飲み会の残骸の片付けと暴れたりして壊れたものを直すのも含め、今日は一日本丸の大掃除をした。
本当にこういうことが得意らしい堀川さまが先頭に立って働いてくれて、やっと落ち着いた頃には本丸中がピカピカになっていた。休日を一日掃除に費やすのも悪くないかもしれない。
ジャージを脱いでワンピースに着替える。日暮れが近いせいか少しだけ肌寒い。長袖のブラウスを羽織り、夕食の匂いをたどった。今日はカレーな気がする。
厨へ向かう途中、何故か一つ離れたところにある霊力を感じて振り返った。視線の先には鍛刀所しかない。誰かいるのだろうか。
石の道をサンダルで進む。中を覗くと職人がいつものように動かず、ただ黙って座っていた。彼らは本丸の不思議の一つである。けれど、それだけだった。
この辺りのはずなのだけど。
一度出て辺りを見渡す。すると、紫煙の匂いが鼻をくすぐった。
「…あれ、見つかっちゃった」
「堀川さまでしたか〜。それは、煙管?」
建物の裏手、資材を積んだ影。敷地の塀との間に、建物に寄り添う形で置かれているベンチに腰掛けている堀川さまがいた。
邪魔をしたかと一瞬思ったが、隣に座るよう促され、導かれるままに腰を下ろした。
あ、こっち風上だ。
「この間買い出しを任されたときに見つけてね。もちろん自分の給料で買ったよ?」
「そんな心配はしていませんが…いつもこんなところにいたんですか?」
「一人になりたいときは、かな」
ふぅっと煙を吐くと、用意しておいたのだろう灰皿に灰を落としてしまった。
「よかったんですか?まだ残っていたようですが…」
「こどもの体には悪いからね」
そう言って頭を撫でる。大きくて温かい手が乗せられたまま、反対の手に持たれている煙管を見た。
綺麗な形。わたしの時代ではほとんど見られなくなってしまっている。
冷たい風が吹いた。ひやりと撫でられる感覚に肩を揺らす。思わず腕をさすってしまった。
「戻る?」
「いえ…堀川さまがいいのなら」
「いいよ。じゃあ、これ着ておきなよ」
そういって自分のジャージを肩にかけてくれる。温くて柔らかい。自分はアンダーウェアとシャツだけだというのに、寒そうな素振りを一切見せなかった。
ここで寒くないかと聞いたり断ったりするのは、多分いけないのだろう。好意に甘えて袖に手を通すことにした。
後ろに手をつきながら足を組む。それだけの動作がどうも男らしい。こんなに線の細い方なのに。
「堀川さまくらいですよ〜、わたしを子ども扱いするの」
「そうかな」
ええ、と微笑う。
「みんなは審神者としてわたしに接したり、女の子として年下として可愛がったりしますけど、堀川さまは個人としてではなく一般的な子どもとしてしか見ていませんでしょ〜?」
口元に笑みを浮かべて黙る。流し目が語るのは肯定かしら。
けれど、距離を置いていることに否定はしなかった。審神者と刀という立場を考えれば当たり前のことかもしれないけど、堀川さまだって友達になってくれるって言ったのに。
「ねえ、主さんも隠し事ってあるでしょ?」
にっこりと笑ってシラを切る。なんのことかしら。
「審神者業のことじゃないよ。機密事項とかそういう話じゃなくて、主さん自身の話。主さん、たまに笑顔を貼り付けたような顔をするから」
「…それは同族だから気がついたということですかね〜」
なんのことかな、と今度は堀川さまがシラを切ろうとする。
こんな応酬、なんて不毛。わたしたちはお互いにバレていると分かっていながら隠し事を続ける。
「…堀川さま、他言無用ですよ」
「僕も秘密にしてくれると助かるな」
これで共犯というわけだ。
こびりつけた笑顔を剥がし、素顔を出す。いつも笑っている堀川さまも笑顔を消して、また煙管にタバコを詰めた。火を擦って差し出す。火を迎えに来る仕草もまた少しガサツで、普段の物腰柔らかなお兄さんは何処へやら。
「政府はまあいいんですよ、皮肉混じりでも基本生活ややり方に干渉しませんから。でも同期の審神者共が五月蝿い。刀剣を蔑にする発言を息を吐くように言い続ける」
「手入れの必要はない、使い捨てにするべきだ、かな」
