「こぉんの…分からず屋!!」
「あなたには言われたくありません!」
ふんっと二人して背を向け、ずかずかと歩いていく。わたしが大声を出すのは滅多にないことなのだけど、今回ばかりは我慢ならなかった。
わたしの願いは、ただ一つなのに。
*** *** ***
遡ること1時間前。第二部隊が本陣に帰還してきた時、薬研さまがとてもいい顔で敵の頭の首を取ったと報告してきた。
薬研さまが隊長のときは、決して無理をさせず、何かあればすぐに帰還、けれど隙のない陣形を組み、速やかに敵の本陣を討ち取るとみんなからの評判もいい。
が、しかし。
あくまで『無理をさせず』なのだ。そこに薬研さま自身は含まれない。
隊長でないときならば指示に従うのに、隊長で命令できる権限を持ってしまうと、途端に無茶をする。味方を庇い、刀装を守り、確実に敵を見定めるために単騎索敵に繰り出す。自分以外が無事で、自らも足が動くのならば、進軍してしまうのだ。
今日だって、誉を得た代わりに左足を膝から下、戦場に落として来たのだ。隊長が隊員に担がれて帰還するだなんて初めてのことだ。
「なんて無茶をするんですか」
「あれだ、肉を切らせて骨を断つってな。ちゃんと生きて帰ってきたじゃねぇか」
「五体満足で帰ってからそういうことは言ってくださいね〜」
わたし直々に手入れをしながら説教をする。第二部隊が最後の出陣でよかった。ここにかまけていられる。
まあ、わたしよりも何百年も生きている彼らに説教だなんておこがましいのだけど。それでも、わたしには通さなければいけない筋があるのだ。
「刀装も大事ですが、それはあなた方の身を守るためなんです〜。それを守るだなんて矛盾してるじゃないですか」
「刀装だって資材を消費して作ってんだ、無駄にはできねぇだろ」
「無駄にしろなんて言ってませんし、第一あなたの手入れにも資材を使うのはわかってますか〜?」
「短刀の俺っちの手入れの方が少なく済むだろ?」
お互いに譲らない。顔には笑顔を携えたまま。
手入れが終わるまで続いた静かな口論は、終わった途端、同時に忍耐の限界を超え、冒頭に戻るというわけだ。
*** *** ***
無心になりたくて雑務に取り掛かったのは、夕餉の時間にはまだ少しある、日が山の端に差し掛かった頃だった。
書類と報告書の山をこれでもかというスピードで手を入れまとめていく。たった1日分が山になるのだから審神者とは事務作業の多い職種だ。
あらかたファイリングと提出用をまとめた頃、近侍の蜂須賀さまが夕餉だと呼びに来た。
*** *** ***
「…入りますよ」
「あ、はい。どうぞ〜」
返事を待ってから障子が開けられる、夕食後の私室。片手で盆を持った宗三さまがゆったりと袈裟を揺らして入ってきた。
「まったく…あなたのせいで小夜が怯えていますよ」
「うっ…すいません」
淡々とお茶の準備をしていく。ただ急須からお茶を注ぐだけなのに、その所作は美しく、見るものを落ち着かせる。
それにしても、小夜さままで怯えてしまうとは。わたしは一体なんなのだ。
「はい、どうぞ」
「いただきます〜」
手に乗せて温かさを湯呑みに求める。手に伝わる熱は、人のそれより大分熱かった。
「誰かに言われましたか?」
「ええ、まあ。そんなことより、薬研はともかく短刀たちをあんまり恐がらせないでくださいよ。まあ、一部大きい方まで恐れているようでしたけど」
「ああ、だから宗三さまに白羽の矢が立ったんですね〜」
一口飲んで息を吐く。わたしだって怒りたくて怒っているんじゃないのだ。できることなら心から笑っていたい。
やっぱりわたしは審神者として認めてもらえていないのだろうか。
「…みんなが貴方を慕う理由がわかりましたよ」
「え?」
唐突にかけられた言葉に返事が出来ないでいると、そのまま続けられた。
「僕はついこの間来ましたけどね、それでもわかることはあるんです。貴方はきちんと一人一人と向き合って、どんな言葉にでも耳を貸すでしょう。あの薬研とああまで言い合えるのも、きちんと話を聞いているから。あの子は少し大人び過ぎて、相手を立てる方法をよく知っている。それなのに大声で怒鳴っているものですから、さっきは笑いが堪えられませんでした」
思い出したようにくすくすと笑う。確か宗三さまと薬研さまは主を同じくしたことがあったはずだ。その頃から知っているのならこういう言い方もあるのかもしれない。
「貴方の願い、確かに届いていますよ。あの大倶利伽羅でしたか、いつも1人で居たいとか言って今日の戦、短刀を庇って敵の斬撃を受けていましたから。まあ彼は短刀を連れて避難しましたがね」
