15歳になり、義務教育である中学を卒業、高校に通いながら、夜間学校の要領で審神者育成所に通い始めた。
「義務教育履修済みが条件のため、わたしは最年少でした」
一瞬眠っている彼が少しだけ顔を歪めた気がした。額のタオルを冷やして絞ってまた乗せる。
鳴狐さまは黙って聞いていた。障子の向こうで物音がしたのには二人とも気づいていたが、話は止めなかった。
「中卒と同時にそこへ入ったのは、過去を合わせて四人目でした。まず精神が持たないんです。もう一つは普通の親が許しません。だから、大人になって仕方がなくか、お金のためか、まあ大体が審神者になるしかなくてなっているんです。まあ当然ですね、霊力は減る一方、つまり寿命を縮める仕事なんですから。ですが、大人が、寿命を縮めて、ですから、審神者が足りなくなったんです」
すぐに死んでしまっては意味がなかった。審神者の育成を歴史修正主義者は待ってくれない。1人の審神者が背負える敵の量は、とっくに超えていたのだ。
そこで政府は鈴森の家、その他子飼いの家に命令を下した。『家を継ぐもの以外の義務教育履修済みの者を審神者として召集する』と。もちろん、拒否はできない。一年だけ猶予を与え、悠々と取り立てていった。
「その時わたしは、丁度、中学最後の年でした」
生まれた時から決まっていたわたしの未来。そのため、鈴森の誰も惜しまずわたしを差し出した。
霊力を殆ど持たぬわたしを、迷わず死地に送り込んだ。
「きっと誰も審神者になれるとは思っていなかったのでしょうね。兄がいましたが、彼は家を継ぐため出て行くことはできず、けれど霊力はあり余していました。対してわたしは人間が生きるために必要な分と、少ししか持ち合わせていませんでしたから。けれど、わたしは昔から、一つだけ才能があったんですよ」
ふふっと微笑む。きっともう分かってる。わたしは言わないだけで隠したりはしない。
「霊力を自在に操ること。それが自分のであれ他人のであれ、そこにあればわたしは自由に使うことができました。家では誰にも力を見せませんでしたし、育成所でも殆ど使いませんでしたから、わたしは常に役立たずの烙印を押されていました。座学や必要最低限の実技は好成績だったので、なおさらですね」
初めて清光さまが顕現したとき、この本丸が綺麗だと言っていた理由がこれだ。すぐに死ぬ人間にいい本丸は与えられることはない。無駄だからだ。けれどわたしの場合、すぐというのが近すぎると判断されたため、それほど汚さずに次に回せると思ったんだろう。
成績優秀者の特権でわがままを一つだけ言ったけれど。
「そうしてこの本丸に来ました。一人の審神者として」
浸したタオルをきつく絞る。首回りの汗を拭き取ってから額に戻した。
静かに質問を待ってみる。わたしの話は大体終わったと思うけど。
「…この男は」
「ああ、彼の名は教えられません。わたしと違って神隠しにあっては大変なので。ただ、呼び名はシコクと言います」
「シコク?」
「紫と黒と書いて紫黒です。彼はわたしの二つ上で、捨て子でした。政府が霊力の量を買って拾ってきたのです。わたしは彼の指導役でした。誰もこの子をそばに置きたくなかったんです」
霊力が大きいということは、それだけで周りに影響を与えてしまう。ただでさえ精神崩壊を起こすような環境に、生まれ持った強大な霊力は恨みや妬みの対象でしかない。そんなのが近くにいては、壊れてしまうことが誰の目から見ても明らかだった。
「どうして、主が?」
「申し出たんです。霊力が制御できていないままずっと放置されていたせいで、それこそ死にかけでした。霊力の暴走は人格を奪います。政府は機関に丸投げだったので、なんの手助けもしてくれませんでしたし」
暴走するほどに霊力を持っているのはとても珍しいことだ。育成員の手に余るのも仕方がない。だからと言って、無責任に放り出していいものでもない。わたしは同情からか自然と申し出ていた。
育成所はすんなり申し出を受け受け入れた。わたしなら影響されても壊れても大した損害にはならないと思ったのだろう。
「結果、わたしはこの子を人に戻しました。勿論力も使いました。彼には口止めをし、その代わりに完璧に制御できるようになるまで手伝いました。座学や書類作成のようなことができなかったので審神者にはなれませんでしたが、だから通信役としてわたしの元に来たのでしょう。上もわたしのところへ通わせるのが一番安全だと考えたのかもしれませんね」
小さく、納得がいかないというふうを残しながら頷いた。なにか気に触るようなことを言ったか。
もう一度タオルを変える。顔つきが僅かだが穏やかになった。
「そう、名前と目でしたね。神隠しされる前に、わたしはその力を使わせません。万が一使われても、わたしだけならマシというものです。この子も霊力が大きすぎて並みの刀剣には制御できません。これで質問には全て答えたと思いますが」
いかがでしょう、と首をかしげる。瞬間、鳴狐さまが抜刀し、わたしに向けて降り下ろした。
キィィンと金属がこすれる音がする。わたしは動いていない。
眠っていたはずの紫黒が小手で受けていた。
「紫黒、下ろしてください。鳴狐さまは当てようとはしていませんよ」
「…はな…だ?」
「はい、わたしです。もう少し眠らないと明日が辛いですよ」
ゆっくり二人とも手を下ろす。紫黒は崩れるように倒れ、眠りに落ちた。
布団の真ん中に引きずってタオルケットをかけ直す。
「…すまない」
「いえいえ、殺す気がないのはわかっていましたから〜」
けれど、刃物を向けられる理由もない。これは聞いてもいいことなのだろうか。
「貴女は、我々が初めて顕現したとき、必ず言うだろう」
自身を向けた理由だろうか。そして、彼が言いたいわたしがいつも言うこととは。
「死ぬなと。刀で替がきく道具なのに、折れたら許さないと。なぜ、替のきかない人間の貴女が、自分を道具のように扱う。死の恐怖はないのか」
つまり、自分を蔑ろにするようなやつに刃生を決められたくないと。
確かにわたしは自分の生に対する欲は少ないけれど、死にたがりなわけではない。まだ死ねないとも思っている。
「…言い方が悪かったですね、謝ります。これは育成所で植え付けられた精神です。言い訳ですが。では言い方を変えましょう」
立ち上がり障子を開ける。柱の陰に鯰尾さまが、こちらを見上げて苦笑いをこぼしていた。
「わたしは、あなたがたに殺されたり隠されるのであれば、甘んじて受け入れましょう。けれど、そうさせない審神者にわたしはなるつもりです。わたしはあなたたちと、友達になるために来たんですから」
ですから、と続ける。
「刀解なんてしませんよ?わたしはなにも知りませんからね」
先に釘を打つと、鯰尾さまは静かに笑い、鳴狐さまは面食らったような顔をして、頭を下げた。
ここまで閲覧ありがとうございました。このかは自己犠牲と言うよりはいろいろ知らないだけなんだと思うんです。(追記8/21:題名を差し替えました)