が、『一人で行くの不安です。姉上助けて』なオーラで、クリスティーネ皇女を見上げると、彼女は上機嫌でパートナーを承諾してきた。うん、俺って自分で言うのもなんだけど、母親そっくりの可愛い顔をしているんだよね。明るい緑の眼で縋るように見上げると、クリスティーネ姉上が何でも言うこと聞いてくれるのは経験済みだ。

 

「最近、ワルツを覚えたんです」

「まあ、それは楽しみね。でも私の足を踏んじゃイヤよ」

「姉上とリヒャルトでは、身長差が有りすぎるでしょう。ダンスは無理だと思いますよ」

 

 調子に乗っていると、ルードヴィヒ兄上に冷静に突っ込まれた。俺はブラウンシュヴァイクに、『クリスティーネ皇女様と、喜んで出席させていただく』と返事をすることになった。彼は大喜びだった。皇女二人と、未来の大公を招待出来たのだから、パーティの格は皇帝や皇太子臨席に次ぐ特上のものとなるし、他の貴族へのアッピールになるからな。

 まあいいか、公爵家のパーティなら、他の有能な軍人とか官僚も出席するかもしれない。そして高位貴族たちも。しっかりと見極めてみよう。

 

 館に帰って侯爵夫人にブラウンシュヴァイクのことを話し、カフリンクスを見せると、彼女は素晴らしく大きく純度の高いエメラルドだと感動していた。

 

「きっと、あなたの瞳の色に合わせたのね」

 

 侯爵夫人の悪意のない指摘に、尚更俺はゲッソリしてしまった。招待されたパーティでは、これを付けなきゃならないらしい。誰がこのプレゼントを選んだのか知らないが、ああ、貴族ってヤダ……。


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