パフェを堪能して、その後簪をプレゼントされた。平野さまと秋田さまは普段のお礼だというけれど、礼をしたいのはわたしの方だ。
そしてその夕方から翌日の今日まで、わたしの調子も良くて連戦を続けていた。気持ち的にはまだいけるのだけど、そろそろ夜になってしまう。
「ちょっと清光さま!調子いいですね〜っ」
「ね!ね!褒めて褒めて!」
きゃーっと両手を握り合って二人でじゃれ合う。桜を吹雪かせながら誉を取れるだけ取ってきた清光さま。ついでに片っ端から刀をもぎ取ってきてくれた。その上鍛刀でもよい結果を出してくれた。
それというのも、粟田口の刀が一気に4振りも揃ったのだ。
「乱さまと骨喰さまは戦で、薬研さまと厚さまは鍛刀で。ふふっ、これでまた賑やかになりますね〜」
挨拶を終えて四人に本丸を案内する。それから一通りの説明を終えて、今日の風呂は、粟田口の貸切の時間を設けてみた。
秋田さまも平野さまもとても嬉しそうに、自分たちが色々教えてあげるんだと張り切っていた。鯰尾さまも一緒にいたけど、変なことを教えないよう釘を刺したほうがよかっただろうか。
「あ、そうだ大将。ここに書庫はあるか?」
「あら、薬研さまは本がお好きですか?なら、お風呂上がりにわたしの部屋にきてください。案内しますよ〜」
わかったと風呂へ向かう薬研さまに、ひらひらと手を振る。本を読みたいだなんて、珍しい。少し片しておいたほうがいいかと思いながら、後ろを振り返った。
今日の近侍の小夜さまがじっと黙っている。
「書庫、気になりますか?」
「…僕はこの敷地を全部みたつもりだけど、書庫なんて見なかった」
「まあ、普段は隠してありますからね〜」
知り尽くしたと思っていた場所に知らない場所があったとなると、居心地が悪いんだろう。
確かに鍵をかけているとはいえ、荒らされたり遊びに使われたりするのは困るから隠してはいる。その点、小夜さまなら平気だろう。まあきっとみんな大丈夫なんだろうけど、場所が場所だけに少し抵抗がある。それに聞かれていないことを言わなくてもいいと思っている。
ただ、それら全部、窮屈な思いをさせる原因となるならば隠し通す必要はないとも思っている。
「お掃除手伝ってくれますか〜?」
「…わかった」
頷くのを見て、連れ立って歩き出す。
向かう先は、わたしの部屋だ。
「…あなたの部屋に、入ってもいいの?」
「ええ。というか、お仕事中以外でしたらいつでも来ていいですよ〜。さすがに着替え中は困りますけどね」
「! ちゃ、ちゃんと聞いてから入るね」
「はい、そうしてくれると助かります〜」
障子を開ければ普段通りの殺風景な自室。もともと物も少なかったし、身綺麗にするための服も飾りも最小限しか持っていない。もちろん、部屋を飾る物なんて皆無だ。
「実は、この下にあるんですよ〜」
「書庫が?」
「はい。ちょっと待ってくださいね〜」
そう言って部屋の右の壁側、本棚の前に一枚だけ張ってある、正方形の畳をはがした。これはただ乗っているだけ。下には、冷えた鉄板の蓋がはまっている。
首に掛けておいた鍵を取り出し、三つのうち一つを選び取り、鉄板の蓋についている南京錠を開けた。
「よっしょ、と。わたし先におりますね〜。はしごですからお気をつけて」
袴のままではおりづらい。普段は誰もこないのをいいことに極端な薄着で入ってるからなぁ。キャミワンピとかもう捨てられない。
充満した本の匂いが鼻腔をつつく。成績優秀者の特権を使ってわがままを言った甲斐があった。
「…涼しいね」
「ええ。空調管理も完璧ですから。本は意外とデリケートですからね〜」
「沢山…こんなにもあるとは思いもしなかったよ」
たしかに、これだけのスペースが地下にあるとは思わないだろう。蔵書を3000冊まで保管できる。まだ三分の二しか埋まっていないけど。
徐々に買い集めるつもりだから、それはそれで楽しみだ。
「入り口で分かったでしょうが、短刀のみなさまくらいしか入れないんです。出入り口が狭くて。それに、あまり本にも興味がない様子でしたから、伝えていませんでした。すいません」
「いいよ。確かに、遊び場にされたら大変そうだし、普段は僕も入りそうにないし。もう知ったから、大丈夫」
「ありがとうございます。では、本から埃を落としておいてもらえますか〜?念のために畳を戻してきますから」
わかったとわたしからハタキを受け取る。
はしごを登って、畳も嵌るように重い蓋を閉じた。こうしてしまえば、なかなかに見つかりにくくなる。
自身も乾いた雑巾で空いた棚を拭いていく。そうだ、今度埃取りシートを買おう。
「小夜さま、大体でいいですよ〜。なんとなくできたら、床を履いてください」
「うん」
それぞれ掃除を続ける。会話がない、というよりは、ただ静かな時間を楽しんでいるようにも見える小夜さまは、見た目相応に見えた。普段の憎悪にまみれた出で立ちも、鳴りを潜めてしまえばただの短刀に変わりない。
「小夜さま」
「なに?」
「復讐って、いつ終わるんですか?」
小夜さまの動きが止まったのがわかった。返事はない。唐突すぎただろうか。
わたしの方が手を動かし続けていると、暫くして小夜さまも掃除を再開した。
「あなたも、誰かに復讐を望むの?」
「いいえ。ただ、終わりがあるのなら、終わらせていただきたいなーと」
「…人間は、自分勝手だね」
呟いて、それから失敗した、という顔をした。ぱっとこちらに向けられた顔に、焦りが見える。言葉が過ぎたと思ったのか。
わたしは気にせず、言葉を返す。
「それが人間ですから」
面食らったような顔をして、わたしを見つめてきた。
そう、人間なんてみんな自分勝手なものだ。彼らも人の形を得て、人間と同じように過ごす。自らの意志を持ち、行動するようになった時点で、自分勝手からは逃れられないのだ。
「わたし、夢があるんです」
「…夢?」
「はい。いつかあなた方が全員揃ったとき、みんなに認められる一人であろうと。笑って過ごせる本丸を作ろうと。だから小夜さま、気の済むまで復讐してください。死ぬまで終わらないのなら、それでも構いません。その代わり、小夜さまの家はここです。帰ってきて、いつか、わたしに笑顔を見せてくださいね〜」
はいと掃除の終わったハタキを受け取る。
小夜さまは困った顔をして立ち尽くしていた。
「もう…復讐は終わっているのに…」
「小夜さま?」
「いや、なんでもない。…ねえ、僕も夢を見てもいいと思う?」
「当たり前じゃないですか〜。なにか、したいことが見つかったんですか?」
箒を片しながら、けれど嬉しくて声が弾む。
復讐ばかり望むのではつまらない。せっかく人の身を手に入れたのだから、多少は楽しんでもバチは当たらないでしょう?
「…ひみつ」
「あら…ふふっ。じゃあ、いつか叶ったら、わたしにも教えてくださいね〜」
頰をうっすらと赤く染めて指を口元に当てた小夜さまは、多分今一番の笑顔だったと思う。
「あ、薬研さまが来たようですよ。一度あがりましょうか」
「そうだね」
ここまで閲覧ありがとうございました!いつになったらいち兄は来てくれるんでしょうか!T^T