「ええ。戦場に送り込んで、大して練度もあげていないのに怪我を無視して進んで、折れたら使えないと罵り次を使う。己の浅はかさは棚に上げるんですから巫山戯てる」
ふぅと紫煙が上がる。言葉遣いが荒くなったのに咎めないでくれるのはありがたい。実はそう大人しい人間ではないのだ、わたしは。
「…僕はね、贋作かもしれない」
それは事実ではない。けれど偽りだとも言い切れないのが現状だ。
歴史は日々変化する。新たに判明したことによって簡単に塗り替えられる。その中でも文献や記録が見つかっていないものは確信を持たずに世に晒されることがあるからいけない。言うなれば堀川さまもその被害を受けている一つだ。
「でもいいんだ。和泉守兼定と共に土方歳三を主人にしたことは事実だからね。だから僕自身のことで悩むことはない」
けれど、と続ける。
「これはいただけないんだよね」
不意に伸ばされた手に避ける暇もなく捕まる。頬に添えられたそれは、指を伸ばして目の下を擦った。驚きのあまり言葉が出てこない。…バレていたのか。
「審神者ってあんなに仕事あるものなの?」
「…毎日報告書と本丸整備と資材管理、といったところですかね〜」
「あれはそんなものじゃないよね」
怒ってる。わたしに対して怒っているのか、それとも政府か同期にか。どちらにしろ、普段温厚なこの堀川さまが怒りをあらわにするなんて末恐ろしい。
擦られた化粧の下は、きっと隈が見えてしまっているんだろう。最近は学校の宿題と資料整理で睡眠時間を削っていたから、夜短時間の深い睡眠では体力回復に追いつかなくなってきていた。それが一番に現れてしまったのがこれだ。
添えられたままの手に自分のそれを重ねる。温かさを感じるように頬を擦り寄せた。
「…ちょっと無茶しましたからね〜。ただでさえ学業や処理能力の方でしか成績を出さなかったから、これぐらいやって当然とでも思っているんでしょう」
この本丸だってわがままを言った書庫だって、全部わたしに政府の実務を回すための言い訳になる。報酬を与えたのだからそれに見合う仕事をしろと。実際、そこいらの本丸よりははるかに効率よく実績を上げているし、刀剣回収率だって決して低くはないのだけど。
「それに仕事を回してミスをすれば、それを理由に処分できるでしょう?」
「…主さんは、全部わかった上で引き受けてるんだ。ほんと、腹立つなぁ」
頬に添えられていた手が離れ、その指が髪をすくって離さない。不意に距離を縮め、至近距離で視線が交差する。
「じゃあ、いま僕が主さんを隠したら、お偉いさんたちは困るかな」
「…どう、でしょう。使い捨ての駒なら、いくらでもいるでしょうし」
「そうだね。なら止めておこうか」
細められた目はまるでわたしを見ていない。わたしの向こうに政府を、敵を見ている。
ぽんぽんと頭を撫でると、手をわたしから離して立ち上がった。
「戻ろう。そろそろ夕飯の頃合いだ」
引かれる手に冷たさと温かさのどちらもを感じる。次に見せた顔は、すでにいつものお兄さんに戻っていた。
「……」
「堀川さま?」
何でもないよ、と振り返る。風が声をかき消そうと必死になったようだった。
「君は僕たちが守るから」
「…はい、ありがとうございます」
うん、と頷き笑ってまた前を向く。手を引かれたままのところを乱さまに見つかって茶化されたけど、彼は笑って受け流してしまった。
『君が本当に、ただの子供だったらよかったのに』
ごめんなさい、本当は聞こえてました。でも、どういう意味ですか?わたしにはわからない。聞いたら答えてくれたのかな。
ここまで閲覧ありがとうございました。さあまた意味深な。自分で書いててこの先の展開どうしようかと考えあぐねています。どうしましょう?とりあえず次回堀川くんのターンか本編大筋のシリアスどっちかで続き書きます。多分。大筋だけは決まっているのですが、キャラ全部出したいしどれだけほのぼので引っ張るかわかりません。第3章長くなりそうです。のんびりとお付き合いくださると嬉しいです。
次回の更新は12/14を予定しております。