ほんの少し、本当に少しだけ、巫女装束の裾がいつもより長かった。普段は余裕で踏み越えている、襖の溝に注意をしていなかった。近侍と今日の予定を正確に決めるため、話していて気がつかなかった。
多分他にも要因はあったのだろうけど、後悔しても後の祭り。
なんて恥ずかしい。
「…大丈夫か」
「…はい」
なんてことないところで、顔から勢いよく床にぶつかってしまった。裾をふんずけて、受身も取れぬまま転んでしまったのだ。
見ていたのが倶利伽羅さまだけでよかった。言いふらしたりしない方だし、第一大勢に見られていたら恥ずかしすぎる。
両手を伸ばして上体を起こす。鼻打った。
「うぅ、涙出てる…」
「……」
おとなしく座って袖で涙を拭う。もうっ、なんの話をしていたか飛んじゃったじゃない!打った鼻が赤くなってたらやだな〜。
「…ほら」
「あ、ありがとうございます〜」
出された手を取って立ち上がる。左足首に痛みが走って、思わずぎゅっと手を握ってしまった。あ、爪たてちゃった…。
「……お前」
「…えへっ」
「どっちだ」
思わず言い淀む。理由を見抜いた上での質問は、言うに苦しい。
ごにょごにょと小声で言い逃れをしていると、痺れを切らした倶利伽羅さまが片腕でわたしを抱き上げた。
「聞こえない。このまま薬研のところに行くぞ」
「えっ、歩けますよ!そんな大事じゃありません!」
落ちないように暴れながら喚くと、ピタリと動きが止まった。それから巫女装束の裾を掴むと、膝までめくり上げる。
「きゃ!?」
「自分で見てみろ。もう赤く腫れてる。立ち上がった時に無理をしたんだ、おとなしくしろ」
細められた目に射抜かれて抵抗を封じられる。
整えられた裾をじっと見つめて黙らざるを得なかった。
*** *** ***
薬室までたどり着き戸を叩いてみたが、返事はなかった。
「いないようですね〜」
「鍵を貸せ」
「はい」
懐から三つ目の鍵を出して渡す。ガチャガチャと何度か失敗した後、やっと開いた戸を押した。
「畳に下ろしてください〜」
何も言わずに下ろしてくれる。それから薬や草の匂いにしかめた顔をわたしにみせた。眉間にシワが、と思った時にはもうそこを指でつついていた。
「…おい」
「あっ、すいません〜。でも、そんなにしかめっ面してたら跡が付いちゃいますよ〜?」
「俺に構うな」
「じゃあわたしにも構わなくていいですよ〜?」
わたしの一言にさらに眉間のシワを濃くした。知っているのだ、困っていたり自分より小さいものを放っておけないことを。言葉とは裏腹に、とてもみんなのことを想っていることを。
「わたしはこのままでも大丈夫ですから。こんな軽くひねっただけで薬を使うだなんてもったいない。多少歩きは遅くなるかもしれませんが、然程支障にはなりませんし〜」
「…チッ」
盛大な舌打ち。本当に、優しいなぁ。
唐突に一つの引き出しを出したかと思ったら、引き出しごと近くの椅子に下ろした。そこからまたガサゴソと漁り、何かを両手に持って近づいてくる。無言の重圧に思わずたじろいでしまった。
「こっちだったな」
「え、ちょっ!」
再び大きくめくられる裾。そのまま足袋も脱がされ、赤く腫れ上がった患部がさらけ出された。
意外にも手際よく貼られる湿布薬。それから包帯がくるくると巻かれ始めた。
よく湿布薬の場所を知っていたなぁと思うけど、そういえばよく短刀を薬研さまと連れていることがあったような。
「…倶利伽羅さま、モテないでしょう」
「俺は一人でいいから必要ない」
なんて強引で使い勝手のいい言葉なんだ。
無理をしないために足袋は脱いだまま。軽く動きを確認して、処置が終わってしまった。
「おい、立て。仕事に戻るぞ」
道具を片しながら言う。ここまでしといてそれですか!
「足が痛くて立てませ〜ん。責任持って運んでください、なんて」
冗談を言いながら足をつこうとすると、目の前が陰り、温かく大きな体にくっついていた。
「なにが責任だ…」
「えっ、冗談ですよ!なんてって言ったじゃないですか!」
「耳元で叫ぶな。今日は学校とやらはないんだろう、ならここにいる間くらい治療に専念したらどうだ」
正論すぎてぐうの音も出ない。また片腕で抱えられながら薬室から出る。いつの間にか鍵も閉めたようで、ホイと渡されてしまった。
前言撤回。こんなに優しくて周りを思いやれるヒトが、モテないわけないじゃない。
「あれっ、大将。どうかしたのか?」
「厚さま。ちょっと捻挫をしてしまいまして〜。それよりあれから眠れるようになりましたか〜?」
「おう!それどころか戦でも調子よくって。今度俺も第四部隊に入れてくれよ!」
「ええ、考えておきますね〜」
抱えられたままだから厚さまを見下ろせた。うーん、たまにはこんなのもいいのかもしれない。
それから一度部屋に戻り、中断してしまった今日の予定決めを再開する。
「では、こんなところで。うーん、出陣の時はどうしましょうかね〜」
「どういう意味だ」
「え?ああ、わたしの足の話ですよ。これから戦、今戦から帰って疲れてる、なんて皆さんにおぶってもらうわけにはいかないでしょ〜?」
そう言うと、心底わたしの言っていることがわからない、とでも言いたげに首を傾げた。
「俺を本陣まで連れて行けばいい」
「んー?ん"っん"〜」
おっとこの方は近侍の役割をわかってないのかなー?
ここでの近侍は極言、お留守番組の総隊長、なのだ。近侍がいなくてはいざというとき混乱を招きかねない。まあ代行を置いて行けばいいといえばいいのだけど…。
「ええと〜、でも、そのですね〜?」
「なんだ?」
ちょっ、普段そんなまっすぐに見ないくせに!そんな頼れよオーラ出さないくせに!
「…お、お願いします」
結局その日一日中、倶利伽羅さまはわたしを抱えて動いた。代行を頼んだ歌仙さまにはすべてお見通しだったようで、なんだか同情のような視線が送られてきた。
ここまで閲覧ありがとうございました!
今のイベントちょっと私には難しいようです。なんせレベルが足りない。こんなことならもっと育てておくべきでした。イベントが正式に始まる前に、いち兄ゲットすべく5-3周回してこようと思います。
次回の更新は10/12を予定しております。