通学と出陣を再開して完璧に日常に戻った。そろそろ、と声をかけたら全員での宴会もお開きになった。まだ個人的に数人でしているのはあるようだけど。来月は少し切り詰めないといけなきかもしれない。
そして何回の出陣を経たか。何度の鍛刀を行ったか。すでにわたしがこの本丸に戻ってから五日経っている。とにかく久方ぶりに新しい仲間がこの本丸に増えた。
ちなみに、清光さまは今わたしの隣で口をあんぐりと開け唖然としている。
「大和守安定。扱いにくいけど、いい剣のつもり」
「初めまして安定さま。でもご挨拶の前に…わたしは出て行ったほうがいいですか〜?」
「へっ、いや、いいよあるじ!ごめん!続けて続けて」
再会して積もる話もあるかと思ったのだけど、余計なお世話だったかしら。
一通り形式的な挨拶と説明、それから恒例のお願いをして、三人で本丸を一周することにした。清光さまは、少し後ろを黙って付いてくる。
「ここが今清光さまの使っているお部屋です。部屋数の関係で一人部屋にはできないので、安定さまにはここに入っていただきたいのですが…」
「うんわかった。よろしくね、清光」
「あ、おう…」
ごもごもとはっきりしない口調。いつもの清光さまが影も見せない。一体どうしたのかしら。
「あっ、あるじ!俺料理当番手伝う約束してるから、行くね!」
「え、はーい」
慌てた様子で走って行ってしまった。まだ夕食の下ごしらえをするにも早いと思うのだけど。
「いいの?あいつ近侍なのに勝手してて」
「ええ。近侍は本丸を守ることが仕事ですから、わたしに付き従う必要はありませんよ〜」
腑に落ちないという顔。確かに、本来刀は常に持ち主と在るもの。自ら動ける体を持ったからといって、すぐにはなれないのかもしれない。
とたとたと軽い足音が廊下を曲がってきた。
「大将みっけ。あのさ、裁縫道具貸してくんねぇか?うっかり枕破いちゃって…」
「あら厚さまったら。自分でできます?なら、わたしの部屋の机の横に道具一式入った箱がありますから、使ってくださ〜い」
「おう、さんきゅー」
またとたとたと駆けて行ってしまう。枕を破いたのは何度目だったかしら。
「君は…」
「このか!」
「国俊さま?」
慌てるようにして飛び出してきた国俊さまに驚かされ、安定さまが口を閉じる。こんなに慌てるだなんて珍しい。
「今剣がなんか腹抱えて倒れてて!今薬研遠征でいないし!」
「えっ、場所は」
「今剣の部屋!」
言われて慌てて行ってみたら、うんうん唸りながらお腹を抱えている今剣さまが転がっていて、ついでにアイスキャンデーの袋がゴミ箱に二つ入っていた。
「今剣さま…」
「あるじさま〜たすけてください〜っ」
「ズルしておやつの時間でもないのにアイス二つ食べましたね」
ギクッと肩を揺らして転がり背を向ける。図星か。
はあと安心と呆れからくる息を大きく吐いて、国俊さまに布団を敷くようお願いした。
「今剣さまは今日明日おやつ抜きです〜。それからその腹痛はお腹が冷えたことによる一時的な下痢状態なので、布団にくるまって温かくして耐えてください。薬はありません」
「ううっ、は〜い…」
もぞもぞと布団に潜り込む今剣さまを国俊さまに任せ、わたしたちは案内に戻る。
ええと、どこまで話したかしら。
「ええと、そう。ここではみんな、少しの決まりを守ってくれれば自由に過ごしてくれて構いませんよ〜」
「あれは自由で片付けていいの?」
安定さまの指差す先、庭の池。
「…こーらー!!!」
「やべっ、見つかった!」
「鯰尾さま!他の方を巻き込まないでください!骨喰さま捕まえて!」
また鯰尾さまは馬糞なんかで遊んで…あとでまた罰掃除ですね。片付けはきちんとさせないと。
弟たちが彼のことは引き受けてくれたので任せて立ち去る。
ああ、落ち着いて案内もできやしない。
「…あなたはどうして笑うの?」
「はい〜?」
唐突な質問に意図が見えない。笑っていたかしら。笑っていたとして、不思議なことがあるかしら。
「君はいま怒っていたのにもう笑ってる。情緒が安定してないの?」
「…ああ。いいえ、そもそも怒っていたわけではありませんから。叱って、けれど兄弟が仲良しなのは微笑ましくて。羨ましいな〜って」
「ふぅん…?」
よくわからないという風に首をかしげる。
というか…
