「おはようございます〜。よく眠れましたか〜?」
「これは主殿。おかげで何の問題もなかったのである」
朝早く、と言ってももう厨当番は起きて準備を始めているし、昨日この山伏さまより少し早くに来た堀川さまは、すでにその朝食準備を見に行っている。勉強熱心なことだ。
「拙僧は今しがた風呂をいただいていたところだ。朝の鍛錬を行ってみたところ、体中が熱くじっとりとしてな。人間の体とは面白いものであるな!」
カッカッカ、と大きな笑い声を響かせる。体も声も大きな方だ。
「汗をかいたんですね〜。お風呂はわたしが入っていなければいつでも使って構いませんので、鍛錬もお好きになさってください〜」
「うむ、ありがたい」
どちらからともなく庭を向く。鹿威しが涼しげな音を立て、少し遠くからは馬の鳴く声がした。
朝の静かな時間。この本丸に今いる短刀は、普段元気な方たちこそ寝坊助が多いから、この時間は本当に落ち着いている。そろそろ厚さまや平野さまあたりが起きてくる頃だろうか。
「おや主殿。山伏殿も、おはようございます」
「太郎さま。お早いですね〜」
さっきまでの夜番を任せていたはずだけど、眠らなくて大丈夫なのだろうか。
「私は後半でしたから、そのまま起きているだけですよ。夜番の次の日は非番ですからね、温かい朝食をいただいてからゆっくり休もうかと」
「それは素敵な非番ですね〜。そうだ、折角ですから、山伏さまにこの本丸のことをいろいろお伝えしましょう。昨夜は時間がありませんでしたから。わたしはお茶を持ってこようと思いますが、お二人ともどうですか〜?」
「かたじけない」
「そうですね、お願いします」
「はい、では少しお待ちくださいね〜」
一番長い縁側の真ん中。そこから厨までお茶を取りに歩く。
あのお二人は、体が大きいせいか、柔軟に対応してくれて助かる。この間なんかおやつを食べた後の食器を片付けようとしただけで、
「主君にそんなことはさせられません!」
だったからね〜。まだ主従関係を保とうとする方が多い。短刀の方がその傾向にあるよう。みんなでいっしょに楽しめたらそれだけでいいのに。
「おはようございます〜」
「あるじ。おはよ、どした?」
「つまみ食いは許さないよ?」
もうみんなこれくらい軽いノリになってくれたらいいのに。
しませんよ、と笑いながら戸を開けて、急須と湯飲みを3つ、それから湯冷ましになみなみと湯を張って、それら全てを盆に乗せた。
「堀川さま、できそうですか〜?」
「うん。この二人は本当に手さばきが綺麗だからね。多分見ていれば覚えられるんじゃないかな」
「ふふっ、それは頼もしい。頑張ってください。では、また後で〜」
戸を開けてくれた堀川さまに頭を下げて、来た道を戻っていく。お茶菓子を用意した方が、とも思ったが、すぐに朝食なので控えてみた。
*** *** ***
戻ってみると、静かながらも会話があった。太郎さまの左隣に腰を下ろし、お茶の準備をする。
「ありがとうございます」
「いいえ。それより、なんのお話をしていたんですか〜?」
「最初は山伏殿の質問から入ったのですが…」
「いつの間にやら短刀の話になっていたのである」
へえ、と相槌を打ちながら考える。はて、この方々と短刀とは関わりがあっただろうか。
お二人とも長兄の立場だったはず、ということは覚えている。堀川さまは来たけれど、同じ国広がもう一振り、それから次郎太刀といったか。
「短刀ですか。粟田口が多いですが…どうかしましたか〜?」
「いえ、どうということはないのですが…」
「この体のせいか、怯えられてしまうようだと話していたのである」
なるほど。
昨晩の夕食時の席順を思い出してみる。確かに短刀はほとんど固まっているか、兄弟と並んでいたか。進んで他に座ろうとはしていなかったような。まあ、一部例外はあれど。
