「まあ、最初から上手く行くはずもありませんね」
「いてっ!ちょっと、もっと優しくやってよね〜」
「生憎わたしにはどうすることも」
とりあえず、物は試しに片っ端から試してみようということで、清光さま単独で戦場に出てきてもらった。まあ一歩本陣から出た途端に攻撃され怪我をしながら速攻で逃げ帰ってきたのだけれど。そして今は手伝いを呼び、最速で怪我を治しているところだ。
「分かってはいましたけど…これなら、先に鍛刀で仲間を増さないとですね〜」
「だから最初っから言ったじゃん!」
「あ、怪我治りましたね。では一緒に行きましょう」
「無視!?」
ぶーぶーと文句を垂れている清光さまを放置して先を歩き始める。結局文句を言いながらも付いてくるのだから、可愛らしいお方だ。
それにしても広い本丸だ。小高い丘の上に建つこの本丸は、丘の頂上一帯に広がっていた。馬小屋もきちんと完備され、敷地内に畑もある。大きな池もある。庭園は、いっそもう一、二軒家が建てられるだろう空きがある。鍛刀や刀装作りを行う作業場は少し離れた敷地の端の方に建てられていて、そこへ行くのも一苦労だ。
「ねえ主、それにしたってこの本丸、広くない?というか広すぎない?」
「いいえ〜。これから沢山の男士がここで暮らすんです、そのうち狭いと思えますよ〜」
「いや、そうじゃなくてさ。なんというか、あの政府とかいうのが提供する本丸なんでしょ?それにしては思ってたより綺麗というか…」
「ああ、」
きっと清光さま方に事前説明をしたのは、あのこんのすけとか言う狐なのだろう。あのいけ好かない、政府の回し者の。それなら、政府に好感を持てなくても納得がいく。その政府から寄越されたわたしを信用する気になるその気持ちはさっぱりわからないけど。
「わたし、これでも、えーと、寺子屋では一番出来が良かったんですよ。その分マシな場所を提供されたんだと思います」
せめて本丸だけでも、という言葉は飲み込んだ。そうなるかはわたしの手腕にかかっている。いかに効率的に力をつけていくか、それができれば、外だって最悪な場所にはならないのだから。
「へえ、主って賢かったんだ。人は見た目によらないってホントだよね」
「どういう意味ですかそれ〜。それはそうと、清光さま、主って呼ぶことで定着したんですね」
「まあ、まだ名前聞いてないし。名前って聞いちゃいけないんでしょ?」
「別にいいですよ」
返答に返答はなく、代わりにガタガタと、多分尻餅をついた音がした。その反応を、わたしはどう対処したらいいのか。
「大丈夫ですか?まだひとの体に慣れませんか」
「いや、いやいや、だって主、名前って大切なものでしょ?俺たちだって同じ名前で同じものから作られているから同じ姿になれるんだよ?」
「ああ、まあ、神様なら言霊に乗せて名前で縛ることも可能でしょうけど〜、別に縛られても構いませんし、対抗手段も持っていますし、それに清光さま、わたしを縛り付けたいですか?」
立ち上がるのを手伝いながらたずねる。ふるふると横に振られる首。やっぱり、わたしの何を信用してここまで素直になれるのか。
「では改めまして、この第一三二支部を任されております、審神者のこのかと申します。姓はありません。どうぞよろしくお願いします、清光さま」
「このか、ね。よろしく」
ぱっと放した手を開いてみせる。にこっと笑う姿はどこにでもいる最近の青年のそれと同じだ。本当に、可愛らしい方。
「ま、そうこうしているうちに着きましたよ。さあて、二振り目はどなたがいらっしゃるでしょうか」
「とりあえず一番簡単なのやってもらいなよ。最初から時間かけててもしょうがないよ」
「それもそうですね〜。まあ、お手伝いを呼べるので時間はかからないんですが、資材も限られていますしね〜」
お願いします、と資材の量を選んで鍛刀場に住まう職人に頼む。一緒に手伝い札を渡したから、もう間もなく出来上がるだろう。
「新しいお仲間かぁ」
「そのようですね」
カチンと刀が鞘に収まる。職人に手渡されたそれは、清光さまよりだいぶ短く軽いものだった。
「オレは愛染国俊!オレには愛染明王の加護が付いてるんだぜ!」