「あの、ほんと今更なんですけど、本来はこんなに汚くないですからね?穴とかはちょっと暴れちゃって、まだ直していないだけですから…」
「え?そうなの?てっきりこれが当たり前なんだと思ったんだけど」
「よし、明日大掃除を決行しましょ〜」
これはいけない、デフォルトなんかじゃないのに、新しい方にこの姿を見せてはいけなかった。やはり片付けてからお喚びするべきだった。
「おままごとみたいだね」
「…そうですね〜、あなた方に言わせれば、人間ごっこですから。でも今は必要なことなので、安定さまもお手伝いくださいね?」
「それはいいんだけど。でも僕は君を主だとは認めないよ」
最初の会話でわたしが審神者であることを認め、友人という扱いを受けることを了承し、ここで生きることを受け入れた。けれど、それとこれとは別だということか。
「僕の主は沖田くんだけ。彼が死んでも、僕は沖田くんの刀だ。それは譲らない」
「はい、結構です。沖田総司が愛刀、大和守安定。あなたの主の生きた世界を守るため、どうぞご自身を振るってください」
「…言っておいて何だけど、それでいいの?」
ここがわたしの部屋ですよ、と立ち止まる。頭に入れるように辺りの景色と一緒に眺めている。
この方は、安定さまは素直だ。思っていることをすぐに口に出す。思っていることをそのまま順番に考えずに喋るから、要領を得ない。
「…言いたいことはわかりますが少し考えて喋っていただけますか?あなたも人の心を得て思考することができるようになったのですから。徐々にで構いませんから、慣れてくださいね〜」
「…あ、ハイ」
にっこりと見上げると、安定さまは冷や汗を流していた。あらあら、そんなにわたしは怖いのかしら。喧嘩した時もそうだけど、自分では気付かないものね。
「そうそう、書き記してあるものを後で見るとは思いますが、わたしの仕事中に部屋に入ってきてはいけませんよ〜?」
「…君は本当に堅気の人?でも、そういうの、いいね」
「あら褒められた。有難うございます〜」
ふふふと笑うと、安定さまは少し引きつった笑いを返した。
「あるじ〜って安定!?あるじ怒らせたらダメだよ!?」
「清光さま。怒ってませんよ〜、ねえ」
「うん。ちょっと人とはなにかを改めて教えてもらってたところ」
んんん?と首をかしげる清光さま。ねーとこちらの二人で顔を見合わせて笑えば、なおのこと理解に苦しむようだった。
「清光さまはなにか御用だったのでは?」
「え、あ、小夜が出かけたいからって探してたよ」
「そうでしたか。それはそうと、清光さま。安定さまと相部屋は嫌ですか?」
「……」
パッと顔を背ける。この方に限って本人の前だからと遠慮するようなこともないのはよく知っている。普段から言いたいことは言うのだ、黙っている方がおかしいと考えるべき。
安定さまが「そうなの?」と聞くと、少し罰が悪そうに頰を掻いた。それはほんのり桃色に色づいている。
「…ちょっと、昔馴染みは気恥ずかしいもんだな、って気まずかっただけ。でも、嫌なわけじゃないから。…ん、」
「なに?」
「手!」
ずいっと出された清光さまの手に、同じように、でも首を傾げながら自分のそれを重ねる安定さま。ぎゅっと握って振り回す。
「これ、握手。よろしく、とか、仲間だよ、とか、そういう意味ね!」
これでオッケー!といつものように笑う。ふふっ、と私も笑うと安心したように微笑んだ。
では、と清光さまに後を任せて背を向けると、安定さまの声に呼び止められた。
「お嬢!」
「…えっ、わたしですか?」
「そう。ああまで言って主呼びもなんか変だし。あの、ありがとう」
「はーい?」
何かお礼を言われるようなことをしたかしら?
「清光とか、ここにいるみんな、お嬢がお嬢だったからこういう性格になったんだよね。元々の個性はあったとしても、曲がらなかったのは君のおかげだよ。だから、」
「わたしは何もしていませんよ〜。だからきっと、みなさんが真っ直ぐなのはそうありたいとご自身が思ったからでしょう。わたしはそう思えるような本丸を作るのもお仕事ですからね〜」
では、と再び背を向ける。また呼び止められることはなかったが、背後から聞こえる二人の楽しそうな会話だけで十分だった。
ここまで閲覧ありがとうございました!久しぶりの新しい仲間でした。そろそろ増やしていかないと書く子がいなくなりますね!ピンチ!
次回の更新は12/7を予定しております。