薬研とは違って、とまた笑う。
そう、倶利伽羅さまには届いていたの。嬉しいこと。生きることを望んでくれることが一番嬉しい。
確かに刀装よりも、まだそこまで練度の高くない薬研さまの手入れの方が資材を使う量は少ないかもしれない。彼はきちんと計算した上で行動しているのかもしれない。薬草や薬で治癒すれば、時間はかかっても資材は使わなくて済むかもしれない。
でも、わたしが言いたいのはそうではないのだ。正直、資材なんてどうでもいいのだ。
「僕が何を言いたいかといえば、貴方の真正面からの言葉はきちんと伝わるということですかね」
「宗三さまは、何故わたしの言葉を聞いてくれるんですか?」
「そんなの、小夜が貴方に心を開いているから、以外に理由が要りますか?」
それ以上ない言葉だ。
一気にお茶を飲み干して立ち上がる。
「薬室ですよ。それから、使いっ走りはこれきりにしてくれと伝えてください」
「はい、ありがとうございました!」
勢いよく部屋を飛び出す。宗三さまは、わざわざわたしをたきつけに来てくれたのだ。
喧嘩は存分にしなさい。けれど、きちんと始末をつけなさい。
いつまでたっても雰囲気を悪くするだけのわたしたちを見かねて、とっとと話をつけて来いと、気持ちをぶつけて来いと。
最初は頼まれたのだろうけど、きっとあれは、あの言葉は全部宗三さまの本心だ。あそこまで言われたら、わたしだって黙っているわけにはいかないのだ。
ノックも忘れて部屋の戸を開ける。ここの鍵は、わたしと預けた薬研さましか持っていない。三つ目の鍵だ。
「薬研さま!」
「お、おう」
「お話に来ました!」
面食らったような顔で、動かしていた道具を机に置く。それから、座るようにと座布団を差し出してくれた。
お互いが俯きがちに押し黙る。勢いできたものの、どう切り出せばいいかまでは考えていなかった。
「あー、その、な」
「は、はいっ」
先に口を開いたのは薬研さまになってしまった。緊張してか、口が渇く。
「さすがに、言いすぎた。悪かったな」
「…それが本心というなら、もうあなたも無理をせずに帰ってきてくれるんですか?」
「……」
これ、きっと無理だな。自分で理解して、私に嘘をついていいか悩んでいるんだ。
「…わたし、薬研さまに、みんなに、折れて欲しくないんです。できることなら傷もついて欲しくない。戦場にも出したくない。でも、それはできないんです。仕事だから割り切る必要があるのは理解しているんです。だから、もし次こんなことがあったら…」
「…あったら?」
「泣きます」
わたしの言葉が届いたとき、彼の顔は歪んだ。驚くほどに。いつもの男前が台無しになるくらい、うっすらと汗をかいて、わたしのことで慌てている。わたしが風邪をひいても怪我をしても、冷静にさらっと流していた薬研さまが。
「な、泣くって、嘘泣きだろ?そんな簡単に出るもんじゃねぇし、な?」
「いいえ、わたし、泣けますよ。心から。泣き止みません、絶対に」
「そんな宣言されたって…」
言いながら視線が泳ぐ。わたしがまっすぐに言うものだから、当てられたのかもしれない。
「こんなの言う気は無かったんですけど、わたし、いつだって泣きそうですよ。怪我も、苦しそうな笑顔も、全部無力なわたしでは泣くのを我慢するのがやっとなんです。心の隙を見せるのは、神隠しされる要因にもなりますからご法度ですが、薬研さまが無茶をやめないと言うのなら、わたしだって」
「あーっ、俺の負けだ!」
どんっと床を殴った拳だけが視界に入る。驚いて顔を上げると、片手で頭をガシガシと掻くのが見えた。
負け、とは。
「大将…俺っちが泣かれるのに弱いって知ってて言ってんだろ」
「まあ…この間珍しく慌てているのを見ましたから。でも、本心ですよ?」
「わーってるって。だからもう無茶はしない。大将に泣かれちまったら、俺にはどうしようもできんからな」
そんなことないのに、とは言わない。わたしは案外ちょろいのだ。
「約束ですよ」
「男に二言はねぇ、約束だ」
ただの口約束。でも、わたしと彼らの間の約束事に、書状なんていらない。わたしは彼らを信用するしかないのだから。
*** *** ***
最後に宗三さまからの伝言を伝えると、
「ま、未来のことはわからんな」
なんて適当に言い放ち、作業に戻ってしまった。
ここまで閲覧ありがとうございました。
私の本命薬研くんですが、いかんせん男前に書くのが難しい。コツとかありますかね??
次回はまた人間の彼が出てくる予定です。宜しくお願いします。
次回の更新は10/19を予定しております。