新参に人見知りをしているわけではないのは昨日実証済みだ。なんせ堀川さまの周りには、すぐに誰かしらが付いていた。面倒見がいいというのもあるのだろうけど。
「そうですね〜。わたしも体は短刀のみんなと同じくらいなので、あなた方はちょっと怖いと感じるのかもしれませんね〜」
「やはりこの体躯は、戦場でしか…」
「でも、優しくてそばにいると安心します。怖くないって知っていますから〜。あ、そうですよ、みんな知らないだけなんです。ちゃんと知ったら、きっと怖がらないでくれますよ〜?」
フォローするように言葉を続ける。どうしたら伝わるのだろうか。短刀たちに、彼らは怖くないのだと。
「ええと、困っているとき助けてあげる、とか。大きな重いものは持ってあげる、とか。そんなことから始めてみては?」
「なるほど、それもまた修行にもなろう。今日から実践してみるのである」
大きく頷いて応える山伏さまと、それでもまだ悩む太郎さま。なにがそんなに引っ掛かるのだろうか。
「いえ…私の場合、近寄るだけで恐れられてしまうのです」
「そうですか…?」
わたしの部隊編成の基準は練度とその土地との因縁、それから刀種。だから短刀が一振だけなんてざらにあるし、仲間を怖がっていたら戦にもならないと思うのだけど…。
なんてもう少し深く思い出してみる。そういえば、太郎さまは練度が高いから大体第四部隊に配属するんだった…。新しい地に一番早く足をつける第四部隊。つまりはこの本丸で練度の高い順に編成する。必然的に一緒になる短刀も練度が高くなくてはいけない。あー、怖いもの無しの方しか入れてないわ。
「そうですか…」
もう一度呟かざるをえない。わたしが原因の一端を担っているのかも?
「…あら?あの、どこからか泣いてる声が…」
「…そうですね、どこでしょう」
「あちらからのようだが」
山伏さまの指で示される方、庭の池。ただし、そこに人影はない。三人で首を傾げていると、ガサガサとその上にかかる木が揺れ動いた。
「あっ、五虎退さま!」
猫のように丸まって上の方の枝にしがみついている五虎退さまが見えた。慌てて駆け寄ると、その手に子虎を抱えている。
多分、塀の上からか登ってしまった子虎を追いかけて、自分も降りられなくなってしまったのだろう。
「あっ、あるじさまぁ〜っ」
「落ち着いてください!今梯子を持ってきますから!」
「はっ、はいぃ〜!っうわぁ!」
子虎が動いて五虎退さまの体が滑った。両手でぶら下がる形でどうにか止まる。子虎は五虎退さまの頭の上で丸くなった。
このままじゃ梯子を持ってくるのを待ってられない!
「飛び降りてください。そのまま手を離して」
「太郎さま!」
「大丈夫、子虎共々絶対に受け止めますよ」
ぐっと五虎退さまが唇を噛む。それから目をぎゅっとつむって、手を離した。
垂直に落ちてくる体を下で構えていた太郎さまが受け止める。くるくると回りながら落ちてきた子虎は、差し出した山伏さまの腕に着地した。さすがネコ科。
「…大丈夫ですか」
「はい!」
抱えられたままの五虎退さまが元気に返事をする。
「五虎退さま、太郎さまは怖いですか?」
「へっ?いいえ。だってこんなに大きくて強くて、僕が仕留め損ねた敵も倒してくれるんです。かっこよくて尊敬します!」
降りながらニコニコ顔で言い切る五虎退さま。子虎を受け取って、礼を言いながら部屋へ戻っていった。
「ね?怖がってませんでしたよ〜」
「一件落着であるな」
その日一日中桜を散らしていた太郎さまは、短刀に囲まれて幸せそうな姿を何度もみんなに目撃された。
お互いに知らないだけだったのね。
ここまで閲覧ありがとうございました。
短刀と一緒にお昼寝したいです。おやつも食べたいし料理もしたいしお散歩もしたいし…よし、全部やらせます。
次回の更新は10/5を予定しています。