「愛染国俊…来派の短刀ですね。初めまして、この本丸の審神者です。これからよろしくお願いしますね〜」
「おう、任せてくれよ!」
どういうことだろう。わたしの言葉を鵜呑みにできるのは、刀の本能?なぜ二人ともこうも明け透けにわたしのことを信用できるんだろう。わたしは、自分以外信用していないというのに。
そう思ったら聞かずにはいられなかった。誰も信用せずに生きてきたわたしは、疑わずにはいられなかった。
「あの…お二人とも、なぜわたしなんかを簡単に主と認めてしまうのですか?だって、わたしはあなた方を利用しようとする政府から派遣されてきた人間なのに。ただの、こんな小娘を、どうして信用できると言うんです?」
唐突な問いに、国俊さまはその場に座り込みながら、清光さまはわたしの傍に立ったまま視線を合わせた。
わたしは何を言っているんだろう。なぜこんなことを思うんだろう。なぜ、なぜ、なぜ。疑問ばかりが浮かんでくる。
だっていままで。
「なんでって言われてもなぁ。直感?オレは政府ってのが何かはしらねぇけど、オレの目の前にいるオマエは悪い奴じゃねぇってことは分かる。やっと使われるんじゃなく、意志を持って自分の体を持って戦えるってんなら、その体をくれた、悪い奴じゃないオマエを信用してもいいんじゃね?ま、前の主に使われんのも悪くなかったけどなー」
「強いて言うなら、そういうの言っちゃうとこじゃない?」
にししと笑う国俊さまはに次いで清光さまも口を開く。
「そういうの、ですか?」
「こんな小娘を、って。たしかに生まれて間もない子どもなんだろうけど、じぶんでそれを知ってんじゃん。それに、利用しようとしか思ってない、刀解するって脅せば言うことを聞かせられると思ってる審神者は嘘でも頭を下げたりしないよ。このかは低すぎるほど頭が低かった。だから、信用してもいいって思ったんだよ」
そうだ、わかった。信用されることに、いままで以上に敏感になって疑っていたのは。疑心暗鬼になっていたのは。
いままで、こんなに打算のない笑顔を向けられたことがないからだ。計算尽くの大人たちに囲まれ、この道を歩くよう強いられ、自分を押し殺して、自身も打算で動いていたのだから、慣れていないんだ。本心をさらけ出すことに。さらけ出されることに。
「……わたしは、あなた方を、刀を、使い捨ての道具として扱う政府が嫌いです。こちらの都合で人の形を与え、そのために痛みを味わうことになるのに、使えなくなったら次に行く考え方が嫌いです。審神者という職に不満はありませんが、ただ都合のいい駒として扱う、わたしを育てた人間が嫌いです。だから、わたしはここに、やっと姓を捨てることができたから、生まれ変わるつもりできたのです」
子どものわがままのような物言いに、二人はにいっと笑って見せた。いままでこんなに優しい顔でわたしに笑いかけたひとはいない。初めてが人ではないというのが皮肉だけれど、これから同じ生活を送る仲間で、新しい家族だから、なんにも問題ない。
「いいんじゃない?主がそうしたいのなら」
「難しいことはわかんねぇけど、早く祭りに行こうぜ!」
すこし、いままで自分を押し殺して生きてきたことに感謝をした。ようやっとここで報われた気がした。いままでの自分や周りがなければ、いまこの場に誰も居ない。そう考えたら政府やあの大人たちを、少しは許せるかもしれない。…いまは無理だけど、ね。
「ねえ、この本丸にくるみんなを、家族や友人として扱ってもいいでしょうか。こんな小娘のそれになってくれるでしょうか」
「さー、これからくるやつらはわかんないけど、俺はいいよ。家族で友達。いいね、人間にしかできないことだ」
「まあ一緒にこの本丸で暮らすんだしな。そしたらもう家族だろ!」
対等以上の関係を望んでもいいだろうか。その問いに、あっけからんと答えを出したこの二人を、ずっと大切にしようと思った。もちろん、これからくる仲間のことも。誠意を見せて、家族になろう。それが、新しいわたしの、最初の目標。
ここまで閲覧ありがとうございました。これからこのかは、これから来るみんなとも家族になれるよう、奮闘するのでしょう。